双夜譚月姫   作:ナスの森

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とりあえず簡単なキャラ紹介?

七夜
主人公。
レミリアが新たに雇った執事。幻想入りする前の記憶がないが、七夜の暗殺術と眼は覚えていた。メルブラの七夜ではないが、メルブラの七夜をリスペクトする形で性格はメルブラ準拠となっている。
思考が七夜寄りの遠野志貴本人?

十六夜咲夜
もう一人の主人公。
幼い頃、能力のせいで虐待されていたが、七夜志貴との出会いが彼女を変えた。
これ以上はネタバレになるので無言級。


第二十二夜 新聞記者の決意と深まる疑問

「……ごはん出来たわよ、鈴仙」

 

 昨日よりも多くの数の包帯が巻かれている七夜を一瞬だけ見て、視線を逸らした咲夜はすぐそばにいた鈴仙にそう告げた。

 

「あ、有難うございます、咲夜さん」

 

 咄嗟に会話が中断されて思考がまだ切り替われないのだろうか、

 気まずいような、不貞腐れたような複雑な表情だなっと、こちらを見てきた咲夜の表情を見た七夜は思った。

 ふむ、真っ先に見切られるような眼をされると思ったのだが、そこまでは行かないようだった。

 ――――まったく、お人好しにも程がある。

 あれは呆れに留まっている。

 自分を見切ろうとはまったく考えない眼であった。

 ……と、こちらも呆れの視線で一瞬見返したら感づかれて睨まれた。さすがメイド長。

 

「……言いたいことがあるのなら言いなさい」

 

 それは、感情の篭ってない声だった。

 いや、その感情のこもっていない声こそが今の彼女の心情を表している。

 どうやら、しばらくマトモに口を聞いてもらえそうにないらしい。

 今まで完璧にこなしてきた分、こうも思い通りにいかなくなると調子が狂ってしまうのだろうか。

 初めて見たクールビューティーな印象が薄れ、今では見るだけで彼女の心情を察することができてしまう。

 ……まあ、原因はいまこの場にいる自分に他ならない訳だが。

 

「いえいえ。メイド長のその誘蛾灯のような美しいお姿に目を奪われただけで御座います」

 

 爽やかな、それでいて何処か陰のある声でそんな戯言を七夜は口にしてみた。

 ちなみに誘蛾灯とは走行性の虫を灯り火で誘い出して駆逐する装置の事を指し、この場合は誘蛾灯にように男を誘い、その美しさのあまりにその男らを視死させるという七夜なりの世辞だったりする。

 鈴仙は内心でよくそんな恥ずかしい事を言えるなと感心しながら咲夜の様子を伺った。

 

「――――」

 

 もっとも、そのいかにも芝居じみたような口調でソレを言われても逆効果だったのだろうか。

 表には出さないが、咲夜は僅かに眉を潜めた。

 芝居じみた口調もそうだが、それが様になっていたのが余計油に火を注いだのだろう。

 

「ナイフが何本必要か言いなさい。大丈夫、二千本くらいは軽いモノよ」

 

「さ、咲夜さん!?」

 

 反省の色がまったく見えない七夜。

 自らの過ちを認めてないのではなく、過ちとかそんなモノなどどうでもいいといったような態度は余計質が悪い。

 

「そのナイフもメイド長のイメージに似合って大変美しいのですが、私めとしてはその誘蛾灯に当たられて果てるの性分でして、どうか一つ、私と一緒にダンスでも踊っていただけませんか?」

 

「そんな毒々しい輝きを放った覚えはないわ。あるのはナイフの煌きが奏でるオンパレードだけよ」

 

 両者の眼が澄んでゆく。

 咲夜は紅く、七夜は蒼く、対照的にその色を覗かせる。

 両者の状態を見ればどちらが有利であるかは明白である筈なのに、ソレを思わせないナニカがその男にはあった。

 いや、そもそも七夜からしてみれば咲夜の相手など相性最悪もいい所だろう。

 

