仮初提督のやり直し   作:水源+α

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 お待たせ致しました。なんとか今月中に更新することができました。どれもこれも、皆さんの応援のお蔭です。この場を借りて、礼を言わせて下さい。ありがとうございました。
 また、お伝えしたいことがあります。前に出したアンケートである『今後登場して欲しい艦娘』の集計が完了したので、ご報告させて下さい。
 およそ1336件もの人が、アンケートに協力してくれました。本当にありがとうございます。さて、結果といたしましては

一位 ウォースパイトなど、海外艦(373票)
二位 金剛(370票)
三位 鹿島(226票)
四位 鈴谷(192票)
五位 瑞鶴(175票)

という結果になりました。なので今後はこのアンケート参考に、登場させていきたいと思っています。
 今後とも、この作品をよろしくお願いいたします。長文失礼しました。        
      
              水源+α



第十五話 『人』と艦娘

「──……司令官。今日はありがとうございました」

 

 それまで、目の前のソファーに姿勢を正しく座りこんでいた吹雪は立ち上がり、深々とその頭を下げてきた。彼女の相変わらずの、年不相応の礼儀正しさに少々慣れない気持ちを覚えながら、俺は帽子を取って机に置き、口を開く。

 

「……ああ。こちらこそ、聞いてくれてありがとう。でも、非番の時間を取らせてしまってすまなかったな。まあ、これまでのこと……この鎮守府で、過去に一体何があったのかも含めて説明するとなると、自然と長くなってしまうのは予想出来てはいたが、まさかここまで話し込んでしまうとは」

 

 ──執務室の時計の針は、既に十八時半過ぎを回っていた。

 

 手短に、これまでの経緯を説明しておくと。

 実は大井と北上と話し合ったあの後、約束の十六時まで時間があるし、執務に精を出していたのだが、直ぐに入れ替わるように息を切らした吹雪が扉を開けて入ってきたのだ。開口一番に「……あの、司令官! 館内放送のボタンがオンになっていませんでしたか!?」と言われたものだから何事かと思い、急いで確認して館内放送のボタンを見てみても、特に変わった様子もなく、寧ろオフになったままだったので、思わず首を傾げたものだ。そんなことを聞いてきた吹雪も吹雪で、怪訝な顔をさせながらも首を傾げていたのだが。

 しかし、その話は置いといてだ。

 

 ──今の今まで、これまでの全てのことを洗いざらい、吹雪に話し終わった。俺が横須賀鎮守府に着任する経緯から、一体この鎮守府で何が起こっていたのか。そして、ここの艦娘たちと俺との間に一体何があったのか。如何にして彼女たちと俺はすれ違ってしまったのか。

 

 全て何もかも話したのだ。

 

 その話を聞いた吹雪が見せた反応は、予想していたものとは違っていたが、概ね何も知らない第三者として聞いたら、中々にぶっ飛んだ話で、困惑していたのは間違いないだろう。

 

 

 

 ──提督を艦娘たちが弾劾した。

 

 

 吹雪にしてみれば、ここに配属前の呉鎮守府に居た頃と比べれば、あまりにも現実味が無さすぎる話だったんだろう。何せそこの坂本提督は、前に電話に話したときに知ったのだが、毎日艦娘たちに引っ張りだこになるくらいに、親しまれているらしい。時には、坂本提督関連で、艦娘同士の(いさか)いに発展することもあるらしく、その度に彼は間宮券を片手に、いざこさの仲裁に奔走しているらしい。それほど彼が提督としてではなく、人として艦娘たちから認められているのが分かるエピソードだろう。

 

 そんな呉鎮守府からここに来てみれば、突然知らされる数々の想像し得ない過去と、俺と艦娘たちの間にある、普通なら考えられない深い溝。その時の吹雪の頭は理解が追いついて無かったはずだ。

 それに、俺が当時の置かれていた状況を淡々と話していく途中で、たまに真剣に見据えるその目に、悲壮感を見え隠れさせていた。恐らく、その時話していたことは、当時の艦娘たちから、どういう待遇をされたのか──についての話だったので、目の前で被害者である俺が、当時の心境を語っていることに、一種の哀れみやそれに近い感情が渦巻いたのだろう。勿論、そのまま話すと一方的に彼女たちの心象が悪くなってしまうので、あくまで自分も悪いところがあり、誤解させてしまう言動が多々あったこと。そして、自分が良かれと行動したのが、裏目に出ることが多かったことなどを交え、彼女たちと結果的にすれ違ってしまったことを軸に、その話を進めた。しかし──

