────聖杯戦争。
それは七体のサーヴァントとそれを使役する七人のマスターで行われる、命を賭けたゲーム。万能の願望器『聖杯』を求めて行われる殺し合い。
今、その戦争に参加する権利を得んと、御三家が一、間桐家の魔術師、間桐雁夜が無数の蟲が蠢く間桐邸の地下室『蟲蔵』でサーヴァントを呼び出そうとしていた。
「素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」
「
「────
「────告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」
「誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者」
「されど汝は、その眼を混沌に曇らせ侍るべし。汝、狂乱の檻に囚われし者。我はその鎖を手繰る者──」
「汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ──!」
魔法陣が輝き、その光が収まると、そこには人間では在らざる気配を纏った存在がいた。
「成功……か?」
雁夜は床に這いつくばりながら、己の召喚したサーヴァントを見上げる。そこには高貴な法衣を身に纏い、豪奢な杖を携えた、金髪翠眼のこの世のものとは思えない美貌の女が佇んでいた。
「カッカッカ……ひとまずは成功したようじゃの、雁夜」
薄気味悪い笑みを浮かべた間桐家の当主、間桐臓硯が雁夜に笑いかける。彼は人間の肉体を捨て、蟲によって優に500年は生き永らえている人あらざる化物だ。
ふと、不意にサーヴァントの女が眉をひそめる。
「────臭い。……何かしら、ここは。尊き王を招くに相応しい場所ではないわよ」
「なっ……!?」
サーヴァントが口を開いた事で雁夜は驚愕した。彼は『バーサーカー』を召喚したはずだからだ。魔術の鍛練を1年しか積んでいない半端者の魔術師である彼が聖杯を勝ち取るには『狂化』によるステータス増幅で実力を補う為にバーサーカーの召喚はほぼ必須だった。
しかし、狂化により理性を失っているバーサーカーが発言するというのは本来有り得ない。つまりは、彼女はバーサーカーではないのだろう。
「お前たちね? この尊き私をこのような場所に呼び出した下賤の者は」
あからさまに人を見下した尊大な態度で言い放つサーヴァントに、雁夜は頭を抱えたくなった。どう見ても従順とは程遠い扱いづらそうなサーヴァントだ。しかし、そのサーヴァントを見た臓硯は喜色の声を上げた。
「クカカカカ!! 雁夜、お主、とんでもない当たりを引きよったな!?」
雁夜は体内に『刻印蟲』と呼ばれる蟲を寄生させている。『刻印蟲』とは、宿主の血肉を喰らう代わりに、魔力を産み出すという特性を持った蟲である。
その蟲を通じて、臓硯には眼前のサーヴァントのステータスが見えていた。
──彼女の持つ規格外の魔力と、一国すら滅ぼせるであろう力を秘めた宝具が。
此度の聖杯戦争は見送るつもりだった臓硯であるが、これほどの逸材を引き当てたなら話は別だ。もはや雁夜での戯れなどしている場合ではない。マスター権を雁夜からかすめ取るべく口を開いた。
「カカカ……その素晴らしい力、さぞかし高名な英霊とお見受けしますぞ」
「ふむ。お前は?」
「儂は間桐臓硯。そこで這いつくばっておる間桐雁夜の父じゃて」
臓硯の言葉に女は雁夜へ目をやってから、臓硯に視線を戻して首を傾げた。
「私に魔力を送っているのはそこの雁夜とやらのようだけど? お前は私とは関わりないでしょう?」
「いやいや、雁夜は見ての通り魔術師としては欠陥品の未熟者。お主ほどのサーヴァントを御せるとは思えませんでの」
「お前ならば御せる、と?」
我が意を得たり、と臓硯は頷く。雁夜は話の展開に顔を青ざめさせていた。
「そこな半端者では聖杯戦争は到底勝ち抜けまいて。その点、儂ならば主の力を存分に発揮してみせるが?」
「──なるほど。確かにそのようね。だが」
サーヴァントはそこで言葉を切ると、腕を振るう。
「尊きこの私を下賤の価値観で測るなど、許されざる行為よ? ──去ね、蟲が」
──刹那、絶対的な『死』を感じさせる輝きが蔵に広がった。そして、数百年を生きた魔人『間桐臓硯』はこの世から消えた。
「………………え?」
その時、雁夜は何が起こったのか理解できなかった。
──死んだのか? あの臓硯が?
