今までに現れた兵団の残党らしき魔物たちを率いて現れたムーンブルク島を支配するAOG教団の大総督アトラス。それは城門よりも遥かに大きな体を持つ一つ目のサイクロプスだった。その巨大で逞しい肉体には生々しい傷跡が残り、アトラス自身が数々の激戦を繰り広げていた戦士であることを証明している。
アトラスは自軍の兵団たちがビルドの作った出城と罠によって、ただ焼け死んで行くだけとうことを知っていたのか、戦闘開始早々に手に持っていた巨大な棍棒で戦場を薙ぎ払い、出城と罠の数々を吹き飛ばしてまっさらな戦場にした。
その後、アトラスは自軍の魔物たちの指揮を参謀に任せ、本人は悠々と戦場を後にする。
「で、モモンガさん。どうするんだ?」
城門の上でその様子を眺めていた俺とギルドメンバーたち。出城と罠を一遍に失い、慌てふためきながら戦闘の準備をするアネッサやリックなどの兵士たちを見下ろしつつ会話する。
「ビルドくんを人質にして、我々を魔物にぶつけようなどと考える卑怯な輩に手を貸す理由がないのですが?」
「無論です。命令には従わない。ビルドの不在を俺たちに知らせず、自分たちの都合がいいように隠蔽し、俺たちを従わせようとした相手に容赦する必要はない。俺は『弱きを助け強者を挫く旅の剣士モモン』をやめて『異形種の軍勢を率いるオーバーロードのモモンガ』に戻ります」
たっちさんの問いにそう答えた俺の言葉を聞いて、設定厨のタブラさんの目が輝いた。
「ほう……。ならこんな設定はどうでしょうか?ビルドくんという存在が鍵だった。モモンガさんの人としての心を呼び覚まし、魔王としての力と意識を封じていた存在。そのものがビルドくんであった。しかし、その封印にはビルドくんの肉体そのものが媒介として使われており、封印されたモモンガさんの魔王としての意識がビルドくんを蝕み性格を捻じ曲げていたのです。そうして、愚かな人間たちの企みで封印の鍵であったビルドくんが、モモンから引き離された結果、魔王モモンガが目覚めてしまった。うんうん、ネタとしては面白いかもしれませんね。書き記したかい、デミウルゴス」
「万事抜かりなく。タブラ・スマラグディナさま。ネタの提供、感謝致します」
深々と礼をするデミウルゴスの手にはからっぽ島を出る際に設定を書き記した一冊の本があった。そのことを知らない面々が疑問を口にする。
「ネタ?何の話?」
「なんだ、ぬーぼー。お前、デミウルゴスが『旅の剣士モモンの冒険』というタイトルで冒険小説を書いてること知らなかったのか?」
「へぇ……。あれ、でも俺らは何もしてないから描写されてないんじゃね?」
「フラットフットよりマシだろ。あいつショタのイラストに引っかかって穴に落ちたとこ、ビルドくんの女装に引っかかったことになっているんだから」
「あー。確かにそれよりはいいか」
ぬーぼーさんと音改さんがにこやかに談笑していると、側にいた忍び装束のフラットフットさんが声を荒げる。
「よくねぇよっ!デミウルゴス、そこんところは描写はやめてくれっていったじゃないかっ!」
「申し訳ございません、フラットフットさま。ギルドマスター権限で、そう書くようにと申しつけられておりますので」
「ギルドマスター権限って、モモンガさんっ!?何故、こんな仕打ちを!」
デミウルゴスに詰め寄っていたフラットフットさんが俺の目の前まで来たので、彼がひた隠しにしているあの件のことを容赦なく尋ねる。
「じゃあ、いい加減に何のイラストを見て、落とし穴に引っかかったのかを教えてくださいよ」
「…………」
「デミウルゴス、もっと卑猥なものに引っ掛かったことにしておけ」
