レスタットを撤退させ帝国軍を追い払ったカーナ軍はマハール城下へと足を踏み入れた。
「ここが奇跡の都マハールか。確かに美しい所ね」
「マハールの水の透明度はオレルス一だと言われていますからね」
ビュウの言う通り、眼下に流れる川は驚くほど清んでおり、魚どころか川底の石まではっきりと見えるほどだ。
「しかし、誰も出て来ないわね? マハールは抗戦派の国。キャンベルのように反感を買っているわけではないと思うのだけど」
「確かに全く住民の気配がありませんね」
そうビュウとヨヨが言葉を交わしていると、騎士らしき風貌の茶髪の女性が姿を現した。
「レスタットが逃げて行ったと思ったら、またえらく団体さんが来たね」
「ジャンヌ!?」
彼女の言葉に反射的に口を開いたのはマハール出身のライトアーマーであるルキアだった。名を呼ばれた女性──ジャンヌが彼女の方を見る。
「ん……ルキア!? 帰って来たのかい?」
「久し振りね、ジャンヌ。私は今カーナ軍にいるの。レスタットも私たちが追い払ったのよ」
「カーナ軍……そうか、カーナのヨヨ王女を旗印に起った……」
そう言って辺りを見回したジャンヌはふと高貴な少女──ヨヨのところで目を留めた。そのままヨヨの元へと歩み寄り臣下の礼を取った。
「カーナのヨヨ王女とお見受けします。私は元マハール騎士団員のライトアーマージャンヌ。此度はレスタットを追い払っていただき感謝いたします」
「感謝を受け取りましょう。しかし貴女は私の臣下ではない。その礼は不要よ」
ヨヨの言葉にジャンヌは礼を崩さないまま首を振った。
「いえ、必要でありましょう。これから私もヨヨ様の臣下となるのですから」
「え!? ジャンヌ、それじゃあ……」
「ああ、ルキア。私もカーナ軍に参加しようと思う」
ジャンヌが凛とした表情でそうルキアに返答したのを見てヨヨは頷く。
「ならば良い。我が臣下となったからにはその力、存分に振るってもらいましょう。それから、私は王女でなく女王よ」
「はっ」
「ねえジャンヌ、帝国に反感を抱いている住人は貴女だけなの?」
「大半はレスタットの侵攻時に戦死、良くて消息不明でね……」
ジャンヌのその言葉に肩を落としたのは当時のマハール近衛騎士団長であったタイチョーだった。
「すまんでアリマス……自分が不甲斐ないばかりに」
「タイチョー殿、そう気を落とさないで下さい。当時の戦力では誰が指揮しても変わらなかったでしょう」
「うむ……」
「しかしタイチョー殿もカーナ軍におられたのですね」
「行く当ても無くさまよっていたところをカーナ騎士団長のマテライト殿に拾われたんでアリマスよ。おかげで頭が上がらんでアリマス」
そんなタイチョーだが密かにいつか横暴なマテライトを泣かせてやろうとか考えていたりする。それはさておき。
「ところで私と同じであの時に死に損なった男が一人いまして……」
「本当!? 誰なの!」
「誰っていうか……ルキア、あんたもよーく知っている奴だよ」
何やら微妙な表情をするジャンヌにルキアはなんとなく察した。
「もしかして……」
「あいつだよ、あ・い・つ」
「……ドンファンね?」
「せいかーい!」
茶化した感じに答えるジャンヌ。元々彼女としては堅苦しい空気は苦手でこちらの方が素である。
「まぁ彼の実力なら生き残っているのも納得できるけど」
「ドンファンでアリマスか。確かに彼が加わってくれれば頼もしいでアリマス」
「実力者なのかしら? そのドンファンとやらは」
そのヨヨに対し答えを返したのはグンソーも含めたマハール組だ。
「その通りでアリマス! 彼ほど女癖の悪い男は知らんでアリマスが、彼ほど格好いい男も知らないでアリマス!」
「ドンファン殿の女癖の悪さは超一流ですが、槍の腕も超一流ですぞ(ボリボリ)」
「あいつの振るう槍の速度に敵う奴はマハールにいません。女に手を出す速さにも敵う奴はいませんけど」
「そうです! 彼の槍投げの正確さはマハール1です! 女癖の悪さもマハール1ですけど……ですけどっ!」
実力への評価は高いが何やら余計なフレーズがくっついている上に、ルキアはやたらと不機嫌であった。それを聞いてマテライトが思い出したように手を叩く。
「そういえばまだカーナ王がご健在の頃にマハールに訪れた時に何度か見かけたのう。女癖は悪かったが、相当な腕の槍使いじゃった。女癖は悪かったが」
「私も知ってる! ドンファンほど槍の腕に優れ、女癖の悪い男はマハールにいないって!」
マテライトに続いてディアナがそう言った。これらの評を聞いたヨヨの感想はというと。
「とりあえず女癖が悪い男なのはわかったわ」
「でしょうね」
むしろ槍の腕よりそちらの方が強調されていたような気がする。と、そこに一人の男が現れた。
「レスタットがいなくなったってのは本当かい?」
「あっ、ドンファン!」
そう、彼こそ件の人物──ドンファンである。レスタット撤退の噂を聞きつけやって来た彼がカーナ軍を見た反応はというと。
「──美しいレディ。貴女はもしやカーナ王国のヨヨ王女では?」
「惜しいわね。今は王女でなく女王を名乗っているわ」
「なんということだ。貴女のような美しく高貴な女性に導かれるとはカーナの民はオレルス一幸福な人物でしょう」
