レスタットを討ち取り、マハールを解放したカーナ軍に救われたタイチョーの妻セリーヌであるが、ここで彼女の口から思わぬ事実が語られた。
「あなた、実は……」
「な、なんと! それは真でアリマスか!?」
セリーヌの言葉に驚きの声を上げるタイチョーだが、その表情は喜びに満ち溢れていた。
「まぁ。セリーヌ殿のお腹にお子が?」
ヨヨは思わぬ報告に目を丸くするが、それ以上に驚愕したのはマハール人であり、セリーヌがレスタットに挑んで行った顛末も知るグンソーであった。
「な、なんですと!? 奥方、まさか身重だったのですか!?」
「えぇ……実はそうなの。ただあの時は、夫に余計な心配をかけたくなくて黙っていたのだけれど……」
「セリーヌ、すまんでアリマス! 自分が不甲斐ないばかりにお前に我が子共々命を捨てさせるような真似を……!」
この場で切腹しかねない勢いの夫に、セリーヌは慌てて制止する。
「やめてちょうだい、あなた。私は自分の意思でそうしたのよ? それにヨヨ様のおかげで私も、そして生まれてくる子もこうして無事なんだから、もういいじゃない。ね?」
そう言って微笑む妻の姿に、タイチョーは思わず涙ぐんだ。
「うぅ……自分は幸せ者でアリマス。こんなにも心優しい妻と子に巡り会えたことを神に感謝するでアリマス」
「ふふっ。私もよ、あなた。だからもう泣かないでちょうだい」
「ふむ。セリーヌ殿、お子は大丈夫なのかしら? 私の力で石化から回復したとはいえ、胎児にどのような影響があるのか分からないわ」
ヨヨの問いにセリーヌは笑顔のまま答えた。
「ご安心くださいませ、ヨヨ様。おかげさまで母子共に健康そのものです。実は、ゾラさんには既に見てもらっておりますので」
「あぁ、問題なかったよ! この前まで石だったなんて嘘みたいに二人とも元気さ! 」
「そ、そうでアリマスか……。良かった……本当に良かった……」
タイチョーの目尻にはまたも大粒の涙が浮かぶ。
「なんだいタイチョー、さっきから泣いてばかりだねぇ! あんたはこれから父親になるんだよ! しっかりおし!!」
ゾラの叱咤激励を受け、タイチョーは目元を拭った。
「肝に命じるでアリマス!」
「ふむ。それにしても、子供ね……」
ヨヨは暫し考えてから、指を鳴らして言った。
「よし。せっかくだから、我がカーナも子を成すとしようかしら?」
「は? な、何を言い出すんですかヨヨ様!?」
突然のヨヨの発言にラッシュが顔を真っ赤に染めるが、ビュウは察したように頷く。
「戦竜たちの、ですね?」
「まぁビュウ。そこは「自分たちにはまだ早いですよ!」とか慌てる場面でしょう?」
つまらなそうに言うヨヨに、ビュウは苦笑しながら答える。
「残念ながら私の知るヨヨ様は、この情勢下で色ボケなさるような方ではありませんので」
「逆に、こんな中で色事に耽る脳内お花畑な君主がいるなら見てみたいものだわ」
ヨヨはそう言って肩をすくめた。
「まぁ、そういうことよ。サラマンダーたち、そろそろ季節でしょう? 早いところ解消しておかないと、私たちの命令を受け付けなくなってしまうわ」
ヨヨの言葉に、ビュウは納得顔で答えた。
「確かに……しかし、誰と誰を番にします? やはりサラマンダーですか?」
「そうね。あとは相手だけど……みんな良い子たちだし、正直どの子でも悪くなさそうなのよね。いっそ、投票で決めましょうか」
「……みんな贔屓の戦竜がいるでしょうし、接戦になりそうですね」
そういうことになり、各々がサラマンダーのお相手になって欲しい戦竜に投票していった結果……
「決まったわね。サラマンダーのお相手は……モルテンよ!」
「モルテンにはみんなリフレッシュで助けてもらってますからね。それが票を集めた要因でしょうか」
「順当といえば順当なところに収まったわね。そういうわけだから、ドラゴンおやじ殿、この二匹で交配する方向でお願いね」
「承知しましたぞ!」
こうして、サラマンダーとモルテンの交配が決まり、戦竜たちの繁殖期は無事終わりを迎えたのであるが……。
「あら、もう産まれたの?」
「はい。先ほど出産を終えたそうです」
「先日決まってもう出産なんて、相変わらずの不思議生物ね」
「まぁ、食い物でコロコロ姿が変わる連中ですからねぇ」
先日交配を終えたばかりのサラマンダーたちだが、早くも子供の誕生が報告された。
「それから、ドラゴンおやじとしてはサラマンダーの子供ということで、真っ先に俺を会わせてくれる予定だったらしいんですが……」
「何かあったの?」
「なんでも、なにやら父性を目覚めさせてしまったホーネットが先に顔合わせしてしまったそうで」
「ホーネットが? 意外ね」
ファーレンハイトの操縦士であるホーネットは、あまり他人と関わらないタイプの堅物である。そんな彼がいきなり、ドラゴンの子供相手にお世話をしたくなるとは思いもしなかったのだ。