 

『……司令官に何か非があったにせよ、それでもまだ先輩たちが悪いと思います。先輩たちが行った命令無視、陰口、暴力……このことに関しては、そう簡単に許してはいけないと思います』

 

 ──その話を聞いた吹雪は少し暗く、しかし確りとした声色で俺にそう訴えかけた。

 俺はその意見に対し、果たして肯定していいのか、それとも否定するべきか迷っていた。吹雪はこれから、先輩として交流のある艦娘と、これまで通りに接しられるかが不安だ。俺の話を聞いたことで、少なくとも気まずくなるのは確実だろうに。

 

 それに、俺にはまだ心の迷い、甘さがあったのだろう。しかし彼女のその真剣な目を見て、迷いを断ち切り、その場で俺は静かに頷いたのであった。

 

 その後も途中途中で吹雪に意見を求めながら話を進み、今現在に至っている訳だ。

 

「いえ。それより大丈夫でしょうか。正直、話を聞かせて頂いてるだけの私より、過去のことを話して下さっていた司令官の方が……その」

「……ああ、大丈夫だ。確かに辛いものは辛い。再び、過去と向き合ってる気分だった。でもそれは、別に悪いことじゃないと俺は思う」

「? それは、どうしてでしょうか?」

 

 少し目を伏せながら、遠慮気味に彼女は聞いてくる。普段から明るく努める目の前の彼女にも、何か辛い過去があるのだろうか。

 確かにそうだ。吹雪が言った通りに辛い過去と向き合うことはとても辛いし、それを改めて口に出して、相手に話にするなんて真似、したいっていう人の方が少ないのが当たり前だ。

 だけど──

 

「……辛い過去に向き合うことは、辛いに決まってる。でも向き合うことで、自分の過去の過ちや、他人の過ちを顧みることが出来る。そうすれば、本人の努力次第で過去に起こしたその失敗を次に起こさないように出来るし、何よりこうして人に話すことで、話された人も教訓を得て、同じ失敗を犯さないように注意するようになるかもしれない」

「……」

「……これはただの自論だけどな。けど、俺が思うに。失敗ってやっぱり、成功への第一歩になると思う。失敗は成功の母というけど、その通りだなと思うことが、最近じゃ増えて来たんだ……今の鎮守府の状況は以前よりずっと良い。それに、たまに心地良いとさえ感じることもある。以前までは執務室以外に落ち着ける場所は無かったんだけどな」

 

 目の前で自嘲気味に苦笑する俺に、吹雪は少し不安な顔から悲しげにさせる。

 

「だけど、今は失敗して良かったって思ってるよ。何せ、自分の殆どのものを見透かされた訳だからな。取り繕うものなんて何も無い、今の状況の方が凄くやりやすい」

 

 ──日記を見られたこと。見られた当初は、何故こうも人の心に土足で入り込めるのかと憤り以外に何も感じなかった。しかし、今になって、その怒りは鳴りを潜めている。

 当時の心境を書き殴った物を見られたのだ。それ即ち、艦娘たちに自分の本性が知られてしまっているということ。であるなら、以前まで持ち合わせていた意地や、印象を良くしようと、自分を無理な偽善で彩る必要がないということにもなる。実際、入院から復帰して以降、艦娘の目の前では、素の自分で多少なりとも振る舞えていると思う。いや、素で振舞うしか無いのが、正解と言ったところか。

 寧ろ今、また以前のように『理想の提督』を演じたら、それこそ欺瞞(ぎまん)だろう。

 

 人は建前と偽善で言動している節がある。しかし、この戦時下において、建前や偽善で言動することが間違いなのかもしれない。

 

 艦娘たちと俺との間で起きた(いさか)いは、言ってしまえば互いのエゴとエゴがぶつかり合っただけに過ぎないのだ。人はエゴの塊で、互いの利害が一致する時、初めて互いのことを仲間だと認識する生き物。では今回の艦娘たちはどうだろう。人と同じように思考し、自分自身の考えや価値観で、艦娘たちから不安要素しか無かった、当時の俺に楯突いたのだ──

