彼方の傭兵   作:悠士

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10話 家に還る

 車に乗って向かっているのは玉狛支部、というわけでなくボーダー本部だった。どうしてなのかというと本部長が呼んでいるのだという。内容はまだ教えてもらっていないらしい。林藤支部長の運転する車に乗って十数分

 

 本部に到着して本部長室に通されると忙しそうにひとつの紙を見つめながら視線を動かしている。オレたちに気付くと手を止めて話を始めた

 

「よく来てくれた」

 

「話があると聞いたけど?」

 

「ああ、昨日話した防衛任務なんだが。どの時間が都合がいいとか希望はあるか?」

 

 どうやら話というのは2つ目に契約した防衛任務についてことのようだった。見ている紙はシフト表で各隊の希望の日や時間などを考慮して調整しているらしい

 

「特に無い。トリオン体になれば眠気も関係ないからな。それより気になるのはこの時期はなにか面倒なのか?」

 

「時期?ああ、受験の事だね」

 

「ジュケン?」

 

「中高生の子供たちが将来の夢ややりたい事を勉強するために学校を選ぶんだが、もちろんタダで入れさせてもらえるわけじゃない。しっかり勉強していて人柄に問題が無いような子が進学できるんだ」

 

「えーっと、つまり夢を叶えるためのテストみたいなもの?」

 

 オレも全部理解したわけじゃないけどフィーロの言ってる事に多分間違いはないと思う。本部長も要約するとそれであっていると言った

 

「それじゃ特に要望がないようであれば深夜の1時から5時の間を頼めるか?場所はその都度連絡する」

 

「分かった」

 

「それからこちらにいるのが君たちをサポートする沢村くんだ」

 

「沢村響子です。僭越ながらあなたたちのサポートをすることになりました」

 

 傍にいた髪の長い女性の人が前に出て挨拶していた。だけどサポート役はオレたちには必要ない。それに仕事とはいえ夜に女の人の手を借りるのはちょっと躊躇ってしまう

 

「別にオレたちで十分だけど?」

 

「そういうわけにもいかないんだ。担当エリアは2人でやるには少し広いんだ。もし間に合わなくてトリオン兵が市街地へ行ったりしたら騒ぎになる、それでもし被害が出ればボーダーに非難が着てしまう。いまのボーダーはそれを防いでいるからこそ成り立っている。だからサポートは受けてほしい」

 

 それはそちらの都合、というのは簡単だが。サポートなしでやるといったオレもこれはこちらの都合だ。じゃあどうするのかといえば悪意が無ければ大人しく従っておくのが一番だ。それにこれは略式契約だから無かった事にされる可能性もある。だかそれは困るので受けることにする

 

「…分かった。篠島怜だ」

 

「フィーロだよ!」

 

 軽くだけど挨拶を交わすと本部長はオレとフィーロにそれぞれ2つずつ機械を渡してきた

 

「まずこちらはトリガーだ。昨日フィーロくんは言っていたね、隊員たちと戦いたいと。あれから城戸さんたちと話し合った結果戦闘を許可する事になった」

 

「本当!?やったー!」

 

 握る事を前提に作られた形状をしているそれは思ったとおり、このボーダーで作っているトリガーだった

 

「いいのか?あんた達にとっては敵であるネイバーと戦わせて」

 

「確かに問題はあるだろうね。ネイバーを恨んでいる者も多くいるのは事実だ。だけど先日の一件で君たちの実力は聞いている。A級上位部隊を退ける力ははっきり言えば脅威でもある。だがそんな君たちが対戦相手となれば隊員たちもいい訓練になり、戦力の向上が計れるだろうという結論になったのだ」

 

 なるほど、そういうことか。確かにそれなら許可をする意味はあるだろう。かなり危険を伴う事になるが、ボーダーはそれを冒してでも戦士の質を上げたいのだろう。遠征のためか防衛のためかは分からないけど組織としての考えは間違っていない

 

 それともう一つの機械は携帯と言うらしい。離れたところにいる人間にいつでも連絡を取れるものだという。急に用事ができて任務にいけなかったとき、体調が優れなくなったとかそういうときに使ってほしいと渡された

 使い方は玉狛の人に聞いてくれれば大丈夫と言われた

 

「あ、言い忘れたが渡したトリガーは何もセットされていないんだ。調整は玉狛でもできる」

 

「わかった、だが一つ言わせてくれ」

 

「なにかな?」

 

「このケイタイというやつ、使い方が分かっても文字が読めないんだが?」

 

「……」

 

 便利なものを持たせてくれたのは非常に助かるのだが、それ以前にオレたちは玄界(ミデン)の言葉がほとんど理解できないのだ。そのことを聞いた本部長は少しの沈黙のあと登録されているアドレスの名前をひらがなに書き直してくれた

 用事はこれだけの様なので今度こそ玉狛支部というところ向かう事にした

 

「そうか、進のやつが文字を教えてたのか」

 

「そうだよ!でもネイバーの言葉と違うから大変だった」

 

