だから短くても仕方ない(普段の半分以下の分量)
遅れるよりはマシ(自己弁護)
――ガシャン!!
突如として、金属が強くぶつかったような音が辺りに響いた。音源へ視線を向ければ、ダイがそれまで手にしていた剣を取り落としていたようだ。彼の足下には剣が転がっており、つい先ほどまで剣を持っていた右手は、今は力なく漂わせていた。
「……そんな……うそだ……」
「嘘ではない。お前の持つ額の紋章が何よりの証拠だ。この地上に私以外で
バランの言葉にダイの顔は暗く沈んだ。決して否定や肯定の言葉を口にしたわけではない。だがダイのその反応は、何よりも彼の心の内を雄弁に物語っていた。
「てっ、テメェがダイの父親だってのか!? そんなの信じられるかよ!! チルノ! 黙ってないでお前も何か言ってやれ!!」
焦ったようなその口調から、ポップも心のどこかではバランの弁を信じてかけているようにも思える。そんなポップの気持ちを思いながらも、チルノはゆっくりと口を開いた。
「……ダイは赤ん坊の頃にデルムリン島に流れ着いたわ。身元が分かるようなものは何もなかったけれど、唯一残された手がかりにDの頭文字以外は読めなくなった名札があった。それは、ディーノという名前にも一致するわ……」
「な……!?」
少女の言葉に、ポップは絶句する。
彼が望んでいたのは、バランの言葉を否定する材料だった。ずっと家族としてダイと共に暮らしてきたチルノならば、そんな証拠の一つや二つくらいはすぐに出てくるのだろうとどこか楽観的にそんなことを期待していた。
だが蓋を開けてみればその逆。相手を肯定する意見が飛び出てきたのだ。まるで信頼していた仲間に裏切られたような気分となって、思わずダイの事を知る二匹へ目を向ける。
「ピィ……」
「ピィ~……」
だがゴメちゃんとスラリンは、肯定するように小さく頷く。二匹ともチルノと同じく、デルムリン島時代からのダイの仲間である。特にゴメちゃんはダイの相棒と言って良い間柄だ。
そんな二匹が揃ってチルノの言葉に異議を唱えないことが、ポップたちを追い詰める。
「一人しか存在していないはずの
「…………!」
「ま、待てよチルノ……そんな、そんな理由で納得しちまうのかよ……!?」
「そんな……そうだ! お母さんは!? ダイ君を産んだお母さんはどうなの!? あなたのご両親は!? あなたの一族はどこにいるの!?」
さらに続いたチルノの言葉を耳にして、ダイはもはや言葉すら失ったように立ちすくむ。それだけ聞けば、まるでバランを援護しているようだ。そんなチルノをなんとか思いとどまらせようとポップは必死で訴えかけ、レオナもまた否定の材料を探るべくバランへと言葉を投げかける。
「多分、血縁者は他に一人もいない……違うかしら?」
だがレオナの言葉に口を開いたのはまたしてもチルノだった。その言葉にバランの目つきが少し鋭くなる。
「……なぜ、そう思った?」
「
「か、神だってぇ!?」
人間たちよりもスケールが大きな存在のことを言ったためか、ポップが驚きの声を上げた。神の介在など、普通ならば考えることすらないだろう。
「でも、あなたの時に例外が起きた。人間との間に子供が産まれた。それがダイ。自分以外で
そこまで口にしてから、チルノは一つため息を吐いた。
「認めるわ、あなたはダイと血の繋がりがある……」
「待ってチルノ! その考えが正しいのなら、お母さんは存在しているはずよ!?」
レオナの言葉にも、チルノは首を横に振る。
「理由は分からない。でも、ダイの母親はもうこの世にはいない……でしょうバラン?」
そう問いかけるとバランが一番苦い顔を見せた。だがまだ激昂するほどではないようだ。その表情の変化もすぐに元の鉄面皮に戻る。その表情から、チルノが知る本来の歴史と変わっていないことを確信する。
反面、ダイの顔がさらに深く沈む。見たことも無い自分の母親の話題が出たかと思った途端にそんなことを言われ、もはやどうしていいのか分からない状態だ。そんな弟の辛そうな表情を、何時までも見ていたくは無かった。
「な、なんで……どうしてそう言い切れるの!?」
「簡単な話よ……」
そこまで口にしてから、チルノが表情を変える。それまでの諦めたような表情から一転、射貫くような視線をバランへと向けながら、高らかに宣言する。
「だって、本当にダイの母親が生きていたら、バランが魔王軍になんて入るわけが無い。そんなどうでもいいことに時間を使うくらいなら、ダイのことを探すはずだもの」
大魔王の地上侵攻作戦を"どうでもいいこと"と一言で切って捨てる。その言動にバランは不快感を感じたように視線を鋭くしたが、チルノは怯む事も無い。自分がこれから口にすることが正しいという絶対の自信があるからだ。
