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•少し内容を改稿しました。2020/6/19
——工廠にて、明石と一緒に、明日の暇な時間帯に間宮のアイスを食べに行く約束をしてから、執務室に戻る。
やはり今日は、
食堂では吹雪と、それまですれ違った時の挨拶程度の関係でしかなかった夕立と話し、関係が良い方向へ進展させることが出来た。
そして工廠に行けば、それまで何ヶ月もの時間をかけても、何も進まなかった妖精さんとの関係も、話せてはいないものの、筆談という形で初めてコミュニケーションを取ることが出来た。
『なんとかして、妖精さんとの関係を持ちたい』という俺の我儘に、着任当時からずっと今まで、あの大和とも関係が険悪だった頃。鎮守府内でたった一人だけ、俺に偏見も、哀れみも、何一つ抱いてる態度も見せず、親身に付き合ってくれていた艦娘の明石。しかし、一緒に居た時間の割には俺との関係は微妙なもので、会話もあくまで事務的な内容で済ませていたが、今日は意外にもたまたま持っていた間宮券がきっかけで、なんと明日。一緒に間宮のアイスを食べる約束までしてしまった。
——俺の中でそれまで停滞していた
「……」
なんだか、不思議な気持ちだ。
今こうして鎮守府の廊下を歩いているが、これほどまでにリラックスしていることが、すごく不思議に思えてしまう。
当時の鎮守府内に蔓延していた、あの互いを僻みあっていた険悪な空気。
正直になれなくて、目の前にすると互いに違う行動を取ってしまい、どんどんと気まずくなっていく関係。
永遠の曇天模様の空のように、重く、何処かどんよりとした雰囲気。
様々なものが、俺の心身を蝕んでいった。
(……晴れてる)
ふと外を見てみれば、今にも泣きそうで曇天だったあの空もすっかり快晴だった。心なしか、今日は気分が良い。体も心も軽く、踏み出す足もちゃんと地にしっかりと踏めているような気がする。当時みたく、地に足が付いてない、フワフワとした気持ち悪い感覚は一切ない、
それに、あの頃は余裕が無かったのか、周りの声や音にまで鈍感になっていた。いや、鈍感になっていたのではなく、意図的に聴覚をボイコットしていたのかもしれない。どこからでも、いつ俺へ艦娘たちから陰口を吐かれているか分からない環境で、一々それを聞き傷付くのも疲れていた。しかし今、心に幾分か余裕が出来たのか、聴き心地が良い小鳥の囀る声が、窓の向こう側から聞こえてくるのを感じ取ることが出来ている。なんだかそれだけでも嬉しくて、つい口許が緩む。
(……しまった)
ただ、独りでに俺が廊下を歩きながら笑っているところを見られると、恥ずかしいし、気持ち悪がられるかもしれないので、直ぐ様表情を戻した。
——思えば、ただひたすらに。一年もの間、俺と艦娘たちは色んな所で
どちらにも非があった。しかし、俺が思うにこちら側の方が罪が重いのかもしれない。提督という立場でありながら、先に艦娘たちのメンタルケアではなく、先ず鎮守府の復興を目指したことが主因なのではなかったのかと。お蔭で現在、施設自体は万全とは言えずとも、運営が滞りなく進行できるほどに回復している。しかし、それだけに注力していた結果、艦娘への人事を怠ってしまったことで、ここまでの状況に至ったのだ。
……きっと、艦娘たちは、俺に本心でぶつかってきて欲しいと思っていたのだろう。だが俺はその心を無碍にし、自己の勝手な主観で艦娘たちの理想の提督像を思い描き、それを演じ切って接してしまった。結果、誰もそんな胡散臭い司令官のことを——俺のことを信用せず、弾劾されてしまうまでに至った。