 

「失敗して諦めるのではなく。失敗し、次に活かすことが出来る。笑って、悲しんで、喜んで、ぶつかり合うことで、自分なりの価値観や経験を元に、自らを作り上げることが出来る……確かに、時には醜いエゴで他人を傷付ける。だけど、それも人の力っていうことなんだと思う。だからこうやって、未だに多くの艦娘たちとは、互いに素直になれないままで……腹を割って話せない、気まずい関係でいるんだと思う」

「……司令官」

「俺からしてみればな、吹雪。お前たちの方が、よっぽど人よりも人間らしさがある」

「──」

 

 確かに彼女たちは人間ではなく、艦娘だ。

 

 人からしてみれば、人智を超越する力を持ちながら、人と同じような見た目をしている不思議な存在でもあり。

 

 場所によっては神聖視して、守護霊扱いもされているような存在でもあり。

 

 時には怪物扱いされ、畏怖されている存在でもある。

 

 しかし、俺はある日から思っている。階段から突き落とされた日から、今までずっと。

 突き落とされた時、身体中を打ち付けられて、とても痛かった。しかしそれ以上に、あの時。

 

 そう。俺を後ろから突き落とした犯人でもある能代が見せた、あの苦渋に満ちた表情を見てからだ。

 俺のことを突き落とした犯人には変わりない。しかし、あれほどまでに、葛藤させながらも実行させるまでに追い詰めてしまった俺も、提督として、人として失格だと思う。そして恐らく、俺が助かったのも、能代本人のお蔭なんだろう。直ぐに救急車を呼んだのも彼女なのだ。そうじゃなければ、今頃俺は出血多量で死んでいたかもしれないし、後遺症があるままだった。俺を突き落とした後、彼女は一体どういう思いで、救急車を呼んだのだろうか。執務室に駆け込み、自らの震える声で、俺の容態を知らせていたのだろうか。

 

 信じていいのか。信じてはいけないのか。沢山の葛藤に揉まれながら彼女が最後に起こした行動は、それでも俺を救うことだった。過程はどうであれ、彼女は人としての道義に従ったのだ。

 沢山思い悩み、苦悩して、時には心の中の罪悪と葛藤しながら、一つの答えに行き着く。自分で納得は行かずとも、『人』として、自分自身を許容できる道の選択をするのだ。

 

 彼女たちはいくら圧倒的な力を持ち合わせていようとも、そういう部分のエゴは、俺たちと変わらない。

 ──そう。俺たち人となんら変わらない。彼女たちの心は『人』そのものだ。

 

「……人間らしさ、ですか」

「そう。俺たち人間は、吹雪たちのように素直な奴は少ない。常に、自分の気持ちや心に嘘をついてる。ある意味、理性的とも言えるのかもな。でも、理性的だからこそ、簡単に損得の選択が出来てしまう。自分の利益になるものより、不利益になるものを徹底的に切り捨てるのが、人っていうものなんだ。前任だって、正にそうだった。艦娘たちを権限で押し付け、自分の利益になることをさせた……夜伽も、その一つだろうな」

「……っ」

「でも、前任はその実態が暴かれる前に、この鎮守府を後にした。心身共に、たくさんの傷を負った艦娘たちを簡単に見捨ててな。後は、大本営も正に理性の化け物だろうな。そんな状況下の鎮守府に、半ば強引に艦娘たちの不平不満を受けさせる当て馬として、ある一人の男を着任させた。大本営的にもその男の存在は、現在の上層部の方針や体制を揺るがしかねない邪魔な存在であり、しかし無闇に手を出せない元帥の義理の息子でもある、文字通りの厄介な奴だった」

「っ! ……それって」

 

 怪訝な表情を浮かべる吹雪。何かを察したようだ。

 

