オッカムル島を支配し、かつて守護神として炭坑のゴールドラッシュを支えたゴルドンを石にして力そのものを封じた上に、土砂に埋めて肉体そのものも封印していたメドーサボールが、今回はこの炭鉱の町を再興させる原動力となった人間の少女ペロを石像にしてしまった。そして、そのメドーサボールと共に現れたシャルティアによって、俺たちの大切な仲間であるぺロロンチーノさんが致命傷を負ってしまった。
メイドたちが薬草を持ち出し、ペストーニャやマーレが回復魔法を連続して発動させる。リアルでぺロロンチーノさんの実姉であるぶくぶく茶釜さんが彼の側に駆け寄り、必死に声を掛けている。
やまいこさんは、ステージの上で石像になってしまったペロを降ろし、あらくれやゴルドンたちと共に悲しんでいる。救護所へとメイドの手で運び込まれるぺロロンチーノさんを見送った俺は、メドーサボールとシャルティアがいたところをじっと見ているビルドの側に行く。
「ビルド、君には助けられてばっかりだ。今回はアウラと共にぺロロンチーノさんを助けてくれてありがとう」
ももんがさん これから いそがしくなるよ
たすけるんでしょ かのじょも
「ああ、勿論だ。シャルティアは俺たちの大切な仲間だ。必ず、取り戻す」
じっと上を見ていたビルドが俺の方に向き直る。俺はそこで違和感を覚えた。その違和感は、ビルドの瞳にあった。普段は海の様な青色の瞳なのに、左目が深紅に染まっていたのだ。俺は思わず、ビルドに尋ねた。
「ビルド、その左目は……」
だいじょうぶ ぼくは びるど
びるだーの びるど
そうぞうと はかいの もうしご
このひだりめは とうさんから やくめを うけついだ しょうちょうなんだ
さいきん 「あなたさまの ほんとうの めざめは ちかい」 とか へんなこえが きこえるけど
ぼくは だいじょうぶ
ビルドはそう言って、いつものように笑う。俺はそれ以上、彼に何も言うことは出来なかった。
◇
石の像となってしまったペロを元に戻す手段はなく、夜が明けた。
炭鉱の町のアイドルで、母の様な優しさ、姉のような気丈さ、妹のような明るさといった彼女を見るだけで元気になれる太陽のような存在だったペロの喪失は、父親であるアーマンやあらくれたちだけでなく、炭鉱の町で生活を共にしてきた俺たちナザリックの面々にも暗い影を落とした。だからといって、ここで俯いているだけでは何も変わらない。何も始まらない。
そこでビルドは、ここオッカムル島にもモンゾーラ島の世界樹に匹敵する巨大建築をすると宣言した。それはこの島で自分よりも輝き、視線を独占しようとする物を許さないメドーサボールを釣るためでもあり、ゴルドンが守護神としての力を取り戻すために必要となる象徴となるものだった。
「しかし、ビルド。ここにはもう、そんな大きなものを建てられるような場所はもうないぞ?ゴージャスプールを破壊するのか?」
ううん たてるばしょは もうきめてる
みるず まっしも いくよ
「うぅ……ペロ、ぺ……うおぉっ!?」
「ぐぅ……これから、俺ら……って、うぁぁっ!?」
ペロの石像の前で悲嘆にくれていたミルズとマッシモをそれぞれ片手で持ち上げたビルド。己の半分以下の身長しかないビルドに持ち上げられて物のように運ばれている事実に気付いた2人が情けない叫び声を上げたのは、彼らの姿が崖上の方に消えて俺たちから見えなくなった後。
俺たちは崖下の方から上を見上げるだけだったのだが、突如轟音が響き渡る。リアルで言う重機のエンジン音みたいな重低音が腹に響き、崖上からばらばらと黄色岩が降り注いでくる。俺は急いで崖上に向かう。するとそこには信じられないほど広い土地が確保されており、ビルドが背負っている本を開き、構想を練っている段階だった。
そして、作るものを考案し終えたのか、本を背負い直し、羽ペンを片手に空中に設計図を描く。
