身体全体がぬるま湯に浸っているような感覚。ぼやっとした光が視界に入ると同時に飛び起きた俺の側に、滝のように涙を流すナザリックのメイドたちの姿。「「「モモンガさま~!」」」の大合唱を聞き、なんとか大号泣するメイドたちを宥めて部屋の外に出るとヘロヘロさんとぶくぶく茶釜さんの姿があった。
「2人とも無事だったんですね」
「それはこっちのセリフだと、モモンガさん。茶釜さんを守るためとはいえ、無茶しないでくださいよ」
「ごめんね、モモちゃん。最悪の想定をちゃんとしておけって、あんなに言ってくれていたのに。私、やっぱりあの子たちに恨まれているんだ……。あの子たちを置いてリアルを選んじゃったから」
ぶくぶく茶釜さんの目があると思われる部分から涙と思われる液体がぼたぼたと床に落ちる。ヘロヘロさんが慰めの言葉を掛けるが、負った心の傷はそう簡単に癒えるようなものではない。
俺は落ち込むぶくぶく茶釜さんの介抱をメイドたちに任せ、ヘロヘロさんを連れてナザリックハイツから出る。そして、隣の農家の平屋に足を踏み入れる。それはビルドからの伝言に従ってだった。
おきたら ひらやの まぎーるさんの ところに
メイドが持っていた木の板に書かれた伝言。俺はそれをメイドから貰い、部屋の戸をノックして中に入る。部屋にはビルドの他に、看病についていたチャコや回復魔法が使えるルプスレギナの姿があった。ルプスレギナは回復した俺を見て涙目で喜んでくれた。
「来てくださったか、モモンガ殿。ヘロヘロ殿」
わらベッドで横になっていたマギールが言葉を発しながら体を起こす。脂汗を顔にいくつも貼り付け無理をしているのは一目瞭然だった。俺は彼の側に腰掛け、横になるように促しゆっくりと寝かせる。
「……面目ない。あの時、ビルドに助けられなければ、確実に命を落としていたでしょう……。収穫祭の夜の1日だけでも、昔師匠に言われ諦めたビルダーになる夢が叶った後だったから、このまま死んでも良いと思っていたのですが、……弟子の、チャコの切実な声が私の魂を離さないでくれた」
「ああ、チャコのような弟子を持って幸せだな、マギール。だが、彼女もまだまだ未熟だ。彼女の成長にはお前の力と知識が必要だ。弟子が掴んで離さなかった、その生命をお前が勝手に諦めるんじゃないぞ」
「死の神であるモモンガ殿にそう言われてしまえば、死ぬわけには行きませんな。……先の襲撃で村にあった世界樹の若木は完全に破壊されてしまいました。しかし、元々このモンゾーラにあった世界樹は、かつてこの島を訪れたビルダーが作り上げたものだったのです。その世界樹はヒババンゴさまがこのモンゾーラ島すべてを腐らせるように、くさり風を発生させる悲しき存在へと変えられています。ビルドには、どうすればよいのか指示を出し終えています。モモンガ殿、ヘロヘロ殿、どうか……このモンゾーラ島を昔の様な緑に満ち溢れた島に……」
深い息を吐いて意識を失ったマギール。俺はその場で大きく頷くと、正面に座っているビルドへと視線を向ける。彼の瞳の奥には燃え盛る焔が映っていた。メラメラとやる気に満ち溢れたビルドは俺の視線に気づき、スクッと立ち上がる。
俺はビルドとヘロヘロさんを引き攣れて農家の平屋から出る。
すると村人たちが村中央の世界樹の若木があった場所で、もう終わりだとか、やっぱりモノづくりなんてしないほうがよかったんだとか、弱気なことを口にしながら落ち込んでいた。見ているだけで滅入ってしまそうになる光景だったが、数人はまだ諦めておらず、他の人間を元気づけようとしていた。
「そんなことないっす!俺、野菜の種を植えて、水を撒いて、実がなったのを見て心の底から農業をやっててよかったって思ったっす!ビルドさんが来るまで、何をやっても何度やっても無駄だった、あんな過去に戻りたくないっす!」
「採れた野菜や皆が釣ってきてくれた魚を使った料理美味しかったよね!食べていると幸せな気持ちになって、皆も笑顔だったじゃない!」
「僕だって、諦めていた土地の緑化をビルドやみんなの手伝いがあってやってこれたよ。1人じゃ諦めることも、皆がいれば乗り越えられる!そうでしょ、ビルド!」
ポンペ、リズ、みみずんの想いを乗せたまっすぐな言葉が、落ち込みうつむいていた村人たちを動かす。そんな彼らの縋るような視線がビルドに注がれる。
ビルドはそれを待ってましたと言わんばかりに背負っていた本を開いて、ふむふむと読み込むと羽ペンを持って飛び上がった。
そして、からっぽ島で神殿を蘇らせた時のように、水汲み場を作る時のように、風呂場を作る時のように設計図を書く。村の中央のモニュメント、世界樹の若木が立っていた場所、そのすべてを内包する大きく広い設計図を空中に描いて敷いた。
もういちど もんぞーらとうに せかいじゅを つくりあげるよ ここにね!
ビルドが考案したそれは、スケールが大き過ぎて、村人はおろかユグドラシル時代に栄華を極めた俺たちアインズ・ウール・ゴウンに属していたヘロヘロさんもルプスレギナもメイドたちも目を剥くものだった。あまりに大きな目標に、村人たちの口から笑いが少しずつ零れ、先ほどまでの辛気臭さを吹き飛ばす大笑いへと発展した。
「さすがだな、ビルド。俺たちが考えもつかないようなことを平然とする」
ふふっ ももんがさん ほれた?