「そう。正に奴が俺だった。大本営からしたら、捨て駒に近かったんだろうな。消えた前任の代わりに、艦娘たちから一方的にボイコットや弾劾されることで、『艦娘を従わせることも出来ない、指揮官としての責務も全うしない無能』として、監督責任を押し付ける理由作りとか。あと、俺は妖精さんが見えない。その体質のことも利用して、提督の器では無かったと、軍を辞めさせる理由として済ませる気でもいたかもな。結果、艦娘たちから文字通りの弾劾が行われたその後、精神を病ませた俺が自分で提督を辞職し、大本営的にも邪魔者が消えて万々歳。これが、大本営の仕組んだ筋書きといったところか」

「そんなっ……」

 

 言葉にならない、といったところか。愕然としている。

 

「でもこれは、ただの俺の予想だ。だけど、普通あんな状況下の鎮守府に、まだ士官学校を卒業したひよっこを着任させるか? っていう疑問があるのは確かだ」

「……」

「……今まで挙げたものは、あくまでも例えばの話だから。つまり。悲しい話だが、これが人間でいうある意味の人間らしさだ。でも吹雪。艦娘たちは……あいつらは違う。確かに、俺の時みたく、他の奴に危害を加えてしまうかもしれない。俺はその危害を受けて、一時は病んで、自殺しようと考えたこともあった。でも、それはあいつらも同じことだ。権力という力で、あれほど艦娘の誇りと名誉を傷付けられたのに、自殺を踏み留まり、結局一瞬で消し去る力があるにも関わらずに、前任のことを殺しはしなかった。そして決して、仲間を見捨てようとはしなかった。最期の最後まで人の道を踏み外すことは無かった。仲間を守る為に、俺に必死に暴力をしてまで、必死にその思いの丈を伝えようとしていた。俺が求めてる人間らしさっていうのは、正にそれなんだ」

「……」

 

 吹雪は、俺の言葉を聞いてからまた、考え込む。

 人として。それは一体どういうことなんだろうかと。今、悩んでいる筈だ。俺もまだ、人間だと言うのに人としての意義を分からないでいる。

 

 しかし、考えることをやめてはいけないのは分かる。思考停止は、死んでいるのと同じだと、お義父さんがよく言っていた。だからこそ、今こそ。彼女たちから何かを得るべきなのだ。目の前で今考え込む彼女から、人としての意義とは何かを。

 

 俺はこの横須賀鎮守府の着任前まで、心の何処かに艦娘たちを人として見れない、醜い本音を隠し持っていた。事実、世間では艦娘を深海と同じ怪物と揶揄する意見も多くある。

 

 しかし、当時の彼女たちから陰口や無視、暴力をされるほどに痛感する。偽善や建前で、自分に非がない時にだけ行動に移す自分たちより、余程人間らしさがあると。

 仲間の為に。艦娘としての誇りと意地を示さんが為に、泥臭く本能的に抗ってくる彼女たちの言動は、どことなく現代の人が忘れかけていた、本当の『助け合い』の精神を思い出させてくれた。今は大抵のものが金で解決する。しかし、金という概念さえ知らない、深海相手に戦っている今。本当に命に関わる危険が迫ってきた時、果たしてその紙切れでその命は救えるだろうか。否だ。奴らはただひたすらに、目の前の人の命を無慈悲に殲滅するだけだ。人類が作った文明の通貨である紙切れに、興味など露にも示さない。

 いざとなったら交渉材料になる金という保険も無く、ただ頼れるのは己の力のみの、そんな状況下で仲間たちと戦ってきたからこそ、艦娘たちはここまで仲間に対して、自分の身を挺することが出来る。

 

 艦娘たちから学べることは、沢山あるのだ。

 

 人としての道義。尊厳。意義。人類全体が危険に脅かされている今だからこそ、彼女たちから多くを学ばなければならないと俺は思う。

 

 そんなことを思っていると、吹雪は何か自分の中でまとまったのか、しっかりとこちらを見据えて、口を開く。

 

「──司令官。私は今日まで『人』は、護るべきものとしてしか見ていませんでした」

「……ああ」

「ですが、司令官の話を聞くと、果たして『人間』は本当に護るべきものなのかと疑問に思うようになりました」

「……そうか」

「とても自分勝手で……とても残酷で、冷酷で。先輩たちを、司令官を沢山苦しめて」

 

 苦悩に満ちた表情だ。とても着任当時の元気で、爽やかな雰囲気は感じられない。自分たちが護っているものは、どれほど悪い面を持ち合わせているのかを、今日俺の口から無慈悲に伝えられてしまった。その結果、人とは果たして護るに値する存在なのか、疑問に思えてきてしまったと、目の前の彼女は言った。普通は戦う理由の一つでもある『人を護る』ことに、懐疑的になってしまい、その目も悩みに揺れるところだ。

 

 しかし。それでもなお。

 

「……ですが」

 

 ──彼女の目は、活きていた。

 

私はそれでも、この国を。司令官の故郷を護りますっ! 

