月。
地上人が遥か昔から噂していることの一つに、『月には餅をつく兎がいる』というものがある。これはあくまで月の模様がそう見えるというものであり、世界各国で見え方は違っているようだ。
だが、この月には実際に。
「はぁ……」
餅をつく兎が存在する。
水色のショートヘアーにロップイヤーのウサ耳。白いワイシャツの上に紺色のジャケットを羽織り、赤いネクタイをつけている。白のプリーツスカートからは、丸い尻尾が飛び出ている。
彼女の名前はレイセン。かつて地上へと逃げ出したことがあり、そのことがきっかけとなってここの主人から付けられた名前である。
「今日も平和ですね……」
実際、この地が危険に脅かされることなど滅多に訪れない。ここの主人の力が強いということもあるが、月への侵入者など基本的に訪れない為だ。
そして、レイセンは餅つきを主体としている為そもそもここ最近戦闘に参加していない。
「やぁ、お嬢さん。こんな所で餅つきとは、精が出るね」
「!?」
だからこそ、彼女はすぐ近くまで侵入者が来ていることに気付けなかった。
声をかけられたことにより、レイセンの身体はビクッ! と跳ねる。思わず後ろに飛び退き、声をかけてきた人物を確認した。
「そんなに驚かなくてもいいじゃないか〜。俺はただ、月見酒しに来ただけだよ。あ、でも賑やかな月見もいいかもしれないね」
「…………っ」
番傘を差した青年が一人いた。
にこにこと笑顔を振りまきつつ、ゆっくりとレイセンに近づいて来ている。彼に対して、底知れない恐怖を抱いていた。
──対面してはいけない。
主人達ならばともかく、自分では到底敵わない存在。そもそもこの距離まで近付かせることを許してしまったのだ。話しかけてこなかったとしたら、自分の命は既になかったのではないか、とレイセンは考えついてしまった。
そして、何より。
この男は、どうやってここまで来たのか?
「釣れないなぁ。俺はただ話したいだけなんだけどなぁ……宇宙旅行は何度も経験あるけど、月面探索はなんだかんだでやったことなかったから、俺だってワクワクしてんだよ? そしてはじめての月で本物の餅つき兎見れるなんて、本当にいたんだぁ! って驚いてもいるんだよ? ねぇねぇ、ちょっとは話してくれてもいいんじゃないかな? あ、それとも拳での語り合いを所望なら、俺はそっちの方が好きだけど?」
「っ!!」
笑顔で拳を握りつつ、男は近付いてくる足を止めない。それはレイセンにとって咄嗟の行動を取らせるには十分過ぎる行動だった。
「う……うわぁああああああああああああああああああああああああああ!!!」
その場からの逃走。
彼に背を見せ、全力でその場から走り去る。
「あらら。逃げ出しちゃった……ま、いっか。弱い奴嬲っても面白くないし、何よりこの先にもっとつえぇ奴がいる予感がするからね……っ!」
不気味な笑みを浮かべながら、青年──神威は言う。
「ったく、ちったぁ情報掴んでくれよスットコドッコイ! これじゃあ敵陣に丸裸で突撃しに来たようなもんだぜぇ?」
そんな神威に話しかけて来たのは、同じく夜兎族である阿伏兎。彼は神威の行動に呆れて溜息をついていた。
「いいんだよ。これはこれで目的達成してるわけだし。俺だって考えなしで話しかけたわけじゃないよ?」
「まぁ、暴れることに反対してるわけじゃねえからなぁ。今回ばかりは、その必要も出てくるってだけで……おじさん張り切っちゃうよ」
「既に中では晋助達が大暴れしてるだろうし、この先の展開が楽しみだね」
「ワクワクすんのは勝手にしてりゃあいいけど、巻き込まれることだけはごめんだからな?」
「まぁまぁ。これも計画のうちってことで」
彼らはそのまま侵攻を開始する。
この先、どんな展開が待ち受けているのだろうか……。
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第二百四十七訓 相手に話しかける時はまず警戒心を解く所から始めた方が上手くいく