宮殿でありながら三つもの滝が流れ落ち、カビ臭い匂いが漂うマハール王宮。民にはカビカビ宮殿と比喩されるその王宮は今、たった一人の戦鬼によって豪奢な景観を血で染められていた。
「帝国の犬ども、道を開けるでアリマス!」
重装鎧に身を包んだ男が戦斧を振るう度に、マハール王宮を占拠していた帝国兵たちが次々と倒れ伏していく。まさしく鬼のような気迫で宮殿を進んでいくのは、復讐に身を焦がす男、タイチョーである。
彼は件の辞表を書き上げた後、自らの命すら顧みずマハール王宮へと突入すると、そのまま宮殿内を我が物顔で歩き回る帝国兵たちを次々と戦斧の錆びにしていた。彼の目的はただ一つ。憎き男、帝国将軍レスタットを自らの手で討ち取る事だ。
「邪魔を……するなでアリマス!」
タイチョーの戦斧による力任せの一撃。ただそれだけの攻撃で武装した兵士たちの首や腕が容易く切断されていく光景を見て、さすがの帝国軍人も恐怖を覚えたのか、中には逃げ出す者まで現れていた。
(グランべロス兵! 一人として生かしておかぬでアリマス!!)
このマハールがグランベロス帝国の侵攻によって攻め落とされた日、タイチョーは様々なものを失った。仕えるべき王、慕ってくれた部下、近衛騎士団長としての誇り、最愛の妻……。
だからこそ、自分と同じく帝国により故郷を滅ぼされたカーナ王国騎士団長マテライトと出会い反乱軍へと身を投じた時、タイチョーはこの国を取り戻す為に再び戦斧を手に取り戦う事を誓ったのだ。そして今こそ、必ずやあのレスタットという外道を地獄へ叩き落としてくれる。タイチョーの心に宿るのはそれのみだった。
しかし、そんなタイチョーの姿にただ怯えて道を開ける腑抜けばかりの帝国軍ではない。帝国兵がそんな雑兵ばかりであるならば、マハールは帝国の手に落ちてはいない。
「死ね……!」
明確な殺意を言葉にしながら、忍び装束に身を包んだ帝国兵、マーダラーが手榴弾を投擲する。さらに手榴弾がタイチョーの足元に着弾すると同時、両手に短剣ジャマダハルを携えたレスタットの直属騎士であるゲリュンペル隊が一斉に炎、氷、雷の三魔術を放った。
「ぐぅ!?」
タイチョーはたちまち爆煙に包まれ、同時に三方向から放たれた属性魔法攻撃に耐え切れずタイチョーは膝をつく。だが、それでもまだ死んではいない。それを確認してタイチョーに止めを刺さんとマーダラーの一人が素早くタイチョーに接近する。
(ま、まずいでアリマス……!)
爆弾と魔術によるダメージで体の動きが鈍く、タイチョーが窮地を悟ったその時。
『────ホワイドラッグ!!』
美しくも威厳に満ちた透き通る声によって紡がれた白き回復魔術による癒しの光が、タイチョーの体に降り注いだ。
「な……」
突如として標的が傷を癒したことに、思わず目を丸くして呆気に取られるマーダラー。しかしそれは歴戦の騎士であるタイチョーを前にしてはあまりにも致命的な隙であった。次の瞬間、タイチョーは目にも止まらぬ速さで立ち上がると同時に、その手に握られた戦斧を思い切り振りかぶった。
「しまっ……!」「遅いでアリマス!!」
マーダラーは咄嵯に回避行動に移るも間に合わず、タイチョー渾身の一閃がマーダラーを捉え、その体を両断した。
「おのれ……!」
同胞を屠られたのを見たゲリュンペル隊が再びタイチョーに向けて魔術を放とうとした。しかし、それはかなわなかった。
『──アースヒット!!』
どこからともなく放たれた大地の必殺剣が、ゲリュンペル隊に襲いかかったのだ。
「何だとぉっ!?」
直撃を受けた者は吹き飛び、次々と地面に倒れ伏していく。そんな中、一人だけ範囲外に免れたマーダラーが先のように手榴弾を投げようと懐に手を入れ。
『──インスパイア!!』
頭上から炸裂した雷轟に、その身を消し飛ばされた。城壁すら打ち崩すその一撃を放つ男は、タイチョーが知る限り、このオレルスでただ一人だけ。
「どうしたんじゃタイチョー。あの世に行くにはまだ早すぎるじゃろう?」
「マテライト殿……!」
そう言って、ニッと笑みを浮かべるマテライトと、さらに二人の影。
「やれやれ、あんたも無茶をする。少しはこちらに話をしてくれてもいいんじゃないか?」
「全くよ。復讐の炎に身を焦がしているのは、何もあなただけではないのだからね」
「おお、ビュウ、ヨヨ様……!!」
カーナ騎士団長マテライト、カーナ戦竜隊長ビュウ、そしてカーナ女王ヨヨ。カーナのトップスリーにして、カーナ最強の三人が、タイチョーの窮地を救いに現れたのだった。
◇ ◇ ◇
彼らがタイチョーの窮地を救う少し前のこと。マハール王宮に突入したカーナ軍は、交戦した帝国軍のあまりの手応えの無さに拍子抜けしていた。
「はぁ? こいつら、本当に帝国兵か?」
先陣を切って帝国軍と剣を交えていたラッシュが気の抜けたように呟いた。これまで帝国兵とは何度も戦ってきたが、ここまで弱く感じたのは初めてだ。ラッシュの呟きを聞いたトゥルースが冷静に帝国兵たちの様子を眺めてから頷く。
