隣のほうから来ました   作:にせラビア

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LEVEL:21 決闘

「ライデイン!」

 

ダイの唱えた呪文により、天空から雷が降り注いだ。落雷は激しい光を放ちながら、地面に突き刺さった一本の杖へと落ちる。杖はアースの役割を果たして雷を地面へと逃がしているらしく、杖そのものは雷が落ちたとは思えないほど無事な姿を見せていた。

 

「へぇ……どうにか安定して使えるようになったのね」

「あ、姉ちゃん」

「よう、チルノ。それにマァムも」

 

無事にライデインを――それも一人だけで――使えるようになった弟の雄姿に感心しながら、チルノが呪文の特訓場所に姿を見せた。その後にはマァムも続く。

 

「ようやくってところだな。おれのラナリオンがなきゃ、威力はずいぶん低いぜ」

「うっ……でも、使えるようにはなったし……」

 

調子に乗るなと言わんばかりにポップが一言釘を刺した。

ラナリオンは雨雲を呼ぶ呪文であり、雷を落とすライデインの呪文とも相性が良い。そのため、最初のうちこそポップの力を借りてライデインを唱えていたダイであったが、ここのところの特訓により一人でも使えるようになっていた。ポップの杖を目標に見立てての特訓の成果である。本来の歴史は当然として、今回の歴史でも似たような練習方法が行われていた。

とはいえ、その出来栄えはポップの言うようにまだまだ不安定。多く見積もっても本来の威力の半分程度といったところだろうか。

 

「まあ、仕方ないでしょ? 基本的に剣術を中心に特訓する必要があったから、ライデインはあくまでオマケよ。そもそも使うかどうかもわからないんだし」

 

そう言って、チルノはダイを慰める。ヒュンケルの指定した決闘の日は明日――今日はその前日である。そのため、これ以上無理を重ねても劇的に伸びる期待もできないだろうと考えての行動であった。

今日までの間、ダイの特訓を中心に行っていた。

まずは剣術の特訓を行い、小休止の後に魔法力を絞り出してのライデインの稽古。それが終わったら再度剣術の特訓というスケジュールである。魔法力によって使用回数に制限がある上に、そもそも魔法剣があるためライデインの優先順位が低くなり、剣技に重きを置かれるのも仕方ないことだろう。

――その剣技についても今のダイの腕前は、チルノがプロテスとヘイストを併用しなければ練習相手となれない程に隔絶していた。

剣術中心に特訓をしてきたのだから仕方ないという言葉にダイは、それでもどこか納得のいっていない顔を浮かべる。

 

「ちぇっ、一人でもライデインストラッシュを使いたかったのに……」

「そんときはおれも協力してやるよ。合体技みたいでなんかカッコイイだろ?」

 

かつての練習で使ったライデインストラッシュの感触が忘れられないとでもいうように、ダイはジッと自分の手を見つめる。

その言葉通り、ポップと協力してのライデインストラッシュであれば、一応の完成を見せていた。元々魔法剣を扱えるだけの力を持っているダイである。メラとは比較にならないほど強力なライデインのエネルギーに振り回されるといった一面もあって、完全習得とは言い難いが、未完成でもその威力は強烈無比である。

初めてダイが技を放ったのを見たときにはその威力に驚くと同時に、これと同じ理屈でより強力なギガブレイクの存在を再認識したチルノがこっそりと頭を抱えそうになっていたりもしたが。

 

「もう今日は良い時間だし、そろそろ切り上げましょう。明日が本番だからね」

 

決戦の日は翌日である。まだ太陽は見えているが、疲れを残さないためにも早めに休んだ方が良いだろう。そう言いながらチルノは手にした魚や狩ってきた獲物を見せる。ダイとポップの特訓の合間を縫って、マァムと二人で取ってきたものである。

デルムリン島で自給自足の生活を強いられていたチルノは当然として、マァムも森の中の村で育ったおかげか、サバイバルの腕前は中々のものであった。

 

「それと、今日の見張りは――」

「なあ、そのことなんだけどよ」

 

野営の準備を行おうとしていたチルノにポップが待ったをかける。

 

「今までおれたち、この国に来てなんだかんだで戦ったのはヒュンケルのときだけだよな? 全然敵が出てこないんだし、今日くらいはゆっくり休んでもいいんじゃねぇか?」

 

忘れてはいけないが、ここは敵地である。

寝るときには夜襲を警戒して見張りを一人残しておき、それを数時間交代で行っていた。だがポップの言った通り、何故か今日まで敵は影も形も見せないままであった。それも昼夜問わずである。これでは気が抜けるのも仕方ないだろう。

 

「うーん……まあ、今日くらいは大丈夫かしらね」

 

一向に敵モンスターが姿を見せないのはチルノも気になっていた。彼女は少しだけ考えてから、了解の意を口にした。

 

 

 

見上げれば星々の煌めきが見える。辺りは静かなまま、たき火が燃えるパチパチという音だけが響く。

そうして赤々と燃え続ける炎を、チルノは一人見つめていた。たき火に当たっているが、寒いわけではない。そもそもこの世界は、一年を通して比較的温暖で過ごしやすい気候――地方によっては例外もあるが――なのだ。火は暖を取るというよりも、獣避けの意味合いの方が強かった。こうして炎に当たっているのも、なんとなくといった慣習的なものに近い。

近くを見回せば、ダイもポップもよく眠っている。スラリンたちも各々の主の隣で寝息を立てていた。特にダイは疲労が濃いのだろう、深い眠りに入っているのがよく見えた。チルノは、毛布(・・)を膝の上に掛けたまま、仲間たちの様子を見ていた。近くには、これで最後だからと使ったまま洗っていない食器類(・・・)が散乱している。

なおこれらの道具は、廃屋などから少しずつ集めてきたものだ。火事場泥棒などと言うなかれ、どうせ既に汚れてしまっているために価値が激減しているのだ。持ち主もどうせ諦めているだろうし、野良犬にでも噛まれたと思って諦めてもらおうという希望的観測を含んだ考えである――一応、名乗り出てくれば弁償する気はあるが。

