五等分のルルーシュさん。 作:ろーるしゃっは
&ルルーシュハピバ(遅)
トクン、ドクン。やかましい心音が徐々に強まり、目を見開く。視界に入る、異国の青空。鳥の囀り。川のせせらぎ。めくれ上がった大地と瓦礫。焦げた樹木。煤けて灰になった街並み。人肉の焼けた、饐えた臭い。変死体、礫死体、焼死体。
『僕は………』
そこは、まるでディストピア。ボタン一つ掛け違えただけで、あり得るかも知れなかったifの世界。綺麗な情景と凄惨さが、歪に混じった混濁の夢。
無間地獄を体現したような惨禍の地で、幼い少年は憤怒と憎悪に満ちた表情を浮かべ。
『……ブリタニアを、ブッ壊す』
言い切って、吐き棄てる。そうでなければ、発狂してしまいそうだったから。いや、思えばこの時、少年は既に狂っていたのかも知れない。親を恨み、祖国を呪い、世界を憎んだ。溢れん限りの憎悪で歪んだ両眼に……金の魔女を、捉えたところで。
☆
「………ろ、…起きろって、ルルーシュ!」
「……!?」
バチッ。まるでブレーカーが落ちるように強制的に眠りから醒めた黒髪の青年は、聞き慣れた女性の声にベッドから身を起こす。
(…!?…………夢、か…)
視界に入るのは空襲跡……ではなく、整理整頓され尽くしたいつもの私室。枕元には、先日の模試の分析レポートが転がっている。手首に巻かれたままの腕時計を見ると、どうにも1時間ほど寝落ちしていたようだった。流れっぱなしのニュースからは『5日後にクロヴィス殿下が来日する』、との報が流れてきた。なんでもサクラダイトの掘削施設の視察らしい。
「……すまん、以後気をつける」
五つ子と出会った日からこのかた、妙な夢を見る頻度が増えた。別の自分の人生を追体験しているようなそれの、種類は様々。予知夢めいたリアルなものもあれば、変な仮面を被ったアーサーを追い掛ける荒唐無稽なものまで。中には………異母妹を自ら撃ち殺す、なんて縁起でもないものもあった。
「うたた寝とは珍しいな、お前ほどの社畜が」
しかし、やはり彼女はいつもの調子。緑に近い不思議な色合いの髪を揺らす彼女とは、実に形容し難い関係を今日まで築いているのだが、それはさておき。
「……煩い。若干夢見が深かっただけだ」
「何だ、淫夢でも見てたのか?」
揶揄うように此方を振り向いた彼女、だが。……人の顔をしげしげと見つめるなり何故か瞼をぱちくりとさせ、怪訝そうな顔を向けてきた。妙な反応が引っかかるが、構わず続ける。
「当たらずとも遠からずかも知れん。お前が出てきたしな」
「ほう。取り敢えず詳しく聞こうか」
「情景をか?…そうだな、日当たりの良い日に目が覚めたら、お前の顔が目に入ってきて」
「昼間から外で!?やっぱりお前の性癖相当歪んでるな……」
そっちじゃない。
「最後まで聞け!それはさておき、その時の俺が10歳かそこらの子供になっていてな」
「おねショタ願望は流石にヒく」
「シモの話から離れろ変態教師!お前さっきから態とやってるだろうッ!」
寝起きの人間にいつものノリを要求するな。しかし口調と裏腹、彼女はいつものふてぶてしい笑みを浮かべず、真顔で腕を組んだままだった。
「………なあ、ルルーシュ」
「なんだ!」
「気付いてないのか?」
「主語をよこせ。頼むから」
「……泣いてるぞ、お前」
「………え?」
言われて咄嗟に目元を擦ると、証拠に何やら湿っている。タイミング良く手渡された手鏡を覗き込むと、其処には確かに目元を腫らした自分がいた。
☆
意外にも、からかわれる事はなかった。鬼の首を取ったとばかりマウンティングしてくるだろこの女、と思っていたのだけど。
「……私もな、偶に変な夢を見るんだ」
聞けば、それは教会でひとり跪く己の夢だと言う。神に向けて祈りを捧げ、静かに涙を流す自分の姿。何故悲痛な表情で懺悔していたかは分からない。ただ日頃より傲岸な魔女が落涙する程、ショッキングな事象があったのか。そう思わざるを得ないような、胡蝶の夢。
