「ただいまーって……なにこの空気?」
少し疲れているのか小南が帰ってきた。今この場のピリッとした空気を感じているのかこちらを見なくても分かったみたい
「お帰り小南。それがちょっと……ね」
「ちょっとって何?……って、どういう状況なの?」
宇佐美が誰も口を開こうとしないこの状況に抗うかのように返事をした。けれどいまはそんなことにかまけている場合じゃない
問題はフィーロが渡してきた「ボーダー入隊申請書」のことだ。一体なにを思ったのか追求している最中だ
「フィーロ。何でボーダーに入りたいんだ?」
「強く、なるために」
「何でボーダーなんだ?」
「………」
さっきからこれの繰り返しだ。ソファに座って腕を組みどうしてボーダーで強くなろうとするのか理由を聞いているのに頑なにしゃべろうとしない。言えない理由があるのかとオレは余計に怒りを募らせてしまう
そもそもフィーロは十分に強い。このまま成長すればSSSランクにだってなれるはずなんだ。別にボーダーでなくてもいいのは分かっているはずなのに
けれどフィーロはボーダーじゃないとダメだという。それならば理由を言えばいい、納得のできる理由なら許可しなくもない。頑なにしゃべろうとしないのなら入隊は却下だ
「言えないなら考えるまでもない。却下だ」
「っ……!」
ここまで怒るのはいつ振りなのだろう。自分でも声で激怒しているのは分かってしまう。これ以上は進展はなさそうだし、少し早いが防衛任務にでようと立ち上がった
「修、悪い。折角作ってくれたのに食べれなくて」
「い、いえ…残しておくので明日にでもどうぞ」
「ありがとう。フィーロ」
「っ!」
「話す気になったら連絡しろ」
修や千佳には悪いが用意してくれたご飯は食べる暇はなかった。残しておいてくれるらしいので任務のあとにでも温めて食べることにする。最後に泣きそうになっているフィーロに一言だけ言い残して支部を後にした
「はぁ……もしかして反抗期…なのか?」
オレも1人前として戦えるようになってきて何度か父さんに反抗したことはあったけど、ここまで怒るような事態にはなかったはずだけど。フィーロにはフィーロなりのオレに対して対抗心とかあるのだろう。だけど理由の一つも言えないというのは納得ができない
兄としても保護者としても未成年のフィーロのわがままを許すつもりは無い
「…オレはどうすればいいんだ、父さん…?」
だけど残りたいと言ったのはフィーロの意志だ。家の教育方針としては本人の意志を尊重すべきなんだろうけど。結局オレも大人の仲間入りをしたと言ってもまだ未熟だという事だ。これで良かったのか、いまでも判断が間違っていたんじゃないかと思う時もある
父さんはいつだって正しかった。家ではだらしない事もあったけど、それでもオレたちの親でいようと頑張っているのを見ていたから知っている。だから尊敬もしているし頼れた
今はオレが代わりにならないと頑張ってはいるけど
川原を歩いていても何も結論は出てこないまま防衛任務の時間が来てしまった。今日の担当場所に行けば遠くからフィーロがやってくるのが聞こえた。喧嘩中であっても仕事はちゃんとするつもりのようで、そこは傭兵としてしっかりプライドを持ってくれているようでよかった。けれど話す気はないようで分かれて巡回を始めた
日が昇り今日の仕事を終えたオレは玉狛支部に戻ると修たちがもう朝食の準備をしていた
「早いな?」
「お疲れ様です。今日は空閑と千佳の入隊式があるんでいつもより早く起きてしまって」
「お前が出るわけじゃないのになに緊張してるんだよ」
当番ではないはずの修が昨日食べ損ねた夕食を温めなおしてくれた
照れくさそうにして用意してくれたけど、入隊日の今日は遊真と千佳が正式なボーダー隊員となる新たな門出の日。だけど修はすでに正式な隊員だから出るわけでもないのに緊張した様子だった
変わっているなと口にしようとしたけど、オレもフィーロが傭兵になる試験を合格できるか落ち着かなかった事がある。懐かしい事を思い出して、修の気持ちもこんな感じなのだろうと思うと可愛いなと思う。他の人が聞いたら最低とか言われるかもしれないけど、年下の子が落ち着かない様子で心配するってのは可愛いと考えてしまう