 

 彼女も今、葛藤したのだ。自分の存在意義にも近いことを、自分自身で否定しそうになった。深海から護ることはそう簡単な話ではない。だからこそ、護るべき対象は、自らの命を賭すに値する、それ相応の存在であって欲しいという、艦娘としての思いや願い。一種のエゴ。それを、残酷なまでの人の悪意を知った今、無碍にされた気になったことだろう。しかし彼女は、それでもなお──自分の信念でもって、言い切ったのだ。

 

「……それでこそ、艦娘だ」

「えっ」

「ここに来てくれてありがとう。吹雪。君のおかげで、俺はまた夢を見れそうだ」

 

 俺の夢。──鎮守府のみんながどんな時でも帰りたいと思える母港を作り上げること──

 

 今のままじゃ到底叶うこともない夢。それを叶える前に、この状況下では必ず誰かが犠牲になる。しかし、させない。させるものか。

 人の悪意を知ってもなお、それでも救うと言い切った彼女の心意気に、『人』として応えたい。

 

 俺の全身全霊を持って、艦娘たちに、そしてこれまで志半ばに沈んで行った英霊たちに、靖国で顔向け出来る様に。

 

 俺は国民だけでなく、艦娘たちを護り切ってやる。俺の命を賭してでも。

 

 

「……吹雪。俺も、この国を護る。そして、お前たちも」

「……!」

 

 瞠目する吹雪。しかし、俺の一見聞いててクサい言葉でさえ、彼女はその笑顔で優しく受け入れてくれる。

 

「……はいっ──司令官! これからも、よろしくお願いします!」

 

 今度は自信に満ちた表情を見せてくれた。やはり吹雪は、何かをやってくれそうな気がする。

 恐らく彼女の存在は、これから横須賀鎮守府でも大きくなっていくだろう。何せ、彼女はこの鎮守府に吹き込んだ──新たな風なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「—…… It is time soon《そろそろ時間ね》」

 

 潮風が、彼女の絹のような綺麗なブロンドの長髪を揺らす。透き通るような声で流暢な英語を溢した、優雅に玉座型の艤装に座る彼女の姿は、女王とも呼ぶにも相応しい。彼女の後ろに聳えるのは、大規模な海軍基地の母港。ここはイギリス本国の南西部に位置する、西ヨーロッパ最大規模の海軍施設である—デヴォンポート海軍基地だ。

 

 万人の男を虜にするような、絵画から飛び出したような美しい少女は、そんな基地近くの海上にて、東の方を見据えていた。これから出港するのだろうか。目的地の方角を見ているようだ。

 

「 ……Japan. Country where even the world takes pride in its eminent skill level and number of warship daughter possession」

《……日本。世界でも有数の練度と艦娘保有数を誇る国、か》

 

 日本。今やどの国でも、その国の名を知らない者は居ない。深海棲艦が出現してから今日まで、多くの艦娘を以て、太平洋という最前線に立ち続け、世界を先導している。数年前まで絶望的だった世界の状況を、ここまでに回復させた立役者とも言っても良い国である。

 間違いなく、世界中の艦娘をかき集めても、日本で日々深海を相手に戦い続け、研鑽を積み、確実に練度を高めていっている日本艦隊に遅れを取るだろう。それぐらいまで、今や日本の艦娘たちは世界の主戦力とも言っても良い貴重な財産でもある。

 

 そして、それらを指揮する指揮官の存在も、世界にとって重要だった。高い練度の艦隊を巧みに指揮し、勝利へ導く人の存在は、ことこの美しい少女にとっても、とても興味深いものだった。

 

