「結局のところ、サウザーが死んだってのは事実でいいのかい?」
ディアナの集めた情報を聞いたサジンが尋ねるが、ディアナはどうしたものか、と言ったように腕を組んで考え込む。
「う~ん、まぁ実際意識不明のまま棺に押し込まれて空に流されたとなればほとんど死んだようなものだけど……」
要はいつ死んだかの時系列が前後するだけで、そうなれば死亡したというのは事実とも言えなくはないのだが、果たしてそんな報告をヨヨ様に上げていいものか。
「いや、やっぱり『意識不明のまま空葬されたが、実際に死んだかどうかは確認できなかった』と報告することにしましょう。そもそも私が判断していいことでもないし」
はっきり言って意識不明のまま空に流された人間が生存する可能性などゼロに等しい。が、ゼロではないのである。もしここで『サウザーは死亡しました』と報告して、万に一つサウザーの生存が後に発覚するようなことになれば、自分はあのヨヨ様に虚偽報告を上げた事になってしまう。そんなことになれば、ヨヨ様からどんな仕置きを受けるか分かったものではない。
「それにしても、まさかパルパレオスまで消されてたなんてね。まぁ親サウザーなんてあの男しかいないんだし、纏めて消されるのは当然と言えば当然か」
「味方が親友だけとは、サウザーってそんなに人望が無かったのか? 敵国からはともかく、味方にはそう嫌われるような人間には見えなかったが」
「そうね。私もそれは正しいと思うんだけど……」
故国を滅ぼされたカーナ人としての恨みを抜きにしてサウザーという人間を評価するなら、実際そこまで悪人というわけでもないし、事実、兵士や民からの人気は高かった。あまつさえ、一代でオレルスを統一するという偉業も成し遂げているのだ。皇帝としては名君と言ってもいい。
「ただ、それってあくまでも下々の人間からの評価なのよね。もっと上……将軍クラスになると、サウザーの評価は真逆なんだって」
「将軍たちから見ると、皇帝として不適格だったってことか?」
「そう。サウザーがなんで皇帝になれたかって言ったら、まぁ強いからなんだけど……はっきり言っちゃうと、それって皇帝としては不要な能力なのよね」
「まぁ、確かにそうだな」
サウザーは辺境の貧国として傭兵を輩出する以外存続する術を持たなかったベロスの王権を力で奪い世界に覇を唱えてベロスを軍事国家として押し上げ、グランベロス……『偉大なるベロス』を建国し遂には世界の統一まで果たした。なるほど、確かに素晴らしい偉業だ。それはいい。
「世界に覇を唱えて、世界を統一して、全てのラグーンを手に入れた……じゃあ、その後は?」
サウザーは戦争の天才であり、武力においては間違いなく人類最強の男だ。しかし、その武力が国家を『運営する』という点において何の役に立つというのか。
「もちろん、戦争に勝つだけなら最強である人間が頂点に君臨するのは、そりゃ正しいんだけど。でも、勝った後は違う」
「サウザーが世界を統一した後に必要なのは、平常に国家を運営できるだけの統治力ってことか」
「そう。もしも、グランベロスの将軍たちに『サウザーは王として必要か?』って質問をしたら、パルパレオス以外の意見は全員一致するでしょう。『否』ってね」
サウザーは元々、ベロスという国で――いや、全人類で最強だっただけの傭兵だ。そんな、帝王学どころか政治の『せ』の字も知らない男に、皇帝として国の運営などできるはずがない。いかに『皇帝』と冠されたところでそれは王としての呼び名などではなく、圧倒的な武力とカリスマ性を用いて頂点に立っているだけの傭兵の頭領としての称号にすぎないのだ。
「そんな『統治』ができない皇帝に仕え続けるのを良しとしなかったのが、グドルフを筆頭とした将軍たちの意見なのよ」
「まぁ、そりゃ道理だな」
彼ら将軍たちは元々旧ベロスの王家に仕えていた身で、サウザーがベロスを制圧した際に従えた存在。ベロスに忠誠を誓った身ではあるが、サウザーに忠誠を誓っているわけではないのだ。
「今回の偽装葬儀がやけに簡単に成功してるのもそのせいでしょうね。サウザーに王でいて欲しい人間なんて誰もいないんだもの」
「グドルフが主導して、葬儀の体を装ってサウザーの暗殺を謀っても誰も止めなかったわけか」
グランベロス国民は頼もしく強い皇帝の回復を願っていたのかもしれないが、帝国将軍たちにとっては、統治ができぬサウザーを王として仰ぐのは耐え難かったのだろう。彼らにとって、最早サウザーの武力は不要なものだったのだ。
(まぁ……ヨヨ様と敵対している以上、サウザーという武力を自ら捨てるのは最悪手なんだけど。帝国がそれに気付く日はいつかしらね)
「さて……それじゃ目的は果たしたわけだし……置き土産をしてから帰りますか」
「置き土産?」
「えぇ、帝国将軍様にちょっとしたプレゼントをね」
そう言って、ディアナが懐から取り出したのは……。
「じゃじゃーん! ヨヨ様特製手作りクッキー!!」
「「……は?」」
◆ ◆ ◆
