「欲ってやっかいですよねー。満たされても、次から次にと欲しいものが出てきて。……甘い物が食べたいです」
「味付けは塩だけだからね。あとは素材の味か。けど、次の野菜候補はキビのはずだから期待しててもいいよね、モモちゃん?」
「エイオウジ教団の魔物による襲撃の後なのに、余裕ですね2人とも」
「「私たち壁役で手数が多いからね!」」
ユグドラシルでは種族の違うスライム種だったが、この世界では色と形態が違うだけの同じスライムとなったヘロヘロさんとぶくぶく茶釜さんは、体の左右からうねうねとした触手を取り出し、各々石の剣と樫の杖を装備している。そのおかげで人よりも手数は普通に倍であるが、人間としての精神が邪魔して、剣で攻撃している一方で、樫の杖を使った魔法での攻撃とはうまく出来ないようだ。とはいえ、ヘロヘロさんたちが使える魔法はスカラという対象者の防御力を上げるものなので戦いの最中に使わなくてもいいという利点がある。
「俺が攻撃魔法、ヘロヘロさんたちは防御魔法、ルプスレギナは回復魔法。エントマは相手に幻を見せるマヌーサっていう幻惑魔法でしたよね。うーん、こうなってくるとユグドラシルでの職業のシステムが関与しているのかもしれませんね」
ビルドが言っていた通り、魔物の襲撃は村の北側から行われ、泥を積み重ねただけの防壁は現れたがいこつの剣士や大きな猿の攻撃を受けてズタボロ。魔物の侵攻を押し留めるくらいの役には立った。襲撃後に村人たちが元に戻そうとしたけれど、木材で防壁を作り直すと言ったビルドの発言を受けて、農作業や釣りでの食材確保に動いてもらっている。
そんな中、村人とナザリックのメイドたちが、苦悶の表情を浮かべながら列をなしている。彼女たちの行先にあるのは小さな個室がいくつか。
「ところで僕らも普通に食材を食べてますが、消化された物質ってどこに消えているんでしょうね?」
「少なくとも私らは体内の酸で消滅しているんだろうけれど、モモちゃんは説明がつかないよね」
「まぁ、いいんじゃないですか?我々には関係のない話でしょう?」
「でも、“あれ”もビルドくんにとっては貴重な素材になるんですよね」
「……昔のリアルでもそうだったらしいから、とやかく言うもんじゃないよ、ヘロっち」
人間の本能に従い、列に並び、苦悶から解放されて穏やかな表情で出てくる村人やメイドたちの姿。それを見ながら俺は、ビルドは次に何をやらかすのかと不安になったのだが、彼が次に取り掛かったのは風呂の建築。汗を流したいという兵士のジバコのお願いを受けて村の西側に風呂を建てていた。村にいる人数もそこそこいるので、計3か所。そのうちの一箇所は、俺たち専用に作って欲しいというメイドたちの意向でナザリックハイツの屋上部分に建てられて、開放感半端ない露天風呂となった。
◇
この世界の野菜は成長スピードが速く、1個の種からいくつも実を収穫できる。だが、それもいずれ限界が来る。小麦畑の隙間も多くなってきたとメイドたちから報告を受け、俺はビルドに頼んで村の東側の空き地に縦と横が5ブロックずつの堀を作ってもらった。そして中央にブロックを2段積んで、そこに木の椅子を設置。そこにエントマを座らせ、俺たちは武器を持って暫く待つ。するとどこからともなく蟻の大群がエントマ目掛けてやってくるのでひたすらに狩る。
可愛いナザリックの宝を餌にするなんて、と思いつつも全ては小麦の種を得るため、狩って狩って狩りまくった。そこで得られた小麦の種はすぐに村にいる農民たちに渡し、畑に植えてもらう。もう一度やるかと思ったのだが、どこからともなく現れたのは蟻だけではなかった。茶色の毛を持つ犬が紛れ込んでいたのである。その上、ビルドのズボンを噛んで引っ張っている。どこか切羽詰まった犬の様子に俺は『エントマホイホイ』の運用をヘロヘロさんやぶくぶく茶釜さんに任せ、ビルドと共に犬の案内する場所に向かった。
