仮初提督のやり直し   作:水源+α

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今回は少しこの世界の歴史を遡ってみました。


第十二話 『提督を辞める』ということ

 ──トラック諸島。そこは、かつて旧日本海軍の軍事施設が存在していた島であり、敗戦まで当時の大日本帝国が統治していた島でもある。しかし敗戦後。アメリカによる国連信託統治により、1986年にミクロネシア連邦として、名をチューク諸島に改名し、独立した。

 日本に統治される前から、スペイン、ドイツからの植民地支配も受けていたかつてのトラック諸島。しかし、第二次世界大戦という世界中を巻き込んだ大嵐の時代を経て、ついにチューク諸島の島民たちは、強者からの支配から脱し、独立することが出来た。

 

 

 

 

 しかし。2018年の夏。またもや、チューク諸島だけでなく、世界中にも、大規模な厄災が降り掛かってしまう。

 

 その厄災とは──深海棲艦の出現であった。

 終戦記念日である8月15日。突如として世界中の海域に出現した、人智を超越する力をもつ怪物たちに、当時運航していた多くの艦船たちが瞬く間に撃沈され、また太平洋、大西洋、インド洋に航行していた殆どのセスナ機、ヘリコプターなど低高度を飛行するあらゆる航空機も撃墜された。

 その被害は相当なものであり、急遽国連で会議に至るまでになったほどである。各国はまだ深海棲艦の詳細の多くを認知していなかった為か、世界情勢は第二次世界大戦が始まる前。世界恐慌以来の、国家間の緊張が生じた。

 それだけではなく、コンテナ船による海輸ができなくなったことにより、各国で品薄による影響で様々な物の物価が高騰。海外への輸出入が困難になったためか、多くの業界の収入が回らなくなり、株価が大暴落したことも大きな問題になった。また、一、二ヶ月経っても深海棲艦に対する具体的な対策案が国連から発表されない理由で、不満が各地で高まり、大規模なデモが発生。

 物価の高騰によって、多数の業界が、人件費の削減によって多くの人をリストラしたため、貧困層の増加により、反政府組織による抵抗の悪化。各地で、特にアフリカの方でまたもや紛争を巻き起こす種となってしまった。

 

 このままでは取り返しのつかないことになる世界の情勢を鑑みて、国連は各海域で暴れ回る未確認生命体──深海棲艦の殲滅を断定。アメリカ主導で、世界で有力な海軍力を持つ6カ国に招集を呼びかけた。その結果、日本、中国、ロシア、イギリス、フランス、インド、アメリカと世界で初となる、7カ国の総力を合わせた国際連合艦隊を結成。深海棲艦の本拠が存在する可能性が非常に高い太平洋へと、各国の軍港から、それぞれの最新鋭の軍艦が国民総出で華々しく見送られた。

 

 ──しかし、結果は惨敗であった。

 

 高速で海上を()()し、砲弾、魚雷、ミサイルをその小さな体躯で避けていき、近付かれて一発砲撃され、沈没してしまう艦船が殆どであった。もとより、イージス艦やフリゲート艦などの現代の軍艦は、一昔前の軍艦のような、鉄の塊の如き頑丈さは持ち合わせていない。何せ、現代の軍艦の定義は()()()()()()ことを念頭に置いており、要は互いに姿が見えない遠距離から、レーダーで敵艦を捕捉し、対艦ミサイルを発射し、撃沈するというのが現代の軍艦たちが理想とする戦術なのである。そのため、半径約数キロ以内に近付かれることは先ず想定されていないので、最低限の装甲しか施されていなかったのだ。

 しかも深海棲艦による砲撃は、一昔前の戦艦並みの威力があった。

 そんな砲撃が、装甲もままならない現代の軍艦に放り込まれるのだ。深海棲艦からすれば、鈍くて、脆い。甲羅も持たない亀を相手にしてるようなもの。戦力差は歴然であった。

 

 歴史的な大敗北を決した太平洋という広い海域で行われたこの歴史上もっとも大規模且つ一方的な展開で悲惨な状況になったこの海戦を、後の人々はこう呼んだ。

 

 

『第一次太平洋海戦』と。

 

