アイドルの世界に転生したようです。   作:朝霞リョウマ

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ノーデンくじ当たりました(歓喜)


Lesson50 不穏なフラグ 3

 

 

 

「……961プロの黒井社長とは古い友人でね」

 

 吉澤さんと事務所に帰ってきた社長に事情を話すと、社長は大きなため息を吐いてソファーに座り、沈痛な面持ちで語り始めた。

 

「私たちはこの業界の同期として良きライバルであり良き友だった」

 

 昔を懐かしむような、しかし苦しむような。社長はそんな複雑な表情を浮かべていた。

 

「しかし意見の食い違いから袂を分かつことになってしまったのだよ」

 

「あいつはアイドルを売るためなら手段を選ばないからな」

 

 社長の言葉に吉澤さんが咥え煙草を揺らしながら補足する。

 

「では、今回のこと、加えて以前の竜宮小町の件は……」

 

「裏で961プロが糸を引いていると考えて間違いないだろう」

 

 そう吉澤さんは断言した。

 

「でも、どうしてこんなことを……」

 

「出る杭は打たれる。君たちも奴に目を付けられるぐらいに人気が出たってことさ。まだ出きっていない故に叩かれる、という意味でもあるんだがね」

 

 出る杭は打たれる。しかし、出きってしまった杭は打たれない。

 

 例えば、魔王エンジェル。

 

 例えば、周藤良太郎。

 

 メディア側が手放すことが出来ないほどの実力や影響力を持つトップアイドルであれば、こうした圧力を受け付けない。杭も、叩く人以上の高さになってしまえば打たれないということだ。

 

「良太郎君はこの際例外として、魔王エンジェルに関してはバックに東豪寺財閥も付いているから961プロでも迂闊に手を出せないんだ」

 

「逆に、今の我々ではやり合える相手ではないんだよ……」

 

「………………」

 

 社長の悲痛な面持ちに、俺は黙ることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

「……相変わらずデカいビルだこと……」

 

 全ての仕事を終えたその日の終わりのこと。俺はとある人物に呼び出されてとあるビルを訪れていた。何度訪れてもそのビルの大きさに圧倒され、同じアイドル事務所であるはずの765プロのオフィスと思わず心の中で比べてしまい少々申し訳ない気分になってしまった。いやまぁ、こちらはただ単にアイドルの事務所というわけではないので当然と言えば当然なのだが。

 

 とりあえずこうしてビルの前にずっと立っているとそこらにいる警備員さんに捕まってしまうのでさっさと中に入ることにする。自動回転ドアを潜り中に入ると受付へと向かい、受付のお姉さんに自分の名前と来訪の目的を伝える。自分の名前を言った辺りで伊達眼鏡と帽子を外したが、お姉さんは一瞬目を見開いただけでそれ以上のリアクションを見せなかった。流石にプロである。

 

 お姉さんが電話で連絡をするとすぐに案内の人がやってきたので、再び伊達眼鏡と帽子を装着して案内してもらう。流石に他の事務所(正確にはフリーだが)のアイドルが堂々と別事務所の中を歩いているわけにはいかないし。765? ……うん、そうだね。

 

「こちらでお待ちください」

 

 連れてこられたのは応接室。高級そうなガラス張りの机を挟むようにして置かれた二つのこれまた高級そうな革張りのソファー。壁にはよく分からないが、たぶん高いんだろうなぁという想像が出来る絵画が数点飾られている。

 

(高級そうな、じゃなくて実際に高級なんだろうなぁ)

 

 そんなことを考えながらソファーに腰を掛ける。アイドルになってからというもの、こういったところを訪れた経験は何度もあるので今更物怖じしたりしない。

 

 「お飲み物は何がよろしいでしょうか?」と問われたので「ベンティアドショットヘーゼルナッツバニラアーモンドキャラメルエキストラホイップキャラメルソースモカソースランバチップチョコレートクリームフラペチーノで」と頼んでみたところ、普通に「承知しました」と言って下がっていってしまった。……え? 本当に出るの? あれって本家の方だともう注文できないって話聞いたんだけど。

 

 一度飲んでみたいと思っていたのでちょっとばかりワクワクしながら待つこと数分。ガチャっという音がして応接室の扉が開く。随分早いな!? と思いつつそちらに視線を向ける。そこにいたのは飲み物を持った人ではなく、俺をここに呼び出した張本人だった。

 

「よう」

 

「悪かったわね、急に呼び出したりして」

 

「別に構わんよ」

 

