……後、次の方はブラウザをバックした方がいいかもしれまん。
A、俺の霊夢を苛めるなっ!!
B、こんなの霊夢じゃないっ!!
C、霊夢の不遇さには心底うんざりさせられる。
D、霊夢こそ俺の至高!!
E、霊夢たん、ハァハァ……。
等といった人たちはブラウザをバックしてください。
―――――/―――――
――――男はある一点だけを見つめていた。
――――男はそれだけしか見えていなかった。
……男が見つめる先は、王座にて、鎖に縛られながら眠っている美女――――■■姫。
彼女を縛ったのは男でも、はたまたその他の第三者でもない、彼女自身が己の作り上げた鎖で、己を縛り、抑えていた。
……ただ愛する男を、■したくないから、■したくないから――――彼女は男を■ない為に、己自身を鎖で縛ったのだ。
“好きだから、■わない”――――男の頭の中には、未だにその言葉が残っている。
――――ふざけるなよ、■■オンナ。
そう想い、男は拳を力一杯握り締め、苛立ちのあまり歯をギリギリと噛んだ。
彼女は今にも壊れそうだった。
男はそんな彼女のためならば何だってするつもりだった。
――――ただ、彼女の笑顔の為に、男は何だってした。
――――時には罵倒し、頭に拳骨をかまして、説教だってした。
――――彼女に腕を引っ張られながらも、彼女に“楽しさ”を教えんと色々なところに、彼女が望む所に連れ出してやった。
……それが、彼女を一度■した彼の責任だった。
しかし、そんな日常もある日、壊れてしまう。
――――■■衝動。
寿命がない彼女にとっての、別の意味の寿命がもう、近づいてきたのだ。
ならば男は、彼女に、自分の■を■えばいいと、言った。
しかし、彼女は頑なにそれを拒んだ。
――――どうしてだよ……。
自分の■を■ってしまえば、少しは楽になるかもしれないのに……、いっそのこと自分を■■にしてしまえば、これからも、ずっと一緒にいられるというのに、それでも彼女はは男の■を■わなかった。
――――嫌。
彼女は、男の提案を頑として受け入れなかった。
――――好きだから、■わない。
彼の■を■えば、彼女の衝動も、少しは弱めることもできるかもしれない。
……何より、彼自身がソレを望むのであれば、それをするのが妥当な選択であった。
しかし、■■の姫君は、かれの■を■いたくないし、彼を■■■にしたくなかった。
■■の姫君は、彼に、人間のままでいてほしかった。
……だから、彼女は彼の■を■わなかった。
――――……ッッ!!!
だから、男は、彼女の衝動を抑える方法を探し続けた。
……世界中を飛び回って、彼女の衝動を抑える方法を探し続けた。
その途中で弱っている彼女討たんとするものは構わず殺していった。
■■狩りを目標とする■■、弱っている彼女を好機と見て隙を付かんとする■■■たち……彼女に、火を浴びそうとする者は道中で片っ端から殺していった。
……彼女の笑顔とともに生きる――――そんな日常を取り戻す為に、男はただ衝動を抑える方法を探した。
時には、魔術師にも協力を仰いだ。
時には、利害が一致した■■たちや、■■■とも手を組んだ。
■■林に飛び込んでは、■■の実と呼ばれるものを取り、彼女に食べさせたが、その不死の実も……彼女の衝動を抑えるには一時的な薬でしかなかった。
そして、衝動と、衝動に抗う彼女の魂がぶつかり合い、やがて彼女の魂そのものが壊れそうになった。
……そして、とうとう限界な己を悟った■■の姫君は、男にある頼みをする。
――――私のまま、■してほしい……。
ふざけるな、と男は吠えた。
……まだ、諦めていけない。
まだ、抑える方法があるかもしれない。
まだ、間にあるかもしれない。
男は、姫君に木霊しつづける。
しかし、鎖に繋がれた■■の姫君は静かに、首を横に振った。
――――もう、無理だよ。自分の体だもの。私が一番よくわかってる。だからせめて、■■の手で■してほしい。
――――……ッッ!!
男は叫んだ。ふざけた事をいうな、と。
――――お願い、早く。このままじゃ、私でなくなってしまうから……
――――……。
しかし、男は拒んだ。
怖かった。
彼女を■す事が、怖かった。
彼女を失う事が、怖かった。
守るものを失う事が、怖かった。
もう彼女の笑顔を見ることができなくなるのが、とてつもなく怖かった。
生まれたとき何の楽しみも知らなかった彼女に、もっと世の中の楽しさを教えてやりたかった。
――――ごめん、■■。
姫君が呟くと、彼女の眼は、金色になり――――男の体を縛った。
――――……ッッ!!?
