隣のほうから来ました   作:にせラビア

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おかしいな……こんなに長くなるはずじゃなかったのに……



LEVEL:42 途切れる絆

――アバンストラッシュだと?

 

額に(ドラゴン)の紋章を輝かせながらダイの放ったアバンストラッシュを見て、バランはほくそ笑む。その技は一度、湖底の神殿にて軽くやり合った際にバラン自身が直接受け止めて無力化した技である。

そんな技が今の自分に通用するなど、決してあり得ないことだ。

 

確かに、一度失敗したという焦燥感に苛まれながらも紋章を操ってみせたことは驚嘆に値すること。だがそれだけだ。繰り出した技を見て、自分には通じないと余裕を取り戻す。

頭の中でそう考えると一度目と同じように受け止めようとして――バランは慌てて防御姿勢を取り、ストラッシュの一撃を受け止めた。

 

「ぐ……っ!」

 

強めに竜闘気(ドラゴニックオーラ)を放って防いだにも拘わらず、かなりの衝撃を受けたことに驚かされる。湖底での場合と今の場合、違いがあるとすればダイが(ドラゴン)の紋章を発動しているかどうかだろう。

それでも未熟な(ドラゴン)の騎士が操る紋章だ。完成された(ドラゴン)の騎士である自分ならばこれほど入念な防御をする必要はないと考えていた。

 

だが本能に突き動かされて防御を行い、結果としてその行動は正しかった。あのまま通用しないと考えて防御をおろそかにしていれば、ダメージを受けていたかも知れない。

 

――まさか、そんなことがあるはずが……!!

 

心では否定しつつも、百戦錬磨の経験を持つバランは頭のどこかでその事実を受け入れる。

ダイの大きな違いは何も(ドラゴン)の紋章を操っているからでは無い。仲間達と絆を信じ、人を守るために剣を振るう。

迷いの無くなったダイはそれだけで幾らでも力を引き出す事が出来る。

 

「くそっ! ダメか!!」

「いや、助かったぞダイ!」

 

速度重視のアロータイプだったとはいえ、まるでダメージを与えられなかったことに歯噛みを見せるダイであったが、クロコダインにしてみればバランの攻撃を止めるだけの威力を伴った一撃である。

ストラッシュの攻撃に巻き込まれないようバランから少し離れた位置から声を掛けると、ダイはその言葉に少しだけ頷き、さらに闘志を高めていく。

 

――これが人の心……絆の力だとでも言うのか……!?

 

バランにしてみれば、それは認められることではない。だが事実は事実として認めざるを得ない。それも、よりにもよって実の息子の手で証明されたのだ。

 

――これなら、押し切れる……?

 

一方バランの行動を見て、チルノはそう独白する。

 

「勝ちの目が出てきたみたいね……それじゃあもう少し後押しを」

 

ダイが調子を完全に取り戻したことを確認するとチルノは用意していた魔法を唱える。同時に、自分の出すヒントにポップが気付いてくれることを願いながら。

 

「【シェル】!」

 

魔法攻撃に対抗する結界を生み出す魔法を唱え、ダイとクロコダインへと付与する。

 

「……あ、そうか!!」

 

うっすらと輝きを見せるそれを見ながらポップも遅れて気付き、慌てて呪文を唱えた。チルノより少し遅れて完成した呪文を彼もまた放つ。

 

「スクルト!」

 

たとえバランが全ての呪文を無効化するとしても、それは発動まで無力化しているわけではない。竜闘気(ドラゴニックオーラ)の影響を受けない呪文を選べば、魔法使いといえどもまだこの戦いに貢献することは出来る。

攻撃呪文を放つだけがやり方では無いのだ。

 

「これは!?」

「ほぉ、コイツはありがたいな」

 

二人から飛んできた魔法の効果を感じ、ダイたちは思わず言葉が漏れた。スクルトの呪文によって物理防御力も高められた。バランと直接対峙する二人からしてみれば、さらに盤石になったと言える。

 

「なるほど。私に呪文は効果が無いと知り、補助呪文に切り替える……それならば、確かに意味はあるな。頭を使ったと褒めてやろう」

 

後衛二人が見せた援護の様子を見て、バランは落ち着きを取り戻す。

 

「だが、今まで経験した戦いの中でその発想に到った相手が皆無だと思ったか?」

 

