アイドルの世界に転生したようです。   作:朝霞リョウマ

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寒くなってきましたね。炬燵が欲しいです(切実)


Lesson58 良太郎の一手 3

 

 

 

 例え雨が降ろうと槍が降ろうと、良太郎さんが961プロのジュピターとコラボすることを発表しようと、私達のお仕事に影響はほとんどない。故に、午前中から仕事がある人はそれぞれの仕事へ向かっていった。

 

「………………」

 

「………………」

 

 そして午前中オフの人達は何も示し合せることなく、気が付けば事務所に集まってしまっていた。しかし誰も口を開くことなく、空気も重い。

 

「……真美、良太郎殿との連絡は取れたのですか?」

 

 重い空気の中、一番最初に口を開いたのは貴音さんだった。頻繁にメールのやり取りをしている真美に良太郎さんからの連絡の有無を尋ねるが、真美は普段の明るい雰囲気の鳴りを潜めたまま首を横に振る。

 

「……昨日からメールも連絡も返ってきてない」

 

 真美の口から発せられたその言葉が、この場の空気をより一層重いものにする。

 

 周藤良太郎がジュピターとコラボを組む。その事実は、想像以上に私達の上に重くのしかかった。

 

 私達765プロを敵視し、妨害行為を行ってくる961プロ。誰も口にしないものの、961プロのアイドルとコラボを組むことで良太郎さんが私達の敵になってしまうのではないかという不安を全員が抱えていた。

 

 まだ私達がほとんどテレビに出演する機会も無く、世間の認知度が今よりずっと低かった頃からお世話になっている良太郎さん。そんな良太郎さんが敵になるということが、あの『覇王』周藤良太郎が敵になるということよりも恐ろしく、怖く、そして悲しかった。

 

「……良太郎さん、自分達に愛想尽かしちゃったのかな……」

 

「響……」

 

 ソファーに座り、膝を抱えながら目に涙を浮かべる響の頭を貴音さんが撫でる。

 

 響と同じように、私も自分達が何かしてしまったのではないかと言う不安で頭が一杯になる。良太郎さんの前での行動、会話、態度、果たして何が悪かったのだろうかと考えてしまう。

 

 再び事務所は沈黙に包まれ、聞こえるのは響が涙を流し鼻をすする音だけ。いや、泣いていたのは真美だったかも知れないし、もしかしたら私自身だったのかもしれない。

 

 私達が悲壮に暮れる、そんな中で――。

 

 

 

「み、みんな! あのね!」

 

 

 

 ――やよいだけが、目尻に涙を浮かべ、それでもしっかりとした声色で立ち上がった。

 

「良太郎さんと最後に仕事をしたのは、多分私と伊織ちゃんだと思うの。良太郎さんの記者会見の前、お料理さしすせその収録の後で、良太郎さん、私と伊織ちゃんに向かってこう言ったんです!」

 

 

 

 ――俺は、いつだってアイドルの味方で、君たちの味方だ。

 

 

 

 ――どうかそのことを、覚えておいてほしい。

 

 

 

「だ、だから、私は良太郎さんを信じます! 良太郎さんは、私達に意地悪なことなんて絶対にしないって……だ、だから、だから……」

 

 やよいが気丈に振る舞うことが出来たのは、そこまでだった。目尻に溜まっていた涙がポロポロと零れ落ち、言葉は途切れ途切れに。それでもやよいは顔を俯けようとはしなかった。しっかりと前を向いたまま私達に向かって――きっと自分自身にも向かって――やよいは良太郎さんを信じると言葉にしたのだ。

 

「……そうですね、やよい。あの良太郎殿が、私達の不利益となるようなことをするはずがありませんね」

 

「ありがとう、高槻さん」

 

「……う、うわあぁああぁあん!!」

 

 貴音さんと千早ちゃんに頭と背中を撫でられ、ついにやよいの涙の堤防は決壊してしまった。

 

 きっと、誰よりも不安だったのだろう。怖かったのだろう。

 

 けれど、良太郎さんのその言葉を私達に伝えなければならないという使命感が彼女を奮い立たせたのだろう。

 

 事務所にやよいの泣き声が響く。

 

 しかしその代わり響も真美も、そして私も。

 

 涙は溢れてこなかった。

 

 

 

 

 

 