「……何なんだろうな、これは」
例えるなら死へと歩む男の人生を観測する、孤独な囚人の悲哀。未だ消化不良の感がある、彼女の独り言に。
「…仮説を挙げるなら、ヒトの集合的無意識の断片を覗いたか」
「え?」
まさか明確なアンサーが来るとは思ってなかった彼女に構わず、ルルーシュはまたぞろ何やら組み立てる。
「ないしはパラレルワールドで発生し得る事象を偶々拾った。もしくは単なる幻覚か、脳の疾患」
続けて「待てよ、シンクロニシティの可能性もあるな。それなら俺達の他にも妙な明晰夢もどきを見ている奴がいてもおかしくは…」、などとまたこの捻くれ副会長が、理屈っぽくぶつくさ呟き始めたところで。
「ルルーシュ」
「ん?」
「女がこんな感じで話すときはな、取り敢えず同意したフリして相槌だけ打っとけば良いんだ。別に答えなんか求めてないんだよ」
「割と女性への偏見に満ちてないかお前?」
「親切な美女からのモテ講座になんて言い草だ。ここで同意しないでいつするんだ」
「お前に不要な嘘を吐きたくはない。俺が完全に素で接してるのは唯一お前くらいだからな」
「………………」
「何故黙る」
「閉講!」
「最初から受講しとらん!」
「口答えするなハイと言えハイと。それよりもう土日でも家庭教師入れてるんだろう?早く行け」
「お前に言われずとも今から行くわ!」
いそいそと支度しながら、踵を返し玄関へ向かっていく副会長。女心とやらを理解してるのかしてないのか、結局よく分からない。
去り際に振り返ったTV画面は、『クロヴィス殿下来日記念!シブヤのJK100人に聞いてみた☆ブリタニア皇族No.1イケメンは誰!?』、なんておバカな特集を垂れ流していた。
☆
「5日前の全国模試の解答は確認したな?中身を確認がてら個別の傾向と対策を練るぞ」
パン屋の倅が上手いこと生地をこねてた同時刻。フジへの林間学修を一週間後に控えた、中秋の霜月半ば。ペンタゴンマンション30階は中野邸・リビングルームに集まった五つ子に、ルルーシュは開口一番そう言い放っていた。
解答例には既に全て目を通してある。各自で持ち帰った模試の問題用紙をザッピングし、誤答を摘出。全員の答を分析したのち、いざレクチャー開始と思いきや。
「えーっと、その前にまず言いたいことがあるんですけど、いいですか?」
五女にいきなり出鼻を挫かれた。どころか皆だいぶ上の空。……ひょっとして。
「御母堂の仔細か?」
気になるんだろう。思って聞くと全員黙って頷いた。無理もない、実の母のことだ。彼女達なりに、何か調べて分かったことでもあるのだろうか。そう思って先を促してみると。
「…一花に言われてジェレミア先生に聞いたのよ、お母さんのこと」
語り始める二乃曰く。なんと「同学年」どころか「同じクラスメイト」だったというジェレミアに聞くと、それは懐かしそうに話をしてくれたらしい。
教師時代は豪腕で知られた母・零奈は、学生時代はむしろ真逆。頭は良く運動も出来たのだが、平生は口数少なく引っ込み思案で、少しばかり人より考え過ぎるきらいがあった。おまけに警戒心が強かったのか、付き合いの浅い相手には若干ツンツンしていたらしい。つまるところ、今で言うクーデレ。変わらないのは誰に対しても敬語なところぐらいだったという。
「彼女は仲の良かったノネットらとよく一緒にいた」と語る担任に、二乃は更に。
「『なら』と思って、私達の実の父を知ってるか聞いたの。そしたらあっさり『それは分からん』って返ってきたんだけど…」
「ちょっと待て、ジェレミア先生に何故実父の委細を尋ねるんだ?」