実際、彼女たちも最初の一ヶ月は態度は依然として悪かったが、それでも暴力はしてはこず、陰口さえ吐いてきてさえいなかった。恐らく、着任して一ヶ月間は俺のことを見定めていたのだろう。自分たちを率いることになった次期提督が、前任よりもどれほどの『器』を持っていて、どれほどの誠意を持って、自分たちと接してくれるのかを。しかし、着任して一ヶ月間の俺への評価は『期待外れで信用出来ない。且つ、得体の知れない大本営の犬』となってしまった。だからあれほどの弾劾が行われた。二度と前任のようなことを横行させないよう、俺がいち早く辞めるようにと。たとえ提督相手だとしても、危害を加えてでも、妹たちを、姉たちを、仲間たちをみんなで守ろうとした。またあの前任の時のような、独裁者に支配されない為に。
「……」
なんとも言えない気持ちになる。
こうして考えてみればみるほど、自分が犯してきた失敗を嫌というほど発見してしまう。また、何故今になって、これほど冷静に自分を分析出来るようになっているんだと苛立ちを覚えてしまう。
当時からこれくらい冷静に思考して行動すれば、こんなことにはならなかったのに。
「──っ! あ、あの!」
「……ん?」
と、そんな時。黙考しながら歩いていると、不意に声がかけられた。声がした方を見れば、そこには──前から歩いてきたのか、川内がこちらに敬礼していた。今日は確か午前中から昼にかけて遠征してて、この後はもうずっと非番だった筈だ。多分、これから軽巡寮に向かうところなのだろう。
「あ、あの、……こ、こんにちはッ!」
「え。あ、えっと。ああ。こ、こんにちは……」
少し覚束なく、それでいて妙に気迫に溢れていたが、それでも挨拶をしてくれたので、こちらも随分はっきりとしない挨拶を咄嗟に返す。
「あ、ははは……」
「……」
そこで今の気まずい空気をどうにか変えたいと、明るく努める川内に、何の話題もなく、特に何もいうことがない俺。またそれが更に気まずい思いを加速させる。
「……」
「……」
そしてついには、二人とも黙ってしまった。それに、目を合わせるのも気恥ずかしくなり、互いに目を逸らしてしまう始末。例えいくら初心なカップルでも、まだ会話は続くと思うし、まだ顔を合わせているだろう。それに、これからは妖精さんに認めてもらうために、ある意味で今まで被っていたものを破り捨て、『提督を辞める』ことを実践していかなければならない。深呼吸しろ。自分の、ありのままで接するんだ。提督という仮面も被らずに、嘘偽りのない、西野 真之という一人の男として。それに、川内は当時、俺のことを無視していただけで、別にそれほど気まずい関係ではない。気まずいことには変わりないが、それでも暴力や嫌がらせをやられた艦娘と話すよりかは全然ハードルが低い。実質初対面で話すが、上手く話せるだろうか不安なのだが。
「え、と。川内」
「あっ、は、はい!」
どうにかして会話を成立させなければ。と、この気まずい雰囲気をずっととは流石に耐えられなくなった俺は、何も話題を考えずに話を進める。
「その……」
「……」
「……あー」
「……!」
「——そ、その。最近は……どうだ?」
うん。駄目だ。もう何も思いつかない。聞かれた相手にとって一番返答に困るであろう質問をしてしまった。なんだよ最近はどうだって。
しかも、こうして二人で話す分では初対面なのに、自己紹介というか、社交辞令も無し。
突拍子もなく聞かれた川内は、案の定困った表情で「え……さ、最近ですかっ?」と聞き返してくる。これはもう押し切るしかない。心を落ち着かせる。
「……そうだ。その……俺が復帰してからもう半月だ。なにか、困ったこととかはあるか? 後は、何か要望があれば聞いておきたいんだけど」
「——!」
その時、彼女が何に驚いたのかは知らないが、明らかにその目を瞠目させた。しかし、「あ、その。す、すみません! 今考えますねっ」と、瞬時に表情を真剣なものへと変えて、少しの間考えてくれた。そして何か見つかったのか、それまで逸らしていた目をこちらに向けてくる。
「えっと……その、特に困ったこととかは今のところありません」
