「らぁっ!!」
気合いの雄叫びと共に振り下ろされた剣を、ダイは余裕を持って避ける。その距離は極僅か、皮一枚あるかないかと言ったほどである。
既にこの太刀筋は何度か見ていた。そのためダイは回数を重ねるごとに回避が大胆になっていく。
「くっ! チョロチョロと!!」
振り下ろされ切った剣を今度は思い切り振り上げる。だが続く攻撃を、ダイはその腕で受け止めた。腕と剣とが激突し、だが金属同士がぶつかったような甲高い音が響く。見る者が見ていれば、剣を受け止めるその瞬間に
「なっ……!?」
「隙あり!」
だが相手はそれを見切れるほどの腕前でも無ければ、そもそも
あり得ない結果に動きが止まる。その隙を逃すダイではなかった。
勢いをつけ、相手を思いきり蹴りつける。それもただの蹴りではない。
今度は蹴りを当てる瞬間に
「があああぁぁっ!!」
小柄で体重も軽いダイが大人を蹴り飛ばしたとは思えないほどの勢いで、相手の男は悲鳴を上げて吹き飛んでいく。その勢い舞台の上にとどまり切らず、ついには場外にまで届いた。
場外の土の上に倒れ込んでいることを確認して、審判役が声をあげる。
「それまで! 勝負あり!!」
「ありがとうございました」
勝ち名乗りが響き渡り、観客達は大いに沸いた。見ただけの印象ならば、ダイの負けだと思うだろう。だが蓋を開ければ下馬評を覆す見事な逆転劇である。これが興奮せずにいられるだろうか。
ダイは相手の方を向くと礼の言葉と共に一礼をしてその場から去って行く。対戦相手の方には、大会運営と見られる兵士達が駆け寄り、ゆっくりと起き上がらせて肩を貸しているのが見えた。
「ダイ、まずは初戦突破おめでとう」
控え室へ戻るなりまずはチルノがダイに声を掛ける。彼女の周りにはゴメちゃんとスラリンがおり、その二人も祝福するように鳴いていた。
「へぇ……さすがね。でも、私も強くなったんだから負けないわよ」
続いてマァムが、先の試合でのダイと自分を頭の中で比べているのだろうか。腕前を褒めつつも闘志を燃やす。
「フ、フン。少しはやるようだね。ひとまずは、おめでとうと言ってあげるよ」
そして最後にチウが言った。台詞だけを見れば大物のように見えるが、その本心はダイの強さに驚きつつも精一杯に虚勢を張っているのが誰の目にも明らかだ。
三者三様の言葉を受けながら、ダイは次の戦いに向けて気を引き締め直した。
■□■□■□■□■□■□■
「へぇ~……やっぱり、色んな人がいるんだね……」
時間は少しだけ巻き戻り、現在は武術大会当日の午前中である。ダイたちは揃って、武術大会の会場となる
ロモス城にて一泊した後、王の好意によって再び揃って朝食を取り、そして支度を終えるといざ会場へと向かう。ここまでは特に何かがあったわけでは無い。
会場へ向かう途中でダイとチルノの扱いについて運営委員より説明を受けたことが、特筆すべき出来事といえなくもないが。
とあれ無事に闘技場へとたどり着いたものの、試合開始までの時間を持て余しており、チルノの提案もあって出場者の顔ぶれを見て回っていた。
時間は大体朝の九時を超えたところであり、この場にいるのは前日までに参加登録をした選手達がほとんどだ。武術大会の参加申し込みは当日正午の一時間前まで受け付けている。つまりこれから先、まだ増える可能性があるということだ。
とはいえ現時点でも、斧を手にした屈強そうな戦士や、聡明という言葉の似合う魔法使いなど様々な人間が見られる。
彼らが手にする武器も多種多様だ。一般的な剣や槍に斧は当然のこと、巨大なハンマーを持った者もいる。変わり種と言えば鞭や弓矢を手にしてる者もいた。
「わぁ、あの人カッコいいかも」
だがダイの目に止まったのは、"騎士の鎧"を全身に纏った男だった。全身鎧に加えてマントを羽織ったその姿は、まるで物語の登場人物の一人のようである。
どうやら実力というよりは、見た目で目についたようだ。とはいえ、かつてベンガーナのデパートにて彼も購入した鎧を見事に着こなした相手が目の前にいるとなれば、目につくのも責められまい。