その行動は(ドラゴン)の騎士にしてみれば、慣れたものである。呪文の効果が無ければ、仲間を援護する。そして強化された仲間に戦いを託す。

そんな戦法は、バランにしていみればよく知った行動だった。既知の行動を相手が見せたということは、言い換えれば奇策に頼った戦い方はもう望めないということだろう。

 

「そんな相手を今まで打ち破れなかったと思っていたのか?」

 

相手の底が見え始めた影響か、バランの心は冷静になっていく。

 

「そしてダイよ、先ほどの一撃は見事だったと褒めてやろう――子供では紋章の力を自由に操れないという常識を覆して見せた」

 

そう宣言すると、バランは遂に背中から剣を引き抜いた。柄頭には竜の頭部を模した装飾が施された長大な剣。

 

「バランが、剣を抜いた……!?」

「ついに本気になった、ということか……?」

 

それは見ただけでも強い武器だと伝わってくる。決して今まで手を抜いていたわけではないだろうが、全力では無かったのだろう。だがそれもこれまで。

 

「だが中途半端な力は、むしろ己の身を危険に曝すことになると知るがよい」

 

当代の(ドラゴン)の騎士が全力をもって戦わねばならぬだけの相手とダイたちを認識したのだ。

 

「ぬううううっっ!!」

 

バランは剣を片手に一気に力を解き放った。全身から輝く闘気が迸り、その風圧だけでも気を抜けば吹き飛んでいきそうなほどだ。

 

「お前達には説明していなかったかな? これこそが(ドラゴン)の騎士が最強たる秘密、竜闘気(ドラゴニックオーラ)だ」

竜闘気(ドラゴニックオーラ)……」

「先ほどから見せているのだ。まあ、目新しさはないだろう……だが、その効果は貴様らも知っての通りだ!! そして!!」

 

続けざまに、バランは剣を大上段に構える。いや、それだけではない。バランの魔法力に呼応するように空には雨雲が集まっていく。

 

「ギガデイン!!」

 

天空より一筋の雷撃が降り注ぎ、その力がバランの持つ剣へと集まっていく。

 

「ライデインの上位呪文……これほどだなんて……」

 

ダイの放つライデインを間近で見たことがあるからこそ、より正確に比較出来てしまう。これと比べれば、ダイの操る雷撃はどうしても見劣りする。紋章の力を完全に操れるという言葉は伊達では無いのだ。

その圧倒的なパワーは、人間を一人二人黒焦げにしても余裕があるだろう。

 

「そっ、それを剣に落としたってことはよぉ……まさか!?!?」

「ダイ君のライデインストラッシュと同じ技!?」

 

自ら呟いた言葉によって、絶望が心を支配していく。剣も呪文も、(ドラゴン)の騎士としての力も、戦いそのものの経験も。全てがダイよりも上回っている。

 

「なまじ力を見せたから、要らぬ事を口にしたからこそ、この結果を招いたのだ。他の誰でもない、お前達自身が原因なのだ」

「ラ、ライデイン!!」

 

バランの闘気に押さえ込まれそうになりながら、ダイもまた自らの剣へと雷を落とす。だがそれはバランのギガデインを見た後では何とも頼りなく見えてしまう。普段ならば何物にも勝るほどの雄々しいはずのその姿が、今はなんとうことだろう。

クロコダインも同じように闘気を腕へと集中させ、いつでも獣王会心撃を放てるように備える。だがそれだけだ。獣王が最も使い慣れた技だが、根本的な力が違いすぎる。

 

たとえ二人の技を同時に放ったとしても、今のバランならば易々と防いでくるだろう。

 

「さあ、絶望しろ! 真の(ドラゴン)の騎士の力を、その目に焼き付けてな!!」

 

その言葉に呼応するかのように、天が震えた。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■

 

 

 

――魔法剣。

呪文の効果を武器へと付与する技術である。だが、普通の人間は剣と呪文を同時に扱う事は出来ない。人知を超えた存在である(ドラゴン)の騎士のみが扱える。

そしてもう一つ。

天空より雷を呼び、敵を討ち貫く。その呪文の名はライデイン。そして上位呪文であるギガデイン。(ドラゴン)の騎士だけが操れる、文字通り天をも操る呪文である。

 

(ドラゴン)の騎士だけが許されたその二つを、共に最高レベルで扱う。それこそが竜騎将バランの最大奥義ギガブレイク。

 