「そういえば、みんな最近何か嫌がらせあった?」

 

 泣き疲れて貴音さんの膝を枕に眠ってしまったやよい。そんなやよいを見て全員がほっこりとしていると(何故か千早ちゃんだけは悔しそうな表情だった)真美がそんなことを聞いてきた。

 

「……言われてみると」

 

「……あのテレビチャンの一件から何も無いような……?」

 

 記憶を辿ってみても、それらしきものはなかった。テレビ局の廊下でジュピターとすれ違って怖い目つきで睨まれたことはあったが、それだけで特にお仕事に影響があったわけではない。

 

 良太郎さんがジュピターとコラボするという話に気を取られていたが、全員それらしき嫌がらせは無いと話した。

 

「……うーん……」

 

「? どうしたのひびきん」

 

「我那覇さん、何かあったの?」

 

 ただ一人、響だけが胡坐で腕を組んで唸っていた。

 

「いや、嫌がらせってわけじゃないんだけどさ、ちょっと前の撮影の時に変なことがあったなって思って」

 

 それは、響といぬ美がメインで出演するバラエティー番組『飛び出せ動物ワールド』の収録中のことだったそうだ。

 

 

 

 

 

 

「つ、着きました」

 

「はーい! ……あれ? 本当にここでいいの? プロデューサー、池の近くで撮影って言ってたけど……」

 

「……あ、あぁ、すみません! 間違えました! い、移動しますのでもう一度車に――」

 

(お、おいバカ野郎! さっさと車出せよ!)

 

(んなこと出来る訳ないだろ! いくら上からの指示だからってこりゃねぇって!)

 

(でも……!)

 

(しかも相手はあの周藤良太郎がお気に入りって噂の765プロのアイドルだぞ!?)

 

(うえ!? 出番削ったために周藤良太郎がガチギレして○○テレビの重役が揃って手と頭を床に付けて謝ったっていう噂の765プロか!?)

 

(それだけじゃねぇ。その番組に携わったスタッフ全員の枕元に夜な夜な周藤良太郎が現れてドナドナ(重低音)を永遠リピートで歌っていくっていう噂や、そのせいで熱狂的な周藤良太郎信者に洗脳されて貯金残高が見る見るうちに減っていくという噂もあるぐらいだ)

 

(……いや、後者はどう考えても自己責任だろ……)

 

(とにかく、周藤良太郎の機嫌を損ねることの方が不味いに決まってるんだよ! そもそもこんなの犯罪もいいとこだ!)

 

(た、確かにそうだが……)

 

(大体ここでこの子が番組を抜けたら、どうせゲストに割り込んできたあのジュピターがメインになることは目に見えてる)

 

(そ、それがどうしたんだ……?)

 

「バッカオメー! 八重歯が可愛いポニテ美少女(きょぬー)より女の子からキャーキャー言われてる【放送禁止用語】(イケメンアイドルグループ)がメインの方がいいと思ってんのかよ!?」

 

「そりゃ俺が間違ってたぜ!」

 

「分かればいいんだよ!」

 

(……何の会話をしてるんだぞ?)

 

 

 

 

 

 

「――みたいなことがあって。後、最初はいぬ美の代わりにちょっと気が荒そうな子が連れてこられたんだけど、いつの間にかすっごい大人しいシベリアンハスキーに代わってたり」

 

 ゲストがジュピターって言うからすっごい警戒してたんだけど結局何事も無く撮影が終わっちゃって、と響は言う。

 

「確かに変だね」

 

 スタッフ二人が果たして何を話していたのかは分からないが、万が一にでも響が置き去りにされるなんてことにならなくて本当に良かった。流石にそこまで酷い嫌がらせは無いと信じたいが……。

 

「……もしかして、りょーにぃが護ってくれてたりして」

 

「はは、流石にそれは都合よく考えすぎじゃない?」

 

「だよねー」

 

 真美の言葉を笑って受け流すが、本人も笑っているのでそこまで本気で言ったわけではないだろう。

 

 でも、もしかしたらと考えてしまう。

 

 『君たちの味方だ』と言ってくれた良太郎さんが自分達を護ってくれているのではないかと。

 

 その言葉だけで、きっと私達は頑張れるだろう。

 

 

 

「そういえば、結局どうして良太郎さんと連絡が取れないんだろ?」

 

