お正月特別編の番外編です。
『ヨヨ様がグランベロスのカーナ侵攻時に既にアレキサンダーを制御できていたら』というお話です。
番外編:バハラグを序章で終わらせてみた
──オレルス。天空に数々の大陸(ラグーン)が浮かび、人々は広い空を夢見て生きる世界。そんな世界のある大陸は、今まさに滅亡の危機に直面していた。
──世界の覇者、グランベロス帝国。皇帝サウザー率いる彼の帝国は、神と呼ばれし竜『神竜』と心を通わせられる人間、『ドラグナー』の力を秘めているというカーナ王家の力を我が物にせんがため、全軍を以てカーナ王城に攻め込んでいた。
「ほら、しっかりなさい坊やたち! 帝国は休む暇なんて与えてくれないわよ!」
カーナ騎士団の女騎士、ミストが新兵たちに激を飛ばす。彼女の言葉通り、帝国の大軍はすでにカーナ王城の城門前まで迫っていた。
「なあ、ミストさん……俺たちあの軍勢を相手に生きていられるのか?」
不安げな顔の新兵──ラッシュがミストに思わず問いかけるが、ミストは何の憂いも感じさせない笑顔で返答した。
「当然でしょう。だって、死ぬのは帝国の連中だけですもの」
その言葉に、新兵たちは唖然とする。何しろ、帝国とカーナの戦力差は歴然。奇跡でも起きない限りは勝ち目などあるとは思えなかったからだ。
「随分と面白いジョークだな、お嬢さん」
──そう言って現れたのは、長い銀髪を後ろ手に束ね、大剣を携えた長身の男。彼こそ世界最強の帝国軍を率い覇によって帝国の頂点に登り詰めた男、皇帝サウザーである。
「あら? ジョークなんかじゃないわよ。私は本気で言っているんだから」
「私と将軍たちを前にしてもかね?」
サウザーの背後には、サウザーの友にして右腕であるパルパレオスを筆頭に、4人の男女が控えていた。いずれも一騎当千の強さを誇る猛者たちであり、この者たちこそが帝国将軍である。本来は八将軍なのだが、成り上がりの皇帝であるサウザーは将軍の半数に良く思われておらず、残りの四人はこの場にいなかった。
そんな彼らを前にしても、ミストには恐怖心というものが全くなかった。なぜならば……。
「えぇ。だってあなたたちが束になっても私たちには勝てないもの」
「ほう……これは驚いた。貴様のような小娘が我ら全員を相手に勝てると言うのか?」
その問いに笑みを浮かべたまま、しかしミストは首を振った。
「私じゃないわ。でも、私たちには女神が着いているのよ」
「女神だと?」
怪しげな単語に眉をひそめるパルパレオスだったが、それを見たミストは不思議そうに首を傾げる。
「あら、あなたたちだって、『それ』を求めてカーナに来たんでしょう?」
『それ』という言葉を聞いた瞬間、その場にいた帝国軍全員が顔を強張らせた。
「……ふっ、確かにその通りだ。だが、女神とは一体誰のことを指しているのだね?」
「決まってるじゃない。我らカーナの女神は、あの御方以外にいないでしょ?」
そう言ってミストが指さしたのは──天から舞い降りて来る、燃えるように赤い身体を持つ戦竜であった。赤き竜──サラマンダーがミストの側に降りると、その背から、二人の男女が地上に降り立った。一人はカーナの戦竜を率いる戦竜隊隊長、双剣の騎士ビュウ。そしてもう一人──カーナ王国の姫君、ヨヨ王女である。
「よく無事だったな、ミスト。ヒヨっ子連中で編成された部隊じゃ心配してたんだが……」
「それが、帝国の皇帝陛下は随分とお喋り好きみたいでね。おかげで私たちはこうして助かったわけだけど……ねぇ?」
ニヤリと笑うミストに、ビュウも同じく笑い返す。
「それで、ヨヨ様がこちらに来られたという事は……」
「ええ。別動隊を率いていた将軍どもは、すべて始末してきたわ」
「何だと!?」「馬鹿な! たった二人で四将軍をか!?」
驚愕するサウザーたちだったが、それも無理はない話である。帝国最強と謳われる八将軍の内の半数の四将軍を、たかが二人だけで相手するなど普通では考えられない事だからだ。しかし、ビュウは首を振った。
「そいつはちょっと違うな。俺はヨヨ様の側に控えていただけだし、何より、俺一人では到底敵わなかっただろう」
「なら……まさか、王女一人で?」
未だに驚愕から抜け出せないサウザーに、ヨヨは心底おかしそうに語りかける。
「何をそんなに驚くことがあるの? あなただってそういう人智を超えた力を求めていたのでしょう? この私の『ドラグナー』の力を」
「…………」
沈黙してヨヨを見据えるサウザーに、ヨヨはクスッと小さく笑って続けた。
「ふふふ、さすがに想定外だったかしら? なら、さっさと帝国に引き返しなさい。今なら命だけは助けてあげるわよ?」
不敵に微笑むヨヨを前にしても、サウザーの表情に変化はなかった。ただ一言、彼はこう言っただけである。「面白い」と……。
「ならば、試させて貰おうか! その力が本当に我らグランベロス帝国を滅ぼし得るかどうか!」