「フハッハッハッハ、俺を惚れさせるには、まだまだだ!聞けい、アインズ・ウール・ゴウンに属する者たちよ、ギルドマスターの権限を用いて命ずる!メイドたちよ、今こそ物作りの力を十二分に発揮し、ビルドの設計図を完成させる手伝いをせよ!ルプスレギナ、エントマの両名は村人たちでは回収困難な素材を集めよ!今のお前たちならば、それが出来るはずだ!ヘロヘロは、村の防衛の指揮を執れ」
「「「「はっ!モモンガさまの御心のままに!!」」」」
久しぶりの魔王ロール、後で評判を聞くと好評だった。ルプスレギナは「アルベドさまにもシャルティアさまにも悪いことをしたっすねー」と呟いていたが、詳しい話を聞こうとすると全力で誤魔化された。それと、ヘロヘロさんを勢いで呼び捨てにしちゃったけれど、彼からは直接グッジョブと太鼓判を押された。
さて とぼっか ももんがさん
「待て、待て待て待て。ここ断崖絶壁だぞ?」
俺は地面に四肢をついて下を見る。遥か下の方で壁に打ち付ける波が白く弾ける様子が微かに見えるくらいの切り立った絶壁の上に、俺とビルドはいた。確かに立っている崖から丁度正面にうっすらと大きな樹がある離れ小島が見えないこともない。
崖のてっぺんにある看板にも飛んだ先に世界樹に関する何かがあると書かれているのは分かる。だが、何度も言うがここは断崖絶壁である。
俺はユグドラシルの魔法が使えない。しかも、この世界で使えるのは攻撃魔法のメラだけだ。つまり飛行の魔法は使えないのだ。
だいじょうぶ まぎーるさんから かぜのまんとを もらってきてる
「いや、それで滑空するんだろ。分かっている、分かっているが、タイミングというか、心構えというか……」
むー ふむ えい!
いつまで経っても踏ん切りのつかない俺に埒が明かないと判断したのか、ビルドは大木槌をフルスイングして俺を打ち上げると自分も風のマントを広げて空を飛んだ。重力に引かれ落ちる俺の目の前にビルドの小さな足が見え、無我夢中で俺はその足を掴んだ。
風を切って滑空するビルドと俺。こんなことなら、村の防衛の指揮は俺が執って、ヘロヘロさんをビルドに同行させるんだったと今更ながら後悔する。
辿り着いた離れ小島には黒い瘴気を纏った猿とがいこつ剣士の魔物の群れがいたが、吹っ飛ばし効果のあるビルドの大木槌のフルスイングで一箇所に纏められる魔物たちに向かって俺の魔法攻撃であるメラが炸裂する。特に苦戦するような展開はなく、全滅させることが出来た。
そこで俺たちは世界樹だったものの意思と会話し、くさり風を生み出し続ける世界樹の変わり果てた姿を維持している核を破壊した。それは新たにビルドが生み出す世界樹の礎になる貴重なものだった。
「よし、用事は済んだことだし村に戻るか……、というか離れ小島なんだからまた飛ぶのか」
次はあんな無様な姿をビルドには見せないぞと意気込む俺だったが、ビルドは目を細めると世界樹だったものを再度登り始めた。何か見落としがあったのかと俺もビルドを追って登っていく。
所々欠けた部分があり進めそうになかったが、ビルドがブロックを設置することで問題なく登れるようになり、世界樹の天辺付近まで来た。俺はまさか、ここから滑空するつもりなんじゃなかろうかと不安になったが、ビルドが枯れた世界樹の葉っぱを掻き分けていくと瑞々しい色を放つ世界樹の葉を発見した。その世界樹の葉は茎頂からちょうど2つの葉が出ており双子のようだった。ビルドは何も言わずにその葉っぱを大事そうに包むと袋の中に仕舞う。
そして、空色の風のマントを取り出した。
いくよ ももんがさん!
「さっき考えたのは明らかにフラグだった訳か!分かった、今準備するから!大木槌を構えるなーっ!!」
村に戻ると少しくたびれた様子のルプスレギナたちと村人、そして汗を掻いているメイドたちの姿があった。収納箱には彼らの頑張りが詰まっていた。
しかし、今までは簡単な道具や料理を作ってきただけで、建物を作ったことのない面々であり、まずビルドに手本を見せてほしいということとなった。ビルドは大きく頷くと世界樹の土台となる黒い樹を持ち上げた。その直後、目に映らない速さで40個のブロックを敷いた。その様子にドン引きする面々だったが、何となく理解したということで各々マイペースに世界樹の作成が開始される。
ブロックをひとつずつ運び、設計図通りに積み重ねる彼らを見つつ、俺たちは世界樹に力を与える何か方法はないかとマギールやチャコ、みみずんたちに話を聞いて、3種類の花の存在を知るのだった。無論、その3種類の花の種はそれぞれ離れ小島にあり、俺は計6度ビルドの足に掴まって空を滑空することとなり、最初はあれほど怖くて恐ろしかった滑空がなんでもないことのように感じるようになるのだった。
そして、ビルドが書き上げた設計図の3段階目が完成し、頂上にある世界樹の核と黄色の花に囲まれた中心に、残りひとつの素材を与えるだけになった時、AOG教団のアウラとマーレが率いる魔物の群れが再び村の前に現れたのだった。