隣のほうから来ました   作:にせラビア

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LEVEL:02 これまでと、これからと

浮きが沈んだのを確認してから、タイミングを見計らって釣竿を引き上げる。針の先には大きめの魚が掛かっており、釣果を確認してチルノは満足そうな笑みを浮かべた。

釣り上げた魚を掴み針を外すと、植物を加工して作った手製の魚籠の中へ入れる。これで三匹目。数も大きさももう十分だろうと判断し、釣りは辞めて帰路へ就く。

 

「姉ちゃん、おかえり。釣りはどうだった?」

「ああ、ダイ。大丈夫よ、ちゃんと釣れたから。それよりも、ダイはまた遊んでたの?」

「うっ……ち、違うよ! 剣の稽古してたんだい!」

「ふぅん。それじゃ、後で稽古に付き合ってあげる。練習の成果を見せてもらうからね」

 

家路に向かう途中、どこからともなく現れたダイが合流し、チルノと並んで歩いていく。魚籠に入った魚を見せたり歩きながら素振りをしたりしながら談笑するそれは、どこから見ても中の良い姉弟のそれだ。血縁関係のない二人であったが、姉と弟という立場をごく自然に受け入れている。

 

チルノとダイ。二人がデルムリン島で生活するようになってから、およそ十一年の歳月が流れていた。

 

自分がファイナルファンタジーに登場する魔法や技能を使えると知ってから、チルノのトレーニングメニューには、魔法やアビリティの特訓が加わっていた。

基本となるファイナルファンタジーの世界がどこかは分からなかったが、手紙にもあった『その世界に連なった他の世界』という表現から、各シリーズであれば対応しているだろうと推測し、そしてその推測は的を射ていた。

おそらく覚えようと思えばあれもこれもと覚えられるだろうが、それには時間が足らなさ過ぎる。

そのため、白魔法・黒魔法を基本とした各種魔法に加えて、薬師としての技能。そして6作目に登場した必殺技を中心に鍛え上げている。

それ以外にも11作目に登場した釣りや料理、木工といった生産系の技能にも力を入れている――というよりも、デルムリン島で生活しているので必然的に自然と上昇している、というのが正しいだろう。

先の釣りもこの技能を使っているため、十分な釣果が期待できるというわけである。

余談だが、14作目にもクラフターというほぼ同一の役割が存在するが、チルノが知らないために生産系のイメージは11作目となっている。

 

「チルノ、それにダイともか。おかえり」

「ただいま、じいちゃん」

「おじいちゃん、魚釣ってきたよ」

 

言いながらチルノが魚籠を見せると、そこには三匹の魚がぴちぴちとしていた。活きの良さにダイもブラスも思わず歓声を上げるほどだ。

 

「すまんのぅ……本来なら、ワシがやらねばならぬことなんじゃが……」

「気にしないで、家族なんだから。それじゃあ、さっそく調理しちゃうね」

 

まずは火を起こさなきゃ、とばかりに調理場のかまどに薪を投げ込み、続いてそちらに手の平を向ける。

 

「【かえんほうしゃ】」

 

小さく呟くとチルノの手のから炎が伸びていき、あっという間に薪に火をつける。姉のそんな様子を見て、ダイは軽く嘆息する。

 

「いいなぁ、姉ちゃんは。呪文が使えてさぁ……」

「何を言ってるのよ。ダイだって、呪文の契約は成功したんだから。後は特訓あるのみ。大事なのは集中力とイメージよ」

 

あと少しで、魔王軍の本格的な侵攻が開始するはずである。それまでにメラとヒャドとバギくらいは覚えさせておきたいと考え、チルノはダイにはっぱをかける。

実際のところ、メラがあと少しのところまで来ているのだ。ダイのことだから、一つ覚えてしまえば、あとはその要領でとんとん拍子に覚えられるだろうと見立てている。

 

「それにしても、不思議じゃのう……チルノは呪文の契約には何一つとして成功せんかったというのに、今のように炎を起こしておる。ワシも長いこと生きておるが、そのような呪文は聞いたこともない」

 

ブラスが不思議がるのも無理はない。チルノが使っているのは、この世界には存在しない魔法なのだ。知っているものは、本人を除けば絶無と断言していい。加えて、別世界の魔法を覚えることでリソースを使い切っているのか、この世界に存在する呪文はメラやホイミといった初級の呪文ですら契約することが――この世界では呪文を使うには対象の呪文の使用契約が必要となる――できなかったのだ。