「そうか。それで、要望とかはあるか?」
「要望、ですか。そうですね——」
うーん。と、唸りながらまた一生懸命に考えてくれる。川内は本当に根が優しいのだろう。みんなからの人望も厚いと大和経由での噂で耳にしているが、こうして一言、二言話すだけで何故皆から慕われているのかが分かってしまう。
(……勿体ないな)
だからこそ、こんな素晴らしい部下と一年もの間、いざこざで余り接せられなかったことが悔やまれる。今更後悔しても遅いが。
少し心を沈ませていると、川内が「あ!」と、何か思い付いたようだった。
「その、要望のことなんですけど」
「あ、ああ……」
「出来れば演習場を利用できるようにして欲しいのですが……」
「演習場、か」
そういえば、ここからそう遠くないところにその施設はあった。本来は艦娘同士で実戦形式の演習をするために利用される施設だったのだが、しかし、前任が来て以来、そこは殆ど使われなくなってしまったようで、随分と廃れていた。当時、鎮守府の復興は着々と進ませていたが、一人だけで廃れている広い演習場を利用できるまでに回復させるのには、流石に無理があったため断念していたのだ。
「はい。演習場があれば、私たちの後輩も育成出来、後輩に教えることによって、私たち自身も多くの経験を積めると思うんです。それに提督も知っていると思いますが、年々敵が強くなっていっている気がするんです……」
「ああ。トラック泊地の新島提督から、良く作戦の立案に意見を求められていた次いでに、そのような報告は受けていた。なんでも、『鬼』と『姫』という知能を持った深海棲艦が現れてきているらしい」
「……! やっぱり」
「やっぱり、っていうのは」
「その、最近の深海棲艦。なんだか変なんですよ。妙に統率が取れているというか……以前より明らかに戦い辛くなってるんです」
「……なるほど」
川内のこの情報。すごく助かる。深海棲艦のことについては、日々戦い合ってる艦娘たちの方が俺ら人間より知っている。統率されているように見えた。戦い辛くなっている。この情報だけで、今の俺にとって値千金のものだ。
その時にはすっかり、今までの気まずさと気恥ずかしさからくるパッとしなかった雰囲気は消えて、二人の間には重い空気が流れていた。
「……取り敢えず、川内の要望の件はわかった。尚更、演習場を利用できるようにしないとな。このままだと、まだ経験の浅い艦娘たちが初陣で大破、轟沈してしまう可能性が高い。幸い、ここにはトラック泊地に次ぐ練度を誇る艦娘が多く在籍している。育成面においては問題ないと思う。近日中に演習場を利用できるように急ごう。対策も講じておく」
「っ! はい! ありがとうございます!」
川内にも普段からの戦いの中での一抹の不安があったのだろう。まだ経験の浅い艦娘たちが果たして初陣で無事に帰ってこられるかという不安が。今はまだ大丈夫だが、もし数が足りていない状況で、普段から鎮守府で待機している艦娘たちがもしいきなり、演習場が使えてないまま。そして、充分の経験を積ませてないまま、戦場に放り出されてしまったら……その結末は簡単に予想出来る。その為にも、先ずは演習場を復興させる。当面の目標ができたな。それに、川内にも礼を言わないといけない。
「川内。その、ありがとう」
「……えっ?」
俺からの礼が意外だったのか、当の本人は驚いた様子だ。
「川内の意見と情報がなかったら、俺はこれからもこの問題を先送りにしていたと思う」
「……っ! そ、そんな。私はただ」
「それでも、礼を言わせてくれ。川内がもしこの場で意見を言ってくれなければ、これからもこの重大な問題を楽観視していた可能性があったんだ。だけど、川内の鬼気迫る意見で、俺の『演習場はまだ先送りで良いだろう』というそのバカみたいな価値観も捨てることが出来た。だから川内。本当にありがとう」
「——」