「自分がお腹を痛めて産んだ子供の生存を、母親が最後まで信じないはずがない。でもバランは探すのを止めてしまった。諦めてしまった……それは多分、支えてくれる人がいなかったから。一人でいることに耐えられなくなって、そこに差し伸べられた手をつい取ってしまった」
本来の歴史を知る彼女に取ってみれば、今までバランに向けて来た推論は――身も蓋もない言い方をすれば全てが茶番だ。既知の情報をさも今気付きましたと演技しているだけだ。
だがそれが何だというのだ。
誤った道へ進み、実の子供にまで同じ道を強要しようというのであれば黙っているわけにはいかない。
「……聞いて、バラン。ダイはずっとデルムリン島にいたのよ。あなたが本当にダイの父親なら、どうして迎えに来てあげなかったの? たった一人の肉親でしょう? 奥さんの忘れ形見なんでしょう? 探すのを諦めなければ、ダイの隣にはあなたが立っていた。そんな未来もあったはずなのよ?」
相手は
チルノがバランを相手に確実に勝っている点――それは、この場の誰よりもダイと長く接してきたという経験。そして、本来の歴史を知るという知識くらいのものだ。
「それにバラン。あなたの気持ちも分かるの。あなたの過去に何があったか、詳しくは知らない。でもあなたは、人間から辛い仕打ちを受けたことがあったから、だからダイに同じ想いをさせたくなかったんでしょう? 奇跡的に再会できたからこそ、二度と手放したくない。辛い目には合わせたくない。だから強引にでも連れて行こうと考えているのでしょう?」
「……黙れ」
ならばそれを存分に使うだけ。
たとえバランにとってどれだけ耳の痛い話だとしても、口を噤むわけにはいかない。
我が子を授かるほどの深い愛情を注いだ相手だ。ならばどうしてその忘れ形見を探すことを諦めてしまったのか。生死をきちんと探し、見つかれば共に生きることを。死の証拠を見つければ、せめて遺品だけでも妻と同じ場所へ埋葬してやりたいと思うのは当然のことではないのだろうか。
バランに深い絶望を与えたのが人間ならば、大きな希望を与えたのも同じ人間なのだ。そんな希望を与えてくれた人間の、妻の遺志をどうして貫いてあげられなかったのか。
気がつけば、チルノの言葉はどんどん熱を帯びていく。バランの心を追い詰めていくとも知らず。
「……あなただって、ダイが産まれた時に子守の一つもしたんでしょう!? どうしてダイを失った時に、助けを求める小さな声に耳を傾け続けてあげなかったの!! バーンの言葉なんかをどうして受け入れたのよ!! 今になってそんな不器用な愛情を注ごうとするのなら、どうして最初っからそれを貫いてあげられなかったの!!」
「黙れえええぇぇっ!!」
そこまでが限界だったようだ。
弾かれたようにバランは目を見開き、そして感情の赴くままに声を荒げ、絶叫する。
それだけで屈強な魔物であっても脱兎の如く逃げだしかねない迫力があった。
「先ほどから黙って聞いておれば、私がディーノを探していないとでも思ったか!! 赤の他人の貴様に何が分かるというのだ!!」
「分かるに決まっているでしょう!!!!」
だがチルノも引くことはない。
「あなたと同じくらい……いいえ、あなたの何倍も分かる!!」
たとえどうなろうと、もはや彼女は言葉を止めることなどできない。
「あなたは知らないでしょう? 幼い頃のダイは、今よりももっとヤンチャだった。ちょっと目を離したら、すぐにどこかへ消えてた! そのたびに不安になって、島中を一生懸命探して、見つからないとどんどん不安が大きくなって……でもようやく見つけて……」
幼児特有のどこにでも行きたがる行動力と怖い物知らずの好奇心を遺憾なく発揮していたダイは、気付けばすぐにいなくなっていた。そんなことはしょっちゅうだった。
探し回ってようやく見つけてみれば、あばれ猿と一緒に木の上で昼寝をしていたり、大王イカに乗って遊んでいたり、四足歩行のモンスターたちとかけっこをしていたりと、様々だ。
ただ、いつも決まって、とても無邪気で幸せそうな笑顔を浮かべていた。
その笑顔を見てしまうと、チルノの心の中に浮かんだ不安がすぐに霧消する。続いてダイが見つかったことを喜び、怪我が無いかを心配して、少しだけ言い聞かせて終わる。
チルノはそんな喪失と安堵を知っている。
少なくともダイを相手に限定するのであれば、この地上で――いや、たとえ三界を見渡したとしても、チルノの上に立てるのはブラスだけだ。
「あなたは、ダイと血の繋がりがあるだけ!