「?……あ、そういえば昨日の今日で、アンタにはまだ言ってなかったわね。学園の図書館から五月が引っ張ってきた、若い時のお母さんの写真なんだけど」
そこから先は、眼鏡をかけた五女が引き継いだ。彼女達に提示されたのは、卒業式…ではなく学祭の写真。五月は模擬店の製作中に取られたのであろう制服姿の零奈が映るそれの、ある一点を指し示した。
「……三玖に言われて気がついたんですけど、よく見るとここに不自然な隙間があるんですよ。丁度、ヒト1人分の」
☆
「……成る程な、そういうことか」
写真を眺めた家庭教師は、現物を見て直ぐ察した。その空白に居たのが学園の生徒だったのか、教師だったのかは分からない。或いは考えすぎなだけで、もとから誰も居なかったのかもしれない。が。
(日付は19XX年、9月9日。フルカラーで被写体は2人。だが、微妙に御母堂の
該当箇所をよくよく見れば、
「なら何故、何処の誰が何の為にそんな隠蔽じみた真似をしたのか?ということか」
そして隠された人物は、零奈と同窓だったジェレミアなら心当たりがあるかもしれない…とも考えた。突飛な発想だが、これが二乃の先の話に繋がる。
「話が早くて助かります。…どう思いますか、ルルーシュさんは?」
「先ず、合成の真贋を見極めなければ判断出来んな。全ては検証してからだ」
取り敢えず、レベル補正からかけてみるとするか。
勉強最優先と考えていたが、着任5分ですぐさま翻意。「親について知りたい」などと言われたら、情に絆されてしまうのがこの男の性分でもあった。
☆
一応、覚えている父の名前を入力したんです。照会結果はゼロ件でしたが。そう述べた五月の言葉を皮切りに始まったのは、まるで幻を追うような話だった。生まれも顔も年齢も分からぬ、実の父。彼女達が知っているのはブリタニア人であることと、その名だけ。
「むしろ顔も思い出せないのに、名前だけハッキリ覚えているのは、なんというか……」
「不自然でしかない、と?」
「はい」
五月達の真っさらな記憶の中に、ぽつりと浮かぶ名前。それだけ覚えているコトが、却って更に分からなくなる。
「ちなみに、今まで実父と会ったことは?」
「記憶にある限りでは無い、ですね」
「…そうか」
面会交流ゼロ。これは恐らく、母君は未婚で五つ子を産んでいるかもしれない。後で調べてみるとするか。
「あー、でもね……自分達なりに、調べた事はあるんだ」
そこでキリ良く、末っ子とアイコンタクトを交わした長女によれば。
「家探しは古い家に居た時にやったけど……何もなかったのよ、父親の記録。お義父さんも『知らない』っていうし」
あっけらかんと語る次女曰く、写真の一枚すらないらしい。
「兎に角、手元には写真の一枚もないんです。お母さんと拗れたのか、お母さんが嫌ったのかは分からないですが」
「貧乏生活、暫くしてた記憶はあるのにねぇ」
「ししし。思い出すよね、あの頃」
「…複式簿記の付け方知ってる小学生って、中々いないと思う」
「生保受給すると車に乗れない、とかねー」
「お陰で色んな手当やらに詳しくなったわ。子供ながらに所帯じみてたわね」
あけっぴろげに言い放つ彼女達は、到底嘘をついているようには見えなかった。だが。
(……ここまで話しておいて、手掛かりが一つも増えていないとはどういうことなんだ……)
恐るべしは女子トーク。ヤマなしオチなし思い出話の繰り返し。ここはやはり、自分が進めるしかないようだ。
☆
『名古屋市役所の住基ネットに入りこむ。少し待ってくれ』。そう言い放つなりリサーチのついで、確認がてら自作のノートPCでクラッキング。五月達の名前で照会をかけるが………台帳を遡っても父親の情報は、何も書かれていなかった。まるで……「不自然に」消されたかのように。死亡して除籍されたか、そもそも戸籍すらなかったか。
(父親は今………果たして生きているのか?)
