「……なるほど」
マァムの話を聞き終えて、チルノはそう呟いた。
「つまり、ポップがマトリフさんに言われたことが気になって、危機感を持ったということ?」
「ええ……我ながら情けない話ではあるんだけどね……」
チルノの言葉にマァムは力なく頷く。マトリフの所であったことを話しているうちに冷静になっていったのだろう。最初にチルノの所に来た時のような焦った様子はもはや感じられなかった。
「ポップが何も出来ていないというのなら、私だって何も出来ていないわ……ううん、ポップよりも先に卒業の証をちゃんと貰っていたのに、碌に成長もしていなかった私の方がよっぽどダメよ」
「……ひょっとして、ベホマとか?」
「うん、きっかけはそれね。レオナ姫がベホマを使っているのを見て、でも私はベホイミまでしか使えない。攻撃は魔弾銃に頼っているのに、姫は攻撃呪文も使える。以前あなたに相談したことが、そのまま現実味を帯びてきたの」
かつて、ヒュンケルとの決戦前にマァムから相談を受けたときがあるが、あの時と似たようなものだ。ただ、今回の場合は比較対象がもう少し悪い。レオナは僧侶の扱う回復呪文――その最高峰ともいえるベホマを使えるのだ。
けれども今回の場合は、あの時よりも深刻な悩みには至っていない。
「だから、私の気持ちを貫き通すだけの力を……自分だけの武器を持つ手伝いをしてほしいの。なんでもするって言ってくれたでしょう? 今更嫌だなんて言わせないわよ」
ウィンクをしながら悪戯めいた口調でマァムは言う。
かつて同じように相談を受けた時に、チルノはマァムを手伝うことを約束していた。その約束を果たす時が来たというだけのことだ。
「勿論よ。約束通り、私が出来ることならなんでもね」
マァムに負けないくらい、チルノもまたウィンクで返す。
「それで、マァムはどうするの?」
「え、どうするの……って?」
「力の方向性のこと。ベホマを覚えるの? それとも、レオナとは別の力を得るの?」
このままマァムにベホマを覚えさせるというのも、方向性の一つではある。僧侶としての技能をより極めさせれば、それでも十分に戦力になると言える。
「ベホマを使えるようにする道も考えたわ。でも、それじゃあ結局は姫の劣化でしかない。ヒュンケルの時みたいな見ているだけの悔しい思いをするのはもう嫌なの」
だがマァムが思い描くのはその道ではなかった。ヒュンケルが見せた戦いに決着という決意。その決意を受け止められず、ダイに託したことは未だに彼女の中で後悔として渦巻いている。
「そう。だったら、もう一つの道ね。レオナとは別の道を……」
「ええ……ここに来るまでに考えたの。僧侶じゃない私の武器は何かって。そうやって考えていたら気づいたの。僧侶としての道は母さんから受け継いだもの。それとは別に、父さんから受け継いだものもあるんだって」
父親から受け継いだもの。それを誇示するように、彼女は自分の手を強く握りしめる。
「ロカさんだっけ? 先生と一緒のパーティにいた戦士だったっていう」
「そうよ。でも、私には剣を使って戦うのは性に合わないみたい。だから、剣を使わずに戦士の力を使うわ」
「それって――」
チルノが言いかけた言葉を肯定するように頷く。
「武闘家よ」
――やっぱり。
チルノはそう言いかけた言葉を飲み込んだ。本来の歴史では、魔弾銃が壊れたこともあってマァムは自分だけの特技として武術を志し、武闘家の道を歩む。そしてロモスの山奥にいる
だがこの世界では、チルノがいたことによって彼女に教えを乞う道を選んだらしい。
「呪文は一度放ったら引っ込めることは出来ない。剣は質の良いものになればなるほど、切れ味は鋭くなっていく。でも拳は違う。寸前で止めることも出来るし。握った拳は傷つけるかもしれないけれど、その手を開けば誰かに差し伸べることも出来る――なんて、恥ずかしいけれど、そう思えたんだ」
それは何とも彼女らしい理由であった。
「それに思い出したの。前にチルノがサタンパピーと戦っていた時に素手で凄い技を使っていたじゃない」