先ほど使用した火炎放射というのも、ファイナルファンタジーに登場する青魔法と呼ばれるカテゴリに属する魔法である。炎で敵を攻撃するというシンプルな魔法であるが、チルノが威力と範囲を上手くコントロールすることで、薪に火をつける程度に抑えてある。そうしなければ、軽く火事になる程度の惨事が起きていただろう。

 

――また、余談ではあるが、青魔法とは修練によってではなく、相手から特定の攻撃を受けることで覚える魔法である。だがチルノはその攻撃を受けていない。使用できるという認識を持ち、発動させるとどのような効果が起こるのかのイメージを持っていたからなのか、まるで今まで使えなかった青魔法を思い出していくかのように使えるようになっていた。

 

「もうおじいちゃん。理由は分からないけれど使えるんだから活用するってことで、そのお話は決着がついたでしょう?」

「うむむ……いや、そのことはわかっておるんじゃがのう……」

 

呪文契約を試みた結果、その悉くが失敗した翌日に、チルノは『なんだかわからないけれど、呪文が使えるようになっちゃった』と、理由をボカシながらも、ブラスとダイにファイナルファンタジー世界の魔法が使えることを申告している。チルノからしてみれば、自分が別世界の魔法を使えることをようやく公言できるようになった記念すべき日であるが、ブラスからして見れば子供が得体の知れない力を使えるようになった日なのだ。心配しないはずがなかった。

親の心、子知らず。とはよく言ったものである。そんなブラスの心配など知らずに、チルノは料理を進めていった。

 

「よし、これで完成」

「ピー!」

「……って、ゴメちゃん。見なかったけれど、今までどこに行ってたの?」

「ピーピピー」

「ふうん、洞窟の方にねぇ。あんまり危ないことはしないようにしてね。さっ、ご飯にしましょうか」

「ピー!」

 

出来上がったのは焼き魚に野菜のスープ。すると完成したのを見計らったように、ゴールデンメタルスライムのゴメちゃんが調理場に顔を見せた。原作ではダイやブラスしか通じなかった言葉も、長い年月を共に過ごしたことでチルノもわかるようになっていた。

 

「あっ、ゴメちゃん! どこ行ってたんだよ?」

「ピピー!」

「なんだよそれ? 心配したんだぞ!」

「これ、ダイ。そんなに目くじらを立てることもなかろう?」

「そうそう。それよりも、冷めないうちにさっさと食べちゃいましょう」

「ちぇー、わかったよもう。いただきます!」

 

ダイとブラスが待つ食卓に料理を運ぶと、すぐにダイが今まで顔を見せなかったゴメちゃんに反応していた。けれどもブラスたちにたしなめられ、不承不承引き下がると、魚に手を伸ばす。

最初のうちこそ不機嫌な表情をしていたダイも、食事をとるうちに機嫌が直っていった。

 

「へぇ、これすごく美味いよ。姉ちゃん、この魚もうないの?」

「え? 魚ならもうない……そんな顔しないの! ほら、食べかけだけど、私のあげるから!」

「へへへ、やった!」

 

一匹平らげた後もまだお腹がすいていたのか、半分ほど残っていたチルノの分の魚もダイはムシャムシャと平らげていく。

 

「そんなに食べて大丈夫なの? 午後からは剣の稽古の成果を見せてくれるって約束でしょ?」

「だいじょうぶだってば。このくらいの量ならペロリだよ」

「相変わらずダイは元気じゃのう。その元気の半分くらいは、呪文や学問にも向けてくれたらいいんじゃが……」

 

ブラスの恨みがましい言葉に、ダイの手が止まる。

 

「ワシとしては、ダイは勇者様にお仕え出来るくらい立派な魔法使いに育ててやりたかったんじゃがのぅ……」

「じ、自分の名前を書けるようになったし、難しい言葉だって読めるようになってるし、計算だって掛け算も割り算も出来るようになってるし……それに呪文だって、その、たぶん、もうすぐ使えるようになるって、姉ちゃんが……」

 

途端に自信なさげに呟くダイ。

なお、本人の名誉のために言っておくと、これは決して悪い成績ではない。ダイの大冒険の世界での識字率や教育水準からすれば、平均レベルは十分に満たしている。むしろ、デルムリン島という僻地であることを鑑みれば十分すぎるほどだ。

そして本人の宣言通り、魔法もあと一歩のところまで来ている。

そもそも原作では、ブラスの押しつけがましい教育方針が悪影響を与えたのか、ダイの学力はもっと低く、魔法もほぼからっきしだった。だが今回の場合、チルノが緩衝材としてうまく二人の間に入り、時にはダイへの教師役を演じ、時にはダイのライバル役を演じることで、修学することができた。元の世界のダイと比較すれば月とスッポンである。

