グラップラー刃牙 BLOOD & BODY   作:MUMU

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第20話

 

 

 

 

「興味深い……」

 

ドルルマンは、初めて興が乗ったかのように、首をこきりと鳴らしつつ歩く。

 

「明らかに君より強い私が、ここで敗北する、と……」

「その通りだ」

 

勇次郎は思い切り首をそらし、嘲るような皮肉げな笑みを浮かべて言う。

 

「貴様の肉体は何らかの金属で出来ている、それは間違いない」

「――ふむ」

 

ドルルマンは目を細め、その勇次郎の不敵な顔つきを深く観察する。

そして、口元をわずかにほころばせ、先を促すかのように顎を動かす。

 

「しかも、意志ひとつで自在に硬さを変える肉だ。あるときは筋肉のように柔らかく、ある時は板バネのように硬質になっている、その変化は開始から終了までおそらく0.05秒ほど。しかし金属の組成そのものが変化しているわけではない。

――言うなれば、液晶」

「ふむ、まあ、その理解でいいだろう……」

 

ドルルマンが、感嘆の響きを込めて首肯する。

 

「私の肉体は、言わば金属ユニットの集合体だ。それは結晶構造によって結びつき、「頭脳」からの指令によってその配列を変化させる。配列を密にすれば金属の硬さに、なだらかに伸ばせばゴムのような柔軟性を持つ」

 

「――ナノマシンか」

 

寂海王がつぶやく。

その言葉に反応したのはドルルマンだった。首を寂のほうに向けて声を飛ばす。

 

「――そこの君、軽々にそのような言葉を使うべきではないな。

そのようなSF的思想に落としめられるのは好みではない。この肉は自立機械であり無意識の構造体であり、あるいは循環する体液のようなものでもある。だが所詮は、頭脳に隷属するただの肉でしかないのだよ」

「……」

「けッ、脳を半導体に置き換えた男が何をぬかす」

「大したことはない。肉体に金属を埋めている者など珍しくはなかろう?」

 

おそるべき事実を、きわめて淡々と語っている。

寂海王はその語る内容について考えることに、背筋の寒さを禁じえなかった。

 

もし語ることが真実なら、

ドルルマンはもはや、厳密には生物という定義すらも――。

 

勇次郎は獰猛に笑い、言葉を続ける。

 

「そうだ、その驚くべき肉体、そこに到達する技術力、おそらく他の誰にも真似できまい」

「……ふむ、そうかもな」

 

「だからこそ、だ」

 

勇次郎は、そこで奥歯を噛み、声に苛立ちのようなものを滲ませながら言う。

 

「たとえ俺でも、核攻撃を受ければ死ぬだろう」

 

ふいに、そんな発言をする。

 

「あるいは1万人の軍勢に襲われれば、半分ほどしか道連れにできまい」

 

「ごっ……五千人は殺るってのか……」

 

加藤清澄が呟くが、他の誰も、勇次郎の突飛な発言に口を挟めない。

 

「あるいは、時間――」

 

その眼が、影のようなものを帯びている。

範馬勇次郎、この何もかもが自分を中心に回っているかのような、暴虐と自己愛の化身が、何かを憂うような、手の届かないものに思いを馳せるかのような、そんな曖昧な目をする。

 

「人間は成長し、ヒトが進化する、そんな中で、未来のいずれかの時点において、俺を超える存在が出現するかも知れぬ。

その「可能性」までを否定することは不可能だ」

「……今がそうだ、などという皮肉を言わせたいわけでは、ないようだな」

 

ドルルマンはゆっくりと顎をさすりつつ、勇次郎の言葉の果てを測りかねて言葉を濁す。

 

「キサマは――」

 

勇次郎のその声には、彼をよく知るものですら聞いたことのない、わずかに苦みの混ざった響きがあった。

それは何らかの苛立ちなのか、それとも哀惜なのか、

勇次郎本人ですら、分からぬことだろう。

 

「無限に続く血脈から、外れてしまった」

 

「永遠の命が、貴様の時を固定した」

 

「万能の肉が、進化の途を閉ざした」

 

「キサマの力が、あるいはヒトの知恵の道筋の、その延長線上のものであったなら、俺を凌駕したかも知れぬというのに――」

 

「……。ふむ、つまり、こう言いたいわけか」

 

ドルルマンは肩を回しながら、内心の発露を完全に抑えようとするかのように、重く静かな声で言う。

 

「私の技術に、何かしらの不完全性があると」

 

ドルルマンの言葉には、わずかな歯切れの悪さが見えていた。

奥歯に力を込めているかのような舌の重さ、粘っこさ。

それは、長くを生きた気難しい老人が、内心の震えるような、

 

怒り。

 

それを抑えている姿であることに、どれほどの人間が気づいたことか。

 