「だから、私に稽古をつけてって言ってきたのね」
「ええ。あれを教えてとは言わないわ。でも、せめて武術の基本くらいは教えて。お願い!」
どんな些細なことでも良い。そう頼み込んでくる
「そう……わかったわ。でも、その前に言うことが二つあるの。一つは、私の使う技は特殊だから、教えても必ず使えるとは限らないってこと。もう一つは、私もそんなに武術に精通しているわけじゃない。だから、教えるにしても限度がある。それでも大丈夫?」
チルノの得意分野としては、格闘術はそれほどでもない。扱えないわけではないが、どちらかと言えば魔法の方を得意としている。
そのため彼女は、最初に予防線を張っておくことにした。自分が教え切れなくなるまでという条件付きである。やはり本来の歴史通り、
「勿論よ! それでも全然構わないわ!!」
そんななんとも頼りない言い方であったが、マァムの方はそれでも問題なかったらしい。
「よろしくお願いするわね、チルノ先生」
元気よく笑顔でそう言う姿に圧倒されながら、チルノはマァムへ武術を教えることとなった。
息子は母親に似て、娘は父親に似る。
単なる迷信や俗説の類でしかないが、マァムの才能にのみ絞って言えば、それほど間違ってもいない言葉だった。
「うん、そう。まずは重心の操作とバランス感覚からね」
「こう?」
チルノの言葉に従い、マァムは構えを取る。これはまだ武術を教える段階ではない。その前段階として、武術を使うのに適した肉体を作るためのトレーニングの段階である。
「極めれば、泥沼を全力で走っても足を取られることがないって話よ。そこまでしろとは言わないけれど、戦闘中に姿勢を崩せばどうなるのかなんて言うまでもないから。鍛えておけば決して損はしないわ」
チルノの言葉の一言一句を聞き逃さないように集中しながら、そのまま基礎修行へ移行する。
「力をロスなく伝達させて攻撃を放つのが基本ね。まずは突きから」
そう言うとチルノは、お手本代わりのように軽く突きを放つ。それだけでも空気の切り裂かれる音が響き、微かに拳圧がそよぐ。
「こんな……感じ!?」
そのお手本を参考にしながら、見様見真似で突きを放つ。繰り出された拳は、チルノが放ったときのそれよりも強く響き、空気が周辺に吹き荒れる。アバンから体術についてもある程度の修行は受けていただろうが、それでもこれである。チルノの突きよりもよほど強い。
「そうそう。力と体重を乗せて突く方法と、腕のしなりと速度で突く方法の二通りがあるの。簡単に言えば、威力重視とスピード重視ね。まずは……」
説明を加えながら再び手本を見せ、マァムの動きを注意していく。とはいえ、注意点などほとんどない。繰り出される突きに感心させられながら、さらに稽古は続く。
「投げの場合に必要とされるのは、本人の力よりも相手の重心を感じ取る能力。その重心を中心に両端を押さえて崩せばいいの」
説明しながらマァムの重心――おへその辺りを指先で軽く突いた。
「これを応用すれば、自分の重心と相手の重心の位置を操作することでもっと簡単に投げられるようになるわ……よっと!」
「きゃあ!!」
そのまま素早くマァムの肩を掴み、足を掛けて重心を崩すようにして投げる。投げると言っても簡易的な物であり、地面に当たる直前で力を弱めて威力を極力殺すようにしてある。
だがそれであっても、衝撃は中々のものだったらしい。
「あいたたた……びっくりしたわ。それにしても、こんな簡単に投げられちゃうものなのね」
地面に伏せたまま意識をはっきりさせるように頭を軽く振りつつ呟く。だが投げられた側にも拘らず、彼女は今すぐにでもこれを試したいという隠し切れない気持ちが滲み出ていた。
乾いた砂が水を吸収するように。などという表現方法があるが、マァムの場合はそれ以上だ。
父親に似て、武術方面は天賦の才と言って良い。一を聞いて十を知るをこれほどまで見事に体現されてしまっては、チルノにとっては教え甲斐はあるが、同時に自分との才能の差を見せつけられているようで少しだけ悔しくもあった。
