仮初提督のやり直し   作:水源+α

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大変長らくお待たせしました。


第十話 新たな風

「……」

 

 翔鶴、そして大和以外誰も俺に話しかけてこない。多くの艦娘たちが、こちらからも感じられるほどに気まずい空気を侍らせながら、遠巻きに見ている、そんなどちらとも気まずい状況下で話しかけて来た一人の艦娘。

 

 ──特I型駆逐艦一番艦 吹雪。前々から呉鎮守府から異動してくる優秀な艦娘が居たと聞いていたが、そうか。俺が入院した時と同時に、入れ替わる形で来たのか。

 

 華奢で、すこし顔に幼さを残しつつも、駆逐艦ながら、何処かしっかりとした雰囲気が並の駆逐艦よりある印象だ。

 

 二ヶ月前。現在呉鎮守府の司令官である坂本提督という、士官学校の時にお世話になっていた先輩から、「そちらに優秀なんだが、まだまだ精神的にも、戦いの面においても若い子だ。しかし、お前の今の状況を良くしてくれると思う。どうか、よろしく頼む」と無理矢理な形で移籍させてきたという経緯があるのだが。

 

 ところで、なんと言っても。

 

(……)

 

 ……確かに、今の状況になにかの変化を起こしそうだと。突拍子もなく、そう思ってしまう。そんなオーラがある。

 

「──あの、司令官?」

 

 と、考えごとをしていると、吹雪が中々返答がこない俺に小首を傾げてきた。

 

「……あ、ああ。君の話は二ヶ月前から聞いていた。来てくれてありがとう。すまない、こんな形で、しかも初めて挨拶をすることになって」

 

 そんな俺の不甲斐なさがある言葉に、吹雪はそんなことを気にしてないと一目で分かるほどの、快活な笑みを浮かべてくれた。

 

「いえ。司令官が階段で事故を起こして入院していたことは、先輩達から聞いていましたので。……その、大丈夫ですか? お怪我の方は」

 

 なんだか新鮮である。大和達以外の艦娘から体の心配をされるのは。

 

「……大丈夫。あと数週間もすれば完治するだろうからな。心配してくれてありがとう」 

 

「いえ。前々から坂本元司令官の方から、色々と司令官のことは聞いていましたので……その影響なのか、実はここに来る前から少し、司令官のことについて興味があったんです」

 

「あ、そうなのか。あの坂本先輩が」

 

 因みに、もう一つ付け加えると、坂本先輩は提督になる前に一ヶ月ほど呉の方で提督補佐をしていた頃でもお世話になっている人だ。23才ながらも、日本で二番目に規模が大きい呉鎮守府を指揮している凄い人でもあるため、色々と提督について教えていただいたということもあって、士官学校時代からもだが尊敬している人の一人だ。

 

「はい……ですが、今こうして対面して話してみると、坂本元司令官が話した通りに優しく、そして生真面目という印象を受ける人ですね」

 

 そうして柔らかく、気恥ずかしさなのか頬染めて微笑んでくる吹雪。

 それに一瞬見入ってしまうも、いかんと思ってそこから自然と目を逸らして、話も逸らす。

 

「あ、ああ、えと。そうだ……横須賀鎮守府に来て一ヶ月……どうだ。ここは。上手くやっていけそうか?」

 

「「「……っ」」」

 

 そんなタジタジになる俺を見て、周囲で一連の会話を見守っていた艦娘達から少しクスッと笑われた気がする。

 イラッとくるよりは、恥ずかしさに似たむず痒さを感じたので、意地で吹雪の方へまた目を合わせると、そこには同じようにクスりと笑う吹雪がいた。

 

「ふふ……あ、失礼しました。はいっ! ご飯も美味しいですし、先輩達も親切で……何より、横須賀の海は綺麗ですから、今のところ、施設面においても呉鎮守府に見劣りしてないので、以前と比べてみても変わりなく過ごせています!」

 

 坂本先輩から聞いている通りに、若さと明るさが比例している子だ。

 

 ──そして不思議と。今まで俺と艦娘達の間での気まずさで沈み気味だった食堂の雰囲気が、吹雪が話し始めてから緩和されていっている気がする。

 

「……そうか。確かに、俺もよく一人で海に見に行くときがあるからな」

 

「そうなんですね! 私もよく呉の方でも、時間があれば海を見に行っていたんですけど、今や横須賀の海の虜になってます! 特に海軍カレーパンを食べながら、夕日が沈む水平線を眺めるのが好きですね!」