 こうして、深海棲艦の出現により、世界中が大戦以来。いや、大戦時以上の混乱の渦になっている中──

 

 

 

 ──深海棲艦が現れてから、激動の三ヶ月間。世界では様々な問題が起こり、次々と人の命をも失われていく状況下で、一つの小さな光が、日本という極東の島国に差し込む。

 人類の総力を挙げても、退けられなかった深海棲艦に対抗しうる存在。

 

 

 

 

 

 ある日の夜明け。暁が水平線に昇る頃──艦娘が現れたのだ。

 

 

 その艦娘は自らの名を、『大和』と。そう名乗った。

 

 

 

 その『大和』が、日本政府と早々に協力関係を結び、早々に向かったのが、横須賀の自衛隊と米軍が所有していた軍港であった。とは言っても、第一次太平洋海戦で敗北を喫したこともあって、ここに停泊していた多くの艦艇が戻ってこなかったことで、ドックはほぼ空っぽの状態。もはや軍港として機能はしていなかった。そんな軍港を、『大和』と共に現れた『妖精さん』という超常的な力を持つ存在が、人間たちの協力も得ずに、瞬く間に、艦娘たちが利用できるように改装していった。そして、一週間後には艦娘たちが整備、休養、抜錨できる施設。『横須賀鎮守府』へと変貌を遂げていた。

 

 それから。先ず、『大和』は横須賀を中心とした、近海に彷徨っている深海棲艦たちの掃討を開始。同時に、それらを倒して得た不思議な資材を元に一人、また一人と艦娘たちを誕生させていった。まるで、二次大戦時に惜しくも沈んで行った、様々な海域で藻屑となっている、かつての軍艦たちをサルベージするようにである。

 

 そうして誕生したのが。

 

 ──駆逐艦『島風』

 

 

 ──軽巡『神通』

 

 

 ──重巡『妙高』

 

 

 ──正規空母『赤城』

 

 

 ──潜水艦『伊58』

 

 

 ──工作艦『明石』

 

 という六人の艦娘であった。

 

 それぞれ、多くの深海棲艦と戦い、勝利、一度は深海棲艦の闇に染まりそうになった世界中の海を、人類が生活できるほどに航路を回復させた糸口となったという、偉大な艦娘たちである。

 人々は『大和』も合わせてこの七人をある言葉で総称した。

 

 あの日。暁の水平線に世界初の艦娘である『大和』が突然出現し、その後数々の恩恵をこの世界にもたらしてくれたことに倣い

 

 

 

 ──『暁の七艦』

 

 

 

 と、そう呼び、各々人々から、大いなる賞賛と尊敬の意を浴びせられた。

 それからその人々の希望となりながら、七人はまた、後継者を作らんがためと、多くの艦娘たちを誕生させていった。

 

 十年後の2028年。西野真之が提督として、横須賀鎮守府に着任した時に居た殆どの艦娘たちが、その七人によって誕生させられた艦娘たちであるという事実がある。他にも、各都道府県に存在する鎮守府に在籍する多くの艦娘たちも同じなのだが、それはまた別の話である。

 

 

 話は戻り。そんな『暁の七艦』の中の一人である『大和』が、横須賀鎮守府の次に拠点を作り上げたのは、チューク諸島であった。

 

 一度は独立し、それまで長閑な時間を送っていたチューク諸島。しかし、周囲に深海棲艦が現れたことにより、深海棲艦の初出現の2018年8月15日から三ヶ月もの間、外国との一切の交流を断っていたのだが、突然日本の護衛艦とともに来た艦娘により、深海棲艦は掃討されたことにより、島民たちの生存を確認できた。

 そこに、『大和』主導のもと、少しずつ物資を運び込み、それらを『妖精さん』が組み立てて『トラック泊地』を作りあげた。チューク島に設立したのに、名前を何故『トラック泊地』にしたのかは未だに日本政府は理由を語らない。しかし、なぜそこに作り上げたのか。それについては『大和』がこう語ったのだと言う。

 

 

来たるべき艦隊決戦の時、ここは勝利するための鍵となり。要となるからです──と。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 2029年6月14日。西太平洋沖 

 

