ヨヨですけど、何か問題でも?   作:れいのやつ Lv40

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化身

 ──私は全てを手に入れたはずだった。グランベロス帝国皇帝。オレルスの支配者。その無限の空の全てを我が物としたはずだった。

 だが、私は私の野望がまだ終わっていない事を知った。

 

 ──神竜の伝説。神竜の心を知る者は、新たなる時代の扉を開くというその伝説。その伝説を紡ぐ者は私こそ相応しい。そう考えた私は、カーナ王国を滅ぼし、その王女を手中に収めた。伝説に挑む為に。

 

 だが、王女は私の手を離れ、帝国を離れた。ゆえに私は王女の力を借りる事なく伝説に挑んだ。神竜ヴァリトラ。彼の竜を目覚めさせる為に。だが、いかに私が呼びかけても神竜は答えなかった。

 

 ──しかし、私は今、他者の助力を得て神竜の心を知ろうとしていた。一度は私の手を離れたはずの、私が滅ぼした国の王女その人によって。

 

 神竜が如何に強大でも、私には打ち勝つ事ができる。私にはそれだけの自負が、強さがあるはずだった。だが──

 

『目覚めなさい──アレキサンダー!!』

 

 

 ──王女がそう声高に叫んだ時『それ』は現れた。

 

 ──神竜ヴァリトラなどちっぽけに見えてしまうほど巨大な、四つ首を持つ異形の竜。その竜は瞳に燃えるような憎悪を宿して私を見据えていた。

 

 ──次の瞬間、私は大地に倒れていた。彼の竜──アレキサンダーが何かしたわけではない。いや、そもそもアレキサンダーは未だ実体すら現れておらず、幻のように朧げだった。私が倒れたのは、アレキサンダーの想い──それを受け止められなかったからだ。

 

 ──焼け付くような怒り、世界への憎しみ。そして恐らくは──悲しみ。このオレルスのラグーンを何度滅ぼしても尽きぬであろうその激情を、私は受け止める事ができなかった。

 

(ヨヨ王女よ──貴女はずっとこれを背負っていたのか? こんなものを身に宿しながら、それでもなお笑っていられるのか?)

 

 ──私にはそれは遥かな高みに思えた。あれほど強く抱いていたはずの野望は既に掻き消えていた。──そう、私は負けたのだ。神竜の伝説にでも、オレルスの無限の空にでもない。

 

 ──単なる駒としか見ていなかったはずの、自らが滅ぼした国の王女に。

 

(これも……因果か……)

 

 ──パルパレオス……俺たちの夢見た伝説は……とても……俺たちの手に負えるものではなかったようだ……。

 

『あなたには何もない!! 新たなる時代をもたらす者……それはあなたではない!!』

 

 ──薄れゆく意識の中、そう言った女の声が私の心に届いたような気がした。

 

 

   ◆   ◆   ◆

 

 

 私がアレキサンダーを目覚めさせ、呼び出すと直後にサウザーは倒れた。

 

「あら、呆気ない」

 

 アレキサンダーはまだ実体すら現れていないのだが……まぁ、アレキサンダーの想いもサウザーに伝えてやったからね。恐らくはその想いに耐えられなかったのだろう。

 

(でも、まだ息があるか)

 

 あの激情を受ければ常人ならそれこそ即死しているだろうに、サウザーは倒れながらもまだ微かに息をしていた。さすがは覇王というべきかしら。え、私? この尊き私には何の揺らぎもないわよ。昔ならともかくね。

 

 私がそんな事を考えていると、アレキサンダーの実体化が終わり、彼の4つの口に光が集まり──って。

 

「ちょっと、アレキサンダー? あなた、何をしようとしてるわけ?」

 

 私が咎めるとアレキサンダーはビクッと怯えるようにその巨体を竦ませてから思念を返してくる。

 

「『ヴァリトラの亡骸を消し飛ばしてやろうと思った』? やめなさい。このキャンベル・ラグーンも吹き飛ぶでしょうが」

 

 私が彼を迂闊に呼べない理由がこれである。安易に実体化して暴れられるとラグーンの一つぐらい砕けかねないのだ。

 別にあんな神竜の死体が消し飛ぼうがどうでもいいが、キャンベルが無くなるのは少々困る。緑溢れるキャンベルの自然から採れる果実はとても美味しいのだ。

 

「全く、久しぶりに目覚めたからってはしゃぎすぎよ。うにらせちゃうわよ?」

 

 私がそう息を吐くとアレキサンダーは『それは勘弁してくれ』と思念を返してくるとその場から消え──私の身の内に戻っていった。

 

「…………あっ!?」

「うん?」

 

 一連の出来事を呆然と見守っていた反乱軍の皆であるが、ビュウが突然叫んだ。どうしたのかしら? 

