悪戯の神は希望を拾った 作:乾パン中毒者
「――――ダンジョン内部での原因不明の行方不明者と、死体の多発?」
そんな物騒な同僚からの言葉に、アイナは思わず書類作業の手を止める。
ギルド本部窓口。純白の大理石で覆われた受付ロビーである一階フロアは厳粛とした空気を漂わせながら、オラリオの早朝らしく多数の冒険者の入り混じる喧騒を奏でる。
そんないつもと変わらない日々であったが、今そこに一石が投じられようとしていた。
「そうなんですよ。被害に遭ったファミリア曰く、生きているのは確かだけど痕跡がさっぱり消えていて……」
「殺害された冒険者については、身ぐるみを剥がされて無造作に放置されていました。モンスターによる損傷が大きいせいで捜査が遅々たるものになってしまいましたが、死因は恐らく同業者によるものだと」
ダンジョンにおいて冒険者同士の諍いによる刃傷沙汰は、実のところそう珍しいことでは無い。荒くれの多い冒険者は基本的に気が短く、血気盛んな者が多いため、何かしらのトラブルがあれば直ぐに手が出されやすいのだ。
無論公共の場ではその限りでは無いが、ダンジョン内部――――オラリオでの法が適用されない場所においては、そこでは力こそが法となり代わる。勿論、犯罪行為の確たる証拠をギルドに掴まれてしまえば処罰は免れないが、ダンジョンという極限環境はそういった悍ましい犯罪行為を行うには適し過ぎている。
何せ、内部で殺人を犯しても死体をモンスターに放ってやれば後は自動的に証拠は隠滅される。それに人目も基本的には少ない。
一応そういった行為を取り締まるためにも有志のファミリアが尽力してはいるものの……あの広大な魔窟を隅から隅まで見張れというのは、無理難題が過ぎるというものだ。
「【ガネーシャ・ファミリア】や【アストレア・ファミリア】への報告は?」
「すでに動いてはいますが、依然足取りがつかめないらしいんです。……それに、街の方でも同じようなことが起こっているらしくて、かなり混迷とした状況なのも事態が好転しない原因かと」
「そんな……」
行方不明に遭った人数は確認されている者だけでも五人以上。殺害された者は十人近い。そして、そのどれもが
何せ、Lv.2冒険者の一団相手に明確な足取りとなる痕跡を残さないまま勝利できるほどの手練れ。それは即ち実行犯がLv.3以上であることを示している。
そんな者達を野放しにしておいたらどうなるのかは、想像に難くない。
「一応、街への注意勧告は済んでいるし、有志ファミリア達も積極的に動いているから、きっと大丈夫ですよ!」
「そう……だと、いいんだけど……」
アイナは不安げに口元を摩りつつ、思案する。
確かに【ガネーシャ・ファミリア】や【アストレア・ファミリア】などが動いている以上、解決は時間の問題だろう。が、重要視すべきは事件が解決するかどうかでは無い。
何故、こんな事が起こり始めたのか。事の元凶は何なのか。
それに視点を当てなければ、何も進展しない――――そんな予感がアイナの心を掴んで離さない。
(……外部や内部への抑止力として存在している【ゼウス・ファミリア】や【ヘラ・ファミリア】が『遠征』で不在なタイミングを狙った? 内部は……いや、ギルドとも繋がりが深い二大派閥がオラリオの治安に対して睨みを利かせている以上、犯行が明らかになれば確実に潰されるリスクが発生する。つまり内部からじゃない、犯行が明らかになってもある程度誤魔化しの利く外部勢力による犯行の可能性が高い)
オラリオ外からの脅威の襲来、というのは珍しい話では無い。世界的に見てもこの街の価値は莫大なものであり、実際その利益を得るためにラキア王国は過去に何度か戦争を仕掛けてきている(すべて失敗に終わっているが)。
魔石、ドロップアイテム、希少金属。少量でも外に流れてしまえばそれだけで巨大な財を築けてしまうそれらはとても魅力的だ。だが一番価値のある代物は――――やはり、冒険者。
ダンジョンの存在しないオラリオ外の冒険者は、高くて精々がLv.3以下。反面、オラリオにはLv.5以上が――殆ど【ゼウス・ファミリア】か【ヘラ・ファミリア】所属ではあるものの――ゴロゴロと存在している。もし一人でも手中に収めることができるのならば、外部国家のパワーバランスは大きく傾くだろう。Lv.6ともなれば小国が大国相手に勝利を収める事も夢では無い。
もし「行方不明」が諸外国からの拉致行為によるものだとしたら、辻褄は合う。だが無理矢理攫った冒険者を戦力として使うのは少々難しいのではないか? という考えがアイナの頭の中をグルグルと回る。
戦力として連れて行くのではないとしたら、一体何のために……?
