隣のほうから来ました   作:にせラビア

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再度の出オチを期待されてて1歳児さんかわいそう……



LEVEL:27 氷炎将軍新生

――場面は一日ほど前まで遡る。

 

「ちき、しょう……このオレが……」

 

怨嗟の声と共にフレイザードは天を睨む。だが彼の視界はぼやけており、そこから見えるはずのバルジの塔も、その中にいるはずの怨敵の姿もはっきりと見えない。精々が何か建物があると言った程度だ。今までとは比べものにならない。

忌々しげに地面を叩こうと身体を動かすが、それも出来なかった。

ダイの空裂斬を受けて(コア)を破壊されており、加えてその衝撃によって塔の最上階から地面に落ちたのだ。岩石の肉体という、普通の生き物よりも強靱な肉体を持っていようとも、相手が悪い。

バルジの塔は六階建て。高さにしておよそ二十メートルほどである。それだけの高さから大地にたたきつけられたのだ。その威力は洒落では済まない。

岩石の身体を千々に砕かれ、もはや今のフレイザードはまともな人の形をしていなかった。数える程度の大きな破片にいくつか分かれた状態であり、その周囲には砂利のような破片が無数に散らばっている。

 

「このまま、消える……のか……ざけんな……」

 

無生物から生み出された呪法生命体のためか、自身の命の灯火には人一倍敏感に反応できた。そして、このままならば間違いなく消滅するのだと感覚的に理解出来た。なにしろ呪法生命体とはいえ、許容しきれないほどのダメージを負っているのだ。

 

「フ、フレイザード様!?」

「ご無事ですか!?」

 

だが、幸運にも救いの手は差し伸べられたようである。近くの木々の陰からこっそりと様子を見るようにして、配下のフレイムとブリザードが姿を現した。

こいつらは本来ならば、氷魔塔と炎魔塔という二本の塔を建てる役割を担っていた。だが、ダイの強さの前に塔を完成させることもなく敗北したフレイザードは、フレイムたちに合図を送れなかった。

いつまで経っても主からの合図が来ず、かといって自分たちの主が勝利したわけでもない。人間たちは塔から悠々と脱出していく。

これらの状況からあまりにもおかしいと気づいたフレイムたちは、見つからないように姿を隠しながら調査を開始。そして、今ようやくフレイザードを発見していたのだった。

 

「ググッ……お前らか……ちょうどいい、まだ運が向いているみてぇだな……」

 

予期せずに現れた部下たちを見ながら、フレイザードは必死で身体を起こす。だが腕すらまともにない身体であるため、それはまるで芋虫が這い回っているようである。

 

「悪魔の目玉だ、とっとと連れてこい……ハドラー様に連絡だ」

「はっ、はい!」

 

今にも吹き飛びそうな意識のため、声には覇気が無い。それでも命令を下す姿に部下たちは慌てて戻り、悪魔の目玉を探しに行く。

しばらくの後、彼らは命令通りに悪魔の目玉を連れて戻ってきた。

 

「フレイザードか。どうしたその姿は?」

 

魔王軍の連絡手段でもある悪魔の目玉――それを通じて、ハドラーが姿を見せた。通信機の役割を持つ目玉越しにフレイザードを見た魔軍司令は、そのあまりにボロボロな様子に驚きを覚えつつも、どこかそうなるのではないかとも予想していた。

 

「時間がないから、単刀直入に言いますぜ。勇者は……ダイは生きていやがった」

「ほう、そうか……」

 

フレイザードの報告により、ダイたちは火山の噴火に巻き込まれて死んだ。魔王軍ではそういうことになっているはずだった。

本来ならば寝耳に水の大問題であるはずのその報告に対して、ハドラーはそう呟いただけだ。

噴火が起きたと言う際のフレイザードのわざとらしい態度もそうであったが、それ以上にダイたちがその程度で死ぬというビジョンが、彼には浮かばなかった。

 

「貴様はパプニカの残党狩りを行っていたはずだが……なるほど、ダイに敗れたか」

 