村から見て南東の方角。木々が鬱蒼と生い茂る場所の枝葉の隙間を縫うように進む犬の後を追う俺とビルド。ビルドは立ちはだかる木々を全部破壊しようとしていたが、『そんなことは後でいいからさっさと来い』と言わんばかりの犬の剣幕に負け、犬の後を追って木々を抜け切る。
ぶつぶつとフラストレーションが溜まっているビルドの目つきがヤバイ。生い茂った木々の先には洞窟があり、犬はその中を突き進む。俺は木々を睨みつけるビルドの首根っこを引っ掴み、先に進む。
進んだ先にあったのは湿地帯だった。刺々しい茨が至る所に生え、毒々しい紫色の大ナメクジが徘徊する。雲のような魔物は時々放電し、人間の手を象った泥の魔物の姿もある。当然のことであるが、今まで探索してきたモンゾーラ島とは打って変わった風景。
つまり、ビルドにとっては宝同然の素材の山。
しかし、中々やってこない俺たちに業を煮やした犬が凄い剣幕で吼えてくる。渋々、素材回収を諦めたビルドと共に犬の後を追うと、洞穴に人間の女子が2人ぐったりとした様子で倒れていた。ビルドが持っていた薬草で体力は回復させたが衰弱が激しいため、俺が2人を肩に担いで連れ帰る。その際、ビルドが
ほらみろ やっぱりばっさいしていたほうが よかったじゃないか
と毒づきながら、俺たちの行く手を阻んだ生い茂る木々をすべて資材に変えて道を確保していた。村の農家の平屋に運び込まれた2人の女子は、ルプスレギナの介抱を受けて喋れるまで回復した。その際、俺に担がれてこの村に来たことを知って、ガチで震えられたがもうどうでもよかった。
ももんがさん つぎの ぶきは どのけいとうがいい?
村人とのコミュニケーションがうまくいかないことに少し肩を落としていたら、ヘロヘロさんと共に湿地帯にて資材回収してきたビルドにそんなことを尋ねられた。いや、いつの間に回収に行ったんだと思ったが、見た目がボロボロになったヘロヘロさんが阿鼻叫喚のメイドたちに運ばれて行く姿を見て、何も言うまいと思った。
ちなみにヘロヘロさんは、ビルドから湿地帯に生える草を刈って得られる布草を使えば、もう少しまともな布を使った服が作れるようになると言われ護衛役を自ら買って出た模様。しかし、認識が甘かったらしい。
「電撃による麻痺と少なくない蓄積毒に加えて、水底に引き摺り込みながら鋭利なハサミでチョッキンとか完全に殺しに来てます。僕がスライムじゃなかったら死んでました。ちなみにビルドくんは素材回収以外目もくれず、毒を受けても走り回ってましたね」
「えー……。ビルドくんってさ、軽く人間やめてない?大ナメクジが放った水鉄砲を即座に積み重ねたブロックでガードするなんて技を建築する時に使っていたけれどさー。人間離れし過ぎていて逆に怖いんだけど?」
「俺たちもユグドラシルでのビルドは極振り構成でしたけれど、ビルドも中々ですよね。……狙ってませんよ」
「「そう思うなら言わなきゃいいのに」」
噴き出してケラケラと笑うヘロヘロさんとぶくぶく茶釜さん。俺は自身の失言に対し苦笑いする。
なんてことない、何気ない言葉の応酬。俺はそんな会話の中に安らぎを覚えていた。
ユグドラシルでひたすらギルメンがログインするのを待ち続けた日々。
強敵を倒したかったわけではない。
ワールドアイテムの様な希少価値のあるアイテムを取りに行きたかったわけではない。
俺は今のこの時のような気心の知れた仲間と共に同じ時間を過ごし、共有したことを話したい。ただそれだけのためにナザリック地下大墳墓を、アインズ・ウール・ゴウンを維持し続けていたのだと悟った。
で さんにんとも そのままの ぶきでいいの? ぼくは べつに それでもいいけど
じとーっとした視線を俺たちに向けてくるビルドのぶっきら棒な声に無いはずの心臓がキュッとした。基本的にニコニコと緊張感のないような表情を浮かべるビルドだが、機嫌にはちゃんと波がある。
素材回収している時と、何かを作っている時はすごくキラキラとした満面の笑みだが、魔物を倒すときやナザリックのメイドたちの至高の41人の話やヘロヘロさんのメイド談義を受けた後は決まって機嫌が悪い。お願いされても
かってに すれば?