「それじゃあ、そろそろ私が使っていた技に行きましょう」
「ええ、いよいよね……」
一通りの基礎を教え、ついに技である。
チルノがかつて使っていたそれらを思い出し、マァムは知らぬ間に息を飲んだ。それは、強力な技を教えてもらえることに対する期待感ではない。
むしろその逆。使う技がどれほど強力かを知っているからである。習得すれば自分の拳が容易に命を奪いかねない凶器になるという恐怖。それが想像できるからこその行為だ。
――マァムになら教えてもいいと思ったっていう気持ち、わかるわね……
そんな
教える側に立ってみると、それが良くわかる。
彼女ならば力に溺れることもなく、それでいて力を誇示するような真似もしないだろう。
「まずは、爆裂拳から」
技を教えるとは言ったものの、まさかこれをマァムに使うわけにはいかない。そのため、手近な木を標的代わりにする。
「はあっ!!」
気合の叫びと共に瞬時に繰り出される無数の拳が、木の幹にたたきつけられる。衝撃を受けた木は、それだけで内側から弾け飛ぶようにして倒れていく。
「次はオーラキャノン、ね!」
そう言うと両手の掌を重ね合わせ、再び倒れた木へと狙いを定める。そして掌から闘気による砲撃を放った。撃ち出された闘気は大穴を穿つ。
「……すごい」
オーラキャノンと爆裂拳。
その二つの技の威力を改めて見たことで、マァムは知らず知らずのうちに零していた。どちらもダイたちの使うアバン流刀殺法に決して引けを取らないほどの破壊力を秘めている。
「どうだったかしら?」
「「ピィ! ピー!!」」
「え?」
技の感想を聞こうとしたところで、不意に聞こえてきた鳴き声にチルノたちは調子を削がれる。
「ゴメちゃん!?」
「スラリンも? どうしたの?」
見ればいつの間にやら、二匹のモンスターが姿を現しているではないか。そして、チルノが見せた技の威力に驚いているところから見るに、どの辺りから見ていたのかも想像がついた。
「確か二人は、辺りの見回りをしてくるとか言ってなかったかしら?」
「ピィ! ピィ!」
「やってたけれど、敵はいなかったから飽きた。って……」
「ピー!」
「暇だから見ていても良いか? うーん、まぁ観客がいた方が身が入るかもね。マァムもそれでいい?」
「ええ。私は別に構わないわ」
マァムが頷くと、二匹のモンスターは目を輝かせながら二人を見ていた。
「ちょっと余計な茶々が入っちゃったけれど、これがマァムに教える技。特にオーラキャノンの方は極めれば、空裂斬に繋がるはずよ」
空裂斬に繋がる。という言葉を聞いた途端、マァムの目の色が変わる。
「嘘でしょ!?」
「ううん、本当よ。オーラキャノンは闘気を撃ち出す技だから。後はそれを応用すれば……」
「本当に!?」
「た、多分ね……詳しくはダイに習った方がいいかもしれないけれど。ダイなら大地斬と海波斬も教えてくれるはずよ」
その剣幕にタジタジさせられながら、空裂斬については自分より知っているはずの弟をこっそりと巻き込む。だがマァムはそれを聞くと少しだけ表情を曇らせた。
「でも、私は剣は……」
「大丈夫よ。アバン流殺法の武術は、武器は違っても根幹が同じだもの。地・海・空の技をそれぞれマスターしていれば応用は簡単だって聞いたことがあるわ」
「そうなの!? じゃあ、私もアバンストラッシュを使えるようになるの!?」
「そこまでは私はちょっと……あ、でも前にダイが素手で使ったことがあったから。気になっているなら、後で聞いてみてもいいかも」
「ダイが!?」
自分が大地斬や空裂斬を使えるだけでなく、アバンストラッシュまで使えるようになるかもしれない。アバンに教えを受けた者にとってみれば、アバンストラッシュはやはり神聖な技であると同時に憧れでもあったらしい。目指すべき終着点の一つと感じるのだろう。
「さて、それじゃあ技の説明――と行きたいんだけれど、まずは闘気の使い方を覚えましょう。理屈さえ分かっていれば、マァムならすぐに使いこなせるはずだから」
「闘気……ヒュンケル達が使っているアレね」