「腕自慢が集まっているみたいだし……ダイも油断していると、足下を救われかねないわよ。予選で負けたらそれこそ面目丸つぶれになるからね」
集まった選手達を見ながらダイは思わず漏らした言葉を聞き取り、チルノは油断せぬように釘を刺す。ダイは――チルノもある意味では当てはまるのだが――いわゆる特別枠扱いである。かつての英雄が力をつけて戻ってきたとアピールするのに、その英雄が予選落ちでは笑い話にもならない。
「うぇぇ……そういうこと言わないでよ……」
一応、ダイの正体については秘密にしていた方が良いだろうと慮り、チルノは周りに聞こえないよう小さな声で今の理由を説明する。姉の激励ともプレッシャーともつかない言葉を耳にして、ダイは苦虫を噛み潰したように舌を出しながら呟いた。
「
そもそもが強力すぎる力であるため、その考えは決して間違ってはいない。
「いいじゃない、使っちゃいなさいよ」
「ええっ! どうしてさ!?」
だがその考えはチルノにあっさりと肯定された。それはさながら公開殺人を推奨するかのような言葉だ――額面通りに受け取れば、という但し書きがつくが。
「もちろん、全力で使うのは禁止よ。そもそも普通に使うんじゃないの。たとえば、防御の時には相手の攻撃を受け止めるその瞬間にだけ。攻撃の時には、相手に攻撃が当たるその瞬間にだけ使うの」
「……え!?」
「言うまでもないかもしれないけれど、攻撃に使うときにも込める量は制限してね。相手を倒すギリギリ最小限の量に調節するの。見た目では分からないくらいの極少量の調節ができるようになれば、
「うーん、それはわかるけれど、難しそうだなぁ……」
チルノが口にしていることは、本来の歴史でもダイが会得した戦い方である。
紋章を拳に発現させたときのダイは、力を常に全開にしていた。それでは瞬く間に力尽きるのは自明の理だ。
対してチルノが今からやらせようとしているのは、必要な瞬間のみに絞って
「だから、この大会はうってつけよ。戦う機会はいっぱいあるでしょ?」
そしてもう一つは、闘気を操る最低量の特訓だ。つまり"少しだけ"力を込められるようにする――言うだけならば至極簡単であるが、その"少し"こそが難しい。10かも知れないし、1かもしれない。はたまた小数点以下にまで及ぶかも知れない。
その"少し"の量を測るには、毎回相手も戦い方も異なる武術大会という舞台はある意味でぴったりの練習場だった。
戦う相手の強さはバラつき、知らぬ相手ばかりのため常に初見での対応が求められる。
防御のタイミングを練習するのに良い教材となるだろうし、攻撃を仕掛けるときにはどの程度の力を込めれば良いのかを見切る良い練習となるだろう。
必要な時に、必要とされる力で攻撃や防御を行えば、無駄は圧倒的に少なくなる。
大会参加選手たちを相手に練習して完璧にできれば、これから先に待ち受ける魔王軍の強敵との本番を迎えたとしてもきっと優位に戦えるはず。
それこそがチルノの狙いだった。
まあ問題があるとすれば、練習相手とされる参加者に取ってみれば良い迷惑だろうが……元より怪我は当たり前の大会である。そこは運が悪かったと思って諦めて貰おう。
「それにダイの実力なら、相手を見極めつつ手加減して戦っても問題は無いでしょう?」
「……へぇ、なかなか面白いことを言ってくれるじゃねぇか?」
ダイをやる気にさせるべく、さらに口にした時だった。周囲にいた一人の男から声が掛かる。彼も出場選手の一人なのだろう。見た目からは戦士だと推測されるが、どうにもガラが悪そうな男だ。
その男は表情から苛立ちを隠そうともせずに、怒りの目でチルノを見ている。
「それはつまり、オレたちなんざ簡単に倒せるって言いたいのか?」
「あ!!」
――失言だった。
チルノがそう理解したときにはもう遅い。彼と同じように、チルノの言葉にカチンと来たのだろう。他に数名の男たちが、二人を囲むようにゆっくりと近寄ってくる。
「じゃあ、ちょっと強いところを見せて貰おうか?」
「試合前で気が立ってるんだ。ちょっと運動させてくれよ」
「ちょっと変わっているけれど、よく見たら綺麗な顔のお嬢ちゃんじゃないか。こんな大会に出て怪我でもしたら大変だぞ? どれ、おじさんが良いところに連れて行ってやるよ」
