仮初提督のやり直し   作:水源+α

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またまた長らくお待たせしてしまい、申し訳ありません。学校も始まり、次回もいつになるかはわかりませんが来月中には出したいと思っております。また、メッセージや近況報告の方に、意見やリクエストをどしどし募集しております。もし良ければ、誤字報告の方もしてくださると助かります。感想や、評価もお待ちしております。

                   水源+αより


第十四話 取引と決意

 ──横須賀鎮守府 執務室

 

 

 

 

「……大井、北上」

 

 何故、二人がここに居るんだ。

 

 工廠から執務室に戻って、その扉を開けてみれば、そこには軽巡である北上と大井が居た。この二人とはあまり関わりがない反面、正直、何故ここに居るのかが予想できなかった。

 それに少し緩和したとは言え、まだ多くの艦娘たちの近くに行くと鼓動が早くなり、動悸も乱れてしまう。

 

 しかし、そんなことも落ち落ち言ってられない。それでは、折角話に来てくれた二人に失礼だ。深呼吸して落ち着いて行こう。

 その間に少し記憶を辿ってみると、そういえば北上とは一応関わりがあったことを思い出す。

 

(……確か北上とは一悶着あったな)

 

 とは言っても、北上は当時から俺のことを相当嫌っていた。だから特筆すべき関わりといえば、俺が北上から殴り飛ばされたことだ。しかし、あれはいくら当時の北上の体調を心配したからといって、俺が不用意に彼女の肩に触れてしまったのが原因だ。別にそれについてはもう気にしてはいない。

 

 だが。もし北上がそれについて、罪悪感など色々なことで気にしてしまっているのであれば、その時は誠意を持って接しなければならない。一人の人間として。相手が言わんとしていることを、相手が態度で伝えようとしてることを、受け止める義務がある。

 

 これから何を言われても自然体で受け止めることを決心していると、大井が口火を切った。

 

「……提督、空いてるお時間は御座いますか?」

 

 時間か……と、腕時計を見て考える。

 

 吹雪は確か16時に、この鎮守府の過去に何があったのか聞きに、執務室に来るはずだ。今は14時。まだ余裕はある。幸い、執務の仕事も大和たちが頑張ってくれたお蔭で今日中に終わらせるのには充分な量まで減らせているし、このまま長い話になったとしても大丈夫だろう。

 

「……16時までは空いている。北上と大井から俺に用があるなんて珍しいな。……何か()()()があってここに来たのか?」

 

 この雰囲気は、ただの相談事では終わらなそうな感じだな。

 

 目の前の大井の鋭く冷たい雰囲気に、思わず何かを感じ取った。

 

「はい。相談事、というよりは積もる話があって、ここに来ました」

「……積もる話か。長くなるのか?」

「それは……提督、次第と言ったところでしょうか」

「……分かった。そこに椅子があるから、腰を掛けてくれ」

「「失礼します」」

 

 さて。これから何を話し合うのか。いや、正確には何を質問され、俺が答えていかなければならないのか。

 

 どちらにしろ、俺はもう『提督』という仮面は被らずに、嘘は吐かないと決めた。質問されるのであれば、どんな質問にも正直に答えるだけだ。

 

「それで、何を話したいんだ?」

 

 早速、用件に入る。こういう時に回りくどくすると、逆に面倒くさくなる。ど直球に話題へさっさと入った方がスムーズに話が進む筈だ。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 横須賀鎮守府 重巡寮 

 

 

 

 

 

「ただいま──ってあれ、熊野。今日は非番だっけ?」

「……ああ、鈴谷。いえ、私も午前中に任務を終えて、ここに帰ってきたばかりなの」

 

 重巡寮のある一室。そこに、任務を終えて帰ってきたばかりなのか、鈴谷が扉を開けて入ってきた。

 てっきり、部屋には誰もいないと思っていたのか、そこにいた熊野に不思議そうに問いかけるも、熊野は頬を穏やかに緩ませて応える。

 

「そっか。じゃあ今日はもうずっとゆったり出来るじゃん」

「……そうですわね。帰ってきたばかりでしょうし、鈴谷はそこに座って休んでいて下さい。今、紅茶煎れますから」

「ありがとう熊野。そうさせてもらうね」

 

 二人にとっては、この時間は久々の二人で揃っての休息の時間だ。鈴谷と熊野はその事は口に出さずとも、意図せずに訪れた、この穏やかで大切な時間を嬉しく思っていた。

 

 熊野に言われたとおりに、側に置いてあった適当なクッションを鈴谷は抱いてから座り込み、熊野の紅茶を待つ。

 

 前までは、前任によって家具が全て売り払われた結果、ベッドだけという無機質な部屋だった。しかし、西野提督がここに来てからというもの、そのような制限も無くなり、鎮守府に要請すれば限りはあるが、家具や娯楽品を発注出来るようになったので、今はもうすっかり前任が来る以前の、いやそれ以上に充実した部屋になっている。

 

「……」

 