 現在でも、人類と深海棲艦の最前線であるトラック諸島沖周辺。太平洋を経由する様々なタンカー船やコンテナ船の護衛、航路の監視、深海棲艦の掃討。多くの重要な任務を抱える、そんな太平洋の一大拠点の一つである『トラック泊地』の飛行場に、日本という遠くから空旅をしてきた、一機の輸送機が着陸した。

 

 出迎えるためだろうか。その基地の航空自衛隊の殆どの職員たち。そしてそれに混ざるように、二人の艦娘が並んでいる。

 

 輸送機が飛行場の脇に止まり、次に高速で着陸してきたのは護衛の為に付いて来ていた、二機のF-35戦闘機である。

 これだけの出迎えと、護衛機が付いている。この状況だけで、輸送機に乗っているのはそれほど重役なのだろうか。

 

 輸送機の扉が開き、一人の女性が降りてくる。多くの勲章を胸から吊し、それぞれ金の刺繍が施してある純白の制服と制帽を着用している。

 

「……全員気を付けぇ!」

「「「──」」」

 

 一人の武骨な自衛官が号令をかけると、一糸乱れぬ動作で三十人もの自衛官と二人の艦娘が気を付けた。

 

 全員の視線は、輸送機から今降り切った女性の軍人に向けられていた。

 

「礼!」

 

 全員が予め軍帽を外していた為に、敬礼ではなく、また一糸乱れぬ動作で、彼女へ小礼を行う。

 それらに応えるように、彼女もまた敬礼を行い「休んで下さい」と一声かけると、また全員が姿勢を戻し、言われた通りに体を休ませた。

 

「新島提督。長い空旅、お疲れ様でした。お身体の方の調子はどうでしょうか。少し目に隈が出来ているそうですが」

 

 先程号令をかけていた、この基地では重役である自衛官から、労いの言葉をかけられた彼女の名は新島(にいじま) 香凜(かりん)。そう。西野提督の同僚である、新島(にいじま) (かえで)の姉である。軍部の中でも、西野提督のことを第一に気にかけている、数少ない幹部達の中の一人でもあった。そんな彼女が、それに対して微笑んで対応する。

 

「……ああ。この目の隈は気にしないで下さい。いつもの事ですから。それにしても、柴木(しばき)ニ尉。貴方の方こそ、少し顔色が優れない様子ですよ? 少しは休む時間を確保して、万全な体調を維持することも、ここの皆さんを指揮する指揮官としての責務だと、私は思いますよ」

 

 そんな彼女からの返答に、巨躯で武骨な自衛官──二等海尉である柴木は、「あ、いやっ! これはこれは」と愉快に笑った。

 

「ご心配痛み入ります。最近は特に仕事も多くなって来ましてね。小官もただ椅子に座ってるだけでは無いですからね。舞い込んでくる執務の仕事などその他諸々が重なってしまい、正直に申しますと、最近あまり休養が取れていないのが現状ですね。というか柴木ニ尉とか……固いのはこの辺にしときませんか。なんというか、しっくりこないですし」

「確かにそうですね。柴木さんとは、なんだかんだで長い付き合いですしね。なるほど。そんな事情が。てっきりずっと椅子に座って詰め将棋をしてるのかと思ってましたけど」

「こりゃ手厳しいですなぁ……まあ、ここだけの話。週に3回くらいはしてますがね」

「態々多くの部下が居る前で聞こえるように言ってしまう柴木さんのそういうところですよ」

「ははっ! まあまあ。ここには憲兵という堅物も居ませんし、多少の無礼は許して下さいよ。……何せここは人類にとっての最前線。深海棲艦への反抗作戦を五年前に開始してから今日までもそうでしたが、これからも要となる最重要拠点です。そんな場所に立ち、ここを護っています。……気を休めるときに色々と身体から抜いておかないと、いざと言うときに本領を発揮することは叶いませんから」

 

 と、それまで笑顔だった柴木二尉が、少し表情を曇らせる。

 そんな彼に、新島提督は「……そうですね」と、頷く他なかった。

 

