気づいたら悪の親玉扱いされていたけど今日も元気に頑張りましょう! 作:体は物語でできている
花粉の猛攻が終わって、平和に夏に向かって進み始めた五月。今日はまだ梅雨の前なのに、夏の盛りを思わせるような暑い日だった。
「最近は異常気象というが本当みたいだね」
「もはや誰かの能力で人為的に起こされているんじゃないかと思えるほど暑いな」
気温は25度。とても梅雨入り前の気温とは思えない。この状態で梅雨になり湿度が上がったらシャレにならない。
何故俺らがこのクソ熱い中徒歩で開発地区に向かっているかと言えば、原因は三時間ほど巻き戻る。
三時間前
「漣ちゃんいる?」
そこは冷ややかな薄暗闇に包まれている。夜にしては明るすぎるし、昼にしては暗すぎる。その奇妙な薄暗闇に包まれるとき、人はまっとうな方向と時間を見失ってしまう。人の方向感覚を狂わせる闇。彼の直属の部下であるあのヤンデレちゃんに作らせたのだろう。
「・・・今就寝中なんですが、何の用ですかボス」
ぐぐもった声が返ってくる・・・かなり不機嫌そうだ。ちょっとまずったかな。昨日の夜に帰ってきたという報告が来てたから、5時間ぐらいは眠っていたはずなんだけど。
漣は寝不足だと人が変わったかのように機嫌が悪くなる。一度徹夜明けの彼の睡眠を邪魔して半殺しにされた部下がいるらしい。彼の空間転移はかなり厄介な能力で攻撃に使うとかなり無残な死体が出来上がる。
「・・・空間転移で俺らをある場所に飛ばしてほしいんだけど」
「あと30時間寝たらいいですよ」
いやそれもう一日たってるじゃん・・・どんだけ眠いんだよ。ここでごねると彼の怒りを買って殺し合いになりそうだしな・・・。
「・・・分かった今回は諦めるよ」
ということがあった。
「ていうかさっきから、熱くなさそうだなと思ったら能力使ってやがるな」
「この繊細な僕に炎天下の中を歩けというほうが間違っているのさ」
色々と突っ込みたいことが発生したが・・・一番引っかかるのは一人称が変化していることdあ。
「一人称が『私』から『僕』に戻ってるのはどういう心境の変化だ?」
「分かっていることをあえて聞くのは無粋というものだよ」
昔千の一人称は僕だった。 しかし俺が組織を立ち上げたと同時に、一人称を私に変え 俺の行動や方針に対しても口を挟ま、くなった。きっと彼女なりのポーズだったのだろう。一人称を僕に戻すということは これに対して干渉をするという意思表示だろう。
「・・・俺も千の能力で冷やしてくれよ」
「なあ」
「何だよ?」
「思ったんだけど、君は僕から昨日『瞬間移動』を受け取ってなかったけ?」
「受け取ったけど、一度も使ったことがない能力をこんな場所で使う気にはなれないな」
「失敗したら、この僕が何とかしてあげるから使いなよ」
一見、親切な言葉だが、その笑みは放送コードに引っかかるレベルで邪悪だ。
「・・・どうすればいい?」
「私は君につかまっているから、全力で飛びなさい」
「・・・了解」
「方向は北北西だ」
指示通りの方向に俺は飛んだ。
瞬間、凄まじい風圧が体全体を襲う。数秒後、固い何かを突き破り床に激突、轟音が鼓膜を打つ。
二三回転した後、壁に衝突して止まった。
「痛ってー」
「ふむ、うまくいったみたいだね」
「何処がだよ!?」
「ちゃんと目的地には着いたじゃないか・・・僕が助けなければ死んでたけど」
「おい・・・」
中を見回すと、やはり最初に目につくのは隙間なく置かれた本棚だろう。几帳面なぐらいにジャンルとサイズとで区別され、かつ日差しに焼かれないよう窓からの角度も配慮されている。スライド式の本棚にはざっくりと2000冊ほどの蔵書がある。机に置かれた純銀軸の万年筆や、ギロチン式のシガーカッターも実にセンスがあり、めちゃめちゃ仕事のできる男の仕事部屋と言っても遜色はない。