「……それに、ほぼ初対面で、自己紹介も社交辞令とかも無しに、いきなり変な質問とかしても、答えてくれようと努力してくれただろ? その、艦娘とは余り接して来なかったから、接し方が良く分からなかったんだ。だから変、じゃないかと不安で……」
目の前で礼をしたり、一人で勝手に自信を無くして騒がしく捲し立ててくる俺の顔を、それまでボーッと見つめて来ていた川内の顔が——破顔する。
「ぷっ、ふふ!」
「え?」
「——……ふふふ!」
「あ、あの? 川内?」
いきなり笑われたことに戸惑っていると、川内が涙を滲ませながら「いっ、いえっ。あ、ああ! 違うんです……こ、これはですねっ」と、フォローする様に言って、少し深呼吸をして心を落ち着かせた後、次には微笑みながらこう言ってきた。
「あの。すみません急に笑っちゃって。でも、その。……今までの自分が、馬鹿みたいに思えて来ちゃって」
「……?」
「ああ! いえ。実は私、今話してみるまで……提督のことを怖がってたんです」
「……怖かった?」
「……はい」
「そう、だったのか」
確かに、俺のことを嫌いになっていた奴もいれば、怖がっていた奴もいたと思う。川内は意外にも、俺のことを嫌いになっていたのではなくて、怖がっていたのか。当時は遠巻きに見ていて、神通、那珂とは違い、素直で元気な性格だったことは分かってはいたのだが、だからこそ素直なことが災いして、俺への悪評を周りの人から聞き、それを信じ切り、嫌いになっていると思っていたのだが、どうやら違かったらしい。
「でも今提督と話してみると、想像していた提督像とはかけ離れていて。意外と、表情に出る人だなぁとか。あとは話していて分かったのですが、なんというか提督は……不器用でお人好しな人ですよね」
「……不器用で、お人好し」
褒められているのか、褒められていないのかよく分からない微妙なラインを突いてきたな。
「だって会話が途切れてしまった時、なんとかして会話を続けさせようと頑張ってくれてましたから」
バレていた。
「それで『最近どう?』って不器用に聞かれるもんですから……そこからですかねっ。無意識の内に提督への恐怖心が和らいでいて、素で反応してしまった時もありましたから」
「あ、ああ。そうなのか」
「はいっ……でもこれで、なんだかスッキリしました。今まで提督とは気まずい関係のままでしたから」
「そうか。それは……良かった。でも実は俺もなんだけど……」
「はい?」
「……今日は川内と話せて嬉しかった」
「ふふ。それは良かったです」
「ああ」
そこで示し合わせたように、二人で柔らかい笑顔を向けあった。ちゃんと自然に笑えているだろうか。すこし不安に思う要素はあれど、俺はこの状況に感動さえ覚えていた。正直、気を抜いてしまうと涙を流してしまうほどに、今この艦娘と笑い合えてる瞬間を——とても嬉しく思えているのだ。一年前だったら有り得ない状況だった。しかし今、現実になっている。これを嬉しいと言えず、何と言えば良いのか。
「……あと、提督」
「ん? どうした」
「……これまで、提督のことを無視してきてしまって……っ、本当にすみませんでした!」
「……」
「周りの意見に流されて、ただ皆の仲間外れになりたくないって……ただそれだけが理由で、あなたのことをとても沢山傷付けてしまいました。しかも私だけでなく、皆からも無視されてて、いつも哀しげに、引き攣った笑顔を見せる提督を見かける度、この奥が。胸が……痛くて、痛くて」
「……そうか」
なるほど。彼女もまた、罪悪感という苦しさと葛藤してきたようだ。元々の根底にあった彼女の心優しさが、人一倍俺への罪悪感や自身のはっきりとしないところが、彼女自身を傷付けていたのだろう。
「私っ……そのどうしたら、良いんでしょうか。どう詫びれば——」
「——もう良いよ。詫びたじゃないか。今さっき。だから、もう良い」
だから、もう良いんだ。