瞬間、男は自分の体に異変が起こることに気づく。
“私を■して”
……頭の中に、そんな声が流れて――――否、それは命令、もしくは懇願にも聞こえた。
概念的な神秘に対する耐性を対して持ち合わせない男は、必死にソレに抗おうとするも、体が言うことを聞かなかった。
男の手は、腰にあるナイフに手をかけ――――
――――やめろ。
男はそう念じて、暗示に抗おうとするが、いくら意思が抗ったところで、体が言うことを聞くはずもなく……。
――――やめてくれ。
男はナイフを構え、そして、視線は彼女の脇腹にある“点”を凝視する。
――――止めろよっ!!
男の腕はナイフを振りかぶり……。
――――お願いだ、やめてくれ。
そしてナイフは、彼女の脇腹にある“死点”へと、その凶刃を――――振り下した。
――――やめろ、もう■いたくない
――――■したくない。
――――もっと、お前に教えてやりたい。
――――もっと、一緒にいたい。
男は、必死に抗った。
男は目を逸らそうとした、自分の手で、彼女を■す瞬間を見たくないから……。
しかし、彼女は暗示に最後の力を振り絞ったのか、目を逸らすことすら、叶わず――――男のナイフは、彼女の脇腹にある点に――――
――――ありがとう、■■。
――――……■■■■■■……ッッ!!!
――――私を、■してくれて……。
――――■……■■■■■■■……■■■■■■――――■■■■■■……ッッッ!!!!!!!
そして――――男は、コワれた。
―――――/―――――
「――――ッッ!!?」
まるで、深淵の闇から抜け出せたかのように、咲夜は目を覚ました。
……視界が開けば見えるのは、見慣れない木造建築物の天井。
……体の所々が何か締め付けられてる錯覚を感じ、ソレが包帯によるものだと知った彼女は静かに、体を起こした。
今自分が寝ていたのはベッドの上ではなく、畳の上に敷かれた布団の上。
慣れない感触だ、と思いながら体を起こし、天井を見上げながら思いに耽った。
「今のは――――」
夢。とても、悲しい夢だった。
一人の男と、一人の女の、悲しくて、切ない物語。
……その一端らしきモノが、夢として見えてしまった。
しかし、咲夜が気になったのはそこではなかった。
……あの夢に出てきた男の方――――見間違えでなければ間違いなく――――
「アレは――――七夜なの?」
夢に出てきた男の服装は、赤い和服を模した聖骸布――――ここに来たばかりの七夜の服装と一致していたし、顔も曇りがかったようによく見えなかったが、あの少年の面影があった。
ならば自分が今見たのは――――七夜の、過去?
否、それならば前提としておかしいではないか。
自分は七夜の過去など知らないし、あの少年と出会ったのは、自分が幼少期の頃で一度きりだ。
もし七夜があの少年と同一人物だというのであれば、今日こそが再会の日という事になるが……。
「今日……?」
気がついたように、呟いた咲夜はすぐに布団から出ようとするが――――。
「――――ッッ!!?」
突如、世界が歪んだかのように――――彼女の視界がグラっと揺れた。
次に彼女を襲ったのは、吐き気がする程の目眩と、体が思うように動かぬ身重感だった。
身体を立たせた瞬間、気を抜いていた咲夜はその身重感に耐えられず、バタンと、床に伏せてしまった。
否、だるいだけなら、彼女なら我慢もできただろう。
しかし、ソレに、身体中に響く痛みが加われば、気を抜けば倒れてしまうのは無理もないこと。
「う……」
気が抜けていた自分を恥じながらも咲夜は必死に身体を立たせようとして――――。
ガラン、と目の前の障子が開いた。
「失礼します――――て……」
障子が開く音と共に、聞き覚えがある声だ、と咲夜は俯けに倒れたまま、声の主を見上げた。
「お、起きたんですか!!? 咲夜さん――――」
仰向けに倒れた咲夜を見た女性――――紅 美鈴はすぐさま咲夜に駆け寄り、咲夜を仰向けに転がした後、状態を抱き起こした。
「無茶しないでくださいっ!! 貴女は七夜さんほど重傷ではないですが、安静にしている必要があります」
――――安静? そういえば、私はなぜ、布団で寝ていたのだろうか。
咲夜が自分来ている衣装を確認してみる。
……ように慣れない着心地かと思えば、自分が今まとっているのは、病人用の白い寝巻きだった。
胸の辺りには、ブラジャーの代わりに白い晒しが巻かれており、谷間は僅かに見える程度だった。
「美鈴……私は、何で寝ていたの?」