 今は束の間の平穏を取り戻せているが、三年前に、多くの艦娘たちを擁した万全な状態で挑んだ『第二次太平洋海戦』では、多くの犠牲を出しながらも、辛勝出来たばかりなのだ。新島本人が思うに、最近徐々に深海棲艦側の動きが活発化してきている。そのことを踏まえれば、近々また、大きな海戦が巻き起こってしまうことは予想している。

 また、それは柴木二尉も薄々感じ取っているのだろう。このまま平穏な日々が続くことはあり得ないということを。そして、もし深海棲艦が次に攻勢を仕掛けて来るとすれば、恐らくここ──チューク諸島にある基地、泊地諸共(もろとも)破壊しに来るだろうということも。

 

「──柴木さん」

「……? どうしましたか」

 

 しかし、それを分かっているからこそ。彼女──新島提督は怖気付いてはいられないのだ。

 

「有事があった際は……私たちトラック泊地に在籍している『第一太平洋艦隊』にお任せください。泊地に在籍している全ての娘たちは、これまで多くの深海棲艦と戦い、何度も死線を潜り抜けてきた精鋭ばかり。必ずや、自衛隊の方々を、命を賭してでも祖国に帰還させます」

 

 提督とは、今の時代で言うところの、その国の守護神の立場にある地位の人の意味も孕んでいる。

 深海棲艦と艦娘は対の存在同士。どちらとも人智を遥かに超越する力を有している。そんな存在である彼女たちを従わせ、指揮し、深海棲艦という敵を倒して、勝利を手にし、国を敵の魔の手から退ける役割も持っているからだ。

 

 逆に言えば、一度戦いに負けてしまえば、それ相応の犠牲が伴ってしまうという側面もあるのだが、だからこそ彼女は、自信を持って、今、目の前で柴木ニ尉みたく、心の中で怯えている人達に言うのだ。

 

 ──必ず勝つと

 

 提督には国を、国民を護る為に、勝利し続けなくてはならない責任がある。日本から。世界からそんな多大な期待を、新島はここ五年間ずっと背負って、時には苦悩しながらも戦い、多数の海戦で勝利を収めている彼女だからこそ言えるのだ。

 

 勿論、柴木二尉も、今この場に居る多くの自衛官たちも、そんな彼女の功績を知っているからこそ、そんな彼女の言葉に、胸を撫で下ろすことが出来る。

 現状だと、世界中を探しても、新島 香凜ほど深海棲艦と戦闘経験がある実戦的な艦隊を指揮している者は居ない。アメリカの方の『ノーフォーク海軍基地』所属の世界中の海外艦で構成された国連直属の艦娘部隊があるという噂があるが、練度、経験、組織としての完成度。どれをとっても、日夜最前線で鬼級や姫級などの強敵と戦って、実際に勝ち続けている精鋭の艦隊を指揮している新島に軍配が上がるだろう。

 

 そんな、現役最強の艦隊の指揮官が目の前で、『任せてくれ』と言ってくれているのだ。

 彼女の揺るぎ無い自信から発せられたその言葉は、日々、深海棲艦の脅威に怯えていた柴木二尉の心を安心させるのには、充分なものであった。

 

「……その時はあなたにお任せします。ありがとうございます。新島提督」

「「「……」」」

 

 柴木の少し後ろで並んで休んでいる自衛官たちにも日々積もっていて、複雑に渦巻いていた不安も、無くならないにしろ、緩和されたのか自然と安心したような表情を浮かばせていた。

 

 新島自身も、面々の心を少しでも安心させることが出来たことで、自然とその表情を柔らかくした。

 

「では、私はこれで。……行くわよ。──北上、青葉」

「はいっ」

「はい!」

 

 ──目の前で自分たちの提督が人々をまた、心の面で救っていた様子を、微笑んで見守っていた二人の艦娘。当の本人にその名前を呼ばれれば、その表情は瞬時に確りとしたものに変わった。

 

 泊地からの送迎車へと歩き始める彼女たちの背中を見送りながら、柴木二尉はふと思う。

 

「……」

 

(やはり、あの人こそ。いや、新島提督も含め、ここの泊地に在籍している彼女達こそが、人類の希望なんだと……また、再確認出来た)

 

 

 

「……礼!」

「「「──」」」

 

 

 そしてまたこうも思う。

 

