銀色幻想狂想曲   作:風並将吾

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第二百十七訓 一夜限りの客

 江戸は歌舞伎町。

 夜のこの街はとても賑やかとなる。人々は昼間の疲れを癒す為にあらゆる物を求め、並んでいる店へと姿を消していく。ここに一人、同じように一軒のスナックへ足を運んでいる男が居た。というより、帰ってきたと言っても過言ではない。というか帰宅の為に来たようなものだ。

 疲れた身体を引きずり、男は扉を開ける。

 

「あら、アンタ。どういう風の吹き回しだい? 今日は客として来たのかい? それとも家賃返しにきた?」

「うるせぇなババァ。今日は客連れてきてやったんだ。ソイツに対する儲けでチャラにしてくれや」

「そんなわけにゃいかないねぇ。アンタの支払ってない家賃はかれこれ三ヶ月は溜まってんだよ」

「イイ加減払エヨ、アホノ坂田。コチトラ散々待タサレテイルシ迷惑ナンダヨ」

「銀時様。そろそろ家賃回収の為のプログラムを組まなければならないでしょうか?」

 

 スナックお登勢。

 そこで働く二人である、たまとキャサリンは、訪れた客――天然パーマの坂田銀時に対して家賃支払えと要求する。このやり取りは最早毎度のことであり、彼らとしては当然のやり取りであることに違いなかった。

 

「まぁまぁ、落ち着きな二人とも。コイツの家賃を今取り立てようったって、稼ぎがあるわけでもねぇから今は無理だよ。いい加減揃えねぇと出ていかせる準備しなきゃならないけどね」

「るせぇなババァ。この前テレビ直してやったろ?」

「結局あの後ほとんどたまがやってくれたじゃないかい! 人の手柄をさも自分のことのように語るんじゃないよ!」

「斜め四十五度でぶっ叩きゃ大抵のものは直るっつー昔からの決まり事があるじゃねえか!!」

「テメェのたるんだ思考もそうして直してやろうか!?」

 

 いつものように騒ぎ始める二人。

 このやり取りもまた、歌舞伎町の中では最早お馴染み。

 

「……所でアンタ。さっき客がどうのとか言わなかったかい?」

 

 殴りかかろうとしたお登勢が、銀時に対してそう尋ねる。

 客が来ているとなれば、お登勢も働かなくてはならない。

 

「あぁ。アンタ目当てで来た物好きな客さ。ババアと二人きりで話してぇらしいから、俺ぁキャサリンとたま連れて幻想郷にでも行ってくらぁ。あっちでも宴の準備しなきゃならねぇからな」

「相変ワラズ向コウデモ馬鹿ヤッテルミタイダナ」

「宴とあっては様々準備しなければいけませんね。それに、フラン様にもお会い出来るかもしれませんし」

「アイツはなんだかんだ、たまのこと気に入ってるからな。会ってやってくれ」

 

 銀時はそう言うと、キャサリンとたまを連れてスナックお登勢から出ていこうとする。

 

「ちょいと待ちな。二人は今の所仕事中だよ?」

「わりぃな。ソイツが飲む条件がアンタと二人きり。つまり今日は貸し切り状態ってこったぁ。暇するだろうコイツらに、霊夢や魔理沙、紫達からの応援要請が飛んできたって思ってくれ。それに……積もる話もあるだろうからな。どうせ一晩だけしか付き合いのねぇ客だ。せっかくだから面倒みてやってくれ」

 

 そう言うと、今度こそ銀時達はその場から立ち去る。

 訳が分からないといった様子で、渋々ながらお登勢はグラスの準備をする。

 程なくして、扉がガラリと開いた。恐らくは、銀時が言っていた『客』なのだろう。

 

「いらっしゃい。悪いけど、今日はどうやらあたしと飲みたいって言う奴が……」

「そう。その殊勝な輩ってことで、立候補させてもらったよ。銀髪の兄ちゃんにゃ随分と無理言っちまったみてぇだな。こうして、懐かしい顔拝みに来られるだけでも幸せだってのに、酒交わしてもらえるってんだから、世の中何が起きるか分かったもんじゃねえや」