ここで、ようやく咲夜は己の疑問を口にした。
七夜を抱いてから、紅魔館まで運んだあと、応急処置を施し、すぐここ――――永遠亭に運んだところまで覚えて……。
「ここに着いた直後に、咲夜さんも倒れたんです」
「……私が?」
「はい、咲夜さんも相当無茶をしていたんですよ。 誰と戦ったかはわかりませんが、体中に弾幕に被弾した後が見受けられましたし、おまけにあんな寒気がする程の豪雨の中で七夜さんを紅魔館まで運んだんです」
「……そう」
どうやら、あの守矢の巫女との戦闘ダメージが応えたらしい。
……たかが能力を封じられたくらいであの体たらく――――紅魔館のメイド長の名が聞いて呆れるものであろう。
……あの場で早苗が固有結界を展開してくる事自体が、想定外だった。
あの巫女を速攻で気絶させた後、七夜と霊夢を止めに行くはずだったのに、守矢の巫女との戦闘で負傷し、あまつさえいざ止め行ったら七夜の殺気に威圧されて止めることすら出来なかったのである。
――――つくづく無能ね、私って……。
心の中で咲夜はそう自重した。
「とにかく咲夜さん、無茶を――――」
そう言って、美鈴は咲夜の体を抱き上げ、再び布団の上に乗せた、その上に掛け布団を咲夜の体に被せた。
「悪いわね……美鈴……」
「いえいえ、この位……」
そう言って、美鈴は懐から取り出した氷袋を、咲夜の額の上に被せた。
「熱もありますから、安静にしてくださいね?」
「……りん……美鈴」
咲夜は思い出したかのように呟き、美鈴の名を呼ぶ。
「はい、何でしょうか?」
「……七夜は――――あのバカは、無事なの?」
「……」
彼――――七夜の安否を問う咲夜に対し、美鈴は顔を俯いて黙りこくってしまう。
「……美鈴?」
まさか、と嫌な予感がした咲夜は、再度美鈴の名前を呼んだ。
「……一応、一命は――――取り留めたそうです。 けれど……」
「けれど……?」
しばらく、両者の間に沈黙が続いた。
間を置いた美鈴は、その口で、事実を言った。
「もう――――いつ死んでも、おかしくないそうです」
◇
「はぁ……」
面倒な事になった、とレミリアはため息をつく。
まさか七夜を執事にした事が、ここまでの問題に発展する事など、誰が予想できたであろうか……。
何かしら嫌な予兆を感じてはいたが、まさかここまでになろうとは想像もつかなかったのである。
しかし、反省はしても後悔はしないのが、彼女の信条というべきか……。
「非があるのは……向こうじゃない」
そう、七夜は殺し合ったといっても、先に仕掛けてきたのは霊夢ではないか。
あの八雲紫から事の次第は既に聞いていた。
……死者を強烈にまで憎んでいる霊夢は、何らかの理由で七夜を死者と勘違い――――否、死者に反応する玩具が七夜に反応したのだから、七夜は必然的に死者確定なのだろうか……。
いや――――。
「だからって……」
例え死者だったとしても、己が生きているか死んでいるかを決める権利があるのは本人だけだというのに、あまつさえ死者という理由で襲われ、結果、いつ死んでもおかしくない状態にされた七夜。
霊夢は左腕を奪われるという大出血を受けたらしいが、比率的にみれば、明らかに七夜の方が重傷なのだ。
しかし、霊夢は幻想郷を維持する――――謂わば、バランサーみたいなモノ。
そのバランサーの左腕が切り落とされたとあっては、七夜はただでは済まされない。――――否、八雲紫直々の手によって消去されかねない。
その八雲紫はまだ彼を生かすつもりではあるみたいだが……。
「あの目……危ないわよ……」
あんな八雲紫を見たのは、レミリアは初めてだった。
己を嫌悪するような感情と、憎悪が混じりあったような目だった。
その憎しみが七夜に向けられている事は間違いなかった。
だから、ここの月医師には感謝しているのだ。
八意永琳――――根っから医者信条をもった彼女ならば、例え博麗の巫女の腕を切り落とした罪人だとしても、彼の傷を直してくれると希望を持っていた。
そして案の定、永琳はソレを受け入れてくれた。
しかし、一命を取り留めたはいいものの、それでもいつ死んでもおかしくない状態。
「巫山戯るのも大概にしてほしいわ……」
ほとんどの者が……七夜に慈悲の視線を向けていなかった。
みんな……霊夢の心配をしていた。
確かに妥当であろう。
……霊夢は、かつてないほどに妖怪と人間との距離を縮めさせた、今では生きた英雄的な存在であるのも事実。
確かに、気持ちは分からなくもない。
……しかし今回に限ってはどうだ?
