炭坑の町は眠らない。日中、空が見えない閉鎖された空間で鉱物を掘る作業に従事するあらくれたちは夜に飲んで騒いでをすることでリラックスし、翌日の炭鉱での活動に備えて英気を養うのだ。
そんなワイワイした喧騒から離れた町の西の方で建築中のゴージャスプールにて、シャカシャカとシェイカーを振る音が聞こえる。そちらに目を向けるとバーカウンターの中で澄ました顔のヘロヘロさんがソリュシャンやメイドたちを席に座らせて飲み物を振舞っていた。
きゃいきゃいと飲み物を口にして、『ヘロヘロさまの愛情が詰まっていておいしいね』と口々に言うので貰って飲んでみるとただの水だった。
「って、詐欺じゃないですか!」
「仕方ないじゃないですか!これも作業に含まれるのか、ルビーラを入れてシェイカーを振ったら水になっちゃうんですよ!」
「……この世界のシステムってよくわかんないですね」
そんな会話をしているとアインズ・ウール・ゴウンのギルドメンバーであるぺロロンチーノさんやベルリバーさんと一緒にビルドがやってきた。ベルリバーさんたちはメイドたちに開けられた椅子へと案内され腰掛ける。差し出されるのはヘロヘロさんが入れた水である。
「え、遠回しに帰れってこと?」
「システムの問題です。元はルビーラみたいですよ」
「この世界って変なところで縛りがあるんだよなぁ」
ぺロロンチーノさんがバーカウンターで項垂れていると、ゴージャスプールのバーの後ろにあるスペースに酒樽をいくつも置いた部屋『発酵所』から、ルビーラを注いだジョッキをいくつも持ったビルドが出てきて、メイドたちに手渡す。甲斐甲斐しいメイドたちの手でぺロロンチーノさんやヘロヘロさん、俺やベルリバーさんにルビーラがなみなみと注がれたジョッキが配られた。ビルドも樽に腰掛けて話に交ざる。
ちなみに彼が飲んでいるのは正真正銘のただの水である。ルビーラを飲みかわしながら会話を弾ませていると酔ったぺロロンチーノさんがこう言いだした。
「最近、マンネリなんだよなぁ。何かこう、血沸き肉躍る展開があってもいいんじゃないかなぁって思うんだよ。だって、俺ら生粋の戦闘系ギルドじゃん。ここらで強い敵と一戦、あってもいいと思うんだよなぁ」
「そうですねぇ」
「ふむ、一理あるな。メンバーやメイドたちの意識を改めるためにも、強敵との戦いは必須かもしれん」
石橋を叩いて渡るタイプのベルリバーさんが珍しく同意している。
確かにビルドが作成した武器や防具は優秀過ぎた。俺自身、使用できる魔法も増えて戦闘での立ち回り方に変化が出ている。雑魚が群れで出てくればギラを使って全体攻撃し、1体の強敵が率いる群れの場合はボスの動きを止めるようにヒャドで足止めしたり、行動を遅らせたり、その場面場面で最善の手を尽くすようになった。ビルドが3つの素材を使って作った杖を手にした魔法職の者たちはそれぞれに適合した魔法を手にしている。攻撃系然り、補助系然り、回復魔法も。
ビルダーの鐘事件でこの炭鉱の町にやってきた一般メイドを率いるメイド長であるペストーニャ・S・ワンコも杖を手にして、回復魔法ホイミの上位互換であるベホイミを習得している。何度も掛けなければならないホイミ2回分の回復力があるので大体は彼女に回復をお願いしている。そんな俺たちの会話を聞いていたビルドが口を開いた。
じゃあ ちょっと おねがいがあるんだけれど
たんこうの ひがしぐちから はいって ちていこに むかうとちゅうに そとにでれるところあるよね
あそこに すごくかっこいい おのをもった あかいどらごんが いるんだ
ぶきづくりの さんこうに したいから たおしてとってきてくれない?
「ほほう、珍しいな。ビルドから俺たちに対してのお願いだ。これはビルドの信頼に応えるためにも受けざるを得んな」
「場所的に町から東にちょっと行った所ですね。ぺロロンさん」
「おっしゃ、ちょっと見てくるぜ。フッ、別に俺だけで倒してしまっても良いのだろう?」
そんな恰好いい台詞を告げ、メイドたちにキャーキャー言われながら羽ばたいて浮かび上がったぺロロンチーノさんは町の東の方へと偵察のために飛んでいく。確かにビルドが作り、メイドたちが汗を掻きながら夜なべしつつ、いい笑顔を浮かべて量産している矢を潤沢に装備しているぺロロンチーノさんであれば、そこまで苦戦するような相手ではないのかも『ぎゃあああああああーっ!?』って、ぺロロンチーノさんの悲鳴!?