――尤も、前世では現代社会で教育を受けたチルノと比較されたおかげで、相対的に今一つの評価を受けがちなのだが。

 

「ブラスおじいちゃん。もうそのくらいにしておいてあげて。ダイは運動の方が得意みたいだし、ね?」

「それは分かっておるんじゃが……」

 

血の繋がりのない、育ての親と子の関係でしかないとはいえ――ダイに自身を「お父さん」ではなく「じいちゃん」と呼ばせているのもその一環である――子供のために何か残してあげたいという想いがブラスにあった。

とはいえ彼に何が残せるかと考えれば、自身の種族が鬼面道士ということもあり、呪文くらいだ。ならばダイとチルノが立派な魔法使いになれるように、知識と呪文を授けてやろう。そう考えて、幼少期の子供達に教育を施していた。

だが結果はと言えば、チルノは呪文の契約が出来ず、その代わりに誰も知らない不可思議な魔法を操る。ダイは契約はできたものの肝心の呪文を使うことさっぱりである。呪文を教えようにも、押しつけがましい自身の教育方法よりも、チルノの教え方のほうがダイがよく伸びていると感じてしまい、けれどもそれでも諦めきれず、親代わりとしてなんとかしてやりたいと考えていた。

色々と複雑な親心なのである。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■

 

 

 

「じゃあダイ、まずはおさらいね。この岩を割ってみせて」

「ようし、見てろよ姉ちゃん」

 

食事を終え、少々の食休みを挟んでから、約束通りダイは剣の稽古をすることとなった。

自分くらいの大きさがある岩に向けて、ダイは木剣を構える。ちなみに木工の生産技能を駆使したチルノお手製である。

 

「でやああっ!!」

 

雄叫びと共に大上段に構えた木剣を、勢いよく振り下ろす。力いっぱいに振るわれた木剣は岩石を易々と切り裂き、見事に真っ二つにしていた。

 

「よしっ!」

「おみごと」

「ピピーッ!」

 

その見事な切れ味にチルノは拍手と共に称賛の声を上げ、一緒に見ていたゴメちゃんも我が事のように喜色を見せる。ダイの本人も、岩石を両断したことに確かな手応えを感じていた。

 

「じゃあ、次ね。行くわよ、【かえんほうしゃ】」

「え、ちょ……たあああっ!!」

 

両断成功に少し油断していたダイへ注意を促すように、チルノは有無を言わさず火炎放射をダイに向けて放つ。もちろん威力は抑えめであるとはいえ、まともに食らえば大怪我は免れない威力である。多少慌てつつも、続いてダイは炎へ向けて木剣を一閃させる。

次の瞬間には猛スピードの剣圧が火炎を切り裂き、ダイを飲み込むはずだった炎は雲散霧消していった。

 

「ふぅ……姉ちゃん! いきなりはないだろ!!」

「ピピー!」

「まあまあ、ダイもゴメちゃんも。成功したからいいじゃない。それに本番だったら、合図もなしに撃ってくるんだから。ちょっとでも合図した分だけよっぽど有情でしょ?」

「それはそうだけどさぁ。なんだか納得いかないよなぁ……」

「これで、雷刃も風刃も使いこなせるようになったみたいね」

 

剣技の成果にチルノは満足そうに頷いた。

雷刃。風刃。どちらもチルノがダイに教えた剣術の技である。力を使って敵を叩き切る雷刃に、スピードで形のないものを切り裂く風刃。

 

知っている人間が見ればすぐにわかるだろうが、これはダイが後にアバンから伝授されるアバン流刀殺法の大地斬と海波斬である。チルノの記憶の中から使い方や修行法を引っ張り出し、先行してダイに教えていたのだ。

尤も、名前だけはそのままだと問題がありそうなので、雷刃と風刃という名称に変えていたが。それ以外にも、体の使い方などの細かな点はアバン流の武術とは異なっているのだろうと考えているが、そこはアバン本人に矯正してもらおうとチルノは考えていた。

 

「まあ。姉ちゃんにあれだけ鍛えられれば、嫌でも覚えるよ」

「ちゃんと覚えてくれてお姉ちゃん嬉しいわ。それじゃ、次は打ち合いをしましょうか」

「へへ、やった」

 

チルノも木剣を構えると、ダイも呼応するように構えなおした。

 

「いつも通り、基本的には私が防御に回るから、遠慮せずに攻撃してきなさい」

「そう言っておいてちょくちょく反撃するくせに……」

「そりゃあ、隙があるからよ。文句があるなら、変な攻撃はしないように注意すること……【プロテス】……さてダイ、いつでも来なさい」

「いくよ姉ちゃん、とりゃああ!!」

 