そして生きていたとなれば、フレイザードであっても倒されるだろう。既にクロコダイン、ヒュンケルという二人の軍団長を倒しているのだ。そして彼はクロコダインよりも早くダイとの戦闘を経験している。

 

「クッ、いまいましいが、その通りでさぁ……」

「よくぞ知らせてくれたな。負けはしたが、その情報は無駄では無いぞ。ご苦労だったなフレイザード」

 

もはや再起は絶望的だろうに、最後の力を振り絞って報告を行ったのだろう。あのフレイザードにしては殊勝な心がけだと思いながら、ハドラーは会話を打ち切ろうとする。だが、それに慌てて待ったを掛ける。

 

「待て! 待ってくれハドラー様! まだだ、オレはまだ負けちゃいねぇ!」

「負けてはいない? フレイザード、何を言っている?」

「アレは……勇者ダイはオレの獲物だ。誰にも渡さねぇ……オレの手で殺す」

 

そこまで口にした姿を見て、ハドラーは気づいた。フレイザードは熱狂と冷静が同時に存在する存在のはずだった。だが今の彼の瞳には、狂乱とでも言うべき怒りと執念しか感じられない。

造物主であるはずのハドラーであってもたじろぐ程の、おどろおどろしい意思を感じる。

 

「自らの手で復讐を遂げたいというのか? だが、貴様のその状態では……」

 

確かにその意思があれば、ダイを相手に善戦出来るかもしれない。だが、気持ちだけでは何も出来ない。既に完全消滅を待つだけの肉体であるフレイザードでは、どうすることも出来ないだろう。

 

「わかっている。だから無理を承知で頼む。オレを、もう一度呪法生命体として復活させてくれ」

「……フレイザードよ、気持ちは分からんでもない。だが、それは不可能だ。禁呪を用いて再び呪法生命体を作ることは出来るが、それはもはやお前ではない。別の存在だ」

 

再び禁呪を使い、自分を生み出してくれと訴える。だがそれは叶わぬ願いだ。同じ材料を同じ手順で作ったとしても、同じ存在が再び生まれるわけではない。

クローン人間を想像すれば、わかりやすいだろうか。

オリジナルと同じ遺伝子や細胞を持っていたとしても、クローン体は同じ知識や経験までも持つわけではない。早い話が、どのような禁呪法をもってしても同じ存在を作り上げることはできないということだ。

 

「そんなこたぁ、オレだって分かってるぜ。だったら、それを解決すりゃいい」

 

だがそんなことは想定内とばかりに、ニヤリと笑う。そしてフレイザードの口から語られた方法は、ある意味では神をも恐れぬ方法だった。

 

「オレの身体をコアとして使ってくれ。そうすりゃ問題はねぇだろう?」

「何ッ!? バ、バカなッ!!」

 

突拍子もなさ過ぎる言葉に、ついにハドラーは余裕を崩した。だがそれも無理はない。

何しろフレイザードの言っていることは『バラバラになって死にかけている自分の肉体のパーツを集めて、分子レベルまで分解して再構成しろ。そうすれば同じ存在だったのだから、同じ記憶を持つだろう』と言っているようなものだ。

発想もそうだが、それ以上に技術的に無理がありすぎる。かつての魔王であるハドラーは呪法生命体の創造についても知識はある。その知識が前代未聞の方法だと断じていた。

 

「もちろんタダでとは言わねぇよ。上手く復活できりゃ、ダイは必ず殺す。そしてその手柄は全部アンタにくれてやらぁ」

 

だがフレイザードにとってはお構いなしだ。ここでハドラーに拒まれればどのみち後はない。たとえどれだけ非現実な方法だとしても、今の彼には訴えることしかできないのだから。

 

「アンタはちょいと呪文を唱えりゃいいだけさ。消えかけの残り火に向けてな。ダメで元々、上手くいきゃ丸儲けだぜ? なんせ、死体が動いて敵を倒すんだからな。それに何を悩む必要があるってんだ?」

 

フレイザードの弁を聞きながら、ハドラーは考えを巡らせる。再び呪法を使うべきか否かを、様々な損得勘定を含めて天秤にかけ続ける。やがて、重々しく口を開いた。

 

