「私は別に怒ってないのよ」
まずはそう相手に告げる。しっかりと言葉にしなければ相手に伝わらない。勿論このとき笑顔も忘れない。最近よく『笑うという行為は~』という言葉がネットで散見されるが、やはり人が人である以上笑うことは友好の証なのである。
「あああああのととと東豪寺さん……!?」
「えっとあのそのですねこれはですね……!?」
だというのに、何故この子たちはこんなにも怯えているのだろうか。全く解せない。
「それはね、麗華。貴女が普段から笑顔を威嚇として活用している側の人間だからだよ」
「そんなことないわよねぇ?」
「「ひっ」」
「それはもう分かってやってるでしょ。ほら二人とも、わたしが一緒にいるんだからそう悪いようにはしないよ。もっと楽にして」
ともみの言葉に目に見えて緊張を解く二人。私が高圧的な態度を取ることで朋美が懐柔しやすくするという
「そ、それで、あの……」
「結局私たちは、どうして呼ばれたんでしょうか……?」
ビクビクしながら尋ねてくる二人……星野ルビーと有馬かな。こうして自分たちが通う
「あら、心当たりがないとは言わないわよね?」
「……そりゃあ」
「昨日の今日ですから……」
そう、『W.I.N.G』最終選考初日を終えた二人を呼び出してすることなんて一つである。
「勿論、褒めるためよ」
((うっそだぁ))
私は「ウチの生徒を『W.I.N.G』に出場させない」と発言したが、それはあくまでも『自分が直接指導しているアイドル科の生徒』の話であり、この二人は私の管轄外の芸能科。さらにこの二人はUTXの生徒ではあるがあくまでも所属は15プロダクション。いくら私でも他事務所のアイドルの出場を禁止するほどの権力は持ち合わせていないし、そこまで必死に邪魔をするつもりもない。
そんな中で唯一『W.I.N.G』最終選考まで残り、さらに二回戦へ進出した
「結果は二回戦敗退という残念な結果にはなったものの、それでも十分な快挙よ」
「麗華的にはめっちゃ褒めてるから、コレは本当に普通に喜んでいいやつだよ」
「あ、ありがとうございます」
「……ありがとうございます」
ともみからの捕捉でようやく強張っていた表情を綻ばせた有馬かな。一方で星野ルビーの顔色は未だに優れない。
「不満そうね」
「……東豪寺さん、教えて欲しいことがあります」
「なに?」
「……昨日の私たち、どうでしたか?」
なんとなく聞かれるであろうと思っていたその質問に対し、私は予め用意しておいた回答を口にした。
「
「……………」
良太郎ならば優しい言い方を選ぶのだろうが、生憎私はそんな性分じゃない。ウチの生徒ならばなおのこと。
すなわち『まだ私が評価するに値しない』という意味だ。
「アンタたちの事務所の『トレーナーさん』の経歴は優秀だけど、教える側も教わる側もまだまだ粗削りね」
「っ!?」
「え、そ、それって……!?」
「
これが例えば既に故人になっていたのであれば難しかっただろうが、
「どう? もしアンタたちが今以上の評価が欲しいというのであれば、今の事務所に所属しながらウチの指導を受けるっていう手もあるけど――」
「お断りします」
「――へぇ」
「貴女が誰であろうと、私は『あの人』以上のトップアイドルを知りません」
一瞬の躊躇もなかった。先ほどまでの優れない表情でも、入室直後の不安そうな表情でもなかった。それは何処までも純粋な、強い意志を秘めた曇りなき眼だった。隣に座り声なき声で(ちょっと何言ってんのよぉぉぉ!?)と叫ばんばかりの有馬かなの表情との対比が面白くて、思わず笑ってしまいそうになるほどだった。
「……そう。要件はこれで終わりよ」
「時間取らせちゃってゴメンね」
私が立ち上がると、ともみもそれを予想していたように自然と立ち上がった。
「これからも精々頑張りなさい。せめて同期のアイドルには勝てるぐらいには、ね」
「勿論です」
「が、頑張ります!」
「……正直、私はこういうことを言うキャラじゃないんだけど」
退室直前、私は二人に振り返った。
「アンタの眼、悪くないわね」
……あれ、そういえば誰かを忘れている気がするわね。
「……っていうことが学校であったんだ」
「なんか私のいないところでめっちゃ重要そうなイベント起きてるんだけどぉ!?」
『W.I.N.G』最終選考 第二回戦 第一試合
『B小町』敗退
「……………」
公園で、私は一人、空を見上げていた。
以前とは違い、桜は空を舞っておらず、そして私は『アイドル』になっていた。
いつものベンチに座りながら、昨日のことを思い出す。
――さぁ! 集計結果が出ました!
――『W.I.N.G』第二回戦第二試合! 勝者は……!
