隣のほうから来ました   作:にせラビア

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LEVEL:22 不死騎団長の最期

――グランドクルス。

 

この技を一言で説明するのならば、ただ闘気を用いた攻撃方法でしかない。使用者の闘気を集めて放射するだけの技だ。それだけであれば、未来を知るチルノが前動作を確認した時点であれほど大げさに驚くこともない。

問題は、その闘気の集中方法にある。

闘気とは自身の生命力を体外に放出したものだ。精神を集中させ、自分の生命力を闘気へと高め一気に放射することで超破壊力の光線を生み出す大技。それがグランドクルスである。

かつてクロコダインが使用した獣王痛恨撃もまた闘気を放つ技だが、比較対象としては桁が違う。

獣王痛恨撃が使用する闘気の量はあくまで常識的な範囲でしかない――そもそも闘気技は使い手の生命力を消費するため、抑え目に使うことが常識である――が、ヒュンケルの放つそれは常識を無視したものである。

注ぎ込んだ生命力の多さはそれだけ莫大な破壊力を生み出すが、その分コントロールが難しくなり、加えて技自体の反動と生命力を一気に消耗することから扱いを間違えれば自爆技にもなりかねない。

だが、今放たれたグランドクルスには自らの生命力の半分以上が注ぎ込まれている。それほどの力を消費しなければ、ダイの放つ技に勝てるはずもない。根拠ない直感であったが、ヒュンケルは自分の感覚に一切の疑いを持つことなく、この数日間に取得した新たな切り札を切っていた。

 

――時は数日前、チルノが地底魔城に忍び込んだ日まで遡る。

 

ヒュンケルはチルノから託されたアバンの手記――その中の自身へと宛てられた言葉を読んだ。そこに書いてあったのは、アバンの視点から見た地底魔城での決戦の日の出来事、すなわちヒュンケルを拾い育てることとなった経緯についてであった。

それは彼が耳にした、魂の貝殻に込められた父バルトスの遺言とも相違のない内容。もしもアバンの手記だけを読んでいたのであれば、根拠ない自己弁護か偽善者の戯言と簡単に切って捨てていただろう。だが父の言葉を聞いた後のため、アバンの遺した言葉も素直に受け入れることが出来た。

そして彼の心は認めてしまった。

今までアバンの事を恨み、正義を憎み、人間すべてへの復讐のために生きてきたのは誤りであったという事実を。アバンの正義の心があったからこそ、今の自分があるのだということを。

それは理解した。だが、今の自分は魔王軍幹部の一人として、パプニカ王家を滅亡させた張本人でもある。今更人間の仲間となって、仲良く一緒に戦いましょう。などと厚顔無恥なことを言えるはずもない。

 

――ならば、今のオレに何ができる!?

 

ヒュンケルは己へと問いかけ続ける。

最初に思い浮かんだのは、ハドラーへの復讐であった。父の命を奪い、アバンをも殺した男である。どれだけ恨んでも恨み足りない相手だ。加えてハドラーを倒すのは間接的な罪滅ぼしともなる。

あの男に然るべき報いを与えてやる。それこそが、バルトスの子として育ち、アバンの弟子として育ってきた自分の使命なのだろうと、そう考えていた。

だが、どこか腑に落ちない。ハドラーへの煮えたぎるほどの怒りは確かに存在するのだが、彼の心のどこかがその決意を納得しきれていなかった。

ヒュンケルはアバンの手記を何度も読み返し続け、そして己へ問いかけ続けた。彼へのためにと書き記された、闘気と空裂斬についての項も含めて幾度となく読み返す。

そうしているうちに、当初の気持ちは失われていった――いや、完全に失われたわけではない。復讐心は小さくなり、代わりにそれ以上に大きく膨らんだ気持ちがあった。

それは、他者に――同じ弟子であるダイたちに自身の知り得たことを少しでも残すことだ。

師アバンのように優しくお稽古などは自分には到底出来ないだろうが、糧となってこの身を差し出すことくらいは出来るだろう。

全てはダイたちのため。不甲斐ない一番弟子が出来る精一杯の矜持でもあった。

そのために、ハドラーたちを相手に今にも牙を剥かんほどの対応を行い、余計な手出しを封殺していた。三日間という準備期間を与えたのも、ダイたちが少しでも鍛える時間を与えると同時に、自身の傷を癒して万全の状態で臨めるようにするためだ。