ビルドが今回考案した建物は金の壁や模様壁をふんだんに使用した金ぴかのゴルドン酒場。金と銀の素材をふんだんに使ったゴージャスプールも大概だったが、それとは比べ物にならない破格の建物となりそうだった。ビルドのイメージを垣間見たミルズとマッシモの足が震えている。しかし、それは負の感情から来るものではなく、奮起の武者震いだった。
「「す、すっげぇえええっ!?おい、おいおい!これを、作るのか!こんなものを俺たちが作るのか!炭鉱が閉鎖されて、筋肉作りすら禁止されて、堕落してしまっていた俺たちが?ビルダーって、本当にすげぇんだな!」」
ミルズとマッシモの雄叫びを聞いて、町の住人たちが1人残らず上がってくる。ナザリックの面々も同様に上がってきて、ビルドの描いた設計図を体感し、驚愕している。だが、それは次第に面白いことを見つけた子供のようにキラキラと目を輝かせはじめている。そんな住人たちの姿を見て、ヘロヘロさんが俺に近づいてきて、こっそり耳打ちしてくる。
「モモンガさん、モンゾーラ島の時のように号令を出してください。あれがあるのとないのとでは、皆の取り組み具合が変わってきます」
俺は崖下にある救護所を見る。救護所の前に待機しているぶくぶく茶釜さんが俺の視線に気づいて手を振っている。ぺロロンチーノさんのことはぶくぶく茶釜さんやペストーニャたちに任せよう。俺はそう考え、大きく深呼吸するとギルドメンバーの仲間たちやメイドたちの方へ向き直る。町の人々の方はゴルドンが指示を出し終えたのか、すでに動き始めている。
「聞け、アインズ・ウール・ゴウンに属する者たちよ!ギルドマスターの権限を用い、お前たちに命ずる!ヘロヘロ、やまいこ、戦闘メイドのユリ、ソリュシャンは素材を集めるあらくれたちの護衛をし、近寄ってくるAOG教団の魔物を殲滅せよ!メイドたちは素材回収に臨む者たちを全力で支え、集められる素材を、手にしたスキルを十分に使い加工に精を出せ!ベルリバー、恐らくメドーサボールによる町への襲撃が激化すると考えられる、使えるものはすべてを使ってここを死守せよ!」
「「「「はっ!モモンガさまの御心のままに!!」」」」
ヘロヘロさんや戦闘メイドたちが崖から飛び降りて、炭鉱に入っていくあらくれたちを追って行く。メイドたちは食料調達に赴く者、調理を行い収納箱に作り置きする者、作業台を使って建築物作成に必要な加工品を作る者に分かれて行動している。ベルリバーさんは号令を出し終えた俺の前で、ゆっくりと頭を下げると崖下に飛び降りて、そのまま浮遊しながら町の東側へと向かう。
「はは、さすがモモンガさん。格好いいや。やっぱり、ボクたちのギルドマスターがモモンガさんで本当に良かった。では、ボクも炭鉱に行ってきます」
そう言ってやまいこさんは両手の籠手の具合を確かめるとヘロヘロさんたちのように崖下に向かって飛び降りる。他の3人と違ったのはペロの石像の頭を軽く撫でてから向かったことだろう。
「……それで、ビルド。今回は、何をするつもりなんだ?」
うん ぶろっくらいとを ちがういろに そめたいんだ
かるろに きいたら みなみのさばくに おあしすがあって
そこに あかのせんりょうが あるんだって
「なるほど、それを取りに行くわけか」
うん じゃあ あそこのきぐみの はしごを のぼろっか
そう言ってビルドが指さしたのは町の西南の位置にある太い丸太を組んで作られた大きな木組み。確かに梯子が掛けられていて赤い岩壁のてっぺんまで登れそうであるが、もしかして久しぶりの風のマントによる滑空なのだろうか。
確かに南の砂漠に行くには、それしか方法がないのかもしれないが、ビルドがブロックを置いて行って橋を造ればいい話ではないのかと思いつつ、ビルドを見ると中々動き出さない俺を見兼ねてか、大鉄鎚で素振りしていた。何度も、風を切るように、高速で、スイングするビルドの姿を見て、俺は骨の身体が木端微塵になる姿を連想した。
「OK、行こうか!」
俺は思わずサムズアップしながら頷いた。
素材島で飛んだ時以来になるので1か月ぶりの滑空だったが、モンゾーラ島の時の様な恐怖感は無かった。ただ、岩の間をすり抜けるように滑空することになったので、別の意味でスリルを味わう結果となるのだった。