「……え?」

 

 お登勢は最初、自分の耳を疑った。

 それは、絶対に聞くことがない筈の声だった。

 自身の心を強く打つ、一人の男の声。

 かつてお登勢が――寺田綾乃が愛した、たった一人の男の声。

 

「ここはスナックなんだろ? だったら、飛び切りうめぇ酒くれねぇか? どうせ一夜限りの客なんだ。せっかくだからうめぇもん飲んで、とびっきりの美人と酒が飲みてぇからな」

「……アタシゃ随分と歳くっちまったよ。美人とは随分程遠いってもんさ」

「冗談はよしてくれよ。今も別嬪さんじゃねえか……こんな別嬪に酒注いでもらえるなんざ、男冥利に尽きるってもんさ」

「冗談よすのはアンタの方だよ……こんなアタシを見て、まだ別嬪なんてふざけたことを言うのかい……それに、もう、二度と会える筈が……」

「だからこそ、一夜限りなんだよ。寝ている間に消えちまうような、細やかな夢みてぇなもんなんだ。せめてその一瞬だけは、どうしてもそばに居てぇ奴の所に居たいものだろ? ……綾乃」

 

 男はカウンターに座り、お登勢を見上げる。

 その目は、愛する者に向ける眼差しだった。

 

「今宵は飲み明かそう。時間の許す限り、もてなし頼むぜ……ママさんよ」

「……いいじゃないかい。そう言われちゃ、アンタの為に旨い酒振る舞うよ。お侍さん」

 

 御猪口を男の前に置く。

 男はそれを黙って右手で掴み、お登勢の前まで持っていく。そこに、お登勢が日本酒を注ぐ。

 ただそれだけの時間なのに――彼らにとっては、それがまるで、愛おしい時間のように感じられた。

 

「ただ、その前に一つだけ言わせてくれ」

「何だい?」

 

 男――寺田辰五郎は、寺田綾乃に対して、笑顔でこう言った。

 

「ただいま、綾乃。帰るのが随分と遅れちまったよ」

「……おかえり。何処ほっつき歩いてたんだよ、まったく……今夜は存分に付き合ってもらうからね」

「元々そのつもりさ。今夜は飲み明かそう。飲んで笑って、過ごすんだ……」

 

 それは、幻想郷と歌舞伎町が繋がったからこそ起きた、一夜限りの奇跡の時間。

 一人の男が欲した、願いが叶った瞬間の物語――。

 

 

 

 

 

 

 

銀魂×東方project

 

 

銀色幻想狂想曲

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第二百十七訓 一夜限りの客

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

華陀陰謀篇、完。

 

 

 

 




というわけで、長かった華陀陰謀篇もとうとう終わりを迎えることが出来ました……っ!
書いてみれば、神霊廟に輝針城、そして華陀とぬえの要素を付け加えた上に、魂魄妖忌や寺田辰五郎まで登場するという、物凄くとんでもない話に仕上がったように思えます。最終回のような勢いで書いておりますが、本編はまだまだ続きます。
ただ、東方原作のエピソードにつきましては、正真正銘ここまでとさせていただく予定です(というのも、作者自身がこれより先の東方作品に関してはあまり詳しく把握していないのと、あまりにも登場キャラクターが多くなりすぎる為です)。
あれ? 所で宴は?
ご安心ください……ちゃんと宴はやります。次回からポロリ篇その捌が始まりますので、そこで描かれる予定ですよ。
今回は、華陀陰謀篇終盤にて辰五郎さんが登場したので、彼で締めたかったんですよね……妖忌と辰五郎。この二人が今回の鍵となったと言っても過言ではありませんからね。
これからはオリジナルストーリーや短編が続きます。場合によっては銀魂オマージュエピソードも増えていくかもしれません!
ただし、これだけはお伝えします。
ちゃんと結末は用意しておりますので、ご安心ください。

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