そのまま姉弟の打ち合いが始まった。小声でこっそりとプロテスを唱えて、自身の防御力を上げる魔法をチルノが使っていたが、まあご愛敬である。誰だって痛いのは嫌なのだ。

そして、隙があったら反撃する。とは言ったものの、反撃の数は打ち合いの稽古をするたびに少なくなっていた。

 

「う、くぅ……」

 

振り下ろし、振り上げ、横薙ぎ、袈裟懸け。縦横無尽に繰り出される流れるような連続攻撃を、チルノは必死に木剣で受けていく。なにしろダイの日々の成長スピードが尋常ではないのだ。前日に教えた隙が翌日にはなくなっていることなど、よくあることだ。

竜の騎士という生来のセンスに加えて、何でも卒なくこなす姉に対してこれだけは優位に立てるということもあって、ダイは剣術の修行に熱が入り、そしてそれが一層の上達を促していた。

チルノも姉の意地とばかりに食らいつくものの、こればかりは相手が悪い。一合ごとに劣勢に陥っていき、ついにダイの打ち込みを受け止めたチルノが大きく体勢を崩す。

 

「隙あり!」

「なんの!!」

 

好機と見たダイが大きく剣をふるい、それに反応してチルノも反撃を繰り出す。とはいえチルノのそれは不安性な姿勢からの一撃である。十分な勢いで繰り出されたダイの攻撃と一瞬だけ交錯するものの、すぐに威力に負けて剣ごと弾き飛ばされる。

 

「あいたぁっ!」

 

そのまま勢いを殺さず、ダイの一撃は吸い込まれるようにチルノの頭部に当たっていた。

 

「や、やったー!! ついに姉ちゃんに勝ったぞー!!」

「あいたたた……とうとう負けちゃったかぁ……」

 

大喜びするダイと対照的に、姉は痛むおでこを押さえながらどこか満足そうにつぶやいた。

 

「少し前から、いつかは負けるなって思ってはいたけれど、とうとうこの日が来たかぁ……まったくもう、可愛くない弟なんだから」

 

ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべながら、ダイの頭をチルノはグリグリと乱暴に撫でまわす。短めに刈り揃えた髪がぐしゃぐしゃに乱れるのもお構いなしだ。

 

「わっ、たっ、姉ちゃん、やめてよ」

「すぐに成長期に入って大きくなるんだし、今はまだお姉ちゃんに撫でられてなさい」

「なんだよそれ? まったく、すぐ子供扱いするんだから」

 

私なんてさっさと追い抜いてもらわないと困るのよね。という言葉をチルノは飲み込んだ。

経過した時間と本来の歴史から考えれば、物語本編が何時開始してもおかしくはない。だとすれば開始の間にどれだけ鍛えられるかがカギになるだろう。全体の戦力が底上げされれば、これから起こる事件の数々も、多少は被害などが緩和出来るに違いない。チルノはそう考えていた。

そのためにも、自分程度の実力は追い抜いてもらいたいのだ。

 

「へへへ、でもなんだか嬉しいや。姉ちゃん、もう一本やろうよ」

「はいはい、未来の勇者様。私でよければ気の済むまでお付き合いしますよ。でも、私も受けてばっかりじゃなくて、攻撃あり。本気ありの形式でやるわよ。問題ないわね?」

「うっ……へ、平気だよ! だっておれ、姉ちゃんに勝ったしね」

 

本気あり、というチルノの言葉を聞いてダイは苦虫を噛み潰したような表情を見せるが、すぐに強気な表情を取り戻した。先の一戦を制したのが自信を与えているようだ。

 

「ピィィ!」

「あら、スラリンじゃない。応援しに来てくれたの? ふふ。じゃあ、これは絶対勝たないと」

「ピー!」

「へへ。ありがと、ゴメちゃん」

「むっ、ゴメちゃんはやっぱりダイの味方ね」

 

ダイにはゴメちゃんからの。チルノにはスライムのスラリンからの応援が、それぞれ飛んだ。このスラリンというスライム、何を隠そうデルムリン島に流れ着いたチルノの前に最初に姿を見せた個体である。

チルノのことが気に入ったのか何かにつけては彼女の前に姿を見せ、彼女が特訓やら魚釣りやらをしていると何かにつけて手伝っており、今ではデルムリン島で一、二を争うくらいに仲が良くなっていた。スラリンという愛称もチルノが付けたものだ。

なお、出典についてはお察し下さいである。

 

「さて、お互いに応援団もついたし、そろそろ始めましょうか?」

「いつもは大体おれからだし、今回は姉ちゃんからでいいよ」

「ふぅん、本当に……いいの!?」

 