「……貴様が、手柄を捨てるというのか?」

「ああ、手柄はいらねぇ。命もいらねぇ。ただ勝利だけだ。あのガキを殺せりゃ満足だよ」

 

それは、手柄と戦果を何よりも欲するフレイザードから出たとはとても思えぬ言葉だった。

 

「信用できねぇってんなら、暴魔のメダルをくれてやるぜ? 前払いだ」

「…………ッ!?」

 

今度こそハドラーは言葉を失った。

 

――暴魔のメダル。それはかつて大魔王バーンが六大軍団結成の際に各軍団長への忠義の証として渡した物である。だが肝心のメダルは、灼熱の業火に包まれており、手に取るのは困難を極めていたのだ。

いわば大魔王の戯れ。この炎にすら臆さぬ忠誠心を貴様は持っているか? という意地の悪い問答のようなものである。

各軍団長がその火力に躊躇するなか、フレイザードだけは躊躇うこと無く炎へ左腕を突っ込み、見事メダルを手にしたのだ。

 

……その高熱に、氷の半身を溶かしながらも。

 

命の歴史という物が存在しないフレイザードにとってみれば、メダルは初めて獲得した他者から認められた証拠。それを迷うこと無く投げ捨てる程の精神性は、果たしてどれほどのものか。

 

「それに昔から言うだろう? 蝋燭の炎は、燃え尽きる寸前が一番強く輝くってなぁ! 安心しな、間違いなく成功するぜ」

 

一切の怯えを見せることなくそう言い切るフレイザードの姿を見て、ハドラーも覚悟を決めた。自らが生み出したこの生命体の最後の賭けに乗ってやろうと。

 

 

 

――数十分後。

ハドラーはルーラの呪文にてバルジ島へと降り立っていた。かつて魔王として地上を席巻していた彼に取ってみれば、この島も移動するのは容易いことだった。

人間の出入りは見えるものの、彼らは皆、パプニカが解放されたことに喜びまともに警戒をしていない。見張りの兵がいることはいるが、どこか気配が上の空であった。

対して、魔軍司令であるはずのハドラーは、人間に見つからないように注意を払って移動している。なんとも間抜けな話だが、今ここで下手に騒ぎになるわけにもいかない。

出迎えに出てきたブリザードに案内されながら、ハドラーは部下の元へたどり着いた。

 

「よぉ……ハドラー様……」

 

そこにフレイザードはいた。

だが先ほど悪魔の目玉にて通話をしていたときよりも、さらに弱々しくなっている。既に彼の半身として燃え盛っていたはずの炎はもはやマッチにも満たない程度の火力しかなく、もう片方――氷の半身は、まるで雹か霰が降ったのか程度の大きさが散乱しているだけだ。

もう数分訪れるのが遅ければ、おそらくそのまま完全消滅していただろう。

そして周囲には、部下のフレイムやブリザードたちが集まっていた。主が死ぬかどうかの瀬戸際なのだ。様子も気になるのだろう。

 

「ここに来てくれたってことは、いいんだな……?」

 

最後の意思確認のようにフレイザードが口を開く。既に崩壊が進みすぎていて、どこが口かも分からないのだが、声は出せるようだ。

 

「ああ。だが成功する可能性は万に一つもないぞ」

「かまわねぇ。なんせこの博打は外れても痛い目を見ねぇからな」

 

賭け金にはハドラーの魔法力も含まれているのだが、こちらも元を正せば大魔王バーンから与えられた物であり、しかも休息していれば回復するのだ。

対してフレイザードの方はどうだ。

元々消えるはずの命、それもかりそめの命を賭けて、勝てば新たな命を得られるというのだ。リスクとリターンの釣り合っていない、なんとも不平等なギャンブルに見える。

 

だがそれは違う。

賭けに負ければフレイザードは、今の自分が何よりも望む復讐の機会を手放すのだ。そのことに気づかず、自分の命だけしか賭け金としてしか見えていない。既に精神は狂気に満ちている。

 

「では、いくぞ」

 