数が多いことに加えて、相手から見ればダイとチルノは少年少女にしか見えない。男達は圧倒的な余裕と思い込んでニヤニヤとした笑いを浮かべている。
そんな相手の様子を見たダイは少し緊迫した表情でチルノを庇うような位置に立つ。
「ダイ、いいから……」
「姉ちゃん?」
弟の心意気を嬉しく思いつつも、ダイの身体を押しのけて男達の前へと立つ。その途端、下卑た視線が突き刺さるのを感じながらもチルノはゆっくりと頭を下げた。何しろ悪いのは自分なのだから。
「弟にやる気を出させるためとはいえ、皆さんを侮辱するような物言いをしてしまい、申し訳ありませんでした」
「おいおい、そんな謝罪の言葉一つで許されると思ってるのか?」
「そういうことだ。もっと誠意ってものを見せて貰わないとな」
誠意、などもっともらしいことを言ってはいるものの、舐め回すように肉体へ絡みつく視線の動きとゲスな笑みを浮かべていることから、男たちの狙いは明白だった。
まだ小娘でしかない自分を相手に、どこにそんな需要があるのだろうかとチルノは自問しつつ、だがこれ以上は流石に容認できそうも無かった――自分以上に、後ろにいる弟が。
仕方なし、力ずくで黙らせる選択もありかと考えた時だ。
「やめたまえ!!」
チルノたちを囲む男たち。それよりも更に外側から、怒鳴り声が飛んできた。チルノたちも男たちもが、思わず全員がそちらに注視する。
「一人の少女によってたかってなど、人間として恥ずかしくは無いのか!!」
「お、大ねずみ!?」
「なんで
「しかも、喋ってやがる!?」
そこにいたのは武闘着を身につけ、人語を話す大ねずみだった。
正義感の強い騎士でもいるのかと思っていたところへ、そんな予想だにしない相手が登場したことで全員が驚愕の表情を浮かべる――まあ、一人だけ周りとは少々違う意味で驚いているのだが。
「何か文句があるのか!? "
大ねずみは怯むことなく、むしろ堂々とした様子で男たちの言葉に言い返した。さらにそこへ援護が加わる。
「私も見ていたけれど、謝った相手に対して狭量すぎるんじゃない? それに、下手に暴れてお城の兵士が来たら大会前に失格になるわよ?」
そこにいたのは桃色の髪をお団子にまとめ、髪色に近い色の武闘着を身に纏った少女だ。その少女の顔を見た途端、ダイとチルノは更に驚かされる。
「それとも、荒っぽいのがお望みかしら? だったら……」
「ぎゃああっっ!! 痛てててててて!!」
驚いていたのは少女も同じだが、まずはこの騒動を鎮めるべきだった。そう判断すると彼女は、騒ぎの発端となった男に近寄ると間髪入れずに男の腿を抓り上げる。見た目に反して万力のような力が込められており、今にも肉が千切れそうな痛みが襲っていた。
あまりの激痛から逃れるように男が暴れると、彼女の方もあっさりと手を離した。
「まだやる?」
「ちくしょう!! 覚えてやがれ!!」
またあの痛みを味わうと思ったのだろうか、男はあっさりと引くとその場から逃げるようにして去って行く。最初に動いた相手がいなくなったことで、他の男たちもバツの悪そうな顔をしながらこっそりと散っていった。
「ダイ、チルノ! それとゴメちゃんにスラリンも。大丈夫だった?」
「マァム!!」
予期せぬ再会に、一行は喜色を浮かべていた。
マァムたちと合流したは良いが、先ほどの騒ぎもあって少々悪目立ちをしすぎている。そのためチルノたちは人気の少ないところへと場所を変えていた。
「まさかダイたちとこんな場所で再会するなんてねぇ……」
「それはこっちも同じだよ。おれもマァムに出会えるなんて思ってもみなかった」
「マァムは武闘家の修行のためロモスに来てたんだもんね。でも、修行はもういいの?」
「ええ、それはもう。前にも説明したかしら? 武術の神と呼ばれる拳聖ブロキーナ様に弟子入りをしたの。修行は大変だったけれど、乗り越えることができたわ」
そう語るマァムの表情は、長く厳しい修行の日々を思い出しているかのように遠い目をしていた――のだが、マァムがブロキーナに修行を受けてから、僅か二週間程しか経過していない。