ちなみに今寝床としているのは、手近な場所に見つけた洞窟だ。中に危険な動物などはいないことを確認済みであり、一行のパプニカでの仮の拠点として利用している。

そうして静かな時間が流れていき、チルノが何度目かの薪を火の中へと放り込んだときだ。

 

「ん……?」

 

投げ入れた時の音が大きかったのか眠りが浅く自然と起きただけなのか、マァムが目を覚ました。彼女もまた毛布に包まれたまま、意図せず起きてしまったらしく焦点の合わぬ寝ぼけ眼で辺りを見回す。

 

「チル、ノ……?」

 

マァムが動いたことで二人の目が合った。そして彼女の意識が急激に覚醒する。てっきり一緒に寝ているのだと思ってばかりいたマァムは、年下の少女がいまだ起きていたことに驚いて体を起こした。

 

「まさか、ずっと起きて……!?」

「しーっ」

 

驚いて大声を出しそうになったマァムに向けて、チルノは指を一本立てて静かにするよう注意する。今は夜であり、仲間たちは寝ているのだ。むやみな大声は厳禁である、マァムもそれに気づくと慌てて手で口を押さえた。そして二人してダイたちを見るが、どちらも起きた様子はない。そのことに安堵してから、チルノは小声で話し始めた。

 

「なんだか目が覚めちゃって。やっぱり、誰も見張りがいないのってなんだか怖かったから」

「そう……」

 

実際は最初から眠らずに起きていたので、目が覚めてしまったというのはマァムに必要以上に気を遣わせないための方便である。その言葉を真に受けたのか、はたまた感づいたもののそれ以上の追及を諦めたのか、それを聞いたマァムは曖昧に頷くだけだった。

そして、しばらくの間何かを躊躇うようにチルノの方を眺めていたが、やがて意を決したように口を開く。

 

「……ねえ、チルノ。私って、役に立っているかしら?」

「どうしたの、急に?」

「正直に答えてほしいの。チルノの目から見て、どう思う?」

 

真剣な眼差しでそう言うマァムの姿に、チルノは圧倒される。彼女が何を望んでいるのかわからず、チルノは言葉に詰まった。だが何かただならぬ気配を感じ取り、少しだけ考えてからチルノは言った。

 

「魔弾銃に回復呪文にと、十分役に立っていると思うけれど? それにここ数日も、色々とお世話になっているし」

 

そう言ったチルノの言葉は、決して嘘ではない。戦闘面は元より、野営の際にも手伝ってもらっている。チルノの中では決して卑下するようなものではないと思っていた。

しかしそれは、マァムの望んだ答えではない。答えを聞いた途端に、マァムの顔が曇る。

 

「……でも、魔弾銃は誰にでも使えるし、回復呪文はチルノだって使えるわ」

 

そして、チルノの言ったことを一つずつ否定した。

 

「そんなことは……」

「ううん、いいのよ。自分でも気づいているから」

 

そういうマァムの顔はさらに沈んだものとなる。

 

「私が出来ることはチルノが全部できる……私よりも上手くやってしまうもの……そうなると、私っている意味があるのかなって思っちゃって……」

「え!?」

 

そこまで言われて、チルノはようやくマァムが何を悩んでいるのかを理解した。自身の力不足を嘆いているのだ。

なまじ先の知識を持っているために、彼女が力不足を感じるのはもっと後――レオナを助け出し、彼女がベホマを使えることを知り、魔弾銃が壊れたこともあって武道家という別の道を歩みだす。そう思い込んでいた。

だがチルノの加入と活躍が本来の歴史よりも早くマァムにそのことを自覚させてしまった。

魔弾銃がなければまともに戦えず、本職である僧侶としても中級の回復呪文までしか使えない中途半端な存在。ネイル村を守っているときにはそれだけでもよかったかもしれないが、魔王軍と戦っている今ではその半端な力は逆に命取りとなりかねない。

 

「……マァムは、とっても優しいんだね」

 

どう答えるべきか。チルノは少し悩んでからそう言った。

 

「誰かのために力を発揮したいってずっと思っている。だからきっと、今みたいに悩むんだと思う。そして、自分に力がないのが原因だって思っちゃう」

「それは……」

「ううん、きっと違わない」

 

否定しようとしたマァムの言葉を、チルノは遮った。

 

「ヒュンケルのことを真っ先に心配したみたいに、優しい気持ちを持っているもの。平和な時ならマァムの心はきっとすごく素敵なことだと思う。でも、今は魔王軍と戦っているから……大戦の最中だから、目に見えやすい剣や呪文という力で比較しちゃって、それで無力さを悔やんでいるんじゃないかな?」

 

彼女なりにマァムの気持ちを慮った言葉である。チルノが知るマァムの本質は慈愛だと思っている。それは彼女の魂の力からしても同様だ。相手を傷つけたくないからマァムはアバンから僧侶の手ほどきを受けて皆を守る道を選んだのも彼女の性格をよく表していると思う。

けれども優しさだけでは救いきれない場合もある。かつてアバンがマァムへ『力なき正義もまた無力』と言っていたように。

 

「その気持ちは、何よりも大事にするべきだと思う。でも、もしもその気持ちを貫き通すのに力が必要になった時が来たら、いつでも言って。私が出来ることならなんでもしてあげる」

「貫き通すだけの力……?」

 

チルノの言った言葉をマァムは反芻する。その言葉でマァムもまた、アバンの教えを思い出していた。アバンに言われた言葉の意味を。魔弾銃を受け取ったときに感じた気持ちをもう一度、じっくりと飲み込んでいく。

 

「もしも相手を傷つけるのが嫌なら、力の方向性を少し変えてみればいいんじゃない? 相手を無力化したり、取り押さえるとか。そういう技術だって、二人なら――ううん、仲間となら一緒に考えることだって出来ると思うの」

 

そう言うと、チルノはイタズラめいた笑顔を見せる。

 

「そうでしょう? マァムお姉さん」

「あ……ふふっ、そうかもね……」

 

