グッバイ
「あっははははは! 尊きこの私をお前たち如きがどうこう出来るとでも思っていて?」
──ある薄暗い牢の中に、非常に美しい容姿を持つ金髪翠眼の少女の高笑いが響き渡る。彼女の身体から発せられる隠しきれない王気は、彼女が王に連なる血筋の人物である事を雄弁に語っており、このような牢屋にいるにはまるで似つかわしくない。
なぜ彼女のような高貴な人物がこんな牢の中にいるのか、そんな場所にいるのになぜ笑っていられるのか、それを理解するには少々時を遡らねばならない。
◆ ◆ ◆
──オレルス。天空に数々の大陸(ラグーン)が浮かび、人々は広い空を夢見て生きる世界。そんな世界のある大陸に、牢屋に閉じ込められた美しい少女がいた。
──カーナ王女ヨヨ。世界の覇者、グランベロス帝国に滅ぼされた亡国、カーナ王家の姫君である。カーナ王家唯一の生き残りであり──神と呼ばれし竜、『神竜』と心を通わせられる人間、『ドラグナー』の資質を持つ者。彼女はその力ゆえに、未だに帝国に生存を許されていた。
そんな囚われの王女の元に、一人の男が訪れる。──帝国皇帝サウザーが最も信頼を置く将軍、パルパレオスである。彼は囚われたヨヨを気にかけ、色々と世話を焼いていた。
「将軍、またいらして下さったのですね」
牢屋を尋ねてきたパルパレオスに、ヨヨが微笑む。それは心の底からの美しい笑顔であった。
「ああ。元気そうでよかった、ヨヨ王女」
パルパレオスがヨヨの身体を気遣う。彼女の身体に支障があれば、サウザーの野望に差し支える。ヨヨはそれに対して控えめな笑みで返答した。
「私は大丈夫です。それより、将軍に渡したい物があって」
「私に?」
「はい。……この、クッキーを」
ヨヨが照れたようにパルパレオスに手渡したのは、彼女の言葉通り、袋詰めされたクッキーだった。
「王女が作ったのか?」
ヨヨは帝国にとってサウザーの野望を果たす為に重要な人物であり、彼女の精神が病む事を防ぐために監視付きであるなら少しの自由行動が許されていた。それゆえ、厨房でクッキーを作る程度なら監視付きだが出来るだろう。
「はい。将軍に、食べて欲しくて」
「王女……」
パルパレオスはヨヨの笑顔にやや罪悪感を覚えた。自分が彼女に優しく接しているのは彼女を利用するためだ。本来ならば憎悪をぶつけられて然るべきである自分が、あろうことか好意を向けられている。何より、それを喜んでいる自分がいる事を自覚して、酷い嫌悪感に襲われた。
「わかった。ありがたくいただくとしよう」
しかし、どんな経緯があれど女性に手作りの菓子を渡されては食べなければ男ではない。パルパレオスは手渡されたクッキーを口に運んだ。
──そして、強烈な衝撃を受けた。
「ぐっ……!?」
正真正銘ただのクッキー、それも味からして毒物のようなものは一切入っていないとわかるにもかかわらず、身体の芯まで蝕まれていくような異常な不快感がパルパレオスを襲った。まるで同じ帝国将軍グドルフのナイトメア99を食らったかのようだ。
「ほら、将軍。まだたくさんありますから食べて下さい」
そんなパルパレオスの様子を無視して笑顔で残りのクッキーを押し付けて来るヨヨ王女に、パルパレオスは酷い危機感を覚えた。
──このままでは、死ぬ。
「ぐっ……い、いや、王女の気持ちは嬉しいがこれ以上は遠慮しておく」
「パルパレオス……そんな事言わないで、ね?」
なんとかして逃れようと丁重に断りの言葉を述べるが、しかしヨヨは引き下がらない。パルパレオスの錯覚か、彼女の背後にドス黒いオーラが見えるような気がする。
「い、いや……ヨヨ王女、本当にこれ以上は「いいから食えやぁ!!」ぐほぉ!?」
何としてでも拒否しようとするパルパレオスに、痺れを切らしたヨヨが普段のおしとやかな振る舞いからは考えられない言葉遣いで残り全てのクッキーをパルパレオスの口に強引に放り込む。そのクッキーのこの世のものとは思えぬ味は、百戦錬磨の帝国将軍パルパレオスの生命力を容赦なく奪い去っていった。彼の意識が遠退き、世界が白に染まっていく。
「グッバイ、パルパレオス!」
──パルパレオスが最期に見たのは、そう言って自身に向けて花の咲くような笑顔で別れを告げるヨヨ王女の姿であった。
【ヨヨの手作りクッキー】
ヨヨ様が心を込めて作った手作りクッキー。
ビュウ曰く「ドラゴン向けの味付け」らしいが……。
その正体は『しっぱいクッキー』。
戦闘時に使用するとクッキーとは思えない禍禍しいエフェクトで敵を即死させる。人間だけでなく竜や魔物も死ぬ。なんと入手直後のシナリオ(8章)のボスすら死んでしまう。
文字通り死ぬほどマズいクッキー。