自分のモノにしようとした人間を、死者と勘違いされ殺されそうになり、あまつさえ傍で長年仕えていた従者も巻き添えを食らって、そして死にそうになった人間を助けようとここまで運んだら、八雲紫の憎悪の目はその人間ばかりに向けられて、そして周りは彼に慈悲の目を向けようとしないのも……全てレミリアにとって納得のいくものではなかった。
カツ、カツ、永遠亭の廊下を歩く。
縁側に座って、この苛立った気持ちを落ち着かせようと縁側の方向へ向かおうとするのだが――――。
「今、私は機嫌が悪いのだが――――何か用か?」
突如、後ろから気配がし、振り向くまでもなく何者かを確信したレミリアは額に手を抑えながら、威圧するように言った。
「――――式神」
……言ったと同時、後ろを振り向いた。
金髪のショートボブ、金色の眼、そして後ろに生えた九本の尻尾。
八雲紫の式――――八雲 藍はそこにいた。
「……」
藍はただ黙って、レミリアを見つめる。
「用がないなら、何処へでも消え去ってくれ。私は機嫌が悪い」
「……甘いな」
黙っていた藍は、ただ一言、ようやく口を開いた。
「どういう意味だ?」
若干、威圧するようにレミリアは聞いた。
「甘いと思わないのか? 自分の玩具にすると決めた人間に対して……」
「玩具、だと?」
「そうだ。あの死者は幻想郷のバランサーたる博麗の巫女を殺す事に、何の躊躇もなかった。己が消えることすらも当然だと受け入れるように、博麗の巫女を殺そうとしたのだぞ?
それを知って尚、あの死者に対して心配する。
常々妖怪らしくないとは思っていたが、ここまで甘いとは思わなかったぞ? レミリア・スカーレット」
「七夜が玩具? 私が甘い? ハ――――履き違えられるような事を言われたら困るな。 私のモノになるからには、最後まで私が守らなければ後味が悪いだろう?
ソレに、アイツを死者だと言ったな。その言葉も訂正させてもらうか。
例え奴が死者だとしても、私のモノになった事に変わりはないし、ソレに生きているか死んでいるかを決める権利を有するほどキサマらは偉くはないだろうに……」
「――――だとしてもだ。妖怪――――吸血鬼であるのなら尚更、玩具にしないにしてもそこまで情をかけるものか?
妖怪は人を襲い、人間は妖怪を恐れなければならない。
秩序なくしては我々と人間は共存できない事ぐらい、お前も理解できない程馬鹿ではないだろう?
たとえ、その秩序が偽りだとしてもだ……。ただでさえ十六夜咲夜という人間を従者にしていたというのに、これ以上正気沙汰のない事をするつもりか?」
「その舌、直々に切り落としてあげようか? 私は咲夜を従者にはしたが、玩具にした覚えは一切ない。 咲夜は自分の意思で、私の懐にいてくれている。ならば、私は主人として恥じない振る舞いをするまでだ。
七夜を死者扱いするどころか、私の咲夜まで侮辱してくれるとは……その口、我が紅魔館への侮辱として受け取るぞ?」
「それが甘ちゃんだと言っているのだ。
確かに、オマエの従者やあの死者、博麗の巫女のように特別な力をもった人間がいる事も認める。
ならばこそ、更本来懐に置くべきではない。懐に置くのなら情を抱かぬ程度に距離を保て。それすら出来ないのなら、早々に別れたほうが妖として正しい道だと言っている」
「何とでもいえ、甘いと言われようが、吸血鬼らしくないと言われようが、私が決めたことだ。お前に指図する謂れはない。
甘いのなら、甘いと罵るがいい。ソレによって得られたものだってある。なら、私はソレを守り通すまでだ」
「……どうやら、何を言っても無駄なようだな。 後悔しても知らんぞ?」
「私が後悔する訳無いだろう。例えしたとしても、私が歩んでいた道に間違いはないのだと断じて言い切れる」
「……忠告はした。後は知らん」
そう言って、藍をレミリアに背を向け、己が作り出した空間の裂け目――――スキマへと消えていった。
痕跡すら残さず……美しき九尾はその姿を消していった。
「忠告、ね……」
藍の言っていた言葉を振り返り、レミリアは呟く。
幻想郷は、人の妖怪との共存を目的として世界から隔離された土地。
……されど、妖怪たちの心は根っから変わってしまう事などない。
妖怪は人間を襲い、人は妖怪を恐れなければならない。
そしてその人間の中の一部で力を持った者達――――俗に退魔を生業とする者達がソレを退治する。
例え不殺生であろうと、この形――――藍の言っていた秩序――――は維持しなかれば人間と妖怪は共存できない。
「なら今回は何よ……」
今回は妖怪と人間がではない。ましては妖怪同士の闘争でもない。
四人の力を持った人間達によっての闘争。
レミリアの従者たる咲夜は守矢の巫女の手と戦い、お互い体調に支障が出る程までに傷を負い、そして今日、レミリアの従者となった七夜と博麗の巫女が戦い、七夜は全身に傷を負い、および脳に命に支障が出るほどの負担をかけ、瀕死どころでなく仮死状態にまでされた。
そして博麗の巫女は七夜によって一矢報われたのか、右足を潰され、そして左腕を奪われた。
だが――――。
みんな、七夜やソレに味方した咲夜を避難気味であるが、元より自分のモノたちに先に手を出してくれたのは霊夢だ。
霊夢は殺されかけたらしいが、元より霊夢が仕掛けなければ何事も無かったわけだし、七夜だって霊夢を自分から殺そうとは思わなかっただろう。
なのに、何故責められているのは、七夜と咲夜だけなのだ……?