部下たちに手によって集められたフレイザードの無数の欠片。その残骸に向けて、ハドラーは両手を掲げて意識を集中させる。

呪法生命体創造の呪文――人間から見れば、禁忌に指定された呪文である。禁呪法には、今行っているように仮初めの命を生み出すものもあれば、何かの要素を変質させるようなものなど種類が幾つもある。

一般に、禁呪法はその効果があまりにも卑劣すぎるために指定される。安易に使えば世界の(ことわり)すら乱しかねないため、封印指定される。その資料を閲覧することすら制限が設けられ、覚える人間には何よりも厳格な人間性が求められるのだ。

だが、なによりも禁呪法を禁忌にたらしめている理由がある。

 

「ぬ……ぐぐぐ……」

 

それは単純に、難易度である。

禁呪法を扱う場合には、それ相応の難易度が求められるのだ。中には、極大呪文を連発する方がよほど容易だと思えるものすらある。

そのため禁呪法を使う際には、それ相応の準備が求められる。自身の魔力を底上げするために魔方陣を使う。発動させる呪文に関連する触媒を用意するなどだ。

――本来の歴史でフレイザードが氷炎結界の呪法を使った際に、炎と氷の塔を作らせていたが、これも同じ理由である。

 

呪文を唱えながら、ハドラーは額に大粒の汗を幾つも浮かべていた。前述したように、禁呪法は高難易度である。触媒には、フレイザードの破片を用いればよい。だがここには魔方陣がない。かといって悠長に準備をしていれば、手遅れになる危険性があった。

そのためハドラーは無理を承知で呪法の使用を強行していた。額に浮かぶ無数の汗は、準備不足による反動を押さえつけている影響である。

 

「ぐ、ぐおおおお……おおおおおぉぉっ!!」

 

そしてその反動は、フレイザード本人も味わっていた。呪法によって周囲の破片が再び形を成して、(コア)を形成しようとする。だがそのたびに味わったことのない激痛が走り、フレイザードを苛ませる。

今のフレイザードは、痛みに負けて消えるのが先か、呪法が失敗して消えるのが先か、そもそもの時間切れで消えるのが先か、と言ったところだ。成功する確率など皆無だ。儀式をその身に受けているからこそ、彼は誰よりもよく分かってしまう。

 

「フレイザード様!!」

「お気を確かに!!」

 

フレイムたちの心配する声に、フレイザードは反応する。

 

「た、足りねぇ……力が足りねぇ……」

 

吹き飛びそうな意識を必死でつなぎ合わせて、成功への道標を模索し続ける。そして一つの暴論を導き出した。

 

「テメェら、来い!」

「ひいぃ! は、はい!」

 

弱々しく吐き出される声から一転、聞き慣れたドスの利いた命令口調の声が響く。普段からその命令に従っていたフレイムたちは、もはや条件反射のように返事をすると軍団長の命に従ってフレイザードへと近寄る。

それが最後の命令となることも知らずに。

 

「ぎゃあああ!!」

「い、命があああっっ!!」

 

フレイザードに近寄ったフレイムの一体が、最期の悲鳴を上げながら消えるように消滅していった。また、別のブリザードは同じく悲鳴を上げて、こちらは溶けるように消滅する。

そして消えていったモンスターたちの力はフレイザードへと流れ込んでいく。

 

「ククク……力が足りねぇのなら余所から持って来りゃいい……賭け金をつり上げりゃ、相手がビビって降りる。そうすりゃ勝つのはオレって寸法よ……」

 

呪法の最中に触媒を無理矢理増やす。強引過ぎるやり方だ。ハドラーにさらなる負担が掛かり、その顔に苦悶の表情が浮かぶ。だがフレイザードはそれを気にすることはなかった。

 

「テメェらもだ! 氷炎魔団の大博打と行くぞ!!」

「な、なぜ!? 我々は……」

「うわあああぁぁぁっっ!!」

 

僅かな破片を操り、周囲にいた部下たちを片っ端から喰らっていく。人も生きるために動植物を口にするが、これとは比較にならない。なんともおぞましい光景であった。

 