「ああ……」

 

 無音の剣戟を前にして、少し怯えてしまう鈴仙。

 蒼紅の視線がぶつかり合い、それが不可視の剣戟を作っていたのだ。

 

「一つ言っておくわ。あまり自分を抑えられないような輩は、紅魔館では生きていけないわよ?」

 

「“幻想郷では”の間違いじゃないのかい?」

 

「……そこまで分かっているのなら、これ以上、血沙汰を起こすのは……やめて」

 

 自分を抑えていたら逆に死を早めかねない状況の方が多かった気もするがね、と内心で突っ込みたくなった七夜であるが、咲夜の眼を見てやめた。

 最近分かったことなのだが、このメイド長、自分に対する執着心が半端なモノではない。

 言動からして以前の自分を知っているようだが、はてさて、今の自分には関係のない事だ。

 

 今の自分は“アイツ”のようなキレイナソンザイデハ――――

 

「――――」

 

「言いたいことはそれだけよ……七夜?」

 

「な、七夜さん?」

 

 咄嗟に、鈴仙と咲夜は七夜の様子がおかしいことに気付いた。

 咲夜は単純に勘づいただけだが、鈴仙は七夜の波長が一瞬乱れた事で七夜の異変に確信を持てた。

 

「……ん、ああ、何だ?」

 

 一瞬の間の内に正気に戻ったのか、七夜はいつものような微笑を浮かべた能面顔で2人に向けた。

 七夜の波長がいつものに戻った事を確認した鈴仙は、何が起きたんだろう、と疑問を持った顔で。

 咲夜は少し違和感を感じたような表情で。

 七夜自身も今自分に起こった違和感に疑問を抱いたのだが、今はこの場をなんとか取り繕うと努める事にした。

 

「何だ、じゃないでしょ。ちゃんと聞いてた?」

 

「ああ」

 

「……なら、いいわ」

 

 納得した、とうよりはとりあえずは引き下がろうというような表情で咲夜は七夜から視線を逸らした。

 一回や二回の説得でこの殺人貴が変わるワケもなし。

 時と時間をかけてこの男を更生させるしか方法はない。

 もっとも、生粋の殺人鬼に更生も糞もあるのかという話なのだが……。

 ――――本当にナイフが何本あればこの男は考えを改めてくれるのだろうか

 割と本気でそんな事を考えた咲夜だったが、それをしたところでこの男は狂喜乱舞して躍りかかるに違いなかったのでやめた。

 この殺し合いジャンキーに、そんな事は無意味なのだ。

 それに、これ以上彼の傷を増やすと入院期間がまた伸びて、永遠亭の住民たちにこれ以上の迷惑をかける事になる。

 それは避けなくてはならない。

 

「ハァー……」

 

 そこまで考えて、咲夜は怒りを通り越してため息を吐いた。

 もうどうにでもなれ、という思いまで渦巻くようになった。

 

「さ、咲夜さん……」

 

「大丈夫よ、鈴仙……」

 

 多分その内慣れ……るのかしら?

 出来ることなら慣れたくない。

 それこそどこぞの白猫と同じ道を辿ってしまうだろう。

 本当に、このバカは始末に困る。

 ここまで自分を不安にさせたのだから、せめて執事としては優秀な素質を発揮してもらいたいと切に願う咲夜だった。

 

「そ、それじゃあ咲夜さん、今師匠たちを食卓へ呼んできますね」

 

「……霊夢も、呼べるかしら?」

 

「え?」

 

 咲夜の突然の要求に、鈴仙は固まってしまった。

 それもそうだ。

 まず前提として鈴仙は霊夢の事が苦手である。

 人付き合いが苦手の鈴仙と、人付き合いなどどうでもいいといったような性格の霊夢は一見反りが合わなくもないように見えるが、どうやらそんな見解は彼女には通じないようだ。

