吾輩は竜である。名前はまだ無い。どこで生まれたかとんと見当がつかぬ。
何でもこのオレルスとは異なる空気の世界でワンワン泣いていたのだけは記憶している。吾輩はここで始めて人間というものを見た。このキャンベルなる大陸で、少し落ちついて今の主人の姿を見たのがいわゆる人間というものの見始めであろう。この時妙なものだと思った感じが今でも残っている。
第一鱗をもって装飾されるべきはずの身体がつるつるしてまるで酒瓶だ。加えて身体のどこにも翼が生えておらず、とてもこの見渡す限りの雲海を飛べるようには見えない。その後、竜にもだいぶ逢ったがこんな片輪には一度も出会わした事がない。ほとんどの人間は雲海には出ず生涯を生まれ落ちた大陸で過ごすのだということはこの頃ようやく知った。
吾輩の主人は頻繁に吾輩を連れて出掛ける。キャンベル戦竜隊なる組織を創りたいのだそうだ。日々、キャンベルを警戒し、掃除して廻っている。歩哨から帰ると終日酒場に這入ったぎりほとんど出て来る事がない。吾輩は時々忍び足に彼の様子を覗いて見るが、彼はよく昼寝をしている事がある。布団に潜り涎を垂らしている。キャンベル戦竜隊の完成は遠そうである。
そんなある日、吾輩と主人が住むこのキャンベルに大きな異変が訪れた。サウザーなる皇帝によってキャンベルは帝国の軍門に下ったのである。
主人は激怒した。必ず、かの邪智暴虐の皇帝を除かなければならぬと決意した。主人には政治がわからぬ。主人は、キャンベルの平民である。槍を振るい、箒を掃いて暮らして来た。 けれども、邪悪に対しては、人一倍に敏感であった。
しかし悲しいかな、この出来の悪い主人は帝国にとって歯牙にかけるまでも無かったのか、今日までは一度も帝国の人間に主人の槍が突き立てられる事は無かった。
そんなある日の事である。いつものように酒場で主人が昼寝をしていたと思えば、いつの間にかこのキャンベルの地はカーナ再興軍なる組織の活躍により帝国の支配下から解き放たれていた。
それでも民草に言わせれば自由になる事そのものが迷惑なようで、なんとかかんとか不平を漏らしている。しかし吾輩は彼等が帝国の支配にも文句を言っていたのを知っている。人間は我儘だと断言せざるを得なかった。
外の騒々しい音を聞きながら天井際から呆と昼寝をする主人を眺めていると、唐突に凛々しい雰囲気を纏った男女が部屋を訪れてきた。彼等は部屋を見渡した後、吾輩を見て少し驚いたようだった。そして来訪者にも気付かず未だに眠りこけている主人を見つけ、呆れたように嘆息した。
「う〜ん、あと5分……」
そんな暢気な寝言をのたまう主人に痺れを切らしたのか、男の方が主人の頬を思い切り平手で打った。その暴挙に主人はたちまち布団から飛び出した。
「だ、誰だ!? 母ちゃんみたいな起こし方で!」
そう叫んだ主人は自身を叩き起こした人物を見ると、驚きをあらわにし目をまん丸に見開いた。
「あ、あんたは! カーナ戦竜隊隊長、ビュウ!? ヨヨ王女まで!?」
主人が驚くのも当然であった。カーナ軍の首領であり、大いなる野望を持つ王女と、その忠実なる騎士。二人とも我が主人とは比べものにならぬ英傑であった。しかし、主人はそんな歴戦の猛者である二人よりもなお、恐れている人物がいるようだった。
「……ってことは、母ちゃんも!?」
噂をすれば影とはよく言ったもので、主人の声を聞き付けてか一人の妙齢の女性がやってきた。
「あんた、こんなところにいたのかい」
「ひっ!」
この女性が主人の母君であろう。吾輩は主人によく彼女についての愚痴を聞かされていた。曰く、よく叩かれるだの、すぐ怒鳴られるだの、他愛もない話しばかりであったが。しかし普段の主人を見ていると親の教育方針としては仕方ないように思えてならぬ。
「姫様、ビュウ。この子は私の息子でね。訳あってこの国に置いてきたのさ」
「ゾラの息子だったのか。訳ってのは?」
「それはね……ほら、自分で説明しな!」
「は、はい!」
母君にどやされた主人は緊張気味に説明を始めた。
「ぼ、僕はキャンベルにもカーナに負けないぐらいの戦竜隊を作ろうと思いました」
「それで? キャンベル戦竜隊は?」
「僕とドラゴン一匹……」
それを聞いて母君は呆れが隠せない様子だった。さもありなん。戦竜隊を名乗ってはおるが、その内実は吾輩と主人のみの部隊というのもおこがましいものであった。帝国にまるで相手にされぬのもむべなるかな。
「変わったドラゴンだね。ちょっと呼んでみてごらん」
「こ、『来い』!」
主人の命令に反して、吾輩は反対側の天井際へと向かう。主人の反応が面白く、吾輩はわざと主人の命令と反対の事を行って主人をからかう日々が続いていたのだが、その癖が出た。
「あんた、ドラゴンにも舐められてんのかい……情けないねえ。ビュウ、手本を見せてやりな」
