とりあえず今回は八千字。
「――――と、言うわけで貴方をここに呼び出したわけだけど、実際の所どうなの?」
「無理だ」
とりあえず、この馬鹿でかい図書館に呼ばれて何を聞かれるのかと思えば、七夜にとってはとても常識はずれな事を聞かれ、きっぱりと答えた。
「……ここの連中は皆、空を飛べるのか?」
「妖怪ならほとんどが飛べるわ。後は、ソレなりの霊力を持った人間も飛べるわよ」
「……」
七夜はハァ~、とため息を付いた。
翼を生やしていたレミリアならともかく、幻想郷のほとんどの者が空を飛べるなど……彼自身、常識に囚われないつもりであるが、それでも今回ばかりはその本当の“常識はずれ”を聞いてしまい、ちょっと呆れ顔である。
……別に彼は空を飛ぶことに憧れてはいないのだが、空中戦がメインとなるこの世界において、足場を必要とする自分の体術とは相性が悪いと思ったのが素直な感想である。
……ちなみにパチュリーからはタメ語でいいと言われているので、七夜はいつもの口調で話している。
「もし本当にここで生きていくというのであれば、空を飛ぶ方法を習得するのが手っ取り早いのだけれど、短時間でそんな事できるようになるわけがないし……そこでコレを用意してみたんだけど……」
「?」
「小悪魔、持ってきて頂戴」
「はい、パチュリー様」
後ろにいた赤髪の少女――――小悪魔が何処からか赤い布に包まれた、手の平に少し持て余す程の大きさの木箱を取り出した。
そして、その蓋が小悪魔の手によって開けられ、そこには――――
「……指輪?」
「ええ、幻想指輪《イリュージョン・リング》と言うの」
何というか……重々しい外見の指輪だった。
円型ではなく、正8角形でできた銀に、ちょうど七夜の中指は入る程度の円幅が開けれたその形状は、指輪というよりも、拘束具みたいなイメージを沸かせた。
「このマジックアイテムがあれば、空を飛べなくても空中に仮の足場を作って蹴ったり、歩いたりする事ができるわ」
「へぇ……」
しかし、七夜はその形状を気にすることもなく、その指輪を手にとって見てみる。一見すれば、外見がちょっとアレなだけの普通の指輪だが……。
「だけど、この指輪は普通の人じゃ扱えないわ。ソレなりの魔力を持っていなければ宝の持ち腐れ。
……どのマジックアイテムにも言える事ね。例えば八卦炉とか……」
「”八卦炉”?」
「ええ……私の友人(仮)が使っているマジックアイテムを例に出すけれど、この幻想指輪とは違って、補助道具などではなく、携行できる手の平サイズの大砲とでも言うべきかしら……。
補助などではなく、武器そのものになる八卦炉だけど、使用者が使い方を知らないと使えないし、また使用者にソレ相応の魔力がないと効果は発揮されないのよ」
「つまり……俺にこの指輪を使いこなせるだけの魔力がなければ諦めろと?」
「……そういう事になるわね」
……そうか、と七夜は眼を閉じる。
別に魔力がなければその時はその時だが、得られる物があればソレに越したことはないだろう。
それに、空中に足場を作るということは、障害物がない空間でも七夜の体術の本領が発揮されるという事。
実際に相手の視界を遮る障害物はないので、本当の屋内でやった方が暗殺効率は上がるのだが、何もない空間で動きだけでもソレに似せる事ができるのは七夜にとってはありがたい事でもある。
「そこでこれから貴方の魔力測定と、魔力回路の有無を確認するから……ちょっと手を出してくれないかしら?」
「……構わないが」
七夜は言われる通りに、手をパチュリーに預けた。
「さて、と……」
パチュリーはその紫色の髪を全て肩より後ろに束ねて、精神と意識を集中さえ、両手で七夜の手を包んだ。
……フワリ、と手を毛布が包むような温かみを七夜は感じた。
「……」
「……」
「……」
……緊迫した空気が漂った。
七夜の魔力の有無によって、これからが左右されるかもしれないからだ。小悪魔も息を飲みながら、そんな二人の様子を見た。
「……」
「……」
「……」
「――――――ッッッ!!?」
パチュリーの表情が驚きに染まる。
そんなパチュリーの様子に小悪魔は少しびっくりし、七夜は首を傾げながら、パチュリーを見た。
「どうかしたのか……?」
「いえ、何でもないわ。少しビックリしただけよ」
「ビックリしたのはこっちなんですが……」
パチュリーはハァ~、とため息を付いた後、七夜の手を離し、七夜に向き直った。
その様子は……少し興奮している様にも見えた。
「結論から言うと……魔力が想定内を超えていてビックリしたわ。
これぐらいなら、この幻想指輪を使うはおろか……普通に魔法を教えてもいいかもしれないわね……」
「つまり……その指輪は使える、という事でいいのかな?」
「ええ。それにしてもこの魔力……ただ指輪を使うためだけだとそれこそ宝の持ち腐れね……、貴方、私から魔法を習う気はない?
