彼女の始まり
ヨヨの生家であるカーナ王家は、世界で唯一神竜と対話する術を持つドラグナーの血を受け継ぐ一族である。彼女はそんな、オレルスでも特別な、選ばれし一族に生まれた。カーナ王族は男女を問わず王位を継ぐ権利を持ち、ヨヨはそんな王家の当代唯一の王女として育てられてきた。
それゆえ、物心ついた時から彼女は上位者だった。齢二桁にもならぬ頃から、当たり前のように皆が自身に傅き、敬い、従うことを日常としていた。だから、ヨヨが自身を特別な人間だと考えるのは当然の流れであったし、我儘で尊大な性格になっていくのも無理からぬことだった。
「ねえ、私、あの子が騎士に欲しいわ!」
ヨヨはとにかく、気に入ったものを自分の物にしたがった。後の彼女の忠臣であるビュウが戦竜隊へと抜擢されたのも、ヨヨが気に入ったからこそ彼女に近しい部隊へと配属されたのだ。
「私、あれが欲しい!」
ヨヨが欲しいと望むものは、大抵はなんでも手に入った。彼女にはそれが当然だった。彼女はカーナの王女なのだから。そうなれば、ヨヨの中の欲望が際限なく膨らんでいくのも極めて当然のことであった。
「マテライト、私、あの土地が欲しい! あの綺麗なお花畑を私のものにしたい!」
ある日のことだった。ヨヨは城下へと繰り出した際、目にした花畑に魅了された。彼女は当然のようにその花畑を欲した。しかし、その日はいつもとは違っていた。
「申し訳ありません、ヨヨ様。ヨヨ様といえど、あの土地は差し上げられぬのです」
今までヨヨの欲しいものはなんでも彼女にくれたマテライトが、始めて否と答えたのがその言葉だった。
「どうして? 私は王女なのに」
ヨヨには不思議でならなかった。自分は王女で、この国では両親の次に偉い人間だと知っていたから。その自分に手に入れられない物があるなど考えてもみなかったから。
「王といえど正当な理由なく民の土地を奪ってはならぬと、カーナの法で決められているのです。王であるからこそ法を厳守しなければなりません」
マテライトは預かり知らぬ事だが、この問答こそがヨヨという人間の人格を完成させるきっかけであった。マテライトのその言葉を、幼いヨヨは自分なりに解釈した。
即ち、法とは王よりも偉いものなのだと。
「そうなのね。じゃあ、私自身が法になる! そうすれば、あのお花畑は私のものね!」
「ははは、そうですな」
それは幼い子供にありがちな飛躍した思考であり。現実の見えない子供の戯言でしかなく。普通ならば、ただそれで終わるはずの話だった。ヨヨという少女に、それを成せるだけの才が備わっていなかったのなら。
「そこの人たち、私と一緒にお茶しましょう!」
「「はい?」」
ある日、ヨヨは自分の部屋に誰かがいる気配を感じて。幼さゆえの無知と蛮勇で、彼女はその気配――王女暗殺の依頼を受けた二人の刺客を、あろうことか茶の席へと誘った。
刺客二人――サジンとゼロシンが困惑のまま誘いに乗ったのは、彼らは依頼をした馬鹿な貴族にはした金で雇われただけの身だったからであり、明日に食う物にも困る状況でもなければ、絶対に受けないような仕事だったからで。そんな馬鹿げた依頼を遂行して王家を敵に回すより、この妙な王女に気に入られた方がよっぽど良いと判断したからでもある。
「お金がないの? だったら、お友だちになってくれたら沢山あげる!」
だから二人がヨヨのそんな誘いに乗るのは必然だった。そんな『お友だち』二人にヨヨが頼んだ最初の仕事は、例の花畑の所有権を持つ貴族の動向を調べてもらうことだった。
その貴族は、あまり評判がよくなくて──だから、『偶然』その貴族の不正の証拠が出てきても不思議ではなくて。その貴族に後継ぎがおらず、領主不在となった土地を王族が買い上げ、やがて王女直轄領となるのも、別段不思議ではない事だった。
そうして、自らの行動で以て欲しいものを手に入れるようになったヨヨは、ひどく簡単なことに気付いた。他人に与えてもらえないものは、自分で手に入れればいいのだと。
そして、権力、財力、暴力……つまりは『力』を持つ人間こそが、欲しいものを手に入れられるのだということを。
(ドラグナー。私は、ドラグナーになりたい!)
ヨヨは、自分がカーナの王女に生まれたのは、その為なのだと信じて疑わなかった。
自分があらゆる全てを手に入れるため、この世界で最も強大な力を持ちうることができる人間に生まれたのだと。何の根拠も無く、何の疑問も無く、そうであるはずだと、そうであるべきだと、傲慢にもそう思っていた。
(ドラグナーになれば、私はバハムートの力を得られる!)
カーナの守護神竜であるバハムートは、カーナの民が崇めて来たカーナの象徴で。そしてカーナ王家のドラグナーの力は、神竜と対話し心を通わせることだという。しかし、ヨヨが望んだのは対話などではなかった。
彼女の望みは、バハムートの力そのものを自身のものにすること。カーナの人々が神と崇める、バハムート自体をその身に取り込むこと。
(バハムートを宿すことができたら──私はカーナそのものになれる!)
王よりも、そして法よりも尊い、『国』そのものになること。それはまさしく幼い彼女がかつて口にした理想そのもので。だが、バハムートは彼女の呼び掛けに答えず──それはヨヨにとって、とても面白くないことで。
(バハムートが──ううん、バハムートじゃなくてもいい。国の象徴となる強大な神竜が私の身に宿ったなら──私はカーナで最も尊い存在になれるのに!!)
──ならば。ある世界で神竜王が宿主を失った事も、彼が次元を渡って彼女の世界に迷い混んだ事も、彼が彼女の身の内に宿った事も。全ては必然だったに違いない。
(欲しい――神竜の力が欲しい)
欲しいと思ったものは絶対に自分のものにする。
(みんなみんな欲しい――私はあらゆる全てが欲しい!)
――それこそが、カーナ王女ヨヨの起源なのだから。