(……そういえば、提督が復帰してからもう二週間か。それにしたって、以前と同じく遠征と哨戒任務ばかりで、今の状況に変化を与えることも起きてないし。それに、成果報告しようと執務室に行って会ったとしても、相変わらず事務的な会話で終わっちゃうし)

 

 そんな鈴谷は、熊野が紅茶を煎れている後ろ姿をなんとなく眺めながら、逡巡していた。

 

 私が謝りたい相手である提督が二週間前に復帰した。しかし、依然として状況は平行線のままで、何も進展していなかった。廊下ですれ違っても、執務室で話す時も、互いに遠慮しているのか、それとも私がそれ以上に意識してしまっているせいなのかもしれないが、直ぐに会話が終わってしまう。提督にも以前のことで、多分物凄く遠慮させてしまっているのが分かる。当時の余計なことを考えて、挙句に一人で暴走して、提督へ酷いことをしてしまった私をぶん殴ってやりたい。

 

(……それに、あの涙)

 

 当時のそれまで、艦娘に対して一切の反抗のはの字も見せなかった提督が、唯一私だけに見せた溜まりに積もった本音と悲壮な表情が、私の脳裏からどうしても離れて消えなかった。

 散々陰口を言われて、散々拒否されて、愛想笑いばかり浮かばせていた当時の彼は、見ていて痛々しかったし、何より『何故言い返そうともしないのか』と、私自身がイラついていたことを覚えている。

 

 あれは、そう。前任と接していた時の私自身を見ているようだったからだ。

 たとえ前任が立案して実行した作戦が失敗し、任務も失敗したとしても、前任からの理不尽な物言いに対して、当時の私が行ったことは『……そうですよねぇ』と、何もかも諦めて取り敢えず浮かべていた、あの醜い愛想笑いだった。それが、あの時の提督と重なって見えて、日々の鬱憤もあり。そして、熊野への肥大化し過ぎた罪悪感から、あの時の提督に向かって暴力をしてしまったのだと思う。

 今にして思えば、正直あの時の暴力を振るう理由なんて、なんでもよかったのかもしれない。ただあの時の提督を見ていて無性にイラついてしまったのだ。

 

 ……そんな因果で、私は暴力してしまったのだろう。悔やんでも悔やみきれない。何故、私はあんなことをしてしまったんだ。

 

(……このまま、なのかな)

 

 このまま。私はこの鎮守府を陰ながら守ってくれていたあの人と、何も話せないまま終わってしまうのだろうか。

 

 不安が。失意が。罪悪感が、またあの時のように流れ出してくる。

 

「鈴谷。紅茶です」

 

 と、その時熊野が紅茶を持ってきてくれた。

 

「あ、……ああ。ありがとう熊野」

「いえいえ」

 

 それから、二人して煎れたての紅茶を啜る。少し乱れかけていた心の中を諫めるのに持ってこいだった。

 

「美味しいよ。紅茶」

「それは良かったですわ。前に金剛さんに教えてもらったことがあったので、その煎れ方を参考にしてみたのです」

 

 なるほど。それは上手い訳である。金剛四姉妹の紅茶好きは艦隊の中でも語り草となる程だ。

「へぇ」と相槌を打ち、また紅茶を口に運んでいると

 

「──提督のこと、考えてましたか」

「っ!? けほけほッ!」

 

 いきなり私の心を言い当てられてびっくりする。その拍子に、気道の変なところに紅茶が入ってしまい、むせてしまった。

 

「あ、ああ、すみません鈴谷」

「……いや、良いんだけど別に。というか、凄いね。なんで分かるの」

「なんとなく、そういう顔をしていたからですわ……私も、空いた時間があれば同じようなことを考えて、同じような顔をしていますから」

「あー……その、ごめん」

「何故謝るんです。別に悪いことでは無いですわ。実は私も、鈴谷が来るまで、提督のことを考えていましたの」

「……そうだったんだ」

 

 普段通りの熊野だったため、全く分からなかった。

 

「ええ。私も、多分鈴谷と同じようなことを考えていました。でも結局は答えなんて見つからずに、そう思えば思うほど、会って話をしたいと思ってしまうんですわ」

「……うん。分かるよその気持ち」

 

 そう。結局は会って話さなければ、何も進展しない。当たり前のことで、単純なこと。しかし、それが一番難しいというのもまた事実としてある。

 

「……そんな資格なんてあるはずがありませんのに……どうすれば、良いんでしょうか」

「……そう、だよねー」

 

 二人して、紅茶を片手に天井を見上げていると

 

『──れで、何を話したいんだ?』

 

「……え?」

「……これは、提督の声?」

 

 ──不意に執務室から、館内放送を経由して、鎮守府全体に提督の声が鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

「それで、何を話したいんだ?」

 

 ──そんな俺からの問いかけに、大井は依然として、こちらの目を確りと捉えながら応える。

 

「……先ずは謝罪から。提督。今まであなたへ、部下としては最低で、人としても不遜な態度を取ってしまっていました。提督が入院されて数日経ったある時に、金剛さんから、とにかく提督の日記を見るようにと強く言われて、そこで初めてそれまでの全容を知りました……全ては勝手な勘繰りをして、無意識にあなたのことを敵だと決め付け、どうせ軍人だからと思い込んでしまっていた──私自身に、責任があります」