 そんなやり取りをしつつ、その人――麗華は俺の向かいに腰を下ろした。

 

「しかし、まさかいきなり東豪寺の本社に呼び出されるとは思わなかったぜ」

 

 東豪寺は日本において水瀬やバニングスなどと肩を並べる大財閥だ。いくらこいつら魔王エンジェルの1054プロダクションが東豪寺の本社ビルを拠点としているからとはいえ、ここを訪れる機会があるとは思わなかった。

 

 「私はコーヒーで」と後ろに付いてきていた人に告げると、その人は一礼してから応接室から出て行ってしまった。部屋に残されたのは俺と麗華だけになる。別に何かをするつもりは毛頭無いが、社長令嬢と二人きりにするってのは如何なものだろうか。

 

「で? いきなり何の用だ? 共同ライブか? それともデートのお誘い――」

 

「今日はそういうの無しよ」

 

 俺の言葉を遮るように、真剣な表情の麗華はバサッとそれを机の上に投げ出した。

 

 

 

 それは、ジュピターが表紙を飾る今月号の『ザ・テレビチャン』だった。

 

 

 

「……はぁ」

 

 麗華がここに入って来る時からずっと手にしていたので何となくそんな気はしていたが、思わずため息が口から洩れる。

 

「ともみとりんが一緒じゃないのはそのためか」

 

「アンタとサシで話がしたかったのよ」

 

 要するに「貴方と二人きりでお話がしたかったの」という意味なのだが、麗華ほどの美少女に言われても今回ばかりは全く嬉しくなかった。

 

「アンタも気付いてるんでしょ? 最近961プロが裏でコソコソと動き回ってるって」

 

「……あぁ、そうだな」

 

「この表紙も、本当だったらジュピターじゃなくて765プロだったらしいじゃない。この間の生放送の時も竜宮小町からジュピターに突然出演変更があったみたいだし」

 

「よく分かったな」

 

「これぐらい簡単に調べがつくわ」

 

 げに恐ろしきは東豪寺財閥、か。

 

「それで? 俺をここに呼び出した理由は?」

 

 

 

「……961プロがうざくなってきた、っていう話よ」

 

 

 

「……うざくなってきたって、お前なぁ」

 

「本音よ。他人を邪魔して、そこに自分を押し込んで」

 

 ――まるで、雪月花の三人みたいに。

 

 麗華はそれを口にしなかったが、確かにそう言っていた。

 

「何をするつもりだよ」

 

「何をするつもりだと思う?」

 

 丁度その時、ノックの音が聞こえてきた。

 

「入っていいわよ」

 

「失礼します」

 

 入ってきたのはスーツ姿のお姉さんで、俺をここに案内してくれた人だった。手にしたお盆にはコーヒーカップと透明なプラスチック製のコップが乗せられており、それは間違いなく麗華が注文したコーヒーと俺が注文した例のアレであった。

 

「……アンタ何頼んだのよ」

 

「いや、俺も冗談のつもりだったんだが……」

 

 まさか入れ物まで再現してくるとは。東豪寺財閥ってすげぇ。

 

 呆れて勢いが削がれた様子の麗華は、はぁっとため息を吐いてからコーヒーカップに口を付けた。俺もプラスチックの蓋を外してスプーンでクリームを掬う。……おぉ、ゴテゴテした名前の割に普通に美味い。見た目的には飲み物なのか食べ物なのかパッと見て区別は付かないが。

 

 しばしお互いが頼んだものを口にしながら沈黙。

 

 先に口を開いたのは、スプーンを蓋の上に置いた俺だった。

 

「……961プロに所属してるのは、ジュピターだけじゃない」

 

 今は事務所全体がジュピターを推している状況だが、別に彼らだけが所属アイドルというわけではない。ジュピターほどテレビに出ているわけではないがキチンとデビューしているアイドルも何組かいるし、アイドルの卵だって何人も所属している。

 

「961プロに何かがあった場合、所属しているアイドル全員が巻き込まれる。最悪、アイドルを止めることになる子達だって――」

 

「やっぱりアンタはそうなのね」

 

 コーヒーカップをソーサーの上に置いた麗華の声は、酷く冷たく感じられた。

 

「確かに、961を叩けば所属アイドルも巻き込まれる。その筆頭はジュピター」

 

 でも、と麗華はこちらを見る。真っ直ぐに、真剣に。

 

「それ以上に、私はそういう手段を取る『事務所』が嫌いなの。結果的に私がそれと同じになろうとも。今の961にそれが出来るのは、きっと私だけだから」

 

 目には目を、歯には歯を。ハンムラビ法典で有名なその言葉に秘められた意味は、復讐ではなく正義。罰せられる人は、同じ罪をもって罰せられるべきなのだ。

 

「それに私はジュピターよりも律子がいる765プロを守るわ」

 

「………………」

 

「ねえ、良太郎」

 

 

 

 ――アンタは、誰を守りたいの?