──いきなり初対面のヨヨを口説きにかかる噂通りの男であった。ビュウが呆れ顔をし、ジャンヌがまた始まったと肩を竦め、ルキアが顔に怒りマークを浮かべる。ちなみにヨヨとしてはこの程度の口説き文句は宮廷で聞き飽きているのでなんとも思っていなかった。
「ヨヨ女王。カーナ軍は帝国に対抗する兵を集めていると聞く。よければ自分も加えてもらえないだろうか」
「理由は?」
「美しい貴女の力になりたいから──かな?」
そのままドンファンはヨヨの手を取ろうとし──
「はい、そこまで」
「──へ?」
──ビュウに剣を首に当てられる事で阻止された。
「……えーと、君は?」
「俺か? 俺はビュウ。カーナの戦竜隊隊長だ」
「それでビュウ殿、僕はなんで剣を突き付けられているのかな?」
ドンファンが疑問に思うのも無理はない。いきなり初対面の女性の手に触れるのは嫌悪感を抱かれても仕方ない行動だが、相手が貴族の女性、それも王族である場合は少々話が異なるからだ。
「あんた、ヨヨ様の手に口付けしようとしただろ?」
「したが……それは忠誠を示す為で」
そう。騎士が王族の女性の手を取り、その手に口付けするというのは「騎士としてその人物に忠誠を捧げる」という意味を持つ。いわば儀式的な意味合いの強い行為である。
「もしかしてカーナにはそういう文化が無いのかな?」
「いいや? あんたのやろうとした事はカーナでも広く知られた行為だ。少なくともこうやって剣を突き付けられるような行動ではないな」
「じゃあなんで僕はこうなっているんだい?」
「そりゃ相手がヨヨ様だったからだな」
「は?」
間の抜けた声を出したドンファンに答えたのはヨヨその人であった。
「生憎だが、私に触れていい男は私の伴侶になる男だけだとカーナの法で決まっていてね。ああ、罰則は原則死罪よ」
「そんな殺生な!?」
ちなみにその法を作ったのはヨヨであり、加えて言えば女王になってからのものなので作られたのは数日前である。ドンファン、なんとも間の悪い男であった。まぁ、ヨヨ自身この法を適用する気はあまりないジョークのようなものなのであるが。しかしそんな事などドンファンは知るよしもなく。
(純情硬派のドンファン始まって以来の危機だ! 人生最大のピ~ンチ!)
などと心の中で悲鳴をあげていた。なお、ドンファンの人生最大のピンチは数日に一回のペースで訪れる。人生のハードルの低い男である。
「……えーと、ビュウ殿。僕はまだヨヨ女王の手には触れていなかったわけだし、要はアレアレアレ……厳重注意あたりでここはどうにか」
「もうバカ! このバカドンファン!」
「んっ、ル、ルキア!?」
ドンファンがビュウに対して弁明を述べているところに痺れを切らしたルキアが怒鳴り込む。
「なんであなたはいつもそうなのよ! 美人とくればすぐ誰にでも声かけて! そんなだからこういう事になるのよ!」
「ルキア……君の気持ちは痛いほどわかっているつもりだ。だけど世界にはこのドンファンがいなければ泣いてしまう女性が大勢いる」
怒るルキアをどう解釈したのか、ドンファンは唐突に語り始める。その姿は何やらスポットライトでも当たっているような錯覚を覚えるほど様になっていた。
「彼女たちに涙を流させない為に、このドンファンは数多の女性に声をかけなくてはならないのさ。それが僕の使命のつもりだ。君だけの男にはなれないが、僕はいつでも君を想っているよ……」
格好良く語っているが要するにそれは君の事は好きだけどナンパはやめません宣言であった。そしてそんなものを聞かされたルキアの反応は。
「バカ! ドンファンのバカ! もう知らない!」
「あ〜れ〜!? ウッソー! なんでぇ〜!?」
全力の平手打ちであった。仮にも騎士であるルキアの平手打ちを食らって盛大に吹っ飛ぶドンファン。どう贔屓目に見ても凄まじい槍の使い手である強者には見えない。
「まぁ、私ってば一組の男女の仲を狂わせてしまったのね。美しさって罪ね……」
「そ、そうですね」
そしてこちらはこちらで自己陶酔ぶりではドンファンも足元にも及ばないカーナ女王であった。
【ドンファン】
マハール出身のランサー。人呼んで『純情硬派のドンファン』。
口癖は「要はアレアレアレ……」「つもりだ」「人生最大のピ~ンチ!」
女性と見れば誰であろうと口説きにかかる気障男。やたらとポエミーかつ回りくどい言い回しと何故かどこからともなく照らされるスポットライトが特徴。カーナ軍のマハール開放時に成り行きでカーナ軍入りする。何気にヨヨと並ぶ専用テーマの持ち主。
幼女や思い人のいる女性には手を出さない紳士かと思いきや人妻にはアプローチをかける守備範囲のよくわからない男。
ストーリー中のナンパは大抵の場合ルキアに咎められて終わるが、帝国にスパイとして送り込むと見事百人斬りを達成しその実力を伺わせてくれる。
ファーレンハイト内では女部屋に入ろうとしたところをジョイとネルボのキャンベルコンビに捕まり、罰として女性部屋のバーに監禁される。
その後、ウサギにされたり氷の草を食べさせられるなど屈辱的な扱いを受けるが、最終的に二人を骨抜きにして自分の虜にしてしまうという大逆転を遂げる。ただしジョイとネルボはお互いがお互いにドンファンと付き合っている事を知らないのでその後は修羅場待ったなしというオチがつくのであった。