(……個人的に、調べてみようかな?)
危険な行為ではある。アイナは先天的に魔法の扱えるエルフではあるが、恩恵を持っている冒険者と比べれば酷く貧弱としか評せない。
それでもこの様な無謀な行動に移るのは、やはり――――
(アイリスちゃんが巻き込まれる前に、少しでも早く解決するようにしないと……)
自身の担当冒険者である小さな少女のため、なのだろう。
被害に遭っているのはほぼLv.2の冒険者。そしてその枠内にはアイリスも含まれている。故に、あの少女が被害に遭わないという保証は何処にもありはしないのだ。
むしろアイリスはトラブルを誘引する体質を持っているとしか思えないので、巻き込まれる可能性は大だ。
故に、彼女はギルド職員として、そして一人の大人として、少女のために少しでも力を振るおうとする。
果たしてその行為は吉と出るか、それとも――――
◆◇◆◇◆
『神の宴』、と呼ばれる催しがオラリオには存在している。
詰まる所、下界にそれぞれ降り立った神たちが顔を合わせるために設けた会合だ。似たようなモノとして『
そんな『神の宴』に参加するための招待状が、ロキの目の前のテーブルに置かれていた。内容は『フレイヤ主催 神の宴』という文字が。
「……めんどくさぁ」
ロキとて別に『神の宴』に興味が無いわけでは無い。しかし主催があのフレイヤである。ロキは同郷出身であることを加味しても、個人的にあの薄気味悪い微笑を顔に張り付けている女神が苦手なのだ。別に蛇蝎の如く嫌悪しているという訳では無いのだが。
噂に聞けば【フレイヤ・ファミリア】は規模こそ中堅の域を出ない。が、主神の美貌が男神を悉く骨抜きにし、勝手に貢ぎ始めることから財力だけならばそこそこの規模を誇っている。あの
「アカン、そう考えると無性に行きたくなったわ。……でもなぁ」
無類の酒好きであるロキは久しく高級な酒を飲んでいないせいで、極上ものの酒類に思わず涎を垂らす。が、今の自分の恰好を見て小さくため息を吐く。
普段着である今の衣服はそこらで買った千ヴァリス前後程の安物だ。神々が着てくるであろう高級で絢爛な衣装と比較すれば月と鼈としか言いようがない。
ぶっちゃけドレスなどあったところで着る気など欠片も起きないのだが。
何故かって? ほら、そんなモノを着れば彼女のとある部分が嫌でも強調されてしまうではないか。
彼女の
「あー……自分で考えてて死にたくなってきた……」
試しに自分の胸を揉もうとしても、あるのは肋骨の凸凹とした感触だけ。女性の胸にあるべき柔らかみなど影も形も見当たらない。
完全なる無。同性からも軽い哀れみの視線を集める絶望的な壁は、ロキのメンタルをこれでもかというほど打ちのめしてくる。普通の人間ならばまだ成長の余地うんぬんかんぬんで誤魔化せるだろうが、悲しいかな、
「今から巨乳の女ども爆死せえへんかなぁ……はぁぁぁぁぁ……」
顔も知らない巨乳たちへの殺意を募らせながら、ロキはテーブルに突っ伏しながら顔だけを上げて現在販売中の物件のカタログを読み漁る。
アイリスとリヴェリアはダンジョンへ平行詠唱の特訓へ。フィンはオラリオの散策へ。ガレスはたぶんどこかの酒場で昼から飲んだくれているのではないだろうか。そしてロキは……特にやることは無いのでこうして適当に時間を潰している。