「研究と深化、より完全に近づこうとする流れの中にあるならば、それもいつかは克服できたはずだ、と」

「ハ、そう聞こえたなら、よかった」

 

じゃり、と、砂利の散らばる庭園を歩きながら、勇次郎がやや高く構える

 

「これでもよォ……言い方、気を使ったんだぜ」

 

「ゆ……勇次郎のやつ、言いおるのォ……」

「はい……見た目には劣勢と取られかねない状況で、まさか、あそこまで言ってのけるとは」

「おっ……おい、何だよ二人とも、今の会話がどうしたっつうンだよ!」

 

互いに間合いを詰め、周囲では息を呑む音がする。

ドルルマンが真っ先に気づき、次いで徳川老人が、そして寂海王が。

そこから戦いを見つめる観客や軍人たちにも、それが察せられていく。

そうだ、この場面は何かしらの述懐や、感慨を込めた場面ではない。

その勇次郎の言葉が、言わんとすることが。

彼独特の、人を喰ったような尊大極まる態度が、ありありと幻視される。

 

――勉強と研究に生きた、青臭い科学者がたどり着いた肉体

 

――それが、そんな穴だらけの欠陥品だとは

 

――哀れすぎて、とてもストレートにゃツッコめねえよ

 

「――ッ」

 

次に動くのは。

 

ドルルマン――。

 

その動きは山が歩む如く。

重厚ながらその動きは疾い。

 

大股で進む一歩が地面を踏みしめ、振りかぶり放たれる一撃が大気の壁を砕く。

その太い指が、グローブのように無骨に膨れた拳が、勇次郎の顔面を捉える。

打ち抜き、破砕しようとする刹那。

勇次郎の首が後方に吹き飛ばされる錯覚。

 

磁ッッッ!

 

何かが高速でこすれ合う音がする。

拳は勇次郎の耳をかすめる形になっている。

皮膚との接触面はヤスリを掛けたように裂けている。猛烈な摩擦によって皮膚が焦げ付くように黒ずんでいる。

 

「オオッ!! 今度はかわしたかッッ!」

 

徳川老人が躍り上がって歓喜する。

 

「……っ?」

 

だが、寂海王は何か違和感を感じていた。

今の一撃、あれもまた人間の回避限界をわずかに上回っていたように見える。

勇次郎の野生じみたカンで回避したということだろうか。

だが、何かが違う。

回避した、というのとは何かが――。

 

勇次郎がにやりと嗤う。

 

「IDKWとやらのジャッジに潜り込み、ここで幾らかの軍人と戦い」

 

その肌は、寂の記憶よりも紅潮してるように見えた。

それ以外にも妙に気だるいような姿勢、脱力された関節、やや弛緩した目、

まるで酩酊しているかのような――。

 

「その程度で、武を知ったつもりか」

「……何が言いたいのかね」

「面白ェものを見せてやろう」

 

とっ、とたたらを踏むように数歩後退する。

勇次郎は軽く両腕を胸の前に出し、人差し指をカギ形に曲げるような形に構える。

 

そして――脱力。

腰を思い切り落とし、背骨を弛緩させる。

踏み足はふらふらと位置を変え、

首の座らぬ幼児のように頭を揺らしている

 

地面が揺れ動いているかのように不安定に動き、

倒れそうになるとくるりと踵を軸に回転。また正対する。

その表情は悦楽の笑み。

緩んだ口元からは浮ついた空気が漏れるかに見える。

 

そして極め付きには、横隔膜の細かい振動が生み出す吸気音――。

 

「――う~~、ひっく……」

 

――え

――あれは

――もしかして

 

観客が騒然となる。

あの動き、あの表情、連想する言葉はひとつ。

それは、戦いを見守るグラップラーたちも同様。

 

「……ゆ、勇次郎? あれは、もしや、す」

「あ、あれって、もしかして、す」

「す――」

 

観客が、軍人が、格闘家が、

ただひとつの単語を同時に連想する。

 

その言葉が巨大な書き文字となって、空を覆うかのような感覚。

 

「すっ……」

 

 

 

 

 

――酔拳!?

 

 

 

 

 

「ま、まさか……」

 

寂海王は色を失っている。

 

そんなことがありうるのか。

誰もが知る拳法だが、それを、あの範馬勇次郎が。

 

「うい~~……」

 

しかし、さすがは範馬勇次郎というべきか。

その動きは、誰しもの記憶にある酔いどれと完全に一致している。

あるいは、そのような千鳥足の泥酔者を見たことがない者でも、

その動きが酩酊によるものだとはっきり感じ取れる。

 

「あっ……アレは、酔拳、じゃな?」

 

徳川老人が、今更のように寂に問いかける。

 

「は、はい、おそらくは……」

 

その手の形。

人差し指と中指をやや開き、カギ形に固める手は盃を持つ手をイメージしたものだ。

名を杯手(はいしゅ)と言う。

しかしその握り具合は、もう少し大きなもの。

観客の眼にはその握るものが連想される。

 

――あれは

――酒を入れる徳利……?