「確かにな。漢字というやつは本当にややこしい。なんとかオレと進さんのだけは書けるように覚えたけど」

 

「一」や「二」や「三」は棒が増えるだけだから簡単なのだが、「いち」には他にも「壱」と難しいほうもあるという。意味は同じなのになぜ二つあるのかさすがに進さんも知らなかったみたいだ。それだけじゃない。「いち」には「市」「位置」と読み方は同じなのに意味は違うのもある。読みが同じだけなら覚えるのは簡単だが、意味まで違うとなると口にしたとき混乱する。たとえば「この『いち』に来てくれ」というだけでも市場の事なのか、その場所に来てと言っているのか違ってくるのだ

「いち」の前に「名称(XXX)の」と付いたらなおの事分からない

 

玄界(ミデン)の人間は本当にすごいよ。複雑な言葉をよく理解していて、しかも何を言っているのかちゃんと理解している」

 

「そりゃ小さいころから学校に言って勉強しているからだな。早いやつは3歳とか始めて保育園や小学校の受験に備えている、なんて熱心な家庭もあるくらいだからな」

 

「へー、じゃあそんな家に生まれた子は災難だな」

 

「え?どうして?」

 

「考えてもみろ。小さいころから親に言われるがまま勉強していたら、そいつは期待に応えようとすることしか考えなくなる。最悪親の考える人生というのを用意されて、その上で生きていかなくなる」

 

「うへぇ~…そんな家にいたらオレ窒息しそう…」

 

 どんな想像をしてのかはあえて聞かないが、概ねオレとほとんど同じ考えなのだろう。それを分かっていたのか師匠、父さんはオレたちにお前たちの人生だから好きに生きろ言ったのだろう。林藤さんの話を聞いてからは本当にその教育方針には感謝しかない

 

「父さんは好きに生きろと言ってたからよかったよ~」

 

 フィーロも同じ気持ちのようだ。もしかしたらだけど育て方が分からないから放置していたって可能性もあるけど、それでもオレもフィーロも不満は無かった。家を空けることは多かったが、それでもオレは幸せな家だったと思う

 

 お互い父さんに感謝していると、オレの耳に予想外の声が聞こえてきた

 

「おーーい!篠島!」

 

「っ!!?」

 

「ん?兄ちゃん?」

 

 そう、オレを呼ぶ声が聞こえたのだ。ボーダーでも知っているのは幹部連中だと思う。他を除けば進さんくらいだが、さっきの声は全く違う

 一体どうして呼ばれたのか呆然としているとまた聞こえた

 

「何だ?塔冶(とうじ)

 

「これから陸部のあいつ等とカラオケに行くんだけどさ、篠島もこねぇか?」

 

 今度は間違いじゃない。しっかりと篠島と言った。しかも篠島と呼ばれた少年も呼ばれたのが自分だと分かっているようで答えていた

 一体どうして? 同じ家族名? たまたま? でも進さんが珍しくも無いけど探せばいるんじゃないか? と言っていたから違うのじゃないか?

 さっきからオレの頭は正常に回らない。しかも追い討ちをかけるようにオレの心臓はバクバクとうるさく鳴っている。違う、いるはずないと必死で否定していると揺れていた思考が一瞬で消える事を少年が言った

 

「いや、今日は墓参りだから無理。母さんがみんなでいくってうるさいから」

 

「ああそっか…兄、なんだっけ?」

 

「うん。生まれたばかりに行方不明のね、17年も前の事らしいし。あった事もないし兄って実感無いけどね」

 

「むしろお前()()が兄みたいなものか!いや、姉?」

 

「どっちでもいいよ」

 

 兄。17年前。そして「篠島」。これだけ揃っていてさすがに否定はできなかった。昨日本部長には捜索はしなくていい、といった傍からこれだ

 

「兄ちゃん!!?」

 

 気づけばオレは車から降りていた。後ろでフィーロが呼んでいるが今はそんな事はどうでもいい。それより今は確かめないといけない事があった。買ってくれた耳を被せるのをはずして少年の声と足音を聞いた。けど少し遅かったみたいで

 

「あれ?家で集まったら行くんじゃなかったの?」

 

「母さんの体調が余りよくないんだ、だから早めに行ってから病院に行く事になった」

 

「え、大丈夫なの?」

 

「今はな、もういつでもおかしくないから涼治(りょうじ)も早く車に乗れ」

 

「わ、わかった」

 

 なんで体調がよくないのに行くんだよ!? いつでもおかしくないってどんな病気を抱えてんだよ! 少年は急いで乗ったのかガサガサと音を立てて車に乗り込んだようだ。いっそトリオン体になって追いかけようかと思ったが

 尋常じゃない速度で追いかけてくると事故を起こす可能性もある。それに戦闘でもないのにトリガーを使うのも少々面倒だ。とくにボーダーが何かを言ってくる可能性が高い

 

「くそっ!!」

 

 この寒い時期に全力で走るなんて地獄だ。厚着した服が重いし雪で足が滑ってしまう。車が何度か曲がっていきある程度行く方向が分かると、まっすぐ追いかけるのではなく。道から逸れて短距離で向かう事にした