だけども、それじゃあ意味がない。
「え? で、でもっ」
「でも許した訳じゃない」
「っ……」
そこで明らかに表情を沈ませる川内。そう、許した訳じゃない。これは簡単に許してはいけないものだ。ここでもし許してしまえば、互いにとってメリットがない。ただ有耶無耶で終わり、納得の行かないままで終わってしまう。だから——
「だけど、許していこうとも思う」
「——!」
そう。猶予を与えるのだ。
「だから川内も、今まで提督としての責務を全う出来ていなかった俺のことを許してくれなくても良い。本当に、本当に申し訳なかった。ただ、許そうする努力はしてくれないだろうか」
「……?」
そして自分から、自分がギリギリ達成できそうな目標を禊として打ち立てる。
「俺はこれから、この鎮守府を艦娘たちが生きて帰ってきたいと思える、そんなところにしたいと思っている。施設面だけでなく、精神的にも支柱となれるような、そんな鎮守府を。だからこれからはその目標へ向かって、精一杯気張るつもりだ。その目標を達成出来てからでいい。その時には俺のことを初めて、許してはくれないだろうか」
「提督……」
これによって、自身の向上というメリットにもなるし、俺が鎮守府を良い方へ変えることによって、川内側にもメリットがあるはずだ。こういう話で、どちらか一方が許すだけでは、互いの心にしこりを残すことになる。だからこそ、こうして良い落とし所を見つけることで、互いを許し合えることが出来るのだ。
さて、返答はどうだろうか。
静寂が廊下を包み込む。川内のそれに対しての返答まで、たったの10秒程度。しかし、俺からしたら1分にも思えてしまう。それほどまでに緊張していた。
「……わかりました! では提督も約束です!」
「っ! ああ!」
「私はまだ中堅で燻っていますが、最終的にはこの鎮守府内で最強の軽巡になる目標があります! もしその目標が達成された暁には……これまでの非礼を許してくれませんか!」
「……勿論だ。約束しよう」
「はい!」
これによって、互いが納得する形で、罪を清算できるだろう。
「じゃあ川内。これからもよろしく」
「はい! 提督こそ皆との関係修復、頑張ってください!」
「……ありがとう」
こうして川内との出会いを経て、その他にも道中様々な艦娘たちとすれ違った。流石に川内のようとまでは行かないが、一人一人不器用なりに頑張って一言二言交わしてから、別れていった。まだ依然として気まずい関係にあるが、中にはたどたどしくも、全員が確りと敬礼をしてくれた。食堂での一連の会話を見ていてくれたようだ。そこで以前よりかは親しみやすくなったのだろう。
やはり一ヶ月前までの一年もの間、居ない者として扱われていたので、一部の艦娘を除いて、誰も挨拶なんてしてはくれなかったので、未だ少々慣れない。最近やっと、艦娘からの『敬意』に慣れ始めたところだ。
そういえば、そろそろ遠征から名取たちが帰ってくる頃だな。
物資は潤沢にあるが、ここは出撃よりかは遠征任務につく艦娘が多い。それはなぜかといえば、物資が潤沢なのは横須賀鎮守府に限っての話であるからだ。他の鎮守府——例えば稼働範囲が広い呉鎮守府やトラック泊地は、戦闘が多いため常に物資が不足している。なので実際には、全体的に物資に余裕があるわけではないのが現状である。その状況を解決するため、横須賀鎮守府は大本営の次に権限を持つ鎮守府なので、ある程度の無理は効く。それを利用して、俺が着任して初めに実践したのが、『物資支援体制』である。場所的に横須賀鎮守府は前線から遠い理由で、戦闘はそれほど多くはない。その為、必然的に物資には余裕が出来る。それを使わずに腐らせるのは勿体ないと、日々戦ってくれている全国の鎮守府へ物資を提供し、物資面で全体的にバランスよくサポートする体制を権限で作り上げた。