 

「お、おう。そうか」

 

「その時は良く夕立ちゃんと一緒にいくんですよ!」

 

「そうか。夕立と……」

 

 夕立。関わりは廊下ですれ違う程度だったが、その時には萎縮気味でも、勇気を出して小さな声でも毎回挨拶してくれた数少ない艦娘の一人だ。

 

 本当に優しい艦娘なんだと、関わりが少なくてもわかる子だ。

 

「夕立ちゃんがですね。水平線に沈んでいく夕日を指差しながら……「っ! 吹雪ちゃんその話はダメっぽいぃ〜っ!」……夕立ちゃん!?」

 

 そんな吹雪の話を遮った夕立が慌てて前に出てくる。

 

 当時からこんなに確りと夕立を目の前で見たことが無かったので新鮮だ。容姿からでも分かる通り、きっと仲間たちの前では吹雪と同じくらいに凄く元気な子なんだろう。

 

「どうしてもこうしたもないっぽい! 提督さんにその話は恥ずかしすぎるの!」

 

「……」

 

「……吹雪ちゃん?」

 

 と、そこで吹雪は何を思ったかすこし悪戯な笑みを浮かべて、次には少し大きな声で態とらしく

 

「それで、『そこで暁の水平線に勝利を刻むっぽぉい!』っていきなり夕立ちゃんが立って……「ダメっぽいぃ!!」ん〜!?」

 

 そんな夕立の面白い話を食堂に聞こえるように言いかける吹雪の口をまた慌てて両手で塞ぐが、殆どの内容が漏れてしまっているので無意味である。

 

「……ぷはっ! ちょっと夕立ちゃん! 苦しぃ……ん〜!」

 

「もう話させないよ吹雪ちゃん! ああ顔熱いっぽいぃ〜!」

 

 そんな吹雪と夕立の小さな攻防戦を、一応ここの鎮守府の最高指揮官である俺の目の前で繰り広げているという、着任当初からあり得なかったシュールな光景に、それを見ている軽巡や重巡を中心に微かな笑い声が広がっていく。

 

 いつの間にか側にいる翔鶴はクスりと片手で抑えて笑い、大和は我慢しているのか少し体を震わせている。

 

 そして、そんな周囲の雰囲気に流されて────

 

 

「──ぷっ、ははっ! ……」

 

 今まで、張り詰めていたものが。

 

「ははは────」

 

 今まで肩にのしかかっていた何かが。

 

「……提督?」

 

気づけばどこかに行ってしまっていた。

 

「くっははは!」

 

 大和が怪訝な顔をしているが、そんなこと。

 

「「「──!」」」

 

 周囲に居る一部艦娘達も驚いた顔をしているが、そんなこと、今は関係ない。

 

 俺が今心から笑えているのは目の前で、まだみんなから笑われていてもなお続けている吹雪と夕立の絡みを見ているのもあるが

 

「……ははっ」

 

 何よりも。着任当初から夢に見ていた、艦娘たちと俺が心から笑えている状況になれたことが……嬉しくて、嬉しくて。

 

 これはそう。嬉しくて笑っているのもあるかもしれない。

 

「えっ、司令官?」

 

 そんな感慨深くなっていると、目の前の吹雪と夕立が不意に絡みをやめた。

 

「あ、な、なんだ?」

 

 一瞬絡みをやめたのは俺が変な笑顔を浮かべて気持ち悪かったからかと不安に思ったが

 

「……なんで、涙を」

 

「「「……?」」」

 

 吹雪の言葉と、艦娘たちの不思議そうに向けられてくる視線たちにハッとして、自分の手を瞳に伸ばすと、確かに涙に濡れていた。

 

「──え?」

 

 

 

 

 涙を流していることに自覚は無かった。しかし、どうして無意識のうちに涙を流しているのか。その理由は……

 

「どうして……泣いているっぽい?」

 

 夕立が怪訝な顔してもう一度質問してくる。

 

「……いや、ははっ。どうして、なんだろうな」

 

 ──いや、もうその理由の答えはわかっているではないか。

 

 心がそう急かしてくる。

 

「提督……」

 

 心配そうな目で、翔鶴が俺を呼ぶ。

 

 しかし、なんで涙を流してしまったのか。その理由を今ここで吐いてしまったら、艦娘たちから軽蔑されないかと心配でならない。

 