その大技を前にして、だがチルノは前に進み出る。その場所はダイたちと肩を並べる程。バランと直接やり合えるだけの距離だ。

 

「どんなときにだって希望はある。悪いけれど、私はそう信じているの」

「姉ちゃん!?」

「危険だ! 下がっていろ!!」

 

今まで後ろに下がっていたはずの姉がここまで前に出て来れば、驚かないはずもない。だがダイたちの驚き顔を見ながら、チルノは言う。

 

「大丈夫、あれなら対策があるわ。同じ理屈で打ち破れるから」

 

――たぶん。

 

喉まで出掛かったその一言をチルノは必死で押さえ込んだ。

この本来の歴史を知る彼女が、この場面の対処法を考えていないわけがない。そして、思いついた対処法の検証をしていないはずがない。

だがそれはあくまで、練習レベル。失敗しても命に危険がないレベルでの話だ。バランの必殺技を前にして、万事が事前準備通りに事が進むとは思えない。

 

「まさか姉ちゃん、あれをやるの!?」

「……信じて待ってて。今はそれしか言えない」

 

ダイはチルノが何をしようとするのか、朧気ながら理解する。何しろチルノの練習に付き合ったのは他ならぬダイ本人だ。ならば気付かないはずがない。

 

「大丈夫、あんな分からず屋には絶対に負けない。こっちにも意地があるの!」

 

そう言うと腰から"パプニカのナイフ"を引き抜き、ギガブレイクに対抗するように構える。ダイだけは彼女の狙いと実力を知っているため、迷いつつも肯定しようとしている。だが他の者たちは違う。

 

「ダイ! チルノのヤツは一体何をするつもりなんだ!?」

「おそらく、自ら囮となることで反撃の隙を作る、と言ったところか。だがそんな底の浅い策で対抗できると本気で思っているのか?」

「いいえ。その大技を、(ドラゴン)の騎士でもない私が無力化して、ダイたちの攻撃があなたを倒す。そう言ってるの」

「ッ!?」

 

全員が言葉を失う。

バランからすれば、策をわざわざ口にした上に、自身の最強技であるギガブレイクを無力化するとまで言う。

ダイたちからすれば、無敵とすら感じるバランを相手にそこまでの事ができるのか。現に、切り傷の一つすら与えられていないのだ。

 

そんなことが、出来るはずがない――それが、全員の抱いた感想であった。

 

「……竜闘気(ドラゴニックオーラ)は完全無敵の技じゃない。(ドラゴン)の騎士だけが使える特別な技であっても闘気である以上、使える量に限界がある」

「なっ!?」

「それに、攻撃を防げる量にも限界がある。どれだけ強固な鎧であっても、それ以上の攻撃力があれば打ち破れる。だからクロコダインやダイの攻撃を防御した」

 

少しの沈黙の後に、チルノはそう切り出す。

本来の歴史という知識を持つ彼女にとって、この言葉は事前知識をひけらかしたにすぎない。だがそれを知らぬ者たちからすれば驚きだ。何しろこの短時間で秘密を看破して見せたのだから。

途端、先ほどの言葉にも俄然信憑性が出てくる。

 

「……確かにその通りだ。だが、理屈が分かったところでどうやって実現する? まさかそのチャチな短剣一本でどうにかするつもりか?」

「怖かった? じゃあこのナイフはしまっておく? 刃物は危ないものね」

 

挑発したつもりであったが、逆にチルノは不敵に笑いながらナイフを納めようとしてみせた。挑発されていると分かっていても、それがバランの怒りを刺激する。

 

「それほど死に急ぐか? いいだろう。ならば、その望み叶えてやる!!」

 

増大した怒りを込めてバランはギガブレイクを使おうとする。だがそれよりもチルノの魔法が早く発動させた。

 

「【ラスピル】!!」

「なっ……!?」

 

バランの持つ剣に紫色の光が収束していき、そして弾ける。光が弾け飛んだ後には、ギガデインの力を失った剣だけが残っていた。

ラスピルは相手の魔力を直接削り取る魔法だ。マホトラの様に相手から吸収するのではなく、魔力そのものにダメージを与える魔法、と考えてよいだろう。ならばこの魔法を、生物ではなく物質を対象として使えばどうなるか。バランのギガブレイク対策として、チルノは思いついた。

幸いにというべきか、マトリフと修行を繰り広げていた頃、ダイのライデインストラッシュを相手に実験を繰り返すだけの時間もあった。

 