他にも、権限で作り上げたものといえば、『トレード制度』というのもあった。大本営からはなぜか反対されたが、当時の他鎮守府の提督たちの多くが賛同してくれたお蔭で作れた制度だ。簡単に説明すると、横須賀鎮守府の経験豊富な艦娘と他の鎮守府の経験が浅い艦娘をトレードし、それによって他鎮守府にとっては経験豊富な艦娘という即戦力が確保できるメリットがあり、一方横須賀鎮守府は前線より後方に位置しているので、強敵との戦闘機会が少なく、雑魚との会敵が多い傾向にあり、そこで経験の浅い艦娘をじっくりと熟練艦の指導を元に育成できるというメリットがあった。互いにwin-winな関係性を、トレードし合った鎮守府同士で結べるので、鎮守府間の良好な関係を繋げる役目も果たせる。概ね、全国の提督から好評の制度だ。
そう。俺はこれまで、横須賀鎮守府の提督として失敗続きだったのだが、全てが失敗に終わったというわけではない。上記の二つの制度を作り上げたし、最初は全国の鎮守府に監査を入れ、どの鎮守府が健在で、どの鎮守府が厳しい状況にあるかを調べ上げ、なぜ厳しい状況にあるのかも把握し、それぞれの解決に、他の提督と話し合い、努めたこともあった。当時の俺は、確かに鎮守府内では信用を得られなかった。胡散臭さ満載の笑顔を振りまき、例え無視されても、暴言を吐かれても、陰口を叩かれても、暴力をされたって何も言わなかったという、上官もクソもへったくれもない、まさにただの提督擬きだった。接し方が分からなかったのもあるが、やはり一番は、心のどこかで、俺の醜いエゴからなる艦娘への勝手な同情や哀れみを押し付けてしまっていたのは確かだ。それは最近気づけたことだが、幾ら外面では『救いたい』と取り繕っていても、心の奥底ではいつも下に見てしまっていた。同等の関係性を持とうともせず、『救ってやろう』と無意識な傲慢で思ってしまっていたのだ。そんなことを思っている俺を、当時の艦娘たちは見抜けないはずがないだろう。だから拒絶し、弾劾したんだ。なんだろう。ここ数日で、自分の心が分かってきてる気がする。
その話は置いといてだ。一方で鎮守府外の俺への評価は一定以上あるのは確かなのだ。当時の鎮守府間の状況を良くしたいという俺の誠意が行動で示されたこともあってか、全国のほとんどの鎮守府では俺のことを信用してくれている。なんでも、横須賀鎮守府の前任より横須賀鎮守府の提督らしいと好評らしい。全国中の基地に配属されているだろう士官学校時代の同僚や先輩たちからたまに電話をする度に、よくそのような話は聞いていた。聞いた時は本当かと信用出来なかったが、今にして思えば、心に余裕が出来た結果でもあると思うが、信用してみようとは思えるような嬉しい話である。
だが、今提督らしいことは一つも出来ていない。
運営らしい運営も、演習も、作戦指揮でさえまだ出来ていない。このままもし、大海戦が起こってしまえば、指揮系統に綻びが生じて、多くの犠牲を出すことになってしまう。
今日は大和以外の艦娘と交流することができ、妖精さんとは筆談だが対話できた。あとは、『提督』としての使命を全うするだけなのだが。
俺はそんなことを思いながら、執務室に到着し、扉を開くと
「……大井、北上」
「……」
「……」
そこには大井と北上が待っていた。
◆ ◆ ◆
——提督が工廠で、明石との用事を終え、執務室に戻ろうとしてる時、食堂では大井、北上が、端の席に座り、何やら真剣な顔で話し合っていた様子だった。
「あら?」
現在の時刻は1300。昼食を食べにくる艦娘たちがピークの時間帯はとっくに過ぎており、殆どの者は寮へ待機しに戻ったり、遠征や警戒任務に出向く為にドックへ向かったりと、今は比較的人が疎らになっている状況だ。
そんな中、食堂を取り仕切っている艦娘——間宮は厨房から姿を現し、片付けをしている途中で、窓際の端っこで話すそんな二人の艦娘のことが目に入ったのだ。
(何を話しているのかしら?)