 そもそも、ここ一ヶ月。鎮守府は俺が居なかった方が正常に機能していた。これまで一年間という貴重な時間を、無駄にしてしまった無能な司令官である俺が、果たして『艦娘たちと俺とが、こうして心から笑っているこの夢にまでみた状況に感極まってしまった』と、言っていいのだろうか。

 

 そんな不安の波が押し寄せてくる。

 

 ああ、まただ。また、()()()()()()()()()()()と思い始めている。

 

 しかし、また心の中で問いかけてくるのだ。

 

 ──また、自分から手放してしまうのか

 

 そんな警告に似た良心が。

 

「……」

 

 嗚呼、またか。

 

 

 その時、足が自然と後退り、出口に向かおうとしていたが

 

 

 

 

「司令官!」

 

 今までにないほどに透き通った吹雪の声が、俺の足を止めた。

 

「……この鎮守府の過去に、何があったんですか」

 

「……っ!」

 

「ふ、吹雪ちゃん!」

 

 周りで固唾を飲む音。夕立が止めようとする声。しかし、吹雪は止まらない。

 

「私は着任して一ヶ月間、何があったのか仲間たちに聞いてみても誰も話してはくれませんでした。このことばかりが、この鎮守府で過ごしてる中で、唯一心にしこりを残しているんです。そして今、司令官が涙を流したのは……きっと、それに関係することなんですよね?」

 

「……」

 

「提督」

 

「……」

 

「……私は、ここの。横須賀鎮守府の本当の艦娘になりたいです!」

 

「──!」

 

 そうだったんだな。

 

 吹雪は確かに、もうここの艦娘になり、その明るさで多くの仲間を作った。

 

 しかし、吹雪の中では、どうしても。過去に横須賀鎮守府であった事件の真相を聞けずに、本当の仲間意識になれなかったのだ。だから不安で、本当にここの仲間たちは信用してくれているのか不安で仕方なかったのだとしたら。

 

 このまま、逃げていてはダメだ。

 

 この鎮守府に流れ始めた、()()()()を、ここで途絶えさせてはダメだ。この風を途絶えさせてしまえば、それこそ無能だ。

 

 

 もう、散々反省したではないか。

 

 もう、沢山苦しんだではないか。

 

 そんなもの、もう懲り懲りだ。

 

 

「……分かった吹雪。あとで1600に執務室に来てくれ。その時に洗いざらい話す」

 

 ここからだ。

 

「っ! は、はい!」

「そしてさっき涙を流してしまった件だけど……ただ嬉しかっただけなんだ」

「──嬉し、かった?」

「……こ、こうして皆で笑えたのは、着任当初から考えられなかったんだ。だからこうして笑えたのが嬉しくて……いや、ま、まあそのことについてもあとで話すから、ここではもう勘弁してくれ」

 

 そう。ここからなんだ

 

「「「……!!」」」

 

 その言葉に、艦娘たちの多くは驚きながらも頬を染めた。

 

「……」

 

 そんな中、夕立一人が凄く不思議そうな顔をしていた。

 

「な。なんだ夕立……顔に変なものでも」

 

「……あ、いや……その。もしかして提督さんって……」

「お、おう」

「色々と不器用な人……っぽい?」

「ぷふっ!」

 

 そんな夕立の言葉に、隣で大和が吹き出す。

 

「や、大和?」

「い、……いえっ。すみません。くしゃみで……っ」

「……そうか」

 

 ……普段の俺ってそこまで大和が共感できるほど不器用なのか。というか翔鶴も体震わせて明らかに笑ってるな。

 

「大和」

 

 なら、どうやら不器用らしい俺のことを笑った仕返しをして、器用なこともたまにはすることを主張してやるか。

 

「っ……は、はい」

「昼食は没収な」

 

 そうして、机に置いてある昼食をのせたトレーを持って厨房に返しにいこうとすると

 

「も、申し訳ありません! もう、もうしませんからそれだけは!!」

「……ほーん。ならこの天ぷらを譲渡すれば今日は許してやる」

「え……」 

 

 冗談なのにそんな悲しそうな顔されると冗談ではなくなるではないか。

 

「……仕方ありません」

「嘘に決まってるじゃないか」

「えっ!」

 

 全く。普段の頼れる秘書艦大和はどこに行ったのやら。食い意地がすごくて、なんだか

 

「ははは!」

「もうっ! 提督!?」

「ぷ、はは! すまんすまん大和」

 

 笑えてくる。

 

「──!」

 