――いや、ボトルだ。

 

――そう、左手には、いかり肩のボルドー風のワインボトル。

――右手にはワイングラス。

――中身が少し入っている。

 

――赤い液体が

――動きに合わせてちゃぷちゃぷと。

――零れそうになるたび、あわてて揺れを抑えようとしている。

 

いまや観客の目に、勇次郎の握るボトルがしっかりと見えていた。

その中身、おそらくは数十年は寝かせたフルボディの赤ワイン。

バラとなめし革を合わせたような濃厚な芳香。

グラスの中で踊るその質感。

勇次郎が、その中身をグラスに注ぐ。

グラスの壁面を、赤い足を残して揺れるワイン。

それを一口煽る。

最初に口の中で転がし、

香気を鼻に抜けさせ、

胃の中にワインがゆるりと落ちていき、幸福そうな吐息をほうっと吐き出せば、

周囲には芳醇な香気が広がっていく。

 

ごくり。

誰かが唾液を呑む。

空気がワインの色に塗り替えられるかのようだ。

もはや気のせいとは言えぬほど、勇次郎の顔は紅潮している。

勇次郎自身も、その幻想のワインを楽しむかのように――。

 

「さ……さすがは範馬勇次郎だぜ、ホントに飲んでるみてーだ……」

 

口中につばが溢れてくるのを感じつつ、加藤清澄が呟く。

 

「どっ、どうなのじゃ? 酔拳とはそんなに凄い拳法かの!?」

 

徳川老人が尋ねるが、

問われた寂海王は、しかし、額に汗を浮かべて思いつめたような顔をしている。

顎を引き奥歯を噛みしめるように構え、何かを考え込む風である。

サングラスの奥で、どのような目をしているのか読み取れない。

 

「……す、酔拳とは中国拳法の一種、形象拳の一つです。

蟷螂拳や猿拳のように、他の生き物を真似する拳法ですな。

こ、この場合は、酔っぱらいの動きを真似しているのです」

 

何度か言葉を切りながら、寂が続ける。

 

「その意図は……足場の悪い場所で戦うためです。

寝っ転がったままの攻撃があったり、腰を落とした構えが多いのはそのためです。

他にはトリッキーな動きで相手の隙を突いたり、酔ったふりで敵を油断させたり……」

「ふむふむ、それで、ドルルマンに通じるのかの?」

「……つ」

 

寂海王は、一瞬の逡巡の後、堰を切ったように力強く言う。

 

「通じるわけがない!」

 

あの範馬勇次郎のやることである。

まさか、何の意味もないはずはない。

しかし中国武術の頂点、海王を継ぐものとして、正確なことを言わないわけにはいかない。

 

「先ほど言った通りです。

それが全てなのです。

酔拳は特別威力の高い技があるわけではない。

言ってしまえば演舞のための拳法……つまりは見世物に過ぎんのです」

「でっ、でものォ……映画じゃ……」

「知っています! 飲めば飲むほど強くなる、私だってそれは見たッッ!

だが所詮は映画ッッ!

 現実には酔拳だからといって、特別強い力を出せるわけではない!!」

「……あ、やっぱ見るんじゃな、そういうの……」

 

「――ここへきて奇策を弄する、か」

 

ドルルマンがその勇次郎ににじり寄り、腕を大上段に振りかぶる。

胴部に絶対の防御力を確信するからこそ可能な、大上段からの振り下ろし。

それが空を引き裂き、勇次郎めがけ――。

 

ドルルマンの拳が目標にめり込む。

勇次郎の体がぐるりと廻る。

踵を支点に反転、

回りながら倒れこむかに見えて、

その勢いのままにほぼ一回転。

拳の勢いをいなして回転力に変える。

 

踵を中心に勇次郎が廻る。

上半身がねじられる。

回転とともに腕が振られ、

拳が握られ、

それが、ドルルマンの脇腹に。接――

 

 

 

――唔ッッッッッ!!!

 

 

 

一瞬。

観客の五感が吹き飛ぶほどの衝撃。

銅鑼を鳴らすような衝撃が耳を圧す。

ドルルマンの体が1メートルほども動かされる。

 

岩が動くような、城が動くような。

絶対に動かないと思われていたものを、動かすという怪異。

 

ドルルマンは――。

 

その時初めて、観客は見た。

あの氷のような眼差しを持つ科学者が、初めて、動揺の色を見せることに――。

 

 

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