帝国将軍アーバインは、剣の道にしか興味のない武骨な男である。彼は根っからの軍人であり、国の為に戦い、そして死ぬことを自らの本分として疑っていなかった。そんなアーバインですら、サウザーという主君に対して忠誠心を抱いていたかと言えば、それは否である。
アーバインから見てサウザーという男は自分と同系統の人間だったからだ。武を極め、敵を薙ぎ払うことしか知らない男。無論、武人としては敬意を払っている。しかし、政に疎いアーバインであっても、本来皇帝に求められる資質が『強さ』ではないことくらいは理解していた。
とはいえ、軍人が私情で王に逆らうなど許されない。ならばせめて武人らしく一振りの剣としてサウザーに仕えようと考えたこともあった。しかしサウザーという皇帝ははっきり言ってしまえば仕えがいのない主君だったのだ。
サウザーは、とにかく強すぎた。彼が戦場に出るだけで敵兵は逃げ出し、彼に挑もうとする者はいなくなった。帝国将軍たるアーバインが敵を切り伏せるまでもなく、サウザーが戦場に姿を現すだけで、敵の士気は挫かれてしまうのだ。これでは、自分がいる意味がない。
だから、グドルフ将軍がサウザー皇帝の葬儀を行うと聞いた時、いくらか不審には思えど追及をしなかったのは、まぁ自分も人間としてある程度の負の感情を持っていたのだろうということだ。それを自覚して以降、より一層剣の道に打ち込み、自分はいずれ来る死の時まで、ただひたすらに鍛錬を続けていくのだと決意を新たにした。
そんなアーバインの近頃の悩みは、妙に異性からアプローチを受けることだ。自分のような剣にしか興味の無い男よりも、そこらの青年の方がよほど女性を喜ばせることができると思うのだが、何故か自分を好いてくれる女性は後を絶たない。
(まぁ、男としては無論嬉しいが……)
しかし、これまで剣にだけ生きてきたような自分が女性を幸せにできるとは思えない。だから、今までアプローチしてくる女性は全て丁重にお断りしてきた。が。
(またか)
鍛練を終え、自室に戻ったアーバインの目に入ったのは、可愛らしい袋に詰められた菓子折りだった。開けて見ると、中身は焼き菓子が数枚。その横には、『アーバイン将軍に愛をこめて』と書かれた手紙が添えられている。
(差出人の名は……無いな)
この手の贈り物は初めてではない。差出人の名前が無いというのはやや奇妙だが、アーバインが今までこの手のアプローチを悉く断ってきたのは帝国中に知れ渡っているのでせめて秘めた想いだけでも届けたいと思った女性がこっそり送ってきているだけで、最初から返事など期待していないのかもしれない。
(ふむ、せっかく頂いたものだし、食べるとしよう)
想いに応えられないとはいえ、好意を込めて贈られて来た菓子を無下にするのは気が引けるし、それに腹も減っていた。アーバインは、焼き菓子をひとつ摘まみ上げ、口に放り込む。
――この時、アーバインはさして警戒していなかった。帝国将軍であるアーバインは毒への耐性も当然のように身につけているし、そもそも派閥に所属しておらず、誰が主君となっても変わらず仕えるつもりでいる彼を暗殺しようとする者がいるとも思えなかったのだ。だが。
「……ぐっ!?」
それを口にした瞬間、突如としてアーバインの身体を凄まじい衝撃が襲った。毒ではなかった。言うなれば、それは――『この世のものとは思えない味』なだけ。
如何な武人たるアーバインとてこれには耐えられず、そのまま昏倒してしまう。瞬間、外の廊下に潜んでいた二つの影がアーバインの命を刈り取りに動き――
「……………!!?」
「不味い。逃げるぞ」
「あと一息だったが、潮時か」
――異変を察知したのか、帝国将軍バーバレラがアーバインの部屋に駆け込んで来るのを見て、暗殺者たち――サジンとゼロシンは初めからその場にいなかったかのように姿を消すのであった。
その後、バーバレラの献身的な介抱により、アーバインはなんとか意識を回復した。なお、件のクッキーは帝国の研究所に送られ徹底的に調査されたが、何をどう分析しても世間一般に流通しているものと何ら変わりはなく、異常は発見できなかったため、研究者たちは首を傾げたという。
【アーバイン】
グランベロス帝国八将軍の一人。
聖剣エクスカリバーを愛用し、ただひたすら剣の道に邁進する武人らしい武人。
基本的に自身を高めること以外まるで興味がなく、皇帝サウザーのグランベロス派、八将軍の一人グドルフを中心とする旧ベロス派のどちらにも属していない。
【バーバレラ】
グランベロス帝国八将軍の一人。
炎の鞭ヒートロッドを愛用し、ムチ打ちを趣味とする危ない性格の女性。
率いている部下も全員鞭使いの女性である。
好きな男のタイプは剣の修行に励む男……要するにアーバインである。
帝国内の派閥には関心が無い……というよりアーバイン以外にはまるで関心が無く、常に彼と一緒に行動しており、強いて言うならアーバイン派。
驚くほど無口な人物で、原作では会話している描写があるにも関わらず一言も台詞が無い。