そして結果はご覧の通り。ギガブレイクを不発に終わせる大金星である。

 

だが当然欠点もある。魔法剣に込められた力を全て削り取れるほどの魔力をラスピルに込めて使わなければならない。そして、戦闘中に素早く動き回る敵を相手に――それも相手の剣を目標にして放たなければならない。

魔力は先ほどの会話をしている間に十分に練っていた。相手が動き回るというのならば、行動を限定させた上で動き出す前に使えばいい。この時点で既に博打に近いものがあったが、ひとまずの賭けに勝ったのだ。

 

魔法剣を無力化されるというありえない出来事に、さしものバランも動きを止める。だが、この程度ではまだ足りないはず。絶対の信頼を置く必殺技を無力化するだけでは、立て直される可能性がある。

チルノの仕込みはこれだけではない。

 

「【魔法剣サンダー】!」

「バカな! それは!?」

 

バランへと突っ込みながら魔法剣を発動させて、パプニカのナイフに電撃を纏わせる。発動速度を重視するため、最下級の魔法となってしまったが、そんなことは問題では無い。

バランが驚くのを見て、チルノは次の賭けに勝ったことを知る。

魔法剣も雷撃を操るのも、どちらも(ドラゴン)の騎士だけの特権のはずだ。その常識が目の前の少女によって打ち破られたのだ。ならば正当な(ドラゴン)の騎士として生きていたバランの驚きはどれほどだろう。

 

これで隙は十分か?

 

チルノは首を横に振る。世界最強とまで呼ばれる(ドラゴン)の騎士を相手に、これで足りるとは思えない。

だからもう一手。

バランが――いや、過去の(ドラゴン)の騎士であっても誰一人思いつくはずがない方法を取れば良い。たとえ世界に比類する者がいないほどの強者であったとしても、初めて見るものには対処が遅れる。

 

「貴様ッ!?」

 

バランの前に迫り、いつでも攻撃を仕掛けられるタイミングで、チルノは殺気の全てを消して全身の力を抜いた。その行動にバランは更に目を見開き、混乱する。

当然だろう。バランの経験の中で、今から攻撃を仕掛けますという姿勢を取っておきながら、明らかに無防備な姿を見せた者などいない。

そもそもバランは常に強者だった。戦う相手は常に格下。(ドラゴン)の騎士という圧倒的な相手を前にして、全力と緊張を強いられなかった対戦相手はいなかった。どんな奥の手を隠し持っている相手であっても、程度の差こそあれそれは変わらなかった。

 

だが、相手が無防備な姿を見せるなら好都合だ。このまま攻撃をしてしまえばいい。そう思ったが、(ドラゴン)の騎士としての経験が待ったを掛ける。

既にあり得ないことが目の前で二度――攻撃をしない姿を合わせれば三度も起きている。ならばこれも何かの策ではないのかと迷ってしまう。だが同時に、竜闘気(ドラゴニックオーラ)を使えば耐えきれるとも考え、決断を鈍らせる。

 

「……スラリン(・・・・)!!」

「ピイイィィッ!!」

「な……っ!?」

 

チルノの声に呼ばれ、彼女の胸元からスライムが飛び出してきた。突然目の前に現れたスライムを見て、バランは完全に動きを止める。

スライムと言えば、最弱モンスターの代名詞と言って良い。それを何故この場面で呼んだのか。隙を突いて攻撃を仕掛けるのなら、あのままチルノ自身が攻撃を仕掛ければ良いのだ。スライムに任せる必要などどこにも無い。

バランではなくとも、この世界で少しでも腕に自信がある者ならば誰だろうと驚かされる。

 

誰もが力を込めるはずの場面で力を抜き、最弱のスライムを呼ぶ。チルノの狙いを看破出来るのは誰も存在しない。それはバランとて同じだ。スライムの攻撃など、わざわざ竜闘気(ドラゴニックオーラ)で防ぐ必要すらない。無視しても全く影響が無い。

圧倒的な強者であるが為に、そう考える。

そして、これもまたチルノが張った何かの伏線と考える。ありえないことが更に積み重なったのだ。どこかで本命が来るはず。そう信じてスラリンへの注意を消した。

 

途端、スラリンはバランの顔面目掛けて炎の息を吹きかける。

 

「うおおおおっっ!?!?!?」

 

チルノからしてみれば、スラリンこそが本命。

まさかスライムが口から炎を吐くなど、誰が想像するだろうか。完全に意識の外から襲い掛かってきた攻撃に、バランとて驚かされる。

生物にとって予期せぬ行動を体験したときに、取る行動はある程度決まっていると言って良いだろう。いかに無敵の(ドラゴン)の騎士と言えども、染みついた反射行動はそうそう変えられるものではなかった。

 

迫り来る炎を前にしてバランが取ったのは、両腕で顔面を防ぐことだった。

 

――上手くいった!!