 それに加え、ただでさえ今の彼女は“あのような状態”だ。

 今まで誰の口も聞いていなかったのに、今更自分ごときの存在に耳を傾けてくれるかすら分からない。

 

「さ、咲夜さん、それは……」

 

「分かっているわ。こればかりは気まずいって事くらい。だけど、あのまま部屋に篭っているようじゃ、この問題は何の解決にもなりはしない。ただでさえ今ややこしい異変が起ころうとしているという時に、こんな気まずい問題を後回しにしておくのは良くないわ」

 

「……」

 

 咲夜の言っている事は正論だった。

 確かに、あの調子ではあの巫女はこれからの異変解決にもまともに動いてくれそうにない。

 せめて彼女が立ち直るだけのナニカをしなくてはならないのだ。

 これは弾幕ごっこだとかそんな力技で解決できるようなモノではなく、霊夢がちゃんと納得できるように話し合いの場を儲けなくてはならない。

 もっとも、向こうが話し合いに乗ってくれるかすらも怪しい訳だが。

 

「うぅ~ん……」

 

 それでも、鈴仙は渋ってしまった。

 唯の友人の頼みだ。

 断る訳には行かない。

 だからと言ってその頼みを承諾しようという決心も中々付かない鈴仙であった。

 

「フフフ……冗談よ♪ 元々、このダメ殺人貴とあの横暴巫女の問題だし、私が呼ぶわ」

 

「やれやれ。其方が正論であるとはいえ、その言い草はレディとしてあるまじき、じゃないのかい?」

 

「貴方は黙ってなさい」

 

「はいはい」

 

「“はい”は一回でいいのよ」

 

 懐から見れば、ただの真面目な上司と駄目な部下のコンビに見えなくもない。

 いや、実際そうなのだが、はっきりいってそんな言葉で済ませていいようなモノではなかった。

 

 鈴仙は思う――――思えばこの2人、何もかもが正反対ではなかろうか。

 

 銀髪と、黒髪。

 青いメイド服と、紅い和服(素材的に厳密には違う)。

 戦闘時に眼が紅くなる女と、戦闘時に眼が蒼くなる男。

 真面目なメイド長と、不真面目な執事。

 唯一、共通点なのは武器が2人ともナイフである所と、精々名前に「夜」の名前や月の名前がある事くらいだ。

 そしてその共通する得物であるナイフも、咲夜は投げナイフで相手を串刺しにする事が主体であるのに対し、七夜は卓越したナイフ捌きを持って相手を解体していくのが主体である。

 ここまで正反対だといっそどこかで縁があったのしか思えない程のナニカがあった。

 

(大丈夫かなぁ、この2人……)

 

 大丈夫じゃない、問題だ。

 

 

     ◇

 

 

 よち、よちという擬音を響かせながら廊下を歩く妖女が一人。

 青みがかった黒のロングヘアー、背中に生えたカラスのような翼、頭にかぶられた青色の天狗帽子。

 雨翼 桜。

 新聞記者見習いの烏天狗であった。

 新聞記者らしく彼女は今日も肝の据わった度胸で廊下を……千鳥足で歩いていた。

 それも当然だ。

 新聞記者ではなく、新聞記者のたまごでしかない彼女に肝が据わっている道理などある筈もなかった。

 本来、彼女は今回の件にはまったくと言っていいほど関わりがないのだが、ここまで来ればもはや無関係とは言い切れない。

 ……左腕を失った博麗の巫女。

 ……力を失った四天王の鬼。

 ……それらの張本人である殺人鬼。

 とにかく、本来幻想郷に知れ渡っては一大事になる程のこの事件の全貌を知ってしまった桜は、もはや無関係では済まされなかった。

 何故博麗の巫女が七夜を襲ったのかについては依然誰も知らぬままだが、何故こうなってしまったかという経緯は桜は全て知ってしまった。

 そして、七夜の“眼”の事も……。

 

「……」

 