朝食を食べたオレは適当に街を歩いてみる事にした。携帯のマップや電話の仕方は教えられているから迷ったとしても玉狛支部に帰ってこれるとは思う。多分
人の多いところに来てみたがソチノイラと比べれば多い。このままここにいたら音酔いでもしそうになるが、
「…お?これ美味そうなだな」
いつものように適当にぶらついていると「肉屋」と書かれている店に目がいった。見えるところに置かれたガラスの中に並べられている茶色いブツブツした見た目の食べ物が並べられていた。焦げていない綺麗な色をしていて食欲をそそられた。ソレを見てそう言えばと夕方になると黒い服や紺とかの服を着た子供たちが集団で居てみんなそれを食べていたのを思い出した
「おばさん、オレにもコレ一つ」
「はいよ、40円ね」
カウンターに立っていた人に注文しお金を置く。すぐに小さな紙の袋に包まれて商品が出された
「あつ……ん、旨いな」
とりあえず「コロッケ」と書かれた安いものを買ってみたのだが、手にすると出来たてなのか熱かった。口にすればさらに熱く口を開けて転がすようにしながら食べると、カリッとした触感のあとにフワッと柔らかかった。甘みもあってここに調味料とか加わるとさらに旨くなるだろうな思った
食べ終えてからもフィーロがボーダーで強くなりたい理由を考えた。戦い方はオレが教えたし、ブラックトリガーは強力で油断しなければ負けることはない。これ以上強くなってどうするのか
協会のランクを上げるためなのかとも考えるが、単純に強さだけでなく人柄や交渉などもできるかと違う面からも判断される。強さだけではSSSランクにはなれないのだ
フィーロ.side
「兄ちゃんのケチ!」
オレにはどうしてもボーダーで強くなりたい理由があったのに兄ちゃんは許してくれなかった。たしかに理由を聞かれて答えなかったから簡単にはいかないとは思っていたけど、それでもオレがやりたいって言っているんだから許してくれたっていいはずだ。昔から家ではやりたいことはやらしてくれたのに
「伶にちゃんとした理由を言わないからだろ?」
「だって!!……言ったら意味ないんだもん」
隣を歩く遊真がもっともなことを言ってきた。オレと違って遊真と千佳は今日の入隊式に出てボーダーに入れるんだからズルいよ
「フィーロはどうしてボーダーに入りたいんだ?」
「……ちゃんとオレだけの力で強くなりたいから…」
「どういうこと?」
理由を知らない修が聞いてきて、多分兄ちゃんはこの辺には居ないだろうから聞こえないと思って理由を話した
オレがボーダーに拘るのは、ボーダーから借りているトリガーでオレがそこそこ強いってことが分かったからだ。今まではどんな相手でも勝てる自信はあった。それだけオレは鍛えられたし自己鍛錬もやってきた。だけどボーダーのトリガーを使ってると負ける数が増えてきたのだ
それでオレはやっと理解したのだ。オレ自信はそこまで強くないのだと。今まで兄ちゃんや父ちゃんのトリガーに守られてきたから強かったのだと。だからちゃんと強くなろうと、今度は兄ちゃんを守れるように強くなろうとボーダーで強くなりたかったのだ
修たちはそれなら言ってもいいんじゃないかと言うが、オレのせいでいつも兄ちゃんは辛い思いをしてきたから、今度は好きにさせてあげたかった
「兄ちゃんはオレの面倒を見てもらうために引き取られたって。だから守るために傭兵になったって。だからいつも思うんだ、オレが居なかったら兄ちゃんは傭兵とかにならなかったんじゃないかって…」
「フィーロくん…」
「だからもう守らなくてもいいくらいに強くなってびっくりさせたいんだ!…言わなきゃ許可してくれないのは分かってるんだけど…兄ちゃん耳がいいからサプライズとかいつも失敗するんだ…」
誕生日も新しい発見も兄ちゃんは自慢の耳でなんでも聞こえてしまうからバレてしまう。内緒話だって仕事で居ないときにしかできない。だから強引にでもボーダーに残ることを許してもらうしかなかったのだ
「子供みたいな理由だな」
「な、遊真だって子供だろ!!」