 

「…………山?」

 

 限界まで走って辿り着いたのは木々が生い茂る山だった。最低限の道は舗装されているようだが、あまり人がいる気配が無い。だから声もさっきより綺麗に聞こえる

 

「伶。今年も来たわよ」

 

「………」

 

 レイ

 

 直接聞くよりもさきに聞いてしまった。もう間違いようのないんだ

 山道をゆっくりと登って話を聞いた

 

「今頃おまえは、どうしているんだろうな…」

 

 きっとお墓に語りかけているのだろう。オレも命日の日には父さんの墓の前で何があったのかとか、こんな仕事したとか色々報告したりしている。そういうのはここでも同じみたいだ

 

「オレは……生きてるよ」

 

 まだ距離はあるから声は届かないけど、なんとなく答えてみた。なんていえばいいのだろう。この胸の中を支配する苦しい感情を。父さんが死んだときとは違う。悲しい苦しさだ。胸が締め付けられたと思ったら、とたんに穴が空いたみたいに軽くなってしまう

 けどそれらとは違う、けれどなんとなく覚えがある。懐かしい感情でもある、だけど思い出せない

 

 この感情の名前が分からないのに山道を進むオレの足は止まらない。あれだけ走ったけれど疲労感はあるはずなのに休もうという気も出てこない。季節限定のお菓子を買うときと似ている、今行かないと失いそうな焦りと

 そして中腹あたりで四角い石に家族名らしい文字が書かれた物が置かれている場所に来た。多分これが玄界(ミデン)のお墓なのだろう

 そこから少し進んだところにいた。お腹を大きく膨らませた女性と少し髭を生やした男、おそらくこの人たちが夫婦なのだろう。そして同じ身長で少年と少女が横にいた

 

「それじゃ伶、また来るわね」

 

 腐った花など袋に入れてまとめたら女性の人が挨拶をして立ち去ろうとしていた

 

「こんにちわ」

 

 オレに気付き挨拶をしてくれるが、どう返せばいいのか分かっているはずなのになぜかそれが出なかった。横を通り過ぎてからやっと言葉が出た

 

「あの…!」

 

「なにかな?」

 

 全員足が止まって男の人が代表して聞き返してきたが、また言葉が詰まってしまった。どう言えばいいのか分からない。直接言ってしまえば早いのだろう、だけどそれで信じてもらえるかは分からない、そもそもオレは信じてほしいのか? そのあとどうするんだ? オレ自身のことのはずなのに分からない

 

「あの……これ…」

 

「ん?母子手帳?」

 

 いつも持ち歩いている大切な母子手帳。これはオレが「篠島怜」となった家族以外で大事なもの。それを差し出したのだ

 

「きったね」

 

「こら。見てほしいの?」

 

 まただ、言葉が出ない。代わりにオレは首を縦に振った。表紙を捲って見た夫婦は固まっていた

 

「母さん?」

 

「伶?ほんとうに……伶なの?」

 

「た…ぶん……あなたた、ちの……子、です」

 

 ひどいな。しどろもどろになりながら何とかひねり出した

 信じられないものを見る2人を見れなくて俯いてしまったが、声が少し上ずっているし、すすり泣く声も聞こえる。血が繋がっているのかは不明だが、これまでの気になる言葉からおそらく

 

 この人たちはオレの、血の繋がった家族だ

 

「っっ!?」

 

「っ。よく、帰ってきてくれたね」

 

 突然抱き締められた。母親と思われる女性はオレより少し低めだった。それから父親は頭を撫でてきた。進さんの撫で方とは違い少し乱暴だけど、不思議と嫌という気持ちは出てこなかった

 

 すると思い出した。いままで分からなかった感情が

 

 多分これは愛情からくる羨望だったのかもしれない。街を歩いてれば親に捨てられた、死んで一人になったなどよくあること。転んで泣いている子があやされていたり、仲良く手を繋いでいるところを見てオレは自然とそういうのを求めないように見ない振りをしてきたのかもしれない

 オレには父さんにフィーロがいる。だから大丈夫だと虚勢も張ってたのかも。父さんが死んでさらにオレが守らないといけないと見栄も張ってたのかもしれない

 

 だからいま、2人からこうされているオレは、胸がとても苦しいのに嫌じゃない。欲しかった実の親からの温もりをこうして感じている

 

「た……だい…ま」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




「帰る」も「還る」も意味としては同じらしいけど厳密には違うらしいね
「帰る」は自分の居場所に帰る
「還る」は様々な過程を経て元あった状態に戻る

という違いらしいですね


ネイバーに攫われて捨てられて養子になって傭兵になって、そして故郷に戻って家族の元へ。怜くんもとい伶くんは大変な目に遭っていますね。そして押し込めていたものが意思とは裏腹に表へ出てきた
なんだかんだで納得はしていても血の繋がりってだけで心が揺らいでしまうものなんですね

伶の設定は後ほど書き加えておきます
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