「……………」
「……あれ?」
その日、たまたま朝食に使う牛乳が切れていることに気付いて朝の散歩がてらコンビニへと朝の買い物をしに行く途中、とある公園のベンチに座っている一人の少女を目撃した。
「あの子は確か……」
特徴的な長い赤髪。中学生や高校生にも見える身長と体つきに対して、服装の印象は少し幼く見えるその子は、以前良と共に出会った『アイドル』だった。
「おはようございます」
職業柄、というのもあった。しかしその日はそれ以上に、不思議と自然に彼女に声をかけていた。それはきっと、
「……えっ、はい、おはようございます」
突然声をかけられて戸惑いつつも挨拶を返してくれた彼女は、徐々にあたしが誰なのかを認識したようで「あっ!」と声を上げた。
「えっと……良太郎さんのお義姉さん……?」
「そうよん。周藤早苗。小宮果穂ちゃん……だったわね? こんなに朝早くから女の子が一人でいるもんだから、思わず声かけちゃったわん」
そう言いつつ、携帯していた警察手帳を見せると、果穂ちゃんは「えっ!?」と驚き目を輝かせた。
「お姉さん、警察だったんですか!?」
「そうよーん? と言っても、今はまだ出勤前だからただのお姉さんよ」
そんなことを話しながら果穂ちゃんの隣に座る。補導するつもりはないが、それでもこんな早朝に小学生の少女が一人でいることが少し気になってしまったのだ。
「それで? こんなに朝早くから一人でどうしたの?」
「ラジオ体操です!」
そう言いながら笑顔でスタンプカードを見せてくれる果穂ちゃん。彼女が小学生だと頭では理解しているつもりだったけど、やっぱり見た目とのギャップが凄い。
ただラジオ体操にしても時間が早すぎると思う。そのことを指摘すると、果穂ちゃんは少しだけバツが悪そうに視線を落とした。
「ちょっとだけ朝早く目が覚めちゃって……それでなんとなく」
「そう……でも明るくなってきてるからって、早朝一人で出歩くのはあまり感心しないわ。今後は気を付けるように」
「はい! 分かりました!
うん、いいお返事。
「……そうだ、昨日のライブ、良かったわ」
なんとなく言うべきではないのかとも考えた。それでも、結局あたしは素直な気持ちを伝えることにした。
「……ありがとうございます! そう言って貰えると、あたしたちも、
「っ」
『負け』。その言葉をトリガーだった。果穂ちゃんは笑顔でお礼の言葉を口にしようとして、そのままボロボロと涙を流し始めた。
「あ、あれ、ご、ごめんなさい……! き、昨日まで平気、だ、だったんです……!」
果穂ちゃんも自分で自分が泣いていることに驚いているようで、困ったように笑ったままゴシゴシと自分の目元を拭っていた。何度も何度も、まるで拭い続ければいつか涙が止まってくれるかのように。
「……えい!」
「むぐっ」
あたしはそんな果穂ちゃんの頭を、自分の胸元に引き寄せた。子どもが生まれてからさらに大きくなった胸で果穂ちゃんの泣き顔を覆い隠すように、ギュッと強く抱きしめる。
「ごめんね、あたしってば、トップアイドルの義姉でアイドル事務所の社長夫人なのに、アイドルのことはからっきしなの。でもそんなあたしから見ても、昨日の果穂ちゃんたちのステージはすっごく良かったわ」
最初はただの
それほど関心を持っていなかったあたしですら、心の底から『凄いステージだった』と思えたのだ。
「確かにちょーっとだけ相手が強かったかもしれないけど、お姉さんは果穂ちゃんたちのステージ好きよ。だからその悔しい気持ちは、お姉さんの胸の中にぜーんぶ置いていきなさい」
アイドルについて詳しくないあたしには、こんなやり方しか分からない。このやり方があっているのかも分からない。これがこの子のためになるのかどうかも分からない。
それでも、今必死に涙を堪えて
「……う、ひぐっ、えっ」
嗚咽が聞こえてくる。
「み、みんなの前では、大丈夫って、平気って、言ったんです、心配させちゃうと思って、あたし、心配させたくなくて、それで、でも、あたし、あたし」
「ゆっくりでいいわ。全部聞かせてちょうだい」
「夏葉さんにも凛世さんにも樹里ちゃんにもちょこ先輩にも、困らせたくないから言えなくて、でも、でも……!」
ポンポンと優しく果穂ちゃんの背中を撫でる。
……きっとこんな苦悩を、果穂ちゃんだけじゃなく、様々な事務所のアイドルのみんなが抱えているのだろう。そしてそんな苦悩を決してファンには見せないように、笑顔でステージに立っているのだろう。
改めてみんなの凄さを再認識すると同時に……やっぱりこの世界は、ちょっぴり残酷だと思わざるを得なかった。
『W.I.N.G』最終選考 第一回戦 第三試合