ロモスの時にふざけて一度呼んだきり、今まで呼ぶことはなかった姉という呼称を聞いて、マァムの肩の力が抜けた。血は繋がっていないが、同じアバンの使徒としてもっと気軽に頼ってほしい。そんな風に言っているのだと感じて、マァムは心が少しずつ楽になっていくのを感じていた。

 

「それに、私は万能ってわけじゃないわ。手は広いかもしれないけれど、決定力が足りないもの。攻撃呪文だったらポップに負けるし、剣だってダイの相手にならない。精々が中途半端なだけ」

「ええーっ、ロモス城であれだけの大立ち回りをしておいて、それはないんじゃないの?」

 

そう笑って答えるが、マァムはチルノの言葉にわざとらしく懐疑的な声を上げる。ロモスでサタンパピー三匹を倒したという実績は伊達ではないのだろう。そういうマァムの言葉に今度はチルノが不満げに口を尖らせる。

夜の世界の片隅に、女性二人の姦しい声がこっそりと響き渡った。

 

 

 

「あそこが、不死騎団の居城――旧魔王軍の本拠地でもあった、地底魔城への入り口よ」

 

翌日、チルノの先導でダイたちは目的地まで迷うことなく辿り着いていた。遠目からでも見えるほどの縦穴が開いており、そこから漂ってくる恐ろしげな気配に、初めて見るダイたちは知らず知らずのうちに汗をかくほどの威圧感に襲われていた。

 

「ねえ、あそこに人がいるみたいなんだけど……」

「ん……ホントだ」

「敵、かな?」

「普通に考えれば見張りだろ? 何せ前回チルノが忍び込んでんだから、警備も厳重になるんじゃねえの?」

 

マァムが遠目から人影に気付き、声を上げる。そして見張りだというポップの言葉に、けれどもチルノは少し訝しんだ。前回の潜入時にすらいなかった見張りが、どうして今回に限って存在しているのか。そもそも今日ここに来ることになったのは、ヒュンケルが言い出したことだ。強襲などを警戒しているのだとすれば、もっと見張りは多くて良いはず。

一体どういうことか考えるが、結論は出ない。

警戒しつつも進むしかないという結論に至り、一行は何時でも戦闘態勢に入れるように注意しながら進んでいく。

だが、相手の正体が視認できる距離まで近づくと、まずはチルノが警戒を解いた。

 

「……大丈夫、あれは敵じゃないわ」

「えっ!?」

 

チルノが確認できるということは、相手側からも見えるということだ。地底魔城への入り口に立っていた相手は、ダイたちを見ると無警戒に近寄ってきた。

 

「お待ちしておりました、皆様方。(わたくし)、皆様のご案内役を仰せつかりましたモルグと申します」

 

そう言うと丁寧な物腰でお辞儀をする。手にした鈴がチリンと鳴り、甲高い鈴の音が辺りに響いた。見た目は腐った死体のそれでありながら上等そうなスーツに身を包み、知性すら感じさせる挨拶をよりにもよってアンデッドがしている。凡そが持つアンデッドというイメージから完全にかけ離れた相手の登場に、慣れぬダイたちの思考が完全に停止した。

 

「あなたは確か……」

「はい。お久しぶりでございますチルノさん。その節はきちんとしたご挨拶も出来ずに申し訳ございません」

 

動きを止めるダイたちを尻目に、チルノがモルグへと話しかける。幾ら相手の顔を知っているとはいえ、二人は玉座の間にてすれ違った程度しか顔を合わせていない。にも拘らずこの丁寧な態度にはチルノも困惑させられた。

 

「い、いえ……一応、敵同士なわけですし……」

 

自分でも言っているように、敵同士である。であれば本来はこんな気を遣うような言い回しなど無用のはずなのだが……これもモルグの誠実な態度による人徳というものだろうか。

 

「さて皆様方、お時間にも限りがありますので。さっそくではございますが我が主、ヒュンケル様の元へとご案内させていただきます。道中は中々険しいので、迷わずついてこられるようにお願いいたします」

 

そう言うとモルグはくるりと踵を返して、地底魔城へと向けて歩いていく。再び手にした鈴の音が鳴り響き、その音で停止していたダイたちがハッと気づいたように意識を取り戻した。

 

「……なあ、なんだよあのモンスター」

「ヒュンケルの執事みたいなモンスターよ。不死騎団でも上位にいるみたいで、下位のモンスターは彼の指示に従ってるみたい」

 

小声で聞いてきたポップに、チルノは知る限りの情報を教える。だがポップはその返答内容に不満らしかった。

 

「いや、そういうことを聞いてるんじゃなくてだな。アンデッドってのは、もっとこう、頭の悪い奴らばっかりなんじゃねえのか?」

「……ポップ、普通は罠とかを警戒するんじゃないの?」

 

ダイの呆れたような指摘にポップは一瞬ハッとなる。尤もな指摘なのだが、知的で礼儀正しいアンデッドを目の当たりにしたショックがよほど強かったらしい。

 

「罠などはございませんよ。ヒュンケル様は対等な戦いを望まれております。皆様もこの数日間で、実感なされたとは思いますが」

「……どういうこと?」

 

前の方から聞こえてきたモルグの言葉に、疑問の声が上がる。一体何を実感しろというのか。首を傾げる一向へ、モルグはさらに続きを言う。

 

「ヒュンケル様が、皆さまを襲うことのないように不死騎団のモンスターたちに厳命を下していたのです。おかげで安全に過ごすことができたかと思いますが……ご存じありませんでしたか?」

「えっ!?」

 

それは予期せぬ答えだった。

確かに野営をしていた数日間、一度もモンスターに襲われることなく過ごすことが出来たが、それがまさかヒュンケルの命令によるものだったとは。

モルグの言葉に納得する者もいれば、どこか腑に落ちない者もいる。敵であるはずの魔剣士の真意を図るように、一行はそれ以上何も言わなくなった。黙ってモルグの後をついて行き、入り口である螺旋階段の部分まで差し掛かった。

 

「うわ……凄く長い階段ね……」

「こ、ここを降りるのかよ……これだけでも一苦労だな……」

 