「ふざけるな! この子の名前はディーノだ!! ダイなどと、そのようなどこの誰とも知らぬ名ではない!!」
幾らチルノがダイとの思い出を共有しているとはいえども、バランとしても譲れないものがある。だがバランではチルノとの舌戦には勝てそうも無かった。
それも無理もないことだろう。相手はこのような出会いをすることを予め知っていた。そして、そのときには何を言うべきかも考えている。寡黙なバランでは勝負にもならない。
それでも一矢報いようと思ったのか、実の親の特権たる本来の名を呼んだ。
「いいえ!! この子の名前はダイ! 残っていたDの文字から私とおじいちゃんで付けた名前!!」
「え……っ?」
チルノの言葉にダイは驚かされる。いや、自分の名前の由来は知っていた。自分の祖父から直接聞いた話なのだ。そのときには恥ずかしくて照れくさくて、でも少し嬉しいような。そんな気持ちになっていた。
だがそれは、ブラスだけが考えて付けた名だとばかり思い込んでいた。しかし事実は彼の認識とほんの少しだけ異なっていた。彼の姉もまた、自分の名を考えるために考えてくれていた。その事実だけで、ダイの心は熱く燃え上がる。
先ほどから続くバランへの言葉についてもそうだ。誰もが萎縮しかねない相手を前にして、一歩も引くこと無く立ち向かっている。その全てが自分のためだと思えば、それだけで勇気が湧き上がる。
バランが不用意な策を用いた結果は、落ち込みかけていたダイが復活するという手痛いしっぺ返しが待っていた。
「いつか、ダイが本当のご両親と再会できたら、この名前の役目も終わると思ってた。でも、このままだったらこの名前が役目を終えることは一生無いってよくわかったわ!」
「ほざけ! 何がダイだ! 先ほど貴様は"何の権利があるのだ"と言っていたな!? その言葉、そっくり返そう! 貴様こそ、そのような権利があると思っているのか!!」
精気を取り戻したダイの様子を盗み見たバランは、更に追い詰められたように叫ぶ。それが悪手だったと気付くこともなく。
「……バラン、あなたそれ、本気で言っているの? だとしたら、
感情をぶつけ合っていたはずのチルノが急激に冷めた表情を見せる。
当たり前だろう。バランの言葉が事実ならば、彼はチルノが何者かも知らずに今までの舌戦を繰り広げていたことになる。
それはあまりにも慢心が過ぎるというべきか、他者への無関心が過ぎるというべきか。表現に悩む。
だが同時に、バランならばそれもやりかねないとも思えてきた。
魔王軍は悪魔の目玉を使ってほぼリアルタイムに情報を共有することができる。そうでなくとも軍としての体を為している以上は、調べれば分かること。ましてや相手は魔王軍に煮え湯を飲ませ続けている勇者一行だ。
敵として立ち塞がる以上、相手の顔くらいは覚えておくのは礼儀だろう。それを怠ったのは、やはり自分が天下無敵の
思い返せば、クロコダインが敗れた時点でハドラーはダイ対策として各軍団長を招集していた。もっともそのときは、バーンの勅命によりヒュンケルが既に動いていたため、会議はお流れに近かったのだが。それでも勇者ダイという存在については周知できていた。
バランがダイのことを知ることが出来た最速のタイミングはここだろう。
このタイミングでもしもバランがダイの顔まで知るように動いていれば、母親との繋がりに気付いていたかも知れない。バーンの命を無視し、遮二無二取り戻しに行っていただろう。
"顔は見たが気付かなかっただけ"と断言されればそれまでかも知れない。
だが、忘れ形見であり愛した妻の面影を残す息子の顔だ。心のどこかで気になり、自分で直接確かめようと動いたとしても不思議では無いだろう。
それを怠り、六大軍団が半壊するまで動くことも無く待っていた以上は、情報を調べていなかったと判断せざるを得ない。
それと同じことだ。
ダイのことだけを調べ、チルノがダイとどのような関係なのかを調べることなく出張ってきた。そう考えるとチルノは苛立ちすら覚える。ダイと自分の関係を知れば――バラン本人の思想はともかくとしても――最初に礼の一つくらいは口にするのが礼儀だろう。
バランが妻を失ったのも、ひょっとしたらある意味では自業自得なのかもしれない。事前に根回しや相談をしておけば、最悪の未来から逃れられたのかもしれない。
少女は高らかに叫ぶ。
「知らないなら覚えておきなさい! 私の名前はチルノ! ダイの姉よ!!」
実の親としての責任を果たせと説教。
すると逆ギレしてきたので「この子はウチの子!」と叫ぶ育ての親の図。
親権問題は更に波乱を呼ぶ展開に。
どなたか、弁護士と家庭裁判所に連絡をお願いします。
次回、法廷バトル(物理)