金も時間もあるが、やることが思いつかないというのはこれ程退屈なのか。もう面倒だし、自分もガレスのように酒でも飲み散らかそうか――――と思っていたら、宿屋の扉が開かれ、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「何故だ……何故なんだ……二日目なのに全然進展が……」
「リ、リヴェリアさん、元気出してください!」
「あ、二人ともおかえりや~。今日は早く切り上げたんやな?」
己が眷属二人の期間を確認したロキは先程の様子とは打って変わって上機嫌な笑顔でアイリスとリヴェリアを出迎えた。
並行詠唱の特訓は今日で二日目。様子から察するに進展は乏しいらしい。
「つらい……もうねる……」
「お、お大事に……。あれ? ロキ様、その封筒は一体?」
「んー? あー、まあ、神同士の食事会のお誘いみたいなもんや。気にせんでええよ~」
すっかりいじけてしまったリヴェリアが部屋に上がるのを見届けたアイリスはロキがテーブルの上に無造作に置いていた封筒に気付いたようだ。
が、ロキとしては特に行く気はないので無難な返事をして話題を切り変えようとするが――――
「神同士の食事会、ですか。だったら人脈作りに行ってみるのもいいかもしれませんね。ロキ様も時間は空いているでしょうし」
「えっ、あー、いやー……別に行く気はないんやけど」
「駄目ですよロキ様。折角の
「う~ん……」
ロキは正直言って面倒くさいと思った。しかし言われてみれば人脈に乏しい自分がちゃんとしたコネを作れるチャンス、というのは言われてみれば確かにそうだ。
それを含めてもまだ行きたくないという心が七割ほどあったが……最愛の眷属のためならば行かないわけにもいかない、と思い始めるとその天秤は少しずつ傾いてくる。
「パーティーに行くんだったらちゃんとおめかししないと。ロキ様、ドレスとかは持っていませんでしたよね? じゃあ私と一緒に「よっしゃ今すぐ行くで~!」えっ」
大好きな子供とのお買い物。この一大イベントを逃すほどロキは道化になれなかった。先程までダウナー気味だったテンションが一転して最高潮に達する様は、アイリスすら困惑するほどである。
相変わらず自由奔放な己が主神に呆れ顔を浮かべつつ、アイリスは買い出しの準備を始めた。
向かう先は北のメインストリート。服飾関係が大きく発展している大通りは大陸全体から見ても凄まじい数の服飾店が軒を連ねており、服関係ならば恐らくはこの場所で全て解決してしまうだろう。種族ごとの専門店も完備していることから、無い物を探す方が難しい。
その中でもやってきたのは『天衣無縫の纏衣』と呼ばれる店だ。女性用の超高級ドレスを専門に仕立てている店であり、機織りを司ることで有名なアテナの派閥である【アテナ・ファミリア】傘下の高品質が確かに保証されている人気店の一つであった。
販売しているドレスは最低金額でも十万ヴァリスを越える程であるが、幸い【ロキ・ファミリア】の懐はまだ温かい。
それにファミリアの面子が掛かっている以上、遠慮する理由もないだろうとアイリスは判断した。
豪華絢爛な服装が陳列されている店内に視線を奪われながらも、アイリスとロキは適当な服装を見繕うために辺りを見回す。
すると、マネキンに着せられて展示されていたとある一品が二人の目につく。
黒を基本色としたフリルのついたドレスだった。証明に照らされて魅せるのは、まるで深夜の様な美しい純黒色。いかにも、といった豪華さこそ無いが、実に完成度の高い一品である。
そして次に値札へと視線を移して……軽く目を剥く。