 

そしてもう一つ。

――魔法剣。その存在がヒュンケルを悩ませる。アバンストラッシュにはブラッディースクライドで対応すればいい。だが魔法剣は違う。鎧の魔剣を壊すほどの威力を持った技だ。それに剣へ纏わせているのはメラ――初級の火炎呪文である。それ以上の強力な呪文を使われたならば、おそらく対抗しきれない。

一体どうするべきか……その答えもまた、彼の手にした手記の中にあった。

かつてアバンに教わった闘気を攻撃手段として扱う方法。呪文の使えない戦士が剣を封じられた際の切り札としての攻撃手段。習ったのはまだ幼い時分であり、アバンへの反抗心に満ちていたこともあって、当時のヒュンケルは教えを一笑に付していた。

だが、今ならばその有用性もよくわかる。剣を封じられたとしても使うことの出来る技。まさに今の状況に最適な教えではないか。

 

まるで未来を見通したように遺された師の言葉に感謝しながら、決戦の日までの残された時間をヒュンケルは闘気技の訓練に充てた。

その時のヒュンケルは、なぜか溢れんばかり生命力を漲らせていた。

生命力とは生きようとする活力。復讐という後ろ暗い目的で生きるよりも――たとえ糧となって食い尽くされることが願いだったとしても――強く生きようとする気持ちにヒュンケルの心が応えた結果だ。

そしてそれは、チルノが唱えたリジェネの魔法によって後押しされる。生命力を活性化させる効果をもたらすリジェネの魔法は、ヒュンケルの心の中に生まれた無意識の願いを通してより生命力を生み出し、一時的にだが無尽蔵ともいえるほどの生命力を発揮させる。

ダイに殺されるために生きる。

矛盾した表現だが、その目的がヒュンケルの命を輝かせ、その結果自分なりの解釈を加えた闘気の放射技――グランドクルスを会得させた。

 

 

 

「うおおおおおおっっ!!」

「ぬううううぅっ!!」

 

ライデインストラッシュとグランドクルス。両者のぶつかり合うエネルギーが闘技場を包み込む。離れた場所から見ているチルノたちですら吹き飛ばされそうに思えるほどの衝撃に襲われる。ましてや激突の中心地にいる二人はその比ではない。少しでも気を抜いたら全身がバラバラにされそうな衝撃波に晒されながら、両者はそれぞれの技を必死で維持し続けていた。

 

――ライデインのパワーに対応しきれない!!

 

怪我を負い、体力も減少しているところに、紋章の力を発揮して放ったライデインの力を上乗せしているのだ。ただでさえ平時であっても使いこなせているとは言い切れない技をこの土壇場で、それも滅茶苦茶な条件の下で使おうというのだ。このくらいの無理は当然だろう。

剣を持つ手に力が入らなくなり、限界の近い肉体はもう諦めたいと無言で訴えてくる。

だが、対峙するヒュンケルはまだまだ余裕そうに見える。ダイの心に焦りがどんどん積み重なるものの勇者は気合を入れなおすように相手を強く見据えた。

 

――意識が……飛びそうだ……!!

 

グランドクルスに注ぎ込んだ生命力は、今日までの練習で消費した量とは桁が違う。今にも千切れ飛びそうな意識をヒュンケルは懸命に繋ぎ止め続ける。

この戦いの中で自分の学んだ剣術は伝えたはずだ。ダイは強い。教えた時間は少なくとも命を賭した教えであれば余すところなく吸収してくれるだろう。まだまだ教えてやりたいという欲もあったが、必要以上に長引かせることも不自然だ。

そもそもこの戦いの結末は、悪の不死騎団長が正義の勇者に倒されることで終わらせられなければならない。そう自分で決めてこの戦いに挑んでいた。

だが闘いの中で欲が出た。教え導いてやろうという気持ちの中に押し込めたはずの戦士としての本能が、もっと戦いたいという気持ちを揺さぶる。そもそもグランドクルスの発動まで待ってくれたダイを前にして手加減など失礼でしかない。