 

 大井はそこまで言った後、次にはその頭を勢いよく下げた。俺は表情には出さずとも、心の中では驚きながら、次の大井の言葉を待つ。

 

「本当に。申し訳有りませんでした」

 

 はっきりとしたその謝罪の言葉だけで、大井がどれほど強かな女性かを理解することができた。この様子だと、彼女は本当に曲がった事が嫌いなのであろう。ただ真っ直ぐに、正しいと思った道へ進む。それが彼女の信念なのだ。現にこうして、謝罪の言葉を言った後、過剰なまでに十数秒くらい頭を下げ続けている。

 そんな彼女の誠意が込もったその姿勢に、素直に感服したと同時に、尊敬の念さえ覚えた。

 

 彼女はやがて、その下げ続けていた頭をゆっくりと上げて、また俺と目をしっかりと合わせてきた。しかし、その表情は先ほどの確りとした、厳粛のようなものではなく、眉を少し下げて、何処か心の中に憂いの色が垣間見えるものだった。少々躊躇をした空気のまま、彼女は奥底から、過ちを自ら絞り出すように、その言葉を続けた。

 

「……私が見えているところでも、そして私が知らないところでも。皆からいくら煙たがられ、多くの言われようのない偏見や理不尽を一身に受け続けていたのにも関わらず、提督はこの鎮守府を……私たちが帰る場所を、大本営の圧力や他鎮守府からの疑念から、守り続けて下さってたんですよね。私は……いえ、私たちはそんなことも露知らずに、提督に対してお礼も言わず、ずっとあなたの尊厳を否定するような対応を続けてしまっていました。もし、あなたが当時、前任が行ったことを揉み消したい大本営の圧力などから、私たちを守って下さらなければ、今頃犯罪者として仕立て上げられ、世間から厳しい目で見られていたことでしょう。本当に、様々なことでご迷惑を掛けてしまっていました」

 

「……大井」

 

 ……本当に、あの一年間にも及ぶ量を付けた日記を、隅々まで見られていたのだろう。約350枚後半のページを。

 

 確かに大井の言う通り、なんとかして問題を起こしてしまった前任の事を揉み消したい大本営は、俺を横須賀鎮守府に着任させ、傀儡として上から圧力をかけて上手く操ろうとしていた。大方、それで当時所属していた前任による悪行を受けた被害者であり、証言者になりえる艦娘たちを口封じのために、強制的に解体なり、無理な出撃などをさせて轟沈させ、証拠の隠滅をしたかったのだろう。

 だがそれを察知することが出来た当時の俺は、元帥に頼み込み、後ろ盾になって貰ったおかげで、大本営の圧力から屈することもなく、艦娘たちの意思を尊重し、自分なりに鎮守府を復興させようと頑張れたのだ。

 ……結果としては大失敗。全く、艦娘たちとは分かり合えなかったのだが。

 

 しかし、艦娘たちの尊厳や自由を守ることは出来た。

 確か俺が正式に元帥との関係を明かす前まで、大本営は俺と元帥が義理の親子関係ということを知らなかったみたいだ。だから士官学校から妖精さんが見えない体質の、如何にも無能そうなポっと出の俺を、傀儡として横須賀鎮守府に着任させてしまったんだろう。やはり、俺がこうしてまだ、一応提督としてやれているのも、元帥のお蔭という面が非常に大きい。

 お義父さん、ありがとう。

 

 俺がそう逡巡していることは知らずに、大井は言葉を紡ぐ。

 

「ましてや、今も世界が深海による影響で大変で、それに対抗しうる力を所有しているにも関わらずに、目的も見失い、軍艦である誇りと認識も欠けていた私は……まるで駄々をこねていた子供のようなものです。私は今すぐ解体命令を出されても、別に何も異論はありません。私はそれほどのことを犯してしまいました。最後に本当に、本当に申し訳有りませんでした」

 

 そう言って、また大井は頭を下げる。

 隣に座る北上も、先程からの彼女の謝罪の姿勢に瞠目しているほどだ。しかし、これが彼女なりの最大限の謝罪なのだろう。どれだけ謝罪してもし足りないと、彼女の態度から滲み出ているようだ。

 

 大井は命令違反、命令放棄、無視という軍規違反を犯している。なるほど、確かに解体命令ものだ。本人もそんな命令を出されても仕方無しと言っている。

 

「……分かった」

「……」

「大井からの確りとした謝罪は受け入れる他ない。これまでの大井がしてきた数々の命令違反や無視などは水に流そう」

「……ありがとうございます」

「だがここは軍だ。相応の処分を行うこととする。それで、早速この件についての処分なのだが」

「……はい」

 

 普通ならここまでのことをした部下の処分は軍法会議もので、そこで正式に解体命令が下されることだろう。しかしだ。

 ──しかし、それは出来ない。

 

「所属している横須賀鎮守府第三艦隊から暫くの間除名とし、今後結成予定の304教育艦隊の教育艦への異動とする。先に言っておくが北上、お前もだ」

「「……え?」」

 

