アイドルの世界に転生したようです。   作:朝霞リョウマ

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ついに『良太郎の特典』が明らかに(?)


Lesson59 良太郎の一手 4

 

 

 

「はぁ……はぁ……!」

 

「もーむりー……」

 

 荒い息で汗だくになりながら俺の目の前で横たわるジャージ姿の北斗と翔太。随分だらしないなと言ってやりたいところだったが、俺自身も息絶え絶えの状態なのでその言葉すら口から出てこなかった。

 

 午前中に行われた961の事務所での打ち合わせを終えて夕方から始まったダンスレッスンは、今まで以上に苛烈なものとなった。

 

 その主たる原因は――。

 

 

 

「それにしても増田さん、本当にお久しぶりです」

 

「久しぶりね、良太郎君。良太郎君がコラボを組むって聞いた時は本当に驚いたわ」

 

「それはサプライズとして大成功ですね」

 

 

 

 ――ダンストレーナーと話をしている良太郎である。

 

 俺たちジュピターとのコラボが発表されたのはつい先日のことであるが、企画を進めるために歌やダンスの練習は始まっていた。コラボと言うからには良太郎が俺たちジュピターの曲を歌ったり俺たちが良太郎の曲を歌ったりするわけである。しかしただ歌えばいいというわけではなく、当然パート分けの問題や振付や位置取りの変更があるため、こうして以前から合同のレッスンを行っているわけなのだが。

 

「……前々から思ってたけど、りょーたろーくんのスペックって異常だよね」

 

 しみじみといった様子でポツリと呟く翔太。

 

 先ほどまで新しくなった俺たちの『恋をはじめよう』のダンス合わせをしていたのだが、今までの振付であればここまでバテバテになることは無かった。しかし激しくて大きく動く振付が特徴の良太郎とコラボをするにあたって、その振付もそちらに合わせてアレンジが加わり運動量が倍増した。さらにぶっ続けで踊っていたので俺たち三人は這這(ほうほう)(てい)

 

 一方で良太郎は俺たちと同じ運動量だというのに余裕綽々といった涼しい『無』表情だ。

 

 しかも『現在進行形でダンスを続けつつ』である。

 

「……なんで踊りながら普通に会話が続けられるんだろう」

 

「息も切れてないし会話もちゃんと成り立ってる……」

 

「とりあえず休憩中は休憩しろよ……」

 

 自分のそのセリフが自分でもただの負け惜しみにしか聞こえなかった。

 

 

 

 

 

 

 『周藤良太郎はアイドルの天才である』というのは最早世間一般においても当然の認識となっている。

 

 

 

 では、何をもって『アイドルの天才』なのか。

 

 

 

 意外かもしれないが、良太郎に『一度見て振付を完璧に覚える』『一度聞いた曲をすぐにマスターする』といった類いの一般的な天才的才能は存在しない。これは本人が「俺は物覚えが特別良いって訳じゃない」と自認しており、周りから見てもそれは同じ認識である。

 

 今回のダンスレッスンでも良太郎は初めて『恋をはじめよう』の振付のレクチャーを受け、アレンジが入っているとはいえ以前から踊り慣れている俺たちの方が良太郎よりも踊ることが出来ていた。……最初の内は。

 

 三回、四回と繰り返すことで良太郎は振付をしっかりと把握した。しかしそれぐらいであれば『アイドル』として当然の技能。いくら初めての振付とはいえ、全体の流れを把握するのは俺たちだってそれぐらい繰り返せば可能である。

 

 良太郎の真価はそこからである。振付を覚えれば後は細かい動きを突き詰めていくだけだ。そう言った場合自分では分かりづらい箇所を周囲の人間に見てもらったり、または鏡に映る自分の姿を目視して確認するのだが、良太郎はその工程を必要としない。良太郎は手先の動き、足の運び、移動のスピード、それら全てを自身で把握して修正する。

 

 つまり良太郎は『どのように動けばより魅せることが出来るのか』を本能的に理解しているのだ。

 