◇
さて、砂漠でブロックライトを染めるための染料の素材を得るためにオアシスを探して進む俺とビルド。そんな俺たちの前に、例によってギルドメンバーの武器を我が物顔で使う魔物たちと遭遇することとなった。しかし、さすがに今の状況で相手をして無駄に時間を割かれるのは駄目だということで、泣く泣く見逃すことに。メドーサボールとシャルティアの件が終わったら、必ず倒しに来るとビルドと約束しオアシス探しを続行したのだが、そんな中でビルドが立ち止まって、ある一点を指さす。
ビルドが指さした先に居たのは、赤い甲殻を持つ大きなサソリに魔人の上半身が生えたような魔物だった。持っている武器は弓、現在救護所で生死を彷徨っているぺロロンチーノさんの武器であるゲイ・ボウだと思われる。あれも取り戻さなければならないものだと思いつつ、ビルドを連れて行こうとしたのだが、彼はその場から動かなかった。
「どうした、ビルド?」
あのゆみのかけらは いる ぜったいに ひつようになる
でも それは ぺろろんちーのさんの ぶきが つくれなくなる りすくが
だけど きりふだとして ひつようなると おもうんだ
ビルドはそう言って俺をまっすぐ見てくる。
俺はもう一度、敵の姿を確認する。太陽の光を反射して輝く深紅の甲殻。尻尾は鋭く尖り、突き刺さればただ事ではすまない。上半身は人間のように頭や腕があるが、そのすべての部位は下半身同様に赤い甲殻に包まれている。そして、武器はぺロロンチーノさんのゲイ・ボウ。足を止めると狙い撃ちにされるな。普通の矢とは異なり、属性ダメージの塊だから、攻撃を受ければ終わりだ。だが、武器自体は俺が触れれば欠片を残して消滅する。
炭鉱で建御雷8式を持つ魔物を相手した時はビルドが開幕早々に、魔物の手を大鉄鎚によるフルスイングで粉砕し、地面に落ちたそれを俺が触って、完全に無力化したからな。
攻撃手段を失って、優れた耐久力と防御力を駆使してタックルを繰り返す戦い方にシフトされた所為で崩れた天井の土砂に坑道を埋没させられるという憂き目にあったが。
「わかった。あれが、ぺロロンチーノさんやシャルティアたちを救う切り札になるというのならば、やらない理由はない。だがゲイ・ボウは属性攻撃の塊だ。防御はしないほうがいい」
うちかえすのは?
「マーレの『チェイン・ドラゴン・ライトニング』の時のようにか?狙えるなら狙っても構わないが、俺の方には向けないでくれよ?」
ぜんしょ する
「いや、そこは約束してくれ」
そんな軽口を交わしながら、俺とビルドはぺロロンチーノさんの武器を持つ赤い甲殻の魔物に挑みかかる。
その魔物は見た目とは裏腹に素早い動きで、積極的に攻撃を仕掛けてくる上に、俺が魔法職であることを即座に見抜いて、狙いを定めるという狡猾さも持つ頭の良い魔物だった。
ただし、頭が良すぎて、俺を狙うあまり懐に入っているビルドから目を逸らしたのが運の尽き。
ビルドの驚異的な破壊力が上乗せされた大鉄鎚によるフルスイングで、魔物の足が砕け散るだけに収まらず、肉体からちょんぎれて遠くの方に転がった。ちょん切れた足の付け根からぼたぼたと紫色の液体が零れ落ちる。絶叫を上げる魔物だが、真下で暴れるビルドはお構いなしに巨大な上半身を支える赤い甲殻を纏った足を次々とフルスイングしていく。見る見るうちに足をすべて捥がれた魔物の完成である。
なんかもう魔物の方が可哀想で見ていられない。魔物の残された攻撃方法は弓と尻尾による突き刺し攻撃のみであるが、ビルドは何故か俺の前まで走ってきた。そのため、魔物の攻撃方法は自然と弓だけになる。
ビルドは大鉄鎚を構えて、魔物に向かって中指を立てて挑発する。さっさとゲイ・ボウを撃てと言わんばかりに。戦いの中で俺はふと思ったのだが、ビルドってこんなに好戦的な戦闘狂だったかなぁと。モンゾーラでは仕方がない場合以外は、魔物を倒したりしていなかったと思うんだが。