いくらマァムが才能に溢れ、人を守るために武術を修めたいという強い信念があったとはいえ、これは驚異的な数字だろう。
「じゃあ、この子もそのブロキーナさんのところで出会ったの?」
「ええそうよ。私と一緒に一緒にブロキーナ老師に拳法を習った空手ねずみのチウよ。立場的には私の
チルノの問いかけに、マァムはチウのことを簡単に紹介する。マァムの言葉を受けて、チウは二人の前に立つ。
「やあ、先ほどは危ないところだったようだね。ぼくが割って入らなければどうなっていたことか……とにかく、ぼくの名前はチウだ」
自信満々どころか、今にもふんぞり返りそうな印象すら受ける態度でチウは挨拶する。とはいえ、先の騒動を諫めてくれた相手の一人とため、それを口に出すのもどこか憚れた。そんなダイたちの葛藤などつゆ知らず、チウはダイのことを無遠慮にジロジロを眺める。
「君が噂に聞いた勇者ダイ君かね……なんだ、意外と小さいんだな」
「そ、そうかな……?」
実際はダイと比較すればチウの方が頭一つ以上小さい。自分よりも背の低い相手に小さいと言われればダイでなくても戸惑うだろう。
「そして君がチルノさんか。マァムさんからは君のことも聞いていたよ」
「さっきはありがとう」
続いてチウの視線はチルノへと移る。ダイもそうだが、チルノのこともマァムから聞いていたのだろう。ダイと同じように興味深げに見つめている。少々無遠慮が過ぎるようにも感じるが、それでも先の借りがある。
チルノは笑顔でお礼の言葉を口にした。
「いやいや、当然のことをしたまでさ。おおっと、だからと言ってぼくに惚れてはいけないよ?」
「え……?」
「ぼくにはマァムさんがいるんだから……まあ、どうしてもと言うのなら数年後に改めて来てくれるかい?」
「は、はぁ……」
その言葉に気をよくしたのだろう。チウは聞いてもいないことをベラベラと喋り始めた。どうやら彼の中ではチルノのピンチを助けたことで、惚れているというストーリーが出来ているようだ。
「まあ、試合でぼくの強さを見れば数年も待てないかもしれないけどね。まったく、モテる男は辛いねぇ……」
チルノの曖昧な返事をどう間違って捉えたのやら、チウは更に調子に乗っていた。その頃にはマァムも含めて全員から白い目で見られていたのだが、当の本人はお構いなしだ。
さらに続く大言壮語を耳にして、ついに怒りが頂点に達した者がいた。
「ピィ!!」
「むっ、なんだこのスライムは!?」
「ピィピィ!!」
「自分にはスラリンという名前があるだって? いや、そんなことはどうでもいい! それよりも今の台詞、もう一回言ってみたまえ!」
「ピィィィッ!!」
「なんと生意気なスライムめ! ええい、だったらぼくの強さを思い知らせてやる!!」
チルノの肩から降りたスラリンは、すぐさまチウに言い返す。チウもその言葉に煽られてヒートアップしたかと思えば、瞬く間に取っ組み合いのケンカが始まった。そのあまりの展開の早さは、見ていた誰もが手を出せないほどである。
「……ゴメちゃん、悪いんだけど危なくなったら止めてもらえる?」
「ピイーッ!?」
人それを無茶振りと呼ぶ。
まあ、傍から見ればじゃれ合っているようにも見えなくも無いし、大丈夫だろうとダイたちは結論付けるとマァムへと向き直る。
「ごめんね。でも、あれで結構良いところもあるのよ」
少々フォローが難しいと分かっているため、申し訳なさそうにマァムは言う。とはいえ最初に喧嘩を売ったのはスラリンの方である。痛み分けというところであった。
「どういうやつなの? チウって」
「兄弟子、って話だけど?」
「もともとは悪い
「
「でも、三年くらい掛かったそうだし、老師もずいぶん手を焼いていたみたいよ。簡単にはいかなかったみたい」
「そっかぁ……仮に半年くらいでなんとかなるなら、デルムリン島のみんなも鍛えてもらおうかと思ったんだけど……一筋縄ではいかなそうね」
大ねずみといえば、