「相変わらず、君たちは騒がしいな。扉から入ってくることができないのかね?」
後ろに人の気配を感じ、振り向こうとした瞬間声を掛けられる。
ゆっくりと後ろを振り返ると、そこに立っているのは初老の男性だ。最初に目につくのは、長く生えそろいどこぞの校長先生を彷彿とする髭だ。だが、それは俺がこの男に慣れてしまったからだろう。本来であれば、この男の鋭い眼光を受け意識を保つことすら難しい。俺の『気配強化』による威圧と同じことを素手やっているといえば、どれだけ化け物時見ているか分かるだろう。最初に会った時は、死神がお迎えが来たのではないかと錯覚するほどだ。驚くほど、長身でありその上こちらが座っているので余計にデカく見える。この男こそ、笹野原 景士そのひとである。
「「わざとじゃない」」
「・・・開発地区に不法侵入できる輩は君らくらいじゃよ」
「今回はわざとじゃない」
嘆息する理事長をスルーして言い訳をかます。
「それにしても相変わらず、発展途上の胸ですのぉ~」
俺の横に立っていた千を見て、嘆かわしそうに首を横に振った・・・瞬間、俺の横に床から足が生えた現代アートが完成した。
「り、理事長ー!?・・・おい、千。幾ら図星をつッ!?」
危険を感知し、瞬時に立ち上がり横に飛ぶ。
ズン!
凄まじい音とともに、罅を入れて床が陥没した、否、床が抜けかけている。
「君たちはあれかい?二人揃うと僕にセクハラをしないと気が済まないのかい?」
「いえいえ我々男は皆紳士ですから。消して嘘は付きません!小さいのも大きいのも好きな人生でした!!!・・・あ、でもやっぱり大きいほうがッ」
いつの間にか復活していた理事長が俺の横で叫ぶ。まあ、今度は床が無事では済まなかったけど。
大穴が開いて、悲鳴が聞こえる中千が溜息を吐く。
「相変わらず、あの男は変態だな」
まったくもって同意だ。
「大きければいいなんて邪道だ」
「君ももう一回行っとくかい?」
半ギレの千が蹴りを放とうとしたところで、理事長が帰ってきた。
「すまんの、茶を持ってきた。まあ、座ってくれ。ソファーは無事じゃろうし」
何事もなかったかのように、傷一つなく和服を着こなすこの男。いろんな意味で、変態だ。何をどうやったら、あんな蹴りをもらって無傷で笑ってられるのか。
「湯呑を三人分と編入書類を持ってきたってことは、俺らの要件は分かってるんだな」
「伊達に長生きはしておらんからの。確かに君らのような人間が学校に通うなら、開発地区が一番都合がいい」
「じゃあ、その話はここまででいいや。俺と千を同じクラスにいれることが絶対だ。それ以外はそちらで決めてくれて構わない」
「ええ、了解しておりますよ。フォフォフォフォフォフォ」
どこか芝居がかった笑い方が、いちいち人の神経を逆なでる。
「じゃあ、俺らは茶を飲んだら帰るから」
隣に座っている千がそろそろ限界だし。結構機嫌が悪そうだ。
「では、儂は仕事に戻らせてもらうとするかの」
「仕事?」
「第二研究所で近々、ある研究が完成するそうなのじゃよ。その視察じゃよ」
「計画は順調ってわけか」
「ああ、儂がここを作ってから五十年。ようやく完成の兆しが見えてきたのじゃ」
この老人はぱっと見温厚そうに見えるが、本性はきわめて合理的かつ冷酷だ。例外を除けば、何のためらいもなく人を殺すだろう。今浮かべている笑みだって、人に見せられるものではない。
「『リベリオン計画』っか。世界に喧嘩を売る意味では俺の計画と似ているな」
理事長がいなくなった部屋で一人ごちる。そんな俺を千は笑みを浮かべて見つめていた。