「もしかして、ビルドの眼が赤く染まっていたことと、何か関係があるのか?」
そう考えていると、魔物が持つゲイ・ボウで鮮やかな光に包まれた矢を放ってきた。高速で飛来する矢の一撃を、大鉄鎚を大きく構えたビルドは宣言通りフルスイングで弾き返した。自分が放った矢をそのまま弾き返され、逃げるための足をすべて奪われていた魔物は、矢による一撃で肉体の真ん中をくり貫かれ、何だかすべてを諦めたように呆気なく砂漠に沈んだ。
例の如く、俺が触れると欠片を残して消滅するゲイ・ボウ。
いつも通りであれば、欠片は一度ビルドに渡し、レシピを彼が思いついたらその時が来るまで俺が預かるという形なのだが、今回はそのままビルドに渡したままだ。すると、ビルドは背負っていた本をじっくりと見た後、羽ペンを走らせて新たなものを創造する。すぐに袋の中から作業台を取り出して、作成を開始する。
オッカムル島の炭鉱で採れた銀や金をふんだんに使い、いつの間にか採取されていたペロロンチーノさんの羽と手に入れたばかりのゲイ・ボウの欠片も使って作り出されたのは、1本の矢。その矢の名前は『太陽の矢』。シャルティアを俺たちの下に取り戻す、切り札だ。
その後、オアシスを発見し、そこを縄張りとする巨大なスライムと戦うことになったが、ギルドメンバーの武器を扱う魔物よりも格下の相手に苦戦するはずもなく、目的であった赤の染料を手に入れることに成功するのだった。
◇
その後、モンゾーラ島の世界樹を建設する際と同じように2段階目、3段階目と区切って設計図を敷き、大型建造物を形にしていく。中でも決め手になるダイヤモンドは地中深くのマグマが迸る迷宮の奥に合って大変な目にあった。
何せ、纏っていた鉄の鎧は溶けるし、モンゾーラ島でビルドに作ってもらった思い入れのあるマントも燃えてしまったし。碌な防具はないということで諦めていたのだが、ビルドが良い防具を手に入れたと俺の下に持ってきたのは、青い女性もののドレス。みずのはごろもと呼ばれるもので、火炎攻撃耐性が著しく高い優れた防具だという。何の防具もなしにこの迷宮を進むのは自殺行為。
俺は、仕方がなく。そう、仕方がなく、そのドレスを身に纏った。
おかげですぐ脇にマグマが流れているにも関わらず、ほとんど暑さを感じないで行動することが出来た。その後、魔物の群れとの戦いやダイヤモンドの回収などあったが、特に問題なく終わり、ブロックを螺旋階段状に積んで、なんとか町に戻ってくることが出来た。
無論、町に着く直前にドレスは脱いでビルドに渡した。アウラやマーレ、メイドたち的に骨の姿は全裸らしいのだが、女物のドレスを着ていたことをギルドメンバーたちの記憶に残すよりはマシだった。
そうして、マグマが迸る迷宮の奥から採集してきたダイヤモンドを使い、最後の仕上げとしてゴルドン酒場の顔である、ゴルドンの顔を模した飾りをつけ、黄金に輝くゴルドン酒場が完成した。太陽の光を反射して、当りの岩壁や崖下の街に金色の光を放つ。その輝きは、オッカムル島を支配するメドーサボールの逆鱗に触れた。
きた
ゴルドン酒場がある場所から町の東側を睨みつけるビルド。彼の視線の先で地面に開いた影のゲートを使い、深紅の全身鎧を身に纏ったシャルティアが眷属と思われるオッカムル島にいる魔物と共に出現する。
「くふふ……あはははは!なるほど、あんなものを作られてはメドーサボールも出てこざるを得ないでありんすねぇ。やはり、ビルダーは生かしてはおけん存在ということでありんしょうが、ペットとして飼う分には問題ないでしょう?」
そう言ってシャルティアは熱い視線をビルドに向ける。ビルドは左目を紅く染め、忌々し気に舌打ちすると大鉄鎚をどっしりと構えて、深呼吸し、天に向かって吼えるように雄叫びを上げる。
うぅおおぉおおおお!!
ビルドを中心に赤いオーラが噴き出て、彼の左目が一層、紅に染まった。俺はそれを見て、一先ずの不安を抱きながらもシャルティアとの戦いに向けて、戦意を高めるのだった。