 俺の決定に、二人はどうやら何か言いたいことがあるらしい。

 

「何だ。不服なことでもあるのか」

「い、いえ、あの。私は、解体処分ではないのですか?」

「いやいや、提督殴り飛ばした私はともかく、大井の処分は妥当だと思うけどね……でも、何で私を解体しないの? 私は犯罪を犯したんだよ?」

 

 北上もその意見に肯定して頷いている。

 

 北上も、どうやら俺を殴り飛ばしてしまったことを謝罪したくて、今日はここにきたのだろう。

 

「……二人とも、今の戦況は把握出来ているのか?」

「はい。ここ二年間はトラック泊地を最前線として、安定した戦線維持に成功しています」

「……それに。全体的に艦娘の練度も上がってきたから、敗北数も轟沈数でさえ、0に抑えることが出来ているっていう話も聞いてる」

 

 大井と北上はそれぞれの観点からそう述べる。

 

「つまり二人が言いたいことは、戦況的には均衡状態だが、こちらに分があると考えている、でいいんだな?」

「「はい」」

「……しかし、最近戦ってみて何か違和感を感じなかったか? そう、例えばの話だが……妙に深海棲艦たちの統率が取れているとか」

「「──」」

 

 それに対して、彼女たちは一様に瞠目させる。

 俺がここに復帰して、早二週間は経過しているが、これまで大井と北上には高い練度的にも遠洋へと出向き、タンカー船の航路哨戒の任務につかせていたはずだ。勿論、太平洋の奥に入り込めば入り込むほど、深海側の強さも上がってくる。この二週間はずっとそれなりの強さの深海棲艦と戦ってきた彼女たちの記憶の中に、少なからず何かの心当たりがあったらしい。

 

 でなければ、こうして目の前で、分かりやすく目を見開くなんてことはしないと思う。

 

 思えば、俺はもうここから素で話してしまっていた。普段から見せることのない、俺のありのままの姿勢で。しかし何故だろう。なんだか、いつもより口が回る。別人になったまでとは行かずとも、明らかに前の俺と今の俺は違う気がした。

 

「……何故、お前らを解体処分にしないのか。別にこれは俺の個人的な感情で解体しない訳じゃない。まあ、お前らのこれまでの境遇に憐んで決めたこと、ではあるのかもしれない。別にそこに、そういう訳ではないという偽善は吐かない。だけど分かって欲しいのは、他にも明確な理由があるから、お前らを解体しないんだ」

「……つまり、戦力低下をしないために」

 

 俺の言葉から察せた北上が、未だに先程のことが引っかかっているのか、顔を神妙なものにさせながら、そう言ってきた。

 

「ああ。ここ二年で全国の、いや世界中の艦娘たちが強くなっている。三年前の低練度の艦娘たちで挑んだ結果、多くの犠牲を出して辛勝した『第二次太平洋海戦』の頃とは、明らかに成長を遂げて、一年前から轟沈数も0に抑えることが出来ている。だけどそれは、敵も同じなんだ。それに、今まで人間が手付かずだった海の資源も、あいつらは潤沢に確保出来ている手前もある。あと、最前線であるトラック泊地の新島提督を始め、多くの鎮守府の提督とは常に情報交換をしているんだが、その都度必ず議題に上がるものが二つある。一つ目は、敵の統率力が上がってきていること。そして二つ目は、年々個々の強さも上がってきていることも最近じゃ言われるようになった」

 

 特に近頃、提督の間で注意しているのが、『flagship』と呼称される特異体の存在である。トラック泊地の新島提督が既に二度、三度戦ったことがあり、全て勝利を収めているが、それまでの深海棲艦を凌駕するその圧倒的な防御力と火力に、とても手を焼いたそうだ。世界でも有数の練度を誇る、あの新島提督率いる『第一太平洋艦隊』が手を焼いたほどなのだ。そんな存在が、もし他の海域に出現したら、被害がどれほどのものになるのか想像に容易い。

 

 トラック泊地以外に、日本であれば呉鎮守府や函館鎮守府、そしてここ横須賀鎮守府の近海に現れたとしても、総合力的には対応出来るとは思うが。例えばそれほどの地力が無い鎮守府や警備府、泊地や、未だに艦娘という対抗策を所有出来ていない近くの諸国などに現れた時、多大な被害が必ず出てしまうことだろう。

 

 まだ『flagship』のことは機密扱いだが、危険性の面も考慮して、艦娘には伝えておくように言われているので近々集会の時に注意喚起しておこうと思っていたのだが、早いに越したことはない。ここで明かしても問題無いだろう。

 

「──近頃、『flagship』と呼ばれる特異体が、最前線で現れたようだ。その強さや練度は、この鎮守府で所属している艦娘に例えるなら、大和や武蔵、翔鶴、赤城さん程。いやそれ以上もあり得るかもしれない」

「「……っ」」

 

 分かりやすくするために、この鎮守府で指折りの練度を誇る艦娘と例えると、『flagship』の特異体の実力の凄さが分かったようで、二人は間も無く静かに息を呑んだようだ。