お値段二五〇〇〇〇ヴァリス。一般庶民からすれば数年は食事に困らなさそうな大金が値札には記されていた。
「うっわぁ……服一着で二十五万ヴァリスとか舐めとんのか……」
「そりゃあ、高級素材をふんだんに使っているみたいですからね。ええと……ドレスの名前は『ミッドナイト・デイズ』。中層に生息するシルバー・シルクワームから採取した超高級シルクにブラック・バタフライの鱗粉を編み込んだ渾身の一品。……そりゃ高いわけです」
中層域にしか存在しない希少種のモンスタードロップ品を用いられたドレス。成程、確かに馬鹿高い理由に納得できる。もし冒険者用に何らかの特殊効果が付与されていたならば値段は数倍に上がっていただろうし、深層で取れた素材ならば恐らく桁がもう二つ三つ上がっていただろう。
そう考えるとアイリスは目の前のドレスは品質に対してとても良心的な値段に思えた。
「ロキ様、これにしませんか?」
「はぁっ!? ままま待ちぃや! も、もうちょっと安いヤツにせぇへん? こんな事で無駄にお金使うのもなんやし……。ほ、ほら、向こうの店にある五万ヴァリスくらいのはどうや!?」
目に見えて気後れし出したロキに、アイリスは小さく嘆息する。
「……ロキ様、ファミリアの威厳を示すために使うお金は『無駄』とは言いません。それに、そうですね……もし私がみすぼらしい恰好で食事会に参加して、周りの人たちに笑いものにされたら、ロキ様はどう思いますか?」
「即座にそいつらをぶっ殺すわ」
「ぶっこ……こほん、つまりそういうことですよ。ロキ様」
間髪容れずにロキの口から飛び出た物騒な発言に口を引きつらせつつ、アイリスはロキの不安を正面から説き伏せた。
「むぅぅぅぅ……わかったわ。何よりアイリスたんの頼みや、着るだけ着てみたるわ」
「はい!」
数時間後。代金の支払いと採寸、サイズの調整や簡単な化粧を終え、ロキは試着室から一歩を踏み出した。
「……おお~」
それを出迎えるのはアイリスの輝かんばかりの感嘆の表情と小さな拍手。
少女の喝采を受けながら、ロキは慣れない出来事に照れくさそうに天井を仰ぎつつ己の姿を大鏡で再確認する。
我ながら似合っていないことも無いのではないか、とは思う。しかし、やはり……胸部の違和感は甚大であった。
女性としてあるべきものがそこには無い。普段から男物の服装を着ている故に、改めて知らされる強烈なまでの自覚がロキの自尊心をケチョンケチョンにしようとしてくる。
「ロキ様」
「な、なんや、アイリスたん?」
「今のロキ様、とっても綺麗です」
「―――――――――」
しかし、その心の傷を埋め合わせるかの如く、眷属の言葉が彼女の心にスーッと染み渡った。
そしてロキは確信した。”ああ、天使とはこの子の事を言うんだ”と。
あまりの純粋な言葉にオヤジ魂という心の汚れが一撃で浄化され、その勢いで天界に送還されるのではないかと思いこみ始めたロキ。そうだ、無乳がなんだ。ナイチチがなんだ。自分には可愛い眷属がいるではないか。
具体的に言うならば、己と同じ
「……何でしょう、今誰かに物凄く馬鹿にされたような気がしたのですが」
「きっ、気のせいや気のせい」
アイリスの謎の勘の良さに冷汗を流しつつも、ロキは自身のドレスを仕立ててくれた店員に軽い礼を言いつつ店の外へと躍り出た。
既に空の太陽は西の地平線へと沈みかけており、街が茜色に染まっている。そして顔を左右に振って辺りを見回してみれば、恐らくは『神の宴』へと参加するだろう容姿端麗な神々がせわしなく動いていた。