「ホント、苛立つわ……」
今にも、何かに八つ当たりしたい感情を抑えながら、レミリアは縁側に向かった。
◇
―――――/―――――
――――ハァ、ハァ、ハァ。
……息が激しくなる。体中の疲労も増してきていて、筋肉が何らかの縄で引っ張られているかのように、痛かった。
しかし、そんな痛みを気にすることなく、私はただ必死に走った。
ただ逃げることに必死で、他の事に意識が集中してくれない。
――――何故、私はここにいるのだろう?
そんな疑問を抱く暇すらなく、私はただ奥に闇しか見えない木々のヴェールを夢中に走り続けた。
……何キロ、何メートル走ったかを気にする余裕などない。
……後ろを振り向く余裕などある筈がない。
アレが、迫ってくる。
周囲に気を配らなくても分かる。
木々を伝って、全方位がから押し寄せてくる鋭い殺気に、どれが本物の殺気から分からなくなるぐらいに、それは鋭かった。
ただひたすらに走った。
逃げるために、ひたすら走った。
――――何故、空が飛べないのだろう?
――――何故、弾幕が撃てないのだろう?
――――何故、陰陽術式が使えないのだろう?
そんな疑問を抱く暇も、猶予もなく、ただ走り続けた。
……ただ己の命を狙ってくる――――蜘蛛から逃げるために。……この惨殺空間から――――抜け出すために。
私は走り続けた。
……走り続けて何時間も立った。
全ての感覚すらも麻痺してしまったのか、殺気が感じられない。
――――それとも、本当に殺気がなくなったのだろうか?
そんな淡い期待を込めて、後ろを振り返ってみるとそこには――――獣以上の速さで、蜘蛛の如き動きで木々の間を跳び回りながら、こちらに迫ってくる殺人鬼のアオイ眼が――――。
「ひぃッッ……!!?」
そして私は再び前を向き、筋肉の痛みの加速と共に、その速度も加速させた。
体中の疲労よりも、恐怖の方が遥かに勝っているのか、私は体中の痛みすら気にかける暇なく、ただ夢中に走り続けた。
いくら走っても、この森――――惨殺空間から抜け出せる様子はない。
それでも、死にたくない一心で、ただ走り続けた。
……振り返る必要はもうなかった。
どれだけ逃げた所で、この森にいる限り、相手は私の命を狩るまで、止めないだろう。
どうせ振り返ったところで、見えるのは、『オマエを殺したくて堪らない』と嗤う蒼眼だけだ。
このまま走る続ければ――――いつか抜け出せる。
そんなちっぽけな希望を抱いたまま、走り続ける。
しかし――――。
「――――ッ……?」
恐怖と疲れで、感覚が麻痺しているというのに、それでも違和感を感じた。
否、感じたのではなく己の勘がそう言っていた。
まるで、希望が薄れていくような。
まるで――――、今唯一の拠り所となる足場すらもが、“殺されて”いくような……。
……そのとき、周囲の地面に亀裂が入り始めていることに、初めて気付いた。
「え……ッッ!!?」
まるでビキビキとヒビが入ってゆく硝子の如く、亀裂が入っていく。
……不規則で、それでいて既に“定められていた”かのように、亀裂が走ってゆく。
亀裂が増えるたびに、霊夢は、自分の“死”が迫ってくるのを、霊夢は肌で感じた。
そしてソレは――――崩壊した。
「きゃあァァァーーーーッッッ……!!!!!!」
足場がなくなる、すなわち――――逃げ道がなくなる。
逃げ道がなくなる、すなわち――――逃げる手段がなくなる。
すなわち――――私の、死。
……地面が崩壊したことにより、重力に負けて私の体は奈落へと落ちてゆく――――前に、見てしまった。
崩れた地面を足場にしながら、蜘蛛の如き動きで、私へと迫ってくる殺人鬼を――――。
「イヤ……来ないで……」
……“死”が迫ってくる。
私の命を狩らんと、蜘蛛の牙――――ナイフは、私の眼前に迫ってくる。
「――――ッッ……!!」
恐怖のあまりに眼を瞑ってしまう。
……目から、しょっぱい液体が、流れるのを感じた。
――――私、泣いているの?