にしても、データが全く無いとは不自然。例えば拗れた末の離婚なら、お役所に事前に離婚相談を入れていてもおかしくない。養育費や慰謝料を巡り弁護士を立て、調停をしている可能性もある。ところが調べてもケース記録は一切なし。
事件性を疑った為、今度は愛知県警のデータバンクをクラッキングする。が、やはりこちらも梨の礫だった。
(これでは話が進まんな。……致し方ない、彼女達と秘密を一つ共有するか。約束事は守れる姉妹だ、頼めば黙っていてくれるだろう)
息をするようにサイバー犯罪を繰り返す男は事ここに至り、新たなカードを切ることを決断した。一旦前置きを入れて、繰り出すのは。
「以前、二乃には話したな?理事長に編入の真相を聞いた、と」
「え?…えーっと、『親同士で話をつけた。アンタが家庭教師やるのが前提』、ってやつかしら?」
「合ってる。その時、理事長が俺に話してくれたことは二点。一つは『五つ子の父がブリタニア人である』こと。そしてもう一つは『父の名前』。それが…」
『彼女達を
「……『アリア・グレイサム』。皆の記憶と相違はあるか?」
「いいえ、一字一句同じです」
代表して五月が即答。
「分かった。……続けるぞ。しかし五月も調べた通り、アッシュフォードの卒業生リストにこの名前は無い。加えて…」
現状で確実なのは「ブリタニア人」ということだけ。ならばこの場で言えることは、一つ。
「……英語圏でアリアは女性名。普通は男に付ける名ではない。偽名だろうな、十中八九」
☆
「結局、ふりだしってわけですか………」
「残念ながらそうなる、な」
分かってはいたが、重い空気が居間に漂う。彼女達の父は、偽名を複数持つ男だった。鏡を見れば心当たりがあるくらいには身近な存在だが、そんな奴がもう1人いたとなれば話は別だ。
何故って、彼女達の不自然な記憶の欠落を理由付けするには、御誂え向きのものも想定出来るから。即ち。
(あくまで仮定ではあるが……もしかすると彼女達の実父は、ギアスユーザーだった可能性もあるな)
能力にもよるが、ギアスを使えば女性一人手篭めにするのはわけもない。記憶改竄や洗脳のギアスを用いれば、どんな女性だって意のままに出来る。下卑た欲を抱いた輩にかかれば、御大層な「王の力」とやらは簡単に堕し得る。
己の絶対遵守の力なぞ典型例だ。悪用しようと思えばいくらでも使えるが、本人の倫理観に反するので使ってないだけである。
ブリタニア人、かつ今の今まで消息不明。ひょっこり出てくる可能性もなくはないが、現実的に考えて望み薄だ。
さて。もしギアスユーザーであったなら、そいつは。
(まさか………嚮団関係者、か……?)
胃の腑に冷たいものがこみ上げる。もし彼女達の実の父が嚮団に属していたならば………既にルルーシュは殺めている公算が大きい。彼女達の、実の父を。
株式投資とR2-Cellで儲けた資金、および皇室の諜報網を駆使し、合法非合法あらゆる手段を尽くして殲滅したギアス嚮団。あそこで能力開発を受けていた子供達は1人も殺さず、自身の庇護下に於いている。が、17歳の実子がいる人間など、どう考えても幼子ではない。
もしかしたら、この手で殺して………。
(……いや落ち着け、早計だ。此方に寝返ったダブルスパイは皆生かしてある。もう少し情報を集めねば)
ただし分かっているのがブリタニア人という事だけでは、手掛かりはないも同然。なんとか手札の増やし方を考えんとした、矢先。
「まあまあ、ここでクサしてても進まないですよ。一旦、ちょっと休憩入れませんか?」
カンフル剤を務める四葉が、そう言って気晴らしに、とおもむろにテレビを付けだした。液晶画面から流行のヒットチャートが流れ出すのに合わせ、リビングの重い空気が徐々に霧散していくのを、皆が感じ取ったところで。
「……ルルーシュ」
「なんだ?」
「…私も、一つ聴きたいことがある」
ヘッドホンを下ろした三玖が、ぽつりと。
「…………C.C.先生って、何者?」
☆
「?…あれはただの変人教師だ、それ以上に何がある」
本人に聞かれたら殴られそうな事を平気で言うこの男。しかし間髪入れずの即答に、どうにも三玖は得心がいかないようで。
「……………あのね、ルルーシュ」
迷うそぶりを見せながらも彼女は、何やら懐をまさぐった。そして意を決して何かを取り出そうとした……時だった。
付けっぱなしにしていた音楽チャンネルが慌ただしく切り替わり、何やら特番編成に。次にTV画面に映し出されたのは、緊迫した様子のスタジオ内だった。
「あー、いいとこだったのに……」
「特番?緊急地震速報じゃ……ないわね」
「んー、J-Alertも鳴ってないですね」
「なんでしょう…」
各々で頬杖ついたりしてテレビを囲んでた面子が、めいめいに所見を述べる。
さて。額に冷や汗をかき、おそらくは慌ててスーツを着込んだのであろう、新人アナウンサーによれば。
『……番組編成を変更して速報でお送り致します。臨時ニュースです。本日午後、富士山麓のサクラダイト精製施設にて、神聖ブリタニア帝国より視察に赴いていたクロヴィス・ラ・ブリタニア殿下が、何者かに銃撃されたとの情報が入りました。被弾した殿下は救命措置を施されたものの、先程医師により死亡が確認されたとの事です。繰り返します………』
晩秋に差し掛かった、高校2年の秋の事。
「………は………!?」
始まりの日は、前触れもなくやってきた。