 

バランが防御の態勢を取ったのを見て、全ての賭けに勝ったことを確信する。幾つもの仮定の上に考えた策だったが、それほど分が悪い物でもなかった。

 

(ドラゴン)の騎士であるバランは、相手を下に見る癖がある。自分に挑んでくるの格下だ。どのような策を使おうとも、大して問題にはならない。余裕とも慢心とも侮りとも取れる考えをよく見せる。

その結果、敵の策に嵌まり危機に陥ることも、本来の歴史を知る彼女は理解している。ならばチルノが取るべき策は、自身だけが持つ知識と能力で精神に衝撃を与え続け、あり得ないことを見せて動揺を誘えればと考えた。

それも生半可な物ではダメだ。バランの、(ドラゴン)の騎士の想定を上回るほどでなければ意味が無い。

 

ギガブレイクを無力化し、魔法剣をサンダーで使い、自身を囮に使い、スライムを本命に持ってくる。それも世界で一匹しかいないであろう火を吐くスライムだ。予想など出来ようはずもない。

スラリンは、ゴメちゃんと一緒に戦場から逃げるように見せかけておきながら、こっそりと胸元に仕込んでおいた。戦場からスライムが一匹いなくなったところで、一体誰が気にするだろうか。強くなるほどスライムを軽視し、いてもいなくても変わらないと思う。

ましてやそれがバランほどの強者ならば、例え千匹のスライムがいなくなっていたとしても気にしないだろう。

 

全ては相手が最も信頼を置く技――ギガブレイクを封じて隙を作るために。

 

「ダイッ!!」

 

未だ空中にいるスラリンを大急ぎで掴むと一気にバランの近くから離れていくチルノ。だが離れながら仲間に合図を送るのは忘れない。姉の言葉を受けたダイは、準備万端となっていた必殺技を繰り出そうとする。

動揺したまま守勢に回ってしまったバランは、対応が一手遅れる。今の彼にはそれを視認するのが精一杯だった。

 

「ライデインストラーッシュ!!」

「獣王会心撃ッ!!」

 

今か今かと待ち続けていたそれぞれの必殺技が、遂に放たれた。万全の準備を持って打ち込まれたそれは、バランへと牙を剥いて襲い掛かる。

本来の歴史ではこれだけでも――否、アバンストラッシュと視界を封じられたクロコダインの攻撃という今よりも劣る攻撃でバランにダメージを与えたのだ。

 

そして今は、それ以上の攻撃を積み重ねることができる。

 

「【コメット】!!」

 

十分に距離を取れるまで離れてから、ダイたちの攻撃に遅れてチルノがとっておきの魔法を放った。彗星の名を冠したその魔法は、文字通り天空から彗星を呼び寄せて敵を攻撃するという強力なものだ。

――とはいえ、隕石よりも質量が低いとはいえども、宇宙から彗星が降り注げばその衝撃で周囲一帯が無事であるはずもない。実際には、そう思わせるほどの速度と勢いを再現した魔法なのだろう。だとしても、個人が結界を張った程度で防げるレベルではない。天空から降り注ぐ巨大な牙を前に、耐魔の結界がどれほど役に立つというのか。

コメットはバランへ上空から襲い掛かり、その勢いも相まって凄まじい衝撃を与える。

 

「ぬおおおおおおっ……!!」

「ベタン!!」

 

今が好機とばかりに、ポップも手を出した。ベタンの呪文で更にダメ押す。

相乗効果で今までに無いほどの大爆発が起こり、大地が震える。爆煙の向こうの様子は、伺い知ることは出来ない。だが、魔法剣、闘気技、大質量、呪文という四つの大技を受ければ、バランとて無傷ではないだろう。

 

「き、決まったか……!?」

「手応えはあった……」

 

大技を使った影響か、ダイの額の紋章はいつの間にか姿を消していた。それでも油断なく剣を構えて、爆心地を睨んでいる。それはクロコダインも同じだ。戦士であれば、敵を倒すまで決して油断するべきではない。