そんな疑問がふと湧いて、眼を開けたとき――――。
「あ――――」
アイツのナイフが私の胸に突き刺さって――――そこでで、私の意識は途絶えた。
―――――/―――――
「――――ッッ!!?」
――――ふと、眼が覚めた。
……体が何かに包まれている感触を感じ、確認してみれば、自分は布団の中で寝ているようだった。
すぐに両手を使い、体を起こそうとし――――。
「……?」
おかしい――――上半身がうまく上がらない。いや、それ以前に布団に付いた掌の感触が、右手しかない。
……おかしい。
そう思って、左腕を見て――――。
「あ――――」
視界が、おかしかった。
まるで、肘と肩の間らへんの下あたりから、左腕がないように見えた。
……自分の眼がおかしいのだと疑わなかった。
だって、そうじゃないのよ。
……腕がなくなるなんてそんな事――――万が一にある筈がない。
だから、自分はまだ寝ぼけているんだと思って、右手で頭を思いっきり殴ってみた。
ゴチ、と衝撃が頭に響く。
「いった~。だけど、これで――――」
そして、再び、左腕を見つめる。
――――腕がないままで、切断面には白い晒しが何重にも巻かれていた。
「……で、よ」
……呟く。
何度も、左腕を凝視する。
……よく観察する。
――――無いはずがないのに……。
――――そんな事、あり得るわけがないのに……。
――――そんな事、あってはならないのに……。
「なんで……、よ……ッッ!!!!」
しかし、どんなに見ても、腕はないままだった。
ただ切断面に、鬱陶しい白い晒しが巻かれているだけ。
――――そんな事が、あっていい筈がない。
――――これは夢なのだ。
――――さっき見ていた夢の続きなのだ。
だから――――。
「ふふ、ウフフフフ……」
もう、やめよう。
どれだけ私が否定しても、どれだけ周りが否定しても、神が否定しても、世界が否定しても……。
「ないんだ、私の腕……」
そして、私はこの悪夢を受け入れた。
――――確かに、私の左腕はもうこの世には存在しないのだと。
――――もう、私の左腕が戻ることなんてないのだと。
「うふふふ、あははは……」
思い出すのは、先ほど見た夢。
アイツの、あの蒼い眼を思い出して、私はただ、ガタガタと震えるしかなかった。
◇
「咲夜さん、大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫よ。これくらい、気を抜かなければ……」
現在、咲夜は多少フラつきながらも、体を立たせて、廊下を歩いていた。
七夜を永遠亭に運んでから一日が経過していると聞いた咲夜は、七夜の様子を見たいと美鈴に頼み込んだのだ。
美鈴は安静にしていろと言ったが、どうしても気になるらしく、無理を言ってここまで来たのだ。
ちなみ美鈴も心配で、後ろに付き添っていた。
覚束無い足取りで、咲夜は廊下を歩いていく。
……やがて、一つの人影を、咲夜と美鈴は視界に定める。
白に近い銀髪のロングヘアーに、二人の主人たるレミリアとはまた違った感じの真紅の瞳。白い衣服に、袴のような形状の赤いズボンを履いた少女。
不老不死の身にして――――負傷した七夜を運ぶ紅魔館勢を、永遠亭に案内してくれた少女――――藤原妹紅はそこにいた。
「咲夜っ!! 体調はもう大丈夫なのか?」
妹紅は咲夜を見るやいなや、心配そうな顔で咲夜に詰め寄ってきた。
「大丈夫……とまではいかないけれど、平気よ……」
「け、けどなあ……」
「大丈夫だから。ちょっと確かめたい事があるだけ。それが終わったら――――」
「あの人間の事か?」
咲夜が言い終わる前に、妹紅が口走る。
「……」
咲夜も黙りこくってしまった。
先ほど、咲夜は美鈴から七夜が何をしたのかはちゃんとわかっていた。
妹紅も紫から話を聞かされ、七夜がした行為を信じられないと思いつつも、その事実は知らされていた。
「咲夜は、あの人間の何なんだ? 霊夢の腕を切り落とした人間――――紫やその式、閻魔は死者だと言っていたが――――」
「……」
咲夜は口を閉じた。
後ろにいた美鈴は首を傾げながら、二人の会話を聞いていた。
「あの人間の顔を見たときの、オマエの顔。どうにもいつものオマエとは思えない。私は、オマエとあの男に何かあるとしか思えないんだ」