「そんなわけで、ドラゴンおやじからは「ビュウはパパじゃなくてママじゃな」なんて言われてしまいましたよ、ははは」
「ん、なんのこと?」
「ああ、ヨヨ様はご存知ありませんでしたか。ほら、ドラゴンって人間と共生関係にあるでしょう。なので、両親とは別に、最初に会った人間を人間として親に近しい相手だと思い込むんですよ」
いわゆる、刷り込みというやつである。鳥などのそれと違い、ドラゴンの場合はしっかり本当の両親も認識できているのだが。
「なるほど……ということは、今のパパはホーネットというわけ?」
「えぇ。それで俺もこの後、産まれた子に会いに行く予定なんですが――」
「待ちなさい。それは不味いわ」
ビュウの言葉を遮り、ヨヨは眉をひそめた。
「何故ですか? 別に誰がドラゴンの父母だろうと問題ないと思いますが……」
「普通はそうでしょうね。ただホーネットが関わってくるとなると話は別よ」
「どういうことです?」
首を傾げるビュウに、ヨヨは言った。
「我が軍には、たとえドラゴンを通してだろうがホーネットと他人がそういう関係になるのが許容できない人間が一人いる」
「……あー」
ビュウは心当たりがあったのか、引きつった笑みを浮かべた。
「ふふふ。安心なさいビュウ。要は「ホーネットと他人」の組み合わせがダメなのよ。つまり……」
「なるほど。それは良いお考えですね」
「でしょう? というわけで早速……」
◆ ◆ ◆
突如ヨヨに「ドラゴンたちの世話をするように」と命じられたエカテリーナは、非常に困惑しながらドラゴンたちの元へ向かっていた。
「な、なんで私なんだろう……」
気弱で他人と関わるのが大の苦手なエカテリーナは、当然ながらドラゴンの世話などしたことがない。
「でも、ヨヨ様から直々に命令されたんだから、ちゃんとお仕事しないと……」
カーナ軍において、ヨヨの命令は絶対である。ヨヨに命じられたなら神とも戦うのがカーナの掟だ。故に、今回のような明らかに向いていないのが明白なケースでも拒否することはできないのであった。
「そういえば、新しい子が産まれたんだっけ……」
そんなことを思いながら、エカテリーナはドラゴンたちのいる甲板に出る扉を
開けた。そこで彼女が見たのは――
「ははは。そんなに舐められたらくすぐったいだろう、パピー」
「ピィーッ!」
(!!!???!?)
ファーレンハイトの操縦士であり、彼女の憧れの人であるホーネットが、ドラゴンの子供にベロベロに舐められて全身ヨダレだらけにされている光景であった。
(な、なな、なんでホーネット様がここに!? )
突然の出来事に頭が真っ白になっていたエカテリーナだったが、彼女に気づいたホーネットが笑顔で手を振ってきたのを見て我に帰った。
「よう、エカテリーナ。お前もドラゴンたちに会いに来たのか?」
「は、はひっ!? いえっ! 私はヨヨ様にお世話がかりを命じられまして……!」
「そうか。じゃあよろしく頼むぞ」
「は、はいぃ……!」
ホーネットはそう言うと、再びドラゴンの子供――パピーと戯れようとしたが、その前にパピーが素早い動きでエカテリーナにすり寄ってくると、ホーネットにしていたように彼女の身体をベロベロと舐め始めた。
「きゃあっ! く、くすぐったいです……!」
「あぁ、そうか! エカテリーナが二番目だったから、エカテリーナをママと思い込んでるのか」
「そ、そうなんですか!?」
「おう。ちなみにパパは俺だ。パピーからしたら、俺たちが夫婦に見えてるってことだな、はははは」
「ふ、ふふふふふ夫婦ぅ!?」
顔を真っ赤にして慌てふためくエカテリーナ。憧れの人と唐突に結ばれた(?)ことに彼女の思考回路は一瞬でオーバーヒートした。
「きゅぅ~」
「おっ、おいどうしたエカテリーナ!? ってすごい熱だぞ!? メディック! メディーーック!!」
【エカテリーナ】
カーナ軍所属のウィザード。エルフ耳だが、人種は不明。
カーナ王国滅亡前からカーナに仕える古参で、非常に気弱かつ内向的な性格。
他人と関わるのが苦手で、親友のアナスタシア以外とはほとんど話さない。
……が、その正体は日夜ホーネットの後ろ姿を見つめて物思いに耽り、彼の飲んだワイングラスを手に怪しい笑みを浮かべるヤバめな性格。
当時はそんな概念はなかったため、誰が呼んだか『早すぎたヤンデレ』。
作中でホーネットの好きなものを聞いてくるが、この際に意地悪して嫌いなものを教えてしまうとそれが原因でホーネットにフラれてしまい、その原因であるビュウに激しい恨みを抱くようになる。
最も、普通に好きなものを教えた場合でも『告白が上手くいかなかったらみんなを巻き込んで船ごとドカンよ!』などと言っており、どちらにしろヤバいことになるのであった。