土方の目の前に広がるのは、大きな向日葵畑だった。
アリスから言葉を投げつけられた後、土方は気持ちを整理しきる事が出来ずに走り続けた。目的地もなくただがむしゃらに走ってたどり着いた先が、この向日葵畑だったのだ。
「ちっ……」
ふと、彼は懐からある物を取り出す。
ガサッという音を立てて出て来たそれは、激辛せんべいだった。
かつて真選組に送られて来ていた仕送りの一つ。今や送られることのなくなった一品。彼らをつなぐ思い出の一つ。
最後の一袋となったそれを、土方は持ち続けていたのだ。
それを土方は取り出して、ひと齧りした。
「辛ぇな……ちくしょう……」
涙が出るほど、辛いものだった。
「……っ」
服の袖で、目を擦る。そして流れてきた涙を拭った。
彼は一人になれるのならばどこだって良かったのだ。気持ちの整理をつけるためには、外の空気を吸いながら一通り気分を落ち着ける必要があったからだ。
そう言った意味で取り出したのは、あの激辛せんべいだった。
「……はぁ」
一つたしかに言える事があるとすれば、土方は決して鈍感な人物ではない。故に、彼に向けられた好意についても十分把握している。
ただしそれに対して土方は、自分が幸せにすることは出来ないという判断を下していた。
彼だって、今回ミツバと再会出来たことが嬉しくない筈がない。むしろ彼はミツバに惚れているのだ。本来ならば今すぐにでも抱きしめたいところだろう。
だが、今の彼らは住む場所が違う。
土方は土方で、戦いに身を投じる者だ。それが分かってあるからこそ、いつか自分がミツバを傷つけてしまうかもしれないと考え、敢えて不干渉という道を選ぼうとしている。
それが辛くない訳がない。
「何が鬼の副長だ……俺も随分とヤキが回っちまったもんだな」
ポツリとこぼされた一言は、誰の耳に届くのでもなく、そのまま空中に消え去った。
「やっと……やっと見つけました」
その時、土方の耳に届いたのは、最も聞きたくて、そして最も聞きたくなかった女性の声だった。
その人物は、ここまで走ってきて息を切らしているのか、肩で呼吸をしているような状態だった。
「……っ!」
もちろん、気付かない筈がない。
しかし、振り向くことは出来ない。
今振り向いてしまったら、土方の決心がブレてしまうから。
声をかけることもしない。
そうすることで、彼は『不干渉』を貫こうとしている。
「ここからは私の独り言です。聞いてくださっても構いませんし、反応しなくても構いません。勝手に言わせてもらいますね」
ミツバはそれが分かっていたからこそ、前置きをする。
こうすることにより、土方はどんな反応をしたとしても恨まれることはなくなる。彼女なりの優しさであった。
「この幻想郷に来た時、私はすごく嬉しく思いました。私を蝕んでいた病気に襲われることもなく、もしかしたら貴方に会えるんじゃないかと思って……だけど、もし私が幽霊だとしたら……貴方に触れられないとしたら……貴方に拒絶されたとしたら……そう思うだけで、胸がとても痛くなりました」
自分の存在に対して自信がない瞬間があった。幽霊として消えてしまう命ならば、いっそ……。
「けど、そうじゃなかったんだとわかって……そして、後悔する道を選びたくないと思って……だから私は今日、どうしても伝えたいことがあります。これだけはなんとしても、伝えなきゃと思って……もう、間違えたくないから……後悔したくないから……」
自分自身に問いかけるように告げる。
彼女が抱いてきた迷いや想いを、言葉に乗せて伝える。
「私は、土方十四郎さんのことを愛しています。共に道を歩みたいと……私の人生、貴方と共に過ごしたいと思っています」
「……っ」
土方の身体が揺れる。
そして、しばらくしてから発せられた台詞は、
「……悪りぃな。俺はその気持ちに」
「ですから十四郎さん。貴方の気持ちを聞かせてください。優しさなんかではなく、嘘でもなく、貴方の本当の気持ちを」
「っ!?」
土方の言葉は、ミツバに読まれていた。
彼女は惚れている土方のことを長い間見ている。だからこそ、彼が一体どんなことをするのかを、だいたい理解しているのだ。
それが、土方の優しさからくる言葉だということも。彼の優しさは、ミツバにとって苦しみであることも。
「私はどうしても知りたいのです。貴方の本当の気持ちを……それがたとえ、どんなものでも構いません。ですがどうか……私のために、貴方の気持ちを押し殺すようなことはやめてください……」
「っ!!」
涙交じりのその言葉に、土方は初めてミツバの方を――振り向いてしまった。
あまりにもその声が悲しそうだったから。
あまりにもその声が辛そうだったから。
「……振り向いて下さらなくても大丈夫でしたのに。答えようとしなくてよかったのに……先ほどの段階で、もう私の独り言ではなくなってしまいましたよ?」
「いいんだよ。これは俺の独り言だ。聞くも聞かねぇもテメェの勝手だ」
ミツバがやった時と同じように言葉を返し、そして土方は、自身の気持ちを打ち明ける。
「俺は……惚れた女にゃ幸せになって欲しい。だが、俺がいたままだと……戦いに身を投じてる俺なんかと一緒にいると……テメェは幸せになれねぇ。だから俺は……」
「それなら解決ですね。だって私は、幻想郷にいるんですよ? 貴方が戦っている間、貴方の帰りをここで待つことが出来ます。ですから……その心配はなくなりましたね」
「っ」
笑顔で、ミツバはそう告げる。
「それに、貴方は私に……惚れていると言ってくださいました……その言葉だけで十分です……貴方が私のことを、愛してくださるだけで……貴方が無事に、帰ってきてくれるだけで……たまに一緒にいてくださって、こうして話をして……そして……」
ゆっくりと、ミツバは土方に近づいて行く。
そして、やがて――。
「こうして、ただ抱き止めてくださるだけで、私は幸せなんですよ?」
土方の胸に飛び込んだ。
土方は、両手をミツバの後ろに差し伸ばし、そのまま抱きしめることが出来ずにいた。
「貴方は私に幸せになって欲しいと言ってくださいました……だから……これが私の幸せです。貴方が無事に私の元に帰って来てくだされば……こうして抱き締めてくだされば……貴方の温もりを感じる事が出来れば……それで幸せです……ですから、貴方と共に、人生を歩ませてください」
「…………」
土方は言葉で伝えない。
代わりに、不器用ながら、彼女の体を力強く抱き締める。
「……悪りぃ。もう、手放したりしねぇから……辛ぇ思いさせちまうかもしれねぇけど……俺の帰りを、迎えてくれねぇか?」
「……はい。貴方の帰りを待ってます。待つのは得意ですから」
「なるべく早く帰るからよ……何度も顔出すからよ……だから……」
土方は、ミツバに告げた。
「俺と一緒に、人生を歩んで欲しい」
この日。
幽霊達が幻想郷に流入する異変が解決した翌日。
一つの小さな奇跡の物語が、進み始めた。
銀魂×東方project
銀色幻想狂想曲
第八十九訓 伝えるべき気持ち
これにて、今回の異変は終了となります!
結局、最後は土方とミツバの話の幕が降りる形で終わりました。
この二人はいつまでも幸せになって欲しいものです……。
次回からはポロリ篇です。
久しぶりに、我らが主人公が登場しますよー。