目を皿のようにして見ていると、不意に爆心地から光が見えた。

 

「!?」

 

それは一体何か? そう思った瞬間には遅かった。

 

「うおおおっ!?」

「きゃあああっ!!」

「なんだぁぁ!?」

 

その光はダイたちの中心部にぶつかると、一気に爆発した。極大爆裂呪文(イオナズン)を彷彿とさせるほどの強力な爆発に、反応し切れなかった全員が吹き飛ばされてダメージを負う。

 

「う、ううう……」

「今のは、一体……?」

 

突然の爆発に受け身すらまともに取れず、地面に叩きつけられた。それでも痛む身体を起こしながら爆心地を見て、チルノは何が起こったのかを理解する。

 

――紋章閃!!

 

大地に描かれた(ドラゴン)の紋章。(ドラゴン)の騎士が扱う技の中、それを為す技が一つだけある。竜闘気(ドラゴニックオーラ)を一点に収束させて撃ち出す技だ。最大の特徴として、受けた相手は紋章の形の傷跡が残る。

それが紋章閃と言う技だ。

本来ならばレーザーのように収束させて強い貫通力を持たせる技のはずだが、どうやら今のは拡散させるように放ったのだろう。そのため、広範囲に影響を及ぼしたようだ。

 

そして、紋章閃を放ったということは……慌ててチルノはバランのいた方向を見る。

 

「たいした……ものだ……」

 

そこには竜闘気(ドラゴニックオーラ)を全開にしているバランの姿があった。だがダメージはあったようだ。つい先ほど発した言葉からも万全で無い事が覗える。

 

「バラン!!」

「あ、あれで倒せねぇってのかよ!?」

「いや……ダメージはある!」

 

ダイの言葉通り、今のバランはダメージを負っていた。身体の各所から出血しており、装備にも傷がついていた。その姿は痛みに耐えているように見える。竜闘気(ドラゴニックオーラ)の守りを突破するほどのパワーを叩き込んだ証拠だ。

 

「血だ」

「赤い血が……」

「これほどのダメージを受けたのはいつ以来か……だが、もはや同じ手は二度と食わん」

 

バランはチルノを睨みつける。

 

「ギガブレイクを無力化し、私の意表を突いた。それは見事だ。だが、速度は心許ないようだ。私が躱してしまえば同じ事はできまい?」

「……っ!」

 

見抜かれている。ダメージと引き換えに手の内を悟られるのは、果たして損か得か。

 

「それがどうしたって言うんだ! ダメージは与えられているんだ! 姉ちゃんの助けがなくたって、お前を倒してみせる!!」

「当然だ! この身、倒れるまで戦うのみ!」

 

ダイたちはやる気を失っていない。吹き飛ばされた身体を起こして、バランへ向けて闘志を燃やし続ける。

そんな姿を見て、バランは薄く笑った。

 

「太陽と月、か……クロコダインよ、お前の例えは中々に的を射ていたようだな」

「なんだと……?」

 

不意に何を言い出すのか。目の前の相手の狙いが読めず、困惑する。

 

「貴様らの快進撃は全て、ダイの存在があってこそだ。そしてその子は恐ろしい程の可能性を秘めている」

 

バランはダイたちの力の秘密を、絆の力だと分析する。ダイを想う仲間の気持ちが力を押し上げ、高まったダイの力が仲間達を引っ張り上げる。

特にその影響は姉弟の間で、飛び抜けて強い。ダイの為ならばと、自身の命すら懸けて力を尽くす姉の姿と、それを信じる弟の力。

それはバランが最も忌避したはずの、人間の心の力。そんな物は、断じて見過ごす訳にはいかない。

 

「だから私は、この場に残る全精力を傾けて、ダイの力の根源を奪う!」

「なにっ!?」

「!!」

 

何をするつもりなのか。それはチルノだけが瞬時に理解する。必死で立ち上がり、バランを止めようとする。だが今度はチルノが一手遅かった。

 

「と、闘気が消えた……!?」

「何をするつもりなんだ!!」

 

バランが凪のように静かになる。その異質さに驚けたのは僅かな時間。

 

「ぐうううっ……オオオオオッ!!」

「バラン! 止めて!! それは!!」

 

