事態がある程度収まってから一日が経過した。
「……」
博麗神社より外の景色を眺めながら、自分のタバコを吸っている一人の男の姿があった。
男が思い浮かべているのは、一人の女性。
「ミツバ……」
本来会えるはずのなかった女性が、幻想郷という土地に居た。その事実だけで、彼の心が踊ったのは事実だった。しかし、土方はやはり心の何処かで素直になれない自分がいることにも気付いていた。
――惚れた女には幸せになって欲しい。
確かにそう口にした。それは紛れも無い本心であり、あの時から抱いている気持ちである。
だが、その幸せの中に、『土方十四郎』の存在は入っていない。土方自身はどうしても、自分がいることでミツバが幸せになることはないと考えてしまう。自分はあくまで戦いに身を投じている存在だ。故にこのまま一緒にいては、ミツバの幸せにつながることはない。いずれ崩壊する。
何より、彼女の気持ちが今でも向いていることなど考えもしていない。
「考え事でもしているの?」
その時、彼の隣に立つ一人の女性の姿があった。
「なんだ? 人形遣い。博麗の巫女ならばぐうたら眠ってやがるぜ?」
やって来たのはアリスだった。
彼女は土方の隣に立つと、不機嫌そうな表情を隠すことなく土方を見つめる。
土方はそんな彼女の行動に対して、何を考えているのか分からないと言った反応を示していた。
「別に霊夢に用事があって来たわけじゃ無いわ。暇だから通りかかっただけ。そしたら貴方がそうやってウダウダしてるようだったから、気になって話しかけたってわけよ」
「……別にウダウダしてるわけじゃねえよ」
「してるじゃない。見ていてこっちがイライラしてくるのよ」
アリスは、一つ大きなため息をついた後で、土方に対してこう告げた。
「貴方もしかして、自分がいない方が幸せになれるとか考えているんじゃないでしょうね?」
「……」
土方は何も答えない。
彼の答えは初めから決まっている。そのことに関して、他者の考えを寄せ付けない自信すらある。
それでもアリスは、土方に言い続ける。
「それは単なる傲慢よ。確かに危険な目に晒すようなことはしない方がいいに決まっている。それが大切な人であるならば尚の事。けどね」
アリスはそこで言葉を区切る。
その後で、こう続けた。
「人は一人で生きていける程強くないのよ。誰かの助けを借りていかないと、満足に一日を過ごすことだって難しい生き物なのよ。まして今貴方が拒絶しようとしている女性は、貴方が考えている以上に弱い人よ」
「んなことねぇよ。俺はただ、アイツには幸せになって欲しいだけだ。その中に俺がいなかっただけの話だ。アイツに必要なのは、俺のように茨の中で戦いに身を投じるような奴じゃなくて……」
瞬間。
パァン! という乾いた音が辺り一面に響き渡った。
同時に襲い掛かる、右頬の痛み。
アリスが、土方の頬を叩いたのだ。
「てめぇ、なにしやが……」
「自惚れるのも大概になさい。何が『俺がいない』よ? 何が『自分は必要じゃない』よ? そこに確かに必要になってくるのは貴方に違いないのよ? 貴方、きちんとあの人と話し合ったことある? 本当にその時、貴方のことは必要じゃないなんて言われたの?」
最早それは、問答にすらなっていない一方的な言葉だった。
「うるせぇ!! テメェなんぞに言われる筋合いなんざねぇ!!」
激昂する。
土方の心は揺さぶられていた。
アリスの言葉に対して思うところがないわけではない。
だからこそ、彼は揺らいでしまう。
「……私が言いたいことは言ったわよ。後は貴方がどうにかしなさい」
「……言われなくてもそのつもりだ」
土方はその場から去って行く。
その背中を送るアリスの隣に、
「お疲れさん、アリス」
魔理沙が並び立った。
「……別に。ただ私が動きたいって思ったから動いただけよ。あのままだと、ミツバさんが幸せになれそうになかったから」