だがこれだけの闘気を消費してもまだ、互角の結果となってしまう。闘気の消費量が足りないのか、技の練度が低いのか。より強力な技にしてやりたいと思うが、それは叶わないだろう。

ダイの目は未だ死なずに闘志を燃やし続けている。

どちらの技も長時間放ち続けるものではない。このように拮抗していられるのはほんの数秒。ならば、残った微かな時間だけでもとヒュンケルも覚悟を決める。

 

グランドクルスとライデインストラッシュの激突が限界を超え、先のブラッディースクライドとアバンストラッシュの時とは比べ物にならないほどの爆発を生み出した。闘気エネルギーの放出によって目も眩まんばかりの閃光が迸り、その激突による爆音は鼓膜を破らんばかりだ。

凄まじい爆発によって土埃が舞い上がり、まるで煙幕のように二人の剣士の姿を覆い隠す。だがそれもやがて時間が経つにつれて薄れていき、土埃のヴェールの向こう側の様子をゆっくりと映し出した。

 

「ヒュンケルッ!!」

「ダイッ!!」

 

マァムとチルノ、二人の女性が同時に叫んだ。爆煙の向こうから見えたのは、二人の人影だ。大きな方と小柄な方。そのどちらもが、未だ影絵のようにしか見えないというのにふらついているのが分かる。

やがて煙は晴れた。そこにいたダイとヒュンケル、そのどちらもが憔悴しきっていた。肩を上下させながら荒い息を繰り返しているのが遠目のチルノたちからでも分かる。今にも倒れてしまいそうなその姿は、マァムには見ていられなかった。

思わず駆け寄ろうと走り出すが、そのマァムへ向けてダイが叫ぶ。

 

「まだだっ!!」

 

その声にマァムの動きが止まる。

 

「まだ勝負はついちゃいない!!」

 

震える腕で剣を握りしめて、ダイはヒュンケルへ向けて一歩ずつ歩みを進めていく。弟弟子のその様子を見て、ヒュンケルは満足そうに笑うと手にしていた剣を取り落とした。

剣が地面へとぶつかる音が聞こえ、その音を合図としたように膝から崩れ落ちた。彼の鎧は無事であり、それが防いでくれたおかげでダメージそのものはダイと比べれば少ない。だが問題は使い切った生命力だ。

外傷であれば今の倍のダメージを受けたとしてもヒュンケルは立ち塞がっていただろう。だが、精力を失ってはさすがに立っていられなかった。

地面に膝を付き、バランスを崩した肉体はそのまま後ろに倒れる。

倒れ伏したヒュンケルと剣を手にそれを見下ろすダイ。どちらも今にも力尽きそうな様子ではあるが、その構図は勝者と敗者がそれぞれどちらであるかを雄弁に語っていた。

 

「見事だ、勇者ダイ……」

 

ヒュンケルはダイを見上げながら、そう呟いた。

 

「さあ、トドメを刺せ……それが、勇者の……勝った者の義務だ……」

 

そうするのが当然なのだ。そう言わんばかりにヒュンケルはダイへと伝える。ヒュンケルの言葉にダイは頷くと、手にした剣を力なく振り上げる。

ダイのその様子を見て、ヒュンケルは満足そうに瞳を閉じた。そして脳裏に浮かぶのは、アバンの事である。

もうすぐあの世でアバンに会えるだろう。思えば反発ばかりし続けた不肖の弟子だった。だがそれでも、今は少しだけ胸を張って会える気がする。そう信じて、ダイの次の行動を待つ。

 

「うおおおっ!!」

「ダイ!! やめてぇぇっ!!」

 

マァムの悲痛な叫びを聞きながら、ダイは剣を振り下ろした。

 

「……?」

 

剣は振り下ろされたはずだ。だが襲ってくると思っていた痛みはやってこない。剣を体に突き立てられた衝撃もない。なぜ自分は生きているのだ?