初めてこの階段を目の当たりにした二人が驚きの声を上げる。特にポップなどは、この中で一番体力に劣っているので明らかに不満そうだ。

 

「そうそう、あらかじめご注意させていただきますが……」

 

階段を下りる、その第一歩を踏み出そうとした直前で動きを止めると、モルグはそう言い出した。

 

「ここは死火山の火口へと繋がっております。もしもここで足を滑らせるなどすれば……」

 

そこまで言って、言葉を切る。それ以上は語る必要がない、という無言の意思表示である。だがこうした言い回しもできることを見るに、性格は実直なだけではないようだ。

 

「案内人という立場ではございますが、皆様の不注意で落下されるなどの場合には流石にお助けできません。くれぐれもご注意を……」

 

そう言うと、鈴を鳴らし、止めていた歩みを再開する。モルグの忠告にダイたちも恐怖心を煽られたのか、少しだけ緊張の面持ちで階段を下りて行く。そして誰一人欠けることなく地下迷宮へと通じる横穴へとたどり着き、中へと入っていく。

 

「うわっ!! モンスター……あ……?」

 

道中を進み、十字路へと差し掛かる。すると、通路の陰から突然モンスターが視界に飛び込んできた。不意に姿を見せた敵にポップが思わず声を上げるが、そこに立っていたモンスター――ミイラ男は微動だにしない。ただ黙って通路の真ん中に突っ立っているだけだ。

ダイたちの事は間違いなく見えているはずなのに、何もせずに不動のまま。その行動が逆に異質だった。驚いていたはずのポップがそのまま間抜けな声を上げてしまうほどに。

 

「よく見ると、こっちにもいるわ……」

 

ポップが見つけたのとは反対の道には、死霊の騎士の姿があった。だがこちらもミイラ男と同様に動くことなくただ黙って突っ立っているだけだ。

 

「ご安心ください。それは道案内の看板のようなものです。皆様が間違った方向に進まぬよう、警告のために配置しているのですよ」

「警告?」

「はい。なにしろここは旧魔王軍の居城ですので。迷わぬように、念には念を入れているのです」

 

驚いているダイたちに向けてモルグが再度説明する。なるほど確かに、よく見てみれば迷宮は分かれ道があるたびに常にモンスターが配置されており、誰もいないルートは一本だけである。そのルートを通ればそのまま自然と目的地へとたどり着くようになっているのだ。至れり尽くせりとはこういうことを言うのだろうか。

 

「それはつまり、誘い込むためでもあるってことか?」

「さて……それは(わたくし)にはわかりかねます」

 

そう言うと再び歩き出すモルグ。再び地下迷宮を歩き続け、やがて一つの階段に差し掛かると、そこを昇っていく。上からは太陽の光が差し込んでいることから、外へと通じているのが分かった。ここに来て外へと通じる道ということは、いよいよ目的地が近いのだろう。そう判断してダイたちは気を引き締めなおす。

やがて階段を上り終え、外へと出る。そこは空の見える開けた場所だった。

 

「なんだ、ここ……?」

「ここは地底魔城の闘技場だ。かつて魔王ハドラーが捕らえた人間と魔物を戦わせて、その死闘に酔いしれたという血塗られた場所よ……」

 

闘技場の中心部で辺りを見回していると、不意に声がかかった。一行にとって覚えのあるその声を聞いた途端、ダイたちは身を固くする。そしてその声のした方向を向いた。

 

「待ちかねたぞ」

 

ダイたちが出てきたのとは反対の出入口から、鎧の魔剣を携えてヒュンケルが姿を現した。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■

 

 

 

「ご苦労だったな、モルグ」

「勿体ないお言葉でございます」

 

モルグはヒュンケルのその言葉を耳にすると、丁寧な態度でそう言った。今までで――ヒュンケルの下に付いてから一番丁寧な口調だった。そして、今まで来ていた道を戻ろうとして、戻る前に一言だけ、と決意して口を開く。

 

「ヒュンケル様……どのような結末になりましょうとも、このモルグ。決してお恨みはいたしません。どうかその心の望むままに……」

 

その言葉からは、モルグも何か思うところがあるのだというのは容易に想像がついた。ヒュンケルに近かったモルグにもわかる程の変化がヒュンケルにはあったのだ。その変化はこの決闘で完結するのだろうということも理解できる。たとえ詳しい事情が分からなくとも、だ。

そして、ここでの戦いがどのような決着を迎えようとも、ヒュンケルはいなくなってしまうのだろうという予感もあった。それゆえにモルグは、精一杯の言葉を贈ると、主の邪魔になることのないように足早に闘技場を後にする。

 

「ヒュンケル!」

 

マァムが叫ぶが、ヒュンケルは答えない。無言のまま、胸元から何かを取り出すと、チルノに向かって投げつけた。

 

「姉ちゃん!?」

「大丈夫」

 

思わず見惚れてしまいそうなほど自然に投げられた何かに、ダイの反応が一瞬遅れた。だがチルノはその投げられた物――アバンの手記を落とすことなく受け止める。

 

「確かに返したぞ」

「ええ、確かに受け取りました」

 

無表情のままそう言うヒュンケルであったが、そこには三日前にはあり得なかった感謝の意がうっすらと浮かび上がっていた。

 

「ヒュンケル……どうしても、戦わなければならないの……?」

「当然だ。オレは魔王軍不死騎団長であり、お前たちはアバンの遺志を継ぐのだろう? それは変えようのない事実だ」

「そんな! それは誤解だったって、あなたの方が良く分かっているでしょう!?」

 

マァムの訴えに、だがヒュンケルはまるで取り合うことなくそう答えた。魂の貝殻によるメッセージを聞き、アバンの手記も読んでいるはずだ。アバンの事だから、ヒュンケルにも何か効果的なメッセージを遺しているはずだろう。ならば戦わなくてもよいかもしれない。そう考えてのマァムの言葉であったが、聞き入れられることはなかった。

 

「誤解だからどうしたと言うのだ? もはやオレは止まることは出来ん……それともマァム、お前が力づくでも止めてみるか?」

 