 状況も状況であったのであろうか、七夜はあの件を自分との“密着取材”という形で果たそうと本気で思っていたらしい。

 いや、“密着取材”というのもあながち間違っていなかったが――――

 

(とりあえず、すぐ生死の方向へ頭が働く七夜さんの思考が特殊なだけですよね、そうですよね? あんなのが密着取材である訳がない、うん。

 ――――というか……)

 

 桜は立ち止まる。

 元よりこの屋敷の広さの割に人数が少ないこの永遠亭において、彼女の立ち往生を目にする者は一人もいない。

 そして、これから彼女が嘆く声も彼女の内心で盛大に吐かれる物なので、屋敷中に響く事もない。

 すぅー、と心の中の擬音が響く。

 

(なんで私こんな重い空気が充満するような場所にいるんですかっ!!? いや、それはまあ、関わってしまったのが運の尽きと言われればそれまでですけれど、こんな雰囲気明らかに私場違いじゃないですかっ!! というか帰りたい! 盛大に帰りたい! 妖怪の山に帰って一周間くらい心臓を休めたいのに何で、私こんな所まで関わっているんですか!!? 文先輩だってこんな殺伐とした雰囲気は好きじゃないって言っていたのに~~~~……!!)

 

 桜は振り返る。

 どうしてこうなった。

 何が間違ってこうなってしまった。

 自分が運悪く七夜と萃香の殺し合いの現場に居合わせてしまってからか?

 いや、そもそも自分が咲夜と鈴仙の2人と付いていってしまってからか?

 いや、それ以前に自分が彼を取材する事に余計なまでの気合を入れてしまってからか?

 いや、そんな事ではなく、自分があの時執事に容易に近づいていってしまったのが原因か?

 否――――あの時、自分が噂のメイド長と共にいたあの執事を発見してしまった時からか……。

 ――――あれ、これって……。

 桜は一瞬間を置いた後に。

 

(全部七夜さんの所為じゃないですかーーーーーーッッッッッ!!!!!)

 

 桜は目の前で悪趣味げに笑う殺人鬼の幻影を見て、盛大に心の中で嘆いた。

 いや、分かっている。

 確かに自分がこうなってしまったきっかけはあの時だったかもしれない。

 だけど、彼だって元はといえば被害者だ。

 彼は自分に降りかかった火の粉を振り払って、そしてその振り払った人物が人物であったがためだけに周りから警戒の視線を受けているに過ぎないのだ。

 いや、もちろん警戒すべきだ。

 これが自分の命惜しさにやった行為であるのならばまだ周りも納得してくれるのだろうが、本人がソレを嬉々としてやってしまった事が問題だ。

 ――――あまつさえ、自分も彼に殺されかけたのだから。

 今は辛うじて被害者という形で見られているが、あれは間違いなく生粋の殺人鬼である。

 そんな人物に自分は自ら近づきになったのだから、こればかりは自分にしか文句が言えない。

 ――――だけど、――――だけど。

 

「うぅ……どうしてこんな事に……」

 

 実は桜はここまで後悔するような気持ちになったのには訳がある。

 数時間前の事。

 昨日の疲れもあってよく眠れたせいなのか、朝一に起きた桜はそれより先に起きていたこの永遠亭の主、八意永琳――――実際の主は彼のかぐや姫、蓬莱山 輝夜というお姫様ななのだが、明らかに永琳の方が人当たりもよくしっかりしている為、里の人間たちは完全に永琳を永遠亭の主として認識している――――に呼ばれたのだ。

 

“雨翼 桜、でよかったかしら? ちょっと申し訳ないのだけれど後で私の部屋に来てくれないかしら。ちょっとばかり重要な話よ”

 

 この時、桜は思った。

 いや、確信してしまった。

 まずそれだけの事で確信できた理由としては、あの月医師の顔が真剣であったという事だ。

 無論、常人から見れば平常時と変わらないように見えるが、桜とて烏天狗。

 こう見えても普通の人間よりは長く生きている。

 故に分かってしまったのだ。

 だから確信した。

 