 ──彼女たちの背中は、小柄で、華奢のように見えるが、実は私たちより数倍は逞しく、頼もしいものだと。

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、そこの基地の自衛官。そして、今日も人類の海を守る彼女たちは知らない。

 

 

 

 

 ──既にもう、始まってしまっているということを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◯ ◯ ◯

 横須賀鎮守府 工廠

 

 

 

 

「──」

 

 どういうことなんだ。

 

 妖精さんが、拙い文字で書き記した、自身の手帳の一ページの文章。

 

 ──ていとくをやめてください

 

 というこの衝撃的且つ不可解な文章。

 

(なん、で……)

 

 いくら考えても、妖精さんが俺に、なんでこんなことを言って来たのか理解出来なかった。

 ──いや、正しくはこの言葉の真意を、理解したくないという、俺の自己中心的なモノが、理解しようとするのを阻害しているのかもしれない。

 

 しかし、心当たりはある。

 

 確かに俺がここに着任してから、艦娘たちやこの鎮守府にもたらした恩恵は少ない。結局、一人で鎮守府復興の為に奔走して、心のどこかで救っていたと思い込んでいただけだった。艦娘たちに信用されなかったのも、俺に原因があったことを今日やっと理解することが出来た。やっと。やっとだ。

 

 一年という、あれほど長い期間。艦娘たちとぶつかり合っていたのに、今日やっとそのことを理解したのだ。

 どれだけ阿呆なんだ。客観的に見てみれば、部下たちの懐疑的な視線。悲痛の叫びに気付かずに、ただ救済に似たそれっぽいことをやり切って満足してたような鈍感で自意識に自惚れていた奴が、自分の鎮守府で提督をやってると思うと、自分でも今すぐ辞めてほしいと思ってしまう。

 

 妖精さんが見えない体質なんかじゃない。元々、俺の普段からの行動に妖精さんから好かれない理由があったのだとすれば。

 

 納得がいくと同時に、思わず自己嫌悪してしまう。

 

 

「……そ、うか。そういう……こと、だったのか」

 

 嗤えてくる。自分に。

 俺は艦娘たちの理想の提督という仮初の存在になろうとした。助けるためになろうとした──否。自分の勝手な独善で、救おうという気になっていただけだった。誰だって人の仮初の善意を。偽善を押し付けられたら、その人のことを信用しないに決まっているだろう。

 

 そうか。そういうことだったのか。

 

「……っ」

 

 つまり、俺は今まで、ただの自己顕示欲の欲求解消のために、この提督という立場も。

 

 艦娘たちを救済しようという理由も。

 

 当時着任した鎮守府の状況も。

 

 

 

 

 ──全て。自分のために、利用していただけに過ぎなかったのではないだろうか。

 

 

 

 

 

 

 勿論、そんな事は露にも思っていない。しかし、妖精さんがもし、俺の心中に無意識の内に芽生えていた、黒くて醜いエゴの本質を見抜いていたのだとしたら。

 

 

「は、ははっ」

 

 ──そんな独善的で、自己顕示欲の塊な最低な提督は

 

(妖精さんから、辞めてくれと言われても……しょうがないじゃないか)

 

 

 もう。自分のことが分からなくなって来た。

 

 俺は今日。吹雪という艦娘に出会い、少しだが交流を深め、今まで俺がやらかしていたこと。そして、今まで気付けなかったこと。──そして、艦娘との交流はやはり心温まることも。多くのことを学べた。

 

 思えば。これまでの俺の行動に、果たして明確な『自分』というものがあっただろうか。

 艦娘たちと、提督としてではなく、『自分』として接して来てただろうか。

 

 俺という『自分』は──体何者なんだろうか。

 

 着任前の俺と、今の俺は何が違うのか。

 

 人というのは、何事も主観的に捉えてしまうものだ。愚かな者と、賢い者の違いというのは、自分のことを俯瞰的に見て、分析し、次の行動に活かせるかどうかなのだ。

 

 自分の今までの行動は前者の方だった。

 客観的に捉えようとして、結局最終的には自分という小さな世界で物事を決めてしまっていたのだ。だから、艦娘たちが何故あれほど無視してきたのか。暴力を働いてきたのか。それらの行動の本質を見抜くことが出来なかったんだ。