その言葉は、どこか悲痛な感情が込められているようだった。精一杯に無理をして強がっているような、そんな雰囲気がマァムへと伝わってくる。もしも本当に戦う気でいれば、こうして話に応じる必要もない。最初から鎧化(アムド)によって完全武装して出てくる方が合理的だろう。と、マァムは気づいた。

 

「いいえ。悔しいけれど、あなたを受け止めるだけの力が今の私には無い……」

 

だが気づいたところで、彼女にはそれ以上どうすることもできないのもまた事実であった。たった一晩だけであったが、マァムは考えていた。自身の想いを貫くにはどうすればいいのか。何が出来るのかを。

 

「ダイ、お願いよ。ヒュンケルを止めてあげて……」

 

マァムはダイへと、自分の想いを託す。これが今の彼女にできる精一杯だった。

その気持ちの全てを余すところなく受け取ったと言わんばかりに、ダイは力強く頷く。

 

「ピー……」

「ゴメちゃん、離れてて……」

 

心配そうに見つめるゴメちゃんに離れるように言うと、そのまま飛んでマァムの肩へと乗った。ちなみにスラリンもチルノの肩にずっと乗ったままである。

だが今のダイは、そんなゴメちゃんの動きすら見ていないほど集中していた。他に気を取られることなく、これからの戦いに集中せんとばかりに、まっすぐにヒュンケルを見つめる。

 

「ヒュンケル……」

「どうした、今更怖気づいたか? それとも罠でも疑っているのか? ならば安心しろ。この戦いには俺たち以外の誰かが介入することなどあり得ん」

 

――そのために、あのような態度まで取ったのだからな。

 

言葉の最期に、そう心の中で付け足す。ヒュンケルの脳裏に浮かぶのは、つい先日。のこのことやってきた魔王軍の幹部連中を相手に脅しをかけるようにして追い払った時の光景だ。いや、脅し以外にも私怨も混ざってはいたのだが。

 

「ダイ……全員の命(・・・・)、あなたに預けるわ……」

 

チルノの言葉にダイは頷く。なぜ姉が全員の命と言ったのか、その言葉の意味をしっかりと理解しながら。

そのままゆっくりと歩みを進め、ヒュンケルの待つ闘技場の中央まで近寄った。そうして真正面から対峙しあうものの、剣を抜くでもなく動かないままだ。

 

「どうした勇者ダイ? オレはこのパプニカを滅ぼし、今なおレオナ姫の命を狙っている男だ。戦う理由は十分すぎるだろう? 何を迷うことがある?」

 

まるで挑発するようなその言い方だったが、その声を聞きながらもダイはもはやヒュンケルに対する悪感情はなくなっていたことに気付く。いや、気づいていなかったわけではないのだろうが、戦いを望み、ダイが躊躇うことのないように言っているのだということが、対峙してようやくわかった。

そのヒュンケルの気持ちに応えるように、ダイは地面へ向けて指を差す。

 

「ライデイン!!」

 

そして雷撃呪文を使った。天から落ちた雷が何もない闘技場の地面に炸裂して穴を穿つ。

ダイの少し後ろでそれを見ていた三人も、目の前のヒュンケル自身も、ダイの行動の意図が読めずに戸惑ってしまう。

 

「これが、この三日間で覚えた新しい呪文だ! おれは正々堂々、あんたに勝つ!」

 

これが答えだ、と言うようにダイは自信満々に言い切った。数日前には使うことの出来なかった呪文の存在を見せて、尚且つ正面から戦って見せるという決意の証である。

 

「フン、馬鹿正直な奴め……わざわざ手札を見せるなど、愚か者のすることだ」

 

そんなダイの行動の意味を聞いて、ヒュンケルは馬鹿馬鹿しいとばかりに切って捨てる。だがその表情にはほんの少しだけ、喜色が浮かんでいた。

 

「だがそんなものを見せられても、オレは手加減などせん! 行くぞ、鎧化(アムド)!」

 

騎士が祈りを捧げるように鎧の魔剣を構えると、キーワードを口にする。ヒュンケルの身がたちまち全身鎧に覆われた。

 

 

 

闘技場の中央では、ダイとヒュンケル。二人の剣士が対峙している。

ヒュンケルは既に鎧化(アムド)を完了しており、全身鎧に包まれたまま。兜に付いた剣を抜き放ち、自然体に構える。その姿はあまりにも自然だった。威風堂々という言葉がこれほど似合う姿もそうそうないだろう。ヒュンケルの歴戦の戦士としての経験がそうさせている。触れれば切れそうなほど研ぎ澄まされた闘気が周囲に漂っているのが分かる。

対するダイもまた、鋼鉄の剣(はがねのけん)を手にして正眼に構える。こちらもいつの間にか、十分に剣士としての風格が備わりつつあったが、ヒュンケルと比較しては見劣りせざるを得なかった。ヒュンケルと比較してはダイには経験が足りないのだ。だがこればかりはどうしようもない。たとえダイが今の倍の才能を持っていたとしても、経験というものは時間を積み重ねなければ決して得られるものではない。積み重ねる速度に個人差こそあれども、いかな天才であってもそれは平等に立ち塞がる。

それを理解しつつもダイは、そんな大剣豪が自分を正面からぶつかり合うだけの相手と認めてくれることが喜ばしかった。この一戦では、決して無様な真似も僅かな出し惜しみも許されない。

 

「いくぞっ!」

 

激しい気合の声と共に、ダイが仕掛ける。一足飛びに距離を詰めると、そのまままっすぐに突きを繰り出す。

最小限の距離を通って繰り出された刺突をヒュンケルは少し身をよじっただけの最小限の動作でかわすと、そのまま力の向きを逸らすようにダイの剣を手甲で軽く弾く。

 

「うっ!!」

「そらっ!」

 

たったそれだけでダイの姿勢が崩れる。続けてヒュンケルは右手に持った剣をダイに向けて振り下ろした。

 

「なんのっ!」

 

崩れた体制のまま必死で剣を引き戻すと、ヒュンケルの攻撃を受け止める。そして攻撃の勢いを利用して一度距離を取った。

 