「さぁ……?」

 

 

 

 

 

 

「それにしても、よくこんな簡単にコラボまで話を持ち込めたわね」

 

 シュークリームも食べ終わりお代わりのコーヒーに砂糖を加えながら、ふと疑問に思ったことを口にする。

 

 黒井社長が良太郎と組むことによって生じる利益の誘惑に負けてコラボ企画を承認したことは理解した。しかし、そのコラボを持ちかけてから実現までが早い。少なくとも以前に本社で私と話をした後に行動を開始したとしても一ヶ月経っていないのだ。いくら何でも早すぎる。

 

「それとも何? 本当は最初からジュピターとのコラボを考えてたの?」

 

「自分からコラボ持ち掛けるならジュピターじゃなくってお前らにするっての」

 

「っ」

 

 何事も無いかのようにサラッと言われてしまい思わずこちらが言葉に詰まってしまう。当の本人は気安い昔馴染み程度で発言したのだろうが。思わずドキリとしてしまった自分にムカつくが、良太郎の隣で目をハートにしているりんよりはマシのはずだ。

 

「実は961プロの中に協力者がいてな、その人から黒井社長に口添えしてもらったり段取り合わせてもらったりしたんだよ」

 

 もちろん俺の名前は伏せてもらってな、などとトンデモナイことをサラリと言いやがった。黒井社長に口添えできるということは、ただの社員ではなくかなりの重役のはずだ。

 

「……まさか、その協力者を足掛かりに961プロを乗っ取るつもりじゃないわよね?」

 

「さあ? どうだろな?」

 

 相変わらずの無表情で白を切る良太郎の考えを読み取ることが出来ず、悔し紛れに机の下で向こう脛を蹴っ飛ばすのだった。

 

 

 

 

 

 

おまけ『携帯電話』

 

 

 

「そういえば結局何でアンタと連絡が取れなかったのよ?」

 

「そうだよ! いきなり連絡取れなくなってびっくりしたんだからね!」

 

「ん? あぁ、ちっと大変なことが起こってな……」

 

「な、何か問題でもあったの?」

 

「携帯が壊れた」

 

「……は?」

 

「手から滑った携帯が床に落ちて木端微塵になってな。いや、まさかあそこまで綺麗に壊れるとは思わなかった。アドレスとかのバックアップ取っておいてよかったよ。まぁそのおかげでついに俺もスマートフォンデビューだ」

 

「……何か深刻な問題があったわけではないと?」

 

「十分深刻だろ」

 

「(無言の手刀)」

 

「ちょ、痛いって」

 

 

 

 

 

 

おまけ『伝説の横浜』

 

 

 

「そういえばお前らに聞きたいんだけど『伝説の横浜』って知ってるか?」

 

「……は?」

 

「え? りょーくん知らないの?」

 

「俺に関することだっていうことは分かるんだが、掲示板では誰も教えてくれなくてな。『ggrks』と言われたがググっても出てこないんだこれが」

 

(……いやまさか)

 

 

 




・「だから、私は良太郎さんを信じます!」
今回の肝である『良太郎を信じる』という役柄は、やよいに務めていただきました。
泣かせちゃってごめんね!

・『飛び出せ動物ワールド』
アニメにおいて「響回じゃない」「これはハム蔵回だ」などと散々言われた例の事件は良太郎の介入(?)によってこう変化しました。
担当したスタッフがただ単に変態だっただけとか言わない。

・手と頭を床に付けて謝った
手を付けて謝れ!(AA略)
頭を付けて謝れ!(AA略)

・おまけ『携帯電話』
麗華たちが連絡を取ることが出来なかったことに深い意味はありませんでした()
しいて言うならお話の展開上の都合によるご都合主義。

・(無言の手刀)
「やめろミザエル!」

・おまけ『伝説の横浜』
感想で「良太郎も書き込んでたら面白かった」というのがありましたが……いつから良太郎が書き込んでいないと錯覚していたのですか?



 美希の竜宮小町騒動以来となる大きな原作改変により、響は無事に『飛び出せ動物ワールド』の収録を終えることが出来ました。

 果たしてこの調子で良太郎は961プロの嫌がらせを退けることが出来るのでしょうか?

 ……みたいな引き方をしておきつつ次回に続きます。

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