咲夜は答えない。
ただ黙って、向こうに眼で意思表示をするだけだ。
「まあ、オマエが答えたくないならソレでいいさ……。それで、あの人間が寝ている部屋だったらこの先を左に曲がった奥にあるぞ。
最も――――まだ永琳が治療中だけど、今ならまだ入れるかも知れない」
妹紅はそう言い残し、咲夜と美鈴の隣を通り過ぎる。
「何処へ行くのですか?」
美鈴が後ろを振り向いて問う。
「輝夜を起こしに。この時間帯でもアイツ寝てるからな。やれやれ、世話を焼くこっちの身にもなってほしいよ。永琳も何故私に押し付けるんだか……」
妹紅はそう愚痴り、廊下の道角を曲がって、二人から姿を消した。
「行きましょう、咲夜さん」
「ええ……そうね……」
二人は妹紅が行っていた通りに、まっすぐ廊下を歩いていった後、すぐそこにあった、左の曲がり道に曲がる。
……そこには、この木造建築に似合わぬ白いドアと、その上に治療中の点滅器があった。
そして、「入室するときは、ドアをノックしてください」という看板が下げれたため、入ってはいいみたいだった。
それを確認した咲夜は即座にドアをコン、コン、とノックした。
「どうぞ」
中から声がし、咲夜はドアの取ってを引き、美鈴もソレに続いた。
「あら、もう立ち上がれるようになったのね」
中に入ると、咲夜と同じような銀髪をした女性――――白衣を身にまとった女性、八意永琳が椅子に座りながら、七夜を看病していた。
「はい、お陰さまで……。それで……七夜の様子は……」
咲夜は即座に七夜の容態を永琳に問う。
……その問いに、永琳は眼を瞑りながら。
「もう、かなり危険な状態よ。体中所々に弾幕のかすり傷が重なるに重なっていて、更に肋骨も何本か折っているわ。
おまけ内出血している箇所も所々にある。
ソレに加えて――――右腕の切断。
……これほどの重症患者は後にも先にもいないでしょうね」
「「――――」」
永琳の発言に、絶句する二人。
おそらく、紅魔館で応急処置すらしていなかったら、彼はそのまま息絶えていただろう。
加えて、彼が永遠亭に運ばれるまでに生きながらえることが出来たのは――――。
「気を使った回復術。医者の規格からは少しズレた治療法ね。そのおかげでここまで彼は生きながらえた」
そう、彼が永遠亭に運ばれるまでに生きながらえたのは、七夜の体に美鈴が気を定期的に気を送り込んでいたからだ。
「……」
「それで、助かりそうなのですか?」
咲夜に変わり、美鈴が七夜の安否を問う。
「先ほど述べた傷だけなら…なんとかなるのだけど……」
そう言って……永琳はおもむろに席を立ち上がり、七夜が寝ている更衣室のカーテンに手をかける。
「聞くより、見たほうが早いかしら……」
永琳は、ジャ、とカーテンを開く。
……そこあったのは、全身を包帯で巻かれ、その巻かれた包帯の所々に少量の血が滲んでおり、更に――――。
「「――――ッッ!!?」」
今度こそ、二人は声も言葉も出ず、ただ息をすることすらもできなくなるくらいに、目の前のソレは酷かった。
まず肩と肘の間あたりにある右腕の切断面と、切断されて再度くっつけられた右腕の間に、傍にある医療機器らしき物から伸びたチューブが取り付けられていた。
そして――――七夜の頭に、十数本の黒いチューブが脳みそに突き刺さるように、取り付けられているのだ。
「外傷もそうだけど。何よりもダメージを受けていたのは、脳よ。これだけは理解が及ばないわ」
「……理解?」
永琳の発言に、咲夜は掠れるような声で呟く。
「ええ。まず霊夢は相手の体内に干渉、または攻撃する手段を持たないはず。だから、霊夢との戦いでこんな損傷はしないはずよ」
「え? それじゃあ……」
「ええ。だからこの脳の損傷は、霊夢以外の外部からによるものかもしくは――――」
永琳は少し間を置き――――そして言った。
「一番考えられるのは――――彼自身による何か、と言ったところかしら」
「七夜、自身の……?」
「何か、ですか……?」
二人が呟きに、永琳はええ、と頷き、また説明を続けた。
「ここからは私の推測に過ぎないのだけれど、おそらく彼の能力によるモノと考えるのが妥当ね」
