【転移魔法】
「第8階層『桜花聖域』領域守護者オーレオール・オメガ、御身の前に」
上が白、下が赤色の日本でいう巫女服に似た衣類を身に纏い、左手の指に色の違う宝石のような石が嵌った指輪を5つ装備した女性が俺たちの前で傅く。
今回のムーンブルク島を支配いていたAOG教団の大総督アトラスを倒すことになったビルドとガルガンチュアを支えた立役者の1人である。
彼女は俺たちの前に来る前にナーベラルと会話している。オーレオール・オメガは領域守護者であると同時に戦闘メイド『プレイアデス』七姉妹の1人でもあり、本来であればリーダーの立ち位置に立つ存在である。
「ご苦労、面を上げよ」
「はっ」
タブラさんに確認した情報によれば、指揮官系の職業で最適化したNPCであり、ユグドラシルにおいては仲間に様々なバフを掛ける支援タイプ。姉想いの性格は先ほどのナーベラルとの短い会話の中にも溢れていた。
だが、こいつもビルドの暴走を更に促した要員でもある。
「転移魔法を開発したと聞いているが、どのような効果があり、範囲なども教えてもらえるか?」
「勿論です、モモンガ様。……よいっしょっと」
そう言ってオーレオール・オメガは手書きの紙芝居のようなものを取り出した。クレヨンっぽいもので書かれたファンキーな絵面が並ぶ。『ニンゲンでも分かる転移魔法のすべて!』というタイトルだが、自虐が過ぎないか、これ。
「私が使える転移魔法は『ルーラ』と呼ばれるものになり、種類は3つあります。ビルドくんに会うまでは対象が取れなかったのですが、『指輪』と『みちびきの珠』を作ってもらったことで十二分に使用可能となりました」
『バシルーラ』……対象を指輪に登録した後、指輪と対となるみちびきの珠のある位置へ転移する。
『リリルーラ』……指輪に魔力を込めながら人物をイメージして魔法を発動すると転移する。行ったことのない場所にもいける可能性あり。その対象としている人物にみちびきの珠を持たせていると確実性が増す。
『オクルーラ』……自分を対象としないで周囲にいるものを対となるみちびきの珠を置いた位置に転移させる。
「このような感じとなっております。先の戦いで「ろけっとぱんち」で発射したガルガンチュアの右腕を回収したのがバシルーラ。予めガルガンチュアの右肘にみちびきの珠を埋め込んでおきました。それと資材回収のためにビルドくんを島のいろいろな所に送ったのがリリルーラとオクルーラになります。しかし、範囲は術者がいる島に限定されるようで、ユリお姉さまたちがいるからっぽ島への転移はできませんでした」
「逆に制限があるほうがありがたい。ビルドの素材回収欲が天元突破してしまうからな」
俺はそう言ってオーレオール・オメガに下がっても構わないと告げる。
ちなみにビルドとアインズ・ウール・ゴウンのギルドメンバーと階層守護者たちはガルガンチュアとアトラスの戦闘の余波で瓦礫の山と化したムーンブルク城の再建を行っている。観客席にいた俺たちは安全設計だったかは疑わしいがシートベルトで固定されていたのでダメージは最小限だったが、ムーンブルク城はしっちゃかめっちゃかである。いや、極大の地震が連発したのでムーンブルク島に住んでいる者たちの安否も心配される。
「モモンガさん。ちょっと、相談が……」
「ぬーぼーさん、どうかしましたか?ビルドが魔改造したガルガンチュアの性能を確かめに行っていましたよね?」
「ああ。で、ガルガンチュアが背負っているバックパックのバギバキュームが海でタービンの役割も果たすことが分かった。ビルドくんは最初からガルガンチュアを操縦してからっぽ島に行くつもりで改造していたみたい。それとガルガンチュアの中にちっこいガルガンチュアがいたわ」
「ちっこい……ガルガンチュア?」
「だいたい3メートルくらいの大きさかな。『うごご』『でゅあっ』とかしか言わないからコミュニケーションを取るのは難しいけど、『はい』か『いいえ』くらいは分かるくらいの思考能力は持っているっぽい。今も城の再建にビルドくんを肩車して作業しているよ」
「じゃあ、あのでかい体は外装ってことですか?」