その訴えかけを無視するように、バランは額の紋章をこれまで以上に強く輝かせた。静まっていたはずのダイの額の紋章が勝手に動き出し、バランに呼応するように輝いてく。

そして輝いた紋章は互いに共鳴しあい、強烈な音を周囲に放つ。

 

「ぐ、ぐおおおおっ!!」

「なっ、なんだぁ!? この音は!!」

「共鳴……二人の紋章が、共鳴しているんだわ!!」

 

それは音だけで頭を揺さぶり、脳内に耐えがたい痛みを生み出す程だ。その痛みは外から与えられる痛みではなく、内側から叩かれる痛み。数多の戦いをくぐり抜けた者であっても、質の違う痛みに耐えきれないほどだ。

 

「サ、サンダ……あああっっ!!」

 

それでも痛みに耐えながら、チルノは魔法を使おうとした。今のバランは無防備な状態のはずだ。ならば外部から強引に影響を与えれば、止めることが出来るかも知れない。

集中すらままならぬ状態ながらも必死で魔法を使おうとしたが、それも失敗に終わる。響き渡る音波からの痛みは全身に響き渡り、もはや指一本動かすことも、何かを考えることすらも困難になる。

 

「ダ、ダイ……」

 

それでもなお、不屈の精神力で弟の名を呼ぶ。

そこにはチルノが知る本来の歴史の通り、痛みに堪えるダイの姿があった。頭を抱えるその姿は、痛みに耐えているようにしか見えない。

だがチルノは知っている。その奥でダイが感じているのは、過去の記憶。彼が今までの間、体験してきた想い出の全て。積み重ねてきた絆の証でもある。その全てが今、跡形も無く消え去ろうとしていた。

 

「カアアアーーッ!!」

「うわあああああっ!!」

 

ダイの額が最も強く輝き、そして光が止んだ。ダイは糸の切れた操り人形のように倒れ伏した。それを見たチルノは無力感に目を伏せる。

 

「バ、バラン……!! 貴様、何を……!?」

「息子には不要なものを奪っただけだ……」

「何!?」

「そのため、力を使いすぎた……この場はひとまず預けよう。だが、いずれ改めてディーノを貰いに来るぞ」

 

そう言うとバランはルーラを使い、姿を消す。

だがチルノはそんなものに興味は無かった。倒れたままのダイのところまで近寄り、弟を抱き起こす。

あり得ないと分かっているはずなのに、それでもゼロに近い可能性に賭けて。

 

「ダイ!」

「うううっ……」

 

少し呼びかけるだけでダイは目を覚ました。

 

「ダイ君!」

 

レオナもまたダイの様子に気付き、心配そうに覗き込む。だが当のダイ本人は寝ぼけたようなぼーっとした目をしたままだ。そして周囲を見渡してから、力なく呟いた。

 

「きみたち、だれ……?」

「!!!!!」

「どうして、こんなところにいるの……ぼくは……?」

 

ダイにはその目に映る全てが、初めてのものばかりだった。今まで体験した想い出も経験も、その全てが真っ白になっている。

 

「ダ……ダイ……」

 

――変えられなかった……!

 

こうなる可能性は分かっていた。だから、この場でなんとかするだけの準備はしてきたつもりだった。その準備は全て正常に作動したはずだ。

なのにどうして、この結果を防げなかったのか。一体どこを間違えたのか。

 

「ああああああああああああっっっ!!!」

 

静寂を取り戻したはずの湖畔に、チルノの絶叫が木霊した。

 

 

 




ダイの記憶喪失……本当はあのまま説得させてやりたかったです。
でもバランはこの時点では頭が硬すぎるイメージ。ついでにチルノが言葉で突っつき過ぎたせいで逆に反発して意固地になっていそうで。
それにこの時点ではバーンの真の狙いも明かされていないため、理由も薄い。
バランにミサイルをぶち込むくらいのインパクトのある出来事がないと。
(あと書いている人の都合もある。本当にごめんね)

……ミサイル(青魔法)を使うわけじゃありませんよ。

ポップにスクルトを使わせました。が、補助呪文は無意味な仲間が多いんですよね。
ダイ:竜闘気で弾きそう
ヒュンケル:鎧の魔剣で弾きそう
ラーハルト:鎧の(略)
マァム:(最終装備になると)魔甲拳で(略)
ヒム:オリハルコンボディで(略)

ヒムとダイは任意で可能かもしれませんが、鎧を付けている奴らは……

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