だが逆に言えば、三年ほどで魔王に抗える程度には強くなれるということでもある。この先、再び似たような事が起きないとも限らないため、後日、ブロキーナ老師にお願いしてみようかとチルノは画策する。
「ところで、ダイたちはどうしてこの大会に? 私たちは修行を終えて腕試しのつもりで参加したんだけれど……」
「うん、そのことなんだけど」
思いがけない再会に喜んでいたマァムであったが、冷静になればダイたちと出会うのにロモスという場所は少々不可思議だろう。ましてや武術大会に参加するなど、何の目的があってのことかわかるはずもない。
「マァムは覚えてる? ロモス王にダイが"覇者の剣"を授与されるはずだったことを」
「ええ、覚えているわ。でもあの時は結局ダイが断って……もしかして!?」
「そうなんだ。覇者の剣が必要になっちゃって」
まずロモスに来た目的を。続いて、ロモス武術大会へ参加することになった経緯も含めて一通り説明していく。やがて全てを聞き終えると、マァムは納得したような顔を見せた。
「なるほど。ダイたちも大変だったのね」
「うん。でも王様にも世話になってるから、このくらいで恩返しができるなら安いもんだよ」
「そういえば、私たちが参加した趣旨から考えると、マァムも紹介されるのかしら?」
「私も!? でも、確かにそうかも……」
かつての英雄が力をつけて戻ってきた。というアピールのためならば、あのときロモスにいたマァムも十分その範疇に当てはまる。チルノの気づきに、目立つのは嫌そうな顔をしつつも不承不承頷き納得していた。
「それにしても、あの時は未熟だからいらない、なんて言っていた伝説の剣が必要になるなんて……私がいない間によっぽど厳しい戦いがあったのね……」
「あ、うん……そうなんだ……」
どこか過去を懐かしむように口にするマァムであったが、その言葉にダイは歯切れ悪く頷く事が精一杯だった。ダイが伝説の剣を欲するようになったバランとの戦いは、マァムが知るには少々衝撃的すぎる内容である。
ダイ自身ですらまだどこか忸怩たる気持ちの残るそれを、はたして心優しき少女に話すべきかという葛藤があった。
「(姉ちゃん、どうする……?)」
「(……黙っているわけにも、いかないでしょう。そのうち知る事になるだろうし)」
姉弟はマァムに聞こえないくらい小声でそうやりとりをすると、真剣な表情で彼女を見つめる。
「マァム、よく聞いて。あなたが言ったように、とても凄い戦いがあったの。これから話すのは、その一部始終……多分マァムの想像を超えて大変な話になると思うし、聞けばマァムは凄く悲しむと思う。それでも聞く? 何があったのかを」
「う、うん……わかったわ、教えて」
驚くほど真剣な眼差しをするチルノの雰囲気に気圧されつつも、マァムは覚悟を決めて首肯する。そしてチルノは、彼女が抜けた間に何があったのかを話し始めた。
「うそ、でしょう……!? そんなことが……」
全ての話を聞き終え、マァムは絶句していた。
竜騎将バラン・
「ううん、嘘じゃない……全部事実……」
本能的に否定したくなるのも無理は無いが、それをチルノはゆっくりと首を横に振りながら事実であったことを認める。
「……一つだけ教えて。もう、ダイとバランは争うことはないのね?」
「え?」
「実の親子が殺し合うなんてことは、もう起こらないのよね!?」
瞳を潤ませ、今にも涙の粒をこぼしそうな表情で、マァムはまるで懇願するように問いかけてきた。そこには、これ以上ダイとバランが諍いを起こす事が無い事を願う、優しい少女として表情があった。
「バランの様子から察した限りだけど、わかってくれたはず。色々としがらみがあるみたいだけれど、少なくとも敵対することはもう絶対にないと思う」
「おれは……姉ちゃんがいなくなったときは本当に辛かった。でも、戻ってきてくれたし……完全に許せたわけじゃないし、普通の親子みたいに仲良くってのは難しいと思う。けれど……」
チルノは推測混じりにバランの事を話す。本人から直接聞いた事では無いが、もはや敵対することは無いだろうと言うことだけはほぼ確信していた。