 

「ヨヨ様! ドラゴンが!」

 

 ビュウの言葉に彼が示す方へと目を向けると、ここまで私が乗ってきたドラゴン──レンダーバッフェがこちらに猛スピードで突っ込んできていた。背にあった荷物はいつの間にか下ろされている。

 

「「ヨヨ様!!」」

 

 突進してくるレンダーバッフェから私を庇うべく、ビュウとマテライトが私の側に移動し、更に他の反乱軍の皆も臨戦態勢を取る。

 それに構わずレンダーバッフェは私たちの方へ接近し──私の真上を素通りした。

 

「なっ!」

 

 迎撃の為に剣を構えていたビュウが驚愕の声を上げる。私がレンダーバッフェの方に目を向けると、奴は倒れ伏すサウザーを両脚で掴み上げ、そのまま飛び去って行った。

 

「しまった! サウザーが」

「構わないわ。見逃してやりなさい」

 

 今さらサウザーを帝国に連れ帰ったところで大したことはできやしない。私も体感しているが、神竜の想いによるダメージは通常の手段で治療できるものではないからだ。回復するには自分自身で打ち勝つしかない。

 それよりも、私はむしろレンダーバッフェがこんな行動を取った事に感心していた。私の力にすっかり心折れているヘタレ竜だと思っていたのだが、まだあんな事をするだけの度胸があったとは。その褒美に、サウザーを帝国に連れ帰るぐらいは見逃してあげましょう。

 

「それよりも、皆、久しぶりね」

「はい。改めて、お久しぶりでございます、ヨヨ様」

「このマテライト、一日千秋の想いでこの日を待っておりましたぞ」

「わ、わしも!」

 

 私の挨拶にビュウ、マテライト、センダックの三人が言葉を返した。ふむ、やはり反乱軍の中心はこの三人のようね。他の皆も、笑顔で私に頷きを返していた。

 

「と、ところで姫。あのでっかい神竜は何ですか? わし、あんな神竜知らない」

 

 相変わらずのやたら子供っぽい口調でそう聞いてきたのは老師センダックだ。

 

「そうねえ……彼を一言で言うなら……迷子?」

「迷子ですか?」

「彼、はぐれ神竜なのよ」

 

 彼はバハムート神殿の壁画にも描かれていない、無名の神竜だ。恐らく、その存在を知っていたのは私だけである。

 

「昔、いきなり私の中に入ってきたから、そのまま私の身体に住ませてあげたのよ」

「え、じゃあずっと昔から姫の中に?」

「ええ。バハムートなんぞ駄竜より頼りになるわよ?」

 

 と、私のあけすけな物言いにビュウが苦笑する。

 

「仮にもカーナの守護神竜が駄竜ですか?」

「滅亡の瀬戸際にも呼びかけに答えないような守護神竜なんぞ駄竜でいいと思わない?」

「まぁ……そうですね」

 

 私の言葉にビュウは控え目に、マテライトは大きく頷いている。やはり皆カーナを見捨てたような形のバハムートには思うところがあるらしい。センダックはおろおろしているが……まぁ、彼の立場では迂闊な事は言えまい。

 

 皆はカーナに仕えているのであって、バハムートは単なるシンボルだ。いざという時に力を貸さない守護神竜なんぞ信仰心も薄れるというものだ。

 私があと数年早くアレキサンダーを制御できるようになっていればよかったのだが、まぁ過ぎた事は仕方ない。

 

「アレキサンダーはヨヨ様の友人という事でよろしいのですかな?」

「友人? うーん、ちょっと違うわね」

 

 私とアレキサンダーの関係は友人で済ませられるほど簡単ではない気がするわ。あえて言葉にするなら……。

 

「半身、かしら」

「半身?」

「ええ」

 

 そう、彼は私の一部のようなもの。その憎悪もその悲しみも、私がその全てを引き受け、また私の怒りは彼を通じて私の力に変わる。そんな関係だ。

 

「ふわぁ……」

「お疲れですか?」

「アレキサンダーを呼んだから、ちょっとね」

 

 彼を召喚するのはさすがの私といえどかなりの魔力を用する。おかげで今すごく眠い。皆の前で、はばからず欠伸をしてしまうくらいには。

 

「ではお休みになられてはいかがですかな? 我らがカーナ旗艦ファーレンハイトまでご案内しますぞ!」

「そうさせてもらうわ」

 

 ここはマテライトの提案に従い休ませてもらおう。さすがに色々あって疲れたわ。

 

「私が目覚めたら皆を集めておいて頂戴。見た事のない顔もいるし改めて紹介してもらいたいわ」

「かしこまりました。ヨヨ様はくれぐれもご自愛下さい」

 

 ビュウの言葉を背にし、私はふと身に宿るアレキサンダーに意識を向ける。彼は私の心の最も奥深くにいる。だから、無許可で私の中に入ってきたヴァリトラとは恐らく会う事はない。彼はまた眠っているようだ。

 

 実際のところ、私は彼のことをそう詳しくは知らない。どこから来たのかも、かつてどんな存在だったのかも。私が知っているのは、彼が未だ消えぬ憎悪に身を焦がしているということだけ。

 

(アレキサンダー、あなたは安らぎを得られている?)

 

 ──憎悪は消えずとも、私がそれを引き受ける事が少しでも安らぎになってくれればいい。私はそう思うのだった。


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