「おおおおおぉぉっ!!」

 

すぐに全ての部下を食らいつくすと、呪法は終盤に入ったようだ。集まっていた魔法力が収束していき、フレイザードへと注ぎ込まれる。

そして――

 

「新生・フレイザード様の誕生よ!! ヒャハハハハハハッ!!」

 

そこには、再生前と同じ形状のフレイザードが立っていた。だが同じなのは形だけであり、最も目立つ部分が異なっている。

それは色だ。

以前までのフレイザードは炎の赤と氷の青。身体の中心線を境として、それぞれが半々に分かれていた。だが今は、全身が薄紫色をしている。そしてその全身は、猛る今の心情を代弁するかのように蠢いていた。

 

「いや、失敗だ……」

「あん? どういうことだ?」

 

再び身体を得て最高に機嫌を良くしているフレイザードであったが、ハドラーはそれを冷静に否定する。せっかくの気分に水を差されたようで、少しだけ機嫌を悪くしつつ尋ねる。

 

「今の貴様は、酷く不安定だ。力の制御がまるで出来ず、常に限界まで力を放出している。元々が成功せぬはずの術式に、さらに余計な物を取り込めばこうもなろう……貴様の命はおそらく、もって二日程度だ」

 

フレイムたちを取り込むのは、確かに有効ではあった。触媒の質や量が多くなれば、それだけ術も効果を発揮する。だが全てが無茶苦茶に行われた呪法だ。限界量を超えた創造は代償として命を大幅に削っていた。

 

「なんだ、そんなことか」

 

だがそれを聞いたフレイザードに動揺の色は一切見受けられなかった。逆にその返事を聞いたハドラーが驚くほどだ。

 

「何も失敗しちゃいねぇぜ。そうなるように望んだのはオレだ」

「な、に……?」

「手柄も、命もいらねぇ……オレは確かにそう言ったはずだぜ?」

 

自身が生み出した生命体であるにも関わらず、ハドラーはフレイザードの考えが理解できなかった。己の命すら捨ててでも勝とうとする。何を思いどんな経験をすればそんな精神になるのだろうかと、恐々としていた。

 

「あいや、よくぞ言ったわフレイザード!」

 

不意に、しわがれながらも甲高い声が周囲に響く。だがここに生き残っているのはもはや、ハドラーとフレイザードのみのはずだ。しかし聞き覚えのあるこの声に、二人は珍しくため息を吐いた。

 

「ザボエラか……」

「あの爺……悪魔の目玉を通じて、どこからか覗き見ていやがったか」

 

フレイザードの言葉を肯定するように、近くから悪魔の目玉が姿を見せる。そしてその巨大な眼球にザボエラの姿を映し出した。

 

「フレイザードよ、お主の覚悟は見せて貰った。しからばワシら妖魔師団も力を貸そう、その代わり……わかっておるじゃろうな?」

「ハッ、好きにしな。オレにはどうでもいいことだ」

 

そう訴えるザボエラの様子から、どうやらハドラーに連絡を入れた段階からザボエラは察知していたようである。だがフレイザードにはもはやそんなことはどうでもいい。

手柄を寄越せ。そう言われても、今の彼の心はピクリとも揺れ動かない。

 

「おお、それでよい! これでお主の勝利は決まったも同然じゃあ!!」

 

言質を取ったことにザボエラが仰々しく言うが、もはやその言葉をフレイザードは聞いていなかった。彼は未だ禁呪法の疲れも癒えぬハドラーに声を掛ける。

 

「ハドラー様」

「む?」

「あの爺の言葉じゃありませんが、残る他の軍団の力を借りてぇ。お願いしますぜ」

「なに!?」

 

他の軍団をも招集する。という内容もだが、それ以上に他人の力を借りたいと訴えるフレイザードの姿は何よりも異質に見えた。

 

「今の勇者どもはオレを倒したと思って油断しているはずだ。ならばその隙を突いて、一気に攻め込みたい。勝利を確実なものにするために」

「……わかった。残る軍団にも声を掛けておこう。だが、いかんせん急な招集だ。どれだけ集められるかはわからんぞ」

「ああ、それで十分だ。集まった奴らは雑魚と適当に遊んでてくれりゃいい。その間にオレが本命を消してやる。手柄はガッポリあんたらのもんだ」

 