「And. The country where I also need the battleship Yamato declared with a world's strongest, too」

《それに。あの世界最強とも謳われる、戦艦大和もいる国よね》

 

 そこで彼女は、口角を上げる。普段から余り笑顔を見せないと、母国イギリスでも有名である戦艦—ウォースパイト。

 玉座型艤装に座り、堂々とイギリス艦隊を先導する姿は人気で、イギリスだけでなく、主に西ヨーロッパ諸国からも人気、或いは崇拝されるまでに至っている。なんと言っても、その強さにも魅力があり、現在西ヨーロッパで随一の歴戦艦としても名高い。

 西ヨーロッパのどの海戦にも抜錨し、戦果を挙げるので

 

 

 ──戦いあるところに、必ずWarspiteあり。

 

 と、英国海軍では言われているほど。

 第二次世界大戦当時でも、イギリスきっての、ましてや世界でも随一の殊勲艦であったことからも、その期待を一身に背負っている。

 

 彼女は優雅で美しくも強かである。英国淑女の体現者でもあるだろう。

 

 そんな彼女は今、珍しくも燃えていた。

 

「I'd like to meet the battleship Yamato by all means. And I'd like to fight once. One now would like to know how much strength it is」

 

《戦艦大和に是非会ってみたい。そして、一度戦ってみたい。今の自分がどのくらいの強さなのかを知りたいわ》

 

 自分がまだ至っていない強さの境地。なにゆえ、世界最強と戦ってみたいほどに、彼女は強さを欲するのか。

 

「……In this national storage old I have defended against an invasion of an other country. And I also have to keep fighting for my company who became a victim so far」

《……昔の私が他国の侵略から守ってきたこの国のためにも。そして、今まで犠牲となった仲間たちのためにも、私は戦い続けないといけない》

 

 そう。何も、横須賀鎮守府の吹雪だけではない。自分の母国を護りたい気持ちは、万国共通なのだ。それは仲間たちのためにも、たとえその命を賭してでも。

 

 だから彼女は強さを欲するのだ。護るべきものを、護り切れる力を。

 

「Arc Royal. Later was left. Because…… a flagship of Western Europe combined fleet will be you.」

《アークロイヤル。後は任せたわ。西ヨーロッパ連合艦隊の旗艦は……多分あなたでしょうから》

 

 そうして、彼女は内に秘める強い思いを静かに燃やしながら、後ろに控えていた少女へと振り向いた。

 

「……I see. Leave this. Even if it won't be a flagship, it's just done as usual」

《…… 分かった。こちらは任せておけ。もし旗艦にならなかったとしても、いつも通りにするだけだ》

 

「……Haha。I meet. If it's so, I'm relieved. Then, I go by and by」

《ふふ。なら安心ね。では、そろそろ行くわ》

 

「…… A fortune」

《……武運を》

 

 ──そんな言葉に、彼女は頷き踵を返した。ついに出港する。母港には沢山の人々が押しかけ、多く温かい声援を送ってくれた。

 停泊していた軍艦たちも祝砲を上げ、華々しくも彼女の門出を祝す。

 そんな多くの人々の、期待と声援を一身に受けるウォースパイトは、最後でもその孤高の優雅さを欠かすこともなく静かに、手を挙げて応えるだけで母港を出た。

 無駄な言葉なんて要らないだろう。彼女の勇姿を見てきた国民たちは知っているのだ。彼女はどこまでも強かなのだと。

 

 やがて、遠い日本への航路に着いた頃、彼女は次の目的地の名を、思い出すように口にする。

 

 

 

 

 

 

 

「…… The next destination《次の目的地》は、横須賀鎮守府……だったわよね。ちゃんと日本語、話せているかしら」

 

 実は前々から日本文化自体に興味もあったウォースパイト。彼女の勉強の成果か、随分と流暢な日本語を話せている。

 次に出会う艦娘たちと、戦艦大和。それに、その艦隊をまとめ上げる司令官は一体どういう人なのだろう。密かに期待感を混じらせ、彼女は再び速度を上げるのであった。

今後、登場するとしたらどの艦娘が良い?(参考程度)

  • 球磨
  • 空母ヲ級
  • ビスマルク(Bismarck)
  • 瑞鳳

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