「は、仰せのままに」
「勘弁してくれぇーー!!」
恭しく傅くデミウルゴスとがっくりと項垂れるフラットフットさんの姿を見ながらぬーぼーさんがポツリと呟く。
「あ、悪魔の所業だ。……うん?そういや、デミウルゴスは悪魔だった。じゃあ、問題ないか」
◇
ビルドが建てて設置した出城と罠を失ったムーンブルク軍の兵士と魔物たちの戦いが始まってすぐ、城門の梯子を上ってくる気配があった。ムーンブルク城の王と女将軍アネッサ、兵士長のリックだ。ムーンブルク城の王は城門の上で佇む俺たちに詰め寄ると、指さして大声で声を荒げる。
「何故あやつらと戦わんのじゃ!ビルダーの命がどうなっても構わんというのか!」
「……れ」
「このやり取りをしている間も兵たちが傷ついていっておる。さっさと戦いに行け!」
「黙れ、下等生物がっ!!」
「「「ひぃっ!?」」
俺は兜を脱ぎ捨て、がいこつの頭部を晒す。それを見て、タブラさんの設定を聞いていたメンバーとNPCたちが一斉に跪いた。恐れ慄くばかりで、一向に跪つかない3人を見兼ねてデミウルゴスとコキュートスとパンドラがそれぞれ王とアネッサとリックを押さえつけ、俺の前に強制的に傅かせる。
「感謝するぞ、愚王よ。お前の働きで私の力をその身をもって封じていたビルダーがいなくなり、オーバーロード……ここにいる者たちの王としての力と記憶を取り戻すことが出来た」
「そ、そんな……バカな」
コキュートスに押さえつけられた王が震えながら呻く。
「ちょっと待ってくれ!……いや、待ってください!」
「何かね、兵士長?」
「じ、実はビルドくんは僕たちが幽閉したんじゃない。荷物を置いて勝手にいなくなったんだ。だから」
「それがどうした?その耳は飾りか、兵士長。ビルダーが私の側から消えた。それが私の封印を解く鍵となっただけのこと。今、思えばビルダーがあのように凶悪になっていたのは私の魂に触れ続け、精神が汚染されていたからかもしれないなぁ。それで、愚王よ。私たちがお前たちのために戦う理由がなくなってしまったなぁ。むしろ、最初から間違っていたのだよ。自分たちの力で何とかしようとせず、ビルダーの頑張りをあたかも自分たちの手柄のようにして。終わらない戦いを終わらせたい?馬鹿々々しいわ。貴様らの様な厚顔無恥な人間共など滅びてしまえばい「う、うあぁぁああー!!」」
俺がそう言い切る前に、野太い雄叫びを上げて立ち上がったアネッサ。後方で跪ついていたナーベラルが反応したが、押さえつけていた当人であるデミウルゴスがニヤリと笑っている。何らかの考えがあってのことだと判断し、成り行きを見守る。アネッサは腰に携えていた鋼の剣を抜く。
「おお、アネッサ。あの魔物を斬るんじゃ!」
「私が斬るのはお前の方だっ!いい加減に姿を現せ!!」
アネッサはそう言ってコキュートスに押さえつけられているムーンブルク城の王を斬った。そして、更に王の腹部に深々と剣を突き刺す。
「ぐ、ぐぁ……、ば…ばかな」
「ア、アネッサ!?どうして、王を……なぁ!?」
王は目を見開き、がくりと項垂れ、パンドラに押さえつけられているリックが悲痛な叫びを上げたが、うつ伏せで倒れた王が白い煙に包まれる。そして、現れたのは王のローブを身に纏ったがいこつだった。
「オオ、ホネニナッタ。コイツモマモノダッタノカ」
リックとコキュートスが驚いている。というか俺も驚いている。え、王さまも魔物だったの?俺はちらりと背後にいるギルドメンバーたちに気付いていた者がいたのか確認するが、俺の視線に気づいた面々が一斉に首を横に振る。……ということは、……え?どういうことなの、これ?