能力、という言葉に咲夜は反応する。
思い当たるのは、昨日、七夜のナイフによって突きつけられた地面が一斉に崩壊していく光景。
……アレが関係している事に間違いない、と咲夜は直感的に思いながら、永琳の話を聞いた。
「まずは霊夢の能力ね。彼女の『空を飛ぶ程度の能力』はあらゆる次元から浮く事で、他からの干渉や圧力を受けなくなり、一方的に攻撃をする、というものね。
霊夢が能力を使ったかどうかはまだ分からないけれど、私はおそらく使ったと思うわ。……でなければ、切断されてくっつかない腕にも納得がいくものにはならない」
「くっつかないって……霊夢の腕が、ですか?」
「ええこれはおかしい事よ。紫が運んできた霊夢の腕は、既に死んでいた。対して、あなたが持ってきたこの患者の腕は死んではいなかった。おかげでなんとかくっつけることができたのだけれど……」
永琳は、七夜の右腕に取り付けられた赤いチューブを指さしながら、説明した。
「ここで一つの仮説が成り立つわ。おそらく彼は、あらゆる事象やモノを死なせてしまう、もしくは殺せてしまうような能力を持っているんじゃないかしら? そう考えれば、多少辻褄も合う」
「だけど、干渉そのもの不可能であるのなら――――そもそも殺すこと自体が不可能なのでは――――」
美鈴がとっさに浮かんだ疑問を口にする。
「ええ、だけど――――もし、霊夢という”存在そのもの”を殺せるモノだとしたら?」
「――――ッッッ!!?」
「おそらく、彼が殺そうとしたのは、霊夢という人間ではなく、霊夢という”存在そのもの”。だけど、あらゆる次元から浮くことが可能である霊夢の次元は、私達では到底理解しかねる境地――――この男は、その境地すらも、無理やり理解しようとしたことで、脳みそがここまで壊れてしまった――――とまあ、ここまでが私の仮説ね。実際の所はどうなのかはまだ分からないわ」
「「……」」
さすがは月の頭脳と言われる由縁であろうか、永琳の説明は、的を射ているかどうかはともかく、とても理に適ったものだった。
故に、二人はこの医者の仮説に、顔を頷かせることしか出来なかった。
二人が納得した様子を見て、永琳は今度は七夜の頭に取り付けれた黒いチューブを指さした。
「この黒いチューブには、月の技術によって作られた特殊な電気が流れているわ。脳の内出血を止めて、定期的に微量の電気を流すことで、脳に刺激を与え、脳波を少しずつ活性化させる。少しでも量を間違えれば、それでもう終わり。少なすぎれば、刺激が足りずに脳が死んでしまうし、多すぎれば、刺激が強すぎて脳がショック死してしまう。
少しずつ……微量の電気を流し込んで、脳を活性化させて、この患者の脳を元通りの機能に戻す。
彼が助かるには……この方法しかない。最悪、この方法で助かっても、植物人間状態がせいぜいかもしれない。
だから――――そのあたりは覚悟しておいた方がいいわね」
「……」
咲夜は顔を俯けたまま、何も言わなかった。
ただ、黙々と、死人のように動かない七夜の表情を見つめるだけ。
……思い出すのは先ほどみたあの夢。
――――狂うしか、なかったのだろうか?
――――壊れるしか、なかったのだろうか?
――――ただただ最愛の人を救う方法を必死で探して、それでも見つからなくて。
――――その彼女の救いは、彼に■される事で。
――――彼は、己が最も望まぬ方法で彼女を救って。
――――何もかも失った殺人貴は、堕ちて……”殺人鬼”になるしか、なかったのだろうか。
ポタリ、と何かが、七夜の体に落ちた気した。
その正体が何だろう、と彼女はソレを探って、ソレが己の眼から出てくる液体である事を理解した。
「何で……涙が……」
夢に出てきた彼が、まだ七夜であると決まったわけはないのに、咲夜の眼からはしょっぱい液体がポタポタと垂れていた。
彼女は、この涙を他の二人見られまいと必死に、七夜の寝顔を見続けた。
だけどソレは……眼から出る涙を増量させる結果にしかならなかった。
・咲夜がみた過去夢
なぜ咲夜が殺人貴の夢を見るかは伏線という事で……。
・霊夢がみた悪夢
単純に、第十夜のラストの所がトラウマになったから。
月姫のリタとスミレの関係って、妹紅と輝夜の関係と似たようなものですかね?