そう約束したものの、ハドラーの脳裏には未だに保身の気持ちがあった。確かに各軍団長にも声を掛ける。だが参戦するかはまた別の問題だ。

自己の保身のため。地位を守るため。ハドラーは自身の中で、温存しておくためという尤もらしい理由をつけながら、ある男のことを考えていた。

 

 

 

「キィ~ッヒッヒッヒッ!! あれがフレイザードか。なんともおぞましい姿になったものじゃわい」

 

妖魔師団の一室。ロモスの時のように相変わらず、ザボエラが水晶玉を見ながら呟いていた。フレイザードの予測通り、ザボエラは彼が新生するまでの一部始終を見ている。

 

「他者の命を踏み台にしてでも強くなる……それは正しいのぉ。じゃが、そのために自分の命を削るのはいかん。まあ、あやつにしてはよく考えた方じゃわい」

 

そしてフレイザードの姿を見ながら自身が進めている計画と比べる。ハドラーの助力があったとはいえ、単独であれだけのことができるのは確かに賞賛してよい。

だがザボエラが認めたのは力だけだ。自身の進めている研究には、あまり寄与しなさそうだと判断する。

 

「あやつは雑魚と遊んでいろと言っておったが、奴らの仲間の一人くらいは殺さんとな。でなければワシらの立場がないわ。のう、そうは思わんか?」

 

ザボエラは誰もいないはずの方向に向けて、そう言葉を投げる――いや、誰もいないのではない。部屋の片隅にて、まるで暗闇に包まれるようにして巨体がそこにはあった。

 

「…………」

 

だがその相手はザボエラの言葉を聞いてはいるが、何の感慨も沸かないとばかりに目を閉じて無言のままだった。

 

「安心せい。今度の戦は楽なもんじゃ。それに貴様に策を授けてやる。さすれば点数稼ぎは十分じゃろう」

 

そう言うザボエラの脳裏には、もはやダイたちを討伐し終えて、手柄と地位を得た後の様子にしか興味が無かった。そのため、それまでつまらなそうにしていた巨体が、ほんの少しだけ闘気を発したことに気づくことはなかった。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■

 

 

 

「フレイザード……どうして生きているんだ!?」

「ククク、さあねぇ……? 果たして何があったのやら」

 

――場面は、再び現在へと戻る。

 

月明かりと篝火に照らされるその姿は、確かにフレイザードそのものだった。ダイはもとより、レオナを筆頭にバルジの塔で戦った数の多くの人間がフレイザードを見ている。

ここでフレイザードを知らないのは、エイミとバダック他数名の兵士程度だ。

その全員が見て同じ判断をしていた。こいつはフレイザードだと。

 

「どうして生きていたのかは、この際どうでもいいわ。でも、前回も敵わなかったのに、また出てきたところで勝てると本気で思っているのかしら?」

 

レオナの強気な言葉に、死んだと思っていた敵が生きていたという異質さに飲まれていた全員がハッと気づく。そうだ、自分たちは何を恐れていたのだろう。ここにはダイが――救国の英雄たちがいるのだ。ならば恐れることはないだろう、と。

 

「そうね。ダイ一人を相手にしても敗れたのに、今回は仲間も大勢いるのよ」

 

レオナの言葉に続けとばかりに、強気な様子を見せるチルノであったが、その内心は動揺していた。こんな展開を彼女は知らない。確かに、出会ったと同時に倒した。だが、その相手が復活して襲ってくるなど、想像もしえなかった。

直感でしかないが、今のフレイザードは何かがマズい。復活した理由と手段を知りたいが、余計な好奇心を出さずに倒すのが最良だと彼女は自身に警鐘を鳴らす。

 

「仲間ねぇ……例えば、そこのヒュンケルのことかい?」

 