「……二人とも、幸せになってくれると嬉しいぜ」
魔理沙とアリスは、二人の幸せを願っていた。
※
「姉上!」
同時刻。
人里にある甘味処で、仲良さ気に話している姉弟が居た。
総悟とミツバ。病室での別れから実に相当の時間が経った再会である。
本来会える筈のなかった二人だけに、その喜びは相当強いものであった。
「総ちゃん……元気そうでよかったわ」
「姉上こそ……僕、また姉上に会えて嬉しい……っ」
普段はドエス精神を物凄い出している総悟だが、姉であるミツバの前ではそんな様子をほとんど出さない。
通常状態の総悟を知る者がこの場にいた場合、あまりにも猫を被りすぎている様子に対して驚きを隠せないどころか、一周回って笑い出すのではないかと思われる状況だが、本人はあまり気にしていない。
「皆さんも元気そうで安心したわ……もう一度、幻想郷で生きていけるなんて、夢みたい……」
結局、異変が解決に近づいている今でもなお、ミツバが幽霊として消えることはなかった。
小町の迎えも来なければ、成仏することもない。
正真正銘、幻想入りによる第二の人生を歩むことが出来たのだ。
「総ちゃん……私、あの人にもう一度、私の想いを伝えようと思うの」
「えっ……?」
総悟は目を丸くする。
それだけ、ミツバが言った言葉が信じられないと言った様子だった。
だが同時に、総悟はミツバの気持ちを理解してもいた。
せっかく受けた第二の生。病気とかそう言った物を心配する必要がなくなった。
姉の幸せを願いたいと思うのは、弟の性であった。
しかし、それでも――。
「姉上、ソイツは考え直してもらえないですか?」
声が震える。
彼はこれから、自身の思いの丈をぶつけようとしている。
「姉上の幸せは、僕の幸せです……けど、そこにアイツはいるんですか……? 一度姉の気持ちを振り払った男ですよ!?」
「……総ちゃん。あの人の優しさはね、とても不器用で、そしてとても温かいものなのよ」
ミツバは目を閉じて、胸に手を当てて、笑顔で告げる。
「自惚れかもしれないけれど、あの人はきっと、私のことを想ってくださったんです……だからあの人は、再会した時には何も言ってくださいませんでした……本当ならば私は、今にも飛び込みたいという気持ちでいっぱいでしたのに、あの人はそれでも、私の幸せを考えてくださったんだと思います……そしてあの人は、私の幸せの為に、自分のことを犠牲にしようとしている……」
「……っ」
総悟だって子供ではない。
土方の気持ちも、ミツバの気持ちも、理解出来ないわけではない。
故に、今の両片思いの姿が、たまらなくいじらしかったのだ。
その中には、姉にここまで愛されている土方に対する嫉妬が混じっていないことはないだろう。
それでも総悟は。
「……だから総ちゃん。止めないで。今度こそ私、間違えないから……幸せに、なるからね」
「っ!?」
その時、総悟は決定的に理解した。
彼女は、総悟の気持ちをも汲んでいたのだ。
――姉の幸せを願うのも、弟。
人並みの幸せを願った弟の気持ち。しかし生前にその願いを叶えることが出来なかったミツバ。
今度こそ、彼女は自分の幸せを求めようとしているのだ。それも、自分にとって何が幸せなのかを理解した上での、心からの決意。
故に総悟は、これ以上かけられる言葉がなかった。
「総ちゃん……私、行ってくるね」
「あっ……」
彼女は自分の気持ちを伝える為に、想い人が居る所へと歩み出す。
総悟はそんな姉の後ろ姿を、
「……姉上。どうか、幸せに……そして、土方。姉上を泣かせたら、ただじゃ済ませないですぜ」
その声は、何処か優し気なものだった。
銀魂×東方project
銀色幻想狂想曲
第八十八訓 すれ違い過ぎる想いは大切な人を想うが故に起きることなのかもしれない
次回、とうとうミツバと土方の決着がつく――!!