不審に思い閉じていた瞳を再び開く。そこでヒュンケルが見たのは、自身の頭の少し上の位置。振り下ろしたダイの剣は地面へと叩きつけられていた。

 

「……どういう、つもりだ……?」

 

ダイの行動の真意が理解できず、ヒュンケルは口を開く。問いかけた先には険しい表情を浮かべたまま動かずにいるダイの姿があった。

 

「……不死騎団長ヒュンケルは今、死んだ。おれが倒したんだ」

 

その言葉の意味がヒュンケルには理解できなかった。そしてダイは堰を切ったように喋り出す。

 

「これでもう魔王軍じゃない。おれたちと同じ仲間、アバン先生の弟子だ」

「バカな!? なにを、甘いことを……オレは大罪人だぞ!! それをなぜ……」

「いやだ!!」

 

許されぬ罪を負ったはずの自分を許し、生かそうとしている。そう言っていることに気付き反論の声を上げるが、ダイは取り合おうとはしなかった。

 

「もしも勝者の義務があるなら、敗者の義務だってあるはずだろ!? だったら、おれはヒュンケルに生きていて欲しい!! それが勝ったおれの願いだ!!」

 

先ほどヒュンケル自身が口にした勝者の理屈。それを逆手に取りながら、ダイは必死に訴える。

 

「ヒュンケルがおれを鍛えようとしてくれたって、なんとなくわかる! でもその気持ちがあるなら、もっと生きてちゃんと罪を償ってほしい!! 簡単に諦めて死ぬなって、きっと先生だってそう言うはずだ!!」

「……ッ!?」

 

そこには、身内であるアバンの使徒同士だからという甘い感情が確かにあったかもしれない。けれどもダイには戦いを通じて、ヒュンケルの気持ちはきちんと伝わっていた。その上で安易な死ではなく苦難の連続が待ち受けていたとしても、生の道を選んで欲しいと願っていた。

生きてさえいればやり直すことは出来る。本当に憎むべきはヒュンケルではないのだから。

 

「フッ……父さんも、同じような気持ちだったのだろうな……」

 

その言葉を聞いたヒュンケルは倒れた姿勢のまま顔を背けて、そして一筋の涙を零した。

 

「この勝負……オレの、負けだ……」

 

その言葉にダイは嬉しそうに笑う。

この時を持って不死騎団長ヒュンケルは死に、アバンの使徒の長兄ヒュンケルが生まれたのだ。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■

 

 

 

「ありがとう、ヒュンケル」

 

満足気な表情を浮かべながら疲れた体に鞭を打ち、ダイはヒュンケルへと手を差し伸べた。倒れたままの敵を前にして、手を差し伸べられる。そんな経験は、不死騎団長を勤めていた頃では想像も出来なかっただろう。

だが今はそんな行動も素直に受け入れられた。ヒュンケルは差し伸べられたダイの手を掴み、体を起こそうとする。

 

「あ、わわわわああっ!!」

「うおっ!?」

 

だが上半身を起こしたところで、力が足りなくなったのだろう。重さに負け、ダイがヒュンケルに引っ張られるようにして前のめりに倒れかける。ヒュンケルもまだ力が入り切らないのだろう。受け身すら取る素振りを見せず、されるがまま後ろへと倒れ込んだ。

 

「む……!?」

 

だが背筋に走ると思った衝撃は襲ってはこなかった。代わりに感じたのは何かに受け止められるような柔らかな感触。鎧を身に纏ったままだというのに、なぜかそこから温かなぬくもりを感じる。

 

「ヒュンケル……お疲れ様……」

 

マァムの声が聞こえてくる。彼女はヒュンケルが倒れかけたのを見ると慌てて移動し、倒れることのないように後ろから優しく抱き留めていた。そして彼の顔を見ながら、心と体を労わるように優しく囁く。それだけで、ヒュンケルは味わったことのない慈愛の心を味わっていた。

 

「姉ちゃん……おれ……」

「うん、ダイもお疲れ様。とってもカッコよかったわよ」

 

ダイも同じであった。彼の場合はチルノが手を掴み、そのまま引き寄せることで倒れるのを防いでくれたのだ。とはいえダイも立っていられないくらいに消耗しているのは同じであり、今は精根尽きたように座り込んでいる。そんなボロボロになった弟を姉は正面から優しく抱きしめていた。