(負けちゃった)
告げられたのは勝者の名前だけであり、私たちの名前は呼ばれなかった。そして彼女たちが勝者と称される一方で……私たちは敗者とすら称されなかった。
それでも不思議と悔しさはなかった。それはきっと、私たちの代わりに『彼女たち』が優勝してくれると信じているから。寧ろ私たち自身がこんなところまで来れたことを喜ぶべきなのだ。
「あ! 真乃いた! 灯織ー! 真乃いたよー!」
「え?」
突然自分の名前を呼ばれて驚き振り返ると、そこには大きく手を振りながらこちらに駆け寄ってくめぐるちゃんの姿があった。さらにその向こうには必死に走って来る灯織ちゃんの姿も。
「いやぁ結構探しちゃったー! この公園広いねー!」
「ま、待って……めぐる……早い……!」
「え、ど、どうしてここに……?」
別にこの公園が私にとっての秘密の場所とかそういうわけではない。それでも私がここのことをめぐるちゃんや灯織ちゃんに話したことはなかったので、彼女たちがここにいることが純粋に不思議だったのだ。
「真乃のお母さんに教えてもらったの!」
「お母さんに!?」
「めぐるが『いきなり家に行って真乃を驚かせよう』って言いだして……」
なんでも二人は一度私の家に行ったらしいのだが、そこで『私が不在なこと』『私がいつも近所の公園にいること』をお母さんから教わったらしい。
「実は三人ですぐに
「コレ?」
「コレ!」
私の隣に腰を下ろしためぐるちゃんがリュックの中から取り出したのは、タブレット端末だった。それをスイスイとスワイプして操作したかと思うと「じゃーん!」と言いながら画面を私に向けた。
「昨日の私たちのステージの動画! 特別に見れるようにしてもらったの!」
「えっ!?」
『W.I.N.G』最終選考の様子は配信サイトで生中継されていたが、後ほどアーカイブ動画が公開されることになっている。しかし流石に昨日の今日で観れるはずがない。
「それが、プロデューサーさんが周藤さん経由で運営にお願いしたらしくて……」
めぐるちゃんとは反対隣りに座った灯織ちゃんの補足説明に納得しつつ、内心では(それって本当は経由する順番が逆なんじゃ……?)と首を傾げる。
「ホラホラ、真乃も灯織も寄って寄って! 早く観ようよ、私たちのステージ!」
「あ、うん、私タブレット持つよ」
「うぅ、なんか緊張してきた……」
動画が再生される。
『走り出すよ キミの未来が今』
『『翼を手に入れたから』』
『『『きらめく虹になれ』』』
私たちが第二回戦で歌った曲は『虹になれ』という曲だった。私たちは第一回戦でW.I.N.Gフェスのときと同じ『ヒカリのdestination』を披露し、決勝戦では283プロみんなが歌う『Spread the Wings!!』を歌わせてもらう予定だった。
けれどそれも叶わなかった。
「あっ、ここの灯織の表情可愛い!」
「ホントだっ」
「えぇ!? む、寧ろちょっと硬くない……!?」
始めは自分たちが歌って踊っている動画を客観的に見ることに気恥ずかしさを覚えていたが、度重なるレッスンによりすっかり慣れてしまった。三人で「ここが良かった」とか「ここはちょっとうまく出来なかった」とか、そういう感想を言い合う。
『『『風に乗って どこまでも行けるよ』』』
『『『行き止まりも 飛び越えよう』』』
『光を身にまとい』
「……………」
「ん、真乃?」
「ど、どうしたの……?」
『『『たどり着ける 約束の未来へ』』』
『『『目的地は幻じゃない』』』
『あの日見つめた夢にこの手が』
『『『届きそう』』』
「――たかった」
「えっ」
「真乃……?」
「……勝ちたかった……」
視界が滲む。
こんなことを口にするつもりはなかった。
こんな
私たちは駆け出しのアイドルで、まだまだ実力不足で、そんなことは分かっていて。
「めぐるちゃんと……灯織ちゃんと……三人で、ステージの上で喜びたかった……!」
第一回戦を勝ち進み『手が届きそう』だと思ってしまったばっかりに、そんなことを思うようになってしまったんだ。
「……私も……私も同じだよ、真乃!」
「真乃……!」
ギュッと二人に抱きしめられる。
二人が私を慰めてくれているのか。それとも私と一緒に涙を流しているのか。
今の私には何も分からなくて。
それでも、今ここに三人でいられることが。
ただそれだけが、ただの痛みが強い想いに代わっていくような。
そんな気がした。
『W.I.N.G』最終選考 第二回戦 第二試合
『イルミネーションスターズ』敗退
・『B小町』敗退
・『イルミネーションスターズ』敗退
大丈夫……まだ舞える……。
・『笑うという行為は~』
「もうちょっと手心というか」と同郷のネタ。
・ルビー&かな@UTX学園
実はちらっとLesson368で仄めかされていました。
・「なんか私のいないところでめっちゃ重要そうなイベント起きてるんだけどぉ!?」
美由希「シンパシーを感じる」
いよいよ次回、決勝戦の結果……そして第十章最終話です。
この世界には、まだ『選ばれなかった少女』がいる。