大魔法とまではいかないけれど、投影とか強化ぐらいの補助魔法なら教えてあげられるけど……」
パチュリーは誘惑するような眼で七夜を見ている。
久々にいい人材が見つかったと言わんばかりの顔である。
「……まあ、気が向いたらご教授願うよ」
そんなパチュリーの視線を適当に流しながら、七夜は答えた。
……断りはしないあたり、習っても問題はないと思ってはいるのだろう。
「ソレと、一つ気になったことがあるんだけど……」
「? なんだ?」
パチュリーは七夜の魔力を測定している時の事を思い出して、気になる点があったので七夜に聞いてみる事にした。
「貴方の魔力回路……魔術行使を行った形跡はないけれど……使われた形跡はあったわ」
「……? ソレがどうかしたのか?」
「貴方……使い魔と契約した事があるわね? それも……小悪魔よりも高度な使い魔よ」
その事実は、割と小悪魔の心を抉ったりする。
「パチュリー様っ!! ソレってどういう事ですかっ!?」
「言葉通りの意味よ、小悪魔。彼は貴方よりも高度な使い魔と契約ができるくらいに高い魔力を有している。
……結構、興味深い事よ」
「使い魔、ねぇ……」
七夜は自分の手の平を見ながら呟く。
こんな自分と契約してくれる使い魔が、以前の自分にいたとは想像も付かなかった。
「(まあ、おそらく暗殺目標の偵察にでも使っていたのだろう)」
そしてまるっきり的外れな思考をする七夜だが、以前の自分を知らないのだから仕方ないといえば仕方なかった。
「まあ、とりあえず魔力面もクリア。後は、貴方にこの指輪が使いこなせるかね……七夜」
「……まあ、やってみせるさ」
◇
「――――で、結局どうすればいいんだ?」
俺は今、パチュリーと一緒に紅魔館の庭に着ている。
……美鈴が植えた花が少々目に付くが、俺は気にしない。
問題はこの指輪の使い方だ。
「そうね、まずはその指輪を中指にはめ込んで頂戴」
「こう、か?」
とりあえず、この形状は指輪と言えるのか分からないが、言われた通りに中指にハメた。
「そしたら、まずは目の前に階段があるようにイメージしながら、足を前に出してみて」
――――眼の前に、階段。
うす暗い倉庫の中の階段を思い浮かべてみた。
そして右足を前に出し――――浮いた。
「へぇ、これはすごいな」
続いて左足を前に出し、俺の身体ごと、空中に立った。
待てよ、階段を作れるということは、水平だけでなく、垂直にも足場を作れるという事ではないのか?
――――だとしたら、空中でも七夜の体術を生かした立体的な戦法ができるわけだが……。
「とりあえず上へ登ってみたらどう? 使い心地を確認してみてから、貴方がコレを使うかどうかを決めなさい」
「恩に着るよ。じゃ、行ってくるか」
――――予備動作をなしに一気に七メートルほど跳躍、それを繰り返し、一気に俺は上空へと跳び上がっていった。
―――――跳ぶ跳ぶ跳ぶ跳ぶ跳ぶ跳ぶ跳ぶ……。
「すごいジャンプ力ね……本当に人間かしら?」
そんな呟きが聞こえたような気がしたが、気には止めない。
「――――っと」
……気がつけば、紅魔館は、手の平に収まるほどに離れていた。
ソレを確認した俺は、この指輪のテストをしてみる。
とりあえず水平に足場を出すことにはもう問題はない。
問題は垂直の壁を出せるか……どうやら階段をイメージできるあたり、水平の足場に垂直に立っている壁をイメージすれば、できそうだ。
……そうと決まれば……。
◇
私は今、とても奇怪な光景を見ていた。
人間とは思えないジャンプ力で空中を蹴りながら、空へと跳び上がっていく姿――――それだけなら驚くに値をしないのだが、その状態でナイフを使った戦闘訓練を始めたのだ。
「嘘っ……!!」
足場とは言っても幻想指輪《イリュージョンリング》の名の通り、所詮は仮想の足場に過ぎない訳で、実際にある訳ではない。
その為に、動くたびに足場のイメージに気をかけなければならぬというのに、七夜はソレをモノともせず、平然とナイフを振るっている。
「ちょっと待ちなさいよ……どうやればあんな早くナイフを振るえるのかしら?」