「そう。闘気は拳に纏わせることで強度を上げることになるの。それは攻撃力も防御力も同時に上がることになるわ。だから使えるようになれば、素手でオリハルコンだって破壊できるわ」
そう言って闘気の使い方から教えていく。
観客二人が増えた修行は、夕暮れ時まで大した休みを取ることもなく続けられた。
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「お疲れ様。慣れない筋肉を使ったから大変だったでしょう?」
「そうね。でも、先生の修行の時に似たようなことはしていたから、そこまで苦労はしなかったかな?」
日は傾き掛けており、世界は夕焼け色に染まりつつあった。
一通りの特訓を終えたチルノとマァムは、揃って帰路へとついていた。勿論そこには、最後まで修行風景を観戦していた二匹のモンスターたちも一緒だ。スラリンはチルノの、ゴメちゃんはマァムの肩にそれぞれ乗っている。
帰路の途中、二人は歩きながら他愛もないお喋りに興じていた。とはいえ話題は今日の修行についてのため、年頃の少女二人の会話にしては色気に欠けるが。
「けれども、マァムはすごいと思うわ。初日でここまで出来るなんて」
「そんなことないわよ。でも、もしも私がよく出来ているっていうのなら、きっと先生の教えが良いからだと思うわ」
「ふふ、ありがとう。お世辞でも嬉しいわ」
マァムの謙遜を受け取ったように見せるが、実際にマァムの才能は大したものである。本来の歴史にてブロキーナの課題を数日でクリアして見せたように、ここでもその力を遺憾なく発揮している。下手をすれば明後日には免許皆伝を授けなければならないほどだ。
もしも仮にだが、アバンがマァムを僧侶ではなく最初から武闘家として育てていたならば――そこまで考えて、チルノは意味の無いことだと思い直した。
きっと最初から武闘家の道を選んだとしても、本人が望まないだろうし、無理に覚えさせても意味は無い。
様々な想いを経験したからこそ、今のマァムは本気で取り組むだけの意思と覚悟を持っている。その気持ちがきっと、本来の才能以上に彼女を突き動かしているのだろう、と。
根拠はないが、そんな風に感じていた。
「それじゃあ、先生から優秀な生徒に一つプレゼントね」
マァムの助けに少しでもなるようにと思いながら、チルノは精神を集中させる。
「【リジェネ】」
そして自己再生の魔法を発動させる。柔らかな光がマァムを僅かな時間だけ覆い、やがてその光もすぐに肉眼では見えなくなるくらいに小さくなる。
「今のって……?」
「ダイやヒュンケルには使ったことがあるんだけれど、覚えていない? 回復魔法よ」
「へぇ……」
チルノの言葉を聞きながら、マァムはリジェネの具合を確認するように自分の腕を見つめる。リジェネの効果によって疲労した筋肉や拳に負った傷などがゆっくりと回復して行っているのだ。
魔力による補佐を受けて肉体がゆっくり癒えていく。それは、ホイミのように一気に回復する呪文しか体験していないこの世界の住人に取ってみれば、いささか不思議な感覚だった。
「でも、種を明かせばホイミをゆっくり使っているようなものなのよ」
「へぇ……ホイミをゆっくり?」
「そう。少ない回復量でじっくりと時間を掛けて癒やしていくの。生命力を活性化させてね」
「少なくても、じっくりと……」
チルノの説明をオウム返しに口にしながら、マァムの頭の中で乱雑に散らばった考えが徐々に形を成していく。まるで新しく画期的な何かを生み出すような感覚。だが、残念なことにそれがはっきりとした形になることはなかった。
「あっ! 二人とも!!」
彼女の考えは、前方からやってきた少女の声によって中断させられる。
「レオナ!? どうしたのこんなところで」
「二人の修行の様子が気になってね……あ、誤解しないように言っておくわね。もう日が暮れそうだし復興作業は中断しているから。サボって抜け出してきたわけじゃないわよ」