その時彼女は不思議に思ったと同時に、気になってしまった。しかし、片付けもしないといけないので、片手間ではあるが、耳を少し傾けながら手を動かすことした。
「——そろそろ、決心は着いた? 大井っち」
「……は、はい」
決心? とはなんだろうか。そんな疑問を、今の会話から感じた。
「じゃあそろそろ執務室に行こっかー」
「き、北上さん」
「んー?」
「……北上さんは、その。行くのが怖くないのですか?」
「……」
「あ、いえ、すみません。でも——」
「——怖いよ。そりゃ」
「!」
「そんなの……怖いに、決まってるじゃん?」
そこで北上は、にへらとしたいつもの笑顔を大井に見せる。だがそれは、何処か引き攣ったような、無理してるような、笑顔と呼べるかさえ微妙な表情だった。大井はそんな彼女の反応から、色々なことを察することができた。
一見して、今執務室に行こうと促す北上の方が、大井より行動力があり、どんなに提督との関係が気まずくても、執務室というアウェイな場所に行こうとする勇気があると思うだろう。しかし、それは少し違ったのだ。
——北上も、大井と同じくらいに不安なのだ。普段から飄々としてて、何を考えてるか読めない。しかし己の芯が確りとしており、有事の際には最適な判断を下すことのできる冷静さもあり、性格の方もふざけてるように見えるが根は優しく、艦隊の多くの艦娘たちからも頼りにされている。そんな彼女のことを、大井は尊敬していた。勝手に憧憬とさえ思っていた。自分にはないものを持っている。戦いにおいても、その他のことにおいても、全てのことで周囲の人から人望を集める北上を。
だが、大井はつい先ほどの会話から、自分と同じように不安であることも察することが出来、また普段から憧れていて、その背中を追いかけていた北上も、自分と同じ立場の艦娘であることを再認識出来た。
「私ね……提督に、物凄く酷いことを、したんだ。大井っちはまだ、提督のことをガン無視してただけだったけど、私はその先のことをしてしまった。あの時の私は『人間』という存在そのものが嫌いで。特にその中でも、軍人という人種に物凄く憎しみを抱いてたの」
「……!」
知らなかった。いや、知り得なかったの方が正しいのか。北上さんはこのことをひた隠していた。多分私を、皆を不安にさせないように。
「……最初は堪えてたの。でもね……いつしか、あの軍服を着た人間を見ただけで、とても嫌悪感を感じるようになった。特に近くを通りかかったり、すれ違ったりした時は、それはもう吐きそうになったりとか、酷い頭痛に見舞われたとかしてさ……」
「……」
そう言って、途中で北上さんはそんな重く捉えないで欲しいと私のことを気にかけたのか、
(そういえば──)
そういえば。当時、北上さんと出会う時、度々なのだが、体調が如何にも優れているように見えない時があった。昨日までは気さくに、飄々として元気そうに駆逐の子たちと鬱陶しがりながらも、いつも通りに話していたのに、次の日に出会った時、まるで別人のように顔色が真っ青になってた時があったのだ。もしかしたら、提督とすれ違った日に限り、そういう症状が出ていたのかもしれない。あの時もきっとそうだったのだろう。
「……もうそんなことにも嫌になってきて、こんな不甲斐ない自分に腹が立っても来てた、ある日。私はその日、気晴らしに遠征でもしようとドックのほうに移動してたんだけど、前から提督が歩いてきたの。でもやっぱりその時は吐き気を催したりとかして、とてもキツかったんだけど、いつも通り愛想笑いをしながら通り過ぎようとした。でも、酷い顔色の私を見て、提督が『……お、おい。大丈夫か』と、心配してくれて。だけど、突然肩に手を置いてきたもんだから…………気付いたらさ。咄嗟に提督のことを……ッ、殴り飛ばしちゃってたの」
「──!」
「その時は……訳がわからなかった。朦朧としてる中で、目の前には、私に思い切り殴り飛ばされて、その拍子に壁にぶつかって、全身を強打してしまって。痛みで
……彼女も彼女なりに、これまでも、自分がしてきたように時には迷い、時には葛藤し、時には苦しみながらも、向き合ってきたのだ。見るからにとても辛そうに話している北上さん。