自身も空を飛びながら、七夜の様子を見るが、そこで眼にしたのは、高速でナイフを振るい、そこから斬撃の嵐とも言える刃の軌道の残像を繰り出している七夜の姿。
……あんなモノを接近戦で食らったら、そこらの妖怪など一瞬でバラバラになってしまう。
しかもそんな事を平然とやり続けるので、正直が底が知れない。
――――しかし、そんなモノはまだまだ序の口だった。
「嘘――――でしょ?」
次に見たアリエナイ光景。
なんと水平だけでなく、壁などの足場も作りながら……時には天井をも幻想して、空中を立体的な動きで飛び回る七夜を見てしまった。
「……気持ち悪い動きね。レミィが”変態的な動き”って言うのも分かる気がするわ……」
しかもソレを最高速を維持したまま、しかも急な角度に方向転換しても、その速度が衰える事はなく、まるで空に巣を張った蜘蛛のようだった。
たとえ空を飛べるモノでも、空中であの動きはおそらく実現できないだろう。
彼には足場というブレーキと、そのイカレタ体術があるからこそできるが、他の者が幻想指輪を使用してソレをやった所で、七夜の地平には到底追いつけない。
「……こちらに降りてくるわね」
どうやら、大方の使い心地はわかったのか、コチラに気付いた七夜は私の所まで降りてくる。
……なるほど、垂直に壁を作ってソレを蹴って降りてくる訳ね……。
「どう、使い心地は?」
「問題ない」
アレだけ動いていながら、息一つついてない――――本当に問題ないみたいね。
「近くで見てたけれど、貴方のその動き、本当に人間?
それに例えその動きが出来たとして、その指輪は足場を移動するたび足場を一々イメージしなければならないというのに……」
「七夜一族の人間に必要なのは暗殺能力だけじゃない。時には殺しに最適な場所を作り出す能力も問われてくる。
ソレをただイメージするだけでいいのだったらこれくらい朝飯前さ」
「……殺しに最適な場所、ねえ……」
何か……色々と物騒ね。
まあ、見た感じ七夜のその動きの真価が発揮されるのは屋内なんだろうから……用はそこに敵を誘い込む……という事かしら?
「まあ、その指輪は貴方にあげるわ」
「……いいのか?」
「元々、空を飛べる私には必要のない物だし、指輪も相応しい持ち主に使われた方が幸せの筈よ」
……とりあえず、この問題は解決ね。
それにしても本当……指輪を使うためだけだったら使い切れないくらいもったいない魔力量だったわね……。
今度、本当に補助魔法くらい教えちゃおうかしら?
◇
「――――で、初仕事は買い出し、と?」
「何か言うことでもあるのかしら?」
「いや、あまりに普通すぎて拍子抜けしただけだ」
……普通すぎるも、常識以前の日課だと思うのだが……。
「ちなみに……どんな仕事だと思っていたのかしら?」
「いや、どこぞの暗殺でも依頼してくるのかと思ってワクワクしていたんだが……」
「ここはそこまで物騒じゃないわよ……」
……無意識にベルトのホルスターにしまっているナイフの柄を手に握っているし……そこでもう彼の戦闘狂っぷりが伺える。
しかもそのただでさえ悪い眼つきがその鋭さを増したのだから、戦禍を覚えざるを得ない。
しかし、買い出し、という平凡な仕事を前に、火を灯していた『獲物を殺したいと嗤う眼』はただ眼つきの悪い、気怠い感じに戻ってしまった。
そうでなくても、静かに滲み出てくる殺気が周囲を圧しているのだ。
「まあ、最初の内はそんなモノか……」
「最初の内でなくても、そんな仕事は金輪際来ないわよ? ……来ないとも言い切れなけれど」
そう、あながち来ないとも言い切れない。
稀にだが、隠形に長けた妖怪がこの館に侵入してくる事がある。
隠形とは別にただただスピードだけが取り柄の野良妖怪が入ってくる事もあり、ソレだけなら時を止めて、先回りをしてナイフでヤマアラシにするだけなのだが、隠形と来ればまた話は違ってくる。
中には、時を止めても隠形が解ける訳ではなし、むしろ隠形が発動したまま止まってしまう分、見つけるには余計苦労してしまう事がある。
――――ならばどうするか?