かつて、今よりも小さい頃に母代わりとして甘えさせてくれた姉の感触。大きくなってからはとんと忘れていた、久方ぶりの感情をダイは味わっていた。

 

「おれ……間違ってないよね……?」

 

チルノの胸元に抱きしめられながら、ダイは顔を上げて恐る恐る口にした。ヒュンケルには勝ちたいが、同時に仲間として共に戦いたい。そんな気持ちがダイにはあった。そして、土壇場で勝者の権利としてヒュンケルから死を奪うことを思いつき、誰に相談することなく実行していた。

だが今になって思えば、それで本当に正しかったのか疑問が付きまとう。相手の心を無視した一方的な意見だったのではないか。それが怖くなって、まるで叱られた子供のようにダイは姉に尋ねていた。

 

「そうね、私も間違ってないと思う。だって、ほら……」

 

弟の言葉を肯定しながらチルノは指を差す。そこにはマァムとヒュンケルの二人の姿がある。

 

「なぜ、オレを……?」

「ヒュンケル……あなたがダイのために死のうとしていたことは、私たちにもわかったわ……」

 

戦っていたダイが感じ取ったように、離れて見守っていたマァムたちだからこそわかることもあった。遠くから見ることで二人の動きの違いが良くわかる。そして、ヒュンケルが何をしようとしていたのかも。

 

「ダイも言っていたけれど、私も……ううん、私たちみんなも、ヒュンケルには生きていて欲しいの。自分を捨ててまでダイの糧になろうとする。そんな強い責任感を持ったあなたに、こんなところで死んでほしくない!」

「マァム……」

 

そう訴えるマァムの瞳から、涙が溢れ出した。それは彼女の頬を伝い、ヒュンケルの体へと雫を落とす。未だ冷たい鎧に包まれているはずなのに、彼はその涙を温かいと感じた。

 

「……どうやら、オレの罪は死んだ程度で清算できるほど安いものではなかったようだな」

 

マァムの訴えを聞き入れながら、ヒュンケルはそう呟く。

 

「だが、そうだな……一度死んだと思えば、どんな道でも選べそうだ。せっかくの機会だ、たとえどのような誹りを受けようとも、以前は選べなかった正しい道を歩いてみたい……」

「ヒュンケル……!!」

 

それは彼なりの照れ隠しを含んだ言葉だった。だが彼の心は死から生の方向へと向き直ったのだ。どんなに困難でも生きていく。その決意を耳にして、マァムは再び大粒の涙を流した。

 

「ね?」

「そうだね、うん……おれ、頑張ったよ……」

 

二人の姿を見守りながら、ダイはようやく安堵した顔をする。思えばこれが初めての、ダイが一人でやり抜いた戦いだった。それまでの戦いには誰かの、そして何らかの介入が少なからず存在していた。だが今回は最初から最後まで決着をつけることが出来たのだ。

受けたダメージは軽くないものの、それでもどちらも生きており、ヒュンケルは仲間として生きることを選んだ。結果だけを見れば十分に満足のいくものだろう。

 

「ね、姉ちゃん!?」

 

これで少しは自信に繋がっただろうか? そんなことを思いながらチルノは弟を抱きしめながら労を労うように頭を何遍も優しく撫でる。ダイは突然の姉の行動に驚き、嫌そうな素振りを見せるもののそれはポーズだけだった。すぐに大人しくなると、されるがままに受け入れる。

 

そしてそこから少しだけ離れた場所には、一人蚊帳の外の疎外感を味わい面白くなさそうな顔をする魔法使いの姿もあったが。

 

 

 

「クックックッ……クックックッ!!」

 

不意に、押し殺したような笑い声が響いた。その声に反応して一行は動きを止めて音の出処を探す。だがそんな行動はするまでもなかった。闘技場を囲む観客席の更に向こうから、声の主がその姿を堂々と現した。

 

「ざまあねぇなヒュンケル! やられた挙句女に慰めてもらうたぁ……!! そして肝心の勇者様も女に抱きしめられて鼻の下を伸ばしてやがる。実に間抜けな光景じゃねえか!!」

「き、貴様は……氷炎将軍フレイザード!?」

 