全体的に男神が多いような気がするのは、やはり”あの”フレイヤが開催する宴だからか。
(……ま、適当にメシだけ食ってちゃちゃっと帰ればええわな)
「ロキ様、よかったら見送りましょうか? 万が一、という可能性もありますか」
「ホンマに? いやぁ、アイリスたんマジ天使やわぁ~!」
「あはは……」
ロキは愛らしい
宴の時は、近い。
◆◇◆◇◆
都市が夜闇に覆われ、それに合わせて魔石灯の明かりが灯り始めてきらびやかなイルミネーションを作っていく。
相変わらずの喧騒がオラリオを満たしていく中、今日はいつもとはまた違う、美男美女がとある敷地に足を運んでいた。
【フレイヤ・ファミリア】
これが規模としては中堅程のファミリアが有する
『フレイヤならば仕方ない』
その美貌を以てすれば数多の男たちを虜にし、その財を貢がせることなど訳ない。無論、自身が気に入った他
だからこそ、フレイヤという存在を知っている神々は皆この場で例外なく顔を顰めた。
――――コレを築き上げるのに、一体どれほどの男どもに貢がせたのか、と。
そんな『
天井に吊り下げられた豪奢なシャンデリア型の魔石灯。それに照らされるは巨大な大理石のテーブルの上に並ぶ無数の御馳走。世界中から最高級のモノを取り寄せられて作られたその料理群は一つ一つが実に食欲をそそる香りを漂わせて、場を弁えない者が訪れればすぐにでも下品に齧りつきに行くだろう程の魔力を放っている。
が、此処にそんな馬鹿な者は居ない。全員が礼服を着こなしつつ、それぞれが少量ずつ料理を皿に載せながら、食事の合間に他の神々と談笑を交わしている。
流石にこんな場所で醜態を晒す神など居ないだろう。何せここは【フレイヤ・ファミリア】の本拠。
大きな醜態を晒せば、
それを理解しているからこそ、ロキも極上の酒を前にしても欲望のまま動いたりはしなかった。可能な限り目立たない様に、空間の隅っこで血のように赤いワインの入ったグラスを揺らしながら、気怠そうに向こうで楽し気に騒ぐ神々を眺めている。
しかし極力目立たない様にとはいっても、最近話題になっている派閥の主神であるロキが注目を浴びないわけがなく。
『おい見ろよ、ロキ来てるぞロキ』
『え、マジで……なんだあの貧乳!(驚愕)』
『いや貧乳じゃねーよアレ。無乳だよ。絶壁だよ』
『スゲェ、あそこまで無いと逆に感心するわ』
『あんな胸が存在するとか、世も末だな』
『かなりまな板だよアレ!』
(………アイツ等いつか殺す)
自分の最大のコンプレックスを臆することなく抉ってくる馬鹿共の顔を脳裏に焼きつけつつ、もう帰ってしまおうかと黙想するロキ。料理も酒も最高品質だ。文句はない。だが――――
「
「あらロキ、私の出した食事に文句があるのかしら?」
「ぎゃぼあぁぁあぁああぁぁあ!?!?」
突然気配も無く己の背後に現れた存在に、ロキは下品な悲鳴を上げた。それによって会場中の視線を集めてしまうことになるが、それはロキに取って大した問題では無かった。
むしろ今一番問題だと思っているのは――――今この場で最も目を付けられたくない
ズザザッ、と素早く後ずさりをして件の女神、フレイヤから距離を取るロキ。今の彼女は階層主と相対した冒険者の如き緊張を放っている。
それを見てクスッと笑うフレイヤ。純白の雪の様に白く美しい肌、色気を放つ細長い手足と小振りで柔い臀部、そして程よい大きさの胸部を金の刺繍が施された白いドレスで包んだ様はまさに女神。黄金律そのものを体現した美の結晶は艶めかしい笑みを浮かべながら、ロキの前までやってきた。