 

 

 

 その問いに、俺は答えることが出来なかった。

 

 

 

 

 

 

「……はぁ……」

 

 張りつめた緊張感から解放され、思わず気が緩む。普段アレな良太郎だが、こうして真面目な場での会話は結構気を使う。あれが本当に『覇王』と称される人物なのだという事実を改めて思い出した。

 

 しかし。

 

(……何となく予想してたけど、やっぱり迷ってるみたいね)

 

 765プロとジュピター。本人は765プロがお気に入りだと公言しているが、その実ジュピターも結構気に入っているのは何となく気付いていた。何せ数少ない男性アイドルで唯一良太郎に食いついている存在なのだ。悪意ではなく向上心で向かってくる相手を良太郎が気に入らないはずはない。あいつはそういう性格だ。

 

 しかし、今回はそれが仇となった。

 

 961プロからの嫌がらせを止めることが出来ればそれでいいが、あの黒井社長をそう簡単に止めることは出来ない。それこそ、事務所そのものをどうにかしなければどうにもならない。

 

 それが出来なければ、待っているのは765プロか961プロどちらかの衰退。

 

 アイドル事務所の1054プロとしては共倒れしてくれた方がいいのだが、それでも私は律子がいる765プロを守るために動く。というより、黒井社長のやり方が気に入らない。

 

「あんたはどう動くつもりよ」

 

 良太郎が残していったプラスチックのカップをぼーっと眺めながら、ぽつりと呟いた。

 

 

 

 

 

 

「どういうことだ!?」

 

『だから、今後はこういうことはお断りだって言ってるんですよ』

 

「何だと……!?」

 

『確かに貴方にも借りはあります。でも765プロは良太郎君のお気に入りらしいじゃないですか。良太郎君の機嫌を損ねることの方がこっちとしては痛手なんですよ。借りは前回のアレで返しましたし、今後はお断りですので』

 

 ガチャ

 

「おい! 貴様! ……ちっ、周藤良太郎め……ただでさえ目障りな765が出しゃばってきているというのに邪魔しおって……! 貴様もただではおかんぞ……!」

 

 

 

(……いくら社長でも良太郎君をどうにか出来るとは思いませんが……一応、先輩に連絡を入れておきましょうか。あと、小鳥さんにも)

 

 扉の向こうで中の様子を窺っていた影は、人知れずこっそりと姿を消した。

 

 

 




・高木と黒井と吉澤
確か三人は友人だったはず。だから吉澤さんのアニメでの「黒井社長」呼びを「あいつ」呼ばわりに変更しました。
前回に間違って投稿していたものをこちらに移動。

・ベンティアドショットヘーゼルナッツバニラアーモンドキャラメルエキストラホイップキャラメルソースモカソースランバチップチョコレートクリームフラペチーノ
有名な「スタバで一番長い名前の注文」というやつです。一回飲んでみたいですね。
ちなみに作者はいつもスターバックスラテのトールです。

・「……961プロがうざくなってきた、っていう話よ」
大運動会の時もそうでしたが、麗華は他人を蹴落とすようなやり方を嫌っております。しかしそれを懲らしめるためであれば自分もその嫌なやり方をするというダークヒーロー的な考え。

・良太郎が残していったプラスチックのカップ
りんや美希や真美ではないのでラブコメの波動は発生しません。

・扉の向こうで中の様子を窺っていた影
マネージャーというわけではなくあくまでも社長秘書なのでジュピターに対しての直接的な干渉は少ないですが、この人にも頑張ってもらいます。



 バトル物でいうならばジュピターは洗脳された仲間、リリカルなのはで例えるならクアットロに唆されたヴィヴィオです。なのは的には一発オハナシ(ぶちかま)してしまえばいいのですが、この場合の良太郎はなのはポジではなくゆりかごに侵入したばかりのはやてポジなので直接介入は大変難しいです。
 頑張って黒井社長(クアットロ)を見つけてオハナシする(ぶちかます)方法を良太郎は見つけなければなりません。

 次回で一旦シリアスは終了の予定です。

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