『放課後クライマックスガールズ』敗退
「はぁ……はぁ……」
事務所のレッスン室の中に少女が一人。たまたま朝一番で事務所に行く用事があり、たまたまレッスン室の前を通ったところで彼女の存在に気が付いた。
「おはようティアナ」
「っ、おはようございます……なのはさん」
ドアを開けて私が挨拶をすると、ティアナは一瞬ビクリと肩を震わせてから平静を装って挨拶を返してきた。まるで自分が悪いことをしている自覚があるような反応に、思わず猫みたいだと微笑ましい気持ちになるが、それでも褒められることではないのも事実である。
「社長から完全休養を言い渡されているはずなのに、こっそりレッスンしてる悪い子は何処かな~?」
「……………」
気まずそうに視線を逸らしたティアナがちょっとだけ可愛くて思わず和んでしまいそうになってしまったが、コホンと咳払いをして気を引き締める。
「悔しい気持ちは分かるけど、しっかりとお休みしないとダメだよ」
「……言われなくても分かってます」
返事に少しだけトゲがあった。
「『W.I.N.G』だけが全てじゃないということは分かっているんです。それでも、ここで優勝すれば
以前からティアナはこういうところがあった。『俳優になりたい』という別の夢を掲げていることは、この事務所では前例があるので大した問題ではない。フェイトちゃんは女優に、はやてちゃんは映画監督に、かくいう私も歌手として活躍したいという夢を掲げつつ、今はアイドルとしての活動を真剣に行っている。
しかしそれとは別に『もっと別の目的』があるような、そんな気がするのだ。
「その言い方は良くないな。まるで『自分だけが悔しい思いをしてる』みたいだよ」
「っ」
「ティアナがどれだけ必死になっていたかは、一緒の事務所の仲間として知っているつもり。『W.I.N.G』に強い思いを抱いていたのも知ってるつもり。でも、悔しいのはスバルやキャロだって同じはずだよ」
ティアナがスバルやキャロのことをどう思っているのかは……私には分からない。今のティアナの気持ちなんて、私に分かるはずがない。
それでも、ティアナにだって、三人でユニットとして活動してきた時間に育んだ想いが、絶対にあるはずなんだ。
「……………」
「……黙っておいてあげるから、今日のレッスンはここまでにしておこう?」
「……私、は……」
「シャワーで少し頭、冷やしてきなさい」
そう言い残し、私はレッスン室を出て扉を閉めた。
「「……あっ」」
レッスン室のすぐ外にジャージ姿のスバルとキャロがいた。
「……も~この子たちは~……」
「ち、違うんです、なのはさん!」
「た、たまたまなんです! たまたま朝早く事務所に来たくなって、たまたまジャージに着替えたくなって……!」
「無理があるってば~……」
思わず大きくため息を吐いてしまった。どうやら私が危惧するまでもなく、思考が似通ってしまう程度には絆が育まれていたようで何よりだ。
「私とティアナの話、聞いてた?」
「……はい」
「その、ちょっとだけ」
二人は素直に頷いた。
「大丈夫です、なのはさん」
「私たち、なのはさんが考えるよりもず~っと仲良しなんです!」
「はい。ティアナさんの想いは、私たちもちゃんと理解しているつもりです」
「……そっか」
どうやら私が心配する必要はなかったらしい。
レッスン室の中に入って行く二人に「みんなにバレない内に上がるように」と伝えて、今度こそ私はその場を後にする。
「敗北を糧に……か」
実家の道場ではたまに耳にする類いの言葉だった。
「はぁ~……やっぱりこういうのって難しいなぁ~……」
こういうプロデューサーとしての役割は、ウチの事務所ではもっぱらリンディ社長やクロノ君が担当してくれているけれど、改めてその仕事の難しさを実感する。
(良太郎さんも、色々なアイドルにアドバイスとか助言とか、そういうのしてるみたいだけど……)
私には、こういう人に教えたり導いたりするのは向いていないような気がする。
『W.I.N.G』最終選考 第一回戦 第四試合
『ライトニングスターズ』敗退
・放課後クライマックスガールズ敗退
・ライトニングスターズ敗退
心が痛い……。
・早苗ねーちゃんと果穂
共通点というか接点は放クラ回で。
・ラジオ体操
今ってやってるんですかね?(朝から暑すぎ問題)
・「少し頭、冷やしてきなさい」
やっぱり言わさなきゃって思って……(使命感)
・クロノ君
そういえば説明し損ねてたっぽいけど、事務所社長の長男がプロデュース業をしております。
第一回戦の試合結果は以上になります。
次話からは二回戦結果……まだまだ重い……。