「将軍、お前はいつから王が魔物だと知っていたのだ?」
「どうもこうもモモン殿とデミ殿、そしてビルドくんがこの島に来た時点での王はすでに魔物だった。大総督アトラスの参謀であるあくましんかんからの『食いごたえの無い最近のムーンブルク軍をどうにか強化してアトラスさまの暇つぶしに適した状態にしろ』という命令を受けて、それに則って今までモモン殿たちを利用していたんだ。しかし、ムーンブルク軍の強化の肝であったビルドくんが行方不明になり、モモン共たちに城を離れられることを危惧した結果、ボロを出すに至ったという訳だ。そして、リック。先ほどから被害者面しているが、王に化けた魔物があくましんかんからの命を受ける現場にお前もいた以上、言い逃れはできないぞ」
「アネッサ、君は、いったい……何を言っているんだ?僕が、魔物と通じている……そう言いたいのか!?」
「見苦しいぞ。君も知っているだろう?モモン殿、いや……魔王モモンガさまのご友人の方々の中に記憶を見ることが出来る方がいらっしゃる。脳味噌をを弄られて廃人となるより、この場で洗いざらい話してしまって5体満足で牢屋に入る方が賢明だと思うぞ。何だったら私も、自身の身の潔白を晴らすために記憶を見られても構わない」
剣を鞘に直したアネッサはそれを俺に差し出して跪ついて頭を垂れる。そんなアネッサの姿に、リックは折れた。
「ああ……ちくしょう。ビルドくんが鐘を鳴らした時、これで魔物になって救われるチャンスが訪れたと思ったのに」
リックがそう言って項垂れ、アネッサは俺たちに跪つき沙汰を待っている。
「モモンガさ……ま。とりあえずアトラスの軍勢をどうにかしましょう。これは色々と面倒です」
ギルドの軍師であるぷにっと萌えさんの言葉を聞き、俺は頷いた。俺の目配せで城門から飛び降りていくギルドメンバーたちとNPCたちは思い思いの方法で魔物を蹴散らす。しかし、俺たちの戦いへの参入が遅れたこともあり、ムーンブルク軍の兵士たちの多くが傷つき、城門も半壊状態となった。
◆
フラットフットは戦いの後すぐにギルドマスターであるモモンガのお願いを受け、ムーンブルク城から北東に行った先にあるムーンペタへ向かった。
そこまた度重なる魔物の襲撃で建物はボロボロ、物陰から怯えながら己を見てくる視線。視線こそ感じるがフラットフットの前に姿を現そうとするものはいない。そんな中でフラットフットは、かろうじて原型を留めている教会へと足を踏み入れる。
そこには女神像に向かって聖書らしきものを読みながら祈りを捧げる牧師とシスター、緑色のローブを着た老人がいた。フラットフットは足音ひとつ立てず教会の中を進み、牧師に向かって声を掛けた。
「牧師さん、アンタがアネッサの言う本物のムーンブルク王か?」
「……」
「アンタに扮していた魔物はアネッサが斬った。魔物に寝返っていた兵士長と数人の兵士たちも捕えて、地下牢に閉じ込めている。アンタはどうする?城に戻るって言うなら、俺が護衛するが?」
「……。いや、あの日ムーンブルク王は死んで魔物に成り代わられた。ここにいるのはただの年老いた牧師じゃよ。それに、これからのムーンブルクはこの苦難を乗り切った若者たちが中心となって、作っていくのじゃ。老兵はただ去るのみ。まぁ、小言を言う役目としてジロームは残してやってくれると嬉しいのぅ」
「……そうか。ウチの大将からの伝言だ。『アトラスは俺たちがどうにかするから、落ち着いたら島の連中を連れてからっぽ島に遊びに来い』だとよ」
フラットフットはそれだけを告げて、その場を去る。
女神像に祈りを捧げていた3人は振り返って、異形の者が去っていくのを見届けると、その視線を教会の地下へと繋がる階段に向ける。そこには口元に人差し指を当てた少年が悪戯小僧のような笑みを浮かべてながら座っていた。
◇
弐式炎雷はビルドがいると思われる場所に唯一行けるだろうと当たりを付けた洞窟に奥で途方に暮れていた。彼が進んだ先にあった出口は分厚い氷の塊で塞がれており、持っている武器では削ることすら出来ない鉱石のような硬度を持っていたのである。他に方法がないかと色々と試した弐式炎雷だったが、突破は不可能と考え来た道を引き返す。
洞窟の入り口近くに差し掛かった時、何者かが入り口に向かって駆けて行く姿が見えた。
洞窟から出て、ぐっと背伸びをする弐式炎雷の下に娘であるナーベラルが駆け寄ってきて水筒を差し出す。弐式炎雷は水筒の中に入っているキンキンに冷えた水を飲んで一服した後、洞窟に来た時と景色が変わっていることに気付いた。
「なぁ、ナーベラル。ここら辺を歩き回る人影とか見なかったか?」
「ぎくっ!?い、いえ、私は何も見て無いです。弐式炎雷のことが心配になって、ちょっと洞窟の奥に向かってたなんてことは一切していません」