「この程度は防ぐか。だが!」

 

まるでお返しとばかりに、今度はヒュンケルが距離を詰めてきた。手にした剣で突きを繰り出すその姿は先ほどのダイの繰り返しのようだ。だが威力も速度も、ダイよりもよほど早い。

それでもダイは手にした剣を少し寝かせ、剣の腹に片手を当ててその刺突を受け流そうとする。

 

「最短距離の攻撃は隙こそ小さいが、相手もそのくらいは読んでいる。ならば、読まれた時にどうする?」

「っ!?」

 

ダイの構えを見て、ヒュンケルは即座に反応すると切っ先を微妙にずらした。力の加わり方が変わり、受け流すはずだった刃がダイの肩を浅く切り裂く。

 

「うっ! くそっ!!」

 

肩に痛みが走り、思わずダイは呻き声を上げる。それでも近寄ってきたヒュンケルへと、ダイは横なぎに剣を振るう。

 

「攻撃に転じるのは構わんが、攻防を切り替えるその瞬間に隙が出来る。相手から見ればその瞬間は狙ってくれと言っているようなものだ」

「!!」

 

だがそれはヒュンケルの剣にあっさりと受け止められ、逆に鋭い蹴りを腹部に叩き込まれる結果となった。勢いのついた蹴りのせいでダイの体が吹っ飛ばされる。

 

「ダイっ!!」

 

少し離れた場所から二人の戦いを見守っていた三人であったが、ダイが一方的にやられている姿に我慢できずにポップが声を上げた。今にもそのまま飛び出して行きそうだったが、マァムがその肩を掴んで必死に止める。

 

「わ、わかってるぜ……手は出さねえよ……でもよぉ……」

 

肩を掴まれたことで少しだけ冷静になったのか、それでも今にも爆発しそうな様子を見せながらもポップは言う。

 

「なんでダイは、あんなに馬鹿正直に戦ってるんだよ!? 大地斬でも海波斬でも使えばいいじゃねえか!」

「バカね! 使ったら余計勝てないでしょ!?」

 

ポップの叫びに、マァムがすぐさま駄目出しをしてきた。その意味が分からず、ポップが困惑するとそれを補うようにチルノが口を開いた。

 

「ヒュンケルはダイよりも剣の腕は上なのよ。力も技も速度も経験も上。同じ土俵で勝負したらそれこそ勝ち目がない」

「……な、なるほど……そういうことか……」

 

同じアバン流の技では完封されかねない。だからダイは自分の剣技のみを使っているのだ。それは分かる。だがチルノにはそれ以上の理由があることもなんとなくわかっていた。

 

「それと、剣だけで戦っているのもダイなりの敬意の表れだと思うの」

「敬意?」

「うん、そう。ヒュンケルを一人の剣士と認めて、自分の力だけで倒す。そういうダイの不器用な意志表示だと思うの。だからライデインも見せた」

「それは、わからなくもねぇが……ダイのやつ……」

 

再び二人の剣士の戦いに視線を戻す。

吹き飛ばされたダメージを受けつつも必死で体勢を立て直したダイであったが、すぐさまヒュンケルの大振りの攻撃が叩き込まれようとしていた。

 

「くっ!!」

 

ダイは闘気を全開にして防御の姿勢を取る。そこにヒュンケルの強烈な一撃が撃ち込まれる。防ぐと決めていたため剣で受け止めることが出来たが、その衝撃はダイの体を弾き飛ばしそうなほどに強い。

 

「防いだな?」

 

剣を受け止めきった瞬間に、ヒュンケルの冷たい声がダイの耳に届いた。そのままヒュンケルは力任せに鍔迫り合いの体勢に持ち込みダイを押し込んでいく。ダイも必死で堪えるが、差は歴然だ。

かつてクロコダインを相手に同じような拮抗を見せたが、相手が悪い。相手は剣を使わせれば右に出る者はいないと豪語するほどの男である。このような状態になった場合、どうすればより効果的に力を込められるか。逆に相手は力を込めにくくするにはどうすればいいかなど、知り尽くしていると言って良い。

そうでなくても上から抑え込もうとしているヒュンケルはただでさえ体重をかけやすい。ギリギリと押し込まれ、ダイに白刃が迫っていく。

 

「体格差も力の差もあることは分かっていただろう。ならばどうして受け止めた? こうなることは予測できなかったのか? ただ対応するだけではなく、その先を考えろ!」

 

それを考えられなかったからこの結果を招いたのだ。そう言わんばかりにヒュンケルはダイを追い詰めていく。ダイは必死でなんとかしようと足掻くが、ヒュンケルが巧みに力加減を変えることで脱出することすら満足に出来ない。

 

「ぐ、うおおおお!!」

 

一か八かダイは剣同士がぶつかり合っている部分を支点として剣を回転させ、てこの原理を応用するようにして柄を叩き込む。同時に体捌きにて宙返りをするように体を空中に走らせる。中途半端に妥協することのない思い切って撃ち込まれた柄頭の一撃は、ヒュンケルの胸元にぶち当たる。普通の鎧でも特に分厚い箇所だ。そもそも苦し紛れの一撃などでは到底ダメージを期待できない。

それでも、ぶつかった瞬間にヒュンケルの体を足場として蹴り飛ばすことでどうにか拘束から逃れることはできた。

 

「ほう、抜けだしたか。だが今のは、一歩間違えれば自分の剣で己を傷つけかねんな」

 

言われずとも自分でもわかっていることだった。ダイの持つ剣は両刃の型である。あの時の動きではそのままでは自分の剣で自分の体を傷つけかねない。そのために、剣を回転させると同時に自分も飛んで自傷を避けていた。結果的に相手の意表を突き、なんとか脱出に成功したが、二度目は通じないだろう。

――いや、もっと言ってしまえば、見逃されたのだろうという考えすらある。

 

「ならば、これはどうする?」

 

いずれにせよ、距離を取れたことで僅かでも呼吸を整え反撃に転じようとするダイへ、ヒュンケルは自身の掌を向ける。

 

