新生カーナ軍となった私たちは、今ようやくマハールの側まで辿り着いていた。
「ふむ、あれがマハールか。中々に美しいじゃない」
豊富な水に満たされたラグーンは、遠目からでもその美しさがわかるわね。
「マハールは大陸の9割が水で満ちた国だとか。雨はほとんど降らないそうですが歴史上、水が尽きたという記録はないそうです。故に奇跡の大陸と呼ばれているとか」
「ほう」
決して尽きない水の大陸か。なるほど、補給の為の軍事拠点にはうってつけね。ただそれは私たちにも言える事でもある。
「早く上陸するでアリマース!」
タイチョーがいてもたってもいられないという様子でサンダーホークに乗り込む。かなりの気迫が伺えるわね。
「タイチョー、なんだか気合い入ってる……?」
「無理もなかろう。タイチョーはマハールの騎士団長だった男じゃ。そして帝国に故郷を奪われた男」
マテライトが神妙な様子でそう語る。立場の似ているタイチョーに自分を重ねているのね。
「何、タイチョーだけに限った事ではないわ。この私とてカーナの亡霊なのだから」
そもそも我が軍は帝国が戦争で殺しきれなかった死に損ないどもの集まりである。私たちカーナ人などその筆頭だ。
「確かに。帝国の連中から見れば、俺たちは亡霊みたいなものですか」
「ふふふ。ならば亡霊らしく、帝国の生者たちを死へと誘ってやるだけよ」
故郷を滅ぼされた者たちの怨念、存分に味わってもらおうではないの。
と、横から私に対して声がかかる。
「ヨヨ様、ビュウ隊長。作戦を考えたのですが聞いてくれますか?」
「トゥルースか」
ビュウの部下三人組の頭脳派、トゥルースから何やら提案があるようだ。
「ふむ、言ってごらんなさい」
「ありがとうございます。ではこちらを御覧下さい」
そう言ってトゥルースが広げたのはマハールの地図だ。ふむ、噂通り水ばかりね。
「我々が上陸するであろう場所がここ。帝国はその真正面に陣を引いてこちらを迎撃する態勢なのがわかりました」
「ふむ。それで?」
「はい。帝国が陣を引いている上流に、今は既に使われていない大水門があるようなのです」
「ほう。それは……なかなか面白い事ができそうじゃない」
「はい」
つまりトゥルースの作戦とは、大水門の下流に敵軍をおびき寄せ、機を見計らって水門を開き一気に敵を蹴散らしてしまおうというものだ。
「いいじゃない。ただ、ちょっと派手さに欠けるわね」
「そうですか? 十分派手なように思いますが……」
「甘いわねビュウ。ベロスの蛮人どもへの罰としてはこの程度では温いわ」
「はぁ」
この世で最も尊きこの私に敵対した以上、その罪は命で贖うのが道理である。しかしそれには単なる水責め程度では少々不足ね。
「というわけで、トゥルース。その作戦にもう一押し加えて頂戴」
「とおっしゃいますと?」
「つまりね……」
私はトゥルースと、ビュウにも考えを話す。
「それは……中々にえげつない……」
「素晴らしい作戦ですね! さすがヨヨ様!」
ビュウはちょっと引き気味だがトゥルースは絶賛してきた。この子、腹黒軍師の才能があるんじゃないかしら。
「さて、作戦も決まったことだし、そろそろ上陸しましょうか」
「その前にヨヨ様。ちょっとお時間をよろしいですか?」
「なぁに、ビュウ?」
ちょっとと言わなくても、ビュウにならいくらでも時間をあげるのに。
「ヨヨ様の守護神竜のアレキサンダーですが……センダックでも喚べるのですか?」
あら、それは考えてなかったわね。彼が私以外に使役されるかというとまず無理だが……。
「別に宿してもいないヴァリトラを喚べるぐらいだし、いけるのかしら? どうなのセンダック?」
「ひ、姫様……正直やってみないとわからない」
まぁそれもそうか。そもそもセンダックが神竜召喚できる理由自体よくわからないのだし。
「ただ……もしアレキサンダーを喚べてもわしじゃ制御できないと思う」
彼は相当なじゃじゃ馬だからねえ。まぁ、それについては問題ない。
「その心配はいらないわよ。彼、私の言う事は聞くから」
もし暴走しかけても、キャンベルの時のように私が止まれと言えば止まる。彼、意外と物分かりがいいのよ?
「まぁ、もし喚べても私が喚んだ時ほどの威力はでないでしょうけど、むしろ良いかもしれないわね」
アレキサンダーの攻撃は少々威力が強すぎるのだ。むしろ弱まってくれればちょうどよくなるかもしれない。
「面白そうだし、センダック、戦闘に入ったら一度彼を喚んでみなさい」
「わ、わかりました」
さて、話も済んだ事だしマハールへ上陸よ!