後ろめたいことがあるわけでもなかろうに、誰に聞かれたわけでもなくレオナはここに来たのは正当な理由があることを主張する。それを証明するかのように、レオナの後ろには三賢者のマリンが控えていた。
もしも本当に抜け出てきていたのであれば、彼女が傍についているわけがない。つまり、彼女の言うことは嘘偽りないことである。
「それで、稽古の方はどんな感じ?」
「今日はもう切り上げちゃったから。特訓の成果を見せるのはまた今度ね。昼間たっぷりと動かした分だけ、今は体を休めてあげないと」
「あらら、それは残念」
筋肉をクールダウンさせて、疲労を残さないようにする。負荷を与えるのも大事だが、よく休むこともまた強くなるのに必要な要素である。そうでなくとも、初日でマァムの体は見えないところで悲鳴を上げているのかもしれない。
期間限定の師匠であるチルノにしてみれば、マァムに無理はさせたくなかった。
「あっ、そうだわ! 体を休めるのなら、良いところがあるの!!」
妙案を思いついたとばかりにレオナが叫ぶ。それを聞いたマリンの顔が一瞬引きつったように見えたのはきっと気のせいではないだろう。
「どうかしら? 満足してもらえた?」
「ええ、まあ……ちょっと予想外だったけれど……」
レオナの期待に胸を膨らませたような表情での問いかけに、チルノは多少困惑しつつも正直に感想を述べる。
「マァムはどう?」
「はい、姫。村で経験はありますので……でも、贅沢だったので数は多くないですけれど」
対してマァムはどこか遠慮したように言う。その様子にレオナは苛立ちを見せた。
「ああもう、硬いわね! もうあたしたちは仲間なんだから、姫じゃなくてもっと気楽にレオナって呼んで! じゃないとあなたのことも、マァムさんって呼ぶわよ!」
何やらよく分からない主張であったが、それでも言わんとしていることは分かる。チルノもどこか諦めるような様子すら見せて後押しするように言う。
「マァム、レオナはもっと対等に接して欲しいのよ。それに、公式の場でちゃんとしていれば、そうそう文句は言われないはずだから」
「そうそう。さっすがチルノ、よく分かっているわね。さっ、マァムも。遠慮することはないわよ。だって……」
そう言うとレオナは辺りを指し示すように両手を広げる。
「こうして裸の付き合いをしているんだから」
レオナの言うように、現在の三人は一糸纏わぬ姿であった。
体を休めるのに良い場所がある。
レオナの言葉に従い、彼女に案内されてたどり着いたのは近くの泉であった。地中から湧き出ているのだろうか透明度も高く、生物の姿も見えない澄んだ泉である。
なるほど確かに、火照った身体に冷水を浴びれば心も体も休まりそうだ。そう思っていた途端、泉へ向けてレオナがメラミの呪文をたたき込んだ。
彼女の放ったメラミは中々の威力であり、本職魔法使いであるはずのポップと比較しても決して見劣りしない……いや、そうではなくて。
レオナのあまりに予想外な行動に現実逃避しかけた思考を、チルノは必死で元に戻した。
何をしたのかと尋ねたところ、お湯につかってゆっくり暖まろうということであった。見てみれば、泉の水がポコポコと泡を立てて沸騰している。湯気も立ち上っており、さながら簡易的な温泉のようだ。
三人でここに入ろうということとなった。
ちなみに、お付きとして来ていたマリンはレオナの命に従って清潔な布を持って来ていた。それが終わるとお風呂の見張りを命じられていた。彼女の苦労が見て取れるようである。
「島ではずっと行水だったから、そういえばお湯に入るって初めての経験ね」
肩までお湯に浸かりながら、チルノが呟く。
チルノの前世は現代社会に生きているため、当然ながらお風呂に入ったことはある。だが、この世界に来てからというもの、汗を流すのはもっぱら行水であった。何しろ水を入れておくだけの大きな容器も無ければ、火を焚き続けるだけの燃料も無い。
長い生活のうちにすっかり忘れていた、暖かいお湯の中で手足を存分に伸ばす快感を彼女は余すところ無いように堪能していた。