 歌においてもそうである。初めの内は歌詞カードを見ながら歌っていた曲も、覚えてしまえば声の強弱、キーの高さ、ブレスのタイミングといった全ての要素において他人からの指摘が入る前に修正がかかる。

 

 

 

 『自動最適化能力』とでも言えばいいのだろうか。

 

 それが『人を惹きつけて魅せる』アイドルの天才である周藤良太郎が持つ『才能』なのだと俺は思う。

 

 

 

 ここで少しだけ話を戻す。先ほどから良太郎は覚えたばかりの振付のダンスをしながら普通にダンストレーナーと会話をしている。ダンスをしながら話をするというのは体力的な問題も当然あるのだが、それ以前に振付をしっかりと把握して身体が覚えなければ出来ないことである。歌いながらダンスをするのとはまた別の話だ。

 

 では何故『覚えが人並みだと自他共に認める』良太郎が先ほど教わったばかりのダンスを身体が覚えているレベルで踊れるのか。これは簡単な話である。

 

 バカみたいに圧倒的な体力を用いて尋常じゃない回数の反復練習をしているだけなのだ。

 

 ステージの上には俺たちを含めた四人で立つため、当然振付合わせは四人で行われる。しかし良太郎は休憩の時であっても水分補給(いくら余裕そうに見えていても、良太郎だって汗ぐらいかくのだ)を終えるとそのまま一人で振付の確認を始めるのである。何度も、何度も、何度も。覚えられないのであれば覚えるまで繰り返せばいいという極論を良太郎は事もなげに体現してしまう。さらに反復するたびに『最適化』が作用するため、繰り返した回数だけ良太郎のダンスはより洗練されたものになっていくのだ。

 

 つまり、良太郎のダンスは反復練習という『努力』によって成り立っているといっても過言ではないのだ。

 

 それらを可能にする良太郎の体力も、過酷なトレーニングを乗り越えてきた良太郎の『努力』の結晶。

 

 

 

 そう。周藤良太郎は『才能』と『努力』によって成り立っているのだ。

 

 

 

 本当に、全くもって笑えない冗談である。『才能』だけでなく『努力』という点においても負けを認めざるを得ないというのだから。

 

 しかし、今更それを認識したところで別段俺たちの何かが変わるわけではない。

 

 良太郎が規格外で、そう簡単に太刀打ちできるような存在じゃないということはずっと前から分かっていたことなのだから。

 

 

 

 

 

 

「……それにしても」

 

 ダンストレーナーと他愛もない世間話をしながら踊る良太郎の背中を見ながら(悔しいことにこいつのダンスはお手本としてとても優秀なのだ)、ポツリと北斗が呟いた。

 

「良太郎君は、どうしていきなりコラボを持ちかけてきたんだろうね」

 

「………………」

 

 それは、ずっと考え続けてきていた疑問だった。

 

 その話は黒井のおっさんの秘書を務める和久井さんから持ち掛けられた。既におっさんの了承は得ており、実際にコラボをする俺たちの意思確認(という名の決定事項の通達)は後になって行われた。

 

 最初は戸惑いよりも喜びの方が大きかった。アイドルとしての実力を認めざるを得ない格上の存在であり、友人(と俺は思っている)でもある良太郎とのコラボすることが出来るのだ。それを経験することによって得ることが出来るものに対する期待や、それ以上に良太郎とのステージが純粋に楽しみだった。

 

 しかし時間が経ち、興奮が冷めた頭に残ったのは「何故」という疑問だった。

 

 今まで良太郎は他のアイドルと共にステージの上に立ったことは無い。歌手やその他のアーティストとの共演はあったものの、何故かアイドルとは並び立ったことが無い良太郎。そもそも受験勉強を理由に活動の自粛を前々から口にしていたはずの良太郎が、何故このタイミングで俺たち『Jupiter』に対してコラボを持ちかけてきたのか。

 

「……もしかして、りょーたろーくんに気付かれちゃったのかな……」

 

 そんなことを口にする翔太。目元をタオルで覆っている状態なのでその表情は分からないが、その声色から想像することは容易かった。

 