 

「他にも『elite』という一段階下の特異体も各海域で現れてきているという報告も全国の幾つかの鎮守府から寄せられている。だから、いつこの均衡状態が崩壊してもおかしくない時に、お前らを解体処分なんて出来ない。それに大井、北上」

「「……?」」

「二人は将来的に重雷装艦への改装をするかもしれないという改装案が、先日大本営から電文があった」

「……重、雷装艦」

「……なんか、凄そう」

 

 二人はその話を聞いても、あまりパッとしないらしい。

 

「……要は、これまでより、雷装の口径や数を魔改造させ、より強力な雷撃を繰り出せるようになれる改装、と覚えておけばいい。そういう案が今、検討段階にある。だからこそ、今も高練度だからそうなのだが、これからはもっと貴重な戦力になり得る人材を、はいさようならとするのは、無能がすることだ」

 

 俺もそこまで落ちぶれてはいない。ただ艦娘と上手くコミュニケーションが出来ないだけなんだ。

 それにだ。何よりも重要な理由がまだある。

 

「──それに、二人は既にここの艦娘だ。後輩からは頼りにされ、先輩からは認められて……これからの活躍に期待されている。そんな二人が解体されでもしたら、士気低下など待った無しだ。だから解体なんて持っての他という理由もある」

「「──!」」

 

「……二人は気付けてないようだが、普段から全く接していない俺でも、今の会話を通して見て分かる。お前らは、精神的にも仲間たちの助けになれるような存在なんだろう……過去の俺も、それになろうと努力はしたが、それに成れるような器じゃなかった。誰もが俺のことを疑い、背中を預けられる人間では無いと判断した。けど、お前らにはそれがある。この意味、分かるな」

 

 依然として瞠目している二人に向かい、俺はこう言い切った。

 

「……お前たちは必要不可欠ということだ。勿論、今後一切、この鎮守府で誰一人とて解体なんて認めない。もし大本営が何かしら言ってきたとしても、戦力低下なんてバカなことやってる場合ではないと一蹴できる。横須賀鎮守府の提督の権限を使えば、それなりに降りかかる火の粉を振り払えることは容易だしな」

 

 つまり、不都合なものはこの権力で取り消して仕舞えば良い。

 そんな俺の言い草に、大井が割り込む。

 

「……で、でも、それって──」

「──権限の濫用にはなるとは思う。しかし、悪用ではないだろう。もう俺は汚職が蔓延っていて、変革を恐れているような()()()()()に屈するのも、変に取り繕うのも辞めた。それが真の提督への道だと思っている」

 

 大井が曲がった事を嫌っているのは分かっている。

 俺の屁理屈みたいなことを否定したい気持ちも分かる。

 

 しかし、バカ真面目過ぎる。それでは大本営に渦巻いてしまっている、権力闘争に引けを取ってしまう。当時の俺もそうだったように。元帥の後ろ盾無しじゃとっくにここには居ないし、きっと日本の何処かで憲兵に監視されながら、その後の人生を細々と生きていたことだろう。

 

 実際、俺は大本営の奴らから舐められてしまっているのが現状だ。しかし、これからは横須賀鎮守府の提督らしく、堂々と力を誇示していかなければ、いざと言う時に俺の案が通らない可能性がある。今までの俺のような受け身ではダメだ。もっと、自分自身に自信を持って、自分が置かれている状況を上手く利用していくんだ。

 

 

 

 

 

 

 

「──それが、あなたの中の『提督』というものですか」

 

 不意に、大井が冷静にそんな問いをしてくる。

 

「どういうことだ?」

「実は謝罪した後、ある質問に答えて頂きたいと思っていました。それが、私たちがここに来た理由の一つでもありました」

 

 質問。俺の中の『提督』という概念について、ということだろうか。

 

「もう一度問います。あなたの中の『提督』とはどう言ったものなのでしょうか。提督は何を目指し、私たちを何処へ導こうと言うのですか」

「……提督。私も知りたい。教えて欲しい。私たちは解体しない。それはもうわかったよ。なら、提督はそこまでして私たちを何の為に戦わせるの? 多分、ここの横須賀鎮守府の艦娘たちは、国の為だなんて、そんな漠然とした理由でもう戦えないと思う……何故かと言うと、私たちが護っていた筈だった人間に裏切られたから。深海棲艦と戦って轟沈した方がまだマシな、生き地獄を人間によって体験させられたから。……ねえ、提督。私たちは何を理由に、戦い続けないといけないの?」

 

 ──大井は問う。お前にとって『提督』というのはどういう存在なのか。そして、どういう存在であるべきかと。

 

 ──北上は問う。自分達は一体何を戦う理由にしたらいいんだと。

 

 二人の質問に、俺は俺なりに考えて結論をだす。『提督』としてではなく、一人間として。西野真之という、一人の男として。

 

