銀色幻想狂想曲   作:風並将吾

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第二百十六訓 抱いてきた感情

「退いてくだされ、幽々子様。儂はもう十分に役目を果たした老耄。既に出番のない身に、この場に留まる意思も資格もございませぬ」

「資格だの意思だの何を言っているのかしら。私はただ、少しお話がしたいと思っただけよ。一人の友人として話に付き合って貰えることも出来ないのかしら?」

「……」

 

 妖忌は黙ってその場にとどまる。

 それを確認した幽々子は、彼の隣に並んで空を見上げていた。

 

「随分と歳を取ったのね」

「幽々子様はお変わりなく美しい姿を保っておられますな」

「当然じゃない。私は亡霊よ? 貴方もそのことは重々承知しているのではなくて?」

「そうでありましたな……儂も半人半霊の身。本来ならばいつまでもこのまま過ごしたい所でしたが、なかなかそう上手くいかぬものです」

 

 半分は人間。

 つまり彼は、人よりも遅いけれど歳を取る。その身はいずれ朽ち果てる。

 

「儂はこの身を憂いておりました。いずれこの身は朽ち果てる。物言わぬ屍へとなってしまうでしょう。そこで儂は、孫娘を育てることに注力しました。いずれあの子が、儂の後を追いかけてくれると信じて……だが、その為には儂はあの場所を去らねばなりませんでした」

「何故? 師としてあの子を育てようと思ったのではなくて?」

「……それではあの子は、いつまでも儂の背中だけを追い求めてしまう。それでは駄目なのです」

 

 妖忌は、自分がいつまでも彼女のそばにいてしまうと妖夢が一人前になれないのではないかと危惧していた。確かに、彼が誠心誠意しっかりと育てれば、妖夢は存分に強くなったことだろう。事実、師の背中を追い求めて戦った妖夢の実力は、剣術として美しさを保ち、一定水準以上の力は出ていた。

 だが、それだけでは師を追いかけることしか出来ない。目標が間近にいれば、その背中しか視界に映らない。いつまでもそこしか見ることが出来ない。

 それは、『一つの戦い方しか出来ない』状況を生んでしまうのを避けたいという気持ち。親心が師としての育成欲求に勝った瞬間だったのだ。

 

「あの子の力は、儂の背中でとどまってはならない。いずれは儂の背中を越えなければなりませんでした。そして儂は今日、確信いたしました……今までやってきたことが、決して間違いではなかったのだ、と」

「……」

 

 幽々子は何も言うことが出来なかった。

 確かに、妖夢は良くも悪くも素直な性格だ。言われたことについては吸収してしまう。つまり、一人の師に教えてもらうと、延々とその者の背中を追い求めようとする。それは皮肉にも、春雪異変の時に銀時に指摘されたことと同様だった。

 師の背を追い続けることは悪いことではない。だが、そのままではいつまで経っても半人前のまま。一人前になれる機会を永遠に失われてしまう。

 

「あの子は……一人前になれたのかしら?」

「……」

 

 幽々子は尋ねる。

 祖父としての、師匠としての贔屓目を抜きにして、純粋な評価を下して欲しいという気持ちで。

 

「……半人前ではありませぬ。じゃが、一人前かと問われれば、まだまだ甘い所が見受けられるでしょう。妖夢が一人前となるには時間と経験が足りませぬ。それはこれから、彼女達の元で培っていくことでしょう……儂は舞台の袖から様子を伺い、仇為す者を斬り伏せる旅に出ます。これが、儂がこの場から立ち去る理由です。決して其方たちのことが気に入らないとか、そういった負の感情からではございませぬ」

 

 妖忌は、幽々子に背中を向ける。

 彼女に顔を合わせないように。

 震える声で、最後にこう言ったのだ。

 

「――貴女様を、心よりお慕い申し上げます。幽々子様」

 

 それは、長年培ってきた想い。

 決して悟られぬことのなかった。男の抱いてきた感情。

 その言葉を最後に、魂魄妖忌は幽々子の前から姿を消す。

 

「……馬鹿ね。私も貴方と同じ気持ちを抱いているに決まっているじゃない。でなければ、長年私の傍に置いておくなんてこと、するわけないのに……最後まで私の気持ちに気付かないのね」

 

 その言葉は、空間の中へ消え去っていった――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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