『いいの!?』のセリフと共に、不意打ち気味に切りかかっていく。だがダイはその攻撃を余裕をもって大きく飛び退って避ける。

 

「甘い甘い、見え見えだよ姉ちゃ……」

「【エアロ】」

「いっ!?」

 

読んでいたのはチルノも同じだった。というよりも、これだけ見え見えの不意打ちが通じるなどとは欠片も思っていない。攻撃は目くらまし。回避に合わせて風を起こす魔法を使い、ダイの着地点目掛けて放つのが本命だ。

 

「わっ、たっ!」

 

魔法で攻撃を受けると考え、防御しかけたダイだったが、狙いは着地点となる足場である。しっかりとした足場を壊され、さらにはエアロの魔法の影響も受けてしまい、体勢を崩す。

 

「せいっ!」

「まだまだっ!!」

 

その隙は逃さないとばかりに、チルノの刺突がダイを襲う。だがダイは、不安定な体勢ながらも突きを木剣の腹で受け止め、同時に勢いに逆らわないようさらに後ろに飛んだ。

 

「【ブリザド】!」

 

間合いを離して、その隙に姿勢を整えたいのだろう。そうとわかれば遠慮はいらなかった。追い打ち代わりに続けて冷気を放つ魔法を浴びせる。うっすらと雪の結晶さえ見える、発生した局所的な冷気がダイに容赦なく襲い掛かる。

 

「風刃!」

 

けれどもダイは慌てずに、海波斬――もとい、風刃――を使い、冷気を切断する。瞬く間に霧消していくのは、魔法によって作り出された冷気の塊。そこまでは良かった。

 

「うっ!」

「ここまで、かな?」

「ピィ!」

「ピー!」

 

ダイの横には、木剣を首筋近くで止めたチルノの姿があった。タネは簡単、ダイがブリザドを斬っている間に近寄っただけである。

とはいえ、ブリザドの冷気の膜を目潰し代わりにして視界を狭くしており、もしもダイが魔法を食らえば冷気によって運動能力の一時的な低下を引き起こせる。切り裂かれたとしても、そもそも目潰し程度にしか期待していないのだから問題はないという、どちらに転んでも利点があることを狙っての行動だった。

とはいえ、決着のついたことによりゴメちゃんとスラリンの二匹が同時に声を上げた。

 

「ちぇーっ、でも姉ちゃんズルいよ! 不意打ちをしたり呪文で牽制したりしてさぁ!」

「ピー! ピー!」

「そりゃ、剣術だけでどうにかなるなら、そうしているわよ。でも悔しいけれど、正攻法じゃあダイには勝てないって、さっき証明されちゃったからねぇ。そういう小細工でもしないと、訓練にならないでしょ?」

「ええーっ、そんなことないよ」

「そんなことあるわよ。もしかしたら、もっと小細工の上手い敵と戦うかもしれないでしょ? そんなときのための訓練だとでも思っておきなさい。ね、未来の勇者様?」

 

ダイに素質があっても、まだまだ経験は少ない。だからこそ、チルノの簡単な罠にも面白いように引っ掛かる。逆に言えば、ここで少しでも痛い目を見せておけば、それは後々に繋がるだろうという考えによるものだった。

物語本編では、熾烈を極める戦いの連続なのだ。少しでも経験値を積ませておいて損はない。

 

「それとも、ダイも小細工する? 砂や花粉みたいなのを隠し持っておいて、近寄った時に投げつけるとか」

「そういうのはヤダ! おれは勇者になるんだから、そういう卑怯な手は使わないんだ!」

「だったら、私の小細工程度は地力だけで正面から対応しきれるようにしないとね?」

「なんだか姉ちゃんに上手く騙されてる気がするなぁ……もう、わかったよ! 姉ちゃん、もう一回!!」

「いいわよ。日が暮れるまで付き合ってあげる」

「ピィ!」

「ピー、ピピー!」

 

再びデルムリン島に木剣同士の打ち合う乾いた音が奏でられ、ゴメちゃんとスラリンの応援する声が響き渡る。

未来の勇者ダイ。現在修行中。

 

彼の名前が世に響く時は、もうすぐそこまで迫ってきていた。

 

 

 




竜の騎士としての素質があっても、まだ子供だからそこまで劇的には強くならない。
チルノの能力は、自力で覚えて鍛えなければならないので成長は緩やか。
二人の特訓だって、本職から見れば非効率なので、バカみたいな強化にはならない。
これは一刻も早いアバン先生の特訓が待たれるところ。
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