「……俺にとって『提督』は憧れの存在だった。家族は小さい頃に深海の攻撃によって亡くし、独りぼっちだった俺を拾ってくれた親代わりの人が、今の元帥だったんだ」

「……元帥とは、現在大本営では最高位の」

「そうだ。当時はまだ海上自衛隊の幹部だったけど、急遽、臨時として、色々と探りながらも艦娘たちを勇敢に率いて戦っていたらしい。俺が今でも抱いている『提督像』というのは、元帥のように艦娘たちを大事に育て上げ、良好な上下関係を経て、見事な指揮を振るい、艦隊を勝利へと導く。そういうものだと思っていた。でも俺がいざ実践してみると、お前たちも分かっている通り、そうはなれなかった」

「……」

「理想とする『提督』になるつもりが、今はこの有り様で、どうにかしてこのまま鎮守府を上手い方向へ持っていこうと必死だった。艦娘たちの多くとは、未だに気まずいままで、大事に育て上げるどころか……何一つしてあげていない。見事な指揮を取る前に、先ず指揮をすることさえも出来ていない。実際、俺はただ元帥に憧れて『提督』になった。一見、別に悪いことではないと思うが、その実、それは憧れ以外の何ものでもなく、ただの空っぽのものだったんだよ。……理想ばかりを目指して奔走し、策を弄した。しかし結局はダメで、とどのつまり、俺は『提督』になれるような器ではなかったことを、最近になって漸く理解することができた。それはもう今、重々自覚出来ているし、現にこうして取り繕ってるわけでもなく、素に近い態度で話しているしな。今までのように……無意味に背伸びして、空回りとかはしてないだろ?」

 

 そう言われて、二人は気まずそうに顔を俯かせる。それはそうだろう。何せ、当時から裏で思っていたことを当てられて、さらに返しづらい質問を投げかけられたのだから。

 

「……大井」

「……はい」

「俺はもう『提督』になるつもりはない」

「……え?」

「正直に言おう。俺は元々、妖精さんが見えない体質で、そもそも今こうして純白の制服に身を包むのもおこがましいくらい、提督の適正がないんだ」

「「──!」」

 

 突然のカミングアウトに、二人して今日一番の驚いた顔をした。当然だ。提督とは妖精さんが見えない人間がなれるようなものじゃない。否、絶対になれない役職だ。

 

「……は、はい? どういうこと、ですか? では何故、あなたは今、こうしてこの横須賀鎮守府の提督の座に居るんですか」

「……俺が着任した時の当時の鎮守府の状況を見れば自ずと答えは出る。無能な指揮官を着任させて、無能な指揮をさせることで、あたかも戦場では殉職したかのようにお前らを自然と消すつもりでいた。大本営は本格的にお前らを消そうとしてたんだ。口封じの為にな」

「なんてことを……っ!」

「……! なるほど。それはまた……中々に重い事実だな〜」

 

 大井は静かに怒気で声を震わせて、北上は衝撃が抑えられないが、努めて話を続けさせようと促してくる。

 

「……ああ。悪いな北上。人間っていうのは、権力を持ってしまうと、その瞬間からどうしようも無いくらいに屑になってしまう。あいつらも思っているだろうが、艦娘たちも、同じ人間だとは俺も思ってない。だけど俺が思うに、艦娘は艦娘だ。たとえ人間ではなくとも、俺たちと酷似した感情がある時点で、尊重されるべきだと思っている。ましてや護国の鬼として、俺ら人間に協力して戦ってくれているんだから。だけど、そんな尊重すべきお前たちへ、もうどう取り繕っても、人間がまたとても惨いやり方で裏切ろうとした事実が残っている……正直、北上が言う通り、もう人間を護るために戦う、なんて理由は捨てた方が良いのかもしれない」

「「……」」

 

 諦観を滲ませた声色が執務室に響いた後、数秒の静寂がその場に訪れた。二人とも、恐らく今は残酷な現実を突きつけられて、どうしようも無いくらいに人間へ期待することを諦めると同時に憎しみを膨らませているのだろう。

 そんな二人の沈みきった表情を依然として見据えながら、次にこの言葉を言い放った。

 

「──だけど二人には戦い続けて欲しい」

 

 その言葉に対して、二人は未だにその顔を俯かせて反応しない。それでも俺は曲げずに言い続けた。

 

「……大井、すまないが俺は『提督』にはなれない。器がある訳でもない。才能がある訳でも、なにか特別なことが出来る訳でも無い。だけど、艦娘たちを導けること。いや、それはおこがましいか。それでも、道標くらいにはなれると思う。俺は俺が信じた道を行けるように、艦娘たちが信じた道を行けるためにこれからも努力するつもりだ。悪く言ってしまえば俺は大本営から送られてきた犬、仮初の提督だ。だけどなってしまった限り、俺はそれなりの権力を保持している。それに、俺には元帥閣下の後ろ盾もある。そう言う面においても、全力でお前たちが戦えるようにサポートするし……お前たちの尊厳や自由、そして生命を、人間の醜いエゴから護り切ることを約束する」

「……それは、本当ですか」

 

 大井は俯かせていた顔を上げて、俺と同じようにその目で見据えてくる。まるで、俺という存在ではなく、俺の本心に問いかけるように。

 