正直、実感がない。数百年も生きていたあの妖怪は、英霊であろうと殺しきるのは難しい存在だったはずだ。それが、このサーヴァントが何か力を使っただけで臓硯は文字通り消滅してしまった。吸血鬼にも匹敵するであろう魔人の、あまりにも呆気ない最期。
状況に理解が及ばないでいた雁夜だったが、その思考はそう長く保たなかった。
「ぐッ!! がはっ!!??」
「うん?」
唐突に胸を押さえた雁夜にサーヴァントの女が疑問の声を上げるが、雁夜は凄まじい激痛にそれどころではない。体内の刻印蟲が急ピッチで魔力を製造しているのだ。しばらくして、雁夜の口からどす黒い血が溢れ。──間桐雁夜はそのまま意識を手放した。
「は? あの蟲、欠陥品とは言っていたが……まさかこの程度で魔力を枯渇したとでも言うの?」
サーヴァントの女は今にも死にかけている魔術師を見て呆れていた。半端者の欠陥品とは聞いたが、まさか一回力を放っただけで昏倒するとは。確かに自身の力はサーヴァントとしてはかなり燃費が悪いが、だからといってこれだけで死にかけるとは予想外だった。
「……これならあの蟲を生かしておくべきだったかしらね?」
人間のふりをした蟲が尊き我が身に話しかけるという不敬に思わず消し飛ばしてしまったが、自身を呼び出した魔術師がここまでの欠陥品だというなら、あの蟲を魔力供給機として使うべきだったか。
──彼女の中には真っ当にサーヴァントとしてマスターに従うという選択肢は始めから存在しないようである。
「別に聖杯なんぞ私はいらないが……」
別に雁夜が死のうがどうでもいいし、元々聖杯にかける願いなど持ち合わせてもいない身であるからこのまま消えてもかまわないのだが……いささか面白くないのは事実。
「せっかく
「おじいさま?」
「うん?」
ふと声の方に目をやると、昏い瞳をたたえた少女が生気のない顔で蔵を覗き込んでいた。この瞳には見覚えがある。生前よく見た、あらゆる全てに絶望し、生を諦めた者の瞳だ。
(この年でそんな目をするとは、いったいどんな経験をしてきたのだか)
「おねえさん、だれですか? おじいさまと雁夜おじさんは?」
「雁夜おじさんとやらならそこでくたばっているわ。おじいさまというと……あぁ、アレなら消してしまったわ」
「…………え?」
その言葉を聞くと少女は呆然とした後、ぺたぺたと自分の体を手で触っていた。何やら「……痛くない」と信じられないように呟いている。大方あの蟲が少女に何かしていたのだろう。
「私はね、あらゆる人間より尊き存在。あなたにもわかるように言えば王よ」
「おうさま?」
「そう。あの蟲は私に不敬を働いた──つまりやってはいけない事をしたので消したのよ」
「そうなんだ」
見知った人間(?)が死んだというのに、少女の感想はそれだけだった。が、ふいに「あっ」と言葉を漏らす。
「私、雁夜おじさんもおじいさまもいないと何もできないです」
「あら」
なるほど、あの蟲はこの少女を従順な道具として教育していたのだろう。普通の子供と違い、この少女は自ら何かをするという事ができないのだ。
「ふむ。あなた、魔術の心得はある?」
「……勉強の途中だったけど、少しならできます」
「ならば話は早いわね」
見たところ、この少女の魔力量は凄まじく多い。このまま成長すれば、生前の彼女にも匹敵するだろう逸材だ。こんな存在を逃す手はない。
「あなた、私と契約なさい」
「けいやく? ……サーヴァントの?」
「そう。私は今、自身を現界させる魔力が足りず非常に困っている。その点、あなたほどの魔力の持ち主ならば、私の存在を維持するに申し分ない」
「でも、私、何もできないです」
少女はそう言って俯く。が、その程度は何も問題ではない。というよりも、むしろ何もできない方が好都合なのだ。
何しろ自分は魔術師如きに従う気は一切ないのだから。いや、魔術師でなくとも他人の下に着く事自体が有り得ない。その点、幼い少女であり、自我が薄く、一方で魔力は非常に多い彼女は極めて都合の良い存在だった。
「気にしなくていいわ。むしろ、何もする必要はないのよ? ただ私への魔力の供給さえできれば、あなたは普通に生活しているだけでいい」
「……普通に?」
「そう。普通に暮らし、普通に勉強し、普通に遊ぶ。それだけでいい」
少女はぱちぱちと目を瞬かせる。まぁ、今までこんな環境で暮らしていたのだから突然普通でいいと言われても戸惑うだろう。
「先も言ったが、私は生前、王として国を治めていてね。理由あってこの世界には私の国は存在しないが……もしも、私と契約するのなら、あなたを私の民として庇護しましょう」
「……一緒にいてくれますか?」
「私はサーヴァントである故、ずっとというわけにはいかないが……聖杯戦争の間ならば共に居ると約束しましょう」
少女はそれを聞くとこくりと頷いた。
「わかりました。私と、契約してください」
「ふふ、契約成立ね。あなた、名は?」
そう問われると、少女は小さく自身の名を口にした。
「……さくら。まとうさくらです」
「桜……良い名ね」
さて、名を聞いたのならば、自身も名乗らねばなるまい。
「私はヨヨ……カーナ王ヨヨ。かつて、此処とは異なる世界にて、大空の全てを手にした王である」
というわけでエイプリルフール企画
『ヨヨ様を第四次聖杯戦争にぶち込んでみた』でした。
続き? ビュウがドラゴンのエサにしちゃいました。