『龍』を探し、狩り、書物に収め続ける、たった二人の「調査隊」の物語。
都の遙か西方、
今我々は絹美市からも離れた、辺境の中の辺境、
何しろ村の近辺には、都ではとても見られない鳥獣が
そもそも我々は、皇帝陛下に、国じゅうのあらゆる生物、特に「龍」とも呼ばれる巨大で脅威となるものを、訪ね歩き、見聞きし、容貌から生き様まで余す所無く記録し献上するよう仰せつかったのである。
そして我々は陽糸村の近辺の洞穴にその「龍」と思しきものが潜み暮らしているとの聞き伝えにより、遙か数千里を越えてこのような辺境の地まで足を運んだのである。
私はこれまでに調べ上げ、したためた鳥獣の記録書──もちろん「龍」も含む──を眺めこれまでの苦労を想起した。そして、次に出会う「龍」は何如なるものであるか、分類するとすればどの「龍」に近いのか、など思いながら記録書を閉じ、傍らの背嚢に詰め込んだ。背嚢は革で堅牢に作ってあったが、幾年もの過酷な使用のために傷だらけで今にも帯が取れんばかりである。
此くの如く私が物想いに耽っていると、唐突に我が相方の力強い声が飛んできた。
「準備はいいか、もうすぐ夜が明けるぞ」
「ああ、もう済む。何ともこれは着づらくてな」
「それはもう幾年目だ」
「さあ、数えたことなど」
私はなんとか甲冑に胴体を押し込め、背嚢を背負って相方に向き直った。しかし既に彼の視線は私には無く──
「あの大きいのが件の洞穴か」
「そのようだ」
「腕が鳴るな」
「是非腕を奮ってほしいね」
「......日が出る」
「行くか」
夜明けと共に我々──たった二人の調査隊──は洞穴へと足を踏み入れた。
洞穴の中は思いの外暖かく、多少の防寒具は要ると雖も寒さに苦しむ程では無い。
我々は松明の微かな光と共に奥へ奥へと歩を進め、十里も行かぬ所であろうか、山が一つ入る程の広い空間に出くわした。「龍」とは往々にして身体の大きいものであり、もし「龍」が棲んでいるとすればこのような開けた場所以外には無い。我々は一層注意深く進んでいった。
空間の端に達し、その一部に更なる横穴を見つけこれへ入った。この横穴は洞穴の入口から暫く行った所よりも些か広く、壁面の様子も異なっていた。
「どうも怪しいな」
「何がだ」
「この岩壁......いや天井に近い辺りだ」
「ほう」
岩肌に松明をかざすと、
「如何にも手が加わったかの如き姿ではないかね」
「以前に人が入ったか、さもなくば......」
「『龍』か」
「有り得る」
「私もそう思っていた所だ」
「ここの岩は何如に」
「見たところ火山系、かなり硬い」
「なれば相当な力の持ち主か」
その時洞穴の遙か先から聞き覚えの無い響きがあった。
「もしや」
「何にせよ何時でも戻れるようにするべきだな」
「退路はある」
「よし、行くぞ」
洞穴の先へ、慎重かつ素早く進んで行くと、暫くして松明の火に輝くものが突き当り一面に見つかった。
「これは」
「水晶のように見えるが」
「こんなに大きく丸くなった水晶が自然にあるものか」
水晶のようなものは滑らかな曲面を描き、洞穴をほぼ完全に塞いでいた。
「一発小突いてみるか」
「待て、上を見ろ」
「なに」
松明で指し示した場所では、水晶のような塊から黒い突起が突き出していた。
「あれは岩ではないのか」
「どうも周りのものとは色が違う」
「ならば見てみよう」
そう言って我が相方が水晶らしきものに足を掛けたとき、正にその水晶が揺れ、我が相方は落下した。見る間に水晶らしきものは迫り上がり、その下からは牙が顕わになった。
「こいつか!」
「ひとまず退け!」
緊張感のある声が洞穴に反響し、我が相方はすぐさま手にした得物──五尺程の柄の先に僅かに反った片刃が付いている──の鞘を取り払い構えた。
水晶を背負った怪獣が立ち上がり、その姿が朧げながら確認できた。人よりかなり大きな頭には割合小さな口があり、上面から側面にかけての大部分を水晶のように光る一体となった甲殻が覆っている。どうやら表面に露出した目は無い模様だ。まだ「龍」と断定はできないが、生息環境や特徴からこの怪獣を「
「さあ来い」
我が相方は得物の刃を上にし、切っ先を洞晶龍に向けて待ち受けた。
洞晶龍は頭を少し左右に振って、そして我が相方の方を正確に向いた。とても目が無いとは思えぬ動きである。
やや両者対峙し、突如洞晶龍は頭を下げて真っ直ぐに猛然と突進した。ある程度の幅があるとはいえ洞穴であり、我が相方は避けられず突き倒された。
しかし歴戦の猛者たる彼はその程度では怯まず、気勢を上げて頭部の甲殻に刃を叩きつけた。ところが甲殻は頑丈であり、傷こそついたもののそれは表面だけで内側には影響は無いようだ。
「こいつは並の甲殻じゃない、それこそ鉱石のような硬さだ」
我々は為す術なく後退し、遂にはあの広い空間にまで達した。
私は一足早く横穴を出ていたので、真横から洞晶龍の全身を拝むことができた。脚が胴体の直下に伸びる、いわゆる直立
我が相方は側面に回り込むと頸部を下から切り上げ、更に幾度か刺突を加えた。甲殻の無い場所故か簡単に皮が裂け血が吹き出した。
しかしそれでも洞晶龍は我が相方に向き直り、今度は顎を叩きつけた。彼は脚の間に転がり込んでこれを避け、腹を突き上げた。流石に弱点を二箇所も切られるのは効いたのか、とうとう洞晶龍は横倒しになってそのまま息絶えた。
「案外御し易い相手だったな」
「腹の下に潜れさえすれば、な」
闘いの後、我々は洞晶龍を隅々まで調べ上げ解体していた。我々の職務はただ鳥獣の姿や生き様を調べるだけでなく、身体の構造を記録し、その素材の利用方法を検討することでもある。腑分けされ整然と並べられた骨肉を前に、様々に記録書に書き付けていった。
「やはりこの甲殻は他に類を見ない、盾や甲冑に使えば無類無敵となるだろう」
「なるほど、骨は太くはないが黒く美術品としては価値がある」
このように様々な考察を加え、持てるだけの素材を担いで残りは放置し我々は洞穴の外へと歩いていった。
「気になるのは個体数だ」
「ほう、何如にもお前らしい考えだな」
「なかなか有望な素材が揃っているだけに、数が無いとこの一帯の個体を全滅させてしまうのではないか、と思うのだよ」
「他の州の洞穴では見つかっていないのだろう」
「誰も見たがらないという方が正しい、居ようと居まいと誰も知らぬのだ」
「ならばかなりの数が居るやもしれんな」
「まあ、な」
私は自らの記録書に新たな龍が加わったことを喜び、そしてこの龍のこれからの苦難を想像しながら歩いていった。
洞穴の外からは月光が差し込んでいた。