 

 そんな俺だからこそ妖精さんは『ていとくをやめてください』などと──

 

 

 

 

 

 

 

「──!」

 

 いや。違う。もし、妖精さんが違う意図で俺にそう言っていたのだとすれば。

 

「……妖精さん。──俺は、提督を辞めれば良いんだな?」

 

 そんな俺の質問に、妖精さんは相変わらず姿を現さずに、依然として静寂で応えてくる。

 それで充分だ。

 

「…………そうか。いや。ありがとう。妖精さん」

 

(妖精さん。もし君の言った言葉に対して、俺の解釈が正しかったら、その時は褒めてくれ)

 

 今日のところはもう帰ろう。──嬉しい誤算があったものだ。

 

 

 

「──提督。遅れてすみません。首尾はどうですか」

 

 と、そんな時に、電話が終わったのか明石が近くまで歩いて来ていたようだ。

 

「ああ。やっぱり今日も相変わらず……だったな」

「……そうですか」

 

 自嘲気味に返すと、明石は反応に困ったからなのか苦笑する。

 

「いやでも……ああ、これ言っちゃって良いのかな」

「ん? なんだ」

「……実は提督のやる気の維持の為にこういうことは、これまで敢えて言わなかったんですけど、提督がここに来るたびに、妖精さんたちが一際嬉しそうにしてるんですよね」

「……え?」

 

 妖精さんが、俺が来ると嬉しそうに、だと。

 今日一番に驚いたかもしれない。

 

「はい。それはもう私の肩の上とか膝の上とか、酷い時は頭の上でぴょんぴょん跳ねるもんですからくすぐったいやらなんやらで……提督と話してるとき、悟らせないようにする為に実はずっと我慢してたんですよ」

「そ、そうなのか」

 

 何だか。俺が知らない間に明石には苦労をかけていたようだ。後で間宮券でもあげた方が良いかもしれない。

 

「はい。でも何故か……散々私の肩の上とかで喜ぶ癖に提督の方には一切誰も向かわないんですよ。不思議ですけどね」

「……」

 

 避けられているのか。それとも何か、俺に姿を見せられない且つ、話せない理由があるのかもしれない。ただ、今凄く安心している。嫌われていたとしたら本当に辞めざるを得なかっただろう。先程書き記された、妖精さんの言葉に新しく思いついた解釈を元に、これから行動しようと決心したことが無駄になるところだったが、これなら大丈夫そうだ。

 

 ──俺はこれから提督を辞めるのだ。妖精さんに言われた通りにな。

 

「その、何故俺の元に来れないのかは聞いたのか」

 

 気になる。やはり俺には、何か。例えば、そう。妖精さんが近付けられない体質だったりするのだとしたら、提督として死活問題になりかねない。

 

「あっ……そういえば聞いてなかったですね。——ねぇ、あなたたちなんでなの?」

 

 そう聞くと、明石はハッとして、肩の上の方を見て問い掛けた。そこに妖精さんが居るのだろうか。俺からしたら明石が虚空に向かって話しかけてるようにしか見えないが。

 

「……ふむふむ。え、どういうこと? ……むっ。肝心なところを教えてくれないんですか? ……はぁ分かりましたよ。もうこれ以上聞きませんから──どうやらですね」

「ああ」

 

「──誰かに強く言いつけられているらしいです。提督には必要以上に近付かないこと……という風に」

「……それは誰なんだ?」

「それが、頑なに教えてくれないんですよ。『これはおしえられません』って」

「そうか」

 

 なるほど。少なくとも、妖精さんが俺にあまり交流を持とうとしないのは、俺の方にだけではなく、妖精さん側にも一因があるわけだな。

 内心、体質の問題ではなくてホッとする。

 

「いや、ありがとう明石。……今までも、結構な迷惑もかけてたらしいしな」

「あ、ああ! いえ、別に大丈夫ですから。これは私が勝手にやってたことなんですから。提督は気にしないで下さい」

「でも礼は言わせてもらう。今まで、懲りずに俺に付き合ってくれてありがとう。正直、明石が居てくれたから、ここまで諦めずに妖精さんと向き合うことが出来たんだ。この礼は、いつか必ず」