しょんぼりしながら話していたらいきなり遊真がバカにしてきた。遊真のほうが小さいんだから子供じゃんって言い返すが身長のことじゃないって言われた。そりゃ今までの流れからそれは分かっていたけど、それ以外にバカにされたのって理由のことなんだろうけど。なんか認めたくなかったから誤魔化した
そうこうしているとボーダーに到着して、会場になっている広いところに行くと白い服を着たボーダーの人たちがたくさん居た。この人たち全員が今日正式にボーダーの隊員になるんだろ思うと羨ましかった
離れたところに行ってつまらなそうにしながら入隊式が始まった。防衛本部長っていう人が話した後、赤い服を着たアラシヤマ隊って人たちが出てきてこれからやることを説明していった
オレは入隊するわけでもないからただ見学しているだけだけど
中・近距離タイプと遠距離タイプの2つに分かれて訓練するらしい。オレは接近戦が好きだから一番多く居たグループのあとを付いていく
「君も玉狛の子?」
「え、ちがうけど…」
「僕は時枝充」
「オレはフィーロ」
いきなり後ろから声をかけられてびっくりした。敵意がないから近づかれたことに気付けなかった。それどころか好意的にも感じるけど、目が少しだけ探るような感じがして少しだけ気味が悪かった
「ああ、ごめんね。本部長から君たちの事は聞いているけど。入隊式にいるのは知らなくてね。気を悪くしたなら謝るよ」
「いや、平気だけど…オレもボーダーに入りたかったから、来てみただけ」
残念そうに話すオレに気をつかってかそれ以上は何も聞いてこなかった。そのあとすぐに訓練室に到着し説明のあとに訓練が始まった
ただ捕獲用のバムスターを倒すだけのつまんない内容。あんなのに5秒以上もかけるなんてノロマだなと思った。ボーダーのトリガーを使っても2秒もあれば十分だ。欠伸でもしてしまいそうなくらい暇なとき遊真の番になった。1人だけ黒い隊服だから目立っていて分かった
訓練が始まると一瞬。1秒たらずで終了した
「うわぁ、はえぇ」
オレは目で追えたけど他のやつらはいつ倒したんだ? とか、故障じゃいのか? とか文句が多かった。その後もやり直しをするとタイムは伸びるどころか縮んでいった。自分で自分の記録を塗り替えるなんてちょっとだけ見ていて面白かった
「あれが迅の後輩。なるほど確かに使えそうなやつだ」
参加できないから端っこで座っていて遊真に人が集まるのを見ていたらさっきから上に居た人たちがしゃべり始めた。どっかで聞いたことのある声だったけど思い出せない
「そうですか?誰だって慣れればあのくらい」
「素人の動きじゃないですね。やっぱネイバーか」
ほかにいた人の声も聞いてやっと思い出した。
用事はそれだけなのかわからないけど1人が遠ざかるのを感じた。上位の人が訓練生のを見ても面白くないだろうから当然かなと思っていたら下の出入り口から現れた
「三雲君と組むんだろう?」
「うん、そう」
「なるほどな」
「風間さん!来てたんですか」
訓練生の訓練も一通り終わり、指導している赤い人が遊真と話しを始めた直後弟の人も話しかけた。「風間さん」と言っていたからやっぱり進さんの弟さんで合っていた
「訓練室を一つ貸せ、嵐山。迅の後輩の実力とやらを確かめたい」
突然現れて換装しながら貸せなんて結構上から目線なやつだと思った。あの戦いでも進さんの言葉にまともに受けとろうともしなかったし、兄弟の癖にずいぶんと横暴なやつだ
「待ってください、風間さん!彼はまだ訓練生ですよ!トリガーだって訓練用だ」
そういえば宇佐美が言っていたっけ。訓練生は出力を抑えた専用のトリガーを与えられているって。まあ訓練が目的であってトリオン兵とか戦うためじゃないからと説明されて確かにそうだなって思った
遊真はそれでもやってもいいよと返したけど、弟の人が戦いたかったのは修だった
「違う、こいつじゃない。オレが確かめたいのはお前だ、三雲修」
「いきなり何を言い出すんだ風間さん!」
「え、なんで修が……?」
何を考えているのかオレにはわからなかった。遊真が相手なら分からなくもないけど、よりにもよってなんで修なのか。きっと兄ちゃんなら分かるのかもしれないけど、今は喧嘩してるからいないし聞きたくても聞けなかった
誤字報告ありがとうございます