 

「……別にこの場で信じろ、というのも無理な話だ。ただ、猶予は与えてくれないか。頼む。別にこれは無謀なことじゃなく、今の俺なら実行出来る自信があるから、勝算があるからこの場で言っているんだ。言ってしまえば、これは取引だ。散々裏切られてきた人間から取引しようなんて馬鹿げた話だと思う。だけどもし、この取引通りに俺が大本営やその他諸々から艦娘一人でも護り切れなかったら、その時は躊躇なく俺を殺してくれても構わない。その後の処理は、元帥と上手く口裏を合わせて、()()という形にする。そうすれば、撃ち殺した艦娘やそれを止めずに傍観していた艦娘たちが罪に問われることはない。何せ、この鎮守府の防犯カメラは、大本営に監視されているかもしれないと危惧した過去の俺が全て撤去済みだ。その場には証言者という証拠しか残らない。その証言者たち全員が『病死』したと言い張れば、それがその場の意見として世間に具信される。このご時世だ。SNSを使えば、パッと直ぐにその情報は世界中に広がる」

「……」

「もしこの取引を受けるのであれば、その代わりにお前たちには今後も継続して深海と戦い続けてもらう……どうだ」

 

 この取引は、俺に圧倒的に不利な形の取引だ。しかし、なり振り構ってはいられない。これから俺は、大本営ではなく、得体の知れない謎の敵──深海棲艦たちと戦い続けて、勝利を収めていかなければならない。

 

 俺の家族の最後。それは、深海が放った砲弾が着弾し、一瞬のうちに、何も言葉を交わすことなく、目の前で粉々となり、その場に残ったのは、猛々しく燃え上がる炎と、家族だったモノの肉塊と肉片。そして僅かに残った遺品だけ。当時、まだ学生だった頃の俺には残酷過ぎる光景だった。

 

 ──二度と、そんな惨すぎる最後を迎えてしまう家族を生み出さないためにも戦い続けて、この国をこの世界を護り続けないとならない。

 

 俺はあの日の夜から、そう誓って、凡人らしく身を粉にして生き抜いてきた。しかしそれは全て過去の産物。今を、これからを生きていかずに、何を護れると言うのか。

 

 ……だからこれは俺の目的の為の一つの取引だ。例え俺に不利な条件だとしても、双方が納得しなければそれは取引とはならない。

 

 それから何十秒、互いの本心を読み合うように、互いの眼を見つめていたのだろうか。とうとうその時が訪れる。

 俺を見据えていた目を閉じて、一回嘆息してから、大井はその重い口を開いた。

 

「……分かりました。取引、成立としましょう」

「……ありがとう」

「ですが一つ付け加えます。もし、私がその取引を反故した場合、その時は私を、あなたの手でも、周囲にいる艦娘の手でも借りて良いので、見せしめに殺して下さい。そうすれば今後、反故される可能性も低くなり、そちらにとっても都合が良いことでしょう。生かすにしろ殺すにしろ、そうなった場合は反乱分子として私は今後、提督以外からも目を付けられ、その内殺されるでしょうしね……これで初めて、対等の取引と言えましょう」

 

「……大井」

 

 

 ……やはり彼女は曲がった事が嫌いなのだ。別に俺はこのままの不利な条件で良かったのに、妙に義理堅いというか、頑固なところがあるんだな。彼女も彼女なりにけじめをつけるつもりなのだろう。

 そんな彼女の言葉に、俺は「……ああ」と少し頬を緩ませて肯定した。さて、先ずは一つ終わった。後は北上のことについてだ。

 

「……それで北上。お前たちが戦う理由についてだが──」

「もういいよ」

「……は? 何言ってるんだ?」

「……だから、もういいって言ってるじゃん」

 

 何を言ってるんだ。それでは説明が付かないじゃないか。先程まで、あれほど嫌いな筈の俺の目を見据えてまで言ってきてたのに。

 

「どうしてだ?」

 

 素朴な疑問だ。どうして、彼女はここで引き下がるんだ。

 小首を傾げる俺へ、北上は「どうしても何も」と、さも当然の理由があるような言い草で理由を述べた。

 

「……あれほど自分に不利な条件並び立てて、挙げ句には事後処理は万全だから、もし取引を反故したら殺してくれても良いって……提督なのに、部下である大井っち相手に言ってしまう時点で、私の中の答えは決まってるよ」

「……答え?」

「提督がどれほど私たちのことを気にかけてくれてるのか、今までの行動からも……それも今までの会話からも充分に分かったし。それに、提督は私にこう言うつもりだったんでしょ。『人間の為でもなく、艦娘に生まれてきたからでもなく、ただ姉妹や仲間たちを護るためだけに戦い続けろ』って。さっきから、妙に提督も提督で、人間に対して余りの言い草だったし……そこから『人間を護るために戦い続けろ』ってどうしても提督がいってくるのが想像できなかったからさ。それに、私たちが周囲の子たちからどれだけ大切にされているのかも、私たちより分かってたし。もしかしてって思ってたけど……まさか本当に言いそうな雰囲気だったからさ」