「あら、そうだったの? なんだか意外ね。チルノなら、大きな温泉とか入っていそうだったんだけど」
レオナはそんなチルノの言葉にそう答える。
この世界にも、お風呂の文化は当然ある。だが、個人の風呂というのはまだまだ敷居が高く、宿などでも高級店にあるくらいだ。殆どの場合は水で洗うか、大きめのタライにお湯を入れる程度が関の山である。
暖めたたっぷりのお湯に浸かって身体を洗う。そんな考えが当たり前のように出てくるところから、やはり彼女は何不自由なく育てられた王女なのだということが窺えた。
「ほらスラリン。気持ちいいから入ってみなさい」
「ピィ……」
泉のほとりではスラリンが、初めてのお湯に萎縮していた。お湯に入るのを躊躇うように直前まで進んでは、直前で諦めて下がってしまう。そんな姿に業を煮やし、チルノはスラリンに手を伸ばす。スラリンはそれに従って手の上に乗ると、されるがままお湯の上に浮かべられた。
「どう?」
「ピィ!!」
入った途端、それまでのおびえが嘘のように上機嫌な返事を返してきた。そして水面を器用に泳ぐと、溺れないようにとチルノの胸元に納まる。
「ふふふ、現金なものね」
「ピー!」
そういうのはマァムとゴメちゃんである。ゴメちゃんは既にお湯に浸かっており、今はマァムの少し前辺りに浮かんでいる。そのため正面から見ると、まるで三匹のスライムが並んでいるかのような立派な光景である。
「しかしチルノも大変ね。そんなに肌が真っ黒になるまで稽古していたなんて」
「もう、レオナってば……わかってて言ってるでしょ?」
チルノの肌は褐色である。これはこの世界ではとても珍しいものだった。
「あはは、バレた? でも、本当に不思議よね。パプニカでも、他の国でも見ないから。ちょっとうらやましいかも。もう少し成長したら、多分色っぽさが増すと思うのよね」
「そう? 私はレオナの白い肌の方がうらやましいかな。お姫様って感じがして」
チルノの褐色の肌が妖艶な色気を生み出すのであれば、レオナの白い肌はさながら高価な芸術品である。目に映えるような肌は聖女のような神秘さを醸し出す。姫という出自も相まって、垂涎の的であろう。
「私は、どっちもうらやましいかな。二人と比べたら中途半端だから」
マァムは二人の様子を見ながらそう呟いた。女性にしては肌が焼けており、見ただけでも適度に鍛えられている。とはいえ、三人の中では最も一般的といえる。変に構えることのない自然な雰囲気が漂っていた。
「誰もみんな、無い物ねだりってところね」
「無い物ねだり、ねぇ……」
そう言って締めくくろうとするチルノの背後へ、レオナはゆっくりと移動していく。
「えぃっ!」
「ひゃああああっ!!」
「ピィィッ!?」
そしてチルノの胸を鷲掴みにした。
「確かに。ここはあたしたちの中で一番ないみたいね」
「ちょ……レオナ!?」
慌てて振りほどこうとするが、レオナ相手ということもあって満足に抵抗できない。そのためチルノは、レオナにされるがままに胸を揉まれることとなった。
「ほうほう、前に見たときよりは成長してるのかしら? でも、あたしの方がまだ大きいわね」
「ピィッ!? ピィッ!?」
レオナの手の中で小さめだが、確かな大きさを持った胸が形を変えていく。その胸元に納まっていたスラリンは、両胸に挟まれてなすがままにされていた。
「もうっ!」
それでもやっとの思いでレオナを振り払う。不意に胸を揉まれた恥ずかしさやら今まで感じたことのない刺激に戸惑うこともあり、全身を真っ赤に染める。火照ったような身体が少女とは思えないような色気をほのかに漂わせていた。
そして、振り払うのに集中していたため、スラリンを気遣うのを忘れ、振り落としていた。いきなり水中へ落とされて、反応できずに溺れかける。
「スラリン、大丈夫?」
「ピィ~……」
それを見かねたマァムが掬い上げた。そしてスラリンを落ち着かせるように肩へと乗せる。力なく返事をするものの、ぐったりしたスラリンは水滴のように伸びており、肩から鎖骨へ、そして胸元まで覆っていた。