 ――――あ、これ絶対、奥まで首を突っ込んでしまうパターンですよね。

 

 冗談、では済まされないだろう。

 確かに、自分は結果的にはあの伊吹萃香が七夜に殺される所を阻止した。

 しかもそこにはただ結果的にという事ではなく、確かに自分の意思も込めてソレを阻止した。

 その理由は伊吹萃香が殺されてしまうからではなく、自分が慕った人間が殺してしまうかもしれないという危機感からだったのだが。

 だけど、果たして自分がここまで関わる必要はあるのだろうか?

 自分のような一介の烏天狗如きが、ここまで……。

 

「あはは……はたて先輩なら、喜んでこの空間に突っ込むだろうな……」

 

 ――――文先輩はこの手の事を記事にするのはあまり好まないし。

 もう桜のもう一人の先輩であるはたては殺伐な出来事を記事にする事を好む。

 無論、そればかりではないが、とにかく刺激的な記事が書ければなんでもいいという思考の持ち主である。

 彼女の言う文先輩の方も根本は同じなのだが、こういった殺伐とした雰囲気の中で取材するのはあまり好まない主義だ。

 だけど、そんな文先輩も他にいいネタがなければ、迷わずにこのような事も記事にするだろうなとは思う。

 ――――ならば、自分は何とする?

 なるべくこの件に関わらず尻尾を巻いて逃げてしまうのが賢明な判断だとは分かっている。

 だが、その判断をしてしまうにはもう遅すぎるような気がしてならない。

 四天王と歌われた鬼ですらあの惨状となっていたのを見てしまっては、もう。

 そして何より――――。

 

「七夜さん……」

 

 自分が初めて慕った人間。

 自分の取材に律儀に付き合ってくれると言った人間。

 そして、見えざるモノを映す、蒼い、淨眼の殺人鬼。

 まだ、彼の事すらほとんど知れていないというのに、ここで退くという選択肢が何処にあろうか。

 

「……」

 

 新聞記者としても、桜自身としても生涯最大の悩みどころであろうだろうこの選択。

 新聞記者とて真実を知るためには危険すら惜しんで行かねばならぬ時も、本当に危ないと悟ったら引きねばならぬ時だってある。

 だが、今回の場合は本当に危なくなる前に引けなくなってしまう恐れがある。ソレはおそらく、桜の意思には関係なくだ。

 

「うぅ……どうしよう……」

 

 ここで退くのが最善かつ賢い。

 いや、実際に退くべきなのだろう。

 自分はまだ幼いし、そこらの一介の烏天狗以下なのだ。

 この件に深く関わるべきではないと思う。

 ――――だけど、ここで退いてしまったら、自分はきっと。

 

「……何も、変わりませんよね」

 

 先程とは打って変わって、憑き物が落ちたような笑いで桜は呟いた。

 そうだ、このままではいけない。

 どんな事でもいい。

 一度はこのような無茶苦茶な状況に自分が変わるきっかけを見出さなければいけないと思う。

 幸い、今回の件の中心人物にして最大の加害者であり最大の被害者は、他でもない彼だ。

 これでもう自分がこの一件から退くという選択肢など何処にあるというのだ。

 むしろ今まで迷っていた自分が馬鹿馬鹿しい。

 

「よし、とりあえず八意さんの所へ行こう」

 

 単なるヤケクソかもしれない。

 だが、ヤケクソでもそれでいい。

 雨翼桜はこの一件に首を突っ込む決意を固めた、その事実さえあればいいのだ。

 ……そう考えている間に、いつの間にかその部屋のドアまで来た。

 間にゆっくりとした深呼吸を置き、桜はゆっくりと八意永琳の医務室のドアをノックした。

 

 

     ◇

 

 