声から正体を判断したヒュンケルが先んじて反応する。

 

「なっ、なんだアイツ!? 炎と氷がくっついてやがる……!?」

 

フレイザードの姿を見たポップが驚愕の声を上げる。それもそうだろう。フレイザードの姿は右半身が凍った岩石で、左半身は高熱の岩石で出来た人型をしており、それぞれから炎と氷が鎧のように立ち昇っているのだ。

本来ならば相反するはずの熱と冷気が同時に存在するというあり得ないその姿は、誰の目から見ても怪異に見えるだろう。

 

「なぜ貴様がここに……!?」

「クハハハッ! 決まってんじゃねぇか! てめえの息の根を止めてやろうと思って来たのさ!」

「なんだとっ!?」

 

ヒュンケルの疑問をフレイザードは笑い飛ばす。

 

「ハドラー様とザボエラのじじいから聞いたぜ? 狂犬のように噛みついてたんだって!? 普段からてめえは反抗的な態度で気に食わなかったが、流石にその態度は怪しすぎだぜ!! もしやと思って来てみりゃこのザマだとはなぁ!!」

 

それはダイたちもチルノも知らない、ヒュンケルだけが知っている事実。地底魔城に来たハドラーたちに対して余計な邪魔の入らないように粗暴に振舞ったことが、フレイザードには返って違和感を与えていた。

魔王軍の切り込み隊長と呼ばれ、炎のような凶暴さと氷のような冷徹さを併せ持つ男には、その姿は不自然に思えたらしい。

なにかある。そう考え、ヒュンケルを張っていた。元々ダイ抹殺命令は、魔王軍全員で行うつもりだった。だがバーンが勅命を出したことで、ヒュンケル一人で行われることになってしまう。それに不服を感じ、抜け駆けだと思っていたフレイザードはその違和感を見逃さなかった。

 

「てめえがもし勝ったらブッ殺して上前をはねてやろうと思っていたが、負けていたとはいっそう好都合だぜ!!」

 

勇者を倒し、気に食わないヒュンケルも同時に始末出来る。そんな勝利を夢想してか、フレイザードの左半身――炎に包まれた方が内心を表すように猛々しく燃え上がった。その今にも飛び出しそうな炎の力を片手に集約させる。

 

「生き恥をさらさずに済むように、オレが相打ちってことにしといてやるよ!! 泣いて感謝しろいッ!!」

 

そして集めた力をダイたちのいる闘技場に向けて、思い切りたたきつけた。着弾のショックで爆発が起こり、その威力は地面に大穴を穿つ。だが一行の誰にも当たってはいない。それもそのはず、フレイザードが狙ったのはダメージではないのだから。

 

「ううっ……!!」

「こっ、これは……!?」

 

にわかに大地が震え出した。小さな揺れかと思えたのはほんの一瞬。すぐさままともに立っていることすら困難なほどの大地震が発生し、全員を襲った。

 

「クカカカカッ!! ちょいとここらの死火山に活を入れてやったのさ!! もうじきこの辺りはマグマの大洪水になるぜ!!」

 

フレイザードのその言葉を証明するかのように揺れはますます大きくなり、ついには闘技場の一角が崩壊して底からマグマが飛び出してきた。地震はさらに強さを増し、地面からは湧き水のようにマグマが漏れ出てくる。

震動による崩壊は地底魔城にまで及び、地下迷宮は崩れてそこにマグマが流れ込んでいく。

 

――やっぱりこうなるのね。

 

そんな現状を、チルノはどこか冷めた目で見ていた。

本来の歴史ならば現れるはずのクロコダインは影も見せぬまま、アバンの手記の助けがあったとはいえヒュンケルはグランドクルスまで覚えていた。ならばこのまま平穏に終わるのではないかという淡い期待があったが、それは脆くも打ち砕かれた。話を聞くに、ヒュンケルがハドラーたちに何かを言ったらしい。それが引き金となるとは……ままならないものだということをチルノは改めて思い知る。

ならばここは、せめて自分の出来ることをしよう。そう思い、彼女は魔法を唱える。

 

「【ブリザド】!!」

 