「闘魔傀儡掌!!」

 

その手から放たれるのは、ヒュンケルの持つ暗黒闘気にて作り出された闇の糸だ。それが一瞬にしてダイへと巻き付くと、全身に激痛を走らせ行動を封じる。

 

「この技は、暗黒闘気によって相手の自由を奪う……本来は、骸どもを操るのに使う技だが、こういう使い方もあるということだ」

「ぐううう!! うああああっ!!」

 

左手から闘魔傀儡掌を放ちながら、右手に剣を携えて。ヒュンケルはダイへと向けて処刑人のようにゆっくりと向かう。やがて、左手を少しだけ動かした。それだけでダイの体はヒュンケルの指の動きに連動したように動き、剣を手にした右手が捻り上げられる。まさに傀儡の名に相応しい技だ。それも相手の意思など関係ないとばかりに操る闇の技。骨が折れそうなほど捻り上げられた右手の痛みに耐えきれず、ついには剣を取り落としてしまった。床石に剣が当たり、金属音が耳に響く。

 

「戦いとは、言ってしまえば先読みの応酬だ。相手の選択肢を狭めるべきか? それとも自分の選択肢を広げるのか? 常に相手の先を読み、行動に対応し続ける。だが中には、そうした駆け引きすら無効にする技も存在する……今のようにな!」

 

だがその言葉をはたしてダイは聞いていられたのだろうか。痛みに喘ぐその表情は、人の言った言葉を聞けるほどの余裕があるとは思えない。だがヒュンケルは構うことなく言う。ダイに届くことを信じて。

 

「な、なんだよあの技!! 汚ねぇ!!」

 

これにはたまらずポップが抗議の声を出す。確かに、決まればこれだけでほぼ勝負がついてしまう技だ。一対一の戦いで使えばこれほど効果的な技もないだろう。あとは動けなくなった相手に悠々とトドメをさせば良いのだから。だがそれを聞いたヒュンケルは涼しい顔のままだ。顔を少しだけ振り向かせて言う。

 

「貴様らは正義の勇者なのだろう!? ならば戦いには絶対に負けられないと思え!! たとえ誰が相手であっても、相手がどのような手を使おうともだ!!」

 

その言葉は、確かに正鵠を射ている。これは試合やルールのある大会などではない。命がけの殺し合いを行っているのだ。相手がどんな手を使ってくるかわからない。それはロモスでも十分に思い知ったはずである。

まだ記憶に新しいかつての苦い経験を思い出し、ポップは片腕を押さえながらそれ以上何も言えなくなり押し黙る。

だがヒュンケルの発したその言葉は、思いもよらぬ相手に力を与える結果となった。

 

「そ、そうだ……! おれは……うおおおっ!!」

 

ダイの頭をよぎったのは、同じくロモスでの戦い。だが、育ての親であるブラスを実際に人質に取られ、それ以前にも他者を巻き込みかねなかった出来事を思い出す。そして、自分の怪我を押してまで心配してくれた姉と誓ったことを。

ダイはまるで喝を入れられたように、体の奥底から力を振り絞る。全身から闘気を迸らせ、まだ辛うじて動かせる左腕にその力を集中させる。

――ブツッ、と糸の切れた音が聞こえてくるようだ。ダイは左手に纏った光の闘気を体に巻き付いた暗黒闘気へ叩き込み、闘気の網を切断する。光の闘気と闇の闘気のぶつかり合いだ。魔王軍でも随一の暗黒闘気を誇っていたはずのヒュンケルの闘魔傀儡掌は、ダイの闘気の一撃を受けてあっさりと霧散していった。

 

「あれは光の闘気ね……あれでヒュンケルの放った暗黒闘気の糸を断ち切ったみたい」

「ダイ、すごいわ……」

 

ダイの諦めずに食らいつき続ける戦いを見て、マァムは感嘆の声を上げていた。ヒュンケルのことをダイへ託した彼女であったが、その戦いぶりは今の彼女の理解の外であった。だが、だからといって理解しようとすることを諦めたりはしない。

自分の想いを貫くにはそれだけの力がいる。今はまだ力不足な我が身ではあるが、もしも次の機会があったときには、決して後悔することの無いように。一瞬たりとも見逃すまいと、二人の戦いを食い入るように見つめ続ける。

 

「闘魔傀儡掌を打ち破るか」

 

光の闘気を用いて、自らの技を破る。ヒュンケルの闘魔傀儡掌は、かつて闇の闘気の師であったミストバーンをして、完璧とまで言わしめた技である。それを破られたという事実に、ヒュンケルは奇妙な満足感を覚えていた。

自由を取り戻したダイは、取り落とした剣をすぐさま拾いなおすと逆手に持つ。

 

「その構えは……なるほど……」

 

剣を逆手に持つ構え。それはヒュンケルにとっては――いや、アバンに関わったものであれば誰しもが理解していることだろう。しかしヒュンケルは、一度は煮え湯を飲まされたその構えを見ても落ち着いたままだ。

 

「だが、大技というのはその分だけ隙も大きい。下手なタイミングで使えば自滅は免れんぞ。わかっているのか?」

 

アバンストラッシュを放つ。確かに、追い詰められつつあるダイにとってみれば、大技で一発逆転というのは魅力的に思えるだろう。だがヒュンケルの言葉通り、下手に放てば相手に逆転を許しかねない。そもそもアバンストラッシュは通常の攻撃とは比較にならないくらい闘気を消耗するのだ。それを理解した上で使おうとしているのかと問う。

しかし、ダイに返事はない。その代わり、真剣な目を返してきた。

 

「よかろう。ならば、オレも秘剣を使わせてもらうぞ」

 

その瞳に込められた意思を理解してヒュンケルは不敵に笑うと、自身も必殺剣の構えを取る。

体を開いてやや半身になると、片足を下げる。右手に剣を持ったまま十分に引きながら、左手はさながら相手に照準を合わせるようにして刃に軽く添える。全身の筋肉を弓のように引き絞り、今にも弾き飛びそうなほどに練り上げられた力が収束していく。

 

「…………」

 