 

 と。ニカッと照れ臭く笑う北上。

 

「……」

 

 確かに、北上が言った言葉に近いことを言うつもりだった。そんなに俺は言う前から言葉が予想できてしまうほどに、これまでの話の端々に見えていたか。

 

「──無言は図星ってことでいいよね……でも、ありがとう提督。私は、みんなと生き抜く為に戦うよ。ね、大井っち」

「……北上さんの為に戦います」

「もう、素直じゃないんだからな〜」

「……き、北上さんが言うのなら、皆さんの為に」

「……ぷふ。ま、それで及第点かな」

「な、なんですか。そんな顔で見ないでください」

「ええ〜? ……頬赤いよ?」

「こ、こらっ!」

 

 北上の中で答えが決まったのであるのなら、俺がこれ以上言うのも蛇足というものだろう。それに、目の前で少し戯れあい始めた二人の微笑ましい様子を見て、ふと思う。

 

 二人がそれぞれの答えを見つけられたのであれば、それで良いか──と。

 

「……大井、北上」

「あっ……は、はい」

「……はい」

 

 二人にはすまないが、もう少しそうさせたかった反面、少し時間も押している。また寮に戻ったら戯れあってくれ。

 

「……これからも沢山迷惑をかけると思うが、よろしく頼む」

 

 最後を締めくくる言葉としては少々物足りないが、これくらいが今の俺と彼女たちとの距離感では丁度良い塩梅だろう。

 

 

 

「はい。よろしくお願いします」

「了解」

 

 二人は敬礼して、執務室を後にする為に扉へと確りとした足取りで歩き出す。

 

 

 

 

「……」

 

 立ち去っていく彼女たちの華奢ながら、頼もしい後ろ姿を見ながらも、何処か充足感が俺の心の中で湧き出てくる。また一歩。艦娘たちとの距離が縮まれた気がした。

 

「あ、提督」

 

 すると、何か言い忘れたのか北上が扉を閉める前にひょっこりと顔を出してきた。一体何だろうか。

 

 

 

 

 

 

 

「──……一応、提督の為にも私は戦い続けてあげるよ。それだけだから。それじゃ」

「……」

 

 

 瞬時のことで全く理解が追い付いていない。しかし、数秒経った後、俺は先程以上の充足感が湧いて出てきていた。

 

 やっと艦娘の誰かに、一応なのだが認められた嬉しさ。

 

「……よしっ」

 

 俺はその嬉しさを噛みしめながら、清々しい気持ちで執務へと戻るのだった。

 

 

 

 

 

 ──……カチッ

 

 

 

 

 提督が意気揚々と執務を始める中で、執務室内に不自然な音が響いた。

 独りでに動く、館内放送のマイクのスイッチがONからOFFへ、ゆっくりと、知らず知らずの内に切り替わっていることを、提督は知らないままでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 ──先程までの数十分もの間、鎮守府内に長く響いていた館内放送は、鎮守府内に居る多くの艦娘たちの耳に届いていた。

 

 そして誰もが、この時の館内放送の内容を忘れないことだろう。提督の元に訪れた大井と北上。執務室にて行われたその三人の会話は、館内放送を通して、全て漏れ出していた。

 

 誰の仕業かは分からない。しかし、その館内放送の件は瞬く間に艦娘内で持ちきりとなった。

 

 主な話題としては二つある。それは

 

 ──実は、当時から大本営の思惑で自分達を消すように圧力があったが、提督が一人だけで、元帥とのコネクションを上手く利用しながら、艦娘たちを守っていたこと。

 妖精さんが見えない事実と、自らが仮初の提督として着任させられたことも、例え『提督』に足る器じゃなかったという事実があったとしても、自分達の為に裏でここまで頑張ってくれていたこともそうだった。

 

 ──そしてもう一つは大井との間に、ある取引をしたこと。それは他から聞いていれば、提督の決意表明にも近かった。

 

 

『お前たちの尊厳や自由、そして生命を、人間の醜いエゴから護り切ることを約束する』

 

 

 表立って言い切った提督のその気概に溢れる言葉に、その時館内放送で聞いていた多くの艦娘たちの胸を打った。ある者は思わず頬を染め、またある者は静かにその言葉を反芻し、そしてまたある者は馬鹿らしいと鼻を鳴らすが、どこか期待を孕ませる瞳をしていた。

 

 その日から、艦娘たちの胸にある想いが生まれていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──提督。いや、西野真之という一人の男のその気概を、信用してみよう。と

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてその同時刻。戦艦寮のとある一室にて、一人の艦娘が館内放送の内容を聞いていたのか、顔に穏やかな微笑を浮かばせていた。側には煎れたての紅茶が置かれている。

 

 彼女は窓から見える海を見渡しながら、静かに呟いた。

 

「……提、督」

 

 ──その艦娘の手元には、『日誌』と記された手帳があった。

今後、登場するとしたらどの艦娘が良い?(参考程度)

  • 球磨
  • 空母ヲ級
  • ビスマルク(Bismarck)
  • 瑞鳳

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