見れば東の空から、ふらふらとした様子でぺロロンチーノさんが戻ってきた。心なしか顔色が悪い。ゴージャスプールに着陸したぺロロンチーノさんに、先ほどの悲鳴を聞いて集まってきたぶくぶく茶釜さんややまいこさんたちが声を掛ける。
「おい、愚弟。さっきの悲鳴はなんだ?」
「すでに寝ていた子たちも起こしてしまっているんですから、納得のいく説明をしてくださいね。このボクの拳骨を受けたくなければ」
「ちょっ、今は勘弁してくれよ、ねーちゃんにやまいこさん。って、モモンガさん、あれはヤバイ。ナザリック勢の全戦力を結集して戦う必要がある。本当なら、リスクを鑑みて戦わない選択もあるんだけれど、あいつは、あのモンスターは倒さないとだめだ!」
いつもはひょうきんでふざけた印象を受ける態度を取ることの多いぺロロンチーノさんが真剣な面持ちで俺たちに訴えかける。その様子にただ事ではないと察した者たちが、ペロロンチーノさんが偵察して見てきた現実を言うのを待った。
「遠目からだったけど、あの“紫色の微光を纏った赤水晶の刀身を持つ巨大な斧”は間違いない。バルバの『血ヲ啜リ肉ヲ喰ウ』だ。確かに持っていたのは巨大なドラゴンというか、小さな羽が生えた恐竜みたいな感じだったけれど、死角をついて矢を打ったのにビルドみたいな反応で撃ち落としやがった。そして、空にいる俺を目掛けて極大の火球を放ってきたんだ。あと少し回避するのが遅れていたら、消し炭になるところだった」
見ろよと羽や尾が真っ黒の煤に塗れているのを見せつける。
「バルバの『血ヲ啜リ肉ヲ喰ウ』か。確か、与えたダメージの数パーセントを攻撃力に付加する効果があったな。ぺロロンチーノさん、そのドラゴンの周りには魔物はいたか?」
「うん?……ああ!オレンジのスライムがわんさかいたぜ」
「開幕殺戮攻撃ブーストか。まるでバルバの戦闘パターンそのものじゃねぇか」
俺たちの脳裏にバルバさんの雄姿が……雄姿……雄姿?俺の脳裏に浮かんだバルバさんは前線に躍り出て『うーわー、やーらーれーたー』と情けなく飛んでいく姿。雄姿と呼べるものが一切浮かび上がらない。いやいや、そんなことはないはずと周囲にいるメンバーの顔色を窺うと全員が微妙な表情を浮かべていた。
「いや、武器の性能はよかったけど、バルバくんって確か浪漫馬鹿じゃなかったっけ?攻撃力極振りビルドでクリティカルアップのアイテムをしこたまつけてたけど、命中率皆無で、異形種なのに精神異常耐性がないから雑魚のチャームにも引っかかるポンコツだったでしょ?」
「その分、私たちのサポートを受けられるレイドボスでは武人建御雷さんやたっち・みーさんと同じくらいの火力を誇っていましたよね。レイドボスの体力がガンガンみるみる減っていくのを見るのは爽快でしたけど、普段がポンコツ過ぎて、残念な姿しか思い浮かばないのが残念です」
女性陣のツッコミが辛い。
プレイヤー名 バルバ・トスアタック。
理性を捨てた化け物という人造人間をベースに、力の強い魔物の細胞を取り入れていった怪人という設定でビルドを構成していたと思う。見た目が完全に変身ヒーローの敵役だったので、それ系統のイベントにたっちさんの引き立て役として引っ張りだこだった。
俺やぺロロンチーノさんよりも年下で、ちょっと馬鹿なことやエロいことをオープンに言って女性陣に怒られるという人だった。けれど、彼はすでにリアルで亡くなっている。
劣悪な工事現場で重機に圧し潰された挙句、その遺体を埋められて証拠隠滅されてしまっていたのだ。俺はギルドマスターとして、その事実をリアルでたまたま掴んだウルベルトさんに教えてもらった。
「俺たちがこの世界に来るために明け渡した代償が何故、まだ存在しているかはわかりません。しかし『血ヲ啜リ肉ヲ喰ウ』はバルバさんの魂そのものだ。魔物風情が持っていていい物じゃない。アインズ・ウール・ゴウンの全戦力を持って、その魔物を討伐する!各自、朝の出立に向けて準備をせよ!以上、解散!」
◇
大鉄槌を振るうビルドが町の東側にある黄色岩を砕いてスペースを空ける。そこに余った鉄ブロックを重ねて防壁を1段ずつ建築している。町にはあらくれたちがいびきを掻きながら、そこらに寝ており、中には酒瓶を抱えて「ペロ、だめだ。俺は……うぉおお」と変な夢を見ているミルズもいたりする。今日は急遽、炭鉱での活動がお休みになったのである。
別にあらくれだけで掘りに行っても構わないとされたのだが、AOG教団の息がかかった魔物たちが採掘音を聞いて近寄ってくるのでナザリックの面々が護衛にいないと碌に作業も捗らないのである。その肝心の役目を持つナザリックの面々はとある魔物を討伐するために朝早くに町を出立していった。そのため、今日はお休みなのである。
「ねぇー、ビルド―。そんなに高く積むの?」
はっ かんがえこと していたら げんかいまで きちゃってた
大鉄槌で足元のブロックをひとつずつ破壊し、降りていくビルド。足場に辿り着いたところで、下で待っていたペロがビルドに焼きキノコを手渡してくる。ビルドはそれを受け取ってその場に座る。そして焼きキノコに噛みつき、もぐもぐと咀嚼する。その横に腰掛けたペロが呟く。
「はぁ、のどかね」
え? どかどか ばんばん うわー うわー きゃー ぎゃー って きこえるけど?