「おそらく、彼らはタイチョー殿の戦いぶりに怯えて逃げてきたのでしょう。恐慌状態でまともな実力を発揮できていないようです」
実際、帝国兵たちは明らかに士気が低かった。ヨヨ率いるカーナ軍にまともな抵抗も出来ずに倒されていく。
「仮にも一度は世界を制した帝国軍がこの有様とはね。大方、このマハール王宮に我が物顔で居座っていただけでまともな戦闘もしていなかったのではないの?」
「確かに。マハール陥落以降、この兵士たちは戦闘の機会も無かったでしょうからね」
呆れた様子で言うヨヨの言葉に、側に立つビュウが同意した。これでは神竜召喚どころかビュウやマテライトが出るまでも無さそうだ。
「とはいえ、レスタット直属の兵士らまでもこうだとは思えない。タイチョーが致命的な事態に陥る前にさっさと追い付きたいところだわ」
「ならば、ここの露払いは任せて頂けませんか?」
そう言ってヨヨの前に名乗り出たのは、つい先日カーナ軍に参入した騎士。このマハール出身にして、マハール一の槍捌きとマハール一の女癖の悪さを持つ男。そう、自称純情硬派の男、ドンファンである。
「ふむ……まぁいいわ。お前の腕を示してみなさい」
「了解した! この純情硬派のド~ンファンにお任せあれ!」
ヨヨの許可を得たドンファンは愛用の槍を構えると、意気揚々と帝国軍に向かって行くと、気障な動作で言葉を紡ぐ。
「高貴にして尊きレイディの勅命だ。君たちに恨みは……」
無いが倒させてもらう、と言おうとしたドンファンだが、そもそもドンファンはマハールの騎士。恨みは無いどころか有りすぎるぐらいであった。
「え、えーと。ともかく邪魔だから大人しく倒されてくれたまえ!」
「「「「「ふざけんな!!」」」」」
「うおおおぉっ!?」
当然のごとく怒り狂った帝国兵が一斉にドンファンに襲い掛かり、たちまち乱戦にもつれ込んだ。その様子を見て、ルキアが呆れたようにため息をつく。
「ドンファン……彼には緊張感というものが無いのかしら」
「あいつに一番そぐわない言葉だと思うよ、それ」
ジャンヌがルキアの言葉に突っ込みを入れた。そんなこんなで帝国兵たちの怒りを煽ってわざわざ士気を上げてしまったドンファンだが、彼とてマハール一の槍騎士と呼ばれた男。すぐに劣勢を覆すと、逆に帝国兵を圧倒し始めた。
「ふっ!」
「があっ!?」「げぇっ!!」
次々と兵士を倒していくその手際は見事なもので、瞬く間に周囲の帝国兵は片付けられていった。軟派な気障男の予想外の強さに、帝国兵たちはたじろいだ。
「なんだこいつは……!」
「ふっ。単純な君たちでも、彼我の実力差程度は理解できるようだね」
余裕綽々といった態度のドンファン。しかし、それは彼の虚勢などではなく、紛れもない事実だった。その証拠に、先ほどからドンファンに攻撃を当てられた者はいない。彼はまさしく華麗と言うべき槍捌きで全ての攻撃をいなしていた。
「さて、いつまでも君たちに付き合っているわけにもいかない。そろそろ退場してもらおう──フレイムダスト!!」
言うなり、ドンファンから繰り出される槍騎士の秘技。まるで豪雨のように降り注いだ炎の衝撃波を食らい、最終的に立っている者はドンファンだけになっていた。
「ふふん、他愛も無い。所詮は腑抜けの連中だったということかな?」
そう言って、気障な動作で槍を回してみせるドンファン。その姿はまさしくマハール一の槍騎士と言うべき頼もしさであった……が。そんなドンファンの背後から、何やら怪しげな機械音が響き始めた。
「ん……? 何の音だねいったい」
不審に思ったドンファンが振り返ると、彼の目に入ったのは怪しく眼を輝かせる悪魔を象った石像であった。
「……あっ」
マハールの騎士であったドンファンは知っていた。その石像に侵入者を撃退する為の機能が備え付けられていることを。そして、マハール王宮が帝国軍のものになっている今、その石像も帝国軍仕様に改造されているに違いなく。つまり、今のドンファンは撃退される側なわけで。
「ちょ、まっ──」
『侵入者発見。排除開始』
慌てて止めようとするドンファンだったが、時既に遅し。無機質な機械音声と同時に石像の口から放たれたのは、熱を帯びた怪光線。咄嵯に回避しようとしたドンファンだが、避けきれずに直撃し。
「あ~れ~!! ウッソー!! なんでぇ~!?」
「ド、ドンファ~~ン!?」
そのまま爆発が巻き起こり、呆気なく吹き飛ばされるドンファン。絶叫するルキア。頭を抱えるジャンヌ。そんな様子を見てビュウが呟く。
「あの男、実力者なのかただのうつけなのかさっぱりわかりませんね」
「そうね。あのドンファンとやら、槍騎士より道化師の方が合っているのではないかしら?」
──自身の窮地を救われるまでにそんななんとも言えない一幕があったことなど、タイチョーは知る由も無いのであった。