 咲夜と鈴仙は永遠亭の住民、および居候たちを昼食の食卓へ集める為にそれぞれの部屋を回っていた。

 鈴仙は輝夜、妹紅、てゐの部屋へ。

 咲夜は霊夢と萃香の部屋だ。

 永琳と桜はどうやら取り込み中らしいとの事。

 萃香はまだ動ける状態ではない為に、咲夜はお粥を片手に最初に萃香の部屋へ行くことにした。

 ちょうど、彼女とは少しが話がしたい所もあり、丁度いいタイミングだとは思う。

 障子の前に立ち止まり、コンコン、とノックした。

 ――――障子のノックの仕方ってこれでいいのかしらね。

 とりあえず障子の和紙に傷を付けないように木製の格子の部分にノックをした咲夜はふとそう思った。

 

「入るわよ」

 

 一声かけて、咲夜は障子を引き、そこに角が小さくなった小さき鬼の姿を確認した。

 

「おや、レミリアの所のメイドじゃないか。その手に持っている物は……」

 

「お粥を持ってきたわ」

 

 咲夜は何食わぬ心で萃香にそう告げた。

 ゆっくりと萃香の布団に歩み寄り、熱いお粥を乗せたお盆を萃香の傍へ置いた。

 紅魔館のメイド長の料理はそれはもう絶品の味だと聞く。

 例えお粥一杯であろうと期待はしてしまうモノ。

 咲夜が来た直後には少し暗い表情をしていた萃香だが、咲夜のお粥を見て少しソレが緩んだようだった。

 

「お、酒まで持ってきてくれたのかい♪ 気が利くねぇ~」

 

「度は普段アナタ達鬼が飲んでいる物には及ばないけれど、今の貴方には適度な度の強さの物を選んだつもりよ」

 

「……今の私には、か。確かにそうさね。今の私は、今まで飲んできたような酒はもう飲めない。今まで付き合ってきた酒虫ともお別れかなぁ~……」

 

「……」

 

 やはり自分がきた直後にみた彼女の暗い表情は気のせいではなかったらしい。

 自分の状態について話題を上げた途端、彼女はすぐにその表情に戻った。

 やっぱり鬼だけあって、嘘を付かないその性根は口だけでなく表情にも表れるようだ。

 無理もない。

 彼女は力を奪われたのではない、彼女は力を殺されたのだ。

 あの、死神の眼によって。

 

「ホントに、私はどうかしていた。アイツとの攻防では、ちゃんと自分の『死』を感じ取れていたっていうのに、アイツの挑発に乗って能力を使った所から変わってしまったよ。その『死』を感じ取る感覚こそが大事だったってのに、自分が霧になった途端慢心してこの様だよ……」

 

「……」

 

「私ってさ、結構『鬼の格』というのに拘る性質なんだ。だから人間と仲良くしたいっていう想いはあっても、それは私が認めた人間じゃなきゃ駄目だ。だから私を打ち負かした霊夢の事は好きだし、その霊夢に追いつこうと努力して強くなった魔理沙の事だって気に入っている。勿論、お前さんの事だって気に入っているさ」

 

「ご好意の程、有り難く受け取りますわ」

 

 ――――それが、果たして気に入られた人間にとって良い事なのか分からないけれど。

 少なくとも、自分が強者に認められているというのは悪い気持ちではなかった。

 自分はあの駄目執事とは違って、厄介事はあまり好む質ではないが。

 

「だけどさ、鬼と人間の間では、もうどうしようもないっていうくらいの差がある。霊夢のような特別過ぎた存在はともかく、人間が鬼に勝つって事はすなわち、鬼が人間に勝ちを譲るっていう事なんだ」

 

「……だけど、ソレを覆されてしまったと?」

 

「……」

 