対するダイの歯切れの悪い言葉は、そのまま彼の胸中を映し出す鏡だった。最愛の姉を失う原因となった存在でもあり、だが姉を蘇生させてくれたのも他ならぬバランである。そんな相手に対して姉は関係の修復を願っていたのだから、複雑な想いを抱いても無理はない。
ただ確実に言えることは、バランの強さを信頼しているということと、姉の想いを汲んでやりたいということだ。そうでなければ最後に「けれど……」と可能性を示唆するような言葉をつけるはずも無い。
「そう、よかった」
二人の言葉を聞いて、マァムはほっと胸をなで下ろした。
「でもね……」
だが、続いてチルノの方を強い視線で見つめる。チルノが何かと思うよりも早く、マァムは口を開いた。
「チルノ!! 命を懸けるなんてどう考えてもやり過ぎよ!!」
「で、でもそれは……」
「でもじゃないでしょう! ダイが悲しむって思わなかったの!?」
それはまさに青天の霹靂。
澄んだ青空の下に落ちた雷鳴のような怒声だった。チルノが弱々しく反論すれば、その倍の勢いで再び降り注ぐ。
「待ってよマァム!! 姉ちゃんのそれは、おれが弱かったのが原因なんだ! それに、二度と姉ちゃんにそんなことさせない!」
「ダイ……」
「だから、そんなに怒らないであげて。覇者の剣でおれは、姉ちゃんも、この世界を守ってみせる!!」
姉を庇うように懸命に訴えるダイの姿をジッと見つめ、やがてマァムは根負けしたように吹き出した。
「フフッ、大丈夫よ。怒ったのは事実だけど、そんなに怒ったわけじゃないから」
「え……?」
「二人とも十分に反省しているみたいだし、二人はお互いのことを思い合っているんだもの。もう同じような間違いをする心配はないでしょうね」
大変な試練を、誰よりも深い絆で乗り越えてきたのだということ、マァムは改めて理解する。いや、話を聞いていたときからうっすらと感じてはいたのだ。一度間違え、そして深く反省をした以上、もはやこの二人に心配は無いだろうということを。
「ここでバーンに世界を征服されたら、ダイが親子関係を修復する機会もなくなっちゃうもの。だから私も、改めて喜んでダイたちに力を貸すわ」
「じゃあ、また仲間になってくれるの……!?」
「当然でしょう? 何のために修行したと思っているのよ」
クスクスといたずらっぽく笑うマァムの姿は、とても魅力的だった。
そう笑い合っていたところで、不意に鐘が鳴り響いた。鐘の音に少し遅れて、遠くから参加受け付け終了という声も聞こえてくる。そして受付は本戦開始の一時間前まで、つまり武術大会が始まるまであと少しということだ。
「あら? もうそんな時間なのね」
「そうみたい……ほら、スラリン。チウも……」
いつの間にか過ぎていた時間に驚きながら、ダイたちは意識を予選へと向け直す。そしてチルノは、未だ戦いを繰り広げていた二人の間に割って入り、無理矢理中断させる。
なお肝心の戦いの行方だが、スラリン曰く「あの時点では六対四で少々負け越していた。だがあのまま行けば勝負は分からなかった」とのことである。
■□■□■□■□■□■□■
「続いての対戦は武闘家マァム選手! 対するは――」
「私の出番みたいね」
ダイが勝利を決めて戻ってきた後、しばらく経過したところまで移る。既にダイの試合から数試合ほど過ぎ、残る三人は自分たちがいつ呼ばれるのかと待っていた頃だ。ようやく待ち望んでいた大会実況者の声を聞き、マァムもまた意気揚々と武闘台へと上がっていく。
「マァム、勝てるよね?」
「大丈夫でしょ、ほら」
少しだけ心配そうなダイの不安を払拭するように、チルノは試合場を指し示す。そこには、戦士の風体をして斧を持った禿頭の大男を相手にしながら、持ち前のスピードと強烈なパワーで縦横無尽に翻弄し続けるマァムの姿があった。
相手はマァムの息もつかさぬ連撃に攻撃のタイミングがつかめず、破れかぶれに攻撃しようものならば手痛すぎる反撃を受けて吹き飛ばれる。
やがて試合は、マァムの圧勝で終わった。
「フフン、さすがはマァムさん」
なぜかチウが自分の事のように誇らしげにしており、スラリンがそれを横目でうさんくさそうに見ていた。
「あ、お前は!!」