フレイザードは一瞬だけヒュンケルに視線を走らせる。つい数日前まで魔王軍に属して人間を殺していたはずの男が、今は敵になっている。

そのことを伝えてやればさぞかし愉快なことになるだろう。

だが、そこまで考えながらもフレイザードはそんなことに興味などなかった。

 

「それに随分と幸せな脳ミソをしているじゃねぇか。一度敗れた相手が、ノコノコ顔を出しているんだ。もっと警戒すべきなんじゃねぇのか?」

 

そう言いながらゆっくり近づく。今まで距離があり、光源が弱々しいこともあって簡素なシルエットのようにしか見えていなかった相手の姿が誰の目にもはっきりと映った。

 

「その身体は……!?」

「なんだ!? 何があったんだ!?」

 

はっきりと見えるようになった途端、全員に動揺が走る。それもそうだろう。赤と青で半々だったはずの相手が、一面紫色になっていれば驚きもするだろう。

それは予想通りだった。あえて姿を見せたのも、隙と油断を誘うためだ。

 

「そらそらそら、よそ見してる場合か!!」

「うわっ、この!!」

 

意識が途切れたほんの一瞬で、フレイザードは距離を一気に詰めてダイへ攻撃を仕掛ける。だがダイもさるものだ。半拍ほど遅れながらもその動きに反応してみせ、剣を引き抜いて攻撃を防ぐ。

 

――重い!?

 

攻撃を防いだものの、その手応えは異質だった。明らかに強度が違う。前回戦った時には、フレイザードの攻撃を防ぐことは無かったため完全に比較できるものではないが、それを差し引いてもおかしい。

攻撃をたった一撃防いだだけで理解できる。出し惜しみしている場合ではないと。

だが反撃に転じようとしたダイと同時にフレイザードは動く。

 

「遅ぇ!!」

「アバン流刀――ぐっ……!!」

「ダイ!?」

「馬鹿な! 今のは……!?」

 

ダイが反撃しようと動くが、それはフレイザードの追撃によって発動させる前に潰された。それだけを見れば、決して珍しいことではない。

だがそれを見たヒュンケルは、信じられないものを見たように叫んでいた。

 

――技の起こりの前に動いた、だと!?

 

どんな技でも、発動の前には準備動作のような物がある。それが大きく長ければ、発動までに時間が掛かり相手にも察知されやすい。そのため、できるだけ短く悟られないような物にするか、そうでなければ理解されても問題ないタイミングで放つのが普通だ。

だが今のフレイザードは、ダイがその準備動作をすると同時に動いていた。偶然かとも思うが、そんな単純な物では決して無いだろう。

何か理由があるはずだ。そう考えるが、事態はゆっくりと考える暇を与えてくれない。

 

「うわあああっ!?」

「なんだ!?」

 

突如として、周囲に爆発が起きた。その爆発は三つ。

幸いなことに誰かを狙ったわけではないようで、怪我人は誰もでなかった。だが、何を狙っているのかは手に取るように分かってしまう。

 

「ようやくおでましか」

「くっ……!」

 

予想を裏付けるように、フレイザードが呟いた。

援軍がいたのだ。だが敵の援軍は、わざわざ目立つように爆発を起こしている――つまり、あの爆発は陽動。ダイたちとパプニカ軍を引き離して、各個撃破を狙っているのだろう。

だが、だからといって無視するわけにもいかない。このままフレイザードを相手にしていれば間違いなく内のフレイザードと外の援軍とで挟み撃ちを受けて潰されかねない。

 

レオナが悩んだ時間は一瞬。そして彼女は高らかに叫んでいた。

 

「部隊を分けて対処に当たります! アポロ、マリン、エイミの三人はそれぞれ敵の援軍に対処して! パプニカの各兵はそれぞれ三賢者に従って行動を!!」

「「「はっ!」」」

 

三賢者はそれぞれが、軍を率いる部隊長のような役割も担っている。そして兵たちは、三賢者それぞれに小隊となって従うように再編されていた。

落ち延びて隠れていたための暫定措置でしかなかったのだが、今回はそれが功を奏したらしい。レオナの命令に従い、三賢者と兵士たちはそれぞれが敵の援軍目掛けて進む。

 