冷気の魔法を放つ。周囲に氷の壁を作ることで少しでも溶岩の速度を遅くしようという考えだ。

だがその冷気と熱では勝負にならない。生み出されたはずの氷壁はマグマに触れる前に溶け出し、瞬く間に蒸発してしまう。

それを見てポップもヒャダルコの呪文を唱えるが、結果は同様だ。一瞬の足止めにもならない。

 

「そんなチンケな氷じゃあ、壁にもならねぇんだよ!!」

 

そう言うフレイザードの姿はとても嬉しそうだった。無駄と知りながら人間が必死で抗い続けるその様子は氷炎将軍の嗜虐心をくすぐる。

 

「フレイザード!!」

 

それを理解しながら、チルノは続けて怒りに身を任せたようにフレイザードを睨みつけると、【オーラキャノン】を放つ。両手を重ね合わせ、そこから撃ち出された闘気による砲撃は、目標に向けて一直線にと向かう。

 

「おっと、あぶねぇあぶねぇ」

 

だが距離がありすぎて正確な狙いは付けられなかったのだろう。フレイザードは大袈裟に避けるものの、わざわざそんなことをせずとも最初から外れていたのだ。余裕の表れかふざけた振りをして見せているだけだ。

 

「まだ元気な奴が残っているなぁ。遠距離攻撃するたぁつれねぇじゃねえか。わかったぜ、お邪魔虫は退散すらぁ」

 

醜悪な笑みに顔を歪ませながら、絶対的優位な立場を楽しむように言う。

 

「精々、溶岩の海水浴を楽しみな!! クカカカカッ!!」

 

愉悦に浸ったフレイザードは昂った気持ちのままその場を後にする。去り際に焼き付けた、勇者たちの絶望に満ちた表情を思い返し大声で笑いながら。

その全ての行動が、一人の少女が狙った通りにだということも知らずに。

 

「だ、だめだ……」

 

そうしている間にもマグマは次々と吹き出し、辺りを満たしていく。既に高台へと逃げる隙間もないほど溶岩に覆いつくされている。諦めの言葉が口をついても仕方ないだろう。

 

「みんな、私の近くに集まって」

 

困惑の表情を見せる仲間たちに向けてチルノは叫んだ。既に逃げ場は無いのだ、言われなくても集まっているようなものだが、それでもこの状況で言うからには何か考えがあるのだろう。そう思い、一行はチルノの傍へと近づく。

 

「ヒュンケルは鎧も脱いで!」

「あ、ああ……」

 

素直にチルノの言葉に従い、鎧を解いて魔剣を待機状態へ戻した。それを確認すると、チルノは精神を集中させた。

 

「ど、どうするんだよ!?」

「それはもちろん、こうするのよ」

 

ポップの言葉に事もなさげに言うと、魔法を発動させる。

 

「【レビテト】」

 

使ったのは空中浮遊の魔法である。全員を対象にして唱えられたそれは、その効果を遺憾なく発揮してダイたちの体を浮かび上がらせた。ヒュンケルの鎧を解除させたのは、無力化されて置き去りにしてしまうのを恐れたからだ。

 

「と、飛んだぁ!?」

「なんだと……これは!?」

 

自分の体が何の説明もなく突然浮かび上がれば、困惑しかないだろう。全員が突如浮かんだことで驚きの声を上げる。

 

「説明は後で! フワフワしてて落ち着かないかもしれないけれど、今は逃げて!!」

 

だがそれを事細かに説明している時間は残されていない。彼女はそう叫ぶとお手本を見せるように先陣を切って高台へ向けて移動する。その姿と言葉を聞き、ダイたちも急いで後に続く。

 

「うおおお……!! あ、あぶねぇ……」

 

チルノは練習済みのため、ゴメちゃんはもともと飛んでいるため、スラリンは相変わらずチルノの肩に乗っているために苦労はしないが、他の人間はそう上手くは行かない。まるで雲の上を歩いているような感触が足裏から伝わってくる。しっかりと踏みしめられないのだ。それでも命が掛かっているのだから必死さは段違いだ。マグマの上を歩き続け、その熱に煽られながらも全員なんとか逃げ切ることが出来た。

 