弐式炎雷は苦笑いを浮かべる。全部言っているじゃないか、と。それでも愛娘が心配してくれていたのだから、そこを叱るのはどうかと想い、弐式炎雷は「……そうか」とだけ告げた。その後に改めて、周囲の様子を眺める。
「おかしい、至る所に生えていた魔力の結晶が綺麗さっぱり無くなっている。あれを運用できるのは、ビルドくんくらいだと思うのだが、洞窟は氷塊で閉ざされたままだったし、オーレオール・オメガの転移魔法は使えないという話だったはず」
弐式炎雷は疑問を抱きつつも、ナーベラルを連れ立ってムーンブルク城に戻るのだった。
◇
「……ねぇな」
「ナイデスネ、ブジンタケミカヅチサマ」
「城門の上にいた私たちから見て、左側から右側に向けての薙ぎ払い攻撃だったので、ここら辺にあるはずなんですけどね。出城を構成していた城の壁と『ギラタイル』『バギバキューム』『ヒャドトラップ』が1個も見つからないっていうのはおかしな話ですね」
「マモノタチガ、カイシュウシテイッタノデショウカ?」
「物を壊すことを至上としたAOG教団がわざわざそんなことをする必要がねぇんだよなぁ」
ムーンブルク城の東南にある丘の上にて、アトラスの攻撃で破壊された出城の部品と罠を回収にきているぷにっと萌えと武人建御雷とコキュートスは明らかにおかしい事態に困惑していた。罠に関しては百歩譲って魔物たちが改修していったと考えてもいい。だが、出城を構成していた城の壁を持って行く理由がない。
「ン?ナンダ、アノヒカリハ?」
その時、戦場を見渡していたコキュートスが何かに気付いた。その声に導かれて武人建御雷とぷにっと萌えも丘の上から戦場を眺める。
「あれとはどれのことだ、コキュートス。……あ、何か小さな水晶みたいなものが戦場のど真ん中に置いてあるな。いや、埋まっているのか?城門側には小石が置いてあるから地上から見たら、まったく見えんぞ。あれは」
「……なんでしょうか、我々の知らないところで何か大きなことが起きているような不安な気持ちになるのは。僕たちはきっと何か重要なことを見落としているんだ。これは今すぐに戻って、情報を共有する必要がある」
そう言ってぷにっと萌えはドタドタと走り出した。それを見た武人建御雷とコキュートスも彼を追うようにして、城に向かって走るのだった。
◆
自分たちが今まで仕えていた王が魔物だったことを知ったムーンブルク軍の兵士たちはがっくりと肩を落とした。リックと同様に魔物に与していた兵士たちも牢屋に入れたが、あんな巨体を持つ大総督アトラスに勝てるはずがないと全員が諦めムードだ。
今までの島では、ここでビルドが巨大建築の設計図を描き、村人や住人たちに宿ったビルダー魂に火をつけて乗り切ってきたが、今回はそれが出来ない。肝心のビルドがいないからだ。
やはり、このままアトラスと戦うことになるのは俺たちだけかと思っているとアネッサが鼓舞するように声を張り上げた。
「何故、何もしないうちから諦める!私たちが望んだ終わらない戦いの終止符を打つ日がもうそこまで来ているんだ!ここで奮起しないで、お前たちはいつ奮起する!?ビルダーのビルド、魔王モモンガさまがこの島にいるこの時が私たちにとって最初で最後のチャンスだ!これを逃せば、未来永劫、アトラスに支配され続け、終わらない戦いに従事する日々に逆戻りだぞ!それで本当にいいのか!」
俯いていた兵士たちは『ハッ』とした表情で顔を見合わせ「それは嫌だ」「もう終わりにしたい」と言って顔を上げて立ち上がっていく。その様子を見て人間たちはアネッサに任せればいいと、俺はその場を離れる。そして、対アトラス戦のことを考えるために地下の居住空間へ向かう。
その途中、牢屋の中で死にたくないと震えるリックや狂ったように笑い続ける兵士がいた。しかし、俺はそれを無視して扉を開ける。すると、パンドラが駆け寄ってきた。その後すぐに報告を受ける。
「モモンガッさま!大変なぁことが起こってぇいます!城内にある物資が、なんとっ!盗まれていることが分かりました。盗まれていたのは外に置いてあった作業台と金床と炉がひとつずつ、魔物が落としていった鉄27個と石炭6個です。城にある収集箱はすべて私が確認し、数を記録していますので間違いございませんっ!!」
鉄27個と石炭6個。
鉄インゴットにすれば9個と石炭が残り3個。
鋼インゴットにすれば3個。
鋼インゴットを3つ使って作れる道具と言えば。俺は視線を居住空間にポツンと置かれた収集箱に向ける。“あれ”さえあれば、この島での採取に困ることはないよなぁ。
ショタコンのニグレドに止めろというのは酷だし、オーレオール・オメガが自身の魔法の欠点を補う道具を作ってくれる彼を制止することはないな。俺の預かり知らぬところで暴走機関車となっている彼の事を思い、苦笑いを浮かべるのだった。
Q.高い壁に阻まれて外に出れないはずでは?
A.でぐちが ないなら たきを のぼれば いいじゃない