スラリンの重量が幾らか掛かっているものの、マァムの胸は抜群の張りを見せて、その軟体を強く押し返していた。
「そういえば、もう一人いるわよね」
「え、ちょ、ちょっと!?」
チルノが逃げて手持ち無沙汰になった両手をワキワキさせながら、もう一人の仲間の方を向く。猛烈に嫌な予感がしたものの時は既に遅すぎた。
泉にもう一人の少女の声が響くが、幸いなことにそれを聞いていたのはマリンだけだ。
なお、厳正なる確認作業の結果、マァム・レオナ・チルノの順と言うことが判明した。お風呂上がりのチルノたちの肌がほんのり赤かったのは、きっと暖まったからだけではないだろう。
■□■□■□■□■□■□■
太陽は地平線の彼方へとその身を沈めており、周囲は闇に包まれようとしていた。既に夜と言って良い時間帯。ダイ・チルノ・マァム・レオナやその他バルジ島に身を隠していたパプニカ王家に関連する人々は、大神殿跡地へと集まっていた。
「皆、耐え難きを耐え、忍び難きを忍び、よく頑張ってくれました。パプニカ王家の生き残りとして、家臣である貴方たちの働きには感謝の言葉もありません」
かがり火の焚かれた明かりの中で、レオナが人々の中心に立って礼を言う。集まった人々は輪になって、レオナの動向を見守っていた。
「パプニカ王家は――ホルキア大陸は、魔王軍の手によって一度滅ぼされました。ですが、勇者ダイとその仲間たちの手によって取り戻すことが出来ました。よってここに、我が名の下にパプニカ王家の復興を宣言します!」
レオナの言葉に色めきだつ一同。
ヒュンケルの話があるという言葉によって人々は集まっていたが、ならば都合が良いとばかりに王家の復興宣言を執り行うことにしていた。
生き残っている者たちがおり、全員が滅びていないと思っているのであまり意味は無いかもしれないが、こういうのは公に行うことが大事なのである。公的に復興を宣言することにより、儀礼的な意味を持つ。それは関わった人々の心に大小の差こそあれ変化をもたらす。
事実、バダックなどはレオナの宣誓を涙を流しながら見守っていた。
「さて、堅苦しいのはここまで……と言いたいのだけれど……」
宣言の後にささやかではあるが戦勝祝いを行う予定である。だがその前にとばかりに、レオナはヒュンケルの方を見る。
「彼が何か話があるみたい。みんな、待たせて悪いけれど聞いてあげて」
そう言いながらヒュンケルを紹介する。予想以上に大事になったことに嘆息しながらも、勤めを果たそうと魔剣士が動こうとしたときだった。
「ウヒャヒャヒャ、随分と楽しそうなことをしているじゃねぇか!」
唐突に響いた声に、全員の動きが止まる。
それは、この場には似つかわしくない声音。禍々しさに満ちており、隠れ潜んでいたパプニカの兵士たちに取ってはある意味忘れることの出来ない声でもあった。
「復興宣言をしたところで悪いが、今日で再び王家は滅亡だ! 残念だったな!!」
ダイたちも含めて全員が声のした方を向く。
「フレイザード!?」
そこには勇者に敗れ、散ったはずの軍団長の姿があった。
バルジ島は終わったと書いた。
だが、フレイザードまで終わったと書いた覚えはない(屁理屈)
ということで、まさかの再登場です。原作だってコアを破壊されても生きてましたし。
塔から下を見たときに、残り火が燃えていたのはギリギリ生きていた証拠です。呪法生物は完全に消滅させるまで油断してはいけません。
……こんなことやっちゃって、どうするんだよ私(無策)
とりあえず女性が三人揃ったので脱がしておきました。
マリンとエイミも参加させた方が良かったですかね? それとももっと詳細に書いた方が良かったですかね? ダイも巻き込んだ方が良かったですかね?(混乱)
この世界のお風呂事情は知りません。文中で適当に嘘を書いています。
(実際、ドラクエにバスタブってほとんど出てこないですし(ビルダーズは除く))
でも殆どの作品に温泉が出てきます。なので、この世界も温泉のようにしてみました。
(これ書いてる途中で気づきましたが、デルムリン島は温泉ありそう)