「うん。それ以外はのどかよね」
いや こくえんや ほのおが どんどん たちのぼっているよ?
「そうね。でものどかじゃない」
でも ももんがさんや へろへろさんや ぺろろんちーのさんや べるりばーさんが そらを とんでるよ?
「私の、のどかな休日を返してーっ!!」
バニー姿のペロはビルドが建築中の防壁の上に立ち、大きな声で東の空に向かって思いの丈を叫ぶのだった。
◇
ビルドのお願いを受けて、バルバさんの武器であり形見でもある『血ヲ啜リ肉ヲ喰ウ』を持つ魔物の討伐に来た俺たちだったが、現在揺れる視界で空を見上げながら暢気に話をしている。会話への参加者は俺とぺロロンチーノさんとヘロヘロさんである。視界の端では、体中が口だらけの肉塊も雲ひとつない青い空を飛んでいる。
「バルバよりも強いと思うのはなんででしょうね?」
「そりゃあ、やっぱり命中率の問題じゃね?」
「バルバ君は攻撃が直撃したように見えていてもノーダメージの表記が出るくらいノーコンアタッカーでしたからね。それに比べて、あのドラゴンは優秀ですねぇ。僕たち3人を一瞬で行動不能に追い込むなんて」
俺たちは現在、『血ヲ啜リ肉ヲ喰ウ』を持つ魔物の一振りを受けて、メイドたちの担架で救護所に運ばれている最中である。
「開幕ぶっぱで攻撃力上昇させて、魔法を使う奴の目の前に転移して必中の攻撃を仕掛けてくるとか、マジあり得ん」
「ビルドくんお手製の防具がなかったら、上半身と下半身を断たれてましたね」
「その攻撃に耐えてパリィできるねーちゃん、マジすげぇ」
救護所でメイドたちによる薬草を使って回復作業を見ているのは地味に辛い。何せ、メイドたち全員が大号泣なのである。本来回復魔法を使えるペストーニャであるが、下手したら戦闘力皆無のメイドたちのところにあの魔物が転移してくる可能性を考慮し、救護所とキッチンがある付近では魔法は使用禁止となっている。
そのため傷口に薬草をもみ込むという作業をされるのだが、骨の俺や粘体のヘロヘロはともかく、バードマンとしての肉体を持つぺロロンチーノさんが酷い絵面になっている。「しみるー!やめてくれー!いやごめんごめん!やって!やっぱいてぇええ!」と声を聞いているだけで分かる地獄絵図である。
俺たちは今度はきちんと対処して、メイドたちを泣かせないぞと心に決めるのだが、ぶくぶく茶釜さんの大盾の耐久値の問題で装備交換のために代わりに前線に赴いたら、俺たちを倒して攻撃力を増した魔物がおり、俺たちはその後も何度も空を飛ぶ羽目になる。
そうこうしながらぶくぶく茶釜さんややまいこさん、アウラやユリといった女性陣の頑張りでなんとか魔物を討伐し、バルバさんの形見である『血ヲ啜リ肉ヲ喰ウ』を手にしたのだが、その瞬間に砕けてしまった。
呆然とする俺たちだったが、ぺロロンチーノさんが砂に落ちていた赤い欠片を手にする。俺たちは『血ヲ啜リ肉ヲ喰ウ』の欠片を手に、炭鉱の町に帰るのだった。
【反省会】
「結局、ビルドくんに用意してもらった鉄の大盾を4枚も消費しちゃったじゃない。どれもこれもあんたたちが情けないからよ。反省してる?」
胸の前で腕を組んでいると思われるぶくぶく茶釜さんの前で装備をすべて外した状態で正座を強要されている俺たち。
ヘロヘロさんとベルリバーさんはメイドを5人ずつ載せられていて、ふらつくたびに1人追加される。一種のアトラクション扱いなのか、メイドたちがキラキラとした目で2人を見ており、彼らはぞっとしている。
ちなみに俺はスケルトンでぺロロンチーノさんはバードマンなので特に何とも思わないはずなのだが、メイドたちが俺たちを視界に納める度に頬を紅く染め、俺たちを見ては「きゃあきゃあ」言うもんだから何だか恥ずかしい気持ちになる。
「モモンガさん、……もしかして俺たち今、全裸で公衆の面前に立っている状態なのかな」
「やめて!その可能性を考えないようにしていたのに。つーか、骨の身体を晒して全裸とか言われても、意味わからないですよ」
「そこっ!私は説教しているんだよ!!黙れ愚弟ども」
「「イエスマム!!」」
その後、ビルドがぶくぶく茶釜さんの怒りを鎮めるまで俺たちの辱めは続くのだった。