次に出番が回ってきたのはチルノだった。ダイたちの声援を背中に浴びながら武闘台に上ったところ、なんと待っていたのは彼女へ最初に因縁をつけてきた男だ。
「あの時は邪魔が入ったが、ここじゃあそうも行かないぜ」
そう言いながら男は手にした槍を油断なくチルノへと構える。これが彼の武器なのは間違えがないだろう。そして胸当てを装備しており、あまり重くなく動きやすいようにしているのがよく分かる。
それらの情報から相手はスピード重視の槍使いだろうと、チルノはアタリをつけた。
「試合開始!!」
「おらっ!!」
開始の合図と同時に男は、手にした鉄の槍を思い切り振るう。その突きの速度は目を見張るものがあった――あくまで普通の戦士としては、だが。
「よっ、と」
チルノは相手の攻撃に合わせてバックステップをすると、槍の攻撃範囲の分だけ距離を取って避ける。彼女とて伊達に激戦をくぐり抜けてきたわけでは無い。相手も決して弱くはないが、相手が悪すぎだ。
「なにっ!? くそっ!!」
簡単に間合いを離されたことに驚き、だがすぐに追撃として遮二無二大きく踏み出しながら槍を横に振るった。だがその動きも遅い。体格差のためチルノは低くしゃがんだだけで簡単に攻撃を躱し、おまけとばかりに足払いを放った。
すでにバランスが崩れつつあった男は、その足払いで簡単に体勢を崩す。
「うぉっ!?」
「【ファイア】」
「ぎゃあああああ!!」
倒れた相手めがけて火炎魔法を放つ。突如として男を包み込んだ炎の熱と痛みに驚き、相手は絶叫を上げながら自身を包み込む炎を消そうと転がり、そして――
「うわあああっ!!」
「場外、それまで!! チルノ選手の勝利!!」
方向も分からず転がった相手はそのまま場外へと落ちていった。ずいぶんとあっさりとした戦いであったが、少女のチルノが勝利したことが意外だったらしく、観客はずいぶんと沸いていた。
「続く対戦は
チルノの試合から更に数試合後、残るチウの名がようやく呼ばれた。その声を聞き、チウは嬉しそうに尻尾を立てる。
「おおっと! 遂にぼくの出番だね。最後になってしまったが、まあ主役は最後に登場すると言うし、我慢してあげよう」
そう不満そうに、だが待ちきれないと言った表情でチウは闘技台へと向かう。
「マァムさ~ん! 軽~くやっつけてきますからね~!!」
「大丈夫かなぁ……?」
「ピィ」
仮にも試合に挑む直前とは思えないほど、明らかに浮かれた態度を見てダイは不安に思い、そこに更にスラリンが追い打ちを掛ける。
「なんて言ったの?」
「自分に負けそうな相手が試合に勝てるわけない、だって」
「そんなことは……まあ、努力はするんだけど……」
マァムも必死でフォローするが、悲しい事に先ほどのスラリンとの激戦を知っている。まあ、チウも本気ではなかったのだろうが、それでもマァムが『強い』と言わない辺りが色々と物語っている。
そんなマァムの言葉を聞きながら、チルノは額にしわを寄せて険しい表情をしていた。
「うーん……?」
「どうしたのチルノ?」
「なにか忘れているような……」
――あ、チウの弱点!!
思い出した時には遅すぎた。既にチウは闘技台へと上がっており、試合は開始している。もはや誰にもどうすることも出来ない。出来る事と言えば瞳を閉じて祈るだけだ。
数分後、会場ではチウの負けが高らかに宣告された。
試合の場で竜闘気の練習を画策するチルノさん。
仮に相手が10で攻撃してきたとき、15で防御するより10で防御した方が無駄は減ります。つまり、瞬時に必要な数値を見極めさせる眼力と無駄なく10の力を生み出す制御力をつけさせる特訓です。
しかも相手は格下ばかりという好都合。実戦に近くて安全な練習ができます。後に本番も控えています。
(練習台にされる相手はたまったもんじゃ無いですね)
囲む男達。
格下と思っていても、口にしたらアウトですね。しかしチルノさんに向ける目が……ロリコンかな?(苦笑)
実際はマァムたちと合流させるためのイベントです。受付中ですし、偶然に出会うよりは騒ぎの中で再会する方がゲームっぽいかなと思って。
チウへのアドバイスが次回へ持ち越しになってしまった……(涙)