と返すこともあるくらいだ。(ちゃんと機嫌が直った後にお願いは完遂している)
「はいはーい!私は盾が欲しいなー。スカラも使いたいから新しい杖も欲しい!」
「うーん。僕は状態異常が起こせる武器がいいけど作れる?形状はなんでもいいよー」
「俺は殴っても攻撃力のある新しい杖と、そうだな。防具が何かあればいいんだが、さすがに布のマントだけでは心もとないし」
俺たちの要望を受けたビルドは少し悩むような仕草を見せた後、いつも通り背負った本を取り出して羽ペンで何かを描く。その後、金床のところに行って武器の作成を開始。待つこと暫し、出来上がったことを知らせるビルドのところへ行くと作業台の上に作った武器の試作品が置かれていた。
・まどうしのつえ 呪文名を唱えなくても振れば勝手に魔法が発動する
・いばらのむち 確率で蓄積毒を与える使い手次第で使い勝手が変わる
・かしのおおたて 木を組み合わせて作った大きな盾
・いばらのおおたて 樫の大盾に湿地帯で摂れた茨をくっつけた盾で攻防一体が実現
・いばらのつえ 魔導士の杖に茨の棘を巻き付けたため、振れば魔法が発動する優れもの。攻撃すると棘が刺さって痛い
出来上がった武器がそれぞれに配られる。湿地帯で手に入れた茨をふんだんに使ったラインナップ。それでいて俺たちの要望通りだ。ちなみに俺が頼む形になった防具は稽古着という服を布のマントの下に着ることとなった。移動速度が1割増しくらいに上がり、防御力もアップ。
よくよく考えれば、鉱物がひとつもない現在、まともな防具が作れるはずがなかった。それでも俺の要望に応えてくれたビルドには頭が下がる。そのビルドは余った茨を使っていばらのつるぎを作って村人たちや兵士のジバコに装備させた。
これで むらの まもりも すこしは らくになるね
とビルドは言って俺に向かって笑みを浮かべた。
じゃあ ももんがさん いこっか?
本来の目的であった次なる野菜であるキビの種と育成方法を求めて、ビルドは再び湿地帯に向かうつもりのようだ。俺は指名されたこともあり、鼻歌混じりで茨の杖を持って歩き始めたのだが、各所から待ったの声が掛かる。
「ちょっと待ったぁー!モモちゃんもヘロっちも湿地帯に行ったじゃん!次は順番的に私でしょー!!」
「至高の御身であるモモンガさまたちが行く必要はありません!私とエンちゃんが行けば大丈夫っす!」
「紫色の大ナメクジ……、赤と緑のカニ……じゅるり」
「いや、鞭なんて使ったことがないし、ここは熟練度を上げなきゃいけない意味でも僕が行った方がいいよね?」
ナザリック勢による話し合いはまったく進まず平行線の様相を呈した。俺やヘロヘロさん、ぶくぶく茶釜さんは早々に手を組んだ。というか組まざるを得なかった。
ルプスレギナやエントマたちに加え、ナザリックのメイドたちが唱える『至高の41人の御身は安全なところにいてください』は今後の活動にも支障が出る。今はまだメイドたちだけだからいいが、これに階層守護者たちが加わって反対されるとどうしようもなくなるのだ。
ユグドラシルのように無双はできず、危ない目に合う可能性があるのは認める。だが、だからといって村で大人しくしていろという要望は受け入れられない。俺たちは未知の場所を冒険したいんだっ!
いきたいなら みんなで いけばいいじゃん
そんな時、待ちくたびれた様子のビルドが放った鶴の一声。きょとんと眼を丸くしたルプスレギナたちの隙をついて、俺たちは声を張り上げた。
「ビルドくんの言う通りだよね。皆で行けば助け合えるし、ね!」
「僕たちが傷を負ったら、もちろんルプスレギナやエントマが介抱してくれるんだよ、ね?」
「メイドたちよ、俺たちは必ずここに戻ってくる。帰ってきた時に食べる温かいごはん、綺麗に整頓された自分の部屋でのひと時、汚れを落とすための風呂の用意など、お前たちにはいつも感謝している。しかし、それも俺たちが村の外で活動しているからこそ味わえるものなのだ。村の中で安穏としていてもそのような感動は得ることはできない。……分かってくれるか?」
大分ごり押しの論理だったが、何とか納得してくれたようで何よりだった。階層守護者たちが加わった際にはまた一波乱あるんだろうなと思いつつ、感動に打ち震えるメイドたちの手厚い見送りを受けて俺たちは出発するのだった。