「な、なんやフレイヤ。なんかうちに用か?」
「あら? 用がなければ友神に話しかけてはいけないのかしら?」
その言葉を受けてロキは思わず叫びたくなった。「お前は何を言っているんだ」と。
確かにロキとフレイヤはそう浅い仲ではない。天界では神器の貸し借りを偶にするくらいには親交があった。が、互いに相手を『友神』と思っているかと言われれば、両者ともに『NO』を掲げるだろう。そこに利益があるならばある程度の交流は持つが、相手に攻め込む理由ができれば喜んで叩き潰す、そのくらいの関係だ。
故にロキは確信する。こいつは絶対に何かを企んでいると。
「ほざけ色ボケ女神。別にうちとアンタはそこまで仲深くないやろ」
「あら、悲しいことを言わないで頂戴。少なくとも私は、貴方との関係は大事にしているつもりよ?」
「あっそ」
フレイヤのその言葉に嘘は無いだろう。ただし”自分に火の粉が飛んで来たら迷わず切り捨てる”くらいの大事さだろうが。
「とりあえず、旧友からの賛辞を述べさせていただくわ。ファミリア結成おめでとう、ロキ」
「けっ……結成数年でこーんな馬鹿デカい本拠築き上げた奴に言われても嫌味にしか聞こえんわ」
「ふふっ、相変わらず捻くれてるわね。……それで、少し聞きたいことがあるのだけれど」
空気が変わる。それをすぐさま察知したロキは薄く目を開いてフレイヤを睨みつけた。
自身に何を聞いてくるのかは、大体想像がついているから。
「件の
「つれないわね。貴方の事だから何か裏技を使って地上で
「アホか。そんなモンあったらもっと派手にやってるわ。……アレは正真正銘、あの子が自力で手繰り寄せた結果や。ズルなんてなーんもしとらん」
吐き捨てる様に、ロキは拒絶の念を込めてフレイヤへとそう告げた。
この場でその言葉を鵜呑みにできた神は殆どいないだろう。何せ
ロキとてその気持ちはわからなくも無いが、だからと言って謂れのない不正の疑いをかけられるなど良い気分になる筈がない。神威と沈黙が満ち、場の空気を氷点下まで下がる中、狡知の神と豊穣の女神は睨み合う。
そんな空気をため息と共に切り裂いたのは、意外な一柱だった。
「……その辺りにしなさい、あんたたち」
冷え冷えの場に炎を入れたのは、赤い髪と深紅のドレスの姿を振りまく隻眼の女神、鍛冶神ヘファイストス。
額から少なくない冷汗を流しつつ、彼女はこれ以上の緊迫が広がるのを防ぐために決死の思いでこの荒波に一石を投じた。ロキもフレイヤも一瞬だけ怪訝そうな顔を浮かべるが、ヘファイストスの姿を見て少しだけ冷静になったのか、すぐに張り詰めた空気を解いた。
「……チッ、ファイたんに免じて流したる。次は無いで、色ボケ女神」
「ふふっ、随分丸くなったわね、ロキ。昔の貴方なら遠慮なく火種を大きくしていたのに。……それじゃあ、また会いましょう」
「ケッ」
意味深な笑みを浮かべつつ、フレイヤは会話を打ち切ってロキの前から立ち去った。これ以上話を続けても意味がないと判断したのか。それとも彼女の言葉に嘘がないと見抜いて何かを考え始めたのか。
どちらにせよ面倒なのに目を付けられたとロキは内心で深いため息を吐きながら、グラスに残っていたワインを一気に飲み干す。だが先程のフレイヤの顔を思い出せば、ロキは今だけはこの最高級のワインが酷く不味く思えてしまった。
「……ファイたんって。あなたと私、一応初対面よね?」