「おう。じゃあ……『待て』!」
カーナ戦竜隊長の口から発せられたこの状況において全く意味の無い命令に、主人と母君がこけた。
「待たせてどうすんだい!?」
「いや、ボケとしてやっておくべきかと……」
「まぁ。ビュウったら、お茶目ね」
王女が楽しそうにそう呟いたように、カーナ戦竜隊長は思ったより愉快な人物であるようだ。改めて彼から『来い』の命令が出たので、吾輩は素直に彼の前にあるテーブルへ向かう。
「す、すごい! ドラゴンが言う事を聞くなんて」
主人は感激しているが、吾輩は日常ならともかく戦場ならば主人の言う事も聞くつもりなのであるが、黙っている事にした。
「姫様、ビュウ。この子とドラゴンをうちの艦に乗せてやってくれないかい?」
「ドラゴンだけ」
「そんなこと言わないで!」
戦竜隊長のあんまりな物言いに主人が縋るが、明らかに冗談めいた言い方だったのには気付いていないようであった。
「ジョークだ、ジョーク。歓迎するよ。戦力は多い方が良いしな」
「あ、ありがとうございます!」
「この子は見習いで良いからね。ファーレンハイトのしきたりはきっちり教えておくよ」
すると、ふと王女が気付いたように言った。
「あなた、名は?」
「え?」
「名前よ、な・ま・え。まさかこの私を前に名乗らないつもりではないでしょう?」
王女の言葉には覇気が篭っている。しかし、そういえば吾輩も主人の名を知らぬ事に気付いた。
「ぼ、僕の名前はオレルスです!」
「おお」「ほう」
主人の名乗りに戦竜隊長と王女が感心したような声を上げる。オレルス。それはこの世界と同じ名前であった。
「この世界のように大きな子に育って欲しいと思ってつけたんだよ。この子には荷が重かったかもしれないけどね」
「だ、大丈夫さ母ちゃん! 僕はいつか自分の名前を胸を張って言えるようになるんだ!」
母君に対して主人はそう決意を込めて語った。そんな場面を見つめていると、更に二人の女性が部屋を訪れた。
「ああ、良かった。こちらにおられましたか」
「先ほどぶりです、ヨヨ様。はじめまして、ビュウさん。ゾラさんもお元気そうで」
「ジョイにネルボじゃない。どうしたの? 叔母様についていなくていいのかしら」
王女が二人の来訪者にそう尋ねる。それに彼女等は強い輝きを込めた瞳で返答した。
「女王様は反乱軍の力になれと私たちに仰せられました」
「ゆえに、ただ今より私たちはヨヨ様の指揮下に入ります」
「ほう」
彼女等の言葉に、王女は面白そうに口を開く。
「良いのかしら? キャンベル女王の側近であるあなたたちが反乱軍に入るという事は、キャンベルが帝国に反旗を翻すと同義よ?」
「それが女王様のお望みですから」
「そう。叔母様はその道を選んだのね」
王女は感心したようにそう頷いた。どうやら人の世界というものは吾輩には想像もつかぬ複雑さであるらしい。
そんな事を吾輩が思っていると、ふと主人の母君が言った。
「そういえば、この子はなんて名前なんだい?」
母君が主人にそう吾輩の名前を尋ねるが、主人は吾輩に名前をつけていない。それについて特に不満を抱いたことはない。キャンベル戦竜隊に竜は吾輩一匹であるので、名前が無い事による不自由も起きてはいなかった。しかし、その問いに主人が手を叩く。
「そうか! ドラゴンには名前をつけてやらなきゃいけなかったのか!」
「おいおい」
どうやら主人は特に必要無いから吾輩に名付けを行っていなかったのでは無く、単に名付けという行為をする事にまで思考が及んでいなかっただけであったようだ。
もしや、主人は世間で言うところの天然という人種なのでは? 吾輩は訝しんだ。
「仕方のない子だねえ……ビュウ、このドラゴンに名前をつけてあげとくれ」
「わかった。うん、そうだな……」
そして今日から吾輩はムニムニとなった。ありがたいありがたい。
【ムニムニ】
原作で仲間になるドラゴンの一体。その中でも特にインパクトの強い外見の持ち主であり、その姿は『球根のような身体に一つ目と翼を生やした』とでも言うべきもの。万人がイメージするドラゴンの概念をぶち壊しにした存在。
その進化パターンもかなり独特であり、一つ目から目が増えたり、かと思えば本体まで増殖して小さいムニムニがくっついたりする。
更に最終形態近くになるといきなり飛竜らしい真っ当な竜と化し、その背中に騎士を乗せた『オーディン』『黒竜騎士』という姿になり、『斬鉄剣』『暗黒剣』を振るい始める。しかしどちらもボス敵には効かないのが難点。
背中に乗っている騎士は一体誰なのかは不明。ムニムニの一部なのだろうか。
シナリオ中では良くスパイ活動を任されており、単身で危険地帯に潜入していて不在な事も。
ちなみに鳴き声は『ワン』である。