◇ ◇ ◇
「来おったな、反乱軍ども!」
上陸して早々、いきなり潜んでいた帝国軍に包囲される。まぁ、この程度は想定内だ。
「マテライトら重騎士は皆の盾になって。ドラゴンを前面に出して敵を受け止めるわよ」
「はっ!」
包囲されたとはいえ、敵に一気にこちらを撃破できるだけの戦力はない。冷静に対応すれば問題ないわね。
「さっそく出番かもしれないわね」
「アレキサンダーですか?」
「ええ」
どうせ試すのならばこういうものは早い方が良いだろう。親切に帝国も的を用意してくれたのだし。
「というわけで……センダック!」
「よ、よし……!」
センダックが自らの魔力を高めると──瞬間、大気が揺れる。
「これは……!」
「私の時と同じね」
キャンベルで私が彼を喚んだ時と同じだ。これは──いけるかしら?
『目覚めよ──アレキサンダー!!』
センダックの叫びに応じ、現れたのは憎悪に身を焦がす四つ首の竜──
「ポンッ」
──ではなく、紫色の身体をした、まるで幼児が落書きで描いたかのような珍妙な姿をした小さな蛇? のようなものであった。
「えっ?」
「ええと……アレキサンダー?」
「じゃないわね。アレキチャンダよ」
まさかこっちが出て来るなんてね。私以外が喚ぶとこういう事になるのか。
「何ですか、アレキチャンダって」
「ドラゴンの形態に『うにうに』というのがあるでしょう?」
「ええ。妙な姿の割にはやたらと強いけど失敗ばかりするあいつらですね」
うにうにというのは妙な物ばかりドラゴンに食べさせると進化する形態だ。一説にはドラゴンがいじけている時になる形態らしい。
変な姿の割には異様に強いのだが、攻撃が失敗する事も多い謎のドラゴンである。
「そのうにうにだけど、神竜にも影響するらしくてね」
「ってことは、アレキサンダーがうにった姿があれですか」
「ええ」
謎なのは神竜にすら影響を与えるうにうにの存在であるが。いったい、なんなのかしらねえ。
しかし、アレキチャンダはかわいいわね。
「何だぁ? 何が出て来るのかと思えば変な蛇が一匹かよ」
「串焼きにして食ってやろうぜ!」
帝国兵たちがそう茶化していると、アレキチャンダは気に障ったのか、目をくわっと見開き──
『────!!』
「なっ……うわああああ!?」
「ぎにゃあああああ!!」
──暗黒の波動を放って帝国兵たちを闇に飲み込んだ。
「って、強いなオイ!?」
「さすが我が半身。滑稽な姿となっても尚その力は凄まじいわね」
ビュウが驚いている横で私はうんうんと頷き、そう感想を述べる。さすが我が守護神竜、素晴らしい力だ。というか正直な話、予想通りに普段よりも威力が抑えられてむしろ使いやすくなっている。本来の姿よりこっちで喚びたいぐらいだ。本人が嫌がるのでやらないが。
「あら?」
私がそんな事を思っていると、召喚したセンダックが何やらフラフラと足元がおぼつかなくなり……そのままバターンと倒れた。
「ろ、老師ぃー!?」
「メディック! メディーーーーック!!」
いきなり倒れたセンダックに皆があわてふためく。というかディアナ、衛生兵はあなたでしょうに。
「どうしたセンダック?」
「うう……魔力が……精神力が……」
どうやら、今の召喚でセンダックの魔力と精神力がほとんど持っていかれてしまったらしい。
「ドラグナーあらざるセンダックには、アレキサンダーの召喚は荷が重かったみたいね」
「ヴァリトラの時は大丈夫でしたが……アレキサンダーは無理ですか」
「仕方ないわ。人ひとりの身で受け止めるには彼の力は強大すぎるのよ」
このオレルスすら滅ぼしかねない力だ。センダックがこうなるのも無理もあるまい。
「サラマンダー、センダックをファーレンハイトに運んでやれ」
「キュイ!」
サラマンダーがセンダックを背に乗せて飛んでいく。いきなり戦力が離脱してしまったが、包囲していた帝国兵たちは全滅したしそこまで悪くはないか。
「モニョ〜!(センダック老師……お大事に!)」
「マニョ〜!(プチデビ一同から、スノードロップを送ります!)」
プチデビたちがお見舞いの品を送るみたいね。良い子たちじゃない。花言葉? さてなんの事やら。
「しかし喚んだだけでああなるとは、やはり恐ろしい力ですね」
「ええ。そして一番恐ろしいのは……」
「はい?」
「そんなアレキサンダーを完全に制御できる私の才能だわ!」
「そ、そうですね……」
全く、なんて尊い私かしら。あぁ、自分の素晴らしさがこわい!
【アレキチャンダ】
神竜アレキサンダーのもう一つの姿。
ドラゴンが『うにうに』状態の場合、そのドラゴンを連れているユニットの技や魔法が『うにうにヒット』やら『うにうにま』などの、威力は高いが結構な確率で失敗する無属性攻撃『うにうに技』しか使えなくなってしまう。
そしてその状態で神竜を召喚すると『ヴァリンチョ』やら『アレキチャンダ』やら子供の落書きみたいな神竜しか喚べない。
……が、失敗の可能性はあるものの威力自体は普通に召喚した時にも劣らず、範囲も同じなので普通に強かったりする。
『幼稚園児に描かせました』みたいなやつらが屈強な帝国兵や魔物を次々と消し飛ばしていく様は極めてシュール。