「みたいですね。あと、『アトラスの武器の棍棒を持って行くんだ』って聞かないらしいですよ、ガルガンチュアが」
「体が大きいだけの子どもっぽいですね。……ああ、ますますビルドに染まるじゃないか」
俺はぷにっと萌えさんから言い渡されたガルガンチュアのビルド化を止める役目があるので両手で頭を抱える。
肯定と否定が分かり、我がままを言えるとなると、人間でいう5歳児くらいの知能は有していることが分かる。その年頃の子どもは押さえつけるとその分だけ反発してくるから、もう放っておくほうが吉なのだが。
「あと、恐ろしい実験結果があるんだけど、聞く?」
「……もう、聞きますよ。聞くしかないじゃないですか」
「大航海時代の帆船の早さって大体4ノットから7ノットくらいなんですよね。まぁ、船員が船長しかいない船になると夜は停泊するんで大体平均して3ノットくらいになるんですが、それを踏まえて。からっぽ島からムーンブルク島まで3日掛かっているということは大体60時間、1ノットが約1.8キロメートルなので、大体からっぽ島からムーンブルク島までは400キロメートルくらいの距離があるってことになるんですが、ガルガンチュアの出力を計算した結果、……最大45ノット出るみたいです」
「……え?」
「ビルドくんに魔改造されたガルガンチュアは島を行き来するのに5時間もいらない計算になると言っているんです」
「なにそれこわい」
ガルガンチュアの外装はからっぽ島に到着次第、封印することがギルドメンバー共通の意見となった。
【ドラゴン退治】
ももんがさん どらごんすてーき たべに いこうよ
立派に再建されたムーンブルク城の地下の居住空間のわいわい寝室にて満面の笑みを浮かべたビルドに起こされた俺は準備万端の面々を見て諦めた。
そろそろ船着き場に船長の船が来そうなので、連絡要員として死獣天朱雀さんや源次郎さん、非戦闘要員のぬーぼーさんと音改さん、領域守護者のオーレオール・オメガやニグレドを残し、ビルドが島内を素材回収マラソンする中で見かけた魔物たちの討伐に向かうことになったのだが、当然のようにビルドはちっこいガルガンチュアに乗っている。
掛け声は がるがーん 『でゅあっ!』 である。
ガルガンチュアの武器はやまいこさんと同じ籠手であるが、城の壁で作られているので滅茶苦茶硬い。なので、魔物を殴る度に『ごちーん』『がちーん』『ばきーん』と結構、効果音と殴られた魔物たちの姿がグロいのなんの。しかも、ゴルドンお墨付きのビルドが操縦するガルガンチュアなので、ノリノリの無双状態。
第4階層の湖にずっと待機させられていた反動なのか、ガルガンチュアが止まる気配はない。ビルドだけでも厄介なのに。その時、ふと思いついたと言わんばかりに、ぷにっと萌えさんが呟く。
「何故でしょう。ビルドくんとガルガンチュアを見ていて、急に『混ぜるな、危険』の文字が脳裏に浮かんだんですけど」
「やめてください。これ以上、問題の種をからっぽ島に持ち込まないでください」
俺は即座にぷにっと萌えさんの発言にツッコミを入れるが、山羊頭の悪魔がニヤニヤした表情で追撃する。
「そういや、ウチのギルドの問題児。まだ、来てないんですよね、モモンガさん?」
「あーあー!聞こえなーい!聞いてません!……るし☆ふぁーさんが来たら、俺の内臓に穴が開きますよ」
「いやいや、オーバーロードになって内臓ないじゃないか」
「ちっくしょうめぇっ!!」
俺が叫ぶのと、ビルドがドラゴンを見つけたのは、ほぼ同時のことだった。
丘の上から見下ろすことになったドラゴンは赤黒い鱗を持つ大きな魔物だった。大きな口に生える牙は鋭く、左目には縦に生々しい傷跡がある。足の爪はギラリと輝き、尻尾も太くて、胴体には見覚えのある武器が色々と突き刺さっている。
「なんか魔物っていうよりモンスターって呼称がしっくりくるなぁ」
「んー。あいつの背中に突き刺さっている武器の中に俺の『天照』と『月詠』があるわ」
「一際不気味なオーラを纏っているのってウルベルトの『厄災杖アロン』じゃね?」
「前足についている盾はぶくぶく茶釜さんの『オハン』と『スヴェル』だな」
「……帰りましょうか」
とう!