私は依然として、北上さんの過去の話へ瞠目して、黙っている中、北上さんは話し続けた。
「その後、私は提督から脇目も振らずに逃げちゃった……大井っちもその時のこと覚えてるでしょ? 私がアホみたいに息を切らして、血相を変えて部屋に入ってきた時あったじゃん?」
「あ……」
確かに、あの時のことは覚えている。その日は私と北上さんは珍しく別行動をしてて、部屋でゆっくりとしていた。14時を回った頃、突然廊下の方から騒がしい足音が聞こえてきた。その時、突然扉を開いて、慌ただしく入ってきたのは北上さんだった。「き、北上さん。ど、どうしたんですか!?」と、顔色がすごく悪く、様子も変だった北上さんに、私はその場で咄嗟に聞いたが、北上さんは自身のベッドに震えて蹲ったまま、結局翌朝まで喋ってくれなかった。私もあの時は辛かったし、何より北上さんがとても辛くしていたのだから、覚えていない訳がない。
「……あの時の私は、多分あの場から早く逃げたかったの。当時は嫌い、というよりは怖かったに近かったけど、殴ってしまった後の罪悪感とか、何も関係の無い提督への色々な思いとかもごちゃ混ぜになって……飛び散ってたあの血痕を見て、益々怖さに震えたよ。——でも、その時一番思ったのはね」
そこで北上さんは感慨深げに、それまで俯いていた顔を、こちらに向けてきた。その目は何処か憂いがあり、今にも泣き出しそうに揺れている。
「あの時、一瞬だけでも私が私で無くなってたことが一番怖くて。本当に、怖くて。怖くて……怖くて、仕方なかった」
「……」
「だからまた提督と出会ったら、また手を出してしまわないか。また
「……そう、なんですね」
思わず心配げな顔をしてしまう私に、北上さんは微笑む。
「ごめんね大井っち。今話すべきかは迷ったんだけど、でも、不安がってる大井っち見てたら、なんだか話したくなっちゃって」
多分、今その話をしたのは、私よりも北上さんの方が提督と会うのがすごく気まずいことを知らせたかったのだろう。私は提督とは、一切合切不干渉という対応を取っていた。そう考えれば、失礼ながら、北上さんの方が提督へしでかしたことの業が深いと思いざるを得ない。私よりも、北上さんの方が今、執務室に行くことへのある種の恐怖を感じているのだ。
そんな北上さんに、私は努めて、明るく応えた。
「……いえ。今、私は嬉しいんです」
「え? どうして?」
「北上さんが、私に。そのような言いづらいことを。勇気を持って話してくれたからです」
「……大井っち」
「話の軽さ、重さなんて関係ありません。もし、また……一人で困っているのであれば、これからはどんな話でも、いつでも私に溢して下さい。話し相手くらいにはなれますから」
そんな言葉に、北上さんも優しく微笑んでくれた。
「……もうっ、大井っちは。普段は人間関係のことについては凄く不器用なのに、こういうときは無駄に器用なんだからなぁ」
「ふふ。北上さんのことは長年一緒にいる訳ですから、殆どのことがお見通しですよ」
「あはは——」
「ふふ——」
私と北上さん。今までも、そしてこれからも。どんな困難が降りかかろうと、私は北上さんと一緒に、何度でも乗り越えていくことでしょう。穏やかな海も、荒々しい海も。何処へ行こうとも、一緒ですよ北上さん。それに、今行こうとしてる所だって。
「では、行きましょう北上さん」
「……うんっ。行こっか、大井っち」
提督が待っている執務室へ。謝罪を兼ねて、直接会って話し合ってみたい。一体どのような目的があって、どのような信念を持ち、そしてどのように今後、この鎮守府を導いていくか。私自らのこの目で確かめてみたい。提督としての器がどの程度あるのかを。
「……ふふ」
——そんな大井の思惑など露知らず、二人の最終的には微笑ましく締めくくった会話に耳を立てて聞いていた間宮も、思わず静かに、微笑んでいた。
今後、登場するとしたらどの艦娘が良い?(参考程度)
-
球磨
-
空母ヲ級
-
ビスマルク(Bismarck)
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瑞鳳
-
俺