 そして、そこで吹雪は少し驚いた表情をみせた。何故かは知らないが今まで俺と吹雪との会話を見守っていた周囲の艦娘達も瞠目させている。

 

「……ん? どうした、吹雪」

「い、いえ、その。失礼ですが、先輩達から、提督は着任から本物の笑みを見せたことがないと聞いていたので……」

「……」

 

 言われてみればさっき。俺は確かに自然に笑顔になれた気がした。自分でもそれを思い出して、驚いている。

 

(でもそうか。確かに、あいつらの前では作り笑いを見せてしまっていたな)

 

 それはつまり、あまりにも躍起になりすぎて、緊張してしまい、自然体で接していなかったということだろう。その結果、作り笑いをしてしまい、胡散臭く見えて、信用されなかったのかもしれない。

 

 俺がこれまで艦娘に信用されず、積もりに積もった不信感と憎悪で階段の事件に至ってしまい、今のような微妙な距離感になってしまっている原因は、俺自身にもあったのだ。

 

 前任への憎悪。人間への不信感以外に、俺の態度にも原因があった。

 

(無視しても、陰口を叩いても、殴っても、蹴っても、辛いはずなのに作り笑いをして、そのような行為を黙認するような上官がいたら、俺は果たして、そいつのことを信用し、ついていけるだろうか)

 

 答えは否だろう。

 

「……そうか」

 

 少し考え込んでから返事をする俺に、吹雪はたどたどしくなり

 

「す、すみません提督! 私変なことを──」

 

 失言があったのかと、頭を下げようとするが

 

「──いや、ありがとう吹雪。夕立」

「え?」

「……ぽい?」

 

 そんな唐突の感謝に、吹雪と夕立は首を傾げた。

 

「いや。……なんでもない。吹雪、夕立。そろそろ席に戻って食べた方がいい。時間も時間だからな」

「あ、はい! それでは、失礼します! ほら行くよ夕立ちゃん」

「そうね! 提督さん、失礼しましたっぽい!」

「──」

 

 そう。俺は今まで本当の自分を失いかけていた。

 自分を抑え込み、艦娘達に対して理想であろうとする心が災いし、理想の提督を演じて接し続けていたのだ。

 

 自分の席へ戻っていく吹雪の背中を見て、ふと思う。

 

 

 

 ──また、話をしたい。

 

 そうしたら、また何か。俺に気付かせてくれるかもしれない。

 そして、吹雪という新しい風をきっかけに、この横須賀鎮守府は前に進み始めるかもしれないと。

 

 吹雪と話す前までは、これからどうしようという一抹の不安があった。しかし、こんなに短く、何気なかった会話の中で、自分の過ちに一つ気付くことができた。それに少なくとも、艦娘である吹雪とは正常に話せた。不思議といつもかくはずの冷や汗もかいてない。

 

 そしてなんと言っても、吹雪と夕立のおかげで、他の艦娘たちと話せてないにしろ、距離は縮められた気がする。

 

いや、そうか。今日の1600に。また話せるではないか。

 

そうして艦娘とまた、話したいと思えるようになったのも。

 

 これは明らかな進歩ではないだろうか。

 

(たとえそうでなかったとしても。俺はそう思いたい)

 

「提督」

 

 そこで、隣で座っていた大和から声をかけられた。

 

「ん? 大和。どうした」

 

「いえ。ただ伝えたいことが一つありまして……」

 

「……?」

 

 少し言いづらい言葉なのか。はたまた、恥ずかしい言葉なのか分からない。そんな表情をした後。

 

 少し頬を赤らめてから、大和は美しく微笑んできた。

 

「先程見せてくれた笑顔。とても、素敵でしたよ」

 

 

 その言葉に、さすがに驚いて、次の返答が上擦った声になってしまう。

 

「……そ、そうか。いや、まあ。これからはもう少し心を開けるように、頑張るから。その……」

 

「ふふっ、分かってますよ。気長にお待ちしております」

 

 そんな俺を見て可笑しそうに笑う大和に、釣られてしまう。

 

「——……ああ。待っててくれ」

 

 

 

 俺はそう言って、また自然な笑顔になる。今度もちゃんと笑えているだろうか。そんなことを思いながら昼食を食べるために席につくのだった。

 

 

今後、登場するとしたらどの艦娘が良い?(参考程度)

  • 球磨
  • 空母ヲ級
  • ビスマルク(Bismarck)
  • 瑞鳳

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