「ダイ君以外の三人はそれぞれの部隊の応援に行ってあげて!」

「えっ!? じゃあレオナはどうするの!!」

「私はダイ君とフレイザードを押さえるわ!」

 

かなり突拍子もない作戦だった。総大将であるはずのレオナが、護衛もつけずにダイと二人だけで戦うというのだ。だが、一度フレイザードを倒したダイを信頼しているのだろう。

 

「ヒュンケル……どうするの?」

「仕方あるまい、乗りかかった船というやつだ。それに、ここを切り抜けなければ、落ち着いて話も出来んだろう」

 

マァムの問いかけに、ヒュンケルは目に闘志を宿らせながら言う。戦士としての直感が為せる技か、どうやら彼もここが一つの正念場だと感じているらしい。

 

「……分かったわ! ダイ! ちょっとだけ耐えていて!!」

「すぐに戻る。それまで待っていろ」

「こっちは任せて!」

 

三人がそれぞれ言葉を投げかけて、三方へと向かう。

そして、その先で待っていたのは――

 

 

 

「キィ~ッヒッヒッヒッ! 飛んで火に入るなんとやらじゃわい……」

「ザボエラ!!」

「チルノ殿、あの敵をご存じなのですか!?」

「敵の軍団長の一人よ。卑劣で狡猾な奴だから気をつけて」

 

辺りにはザボエラと妖魔師団のモンスターたちがいる。

アポロの言葉に、チルノは自身の怒りを抑えながら言う。彼女の中ではブラスを連れて行った怒りはまだ治まっていない。

 

 

 

「ハドラー……」

「ほぅ、オレの相手は貴様か」

「ハドラーって、まさか……!?」

 

かつてこのホルキア大陸に拠点を築き上げ、地上を征服しようとした魔王のことは、流石に三賢者であるエイミは知っていて当然だった。

ハドラーとヒュンケルの二人は、互いに睨み合い闘気を高めていく。

 

 

 

「…………」

「なに、この相手は……?」

 

マァムは物言わぬ目の前の相手に戸惑っていた。豪勢に見えるが、どこか寒々しい空色をしたローブに頭から身を包み、その衣の下は底冷えするような闇が広がっている。その闇の中で、目の部分だけが存在を主張するように光っている。

 

「敵は甲冑族……あいつらはタフだから気をつけて!」

 

マリンがそう言うが、マァムの耳には殆ど届いていない。マァムは目の前の軍団長――魔影参謀ミストバーンを油断なく見つめていた。

 

 

 

「残念だが、奇跡の勇者様はここで終わりだ!」

 

全ては彼の目論見通り。邪魔な勇者のお仲間は全員いなくなった。後はダイを殺せば良いだけだ。

だがフレイザードはその過程には拘ることはない。ダイを殺すのに、最も単純な方法があれば迷うことなくそれを使う。

 

「ザラキ!!」

 

そして、成功率を上げるためならば、手段も問わない。

フレイザードが使ったのは、古代の邪教徒が考案したと伝えられる"死の言葉"を相手に投げかける呪文。その言葉の誘いに負けた者に死を与える単純明快にして恐ろしい呪文だ。

 

それを、避けられないタイミングでレオナへ向けて(・・・・・・・)放つ。

 

「危ないレオナ!!」

 

当然、正義の勇者様はお姫様を庇う。全て彼の予想通りだ。

 

「ダイ君!!」

 

ダイの身体を、死の言葉が覆い包んだ。

 

 




良いところで切りたかったので、今回は短め(え、どこが……?)

出オチさんは一応強化されました。が、はたしてどこまで食い下がれるか……
(再生怪人は弱いと昔から相場が決まっていますし……)
なお、赤と青を混ぜたので紫色にしています。わぁ、とっても安直。
(紫芋を使ったお菓子みたいで案外美味しそうに見えるかもしれません)

この展開をはたして捌ききれるのか私……

フレイムとブリザードを見ていると、某赤青な双子のボイスロイドを連想します。
(どうでもいいですね)

ク○○ダ○ン は ちから を ためている。

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