『でゅあっ!』
気の滅入るほど、ユグドラシルの武器を積んでいるドラゴンを前に帰る気満々になっていた俺たちを他所に、ビルドとガルガンチュアは降りて行ってしまった。それを見て引くわけには行かなくなり、俺たちはそのドラゴンの前に降りることになるのだが……。
ドラゴンのブレスは状態異常を引き起こす様々な攻撃が含まれ、こちらの攻撃は持ち前の鱗とぶくぶく茶釜さんの盾で尽くパリィされる。爪での攻撃は明らかに背中に突き刺さっている武器の数の分だけ増えていて、切れ味も抜群。
俺たちは苦戦を強いられるが、次第に火がついてきた元廃人ゲーマーたちの動きがどんどんと良くなっていく。戦いの最中、自分たちの武器を取り戻そうと動いた弐式炎雷さんやウルベルトさんだったが、触れた瞬間に欠片を残し砂になった相棒の姿に絶叫をしたり、武人建御雷さんやコキュートスの大技に巻き込まれて空を飛んだりと、ドラゴンに止めを刺すころには皆、ずたぼろになっていた。
そんな中、ウルベルトさんとたっちさんが興味深いことを告げる。
【メンバーの転移について】
「あっはっは!楽しいなぁ、死んだ後にこんな世界が待っているなんて、思いもしなかったが」
「こんな世界に来れるのが分かっていたなら、妻や娘にもユグドラシルをやらせていたんですけどね」
「……え?」
ウルベルトさんは今、何と言った?死んだって、どういうことだ。
「あ、やっぱりあの浮遊感って間違っていなかったんだな。地面が崩れるってどういうことだって思った瞬間には、この世界に来てたし」
「どっかのテロリストがシステムを乗っ取って、外延を構成していたブロックを破壊したんだよ。どっか崩れれば、あとは自動的にドミノ倒しみたいに壊れる感じ。ニュース速報を聞きながらブロックの崩壊箇所が自宅に押し寄せてくるのをただ待つ感じは絶望しかなかったなぁ」
ホワイトブリムさんとフラットフットさんがしみじみと遠い日のことを思い出すように告げるとドラゴンに止めを刺した武人建御雷さんが体をぶるりと震わせながら会話に参加してくる。
「某は道場に居たんだが、地面に叩きつけられた衝撃の後、上を見上げたら富裕層が暮らす建物が落下してきてなぁ。走馬燈が垣間見えたが、中でも一際輝いていたのはユグドラシルで皆とバカやった記憶だったよ」
「待ってください!ヘロヘロさんやぶくぶく茶釜さん、ペロロンチーノさんなんかはログインしていたって言っていたんです。彼らは自分が死んだなんてことは、一言も」
「モモンガさん。私たちのリアルの世界は、ユグドラシルの最終日の翌日に終焉を迎えたんですよ。大規模なテロ活動が起きるとは掴んでいたけれど、まさか富裕層だけでなく貧民層まで全部道連れにするような大ごとを起こすなんて、誰も思いもしなかったでしょう」
タブラさんがそう言うと山羊頭の悪魔がスイッと視線を逸らした。彼は俺にベルリバーさんとバルバさんの死を教えてくれた。何か、情報を掴んでいるはずと思い声を掛けようとしたのだが、
へい! どらごん てーる すてーき おまちっ!