「いいでしょう。でも、後悔しないでよね?」
ヨヨはそう言うと、自分が負けるなどとは微塵も考えていない態度で腰に携えた錫杖を気だるげに構えた。一方のサウザーは、そんな彼女を値踏みするように見つめると、ゆっくりと剣を構えた。
「行くぞ、パルパレオス!!」
サウザーの掛け声と共に、彼の隣にいたパルパレオスが大剣を振り上げながら突進してくる。それを見たヨヨは、面倒くさそうに溜息を吐いた。
「はぁ、結局そうなるのね? まあ、どうせやるつもりだったから別に良いけど……」
呆れた様子で呟くと、ヨヨは右手に持った錫杖に魔力を流し込む。そして、大きく掲げた。
「目覚めなさい、我が半身──『アレキサンダー』」
すると次の瞬間、空が暗くなる。いや、空が暗くなったのではない。あまりに巨大な何かが出現したせいで、太陽が遮られてしまったのだ。
「な、なんだあれは!?」
突然現れた黒い影に、サウザーたちは慌てて空を見上げた。そこにいたのは燃えるような憎悪を瞳に宿した、四つ首を持つ異形の竜。それがおぼろげに現世へと降臨しようとしていた。
「あ、アレキサンダー? カーナの守護神竜はバハムートではなかったのか!?」
驚愕の声を上げるパルパレオスだったが、それを聞いたヨヨが面倒そうに答えた。
「あの駄竜、この尊き私の呼び掛けにすら応じないのよ。だから、私の身に宿る半身『アレキサンダー』を呼び出すことにしただけよ」
「貴様の身にだと!?」
「ええ。彼、ずっと昔から私の中にいるのよ。普段は眠っているみたいだけど、こうして私が呼びかければ応えてくれるわ」
「馬鹿な……! そのような神竜が……」
ありえないと言いかけたが、目の前で起きている事実を否定する事は出来なかった。ヨヨの言葉が本当なら、彼女が宿した竜はカーナの守護竜ではなく、彼女の内に潜んでいた未知の神竜ということになる。
(何ということだ。これがカーナの王女の力だというのか?)
その圧倒的な力の前に、サウザーは言葉を失う。そんなサウザーを見て、ヨヨが首を傾げる。
「それよりも、いいの? ご自慢の軍勢、もう壊滅状態のようだけど?」「何……!?」
言われてサウザーは振り返る。見れば、いつの間にか帝国軍はそのほとんどの人間が地に倒れ付していた。しかし、どこからも攻撃を受けた形跡がない。
「な、何だこれは!?」
「この子……『アレキサンダー』は常に燃えるような憎悪で身を焦がしていてね。彼の宿す憎悪をあなたの部下たちにも流し込んであげたわ」
その憎悪により、サウザーが率いてきた兵士たちは将軍も含めて一人残らず全滅してしまった。ちなみにヨヨは普通にアレキサンダーのブレスで消し飛ばすこともできたのだが、わざわざこのような方法をとったのは背後にカーナ王城があるからだ。アレキサンダーのブレスは破壊規模が大き過ぎて、下手をすれば余波だけで城を全壊させかねないのである。
「最後はあなたね、サウザー皇帝。世界を何度焼き尽くしても足りない憎悪、しかと体感するといいわ」
そう言ってヨヨは不敵に笑う。一方、サウザーは動揺を押し隠して剣を構える。
「まさか、これほどとは……。だが、私はグランベロス帝国の皇帝だ。たとえ相手が神であろうと、ここで退くわけには行かぬ!」
サウザーは己を鼓舞するように叫び、ヨヨに向かって駆け出した。一方のヨヨは錫杖を掲げただけ。しかし、それで十分だった。一瞬にしてサウザーの身体が動きを止めたのだ。彼はアレキサンダーの憎悪の感情に精神を焼かれ、意識を保てずに地に倒れ付した。
「人類最強の男でも、彼の憎悪には耐えられなかったのね」
ヨヨは倒れている帝国軍を見渡した。息があるのはサウザーだけで、他は全て死んでいる。それを確認して大きく頷いた。
「実に素晴らしいわ。あんな駄竜より我がカーナの守護神竜に相応しいじゃない」
「ふむ、ではどうするつもりだ?」
「あら、お父様。いらっしゃったので?」
ヨヨは急に声を掛けられたことに驚きもせず、後ろを振り向いた。そこには彼女の父親であるカーナ王が立っていた。ビュウとミスト以下、臣下たちが慌てて膝を着く。
「ああ。少し様子を見に来ただけだが、随分と派手にやったものだな」
「ええ、とても楽しかったですわ。でも、まだ終わりではありません。これからもっと楽しいことが起こるのですから」
「ほう、それは?」
「世界を私のものにするんです。ベロスの蛮人どもができなかったことを、この私が成し遂げるのです」
ヨヨはうっとりとした表情で語った。それを聞いてカーナ王は苦笑した。
「なるほど、お前らしいな。だが、あまりやり過ぎるなよ? いくら神竜の力があろうと、お前は一人の人間なのだ」
「分かっておりますわ、お父様」
ヨヨはそう言うと、ビュウたちを伴ってゆっくりと王城へと歩き出す。その後ろ姿を見送った後、カーナ王が呟いた。
「……隠居するか」
バハムートラグーン、完!!