 咲夜の言葉が図星だったのか、萃香は黙ってしまった。

 無理もない。

 萃香を打ち負かした人間は、お世辞にも『有り余る力』を持った類の人間ではない。

 ましてやその『力』など幻想郷の面々に比べれば底辺に位置する程度だろう。

 そう、『勝つ力』と『殺す技能』は別なんだと、萃香は思い知らされた。

 もしアレが殺し合いではなく純粋な力比べならば萃香は七夜を跡形もなく消し去っていてただろう。

 だが、『殺し合い』は別だ。

 殺し合いは力の優劣で決まる物ではない。

 ――――何よりも勝敗を決するのは一瞬一瞬の“駆け引き”だ。

 力の優劣だけでなく、思考速度、嗅覚、視覚、勘、触感、状況判断能力、心眼、それら全てが求められる、『勝つか負けるか』ではなく、『殺すか殺されるか』の二択だけ。

 なまじ、技を鍛え上げただけの人間と侮っていただけに、萃香は殺し合いの途中にソレを失念してしまった。

 だから、萃香は自分が負けた事に文句が言えない。

 それでも力を失ってしまった自分に対して後悔し、その鬱憤を七夜にぶつけたい気持ちと、それでも負けたのは自分の油断のせいという諦めの気持ちがぶつかり合っているのだろう。

 咲夜は知らぬ事だが、それに加えて彼に対する淡い想いも抱き始めてしまったが為に、萃香の心境は今、非常に複雑なのだ。

 

「あんた、私にお粥を持ってくる事だけが目的じゃないだろう? 聞きに来たんだろう、『私から見たアイツ』を」

 

「……ええ、出来れば教えてくれないかしら。事情は話せないけれど、私は今、何か一つでも七夜の事を知らなければいけない。上司と部下だからとかそういうものじゃない。『私』は、彼の事について一つでも何か……」

 

「へぇ。アイツ、七夜って言うのか。よし、覚えた!」

 

 何がよし!、なのかは咲夜には皆目見当も付かなかったが、それはまあいいとした。

 

「まあ、どのような事情があるかは聞かないよ。“だんまり”と“嘘”では意味が違うからね。それで、私から見たアイツは……」

 

「……」

 

「……まあ、とりあえず『ぶっ壊れた奴だ』とは思ったね。鬼を前にして恐怖するのではなく、鬼と殺し合える事に歓喜するような奴だ。あの時のアイツ、七夜は私を……なんだかイッたような眼で笑いながら見ていた」

 

「あの殺し合いジャンキー……」

 

 自分を心配させないと約束した矢先から、そんな眼で彼女を見ていたのか、今一度咲夜はあの殺人貴に苛立ちを覚えた。

 

「だけど、一番ぶっ壊れていたのは何よりアイツの精神性だと思った。確かにアレは紫も危惧するわけだよ。『力』が弱いんだったら警戒するに値しないと思っていたけれど、紫が危惧していたのはアイツの『力』ではなく何よりその『精神性』なんだろうね。なんていうかさ、全てが捨て石、みたいな感じだった。全ての事がどうでもよくて、そこにはアイツ自身も含まれているといっていいのか。とにかくあの化け物じみた精神はある種の達観と言っていいだろうね。過ぎた精神力は狂っているに等しいと言うけれど、正にそんな感じさ。霊夢と似ているように見えるけれど、霊夢はちゃんと自分自身を天秤においた『人間』だよ、だけどアイツは自分自身すらも天秤に置いていない。精神性だけを見れば、私や霊夢よりも、アイツの方がよほど『化け物』だとは感じたね」

 

「七夜が……化け物……」

 

 その言葉は、咲夜の臓腑に深く染み込んだ。

 確かに、七夜のあの精神性は化け物に通じうるかもしれない。

 如何なダメージを負おうとも、体が動く限りはとにかく痛みなど気にせずに殺しにかかる精神力。

 全てをどうでもいいと言い捨てる達観性。

 思えば、ある意味では解脱した精神性の持ち主と言っていいだろう。

 

「もしくは、天秤すら七夜の中には存在しないのかもしれない。だって、全てがどうでもいいのなら、天秤すら必要としないだろう? アレは筋金入りの世捨て人だよ。人間らしい一面も持っているだろうけれど、その根っこにあるモノは全てをどうでもいいとする冷徹でクールな人間性なのさ」