「んにゃはは! 別に初対面の神にあだ名を付けちゃアカン法なんて無いやろ?」
「ああ、なるほど。そういういい加減な性格なのね、あなた……」
しかし何時までもそんな調子では精神的に厳しい。ロキは隣にいるヘファイストスを出汁に無理矢理気持ちを切り替えて、食事や会話で気分を晴らすことにした。神とてストレスは溜まるのだ。こうして解消せねばやってられない。
その後もロキは知り合ったばかりのヘファイストスと少々ばかり談笑しながら料理に舌鼓を打つ。特に話が進んだのは、やはりアイリスについての話題か。
「――――じゃあやっぱり、本当に裏技とかそういうのは無いのね。正直まだ半分くらい疑っているのだけれど……」
「いやぁ、うちかてこうなるとは思わなんだ、マジで。まさか初めての眷属が二週間弱でランクアップなんて想像できるかっちゅーねん!」
「私としてはうちの将来有望な子の傑作を半月足らずで潰したことに絶句しているわ」
「そんだけ無茶苦茶やってるってことやろなぁ……」
互いに一人の眷属に就いて思いめぐらせ、そのトンデモ無さに遠い目をするロキとヘファイストス。二人の間で気妙な友情が生まれた瞬間であった。
そんなこんなで、もうそろそろで『神の宴』も終わりが近づいてきた。時刻は後三十分ほどで深夜に突入するだろう。
初めての参加かつ、あのフレイヤ主催の『神の宴』。ロキとしては料理も酒も極上ではあったが、やはり彼女は当初と同じ結論を出す。
これなら宿で
(ま、ファイたんと面識を持てた事は唯一かつ最大の収穫やな……)
最後の一杯になるであろうワインが入ったグラスを傾けつつ、ロキはチラリと少し離れた場所にある台の上で何かを言おうとしているフレイヤに視線を向ける。
恐らく、この宴の締めに何か小さな催しでもするのだろう。自己顕示欲の塊ばかりの美神が「パーティ終わり、はい解散」なんて終わり方をするわけがない。
天界に居た頃と全然変わらんな、と思いつつロキは気まぐれにフレイヤの言葉に耳を傾けた。
「そろそろこのパーティが終わる時間が近づいてきたわ。でも、このまま終わるというのはちょっと味気ないと、そう思わないかしら?」
『なんだ、締めにフレイヤが歌でも歌うのか?』
『いや、案外ビンゴ大会とかかもしれん』
『何言ってんだ。野球拳に決まってるだろJK』
『ストリップショー! ストリップショー!』
「うふふ、残念ながらどれも違うわ。……少し前に、私の眷属の一人がLv.2にランクアップしたのは知ってるわよね。折角だから、この機会に皆に『自慢』しようかと考えたの。そうね、御前試合みたいなものかしら?」
うげ、とロキは小さく呻き声を漏らした。何でこんな宴にまで来てフレイヤの眷属自慢に付き合わねばならないのか。
少しだけ期待したことが馬鹿馬鹿しくなり、ロキはさっさとワインを飲み干して家に帰ろうと思いめぐらせ――――次に視界に映った者を見て思いっきり吹き出した。
「ぶぅぅぅぅぅぅぅぅぅ――――っ!?!?」
「きゃっ!? ロ、ロキ? どうしたのいきなり――――って」
突然の奇行にドン引きするヘファイストスも、ロキの視線の先に居る者を見て絶句する。
その反応は、至極順当なモノだと言えよう。何せ今この場に居るはずの無い者が、そこには確かに存在していたのだから。
具体的に言えば、巷を騒がせている冒険者――――アイリスの姿が。
「アイリスたんんんんんんんんん!?!?!?」
「ど、どうして……どうしてこんなことにぃ……!?」
二
フレイヤ「お ま た せ」