力には力。隠形には隠形である。
七夜一族の人間は隠形にも長け、ソレは隠形に長けた式神に匹敵するという。
そして気配以前に、対魔用の生態センサーみたいな物――――退魔衝動が備わっているので、そういったモノを始末するのは私よりも七夜の方が適任だ。
……七夜一族は純粋な魔には弱いと聞くが、彼らが純粋な魔を討ち取らなかった例がまったくない訳ではないし、それに“混血”専門と言っても、相手は『鬼』との混血だ。
そこらの中級妖怪すらも凌駕してしまう程の強さはあるし、七夜一族はそう言った者達を暗殺、時には正面からの暗殺で殺してきたのだ。
よって、七夜がそこいらの妖怪に負ける保障はほぼ皆無と言っていいだろう。
「そうかい。まあ、期待はしないでおくよ。
今は――――従者らしく目の前の仕事を全うするとしようかね……」
「……ソレが無難よ。たとえ些細な事であろうと主人の為に尽くす事。これは従者の基本ね」
「ソレで基本か……。やれやれ、つくづくあんたは従者の鏡だ」
「そうかしら? これでも貴方には期待しているのだけれど……」
「あんたのようになれる自信はないがね……まあ、せいぜい従者らしく振舞うとするよ」
「ソレは何よりだわ。……ほら、早く行くわよ」
別段急ぐ必要もないが、仕事は早く、そして効率的に終わらす事に越した事はない。
何より七夜は飛べない。
パチュリー様から貰ったマジックアイテムで空中を気持ち悪い動きで移動できるようにはなったらしいが、足を使う運動である事に変わりはないのだ。
……今日は、久しぶりに徒歩で人里まで行きましょうかしら。
そう考えながら、私と七夜は外出用のブーツに履き替え、玄関から出た。
そういえば七夜って和服と一緒にブーツを履いていたのよね?
……そういえば七夜のあの和服……聖骸布で出来ていたようだけど、どの種類の聖骸布かは識別できなかった。
幻想郷に聖堂教会だった者なんて一人もいないから、おそらく種類の判別はできまい。
……七夜の事だから知っていても話さないか、もしくは忘れている可能性がある。
聖骸布と言う事は……七夜は聖堂教会の者と何か関係でも持っていたのかしら?
◇
「……」
あの時……私は彼に殺されかけた。
――――いや、本当なら殺されていた。
油断していたとはいえ……唯の人間に武で負けるという、これではお嬢様を守れるのか……。
「ハァ~……」
溜息が漏れた。
“美鈴、相手が人間だからと言って油断しては駄目。彼らは私達妖怪の餌であると共に――――天敵でもあるのだから”
昔、お嬢様から言われた言葉が思い出された。
誰よりも人間を見下していると同時に、誰よりも人間を認めていると言ってもいいお嬢様らしい言葉だった気がする。
無論、彼と戦っている時は油断しているつもりなどなかった。
実質、彼のナイフは美鈴の喉元どころか、首を刎ねかける所だった。
だが、それでも美鈴は間一髪で彼のナイフを止め、一撃を加えた。
そこまではいい。
問題は――――ソコで終わったと油断してしまったのだ。
そのせいで、自分は彼の奇襲を食らい、致命傷を負い、結果あの様である。
そう――――死者たちの乱入さえなければ、私は首を刎ねられていたのだ。
「――――ッッ!!!」
しかも、彼が死者たちと戦っている時にわかった。
彼は手加減していた。
動きこそ変わっていなかったものの――――本来手足を捥いだくらいでは止まらない彼らをモノともせずにバラバラにしていく七夜の姿を見てしまった。
――――悔しかった。
彼はおそらく人間の身でありながら、“殺す”事を突き詰めたような動きをする。
おそらく自分は彼と同じ“境地”には立てまい。
自分と彼の“境地”は根本から異なる。
私の中国拳法は“気”の扱いと正面から敵を叩きのめすのに対し――――、七夜の暗殺体術は正面からの奇襲に特化させた“殺”の極み。
――――彼を、倒そうとする私。
――――私を、殺そうとする彼。
違いはその時点であったのだと、気付かされた。
「美鈴、何か貴女暗いわよ?」
「想い人にでも振られたんじゃないのか?」
いきなり後ろから声がしたので、背筋がビクリと震えてしまった。
それと七夜さん……何貴方はキチガイな発言をしているんですか……。
「さ……咲夜さんと……七夜さんッ!!! 急に声をかけないでください。
後七夜さん、私のどこかそう見えるんですかっ!!? 私が悩んでいたのは主に貴方の所為なんですよっ!!」
「ソイツはまたご苦労だな。