 

 俺が頭を下げながらそう言うと「……ふふ。もうっ。今の時代、艦娘に頭を下げる提督はそう居ませんよ?」と、笑顔で応えてくれた。

 

「……そ、そうか」

「そうです!」

 

「──ふ」

 

 俺もそんな明石の笑顔を見て、自然と笑顔になる。

 

「……っ!」

 

 すると、明石が突然、俺の顔から目を背ける。

 一瞬そんなに俺の笑ってしまった顔が気持ち悪かったのかと思ったが、明石がそんな失礼なことを思ってあからさまに目を背けるわけがない。憶測だか、多分気恥ずかしくなったのだろうか。たしかに距離は近かったし、だとしたとしても、こちらの方も何だか気恥ずかしくなってくる。

 

「あ、ああ。い、いや。まあ、その……なんだ」

 

 恥ずかしい。こんなにむず痒くなるのは久しぶりだ。

 

「──あ、あの……提督?」

「……?」

 

 おどおどとしていると、依然として俺から目線を背けている明石から何か聞きたいことがあるようだった。

 

「えっと、礼をしてくれるという話でしたよね?」

「あ、ああ。礼は必ずするぞ」

 

 是非もないだろう。これだけ俺に付き合ってくれている人に礼をしないなんて考えられない。

 

「その話ですが……実は最近食堂の方に行けてないんですよ」

「そうなのか? ちゃんと飯は食べれているのか?」

「あ、はい。妖精さんに持ってきて貰ってます。ですが……久しぶりに間宮さんのアイスを食べたいと思ってまして」

「そういうことなら、ここに丁度二枚の間宮券があるが……二枚ともあげれば良いのか?」

 

 実はこの二枚の間宮券は、この後、食堂で口喧嘩していた大和と翔鶴を仲直りのきっかけになれば良いなと思って持ち合わせていたのだが、明石がそういうのならまだ在庫があるし、あげてもいいと思っている。

 

 が、しかし明石は「い、いえ! そういうことではなくて」と、差し出した間宮券の二枚の内一枚だけ抜き取って、若干頬を染めながら、次にはこう言ってきた。

 

「もし迷惑でなければ、二人で間宮さんのアイス、食べに行きませんか?」

「……」

 

 普段の俺ならば断っていただろう。何故なら、あの時講堂で放った、『これからは最低限のコミュニケーションで行こう』という言葉に、その行動は反しているからだ。あとただ単純に、艦娘と関係を深めることに怖がっている節があるのかもしれない。仲良くなって、その先にまた裏切りがあった時、俺はまた立ち直れるか分からないからだ。だから、これまで交流を不必要にしなかった。

 

 

 

 

 しかし、俺はそこで妖精さんのあの拙い文字を思い出す。

 

 

 ──ていとくをやめてください

 

 

 

 そうだ。俺は今日を持って提督を辞める。

 

 これからは、『自分』として艦娘たちと接していこう。

 散々、失った。散々、後悔した。散々、泣いて——散々、悲しんだ。

 

 そんなもの、もう散々である。

 失うものは何もない。

 もしまた何かあった時は、後悔をして、学んで、また歩きだせばいい。

 

 

 

「……やっぱり、ダメでしたよね。すみません出過ぎたことを──」

「明石」

 

 寂しげに言葉を最後まで吐き出そうとしたが、止めるように途中でその名を呼ぶ。

 

「え?」

 

 明石と俺しか居ない工廠内に、呆然とした声が響き、少しの静寂の後、口火を切った。

 

「……今日だけではなくて、これからも一緒に行ってくれるか?」

「……!」

 

 着任当初から、明石とは一度もこういう会話をしたことなかった。

 

 しかし今日。俺はまた一歩踏み出してみようと思う。

 

 

「……はいっ」

 

 

 ──明石はまるで満開した花のように笑顔を咲かせた。それは彼女と出会ってから、一番綺麗に思えた一瞬でもあった。

今後、登場するとしたらどの艦娘が良い?(参考程度)

  • 球磨
  • 空母ヲ級
  • ビスマルク(Bismarck)
  • 瑞鳳

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