『ウゴゴッ!!』
レンガキッチンをずらっと並べて、じっくり丁寧に焼かれたドラゴンの尻尾を丸ごとステーキにしたそれで俺と複数人が一気にホームランされた。落下予想地点は氷が浮かぶ海。身も凍るとはこの事だと言わんばかりにさっさと浮上するが、ビルドが操るガルガンチュアのフルスイングを受けて、上から仲間たちが次々と落下してくる。
まるで俺たちのリアルの事情など、どうでもいいと言わんばかりの凶行である。
なんとか陸地に上がった俺は、まだ海の中にいる仲間たちに手を差し出す。風に吹かれて身体が凍りそうなほど寒いが、ビルドが示した通り、リアルのことを考えていても仕方がないことだ。
後でたっちさんに奥さんたちのことを聞くと、すでに病気で亡くなった後であることを聞かされる。本人もテロリストとの戦闘で銃弾を身に受けて、崩壊の前に死んだことも。そのこともあって、先の発言に繋がったのだろうということを俺は知るのだった。
【からっぽ島への帰還】
船着き場に船が到着したという連絡を受け、からっぽ島に帰ることになった。からっぽ島に向かうメンバーはアインズ・ウール・ゴウンに所属するメンバーと守護者たちに加え、ムーンブルク島から将軍職から解放されたアネッサがついてくることとなった。
ムーンブルク島の復興をする中心人物になるんじゃないのかと尋ねると、俺たちと友好を結ぶことの方が大事だと彼女は笑った。
「それでは俺たちは先に帰りますけれど、本当に大丈夫ですか?武人建御雷さん、死獣天朱雀さん、ぬーぼーさん、音改さん」
「うん、俺らはガルガンチュアに乗って帰るよ。島に着いたら、即封印だろ?なら、今のうちに楽しんでおかないと損だし」
「某とコキュートスは1人で2人分のスペースを取ってしまうからな。許容量のあるガルガンチュアの方がよいという判断だ。ビルドくんの子守りも任せておけ、某らであればそこまで大変ではなかろうよ」
「何よりも、船は酔うから苦手なんじゃよ」
ぬーぼーさんと武人建御雷さん、死獣天朱雀さんが答えた。
デミウルゴスは『旅の剣士モモン』の執筆作業をするので、もうしばらく残りたいと言うし、ニグレドとオーレオール・オメガはビルドが残って何かするなら残ると言うし。まぁ、これも適材適所なのだろう。
しかし、ビルドが色んな魔物とコミュニケーションを取れるとは聞いていたが、まさか恐怖公とも何の問題もなく会話できるとは。ビルドは現在、コキュートスとガルガンチュア、恐怖公とパンドラといったメンバーと談笑している。あの面子で何を話すことがあるのか疑問ではあるが。
「では、皆さん。またからっぽ島で会いましょう」
船に乗るメンバーは俺、ウルベルトさん、たっちさん、弐式炎雷さん、フラットフットさん、ホワイトフットさん、源次郎さん、セバス、ナーベラル、アネッサの10人だ。
残りはこの船の約15倍の速さで海を移動できる『超スーパーガルガンチュア・ビルドスペシャル』に乗って帰ってくるという。
俺たちはこうして、ムーンブルク島に来ることになった目的である仲間と防衛設備の知識を得て、からっぽ島に帰還する。船が岸から離れたその時、コキュートスたちと話をしていたビルドが駆け寄ってきた。そして、袋から何かを取り出す。それは鏡だった。
太陽の光を反射したのか、眩い光に包まれる感覚。悪戯にも程があると、言おうとした俺は違和感に気付いた。己の手が、がいこつの骨ではなく、血の通った人間の手になっていることに。船に乗っていたメンバーたちも皆、オフ会で見たことのある人間の姿になっていた。
「「「「「ふぁぁあああああああっ!?」」」」」
岸壁の方で大きく俺たちに向かって手を振るビルドの姿に、してやられたと思う俺たちだった。
が、このビルドの悪戯はある意味で凶悪だった。久しく忘れていた人間であれば当たり前にしなければならない行為に苦しむことになろうとは、この時の俺たちは知る由もなかった。