 以前、俺たちはテレビ雑誌の表紙を765プロの連中から奪ったことがあった。その時はおっさんから『765プロは汚い手を使って芸能界をのし上がろうとしている』『周藤良太郎すら利用しようとしている』という話を聞いたばかりだったため、躊躇いは無かった。そんなことを考えている奴らを野放しにできない、みたいなことを考えていた。

 

 しかし、他でもない良太郎自身が765プロの肩を持っているのである。

 

 黒井のおっさんが果たして何をしようとしていたのかは知らないが、度々「おのれ周藤良太郎め……!」と忌々しげに爪を噛んでいた姿から察するに、良太郎はおっさんの邪魔をしているらしい。それが本当に邪魔なのか、果たしてどちらが本当の邪魔になっているのかは俺には分からない。

 

 だからこそ、今までの俺たちは本当に正しかったのか自信が持てないのだ。

 

 そんな状況で持ち掛けられた良太郎からのコラボ企画。

 

 まるで俺たちが何かしないか監視をするために近づいてきたかのようで――。

 

 

 

 ――まるで「全て知っているんだぞ」と言われているようだった。

 

 

 

 それを考えた瞬間、全身を寒気が襲った。暖房がしっかりと効いた部屋で目の前には温かいお茶があったにも関わらず、まるで頭から氷水をかけられたかのような感覚に陥った。その場にいないはずの良太郎から発せられる威圧感に、指一本動かすことが出来なくなった。

 

 しかし、実際には良太郎は何も言ってこなかった。コラボを持ちかけた理由を尋ねても「何となく楽しそうだから」としか答えず、それ以上は何も語らなかった。

 

 「そうか何もないのか」と割り切れたらどんなに楽だったことだろう。

 

 こうして色々考えてしまうのは――。

 

(――結局、自分自身に後ろめたいことがあるからなんだろうな)

 

 幸い、これからは良太郎との仕事が増えて765プロに対して何かをするということはしたくても出来ない状況になる。黒井のおっさんがどういう考えで良太郎とのコラボにゴーサインを出したのか、これからどういう動きをするつもりなのかは知らないし知りたくもない。

 

 今はとにかく、周藤良太郎と同じステージに立つことが出来るという幸運を享受しよう。

 

 最近の765プロの躍進は嫌でも耳に入って来る。このままでは俺たちに追いつくのではないかと言う声も。

 

 ならば、たとえ本当に765プロが話通りの存在だったとしても、自分たちだけで圧倒してしまえるほどの実力を身に付けてしまえばいいだけの話なのだから。

 

 

 

 

 

 

「必殺! 『恋を始めるポーズ』!」

 

「てめぇバカにしてんだろ!?」

 

 

 

 ……とりあえずこいつに一泡吹かせることが目標だ。

 

 

 




・ダンストレーナーの増田さん
本名、増田レナさん。オリキャラと見せかけた名前ねつ造キャラ。
増田レナ → マスダレナ → マスタ○○レ○ナ○
モバPならば一度はお世話になっているはず。
※追記
マストレさん、公式で本名があった模様。……アニメのデレマスでの出番を見てから処遇を考えたいと思います。

・現在進行形でダンスを続けつつ
漫画『ワールドイズオールワン』で響が春香と雪歩に対して行った「表現」の練習中に見せたアレ。

・どのように動けばより魅せることが出来るのか
『ダンスや歌が上手い』のではなく『魅せるのが上手い』というのは765プロの中では美希がこれに一番近いような気がします。

・『自動最適化能力』
なんかカッコいいルビ振ろうかと思ったけど良さげなゴロが無かったので諦めました。

・過酷なトレーニング
稽古とはいえ三時間ぶっ続けで真剣の立ち合いが出来る戦闘民族高町家のトレーニングをこなせばこれぐらい軽いと信じている。

・恋を始めるポーズ
げっちゅ!



 というわけで一話丸々冬馬視点でした。なんか書いているうちに冬馬がツンデレキャラっぽく……え? 元から? そうですか。

 ちなみに良太郎の能力に関してはあくまでも『冬馬が考える』良太郎の能力であってこれが『正解』というわけではないのであしからず。

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