 

「……」

 

 咲夜は何も言えなかった。

 萃香が言っていることは、全て真実味があった。

 どうして、七夜はああなってしまった。

 確かに根っこが世捨て人じみていても、それは所詮根っこに過ぎない。

 何が、彼をそうさせたのかと思って、思い浮かんだのが一つ。

 

「直死の、魔眼」

 

 万物の死を映し出す魔眼。

 どれだけ頑丈なモノでも、どれだけ強靭な生命でも、線や点をなぞるだけでいとも容易く殺せてしまう魔眼。

 故に彼にとって世界は脆い物に映り、故に彼はあんな世捨て人な殺人鬼になってしまったのかもしれない。

 だけど、七夜は見た限りではその魔眼、および淨眼はちゃんと制御できているように見えた。

 普段から見えないようにしているのなら、そのような事にはならないのでは?

 それとも制御できるようになったのが極最近の事なのか。

 それとも、まったく別の要因があるからなのか。

 今のところ浮かぶのはこれしかなかった。

 

 ――――とりあえず、聞けるのはこれくらいかしら。

 

 そう思い、咲夜は萃香に礼を言おうとして、それは発せられる前に萃香の言葉によって遮られる事になる。

 

「……ああ、だけど。戦っている途中に、一度だけ人間らしい眼をした気がする」

 

「?」

 

 その萃香の言葉に、咲夜は少し目を丸くした。

 先程の言葉を聞く限りでは、少なくとも七夜からは真っ当な人間性を感じることができなかったのだが。

 

「アイツの傷――多分霊夢と戦った時の傷だろうね――ソレが開いたとき、アイツは苦しそうに息をしながら膝を付いたんだ。私はさ、それがあんたの限界なんだと言い放って、降参しろと言ったんだ。それをすれば、少なくとも苦しまずに死なせてやるってね」

 

 そこまでは七夜からも咲夜は聞いていた。

 そのあとに七夜が言った挑発にこの鬼は乗ってしまったらしいが、はてさて。

 

「その時だよ、アイツの眼が変わった。その色こそ変わりはなしなかったけどさ、今思えばナニカが乱れていた気がしたね。アイツ、負けじと私を挑発したんだ。その時は真っ直ぐに挑発に乗ってしまった私だけど……」

 

「……だけど?」

 

 そこで言い淀む萃香。

 あの時の七夜の眼がどういった類だったかを、戦っている時を振り返って思い出そうとしているらしい。

 

「何ていうか、“憎悪”に近い眼だった。相変わらず刃物のように鋭い眼だったけど、その時だけは僅かに“憎悪”が含まれていた気する」

 

「憎悪って、七夜が……?」

 

 あの七夜が他人を深く恨むような性格だろうか。

 全てをどうでもいいというあの殺人鬼が、そんな感情を抱くような時があるとでも言うのか。

 咲夜が見る限り、七夜は他人にそんなに執着するような性格ではないはず。

 それがどんな形であったとしてもだ。

 

「あの時の奴の眼は確かに、ナニカを見ていた。確実に私に私でない何かを見出して、それを憎悪している眼だった。

 『鬼』を憎む蒼い光を、その眼は確かに放っていた気がするよ」

 

 一体何があったんだろうね、萃香は天井を見上げ呟いた。

 萃香との殺し合いを確かに楽しんでいた七夜であったが、一時的に彼から憎悪を感じた事に心境が複雑になったのだろう。

 

「鬼を憎む、光……」

 

 咲夜は萃香の言葉を繰り返し、呟いた。

 一体、以前の彼は本当に何者だったのだろうと、余計彼に関しての謎が深まった。

 

 




最近、あるMUGENストーリーの主人公である志貴(七夜ではない)がかっこよすぎて仕方ないです

更新はとっくの昔に停止していますが、更新再開しないかぁ~

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