構えたまま、二人は動かない。だがその間にも闘気は高まり、空気が重々しく張りつめていく。静止していた時間は、永遠のように長い間だったのか、それとも刹那の瞬間でしかなかったのか。

 

「アバンストラッシュ!!」

「ブラッディースクライド!!」

 

静寂の時間は突然として終わりを告げ、二人は同時に必殺技を繰り出した。

ダイの繰り出したストラッシュの剣閃がヒュンケルへと襲い掛かる。対してヒュンケルが繰り出したのは、超高速の突きである。それもただの突きではない。全身の筋肉をバネとして放たれた突きは、同時に高速回転を加えてある。凄まじい回転によって生み出された螺旋状の剣圧は、触れただけで相手をズタズタにするほどの威力を秘めている。

互いの持つ秘剣同士が激突し、とてつもない衝撃と轟音を生み出した。

 

「うわあああぁぁっ!!」

「ぐおおおおっ!!」

 

その爆心地近くにいた二人の剣士も、影響から逃れることはできなかった。生み出された衝撃によって吹き飛ばされ、打ち消しきれなかった剣圧の余波が両者を襲う。余波と言えども互いの全力が込められた必殺の一撃だ。その威力は半端ではない。

 

「互角、か……」

 

鎧ですら緩和しきれなかった衝撃によるダメージで顔を苦痛に歪ませながらヒュンケルが呟いた。その視線は、剣技同士がぶつかり合った場所に向けられている。そこはまるで小さな嵐が荒れ狂ったようだ。それでも魔剣士の闘志は萎えることなく立ちふさがる。

 

「く……まだ、まだぁ!!」

 

ダイもまた全身を苛む痛みに歯を食いしばって耐えながら立ち上がる。

ブラッディースクライドは突き技という特性上、貫通力は斬撃であるアバンストラッシュよりも高い。そのためダイの受けたダメージはヒュンケルよりも大きいだろうと思っていた。加えて鎧の差もある。ダイがつけているのは、ロモス王から貰った鋼のプロテクター程度。心臓という急所は守っているが、それだけだ。

闘気で防御力を高めているとしても、とても今のように立ち上がれるはずがない。

 

――あれは、竜闘気(ドラゴニックオーラ)!?

 

気づけたのはチルノだけだった。ダイの体を、うっすらと黄金の闘気を纏っているのが見える。知識が深いからこそ、ダイのダメージという違和感から辛うじて気づけた。よく見れば、額に微かに竜の紋章が輝いている。

本来、竜の騎士は成人するまで紋章の力を操ることが出来ない。ダイは主に怒りの感情によって紋章の力を発現させていたはずだが……

チルノは改めてダイを見る。だがダイが強い怒りを覚えているようにはとても見えない。ならばこれは――

 

――ヒュンケルに対する想いが原因……?

 

あり得ないことではない。チルノはそう思う。本来の歴史では、レオナに対する強い気持ちから紋章を発動させたこともあった。ならばこれも、その時と同様なのだろう。マァムから託された想いを重ねて、自分でも気づかないうちに発現させていたのだろう。そう結論付けた。それはつまり、意思の力によって僅かではあるが紋章の力を制御していることになる。

そして、紋章が発動したということは――

 

「ライデイン!!」

 

ダイは空から雷を呼び出し、自らの剣に纏わせる。その威力は昨日に見せたものとはレベルが違う。竜の紋章の力を借りれば、ダイは上位の呪文すら操ることが出来る。完全なライデインを一人で扱うのも容易いことだ。

雷撃呪文を発動させたことで、竜の紋章は役目を終えたようにゆっくりと輝きを失った。だがダイはそれに気づいた様子もない。鋼鉄の剣(はがねのけん)は帯電してバチバチと音を立てる。

 

「やはり、か……」

 

そのダイの様子をヒュンケルは驚くことなく見つめる。先の戦いで、メラを剣に纏わせたのだ。そして、今回の決闘の直前で見せたライデイン。その二つを結び付けられないほど、ヒュンケルは愚鈍ではない。勇者だけが扱えるというライデインの呪文。その威力を上乗せした攻撃こそが奥の手なのだと、そう睨んでいた。

対する自分は、ブラッディースクライドでは対抗しきれない。ダイのアバンストラッシュとほぼ互角だったのだ。ならば自分も、奥の手を出さなければならないだろう。

ヒュンケルは手にした剣を兜へと戻し、瞳を閉じると十字を象るように両手を交差させる。

 

――あの構えはまさか!?

 

チルノは叫びたくなる気持ちを必死で抑えた。本来の歴史による知識から技の存在も当然知っている。だが、今あの技を知るのはヒュンケル以外に誰もいない。ならばどんな技なのか、反応することはできない。

そうしている間にも、闘気がヒュンケルへと集まっていく。とてつもないエネルギーの集約は、相対するダイにとっては肌で感じ取れるほどに強い。本来ならば集中が完了する前に叩くのが定石だろう。だがあえて、ダイはヒュンケルを待つ。

やがて、ヒュンケルの瞳がカッと強く見開かれた。それが合図となる。

 

「ライデイン! ストラッシュ!!」

「グランドクルス!!」

 

闘技場が光に包まれた。

 

 




おかしいな、この話で決着がつくはずだったのに……ここで切れちゃった。

バダックさんがいないので、野営をする一行。道具は廃屋から色々と盗……もとい、勇者行為です。勇者だから勇者行為をするのも仕方ない(目を逸らす)
そしてマァムからお悩み相談を受けるチルノさん。おかしいな、予定ではこんなシーンないのに。

弟弟子たちに甘いヒュンケルお兄ちゃん。襲わせない、迷わせないと実に念入りですね(ゲーム的には経験値を稼げず、ダンジョン探索もできないということになりますが)

そして始まる実践稽古のお時間。ホント甘いな長兄(でも油断していると致命傷)
いくら相手がライデインストラッシュだからって、お兄ちゃんに何を使わせているんだ私は……
不死身の男でも死ぬぞ……

そして今気づいたけれど、モルグの一人称って(わたくし)でいいのだろうか?

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