こんな出来損ないの為に、あんたのような麗女が悩んでくれるなんて……男としては光栄だよ」
「断じてそういう意味ではありませんっ!! 後、そのわざとらしくエロい発言はしないでくださいっ!! 七夜の声だと余計エロく――――あっ……」
「美鈴……貴方、七夜に弄られてるわよ?」
「~~~~っ……!!!」
やばい、凄い恥ずかしい。
恥ずかしくて顔を手で塞いでしまう。
そして指の隙間を除いてみれば、からかってくれた本人は済ました顔をしながらも、口元は愉快げに歪んでいた。
――――ソレが、余計にムカついた。
「おっほん。 ソレで、お二人はこれからどこに行くのですか?」
「買い出しとついでに七夜に人里の地形を把握させるの。これから私がいなくても、買い出しができるようにね……」
「まあ、一日限りの付き添いって奴さ……」
……そうか、七夜さんもこれで咲夜さんの部下か……。
あ、でもメイドって訳じゃないから逆に執事長とか……、そんな事はある訳ないか。
そもそも執事が七夜さんしかいないのに、執事長だなんて恥以外の何者でもありませんね。
「という訳で、門番は頼むわよ、美鈴」
「はい、咲夜さんも無茶はなさらずに……ソレと、七夜さんに言いたいことがあるので、ちょっと席を外してもらえませんか」
私は七夜さんに聞いておきたいことがった。
今、思えば突然私を襲った七夜さんが執事になんかなるなんておかしい。
――――まあ、ソレをお嬢様や咲夜さんに言わなかった私も私なんだけど……。あれ? というか、私が言い忘れていただけじゃ……いや、この事については忘れよう。過ぎた事は仕方ありませんから。
「? よくわからないけれど、貴女がそう言うなら……」
そう言うと、咲夜さんの姿が消えた。
何処にいるかは気配で分かるので問題はありません。
時間もない事なので、七夜さんに聞くとしましょうか。
「で、俺に何を聞こうと言うんだい?」
「率直に聞きます。……どういうつもりですか?」
「……? 何を言っているのか分からないな」
「貴方は幻想入りしてから直後に、私に襲い掛かってきた。それも私を殺すつもりで……。貴方のような狂犬がお嬢様や咲夜さんを襲わない保障はありません。
……執事になったのは、貴方の獲物の傍にいたい為だからですか?」
殺気を込めて、私は彼に問う。
しかし、彼は私の殺気にも顔一つ変えず、平然とした表情で答えた。
「いや、違うよ。
確かにあんたの主と咲夜も獲物としてみれば、面白そうだが、俺は返す義理は返す質でね……。みすみす恩人を殺すような真似はしないさ」
「ならば……何故?」
「……本当は、あんたとやりあってソレで死んでもよかったと思っていたんだよ」
――――死んでも、よかった?
この男は、自分の命を殺し合いの玩具としか見ていないというのか?
「だけど、あんたと戦っている内にこの世界に余計に興味が湧いてね……。あんたに殺されて死ぬだけじゃあ、物足りないと思ってさ……。
ほら、死んじまったらもう誰も殺せないだろ?
生き続けたいとは思わんが、未練を残したまま逝くのは性分じゃないんだ。あんただけじゃ満足できない。
他の料理の味も試してみたくなっただけさ」
「普通じゃ、ないですね」
ただ思った事を呟いた。
だけど、私は何故かこうも思った。
何故だかわからないけれど……今の彼の言葉と、彼はとても不釣合いに見えた。
彼は根っから殺し屋で、そのためだけに生きてきた事は薄々わかっている。なのに、何故こんなにも不釣合いに感じるのだ?
「聞きたい事はもうこれだけかい? なら、もう行かせてもらうよ。上司を待たせちゃ従者として失格ってもんだ」
「……」
私と彼の間に沈黙が走り、ソレを会話の終と見たのか咲夜さんが再び現れた。
「話は終わったかしら」
「ああ、終わったよ」
「……そう。じゃあ、美鈴。門番、よろしくね」
「はい。行ってらっしゃい、咲夜さん」
私は門を出て行く咲夜さんと七夜さんの背中を見つめる。
……二人の背中には、微塵の隙も感じられなかった。
補足説明
・七夜の和服
一見、普通の赤色の和服に見えるが、実は聖骸布で出来ている。どの種類の聖骸布かは今のところ不明。
第六夜、如何でしょうか。
作者は弾幕を撃ったり、空を飛んだりする七夜はあまり想像したくありません。
やっぱり七夜は体術じゃないと……。
かと言って空を飛ばせない訳にもいかないので、あえてパチェさんのマジックアイテムで空中を歩けるようにしました。
何か、感想でもあれば書いてくれるとうれしいです。