「あ、危なかったわ……」

「ありがと……姉ちゃん……」

 

慣れぬ動きに体力を削られたのだろう、力なく座り込みながらそれでもダイたちは口々に感謝の言葉を述べた。

 

「そういやよ……キメラの翼があったんだから、あれ使えばよかったんじゃねえか?」

「いや、無理だ」

 

硬い地面が大好きだ。とでも言わんばかりにポップは地べたに寝そべりながら、思い出したように言う。だがそれをヒュンケルがすぐに否定した。

 

「前にも言ったが、あの場所はハドラーが人間と魔物を戦わせる場所だ。そこには簡単に逃げられないような仕掛けがしてある。その中の一つに移動を封じる結界があった」

「げえええ!! マジかよ!! ってことは……」

 

ポップの顔が恐怖のそれに染まった。ヒュンケルの言葉はルーラでも逃げられないことを意味している。ならば、もしも自分たちだけだったらばどうなっていたことかは想像に難くない。

 

「ああ。チルノがいなければ、全滅していただろう」

 

その恐ろしい想像を肯定するようにヒュンケルが言う。マグマに焼かれて皮も肉も骨までも解けて死ぬ。そんなもしもの未来を考えてしまいポップは顔を青くする。

 

「すまない。オレがあんな場所を選ばなければ……」

「ううん。助かったんだから、気にしないで」

 

自分に向けて下げられたヒュンケルの頭を見て、チルノは否定するように手を振る。

彼女からすれば、元々この結末はある程度予測出来ていたものだった。そもそも彼女の知る本来の歴史であってもフレイザードは同じ行動を取っているのだ。

ヒュンケルに勝ったとしても、主力であるダイは疲弊しきっている。そんなところで新たな軍団長と戦っては全滅してもおかしくはない。

ならば戦いをやり過ごすしかないだろう。フレイザードが余裕を見せて死火山を攻撃した時点でチルノは内心ほくそ笑んでいた。後は氷の魔法を使い無駄な努力をしていることで対抗手段がないように思いこませ、遠距離攻撃をすることでフレイザードに余計なダメージを受ける可能性を匂わせる。

勝ち戦が決まっているのに、無駄な怪我をする必要もないと考えたフレイザードは案の定退いて行った。案外、氷の半身がマグマでダメージを受けることを嫌ったのかもしれないが。

とあれ、この結末は彼女が描いた青写真通りだったと言えよう。ルーラ封じの結界だけは計算外であったが。

 

「な、なんじゃこれは!? それに、お主たちは一体……!?」

 

突如聞こえてきた声に全員が反応する。まるで先のフレイザードの登場を焼き直したように感じて身構えるが、声の相手を見てすぐにその警戒を解いた。

 

――ああ、見ないと思ったら……

 

バダック――ダイたちにとっては、突然現れた知らない老人である――の姿を見ながら、チルノはその存在を忘れていたことを心の中で謝った。

 

 




タイトル通り、不死騎団長としては最期です。アバンの使徒の長兄としてはこれからです(騙された人は皆無でしょうけど)

ダイの糧になって死のうとしていたヒュンケルお兄様。ハドラーに報いを、という心境はなくもなかったけれど。よくよく考えていたら、復讐よりも後輩の糧になった方がマシだと思った。そうやって犠牲になって死ぬのがせめてもの贖罪だと。
ついでに自分みたいな裏切り者に情けを掛けることのないように厳しく接するあにぃ。でも壁は高い方がいいと思ってグランドクルス覚えちゃう兄君さま。不器用な兄チャマですね。

倒れた敵には手を差し伸べて許すのが勇者です。
そしてチルノさん。抱きしめたりすると弟さんがシスコン拗らせますよ……

ルーラ避けの結界は捏造。張っててもおかしくはないかなって思うけど、年月経過しているので結界が生きてるとも思えませんが……まあ、簡単には逃げられないぞってスパイス程度です。

やっと出てくるバダックさん。原作ではガルーダの逃げた先で出会ったけれど、こっちだと逃げてないので登場するタイミングが、ね……

次話くらいまでは大体が元の流れ通り優勢に進められるんですよ、きっと……うん……多分……

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